ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章   作:フォレス・ノースウッド

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※第一話の地の文でも説明してましたが一応補足、本作の海鳴市は神奈川県の小田原市辺りにある設定です。


STAGE22 - 懸念

 当たり前のことと言われるかもしれないが、海鳴市にある学び舎は、学校法人、聖祥学園の属する聖祥大学と、小、中、高校含めた付属校だけでは無い。

 県立緑ヶ丘中学。

 私立の聖祥学園と対照的に、神奈川県による公立の中学校。

 はやてたちが住んでいる中丘(なかおか)町の小学生たちは、聖祥のような私立への進学を希望でもしない限り、卒業と同時にここに入学することになっている。

 まだ授業の真っ最中にも拘わらず、堂々とさぼって、漫画の主人公みたいに屋上の上で寝そべっている――はやての義兄である八神紅蓮こと、炎の戦士グレンファイヤー―――も、その一人というわけである。

 彼の性格上、今のようなサボタージュ行為は毎日行われ、教師陣の頭を悩ませる頭痛の源になっていそうな気もするのだが、実はそうではなかったりする。

 以前にも話したが、紅蓮は自分が引き起こしたトラブル等で、義妹のはやてにとばっちりを喰うことになるのを誰よりも恐れている。

 幼くして両親を失い、下半身が麻痺して歩くこともできず、学校にさえ通えない。

 でも、そんな理不尽に泣き言一つ言わずにずっと耐え続け、他人を思いやれる優しさも捨てずに持ち続けている。

 だから、自分が馬鹿なことやっちまえば、多分はやてはそれすらも自分のせいにして、攻め続けてしまう。

 そう考えれば、勉強とか自分には肩苦しくて窮屈なことだって、不思議と面倒くさく感じずに打ち込むことができた。

 

 今まではどうにか机に座り続けて先生(せんこう)たちの授業に着いていけた……んだけど……昨日から真面目に学校生活を全うする気になれない。

〝あいつら″が、約束を破っちまってたことを知っちまってから。

 そりゃ言い訳がましいさ、仕事なんて行きたくねえと思っててもどうにか頑張って職場に行ってる野郎が世の中には大勢いんだから、この程度でサボるなと責められても、言い返すことはできやしない。

 分かっちゃいるんだよ……これが現実逃避だってことぐらい……言い訳にして逃げてるってことぐらい……分かってんだけどさ。

 

「くお~~ん」

 

 紅蓮の耳に、聞き慣れた鳴き声が入りこむ。

 

「お前…」

 

 寝そべったまま見上げると、ちっこい狐ッ子、子狐モードの久遠がいた。

 その久遠は、紅蓮と視線が合わさった瞬間、その身を光らせながら体躯を変えていき、巫女服を纏った半獣半人の大人モードとなり、寝そべる紅蓮の横に、いわゆる体育座り、ミラーナイトことリヒちゃんがベリアルの野郎に洗脳ウイルスを撃ち込まれて落ち込んでる時に使ってたらしい座り方で座り込んだ。

 それから数分間は、互いに一言も発さずに佇む状態が続いた。

 言いたいことがあるにはあったのだが、気まずさで自分から言い出せず、つい相手から切り出してくれるのを期待してしまうのが原因だった。

 

「いいのかよ学校に顔出しやがって、不審者で御用になるぞ…怪しい奴がうろついてるだけでもニュースになるご時世だってのに」

「紅蓮こそ、ここで油を売ってていいわけがなかろう、私の記憶が正しければここは確か、生徒は立ち入り禁止では無かったのか?」

「ほっとけ…」

 

 

 

 二人の言い分は、どっちも正当性がある。

 本人にその気が無かろうが、学校に来ておきながら説明できる理由も無しに、立ち入り禁止の場所にてさぼりを満喫している紅蓮。

 たとえ知性が人並みで、人の姿になれても、不思議な能力を持っている以外は動物でしか無く、〝動物としての彼女〟には人権なんて持ち合せていない久遠。

 二人ともこんなところを第三者に見られてしまえば、ただでは済まない。

 特に久遠は、紅蓮の言う通り、保健所に捕まってしまうか、または妖弧と呼ばれし特異な存在なゆえに、それ以上に悲惨な目に遭うかもしれない。それはある意味、正体は巨人な紅蓮も当て嵌ることでもある。

