ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章   作:フォレス・ノースウッド

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STAGE30 - 影

 結界内部の戦況と、そこで戦う仲間たちの現在の状態をリアルタイムで掴もうとして精神リンクをしていたシャマル。しかし、その行動は仇を生むこととなった。

 光の口から発せられる重圧と痛烈が籠った言霊の数々に、感情を律せず自らの心を追い込んでしまったヴィータの精神の軋みによる悲鳴が、精神リンクをしていたシャマルにフィードバックされ、突然の出来事に対応できず隙ができ、クロノによる魔力の縄に囚われてしまう湖の騎士。

 が、バインドに縛られるのと同タイミングに、瞬息の機転でシャマルは反撃の一手を表出させていた。

 

「な…に…」

 

 捕縛した瞬間、クロノは胸部から、体の内から何かが皮膚を破って飛び出してくる激痛に襲われ、実際に呼吸を妨げるものは気道には無い筈なのに、喉に何かが詰まって、息が覚束なくなった。

 恐る恐る……顔を下げて疼く胸に目を向けた。

 腕…だ…………丁度、胸骨がある部位から、とあるSF映画での完全生命体の幼体が宿主たる生物の体から飛び出すかのように、〝シャマルの腕〟が飛び出していた。

 腕の主たるシャマルと言えば、バインドで拘束された状態ながら、左手の人差し指と薬指にはめられたクラールヴィントから黒い筋を伸ばして円形を描き、翡翠色の光が照らされた水面にも見えなくはない円の内側に、クロノの胸から飛び出した分の右腕がのめりこんでいた。

《旅の鏡》

 これこそ彼女のデバイス、クラールヴィントが作り上げた円の名称だ。

 海鳴で二度観測されたワームホールの縮小版とも呼べる物体転送術。

 通常の転移魔法やウルトラマンのテレポーテーション、ミラーナイトら二次元人の鏡面転移――ミラームーバーなどの瞬間移動術とは、自他ともに現在地から他の地点に移動する魔法であるのに対し、旅の鏡は遠方の物体を現在地、自身の手元に取り寄せる性質を具有している。

 取り寄せることが可能なのは、何も実体があるものだけではない。

 

「ギリギリ……間にあった、かな?」

 

 自由の利かない体で、必死に今の状況を維持しようとするシャマル。

 執務官の胸部から生えたシャマルの右手の手のひらの先にある光、あれこそクロノのリンカーコア。

 旅の鏡は、離れた相手でも魔力を蒐集することが可能だ。

 ただし、その鏡は性質上、静止する物体を手元に寄せる技であるため、生命体を捉えるにはある程度対象を戦闘で消耗させなければならず、本来なら他の騎士たちとの連携が必須となる―――のだが、クロノがバインドでシャマルを捕縛しようとし、滞空状態に入った際、その僅かにできた隙が彼のリンカーコアをシャマルが手中に収める反撃の一手となった。

 このまま、彼から魔力をもらい受ければ、この縄はどうにか解けよう。

 一度蒐集されれば、当分戦えまい、非力な自分でも十分彼から逃げ切れる。

 

「蒐集……開始」

 

 その一言が起端となり、体外に露出されたクロノのリンカーコアから、器官内に貯めこまれた魔力が強制的に搾り取られていく。

 

「a……ahaaaaaaaa――――――――!!!!」

 

 響くは痛みに呻く、クロノの喚声。

 出産時の女性が受けるクラスに相当する激しく強烈な疼き。

 変声期に移行していない為か、少女の喘ぎにも聞こえてしまう、はなはだ背徳的な有り様であった。

 この場で痛みを受けているのは、クロノだけではない。

 与える側のシャマルも然りだった。

 胸の奥底が、少年の悲鳴の振動を受ける度に、叫びは刃となって湖の騎士を突き刺し、無慈悲に削いでいく。

 慣れない……もう数えるのを止めたくらい、蒐集を繰り返してるけど、この痛みだけは、何度も己を苦しめる。

 どうやら、どうあがいても蒐集で苦しむ魔導師たちの嘆きに眉ひとつ動かさなかった……冷たいけど戦場で都合が良かった以前の自分には戻れそうになかった。

 感情を持ったことには後悔してない。

 だからそれを手にする切っ掛けをくれた人たちに報いたいから、やり方は悪道だけど、こうして戦いの場に戻ってきたのだ。

 耐えなきゃ……こんなのはやてちゃんの身の上に比べたら、痛いなんて言ってられない。

 ジレンマに悶えながらも、蒐集の手を緩めないシャマル。

 然れども、もし実在すると仮定した上でだが、どうも神様という存在は、彼女らがタイムリミットと良心の狭間で苦しむ様を、極上の愉悦と見出し、ご見聞をなされているようだ。

