ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
結界内で、地球人の物差しでは人知を超えた者たちによる死闘が行われている一方で、結界外でも、一つの戦いがあった。
外から現況を脱する術を思案していたシャマルと、彼女を発見し、確保に臨んだクロノ。
この両者による市街上空での戦闘。
『Stinger ray』
母のリンディと同じ声質をした電子音声がS2Uから発され、杖の先端から水色の魔力弾がシャマルへと連続で発射された。
「風の護盾!」
狙いの対象であるシャマルは、人間よりやや一回り大きい小型の竜巻を編み出し、魔力弾たちは運動エネルギーを削がれながら渦に引き込まれつつ動きを封じられ、やがて拡散して消滅した。
名の通り、今のは風を使った防御魔法であり、同時に捕縛魔法としての性質を備えている。
この場面のみを見れば、それなりに善戦しているようにも見えるが、やはりシャマルは、直接的な戦闘を担う身では無い為、どうにかクロノの攻撃をやり過ごすくらいしか対応策が無かった。
あの執務官は、見た目こそかなり幼いが、パワー、スピード、攻守のバランスが優れ、手堅く実直と呼ぶべき技巧を備えている。
所謂、オールラウンダ―とも呼べるタイプだ。
悪く言うなら器用貧乏だが、ああいう手合いは特定のスキルの特化によって生まれる目立つ弱点が少なく、相対するシャマルは、決め手となる攻撃法を持ち合せていない。
何より、シャマルがクロノの追撃を振り切れないのは、彼の繰り出すバインド技であった。
今までの実戦で一番冷や汗が流れたかもしれない。
尚、修行僧―――おおとりゲンと接触した件は除外した上でだ。
あの時は、冷や汗すら流すことも、戦闘すらもままならずに、心身共に獅子の眼光に屈してしまったからだ。
あの僧侶や結界内で仲間たちと戦う戦士たちに比べれば、執務官の少年は抑え目だが、やはり補助と後方支援タイプの彼女では手こずらされる。
気なんて抜いていられない。
少しの間でも、一か所に止まっていれば、彼が仕掛けたバインドの網にかかってしまうからだ。
執務官は魔法の網、バインドの張り方も巧みで、どこに罠を伏せたのか、中々把握しづらかった。
間一髪、スレスレでバインドの罠から逃れる展開がここ数分で何度も繰り返されている。
でもここでへこんでいられない。
どうにかして、彼から振り切らなければ。
最も有効な手立ては、自身の切り札であるあの〝鏡〟。
魔導師にとって、一番の急所を突き、そのまま蒐集に実行できる虎の子。
だけれど、あれはある程度相手が消耗している状態でなければ、有効打になりえない。
空を飛びまわる彼を、果たして捕らえることはできるか?
彼女の言う、その虎の子を出すか否か、思案していたその時………大気を伝って飛ばされる肉声ならば、鼓膜に多大な負担をかけてしまわせる強さを秘めた悲鳴が、風の癒し手の脳髄に、ダイレクトに響かせてくる。
集中力が途切れ、耳を抑えたくなるシャマル。
悲鳴を響かせる絶叫の主は、ヴィータだった。
慟哭、苦痛、苦悶、非調、ペーソス、厭悪、否定。
同時に、視界を黒一色に染めてしまいそうな、色で表現するなら漆黒でかつ人の顔を出鱈目に崩して描いたグロテスクな絵のような模様で、泥よりも滑りとした心地悪い感触と震えが、身を侵していく。
感触の正体は、ヴィータの感情。
非と苦に苛まれ、追いつめられた彼女の精神。
サポートタイプのシャマルは、仲間のコンディションをいち早く読み取る為に、使い魔のように精神リンクの術を取得している。
他者が感じていることを、自分のことの如く受信する能力で、使い魔とは違い、任意でオン/オフの切り替えができた。
もし仲間がパニックに陥るなどという事態が起きたらどうする? と思われるかもしれない。
シャマルに関して言えば、あくまで〝昔の彼女〟であればの話であるが、問題は無かった。
時に壮大なドジをやらかす穏和なお姉さんとなった現在からは信じられないかもしれないが、はやての代より遥か遠い過去のシャマルは、騎士たちの中で最も無感情で、冷徹で、徹底した合理主義者であった。
いついかなる時も、最善だが、冷感で非情極まる判断を下し、魔導師たちの勘高い激痛の嘆きに、一切心揺らがせず、魔導を為す力を根こそぎ奪って行った。
感情や心と言ったものが決定的に断絶されていたが故に、精神を繋げても、何の支障も無かった。
不感症と表しても良い、悲しみを受けても、あくまで知識による認識で悲しいと理解できるだけで、自身まで悲しむ余地など、皆無。
それが、心が生まれた今となっては仇となった。