 自分たちが人の常識から外れし者と自覚があるため、久遠は対策としてこの屋上一帯に人除けと、結界外からは誰もいない様に見える効果を持たせた結界を張り、紅蓮のもとに来るまでも、ウルトラマンゼロが次元移動している際使用している魔法と同じ、自らの周囲に認識阻害の術を掛けて、白昼堂々街中を歩いてここまで来たわけである。

 彼女の術は魔法とは言えないが、同じ力、魔力素を術の原料にしている点ではよく似た能力である。

 

「いつから知ってんだ?」

「シグナムたちの蒐集行為のことか?」

「…………………おう…」

「……………石田殿の…宣告があった日の夜だ……」

 

 そして久遠の口から、あの日の夜のことが語られる。

 

 

 

 

 

 

 その日の久遠は、紅蓮や騎士たちと同様、はやての神経性麻痺の急激な進行とそれに伴う命の危機に瀕していることを知り、ショックで終始子狐形態のまま一日を過ごした。

 騎士たちと同じ、いつ終わるかも分からない、孤独で冷え切った日々してくれた一人が死に掛けている。

 その事実は、たとえ何百年〝独り〟で生き続けていても、すぐに受け入れられることでは無かった。

 自分の力でどうにかできないかと考えはしたが、自分もまた、闇の書と同じく、破壊しか取り柄が無い存在。

 多少、治癒などの癒しの術は持っているが、髪が抜けるなどの副作用が出ない抗がん剤程度の効果しか望めない。

 一体どうして自分はこんな力を持ったのだ?

 自分の母は、その力のせいで、命を落としたと言っても良いのに………なぜ自分はこんな存在となったのだろう。

 問いかけても、納得できる答えは提示されなかった。

 温かな生活を送ってきた反動で、余計自分自身が呪わしかった。

 暗く淀む想いを抱えたまま、眠りに着こうとしたその時だ。

 いきなり瞼越しに光が差し掛かり、それが収まると同時に、パタン、とドアが閉まる音がした。

 今の光と音で覚醒してしまった久遠は、目を開けて部屋を見回すと、いつもはやてと寄り添って眠っている筈のヴィータがいないことに気づく。

 精神年齢が低い子狐形態の久遠でも、さっきのはヴィータが出ていったことに行きつく。トイレの類かとも思ったが、一向に水洗トイレの洗浄音が聞こえてこない。

 ひょっとしてと思い、集中力を高め、家中の魔力反応を探って見た。

 ヴォルケンリッター全員が、家から出た形跡がある。

 こんな真夜中に何の用件なのだろうか? 疑問と同時に昼間の記憶が脳裏に流れる。

 壁に怒りの籠った拳を叩きつけるシグナムと、泣きじゃくるシャマルの、とあるやり取り。

 

〝なぜ気付かなかった!〟

 

〝ごめんなさい…わたしぃ…〟

 

〝お前にじゃない、自分に言っている!〟

 

 傍から見れば意味を図りかねないシグナムたちの発言から、胸騒ぎがよぎった久遠は、はやてを起こさぬよう注意を心がけながら、子狐形態から、大人形態へと変わり。

 

「服はこんなものでいいか」

 

 魔力で構成された巫女服を、目立たぬよう黒のタートルネックにジーパンと、飾り気の無い現代の衣服に変えた 。

 耳も尻尾も完全に隠し、はやての部屋を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 4人がどこに行ったのか、あてがあるのかと気になる方に補足を付ける。