 そう感じてしまう証拠に―――。

 

 返せ。

 

「え?」

 

 何者かの声を、感じ取った。

 

 返せ。

 

 聞こえてきたのは、少年の声。

 大気を伝って音が聴覚器官に入った、のではなく、リンカーコアからの魔力を伝って、クロノの思念が、シャマルの脳髄へと送られてきたのだ。

 

「うぅ……あぁ…」

 

 頭蓋に響き渡る声の正体を察する前に、いきなりシャマルを封じようとするバインドに込められた力が強くなった。

 

 返せ。

 

 声そのものの音域は高めであるのに、シャマルには獲物に狙いを定めた獰猛な獣の唸り声に聴こえた。

 

 返せ。

 

 その一声が繰り返される度、比例してバインドの拘束力が強くなっていく。

 とうとう首にまで、魔力の網に囚われた。

 プログラム生命体と言えど、身体構造はほぼ人間のものと同じ、生きる上で大気を取り込む必要性も然り。

 ゆえにシャマルは首に首筋に魔力フィールドの密度を強め、抵抗(レジスト)し対応しているが、圧迫感に呼吸を遮られ、呻き声を上げていた。

 どうしてなのだ?

 黒衣の魔道師の少年は、蒐集の激痛を直に味あわされている。

 当然ながら、網の強度を高めることは愚か、維持することさえままならないはずなのに、どこからそんな力が沸いて出てくるのだろう?

 魔力蒐集を途中で断念されるまでに体に掛かる、痛覚の根源を探ろうと、視線の固定もままならない身で、少年に目線を固定させた。

 そして、今自分が行ったことを、数秒も経たぬまま、後悔させられることになった。

 彼女の目が捉えたのは、クロノの顔だ。

 それも、あどけなく無垢で、性別がはっきりと境界が敷かれるほど成長していない顔が……ひどく歪んでいた。

 歪な顔つきと、瞳から零れ行く水流は、決して蒐集とそんな状況下での魔法行使による痛み……のみではあるまい。

 瞳も益々黒く淀み、白眼が眼球から消えてしまったとさえ、錯覚させ、涙さえ無色透明から、闇に淀んだ汚水よりも真っ黒な液体に落ち果てていた。

 

 返せ……返せよ……返せッ!

 

 ようやくシャマルは木霊する声の正体が、この少年の魔力に憑依された怨嗟の呪詛であることに気づいた。

 

 僕の家族を……父さんを……みんなで笑いあってた日々を……全部…返してくれよ!

 

 こんなはずじゃなかったのに……こんな形で、壊れるはずじゃなかったのに………何もかも……お前たちの―――せいで!

 

 許さない……そして……絶対に逃がすものかぁぁぁぁぁーーーーーーー!!

 

 同時に、嫌でも、どんなに拒絶の意思を表して目を逸らしてもも、真向きに矯正されて、向き合わされる現実。

 なぜ……今まで気づかなかったのだろう?

 何ゆえ…今この瞬間になるまで、ずっと失念してしまっていたのだろう?

 最後に転生したのは…今からおよそ、七年ほど前。

 自分たちが、また蒐集を始めることを決心した時から、その身に刻みつけておかなければならなかったのに、覚悟しなければいけなかったのに。

 蒐集の憂き目に遭い、嘆きを強いられた者たちの、底抜けに暗澹な…怨恨。

 そして気づいた……ヴィータの慟哭の理由。

 あの子も見たのだ……自分たちによって血塗られた暗闇を、その身で受けてしまったのだ。

 逃げなきゃ……でもどうする?

 拘束された身となっては、この縄を解くには少年をどうにかする他ない。

 けど、その為に、最善ににして最悪な方法は、少年から魔力を奪うこと。

 なぜ最悪か? そんなの決まっている。

 この身が浴びている怨嗟の闇をより深く塗りつぶすことに、他ならない。

 前述の事実に行き着いた瞬間、空恐ろしくなった。

 蒐集が恨みつらみの怨嗟を、生み落としていくのなら、闇の書に記された文体は……怨嗟の結晶。

 これが、自分たちの今の主である少女の…救いの糧……だというの?

 そんな…そんな……こんなの無いよ。

 こんなのが、唯一つの『希望』なんて、〝マヤカシ〟も同然ではないのか?

 感触が心地悪い。

 体の触覚をオンとオフで自由に消せるボタンがあるのなら、今直ぐにでも押したかった。

 だって…とてもじゃないけど、このままで戦えない。

 何も感じない振りをして、戦うことさえままならないのに、〝あんなもの〟を肌で触れながら……なんて、身がモタナイ。

 イヤダ。

 さらに彼女を蝕み、苛ませるのは、恐怖。

 蒐集そのものへの恐れ、行為を持続させていくことへの恐れ、続けた果てへの恐れ。

 

 耐えられない……今の自分でさえ、壊れそうになるのに、耐えきれずバラバラになるかもしれないのに、みんなに……あの子たちにまで味あわせるなんて……イヤ……イヤ……イヤ…イヤ……イヤァ……イヤァァァァァァァァァァァァァァ!!!