どういう経緯でヴィータがあそこまで追い込まれたのか、戦闘に集中しようと五感のリンクまで行わなかったので、詳細は分からない。
数式を解く過程を飛ばして、いきなり解答を見せられたも等しい。
それでも何となくだが、原因に心当たりがあった。
何かが切っ掛けで、暴発したのだ。
大事な人を救いたい思いから続けているとは言え、内に貯め込んだ、蒐集を敢行する度に積み重なる……罪悪感と言った心の嘆き。
こうしてリンクさせた自分も、余波を感じ取るまでに、心情の均衡が崩壊してしまった、それだけは理解できる。
自分だって、はやてちゃんに黙ってこんなことしてる自分が、とても嫌になるから。
昔と違い、一番かつての己と乖離してしまった自分では、それを受けたまま、戦闘を続けることは困難だった。
現に―――
「!……しまった」
感情の波の影響が体にも現れ、反応が遅れ、いくつもの魔力のロープが体を縛り付け、半透明の四面体が、追い打ちに四肢を拘束して自由を奪う。
「先程も申し上げましたが、ご同行願えますか?」
どうにか善戦してきた湖の騎士は、こうして囚われの身となった。
バインドの強度を維持させながら、淡々とした口調で、確保に臨むクロノ。
だが、今の彼の瞳の黒さは、決して単に色が黒みがかっている……だけとは言い難かった。
アスファルトの傷をさらに深く抉らせながら、勇夜の体を捉えようと、執拗に何度も迫る蛇行する刃。
それを彼は、跳躍を繰り返しながら逃れていた。
地面に足を接触、時には念力で即席の大地を作り、触れた瞬間すかさず脚をバネにして跳んでいく。
その動作を繰り返しつつ、迫るレヴァンティンの刃を、研ぎ澄まされた動きで空中に何度も舞って躱し、それが適わない場合は人間体時のゼロスラッガーと言える零牙の斬撃か、念力の膜に包まれた脚での蹴りで払うなどして凶刃を防ぎ続けていく。
この独特で麗しいステップは、地球発祥のある移動法を元にしていた。
名を『パルクール』、別名『フリーランニング』。
走る、跳ぶ、這う、登る、などの身のこなしによって、心身を鍛えることを主軸とした運動方法、鍛え方次第であらゆる障害が待つ悪路を、滑らかに勢いを削ぐこと無く走り抜けることができる技法。
勇夜がK76星での修行で会得したこの運動法は、思いやりの心を育ませる意図がある為、荒んだ当時の彼の心を更生させるにはもってこいとレオが修行プランに盛り込んだのである。
さらに、拳法の技法も加えられている。
運動エネルギーを受け流す化勁。
そして、『聴頸』、感覚を研ぎ澄ませ、対象の動きを身体で読み取る術。
究めれば、視覚に頼らずに他者の存在を感知し、感情すら読み取ることもできる。
地球で生まれし『技術』たちと、自身の身体スキルに超能力を駆使して、レヴァンティンの蛇刃を迎撃していた。
最初の内はさすがにトリッキーな剣閃を前に完全に無傷と行かず、体の各部あちこちが蛇の刃に切り刻まれている。
炎熱の籠った刃なので出血は無いが、代わりに火傷の激痛が勇夜の体中に御雄叫びを上げ、それに耐えながらも、一応は蛇刃の連撃を捌き切っていた。
ただし、余裕があると言われるとそれは否、だから一応と付けた。
防戦に専念しなければ、蛇刃を捌き続けることができないのは実状である。
これでもシグナムは加減を抑えている方だろう。
本気を出されたら、下手すると自分の体が猟奇的に四散されそうだ。
守りから攻めに転じるには………ガンモードによる攻撃か? ダガ―モードの二刀流でどうにかしのいでいる現状では無理だ。銃撃を敢行するだけの隙も見えない。
他の形態もアウトだ。逆に隙をシグナムに与えてしまう。念力で足止めする隙間すらない。その前に蛇刃が深い傷を勇夜に刻むからだ。
それだけ彼女の攻めは苛烈なもの、炎の魔力変換資質を持つゆえか、騎士の理性に隠された情は、篝火を連想させるまでに鮮烈で激しいものだった。
どうやら彼女も、相手が強ければ強いほど闘志が燃え上がるタイプらしい。
自分に会うまでは、対等に戦える者がいない現世に内心相当ご立腹だったようだ。
でなきゃ、ここまで攻撃の手が緩まない筈である。
目的の達成―――書の完成の為なら、自分の獣としての血すら惜しみなく使う……どうあっても、みすみす食い下がる気は持っていない。
あんな状態では、立ち位置では障害で敵でしかない自分の言葉など、届くのは絶望的だ。
それほどに、彼女らは思い詰め過ぎている。
ならこっちも引くわけにはいかない。
蒐集の理由は、まだそれらしい仮説があるだけで完全に掴んでるわけじゃないが……あの一連の通り魔行為が、苦渋の選択によるものである確証は、ほぼ掴んでいる。