 ヴォルケンリッターたちは、闇の書に組みこまれたデータとリンカーコアを元に、魔力によって人体を再現、構成された生命体。

 表皮も、流れる血液も筋肉も骨も、髪の一本までその体は魔力でできている。

 よって魔力持ちの人間よりも魔力を発散しながら生活している。

 歩くだけでも、足跡ならぬ魔力跡がしばらくの間残留していることがある。

 なのだが、本人たちもそんな体質であると分かっているので、付けられない様に、魔力の体外放出を抑えているようだ。

 外には出てみたものの、残留魔力はほんの僅かしか感知できず、T字路に入ったあたりから枝分かれしていた。

 自分たちに後を着けられない様、一時的に別れたようである。

 だがこちらにも、手が無いわけではない。 

 もしはやてたちにも知られたくない密会を彼らが行うつもりなら、どこかで結界を張って集まっているかもしれない。

 それに、たとえ魔力の痕跡を残さぬよう努めても、どうしても残ってしまうものが他にある。

 それは、どの生物にもある〝匂い〟だ。

 こればかりは、自分の方が上手だと自負できた。

 鼻孔で感じる騎士達の匂いを辿って、久遠は歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 そのヴォルケンリッターたちは、中丘町のお隣にある御浜町の公園に集まっていた。

 はやての足を不満足にしていた原因が、自分たち闇の書の浸食によるものと紅蓮とともに宣告を聞いていたシグナムとシャマルは、ヴィータとザフィーラに詳細を話していた。

 全員翳のある顔つきで沈んでいる。

 生きているだけで、大事な人の命を蝕んでいるのだ。それに対し、もう何も感じられない自分たちでは無い。

 

「助けなきゃ……はやてを助けなきゃ!」

 

 ヴィータに至っては、拳を震わせながら強く握り、その吊りあがった瞳を潤わせてさえいた。

 

「シャマルは治療系得意なんだろっ? そんな病気くらい直せよおっ!」

「ごめんなさい……私の力じゃどうにも…」

 

 泣き叫びながら服の裾を掴んで詰め寄るヴィータに、申し訳なさそうに答えるシャマル。

 正面切っての戦闘は不慣れだが、治癒などの補助系魔法にかけては並ぶものはいないシャマル。

 過去において、蒐集による戦闘をほぼ毎日、休息もまともにとれない悪条件下での連戦をこなしてこれたのは、彼女の存在が大きい。

 そのシャマルでさえ、書の浸食を抑えることはできても、進行そのものを止める術は持っていなかった。

 

「何でなんだよ……あたしらだけじゃね、紅蓮や久遠だって……はやてに救ってもらってたんだぞ!罰を受けるのはむしろあたしたちなのに……なのに…何ではやてがこんな目に遭わなきゃなんねえんだぁよぉぉ!!」

 

 防音効果のある結界の中にいることをいいことに、ヴィータはやるせない思いの丈を、喉を枯れるのを構わずに叫んだ。

 こんなことやったところで、状況なんか好転しない。

 駄々っ子の戯言だって分かってる、逆に虚しさを煽るだけだってことも。

 戦火にいたころから、ずっと変わらない現実。

 けれども、こうでもしなければやり切れなかった。

 シグナムたちも、正直叫びたい心境はヴィータと同じだ。

 

「我らにできることは…あまりにも少ない」

「シグナム、まさか…」

 

 シグナムが、この不条理な運命を変えられる、最善だが同時に悪辣な一手を同士たちに提示しようとする。

 

「蒐集……だな」

 

 それをシグナムが口にする前に、ある人物が声に出した。

 聞き覚えのある声に、驚きを隠せない騎士たち。

 すると暗闇の奥から、大人形態で完全に人間の姿となった久遠が現れた。

 

「久遠ちゃん…いつからそこに?」

「シグナムが書の浸食のことをみなに打ち明けるあたりからだ…」

 

 息のを呑ませられる騎士一同。

 自分たちの生んだ因果なら、自分たちでどうにか清算したかったが、もうこうして知られてしまったのなら、それは致し方ない。

 何より驚かされたのが、久遠本人がこうして自分から現れるまで、こちらに存在を察知されずにいたことだ。

 ここ数カ月が気配を過敏に研ぎ澄ませる日々とは無縁な毎日をおくっていたにせよ、背後をとられてしまったと言ってもいい。

 

