ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
大半が異世界生まれで、地球人基準では人外な者たちで占めている一風変わった八神家での共同生活が始まってから、月をいくつかまたぎ、夏真っ盛りな八月の初めに入った頃。
「合計で9485円になります」
「これで…お願い」
「1万円お預かり致します、515円のお返しになります」
「どうもです」
「小さいのにいつも偉いわね、お二人は姉妹なの?」
「ちょっと、違う」
「血縁は無いけど、同じ屋根の下で暮らす家族です」
久遠がレジ接客店員に福沢諭吉1枚を渡し、ヴィータがお釣りを受け取る。
ここは関東スーパーと呼ばれるスーパーマーケット。名前の通り、関東地方を中心に店舗が展開しているスーパーで、家からは近場にあるのも相まって、八神家の買い出しは専らこの関東スーパー海鳴店で賄われている。
会計を済ませ、食材やら調味料やら生活雑貨諸々を詰めた二人は、店内を出るべく出入り口へと進んだのだが……自動ドアのセンサーが反応しないギリギリの地点で、二人は歩を止めた。
「ヴィータ……い、行かないの?」
「く、久遠こそ、先ぃ……行けよ」
この逡巡している様子から見ても、外に出るのを躊躇っているのは明白。
当然と言えば当然、クーラーの恩恵を受けた店内と、太陽光と高い湿度に支配された外とでは、体感温度の隔たりが余りに大きい。
そしてこの扉をくぐったら最後、家に着くまでの苦行が始まる。
店内が涼しい環境もまた、ついまだ冷房の涼風に浸りたい欲求に駆られてしまう。
でも、もう贅沢は言ってられない。
「よし、じゃあ……行くぞ」
「うん、覚悟持って、前進……前進」
意を決し、二人は店外へと足を運ばせるのであった。
何を大げさな――と言われるかもしれんが、多少表現を誇張させてもそん色の無いのが、現代の日本の真夏である。
そこから少し時計を針を進めて―――場所は住宅たちに囲まれた十字路のアスファルト。
メスの気を引こうと、残り一週間と迫った寿命の内で懸命に各々の鳴き声で歌うセミたち。
透明感と清らかさすら感じる青の色彩が広がる空。
その巨体で堂々と空中を鎮座する色白の大入道の雲海たち。
遠慮と加減を知らなさそうな強い陽の日差し、それによって空間を歪ませる陽炎。
大空からの熱を乱反射する無常なる外壁に塀と、グレー色の無機質な大地、わざわざ触らなくとも、アスファルトが熱を帯びているのが否がおうにも窺える。
熱を体外に逃がす筈の汗も、ねっとりとした感触は心地悪く、セミたちの大音量による大演奏会とともに精神をも疲弊させていく。
「他の世界でも四季はあったけどよ……こんなに季節で天気が変わるとこは初めてだ」
「辛抱、辛抱……家にはクーラーと、アイスが、待ってる」
夏特有で、夏らしい風情溢れる直中を、荷物を抱えたヴィータと少女形態の久遠は汗だくで自宅、正確に言うとクーラーの利いたリビングへ、暑さの消耗で重くなった脚で懸命に歩を進めていた。
「うはぁ……暑かった」
「ここ、天国…極楽」
水分を根こそぎ体外へ出そうとする熱波に支配された外から、どうにか帰って来られた二人は、リビングのカーペットの上で、クーラーからの涼風に身を委ね、心地よく満喫していた。
久遠とヴィータがさっきまで外出していたのは買い物。
この買い出しに関しても、八神家では一日ごとに担当が割り当てられた当番制となっており、その日はこの二方に御役目が回った日だった。
そんな日によりよってお天道様は、今年度の最高気温を更新する灼熱地獄を齎し、見た目は幼い少女な彼女らにも容赦無く暑さの牙を向けたわけである。
追い打ちにと、日差しと湿度がただでさえ規格外に強いのに、無機質なアスファルトと建物の外壁に塀は降り注ぐ太陽光線を乱反射し、体感温度は摂氏40度に迫る勢い。
昼のニュース番組が放送される頃にはアナウンサーから外出は控えるようにとお達しも出ていた。
肉体面では常人離れしている彼女らでも、何の防護もなしに歩くにはキツイ熱地獄。