それが分かっているから、どうしても内心の苦闘の果てに、自分たちに刃を向けたグレンと、裏切り行為と見なされかねない接触をとってきた久遠、あいつらの為にも、主となった誰かさんの為にも、どうしても蒐集は止めなければならないと心が訴えてくるのだ。
ウルトラマンノアが、かつてその昔見たという闇の書の暴走。
あの惨状の光景が、もし…蒐集を終えたと先にある最悪の未来だとしたら。
地球含めたこの次元の宇宙は………塵すら残らず消し飛んでしまうのは間違いない。
ノアが封印による事態の終息を選ぶくらいなのだから、暴走の災害規模は、それぐらい大規模と見込んでいい。
もしその最悪の未来な、次元災害で世界が一つ滅んでしまったら。
見た目は人…或いは人に近いだけで、〝心なんて持ってない〟魔導書の魔法プログラム生命体たちが、蒐集によってまた一つ次元を犠牲にした……と、闇の書の悪名が歴史と人々の心に新たに刻まれるのは確かだ。
戦いを通じてとはいえ、〝心〟があることを知っている俺たちが、いくら「それは違う」と訴えても、大多数の人は信じない。
そう………それはベリアルと同じと運命を辿ってしまう。
今となっちゃ……悪玉に身を落とす前のあいつがどんな奴だったか話したって、口にしたって、ホラ話と笑われるか、出鱈目な話と切り捨てられるかだ。
親友で戦友だったウルトラの父の言葉でも、信じる者はほとんどいないのは明らか。
事実とはいえ、罪を犯した当人の人となりを、ほとんどの人々に知られぬまま悪名ばかりが蔓延って、そんな中で弁解もできずに大勢の糾弾を黙して生きなきゃならない。
おまけに、今の魔導書の主は、グレンと…あの久遠にとっても大事な存在なのは、顔もまだ知らない自分でもはっきり分かるし……ノアが直面した書の暴走によって、確実に主が死ぬということも、理解できる。
つまりそれは、大切な誰かによって、大切な存在の命が奪われる悲劇に、喪失感による虚無と憤怒に引き裂かれる日々。
それらを背負わされる人生を、あいつらに負わせてたまるか、あいつらと繋がりを育んできた筈のヴォルケンリッターにそんな所業をさせてたまるか。
あの一連の行為の始まりが、善意によるものならもっと尚更。
さっき久遠に問いかけた質問による彼女のリアクションを見ても、やっぱり〝主の為〟に〝自分の意志〟で戦ってるのは事実だ
だから何が何でも、這いつくばってでも止めなければならない。
ただその前にまず、この厄介な蛇の剣をどうにかしなければならなかった。
マルチタスクで糸口を探しているが、たとえばガス欠を狙って消耗戦とするか、ダメだな……結界を張ってる局員の体力に魔力は無限じゃない、彼らに無理はさせられなかった。
他に浮かんだ策も、どれもこれも決め手に欠ける。
けど何か、あの蛇剣にも確たる短所はある筈だ。
この限界など存在しないと錯覚させる刃の攻撃範囲に、鞭と剣が合わさった壮絶なる破壊力を得たと引き換えに背負わされるネック。
迎撃しながらも、刃とそれを操る本人を、注意深く洞察する。
ふと……シグナムを見ていて引っかかった。
何となく……〝変わり映えしない〟……なんて単語が浮かんでくる。
「(リンク、あいつの立ち位置に変化はあるか?)」
『(…………ただいま確認しましたが、デバイスを現在の形態に移行させてから、彼女はあの場からほとんど移動しておりません)』
リンクの分析引っかかりからよぎって浮かんできた自身の勘は、ビンゴであった。
〝あいつは愛機を巨大な蛇にさせた瞬間から、ほぼその場に止まって攻撃を続けている〟
そうか……読めたぞ、あの獰猛な蛇剣に潜む弱点、そして掴んだ………あの蛇の牙を砕く突破口ってやつがだ。
『(マスター、新たな魔法プログラムを生成しました、データを転送します)』
リンクも何か策が浮かんだのか、その魔法の詳細が記された情報を、勇夜の脳内に送り込んできた。
受信した内容に、勇夜は驚きを禁じ得ない。
そりゃ、セーピングビュートを使いこなせるよう、特訓は何度もしていた。
こいつはそれを応用させたものだ。
ただし、今使うとすれば実質ぶっつけ本番で、使いこなせるかは未知数。
「(おいおい、ぶっつけでこなせるかどうかの保障はできねえぞ…)」
『(その通りです、ですがマスターの戦闘技術を吟味したうえで宣言しましょう、マスターなら必ずやり遂げると信じています)』
送信した当人は分析とシュミレーションを行った上で、勇夜には可能だという確信を得て、その新たな『魔法』を開示したのである。
たく、それにしてもいつのまにこんな殺し文句を覚えたのかね……この相棒は、ネットで恋愛がらみの情報でも仕入れたのか? 実際声に出すと赤面レベルな恥ずかしさだぞ……これ。