「狐(わたしたち)は警戒心が強い種族だ、ゆえに存在を悟られないよう気配を消すことに関しては得意分野であるのでな」

 

 と久遠が説明を入れてくれた。

 彼女のような妖狐に限らず、狐という生き物は群さえ作らないほどに用心深い。

 プラスとして彼女には魔力による妖術が扱える。八束神社で紅蓮に見つかるまでは、この妖術を駆使して存在感を消し、各地を転々とし、海鳴に腰を据えるようになってからも、この力を使って、地元の住民に見つかることもなく八神家を訪問していた。

 

「それより…はやてを助ける方法が、本当に書の起動以外に方法がないのだな?」

 

 このままはやてが衰弱していくのを、ただ見ているくらいなら、たとえ褒められた手段で無くとも、能動的な一手に踏み出したい気持ちは久遠も同じだが、それでも問いておきたいことがあった。

 

「ああ…主の体を蝕んでいるのは闇の書の呪い……」

 

「はやてちゃんが闇の書の主として真の覚醒を得れば……」

「我らが主の病は消える……少なくとも浸食(すすみ)は止まるはずだ」

「みんなの未来を血で汚したくないから、人殺しはしない……だけど……それ以外だったら、なんだってする、攻めるなら攻めてくれ!でも…今はこれしか方法がねえんだぁよ!!」

 

 4人の目から発される感情は本物だった。

 はやての代になるまで、心を殺し続け、ただ主の命に従うだけの殺戮兵器な、プログラム生命体はもうそこにはいない。

 

「了承した、はやてと紅蓮には話さずにおいておく……その引き換えに、まず私の魔力を蒐集してほしい」

「え?」

「久遠?」

 

 彼女の発言に騎士たちの目が見開かれた。

 返す言葉が見つからない。はやてたちには、話さぬように頼むもりではあったが、まさか蒐集まで願い出るとは予想し得なかった。

 

「魔力は有り余るほど持っているのでな、その分犠牲になる者の数は減らせる」

「でもくうちゃん、蒐集は献血とは訳が違うんだよ、それこそ、たとえようのない激痛が…」

「誰だろうとその痛みを強いることになるのは変わりない、そうであろう? それとも相手が身内程度で躊躇うくらいなら、今言った言葉を撤回すべきだ、私が身をもってそなたらの戒めとなる」

 

 久遠の目もまた本気であった。

 彼女の眼差しから、シグナムたちに過去の記憶がよぎる。

 彼女たちの時代では、もののふ達は敵味方関係なく、戦場で果てる意志を持ち合わせていた。

 その者たちには、下手な情けは最大で最悪の侮辱であり、屈辱。

 今ここで久遠の心意気を無下にすることは、それに準ずる愚行だ。

 互いの意志の同意による殺し合いですらない、一方的な襲撃をこれから自分たちが繰り返すことになる以上、久遠の申し出を払うことは許されない。

 

「相分かった……シャマル…闇の書を」

「うん…くうちゃん、少し…我慢してね」

「覚悟の上だ」

 

 シャマルの手にクラールヴィントに格納してあった闇の書が現れ、怪しげに、紫がかった光りを纏い、輝きつつ浮遊しながら、一人でにページが開かれた。

 

『Sammlung』

 

 闇の書から発された『蒐集』を意味するその言葉が発されると、とたん久遠の胸の奥に痛みが走った。

 書の光が増すに比例し、彼女の胸部からも発光する球体が現れ、時間が経つごとに、彼女の痛覚は異常なまで反応、稼働して全身に訴えてくる。

 その光こそリンカーコア。

 魔法が使えし者ののみが持つ器官にして象徴。

この器官には、物理的な実体を持たないエネルギー体だ。

生命そのものが、実は未だに謎だらけなように、コアにも解明されていない謎が多いが、《魂》の一部分ではないのか? という説を上げる学者もいる。

魔源種やそれをモデルとした使い魔、さらに守護騎士たちのような魔導プログラム体の存在を踏まえると、あながちその説も間違いではないと言える。

 その光を発するコアから、粒子状の魔力が放出、闇の書へと吸い取られていく。同時に、激痛に苛まれる苦悶の声が久遠から漏れ出した。

 