それでもヴィータは魔法、久遠は妖術を使わず、ほぼ己が身体と根性補正で切り抜けたのは、これらの力は余り大っぴらに使える代物ではないことも理由だが、ここで下手に利便の利く〝異能の術″に頼るのは、何とくなく〝負けた〟気がしたからでもあった。
「暑い中御苦労様や、ほら、ご褒美やで」
「お待ちかねのシャーベットだ」
「おお………待ってました♪」
「くぅ~~~ん♪」
車椅子のはやての代わりに紅蓮がお盆で運びテーブルに置いたのは、オレンジにレモンにグレープフルーツにスイカに夏みかんと多種なアイスシャーベットたちであった。
当然、はやてお手製の代物である。
「今日はつまみ食いしてねえだろうな? 紅蓮」
「バカ言え! 俺だってそういつまでもガキンチョみてえね真似はしねえよ」
「そやで、今日はしておらんよ、だって私が前もって口酸っぱく『めやで』と釘刺しといたさかい」
「はやて! それはシー! 口外しないでくれって!」
と口にしたはやての貌は、清々しいまでニコニコ顔となって表情に浮かばせ、今話題にもなったこの一家ではつまみ食い常習犯でもあるはやての兄貴さんは、妹の当人にとっては爆弾発言なカミングアウトに大慌てで片手の人差し指を口に付け、もう片方の手を残像現象を起こすほどに扇状に振っていた。
「年下である主はやてにこう言われているようでは、まだ子どもは卒業できそうにないな」
「シグっちまで………泣けるで」
「ほいよ」
「ん?」
とそこへ、紅蓮の分であったオレンジ味のシャーベットが盛られた皿に、ヴィータが一口分の夏ミカン味をスプーンで移した。
「おすそわけしてくれんのか?」
「おう、我慢したご褒美と、夏休みの宿題へのエールだ」
皮肉でないヴィータの彼女なりの心からのエールを聞いた紅蓮は、顔を真っ青にした。
「がぁ~~~~…………今その言葉は聞きたくなかった……学生のご身分には最上級の地獄だってのによ……」
「いけねえ……こいつは一言余計だったわ、ごめん」
縦に伸ばした手を顔の前に添えて頭を下げるヴィータ。
彼女なりの気遣いというやつではあったが、結果として一言多く、さらに彼に追い打ちを掛ける顛末に至る。
一年で最も長い長期休暇な夏休みは、ほとんどの学生にとっては天国でもあるし、地獄でもある。
その地獄こそ、『宿題』だ。大きく羽を伸ばしたい学生にとって、最大の障害にして目の上のタンコブ的な存在。
当然、紅蓮の通う中学校でも各教科ごとに割り当てられたドリル諸々に大量に言い渡され、生徒たちに日々多大なプレッシャーを与えているのは、言うまでも無い。
本人には改めて突きつけないでおくが、彼は中三なので、今年は高校受験も控えている。
その為の勉強をする意欲はあるにはあるのだが、それでも彼の頭を気難しく使うのを好まない性格上、精神面で重荷となっているのも確かだった。
しかれど、『宿題』の重圧で落ち込んでいた紅蓮は数秒もすると、彼の持ち前のポジティブさですっかりテンションは平常時に元通りし。
「このキンキンさもたまんねえな♪」
舌に快感と一緒に降り注ぐシャーベットの美味を満喫、本当に単純な野郎である………この場にゼロたちがいたら全員内心同じことを口走っていたことだろう。
ただ、テンションがローからハイへ一気に戻ったのはシャーベットの旨味によるのもある。
「ギガうまぁ~~~~♪」
「くぅ~~~ん♪」
ヴィータの方も頬が緩み、普段は吊りあがった目じりと眉も垂れ、久遠も家の中ということで堂々と出した尻尾を円形状に振り、耳も小刻みに揺れ、子狐としての素の声を上げながら味わっている。
ひょっとするとプロ並みどころかそれ以上の料理の腕を持つかもしれないはやてのお手製なので、家内での評判は天にも昇る域だ。
「食べ終わったらお風呂に入っとくんやで」
「は~い」
「こぉん」
「ところでよ、今風呂沸かしてんのって、シャまっちか?」
「そうやで」
「はは……嫌な予感がすんぞ」
「紅蓮の懸念は最もだな……あやつは家事能力なら我らの中では上位に位置してはいるが、時々とんでもないヘマをやらかすことがある」
「この間も風呂のお湯を紅蓮以外入れない熱湯にしやがったし、料理の時もフライパンから火柱上げたし」
「雨の日……洗濯物、とりこみ忘れに……お皿も、何度も、盛大に割った」