でも、自然と体が軽くなる気がした。
気持ちも高鳴るってのに、同時に頭は涼やかにクリアとなって澄んでいく。
言葉に籠ったのパワーってやつも馬鹿にはできないな、口にしただけで力を沸かすこんな効能があるのだから。
「(なら、応えてやらねえとな――――いくぜ相棒!)」
『(はい、マスター)』
未知への挑戦を、即実行に移せるのは、勇夜が彼女を信頼し、リンクもまた彼を信じているからである。
根拠もなしに信じている訳じゃない………10年以上一緒に歩んできた時間と言う流れが、お互いの強みを高めさせ、力となる。
さて、守り時はこれにて閉幕。
ここからは、俺の反撃のカードを切りだすターンだ。
両手で構えていた小太刀を、そっと下ろす光。
「(ライト、どうでしたか? 先程の私は)」
『(正直に申してもよろしいのですか? 我が主)』
「(構いません、堂々とおっしゃって下さい)」
『(………………………〝悪魔〟………ですね)』
黙した間を経て、シルバーライトは自らの使い手にそう伝えた。
悪魔……己が戦うのに有利な場所に誘い込み、舌攻めでまさにたった今鉄槌の騎士の信念をへし折った自分に相応しい言葉だ。
これをなのはや……姫様がご覧になったらどう思うだろうか?
二人が呆然と目を見開かせたまま自分をずっと見つめる光景が浮かんだ。
これがグレンだったら、どうするだろうか?
激昂して胸倉を掴んでくる姿が浮かんだ。
数刻前にヴィータに対し、静かなる口調で辛辣な言葉の刃を切り付けた光。
啖呵とともに言霊に込めたのは、騎士でもある身としての、同朋たちへの忠言。
久遠塚にて久遠と会い、情報を交換した際、彼女は書の主たる人物のことを含め、自分たちのことを多くは語らなかったが、彼女の態度と、さっきの鉄槌の少女の反応から見て、現時のマスターの為に、本人の預かり知らぬところで蒐集活動をしている確証は得た。
同時に、こればかりはどうしても伝えておきたかった。
自身を突き動かす糧が、心からの忠義であり、大事な人たちへの想いであったとしても、今続けている行為は、咎人の烙印を押されるものであり。
たとえ始まりが善意によるものであったとしても、それで思いがけなく人を傷つけてしまう結果になってしまうことを。
白状してしまえば、多かれ少なかれ……彼らが許せなかったのかもしれない。
同じ騎士として、今生の主様が知らない状態で、着々と袋小路に追い込んでいく罪の積み重ね。
直接手を汚していない筈の、光たちからはまだ顔も知らぬ主となった地球人もまた……清算を担わなければならない現実。
グレンも久遠も、お世辞にも人間の常識から見て人間と言える身ではなく、化け物を見なされかねない存在でありながら、『その方』から色々恩を受けていると、深い縁を紡いでいると、一回彼女と対面しただけでも言い切れる。
そして何かしら主の身に不慮の事態が起き、それを打破する為に騎士たちは武器をとり、久遠も一時彼らに手を貸し、その過程で起きた窮地にグレンが駆け付けることとなった。
『主…』
「大丈夫ですよライト」
ライトが案じてきた。
かなり暗い貌をしていたのだろう。
けれど、罪悪感はあれど……いやあるからこそ、胸の奥が引き締められるこの感覚を忘れぬよう味わなければならない。
光は最初から、ヴォルケンリッターとの戦いは一種の汚れ仕事になると認識していた。
騎士たちの行動原理は実にシンプルだ。
〝愛する者を何としても救う為に、血生臭い世界に身を投じた〟
これだけははっきりしている。
彼らがとった方法が、如何に外道と見なされる者であったとしても、彼らと相対するということは、どうあってもその希望を壊す所業なのだと。
だから自分は、〝悪魔の仮面〟を被ったのだ。
そして提示したのだ。
自分たちが選びとったものは、騎士の誇りを捨ててまで望んだ願いを永遠に遂げられないかもしれない……と。
それだけじゃない。
自他ともに不幸の底なし沼の土壺に、嵌っていくばかりだと。
より暗闇が溢れる因果が、今か今かと嬉々として待っているというのに。
それだけは絶対に阻止せねば、でないと本当に報われない。
報われぬまま、救われぬまま、彼らは無間地獄の時間を送ることになろう。
それらを伝えた上で、それでも譲れないのなら、止まれないのなら、真っ向から向かい討つつもりだった。
帰結として、こちらの予想以上の打撃を彼女の心に与えてしまったが。
以前から蒐集の罪悪感などから兆候があったとはいえ、光の言辞が決定打となり、ヴィータは完全に戦意を喪失させてしまっていた。
膝を床に付け、身体を支える力は根こそぎ抜き取られている。