 

 湖の騎士が、這い寄ってくる『泥』を前に意識を保っていられたのは……この時までだ。

 見るだけでも痛々しい光景ではあるが、自身の意思で藪の渦中へと入ってしまった以上、これらの仕打ちを逃れる術など皆無に等しい。

 たとえ『人』になってしまっていてもだ。

 宿命と言うモノは、対象者の都合など、構う意志など微塵も持ち合わせていないのだから。

 この時、最後に湖の騎士の身体が知覚したのは、何かが焼き切れた音と、冬にしてはいささか生温か過ぎる、暖風。

 そして、視界に写る物体の原形を留めずに歪ませてしまう、陽炎のゆらめきであった。

 

 

 

 

 

 戦場は、味方とともに相対する敵を倒し、勝利を掴むべく戦いを繰り広げる場、実にシンプルな構造ではあるが、人を含む知的生命体というものは、一人一人が異なる意中を抱えし生き物であることを忘れてはならない。

 海鳴の結界内に於いても、ある存在の思惑により、戦況は思わぬ様相へと形を変えられていく。

 勇夜――ゼロとシグナムとの戦闘中に突然現れ、若きウルトラ戦士に攻撃を仕掛けてきた介入者―――宇宙恐竜ゼットン。

 日常の裏側に生まれし戦地に現れる、番狂わせ。

 闘争に会した者たちを、狂乱の豪雨に誘う落とし子たち。

 その番狂わせたる異形は、宇宙恐竜一体だけでは有らず、であった。

 番狂わせの二番手は、光とヴィータのいるオフィスビルのワンフロアーにて。

 

『主! 敵襲です!!』

 

 ビルの廊下と、フロアを隔てた内壁をぶち破るその二番手。

 

「っ!?――――ロボット?」

 

 そのマシンは光沢、輝きや艶などとは無縁な、夜の宵闇と同化し、輪郭、存在そのものささえ暗黒に溶け込んでいく鈍い黒色の金属の装甲で身を固めし人型で、両の肩には同色の砲台を乗せ、顔には計四門のガトリングガンの銃口を備え、右腕には手の代わりに大型の両刃を生やしていた。

 この機兵……どこかで見たような?

 ぼんやりとだが、光はたった今出現したこのロボットに見覚えがあった。

 然れども、『見覚え』の正体をはっきりさせる記憶の源を探す手間は、肩の砲口から発射された真紅の光弾で中断させられた。

 すんでのところで横転し、事なきを得るが、マシンの砲撃は果断なく続く。

 未だに力なく虚ろなヴィータをよそに、閃光が舞い上がる、暗く狭い空間を走る光。

 閉鎖空間の仇が、今度は御神の剣士を追い詰めようとする。

 幸いなのは、マシンの砲口は固定されており、光弾の射線軌道が読みやすかったことだ。

 

「ライト! モードチェンジです!」

『御意、ビームセイバーモード』

 

 両手に持つ小太刀の実体刃が消え、代わりに魔力を刀身状に固めた切っ先が顕現する。

 物理的な対象を切断するのに最も適した形態――ビームセイバーモードにライトを変形させると、マシンの弾幕を掻い潜りながら漆黒の砲台に急接近する光。

 ナオトことジャンボットのような心を持ちしロボットはともかくとして、相手が無味な鉄の塊ならば、慈悲など無用。

 

「その体躯―――刻ませていただきます!」

 

 小太刀の剣先の有効距離内に踏み入れ、左手から右切り上げ、右手からの袈裟がけによるシルバーライトの剣撃が舞う。

 迸る、金属の反響。

 

「なっ!? 耐えられた!?」

 

 戦闘時はウルティメイトフォースゼロのメンバーで最も冷静さを維持できる光でさえ、驚愕の事態。

 マシンは耐えたのだ――光とシルバーライト――たちの剣閃を。

 御神流の指南を受けた光ほどの剣士なら、何の変哲もない通常の刀でも斬鉄を難なく行える。

 まして得物は、普通の剣より、下手すると年代物な名刀よりも刃物としては高性能なデバイス刀。

 その断裁を受け止めるとは、何と強固な装甲であろうか。

 切り付けたのは迂闊だったな―――とばかり、脅威の体躯を持ちしマシンの顔面の銃口が光り出し、同時に回転し始める。

 歯噛みしながら、その場を退こうとする光だったが、その前に、かつて光の国や地球と、光の恩恵を受けし世界を壊そうと目論んだ『暗黒皇帝』の尖兵たちであったマシン―――無双機神インペライザーは、嘲笑うかの如く頭部の銃口から金色の光線を放出。