「掃除機のコードが絡みに絡み、魔法で解こうとしたのだが、どういうわけか自身の体を緊縛してしまったとも聞く」
「あ…あれな、目にしたときゃどこのSMプレイかと思ったぜ、おまけに無駄にエロかった」
「主はやてらに出会う以前のあやつとは、本当に変貌著しい限りだ」
「やっぱ…そんなに性格が変わっちまったのか?」
「昔のあいつはそりゃ……人間の情ってやつとは、いっちばん程遠かったよ」
「参謀役としては優秀だったが、非人道的な戦術も戦法も辞さず、必要とあらば味方殺しも躊躇わない冷血な女史で……魔力蒐集の際も、顔色一つ変えず結構する程であった」
「それが今ではドジっ娘姉ちゃんか……良いのかわりぃいのかはっきりしねえビフォーアフターだぜ」
「もうちょっよドジ踏まなけりゃ、あいつの変わり様をもっと素直に喜べんだけど」
「まあまま、最近はそのドジも少しずつ減っとるんやし、もうちとシャマルを信じてあげな」
駄弁な雑談のお題目が湖の麗人が日常生活を経験による変わり様に移り、一同は各々の表現で……簡潔に言うならば『またヘマをやらかさなきゃいいけど』という思いを口に出していた。
一応フォローをしているはやてでさえ、彼女からは多少のやらかしは愛嬌があって良いとは思っているものの、今また何かやらかしちゃったらどうしようという焦燥を胸の奥に秘めている次第である。
「シャまっちのドジ列伝はもうこの辺にしようぜ」
「賛成だ…これ以上話を伸ばすと、我らの懸念が現実となるかもしれん」
「「ごちそうさま」」
「お皿は片づけるから、二人とも入っといてな」
「「は~~い」」
シャーベットを食べ終え、風呂に湯を入れてからそれなりに時間が経っているので、そろそろ入り時と、久遠とヴィータは先の買い物の際、熱波で溢れた汗を洗い流すべく洗面所に行こうとした………その直後。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
丁度洗面所の方角から、浴室に居る際の独特のエコーがかかったシャマルの悲鳴が響き渡り、同時に響かれた声が耳の内に入った瞬間、リビングにいた八神家一同の額に、冷や汗がポタリと流れた。
大事に至っていないことを祈りながら、紅蓮たちは悲鳴の発信元である洗面所へ行くと………そこには尻持ちを付いて鼻をすすらせ、慎ましく泣くシャマルがいた。
そして、浴室へと繋がるドアは開いたままとなっており、許容量の八割ほどの〝水〟が溜まった浴槽が瞳に映る。
これだけの情報でこの場に何が起こったのか見当は即付いたが、念の為の確認として、紅蓮は自分の指を浴槽の液体に浸した。
何も物を言わぬ代わりに、視線で紅蓮に『どうか?』と伝える一同。
紅蓮もまた何も言わず、うなだれた表情を見せながら、首と手を振って返答。
「メーター見たけどやっぱり入ってなかった、ガス」
洗面所の扉の横の壁に備え付けられた例のメーターを確認したヴィータから、事実をさらに補強させる一言が告げられた。
洗面所内に溜め息が漏れ、充満する。
少々大げさに表現してしまったが、これでよく分かったであろう。
シャマルが今回やらかしたドジとは―――ガスを入れ忘れて、うっかり浴槽に冷水をほぼ一杯に入れてしまったことである。
「ごめぇんなぁさぁ~~い、また私…やらかしてしまいましたぁ~~」
「こいつはやっちまったな…だぜ」
「沸かし直しか………とは言えシャマルなら仕方ない」
「無理ない…無理ない」
「気を落とすな、それだけ人間味を帯びてきているということだ、この程度のミスならまだ微笑ましい」
「みんなフォローしてくれるのはありがたいけど………何だか居たたまれなくなるからむしろ叱ってほしいです」
「シャまっち、そういうお前はドMかってんだ」
パコン! シャマルのボケに紅蓮は加減の利かせたチョップによるツッコミを、彼女の頭の頂に一発見舞った。
「すみみせん……紅蓮君、戒めと反省の為にもう一発お願いします」
「だからドMか!」
パコン! 二発目。
「もう一発下さい」
「ドMかってんだよ!」
パコン! 三発目。
「もう一回おね――」
「だから――」
「ストップや、漫才ごっこはそこでやめい、てんどんネタで笑えんのは三回が限度やで」