倒れていないのが奇跡的だ。
垂れた前髪で表情こそ見えなかったが、光の正論に打ちのめされ、心の支えを壊されて生者とは思えない顔をしていると想像することは、簡単にできた。
言い訳がましいが彼女を追迫してしまった罪悪感はある、埋め尽くされてると言ってもいい。
いくらプログラム生命体で、外見以上の時間を生きていたとしても、自分からは妹とそんなに歳は違わない幼子だ。
ある意味では、本当に幼子かもしれない。
ずっと主たちの手足、願望器、戦闘マシンとして、世界を渡り歩いて来た……と言うことは、この地球に来て、人並みの生活をして、感情が芽生えてから日が浅い筈なのだ。
情操が未発達な点で言えば、彼女たちはまだ子も同然。
扱う術を持たず未成熟であったことで、必要以上に自分を傷つけてしまった。
そして己は、崖の瀬戸際に立っていた彼女に、最後の一押しをしてしまった。
目に焼き付けなければならない。
これが自分の行いの果ての代償。
逸らしてはならない。
戦いとは、こういう残酷な面がどこまでもしがみ付いてくる。
互いに譲れぬものを賭けて争い、勝利を掴むと同時に敗者となった相手の支えとしているものを打ち砕く。
勝者は敗者の恨み、憎悪が詰まった枷を背負う。
それは忠義と矜持を以て戦う騎士も、ビジネスライクに戦う傭兵も、そして義父士郎たち御神の剣士や、勇夜――ゼロたちウルトラマンら守りし者たちも、平等に背負わされる咎だ。
「(ハラオウン提督、守護騎士の一人の武装解除を完了しました、確保の為に武装局員の方々数名をこちらに――)」
『主! 敵襲です!』
胸の圧迫を感じながら、リンディに状況報告を申告しようとしているその最中に、事態は急変する。
愛機の自身の本能からの警告と、新たに巻き起こる事態は同時だった。
フロアーの内壁が、いきなり破裂し、状況をさらに混迷させる新たな起爆剤が、〝光たち〟に牙を向いた。
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海鳴のコンクリートジャングルに囲まれるアスファルトは、未だに烈火の騎士ことシグナムの蛇刃の洗礼を受け、既に乗用車の走る道としての機能を剥奪されていた。
もし無機物に意志があるとしたら、今頃彼らは現在進行形で重なる破壊という災難に、もうこりごりだ、他でやってくれと強訴してくるかもしれない。
この区画の街たちにとって幸いなのは、勇夜が膠着状態の障壁をブチ破るべく、反撃の攻勢に転じたことである。
ただ、その反撃には、ある程度蛇腹状の牙をおびき出す必要があった。
まず勇夜は、迫りくる巨大な蛇に対し、背後に跳躍、後転。
『(右、40度修正)』
「(了解、と)」
単純には直線を飛び廻らず、途中リンクの指示から軌道修正を繰り返し、蛇刃と一定以上の距離をキープさせながら後退する。
一旦退避して態勢を立て直す、にも見えなくはないが、断じて否。
これは前準備だ。
蛇の牙城を崩す、反攻の仕法。
『(今です、零牙を構えて下さい)』
まだ宙を舞い跳び、慣性が残っている様態で、ハンドガンモードにした零牙の銃口を――正確には狙いは少々異なるのだが――シグナムに向けて構えた。
レヴァンティンを連結刃形態――シュランゲフォルムに変形させてから、シグナムは専らこのモードでの攻撃を続けていた。
訳柄は諸々ある。
ある程度効果があったのも有り。
回避による防戦を継続させ、体力をじわじわと削る狙いも有り。
勇夜の戦闘スタイルによるのも有りだ。
数回切り傷程度であるが、刃は勇夜の表皮を捉えることはできた。
その後は何度も躱し捌かれているが、防ぐことに専念され、身に貯められた体力が有限である以上、消耗に追い込めばいつか防壁は崩される。
三つ目の仔細、シャマルからの情報では、零牙は銃にも剣にもなる汎用性の高いデバイスであるらしい。
だとすれば、レヴァンティンでは相性的に良いとは言えなかった。
術式がミッド型でありながら、日本刀の形態でもレヴァンティンと切り結んでしまうスペックと使い手であるのに、ミドル、ロングレンジ用の形態があるのでは、ほぼクロスレンジに特化された仕様のシグナムの得物では不利、距離をとられたのでは打つ手が限られることとなる。
唯一、遠距離用の形態はレヴァンティンにも在るが、勇夜の身のこなしと反応速度、『同型の形態』が彼のデバイスに備えられいる以上、かの形態の使用は現在の戦闘下での選択肢から外された。
で、消去法でシュランゲフォルムが一番攻めるに適していると踏み、先程から蛇刃での攻めが続いてるわけである。
そんな中、シグナムから見ればやや奇妙な後転を勇夜がし始めた。
何が狙いだ?