 正面から諸に受けた光は、ビル外に突き飛ばされ、アスファルトの底へと落下していった。

 

 

 

 

 

 

 一番手、二番手の番狂わせの担い手は、いずれも光の巨人たちを苦しめてきた凶敵の一端。

 ならば、その三番手も、その凶敵に該当せし怪しげなる魔人……であると言えた。

 三つ目の駒は、アルフとザフィーラ、狼の血を受け継ぎし二人の魔導生命体の許へと出現。

 その時二人は、人とほぼ同じ体格をしながら人を超過する腕力を秘める拳に、魔導の力を込め、真っ向からぶつかる寸前のところであった。

 三番目の介入者は、アルフに突進を仕掛け、盾の守護獣との戦闘に傾倒していたことで不意を突かれた彼女は、魔天楼の間を飛ばされていく。

 

「人様の喧嘩中に…どこのお邪魔虫だい!?」

 

 運動エネルギーに晒された身に制動を掛けて停止、浮遊を維持しながら犬歯を剥き出しに毒づく使い魔の少女。

 ほぼ間隔を置かずして、アルフの瞳にその『お邪魔し』の姿が捉えられた。

 

「鳥……人間?」

 

 彼女の初見の印象は、三番手を表する言葉としては、適確な言い様と道波できた。

 白と黒、それぞれ正反対の体色を左右非対称に塗り分けたツートンカラーの背格好。

 胸には赤い十文字、背中には自身を飛翔させし体躯と同配色の翼、猛禽類を連想させる容貌には、白をベースに、目を模した黒のラインが泣き顔らしき形を色どり、よく目を凝らして見れば微細で尖鋭なる双眸が、アルフを睨みつけていた。

 鳥人間……もっと表現を踏み込むならば、ほぼモノクロの烏天狗と称すべきか、背中より生えた翼の形状がかの妖怪をイメージさせるだろう。

 何にせよ、アルフには厄介極まる相手。

 なぜか? 人と鳥類を掛け合わせたそいつは飛ぶことに特化された生命体。

 飛行はできても、元が大地を駆ける肉食獣では、圧倒的に彼女の方が不利だった。

 それを証明するかのように、急加速による疾風迅雷の勢いを乗せた突貫がアルフを襲う。

 一回では終わらせない、すり抜ける度向きなおし、突進を繰り返す。

 時に手刀や手先からの光線を交えながらだ。

 主な攻撃は単純な体当たりではあるが、空の覇者たる魔人のスピードは、フェイトにも勝り、彼女以上の機動性を以てして浮遊空間を我が物に蹂躙する。

 

「上に下に、ちょこまかと…」

 

 速過ぎる。光線に爪の一閃はともかく、突進はギリギリのタイミングで身を逸らして流すのに手一杯。

 これ幸いなのは、アルフが押されてる現況に乗じて、ザフィーラまで攻撃してこないことだ。

 その辺りは騎士としての誇りってやつが、追い打ちの選択を許さないのだろう。

 こればかりは感謝したくなるアルフ、一人相手のタイマンに集中できるからだ。

 狼な自分でじゃ空中戦は分が悪過ぎるが、このままやられぱなしであるのはアルフにとって癪だった。

 空は烏天狗の得意分野、けどどうにか、せめて一発だけでも横槍入れたあのお邪魔虫な鳥野郎にかましてやりたかった。

 魔人の次なる疾駆を回転の勢いでいなし、アルフをすり抜けて彼女に背を向けた恰好となる魔人。

 

「フォトン―――ナックル!!」

 

 見せた隙はチャンス、絶対に逃さない。

 魔人に向けて、正拳突きからの魔力弾を撃ち込んだ。

 向き直る標的だが、命中は必中、いけるとアルフが思った矢先、魔人は思わぬ手段を講じた。

 胸が―――二手に開かれた。

 外皮が開放され、赤く輝く結晶が露わとなり、その体部はアルフの魔力弾――フォトンナックルを受け止め、吸収してしまった。

 

「く……喰いやがった!?」

 

 アルフの魔力を結晶で『食べた』魔人は、本来の持ち主に―――自身のエネルギー込みで撃ち返した。

 

「なっ!? やばぁ!」

 

 返された魔力弾は、アルフが発射した波動を上回る速度で彼女を捉え、夜を一瞬だけ照らす爆発の光を巻き起こすのであった。

 三番目の番狂わせたる猛鳥、モノクロで人を模した体躯を持ちし異形の怪魔。

そいつの名は―――破滅魔人ブリッツブロッツ。

 ウルトラマンを敗北に追い込んだ、根源的破滅招来体の一体。

 