「久遠!」

「止めるな!」

 

 悲鳴と喘ぎを甲高く上げる久遠に、ヴィータは居た堪れなくなり、反射的に蒐集を止めよう体が動いてしまうが、シグナムによって制止された。

 辛いのは全員同じ。

 止めたシグナムもその身を震わせ。

 蒐集の手を止めないシャマルも、直視できずに目を逸らし、ザフィーラも口を切らしてしまうほどに、口を噛み締めていた。

 

『Vollendung』

 

 4人の心境に反して無機質に素っ気なく響く、蒐集が完了したと知らせる書の電子音。

 光が消え、浮遊していた書はページを閉じながらシャマルの手に収まり、同時に久遠のリンカーコアは彼女の体内に戻った。

 と同時に、久遠の体から力が一気に抜け、バランスを崩した彼女は前のめりに倒れていく。

 シグナムはとっさに抱きとめた。

 するといきなり久遠の体が光り出し、小さく収縮していく。

 光量が収まるころには、子狐に戻った彼女が、シグナムの腕の中で眠りに着いていた。

 

「くぅ………」

「今の久遠には、人間体を維持するだけの魔力もないということか……」

 

 その衰弱しきった小さな妖孤の姿に、シグナムたちの心が何かに突き刺されて、容赦なく抉りつくしていく。

 もう彼らには、自らを心の無い人形だと、機械だと言い聞かせることはできなかった。

 きっと自分たちは、見知らぬ誰かや、生き物を、こうして傷つけ、彼らの魔の力を吸い上げて行く度に、自らを断罪して、精神を擦りきらせていく。

 もう、彼らに会う前の自分たちに戻ることは叶わない。

 だからこそ言いたかった。たとえ自己満足であったとしても、それでも言葉にして表したかった。

 

「すまない……我らの因果と……非礼を……許してくれ」

 

 4人の代表として、シグナムはその想いを眠る久遠に送りながら、その小さく温かな体躯をそっと抱き締めるのであった。

 その日を境に、彼らは本格的に蒐集を開始する。

 当初は主に、知的生命体の文明が存在しない無人の惑星にて、コアを持つ現地の生物から、書のページを刻ませていた。

 当然生物たちからは徹底して抵抗を受けたが、全員が相当の猛者であり、苦戦することはほとんどなかった。

 一方で、人間相手から蒐集は控えるようにしていた。

 意外なことに、人間が一番魔力を持つ生命体の中で、魔力を多くコアに蓄えられる性質である為に、効率的には魔法 生物相手より良いのだが……騎士たちには積極的にそれを行えない事情がある。

 それは色々あるのだが、内の一つとして時空管理局だ。

 一度警察組織でもある彼らに目を付けられてしまえば、完遂までの進行が極端

 に送れるのは確実であるし、あの組織とは少なからず因縁がある。

 管理外世界に住んでるからといって、みすみす見逃してはくれまい。

 と、局への警戒心とそれによる対策が功を奏し、魔力蒐集の初め頃は比較的滞りなく進んでいた。

 しかし、火の無いところから煙は立たないというように、連続して起きた魔法生物のリンカーコアが収縮する現象に、局も腰を上げて無人世界に調査隊を派遣するようになった。

 時に偶然鉢合わせるという事態も数度起き、人間相手には控えるという自戒も結局破られてしまった。

 なのに…書に刻まれるページ数を、かなり稼げたというのは、皮肉と言い様がない。

 そして、局員との接触が、先日の海鳴市での戦闘に繋がっていくのだが、詳細の説明はここでは控えさせていただく。

 

 

 

 

 

 