シュランゲフォルムの有効攻撃距離の圏外からの超遠距離から攻撃?
実際勇夜は遠近両用のオールラウンダーな戦士、普通ならその手が妥当と判断されるだろう。
事実、シグナムもそこに行き着いた。
シュランゲフォルムの牙が届かぬ場まで引くつもりだろうが、我が剣の飛距離を舐めてもらっては困る。
『Schlange beißen angriff』
「穿て! レヴァンティン!!」
連結刃でのレヴァンティンの攻撃は、『シュランゲバイゼン』と呼ばれているが、これは刃に纏わせた炎の魔力密度をさらに強め、刀身事態の強度強化だけでな、く魔力噴射による推進力も相乗させて破壊力を上げ、切り付ける斬撃魔法だ。
そしてシグナムの言う通り、シュランゲフォルム時の炎の魔剣は、基本形態のシュベルトフォルムからは想像できない質量保存の法則にすら逆らうリーチで、蛇行しながら勇夜を追走する。
次第に縮まる、得物と獲物とのインターバル。
しかしここで、牙の矛先である勇夜が思わぬ行動をとった。
後部へと跳ぶ最中に、拳銃形態のデバイスをこちらに向けてきたのだ。
周辺にも『魔力弾』を待機させている。
このタイミングからか? しかも弾丸の生成が早い。
フォルムチェンジの時間は、無い―――のだが対処そのものが間に合わないほどではなかった。
弾丸は直進タイプで、発射位置と弾の進行軌道を予測すれば、この状態でも防げる。
「ファイア!」
トリガーが引かれ、弾丸が一斉掃射された。
蛇剣を巧妙に操り、各弾丸の射線上に蛇刃を配置する。
刃の性質上、長時間一定の位置に滞空させられないが、弾の進行を阻むだけの時間はある。
直進する弾丸たちは、〝予想通り〟、待ち構える連結刃へと前進し、一発たりともシグナム当人に届くことなく果て、パンチャーシルトも徒労に終わる―――否、そこで終わらなかった。
〝見えない弾〟が刀身に着弾した瞬間、次々と弾と刃の衝突地点から火焔の暴発が巻き上がった。
爆発の衝撃が蛇刃を地に叩きつけ、爆炎と噴煙がシグナムを取り囲み、視界を妨げていく。
この場で予想とは、誰の〝予想〟か?