 

 

 

 

「ゼ―ット―――ン」

 

 無音が支配する国道車線の真っただ中にて、無機的な電子音声と、生物として最低限の意志があるのかすら怪しい貌、淡々だが言い様の無いおぞましさを醸し出す宇宙恐竜ゼットン。

 尾に獣脚とより恐竜らしい特徴を備え、大きさは2m~3m程度と、本来の大きさよりも圧倒的に小躯にして痩躯ではあったが、底なしの掴みとれなさと不気味さは、劣ってはいない。

 ただ傲然と不動に直立、たったそれだけで戦意を根こそぎ奪い取る威圧感と圧迫感さえ放出させている。

 ブレイドモードの零牙を正眼で構える勇夜ことウルトラマンゼロも、戦意と闘争心自体は維持させているが、強圧なゼットンの佇まいに神経をいつも以上に尖らせていた。

 ウルトラマンの姿に変身したいところだが、シグナムのいる手前ではできない。正体隠して彼女と戦っているからだ。

どうにか隙見つけて一旦ここから離れでもしないと、それまではこの姿で戦うしかない。

〝さすが〝ウルトラマン〟を倒しただけのことは……ある〟

 額に冷や汗が滴れ落ちる勇夜が相対する宇宙恐竜は、彼の故郷がある宇宙では最強クラスの生命体である。

 個体によって強さはまちまちではあるが、ウルトラ戦士ですら圧倒する破格の戦闘能力を秘め、度々文明を育みし知的生命体の強硬派たちによって侵略兵器に利用されてきた。

 実は今までウルトラマンと戦ってきたゼットンたちが彼らに披露し翻弄してきた能力や、その体格は、後天的にかつ人為的に付加されたもので、いずれの個体も侵略者たちによって遺伝的な改造を施されている。

 瞬間移動も、光線吸収も、強固なバリアもだ。

 ならば、どうして侵略者はゼットンを自らの侵略兵器に改造させるのか?

 答えは―――類稀なる生命力。

 普通なら、有機生命体に過剰な改造に加えることは大きなデメリットが伴う。強引に体を弄られたことにより、文字通り〝命を縮めてしまう〟、よって改造措置を受けた生物は短命で、兵器としての実用性が良いといえない。

 しかしゼットンはその例外。ウルトラ戦士を圧倒する生体兵器にしたてあげられても尚生きられる。

 これが人工的に養殖をしてまでも侵略者がゼットンを重宝する理由だ。

 今勇夜に立ちはだかるこの宇宙恐竜は、大きさを除けば最も野生の宇宙恐竜に近い姿だが………直感で解る……こんなせいぜい人間よりほんの少し上回る大きさでも、これまでの同族たちと勝るとも劣らぬ強敵だということを。

 ゼットンへの警戒を維持しながら、先まで戦っていた烈火の騎士を見やる勇夜。彼女もこの状況は想定外であったらしく、乱入者が余りにも掴み処が見当たらない異形なことも有り、グレンファイヤー介入時のように非礼を詫びて攻撃態勢に至るすらままならない有様、ここは様子見に徹するしかあるまい。

 

「ゼッ――ト――ン」

 

 一方で直立不動を徹していたゼットンが、先手を打ち出す。

 顔の無い貌に付けられた光体が光り、そこから赤い光弾を放つ。

 対し勇夜は、右手の零牙を正面横向きに付きだし、左手を刀の峰に添えると、掌から半透明の青白いドームが敷かれた。

 

『ゼロディフェンサー』

 

 ゼロが人間体時に使える数少ない太陽――ディファレーターエネルギーを用いた防御技であるバリア。

 大きさだけでなく、長方形、円形、ドーム型と形状も自由自在に変えられ、彼自身の反応速度も相まって防御魔法よりも早く形成可能な光の壁。

 ゼットンの光弾は、即座に飛び道具による攻撃だと聴勁で鍛えられた感覚で察して勇夜が正面に張り上げたバリアと衝突。

 防ぐことはできたが、光弾の重みは想像以上で勇夜は押され気味、ならばと勇夜は両足を右斜め方向に進めながらバリアを逸らし、光弾を受け流した。

 

「バーストストーム!」

 

 と同時に、返す刀で横薙ぎに零牙を振るい、風の衝撃波をゼットンに放出、さらに零牙をダガ―モードに変え、二つとも投げつける。

 大気に悲鳴を上げさせながら迫る不可視の弾道と短刀たちは、しかし両腕を縦に上げたゼットンの周りに現れた多面体の障壁で、轟衝斬は阻まれ四散、零牙も簡単に弾かれた。

 