 時計の針を現在、学校の屋上にいる紅蓮と久遠に戻そう。

 

「攻めたければ攻めればいい、気が済むまでいくら殴っても、蹴っても構わないさ、兄妹(ふたり)を裏切ったことには変わりない…」

「俺ができねえこと分かってて、言ってんだろ?」

「……………すまないな…」

 

 今久遠に八つ当たりしたって、このもやもやは絶対晴れてくれない。

 だってもう知ってしまったんだ。

 あいつらが苦しみながらも蒐集を続けていることを。

 4回目の聖杯争奪戦に臨んだ魔術師殺しは、『家族』を持ってしまったことで、かつての冷酷な自分に戻そうとするだけで無理をしていた。

 その魔術師殺しとあいつらは同じ状態だ。

 以前の自分自身に立ち返れず、一人、また一人と目的を果たすための犠牲を払う度に心が悲鳴を上げている。

 あいつらをそうしてしまったのは、自分たちだ。

 俺たちが、命令を実行するだけだったプログラムを、一介の人間にしてしまった。

 今だって苦しんでる。

 この方法―――蒐集でしかはやてを救ってあげられない。他に手段を持ち合せていない自身に……それが分かっちまうから、被害に遭ったやつらみたいに、一方的に断罪なんて、できやしない。

 たとえ向うの魔法が普及してり世界じゃ、被害者たちが集まって被害者の会でも開いて、時空管理局っつう警察の連中に、早く捕まえろと急かしてニュースになっていると想像できて、一方的に奪われる悲しみも苦しみを味わっていたとしてもだ。

 だから余計に腹が立ってくる。

 どっち付かずで雁字搦めになった自分に……あの時は、どうにか家族のためにと、ゼロたちと戦うことができたが、正直2度も同じ決断ができそうにない。

 

 ほんと……こんなの俺らしくねえ……昔みたいに、物事ってもんに白黒はっきり付けられそうに無かった。

 

 はやてとあいつらの家族になったことに後悔は無い。

 だから悔しくて堪らず押しつぶされそうになる、どっちの力になってあげられないことが、学校サボって寝そべることしかできない自分が。

 快晴真っ只中な天候に反して、紅蓮の心は、益々真っ黒な雨雲に覆われていった。雨が降り出すのも時間の問題だった。

 

「ただ……最近気がかりなことがあるのだ」

「何だよ、その気がかりって」

 

 そんな暗い気分の紅蓮の耳に届いた、久遠の一言。

 まだ心の内は黒い天気だが、思考停止はどうにか免れた。

 一緒に騎士たちと相乗りすると腹を括っておいて何言ってんだ、と突っ込みたくなったからだ。

 

「紅蓮は、闇の書自体のことをどう思ってる?」

 

 が、この久遠からの質問で一気に失せてしまった。

 

「どうって……まあ……こう言っちゃアレなんだけど……大量破壊兵器ってやつか」

「私も最初はそう思っていた、だが闇の書は、殺しの道具にしては、不可解な点が多過ぎる…」

 

 不可解……おかしいってこと……何がおかしいってんだ?

 まあそりゃ、666ページ分の魔力を集めなきゃ、まともに使えねえ代物って……………一応真面目に勉強してたお蔭で鍛えられた自分のおつむを回転させて、考えを進めていくうちに、久遠の提示した疑問が何なのか行きついてしまった。

 おかしい、おかしいよな……確かにあの本は兵器としては扱いづれえにも程があると言うか、使い勝手が悪いどころじゃね。

〝主″に選ばれた奴以外に使えなようになってる癖に、何百人分の気が遠くなる量の魔力を集めに集めまくらなきゃ、主ですらまともに動かせない、使えない代物(しろもん)だ……欠陥だらけにも程がある。

 

「紅蓮も気づいたようだな、どう使うにせよ、人の道具に求められるのは程度の差はあれ、誰もが使える利便性だ、武器も同じ、その点に関して言えば、闇の書は兵器としては失敗作も同然だ」

 