『(かかりましたね)』
「(ああ)」
そう、弾丸を飛ばし、内心ほくそ笑んでいる勇夜の方。
ここで種を明かそう、勇夜は最初から、シグナムに弾丸を全弾とも防御させる目論見で発砲した。
加えて明かせば、彼が発射したのは魔力弾ではなく、空気を念動波で球体状に閉じ込め、それをさらに念力で弓を引く要領で後方に吸引し、シグナムに飛ばしたのである。
烈火の将が魔力弾と勘違いしたのは、大気に漂う魔力残滓をなのはのスターライトブレイカ―に代表される集束魔法の応用でフェイク用のダミーとしてスフィア化し、念動弾の背後に浮かせていたのもあるが、念動弾は魔力弾と違い、微かに空間が陽炎の如く揺らぐのみで、ほとんど目に見えないことも要因。
よってシグナムが、勇夜のフェイクに嵌ってしまうのも無理もないことであった。
〝星の光〟の生む切っ掛けを作ったと言える勇夜が、囮用のスフィアを集束魔法で組成させたのもまた憎い手だ。
なにせ現存する魔法の中で最も難度が高い技術だが、一度修得してしまえば、体内の魔力量が枯渇状態でも使用できるからである。
その為、一連の戦法による体力の消費量は、微々たるものでしかない。
集束と聞いて、残留魔力を集め、馬鹿デカイ魔力球から特大の砲撃をイメージしてしまう方もおられるであろうが、このような使い道も存在する。
無論、勇夜が造作なく扱えているのは、不良そうな見た目に反し、日々鍛錬を続け、何だかんだ言いつつも彼の師からの教えを忘れず全うしているからだ。
さらに念動弾には大気中の酸素を圧縮して集められ、連結刃の周辺にはアスファルトの破砕で生じた粉塵たちが漂っていた。
その様な環境下で、高密度の酸素を閉じ込めた弾丸を、炎を宿した刃にぶつけたとしたら、酸素燃焼によって火勢が飛躍的に上昇し、高まり燃え上がる火が粉塵の群れに着火に、ウルトラ念力による炎のコントロールで、火力は粉塵爆発でより一層極限まで跳ねあがり、結果としてシグナムの周辺を取り囲む形で大爆破が起きた。
しまった………自身を包囲した鮮やかに咲き誇る焔の花々によって、シグナムは先の射撃がシュランゲフォルムの短所を突いたフェイクであると悟った。
連結刃は、接近戦主体のシグナムが中、遠距離の敵への攻撃と、基本形態では不可能な多角的な戦法を可能にするが、反面デメリットも大きくなる。
数刻前に、勇夜はリンクにシグナムの立ち位置の変化を分析させた際、彼女はマスターに炎の騎士が『ほとんど移動していない』と答えた。
正確に表現するのならば、〝移動していない〟のではなく、〝移動ができない〟と言い直した方が正しい。
その移動がままならない因とは、シュランゲフォルムが抱える難点だ。
連結刃となったレヴァンティンを操作するには、シグナムの脳波と、刀身からの魔力噴射と、そして肉体全体を総動員する必要がある。
この為シュランゲフォルムの間、シグナムは愛機のコントロールに専念する必要上、ほぼその場から動けなくなってしまう。
特にシュランゲバイゼン・アングリフ等の大技の使用の際は、完全に現在位置での棒立ちを余儀なくされるのだ。
デメリットはこれだけではない。
使用中は、フィールド防護魔法――パンチャーガイストといった、一部の魔法が発動しにくくなる。
相手を防御に徹させるまでの攻勢でデメリットを賄ってはいるものの、この形態は刃の形状こそ片刃だが、〝諸刃の剣〟でもあるのだ。
勇夜の一連の戦法は、連結刃の特性をくみ取った上での一手、その上まさか、自然現象まで戦闘に利用するなど、シグナムには思いもよらなかった。
反射的に五感を司る部分の魔力フィールドを強めてたのは幸いだ。
あの爆発の規模では、轟音で鼓膜がイカれ、飛び散る粉塵で眼もやられていたかもしれなかった。
『Schwertform!!』
無駄にハイな発声で、将の愛機は一定間隔で分裂させた刀身を繋げ、一つに纏めていく。
とにかく、長く伸び過ぎたレヴァンティンを基本形態に戻す、守勢に転じられては連結刃では応じきれない。
それなりに経過していると感じられるかもしれないが、現実の時間で、まだ手で数えられるだけの秒数しか経ってない。
さらに言うなら、これは勇夜の反撃の第一段階でしかない。
来る!
剣士としての経験で研ぎ澄まされた『感』が、勇夜がこちらに接近していると知らせてくる。
左からか!?
気配から来る魔力量で、身体強化の術を使用している様子は無い、なのに予測以上に速い。
それもそうだ、勇夜はツルク星人との一戦でも使用した念動波によるスリップストリーム現象と、足場から念力をジェット噴射同然に放出しながらの疾走で一気に距離を縮めたのだから。
炎がカーテンとなって輪郭はぼんやりとしか知覚できないが、気配から見て勇夜が何をしようとしているか、シグナムは理解した。
居合腰、この距離からか?
明らかに相手は刀の攻撃範囲外から、抜刀しつつあった。
素人目に見ても、切っ先がシグナムに届かないのは目に見えている。
だとすれば、考えられるのは刀身からの斬撃波動、現に地面から魔法陣独特の魔力反応。
レヴァンティンはまだ変形途中、鞘で捌くか? 障壁で防ぎきるか?