『ゼットンシャッター』

 

 宇宙恐竜が持つ、難攻の壁。

 過去の事例を照らすだけでも、堅牢さはゼロツインシュートにも耐えかねなかった。

 

「上等!」

 

 けれど一回防がれた程度で、戦意を失くす度量でもないのが勇夜ではある。

日頃の癖の鼻を鳴らし、地に魔法陣を敷きながら駆け出していく、ゼットンシャッターがあるのなら。

 

「フォトンサイクラー!」

 

 腰に添えた左手に右手を一度置き、虚空を横薙ぎに振るい、今度は指先から青緑色な三日月状の魔力光の刃、『フォトンサイクラー』を飛ばす。

 さて……シャッターで防ぐか、或いは―――ゼットンが次の攻撃にとった行動は、横向きにした両腕の握り拳を繋げ、光刃を吸収、すかさず前方に伸ばすと手先から波状の光線が発射された。

ウルトラ兄弟次兄に致命傷を与えた光線吸収と、それを自身のエネルギーを上乗せして打ち返す波状光線、が、その行動パターンは予測済み、勇夜は手元に戻ってきた零牙をキャッチしながら、身を転がせて波状を避け、前転でゼットンに接近しながら零牙をブレイドモードに変えると、起き上がると同時に抜刀し、下段から切り付けた。

 が、剣先がゼットンの表皮に触れる寸前、空間が突如歪んだかと思うとゼットンは消え、勇夜の背部の痛覚が迸った。

 瞬間移動、いわゆるテレポートによって消えたゼットンが、勇夜の背後に現れると同時に正拳を当てたのだ。

 ただの拳撃、されどそれは常人以上の身体性を持つウルトラマンでさえ容易く突き飛ばす。

 宇宙恐竜の攻めはそこで終わらない。

 勇夜が飛ばされた先にテレポートで先回りして彼を蹴り上げ、その上さらに先んじて、空へ上げられた相手を待ち構え、尾で殴打し、またもテレポートで先どり、長い尾で勇夜の身を掴み上げ、まず縦向きビルへと叩きつけ、外壁を英語のIの字を描くように大きく抉りながらそのまま大地に彼を叩きつけ、さらに向かいのビルのフロアに向け、数回回転を乗せて思い切り投げつけた。

 バリアに、光線吸収に、テレポートまで……ゼット星人が改造し、ウルトラ兄弟の次兄たる『ウルトラマン』を完敗に追い込んだ天然個体の能力を、このゼットンもまた全て有していた。

 

 

 

 

 

 

 

 強い……強過ぎる…格が違うとはこのこと。

 大きさは本来のサイズより小さいが、ジャックの兄貴と戦ったバット星人の残念な養殖型や、怪獣墓場でベリアルに無理やり復活(おこ)されて自分と戦った怪獣軍団の一体だった個体と比べることすらおこがましい。

『最強』に偽り無し、ゼット星人にバットにバルタンと、侵略者がこぞって利用したがるわけだぜ。

 今のテレポートからの連撃で体があちこち悲鳴を上げて言うことを聞いてくれないが、どうにか立たなきゃ……隙は見せられない。またゼットンが攻めてきたら―――――一連のゼットンの攻勢にもめげず、立ち上がる勇夜。

 ふと、彼はある異常をくみ取った。

 やけに…静かな空気。なにゆえ、静寂に違和感を感じさせられるのか?

 そうだ……聞こえない……ゼットンが現れてから絶えず響き続けていた、やけにじわりと来る奴の独特の鳴き声が、一切途絶えていた。

 数秒…数十秒と時間が勇夜の荒れた息の数とともに刻まれていくが、ゼットンから発す殺気どろこか、生命体そのものの気配も感じれずにいる。

 警戒を怠らぬよう努めながら、ゼットンが勇夜を投げ飛ばすまでは〝紳士服売り場であった〟百貨店の内部を走り、破壊された窓から外へ飛び降りる。

 案の定、と表すべきか、シグナムもゼットンも、この場から姿を消してしまっていた。

 残っているのは勇夜と、戦闘の煽りを受けた破壊の爪痕のみだ。

 

「やってくれるぜ…」

 

 こいつは一杯喰わされた。

 怪獣を使役する仮面の男たちの狙いが、騎士たちの意志を利用しての蒐集の完遂だということは明白、なので今回のように大小なり彼らを追い込めばまた介入しようするのも明らか。それを踏まえ、結界には一定以上の大きさのある物体を転移できない仕様にし、人間大の異星人の類も送られぬよう、常にアースラクルーが目を光らせつつ結界の回路を随時切り替えハッキングされないよう対策はしていた。

 