 もし俺たちの思いこみの通り、殺戮兵器として作られたんなら、作った野郎は稀代の大馬鹿野郎だ。

 街一個消し飛ばすなら、わざわざ面倒な手続き踏んで闇の書を覚醒させるより、あいつらヴォルケンリッターに大暴れさせて街を破壊させた方が、ずっと安上がりに済む。

 

「つまりだな…闇の書ってのは元々…」

「元々、兵器以外の使い道で作られたものだろう、それが…過去の主となった人間によってその構造(からくり)を細工され、本来の用途からはみ出してしまったとしたら…」

 

 久遠の言う通り、本来の使い道が何なのかは置いといて、前の主になった大馬鹿野郎が、無理やりあいつらを兵器としてこき使おうとして、本を魔改造なり改悪なりしていたとしたら。

 

「じゃあさ……このまま蒐集を続けちまったら、あいつらとはやては、どうなんだ?」

「どうとも言えない…そもそもこれは現状、私の推測、妄想でしかないのだ、確証が全く無い以上、騎士たちに伝えても信じてくれないだろう」

「だろうな……トー○ルリコールのシ○ワちゃんとおんなじ気分にさしちまうのがオチだ」

「今はむしろコ○ン・ファレルではないのか?」

「うるせえ、いくらシ○ワちゃん公認でもあの映画といやシ○ワちゃんなんだよ」

 

 彼が例えとして出したのは、最近リメイクもされた近未来の火星が舞台のSF映画で、劇中でアー○ルド=シ○ワルツネッガー演じる主人公が、自分の記憶が外部から植え付けられた偽物であると知ってしまう場面がある。

 

「ひょっとしたら騎士たちも、その映画でのシ○ワルツネッガーのように記憶を改竄されているかもしれん……」

「あ…あり得そうで怖えな…」

 

 紅蓮の体に震えが流れる。

 今彼の全身に走った身震いは、冬の寒さによるものだけではない。

 騎士たちが、兵器としては穴だらけな自分たちを兵器と疑わなかったのは、そうであると思い込まされていたのが理由、だというのはありえない話では無かった。

 主が改悪を平気でする狂ったド外道なら、ロボトミー手術くらい平気でやりかねない。

 とは言え、今のとこ、久遠の言う通り、これは自分たちの思いこみでしか無いのかもしれない。

 実際のところ、蒐集が終わるとどうなっちまうのか、俺たちには皆目見当がつかねえからだ。

 ある意味で、さっきの久遠の話以外にも疑惑の種は一応ある。

 シグナムたちは前に、いかに前の主たちが人でなしの碌でなしだったかを口にしたことがあった。

 ヴィータに至っては、終始愚痴と不平不満のオンパレード。

 そんだけ先代たちのことを覚えているなら、やつらの最後も覚えているかと思いきや、その末路、つまりは書の主として完全覚醒したやつらはその後どうなったのか、一度も口にはしなかった。

 一応主だった野郎だから遠慮したのかとあの時は勝手に思いこんじまったけど、実は本当に覚えてない、覚えてないことを意識させないよう、頭ん中弄られたと考えれば筋が通る。

 けど、やっぱり今は俺たちの誇大妄想でしかねえ、あいつらに馬鹿正直に話したって、否定されるか笑われるかのどっちかだ。

 俺だってロボトミー手術されてますと言われたら、『何言い出すんだ!?』と頭に来る。

 本当のとこはどうなのか確かめようにも、俺たちにはできない相談だ。

 インターネットにも乗って無い異世界の代物を、どう調べろって言うんだよ。

 

「真実を露わにする手は、一応、あるにはあるのだがな」

「何ぃ? ほんとかよ?」

 

 そんなもんだから、久遠が言ってくれるまでは、すっかり失念しちまってた。

 他力本願ではあるが、闇の書が何の目的で作られたのかを知る方法をだ。

 

 

 

 

 

 後に彼は、仲間がこの世界にいてくれたことと、久遠が冷静な判断力を失わなかったことに感謝することになる。

 

つづく


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