『Panzerhindernis』
烈火の将が選んだのは、バリアタイプの防御魔法。
処置としては良い判断だった。
しかし同時に、読みも外された。
瞬きの合間の出来事。
正面から来ると思われた衝撃は、シグナムから見て右手側から押し寄せた。
障壁がドーム状で、右方向にも張られてはいたが、正面に比べれば強度は劣り、何かが体を貫く、『奇妙な痛み』を受けながら、騎士は左方向へと突き飛ばされていく。
付加すると、火の群れから飛び出てきたのは、魔力弾でも魔力刃でも念動波でもなかった。
そもそも飛び道具ですらない。
彼女の不意を突いてきたのは、先端が三角状に尖った、青緑色の光を発する鞭だった。
常人よりも長い戦歴を持つ彼女が今の一撃への対応に遅れたのは栓無いこと。
なぜなら、今の魔法はたった今初めて日の目を見たからだ。
魔法そのものの考案も、初お披露目までそれほど経っていない。
技名は―――『Flash Whip』
ブレイドモードの零牙の刀身から、魔力を凝縮、固定させて作り上げた鞭を飛ばし、対象に叩きつける、リンクが連結刃の分析と、それをモデルにして即席に生み出した打撃型近接魔法。
剣と鞭の特徴を合わせた蛇腹剣と違い、先端が刃とやっている以外は純然たる鞭だ。
一見、訓練も無しにいきなりできたての新技をマスターである勇夜に使うよう進言するなど、無謀ともとれる。
けれどもリンクは、勇夜の過去の戦闘キャリアを照らし合わせ、合理的な思考で可能であると行き着いた。
信頼という意味では、彼女は相棒以上の感情で、自らの使い手のウルトラ戦士に想いを内胞している。
当の本人は、口には出さぬよう務めているけれど。
所謂クーデレな女の子なのが、現在のリンクことバラージの盾――ウルティメイトイージスなのだ。
そして相棒の勇夜は、彼女の信頼通り、フラッシュウィップをどうにか使い来なした。
それだけ彼の戦闘センスが高いこともあるが、人質の救出や、物体を引き寄せる光の帯――セーピングビュートを使う必要上、修練によって鞭の心得は既に身に着けていたのである。
結果として土台を固めていたいがゆえに今の結実へと繋がった。
フラッシュウィップで宙を漂い態勢を崩されたシグナムに勇夜が一気に踏み込む。
この踏み込みにも彼独自の技があった。
足裏から推進ジェットの要領で念力を飛ばすことで、走力を底上げしていた。
一旦相対距離を離しながら、短時間で再接近できたカラクリがこれだ。
零牙を右手に持ち、切っ先をシグナムに向けながら猛進する勇夜。
刺突の構え―――が、これもフェイントだ。
零牙で突き刺すと見せかけ、ウルトラ念力で動きを封じ、さらにセーピングビュートで拘束し、レヴァンティンを蹴りで手放させる。
怪獣でも手こずる二重の捕縛を前では、烈火の将と言えど流石に応えるだろう。
成功するかは五分五分だが、この手順で終わりにしてやる!
右手の零牙を突き出しながら、左手から念力を放とうとした―――瞬間、イレギャラーが起きた。
いきなりの奇襲。
下腹部に見舞われたキックによるものと思われる襲撃で飛ばされ、弧を描いて地面に激突。
新手か? まさかグレンか? いや違う、蹴られた感覚から、今のキックはあいつによるものじゃない……だったら誰が?
疑問への思案は、背中が感じ取った殺気によって掻き消され、第二撃の拳撃はどうにか跳躍して回避された。
深く抉られるグレーの大地。
勇夜は跳びながら、たった今奇襲を仕掛けた元凶を目にして、言葉を失った。
「嘘…だろ? あれは、あいつは―――」
体色は黒と白、胸部には金色に光る左右対称に並ばれた二つの発光体、背中にはゴマダラカミキリによく似た甲羅。
顔には顔に当たる部位は無く、代わりに胸と同色の縦に細長い光体にさながら昆虫の触角な一対の角。
「ゼッ――ト――ン」
甲高い電子音と、震えが体感で伝わってくる極低音の重い鳴き声。
勇夜――ウルトラマンゼロが光の国の映像資料と、怪獣墓場で直に見た個体よりも細身で女性的、足の形状は肉食恐竜に見られる獣脚であり、漆黒の尾を生やすなど、独自の特徴も備えていたがその容姿は見間違いようが無い。
ウルトラの次元世界における、最強の怪獣。
宇宙恐竜―――
「―――ゼットン」
―――奴こそ、このフィールドを乱す、イレギャラーの一端。
戦場はより混迷の色合いへと、塗り潰されていった。
つづく。