「(エイミィ、やつらの尻尾は?)」

『ごめん、どうにか補足しようと頑張ったんだけど、騎士も怪獣もみんな反応が全部結界からロストしちゃった』

「(そうか…)」

 

 けど連中にはそれすらも温い方だったようだ。

 まさかクルーの目を掻い潜ってスペックはそのままにサイズをミニマムにした怪獣にして寄越してくるなんて、なんつー技術力だよ。

 結果的に自分らは連中を過小評価していた訳だ。苦笑いするしかない。

 おまけに怪獣以外に痕跡を残さずと来た。宇宙恐竜を送り込んできたその黒幕な誰かさんの手際の良さを前に、感心すら抱かされてしまう。

 まてよ……自分とこに喧嘩吹っ掛けてきたってことは。

 

「(光(リヒト)! アルフ! お前ら無事か!?)」

「(はい…どうにかですよ……面目次第もございません)」

「(あたしも……無事っちゃ無事なんだけどさ………今なら『トムキャット』の気持ちが解るよ)」

 

 二人も同様に襲撃を受けたそうだが、とりあえず大事にはいたらなかった。

 光にはインペライザーが、アルフにはブリッツブロッツが、まるで彼らを騎士たちから遠ざけようとするかのように攻撃してきたらしい。

 ほぼ至近距離から顔のガトリング砲の光線をくらった光だが、魔力フィールドを全開にして、ダメージを軽減、ビルからは落とされたが、どうにか空中で姿勢制御して、アスファルトに墜落は免れた。

 アルフはと言えば、魔人に撃ち返された自身の魔力弾をラウンドシールドで防ぎ、その僅かな間で転移魔法を敢行して事なきを得た…………得たのではあるが、急ぐあまり行き先を指定しない行き当たりばったりな転移であったので、ゴミ袋が不法投棄された路地裏のごみ山に頭から逆さに突っ込むという、トム・キャットさながらな災難に遭ってしまった。

 あるいは四次元怪獣プルトンお手製の異次元空間で、断崖絶壁から本部基地内に置かれたバケツへと顔を突っ込んだコメディリリーフな科学特捜隊員にも喩えられよう。

 

「(あ~~折角手入れした髪がぐちゃぐちゃだよ…)」

「「(それは……ご愁傷様です)」」

 

 使い魔で勝気な狼っ子だが、彼女も女の子。

 身なりのは気を使う方であるので、ゴミの腐臭と汚れまみれになったオレンジの髪に嘆くのも無理からぬこと、異性であるウルトラ戦士と二次元人はハモって労うしかない。

 とは言え自分よりボロボロなやつがいなくて良かった。

 勇夜一人とっても、シグナムにゼットンとの連戦で体中打撲に切り傷に火傷だらけ、炎を掻い潜り、ゼットンにコンクリートとビルとあちこち叩きつけられたことで、バリアジャケットも髪もだらけ、怪我の度合いなら一番酷い。

 これだけ命がけの闘争を駆け抜けたというのに、事態の進展と言えばその前の久遠とのコンタクト、何が何でも汚名を重ねる守護騎士を止めなきゃならないこと、暗躍者の傀儡な強敵の存在が明るみになった―――ぐらいときた。

 骨折り損この上ない。

 こんな俺の今の姿を見たら、フェイトはどう思うかな。

 まだ小さいのに、歳に似合わず思い詰めやす過ぎる性質だから、師匠に実戦の場に出ることを止められてる現状だけでも、相当メンタルに来てる筈だ。

 特にフェイト……もしまたあの時みたいに泣かれて、涙で顔をぐちゃぐちゃにしちまったら…どうすっかな。

 髪留めのこともあるから、心配させてしまうのは避けられそうにない。

 なら下手に包み隠さずも誇張もせず、傷だらけだがピンピンだって正直に言うとするかな。あんま強がりすぎると、却って気負わせてしまう。

 いや……むしろ、フェイト以上に気がかりなのは……友の妹で、フェイトの親友である彼女の方だ。

 

〝みんな……死んじゃうところだったんだよ〟

 

 人間としては二度目だが、ウルトラマンとしては初めて会ったあの時に、自分とユーノの前で涙を流した時から薄々だが感づいていた。

 あの子は誰かの助けになりたい、それができる存在になりたい気持ちが、強過ぎる。

 光が思う通り、魔法との出会いは、その願望を為せる格好の転機だった。

 潜在的に抱える彼女の欲求は、世界でトップクラスに御人よしな種族の端くれである自分が言うのも何だが、普段自己主張を余りしないだけで、人によって彼女の内面はとても特異なものと受け取られてしまうくらいだ。

 打算を超えて誰かの為に尽力することは、素晴らしいとは思うし、否定はしない―――が、それが度を超えてしまうのも、一種の危うさと言えた。

 その気持ちが昔の自分とはまた違った形で、あの子自身を歪めなきゃいいけど……と懸念を心中抱え、勇夜はその場を立ちあがったその時。

 