「そのツッコミもどこかズレてると思うぞ……はやて」
四回目ははやてによって止められた。
何だか、どこかのお笑いコンビの漫才の様相が感じられた気がするが………綺麗さっぱり忘れて欲しい。
さてと、今この場でどうにかしなければならない問題を思い出そう。
「沸かし直すとして、この家の水、お湯になるのに結構時間がかかるからな」
「じゃあさ、シグナムのレヴァンティンを燃やして湯船に突っ込んで――」
「断る!」
「それじゃ紅蓮がグレンファイヤーに変身して、真っ赤に燃えた体で湯を温めながら入るとか――」
「イヤだ!」
「―――どっちも即答……」
しかも拒否の言葉には無駄に語気とエモーションが強く込められていた。
二人が即答で却下するのも無理ないか、能力の無駄遣いもいいとこだと、はっきり言えるからだ。
「俺の炎がはやてたちが入れるくらいの力加減で温められると思うか?」
「私も炎熱系は得意だが、微細なコントロールは苦手だ、下手をすると浴室を爆破させるかもしれん」
「それもそうだ……な」
「やっぱりここは、私が魔法で何とか…どうか『汚名挽回』の機会を――」
「それを言うならシャマル、そこは『汚名返上』と言うべきだ」
「もしくは……名誉、挽回」
「はい~~」
久遠とザフィーラの獣組の、正論で彼女を思っての発言とはいえ、間違った慣用句の使い方を突っ込まれたシャマルはまたも涙目となった。
「もうええって、そもそもそんなしょうもないことで魔法つこうてどないすんの?」
「「その通りでございます」」
一体ここまで、何度本題から脱線したことやら。
おさらいとして事の発端は、シャマルのガスの入れ忘れによる湯沸かしの失敗、ただガスを入れて湯が出るまで待てばいい話なのだが、それまで時間が掛かるのがネック。
それにほぼ湯船一杯に溜まった水を捨てるのも、勿体ない限りである。
水は洗濯用にとっておけるが、そうなると実際使うまで浴槽は冷水に占拠される状態にもなるわけなので、実に悩ましい。
「あ、そや」
「はやて、どうしたの?」
「くうちゃん、私の部屋からあのチラシ持って来てくれへん?」
「うん、分かった」
とぼとぼと小さな女の子特有の愛らしい走り方で、久遠ははやての部屋へと向かった。
ところは変わって、リビング。
全員テーブルを囲む形で座し、はやてはそのテーブルの中央に例のチラシを置いた。
二階立ての和風屋敷の趣がある建物のCGが描かれた広告で、大文字で――
「『スーパー銭湯、なるみの湯』?」
――とロゴが書かれている。
「温泉ですか?」
「そや、今日がこのスーパー銭湯のオープンする日やねん」
「そういやそうだったっけ?」
そのチラシはただいまはやてが言った通り、本日開店する公衆浴場のものだ。
お風呂だけでも10種以上有り、サウナも複数、マッサージケアにレストラン、美容室、ゲームセンターまでも常備していると、単なる温泉施設には止まらない大型銭湯である。
オープン次第、いつか行ってみたいとはやては前に朝刊に付いて来た広告をとっていたのだ。
本日は開店記念で特別料金、さらに3人以上のお客様には割引ときた。
「ほんで、このなるみの湯に行きたい人挙手!」
「「「は~い」」」
「おうよ!」
「はい…」
威勢よく手を天へと一直線に上げるヴィータ、久遠、シャマルに紅蓮の4人と、対照的に少し顔を赤らめて気恥ずかしそうに腕を曲げた状態で慎ましく挙手するシグナム。
「でもこの銭湯、家からは結構遠そう」
「バスで行くことになるのは確実やね、路線調べておかへんと」
「主、ご心配なく、これを」
「何やこれ?」
ザフィーラが唾が着かぬよう、細心の注意で口に銜えて持ってきた紙には、家からなるみの湯までのルートの詳細と地図が載っていた。
これらは全てインターネットで集め、マイクロソフトで纏めた情報。
「以前からお行きになりたいとお耳を挟みましたので、こんなこともあろうかと事前に調べておきました」
「ザフィーラ気が利いてるぜ」
「主たちを思ってのことです」
「ほんなら、みんな外に出る準備してな」
塞翁が馬とは言ったもので、こうして本日の八神家の入浴はスーパー銭湯なるみの湯ににてと相成った。
つづく