「(勇夜さん!)」

「(何があった? そんな慌てて)」

 

 丁度のころ合いで、切羽詰まったユーノの声が響き渡った。

 

「(クロノが……蒐集を受けて……倒れたんです)」

「…………………」

 

 瞼が開かれて、白眼の面積が瞬間的に大きくなった。

 もし携帯での連絡だったら、うっかり地面に落としてしまったかもしれない。

 それだけ頭の奥まで電流が流れる並の、衝撃の度合いだった。

 解ってた筈なのに、どうして俺は―――この瞬間まで気づかなかったのか。

 後悔の念が、一瞬で全身を覆い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日の戦いは、またしても第三者――介入者たる人間大の怪獣、マシンたちを寄越した傍観者によの横入りで勝敗は実質お預けに持ち越された。

 相変わらず、仕事場と兼任された彼の住み処らしき部屋は、室内の灯りが極端に少ない。

 

「いかがだったかな?〝彼らの世界〟の生命体、兵器をモデルとした作品群は」

 

 『SOUND ONLY』と表示された3Dディスプレイに話しかける男。

 彼は今、一応は同志と呼べる者たちと連絡をとっていた。

 言われるまでも無い、文句の付け様が見当たらない戦果だ――と通信相手は思った。

 お陰でこちらは、結界の術式プログラムを術者本人に気づかせずに細工し、あの三体と騎士たちを結界外へ転移させる逃亡の補助を、容易く実行できた。

 もしあの場に対処できるのが自分たちだけであったとしたら、せいぜい書本体を持った一人に書に内包された膨大な魔力による広域魔法を使うよう焚きつけるぐらいしか手はなかった。

 反面、腑に落ちない点もある。

 彼の言う作品―――人工生命体やマシンが、本当に博士が一から作り上げた、いあゆるキマイラと呼ぶ生物または機械なのか?

 奴らと戦っている者たち、特に異世界からの戦士の反応を見てると、直感的に違うかもしれないと思ってしまう。

 疑念を持ってしまうのは、白状すれば気が引ける。

 我らの■とは、何十年来の知己である方だからだ。

 前述の気持ちを抱く己には良い気はしない、それでも気になるものは気になってしまうのだ。

 

『しかし、これだけの戦闘能力を持つ生体兵器が、本当に管理世界の生物だけで賄えるのですか?』

「現状は『企業秘密』としか教えられないよ、君たちもこの世界では『禁じられた果実』を迂闊に広めたくはないはずだ」

 

 そこを突かれるのはこちらとしては痛い、ともすればロストロギアと見なされかねない技術なのだ。

返す言葉が全て塵と化した。

 今は押し込めておくしかないと言い聞かせる。

 たとえ彼の作品たちの恐るべき力に、空恐ろしさが芽生えていたとしてもだ。

 否、だからこそか……空恐ろしさを感じるだけに、彼の言辞はむしろ納得することができた。

 この兵器たちは、次元世界の秩序のバランスを崩壊させる火薬庫であるのだから。

 むしろそれ以上に押し込めておくべきは、自身たちの内にある。

 有体に表現してしまえば、感情、こうして息を潜めるしかない現行への息苦しさ。

 口を割って申し上げるなら、羨ましかったのだ。

 あの結界の中で、堂々と闇の書の一欠片であるヴォルケンリッターと、真っ向から相対できる〝彼ら〟の存在に対してである。

 本来なら彼らの行為もまた、危うく再び惨劇を起こしかねない業なのに、羨慕の念を抱く〝自分たち〟がいる、

 特に二刀使いの言葉には溜飲が下がった。

 カタルシスさえ感じ、良い意味で身が喜びで震えた。

 本人にその気はなくとも、彼は自分たちが思いっきり奴らに直接口にしてぶつけたかったがずっと押し留めてきた想いを、代弁してくれたのだ。

 ある意味、念願叶った瞬間である。

 まさか〝あの子〟が自分ら以上の黒く淀んだ内情を見せたことには、複雑な心境ではあるけど……たとえ遺族として当然の反応であったとしても。

 でも、時間が無い上に、これは最後に残されたチャンスなのだ。

 もうこれ以上、あの忌まわしき本による災厄の連鎖を、完膚なきまでに止める為の……それを実現させられるなら、潔く、■■■■が被ろうとしている泥を、この身で受けてみせよう。

 それが我らの、覚悟だ。

 

 

 

 

 

 だがその覚悟さえ、一連の事象に愉悦を見出す輩によって、当人が知らぬまま、着実に歪めさせられていたとは知らず。

 

つづく。

 


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