ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
そして某仁義のねえヤクザ映画のテーマ→https://www.youtube.com/watch?v=CPL-eFuUfhg
それなりに人一人の一生よりも遥かに長い時を生きてきた■■の魔導書を守護せしプログラム生命体。
雲の騎士、Wolken ritter――ヴォルケンリッターの4人。
そんな彼らだが、当人たちにとってこの一連の経験は、未曾有の体験のオンパレードだった。
まず今回選ばれた主が、今年で11歳になる年端もいかない女の子であったこと。
まあこれは騎士たちにとってはまだ許容できる出来事だった。
主がどのような人柄であろうと、主の矛となり、盾となり、受けた命令を遂行する。それに変わりないのだからと、あっさりと闇の書の新たな主である八神はやてという少女を受け入れた。
だがそこからが、4人たちの予想を超えたイベントの始まりだった。
当のはやては『お願い』と称していたが、4人が彼女から最初に受けた命は『八神家の家族』になって、一緒に同じ屋根の下で暮らすこと。
彼らは最初、これが何を意味するのか、まったく測りかねなかった。
これは騎士たちに限らず、一般市民でも『家族』の意味を聞かれると、さすがに即答はできないだろう。
ともかく、真っ先に出た『お願い』がお願いな以上、蒐集行為はしない方針と言うことと、これまでの主の下での暮らしに比べれば、遥かに恵まれた環境下での生活が保障されるということは理解した。
次にはやてが、『お願い』の後に彼らにやったことは。
「動かんといてな」
「は、はい…」
メジャーという、物体の長さを測る器具を使って、3人の体のサイズを、すみずみまで測り始めた。
今まで経験が無いことなので、シグナムもシャマルもヴィータも戸惑いながら、はやての身体測定を受ける。
どうも自分たちの衣類を用意する為に、適切な服のサイズが知りたかったとのこと。
代表としてシグナムが、今着ている黒い衣服で充分ですと進言したが、はやてからの『あかんよ』との一言で敢え無く一蹴された。
唯一ザフィーラは、人型形態から狼形態に変身できる自身の体質を利用して。
「私はこの姿の方が落ちつくゆえ、衣類は結構です」
はやてに丁重にお断りを申し出た。
が、それには代償も付いて来た
「ワンコになったザフィーラ、もふもふして気持ちええわ、暖かい」
「そ、それは光栄です…」
狼姿のザフィーラの背中を手で撫で、頬ずりするはやて。
見るだけでも、羽毛布団より遥かにさわり心地がよさそうで暖かそうなその体毛にご満悦。
恍惚でぽわぽわとした、幸せそうな表情でザフィーラの体を撫で撫で、彼の毛皮をさすさすしていた。
「くぅ~~~ん」
「あ、ごめんなくぅちゃん、くうちゃんも体もとても気持ちええで」
「こぉ~~~ん//////」
子狐形態の久遠が、つんつんと小さな手ではやてをつつく。
どうやらザフィーラばかり愛でられる光景に少々焼きもちを焼いてしまったようだが、はやてから優しく撫でられたことで、機嫌を取り戻し、見る人を思わず触らせたくなる中毒性を秘めた尻尾をさながらメトロノームみたいに、嬉々としてふりふりしていた。
先程の雅さと気品さと神秘性を感じさせる大人モードと正反対だが、人懐っこく甘えたがりな子狐モードともこれはこれで愛矯があり、はやてが愛でたくなるのも頷ける。
「(狼であると進言する時機を逃してしまった……)」
表面上は平常を装いつつも、内心冷や汗をかいて焦るザフィーラ。
自らの寡黙な性格が仇となってしまった瞬間だった。
一見犬と狼は似ているようではあるが、実はかなり違いがある。
一例として、脳面積の広さや、顎の力は犬より狼の方が上だったり、日本犬によくみられる巻尾が狼には見られなかったりなどだ。
久遠と違い、形態を変えても精神年齢が変わらないザフィーラには、正直撫でられることとワンコ扱いされることには複雑な気分になる。
犬をバカにするつもりは毛頭無いし、せっかく喜んでいる主はやてに水を差す気もないのだが、ザフィーラは自分が狼であることに誇りを持っているからだ………なのだが、綻んだ表情で自分とスキンシップをする少女を見ると、とても語気を強めて主張する気になれず。
「(まあ、これで主が喜んでくれるのであれば…)」
と、己に言い聞かせる。
実質久遠と並んで、八神家のペットポジションに立ってしまったが、これも主たるはやての為になると、受容するザフィーラなのであった。
ちなみに、紅蓮は無論学校に行って勉学に勤しんでいる時間帯であるので、家にはおらず、ヴィータとの似た者同士の喧嘩イベントと、ドSの権化と化した大人久遠のお仕置きタイムなど起こるはずも無い。
いきなり家内の人数が多くなったこともあり、早く授業終われと内心急かしながら受けていたとのことである。
その日の午後、はやては騎士たちの私服の購入の為に出かけた。
シグナムたちはというと、本当は主のボディガードとして同行したかったのだが、容姿と真っ黒く味気ないくせに人目を引く服装で目立ち過ぎるとのことで、騎士たちは全員お留守番を余儀なくされた。
代わりに女の子モードの久遠が同行するということで、渋々承諾。
巫女服と狐耳で余計目立たないかと思った方はご安心を、久遠も耳と尻尾は隠せる上に、身に着けている衣服は魔力で編んだ物なので、巫女服から服のカタログに載っていたものに変化させて、現代服に衣替えさせた上ではやての車椅子を押して一緒に外出していった。
その間、ヴォルケンリッターができることと言えば、本当に何も無かった。
やることが全く無かった。見つからなかった。
暇であった。
全員リビングで、ダンマリであった。
空気に耐えかねたシャマルがテレビを点け、試しに番組を視聴してみたが、状況の改善にはならず直ぐに消した。
「あのさ……どう思う?」
すると最初にヴィータから口を開かせた。
「今度の、主…」
「………………」
「まだ一日目だし、どうこうは…」
「今のところ、今までの主とは違うとしか言えん」
「そうだよな…」
「ヴィータはどうなんだ?」
「文句はねえよ、蒐集はしねえって言ってくれたし、兄貴は今んとこ気に食わねえけど、主の作った飯、滅茶苦茶おいしかったし」
昨夜闇の書が起動してから約半日。
まだ半日だが、なんとも密度の濃い半日だ。
『家族』になってほしいという主の『願い』にも驚かされたが。魔力の蒐集行為は一切しない、というはやての言葉には、天地がひっくり返される衝撃だった。
書が起動し、騎士たちが召喚され、彼らが概要を聞いた主が、欲に目が眩み、その日から蒐集が開始される。
騎士たちの半生は、それの繰り返しだった。
時期的に戦乱期ということもあり、毎日毎日戦場に駆り出される日々、
愛機である得物は血に染まり、その身も返り血と己の血で汚れ、一心不乱でその日を戦い終えても、主からは賞賛の言葉も行為も受けられず。
今着ている黒い薄着で、暗く、明かりも僅かで、じめじめとして無慈悲な地下の牢獄に放り込まれたりなど、散々な扱いを受けてきた。
非人道的で人でなしと言われる行為だろうが、生憎自分たちは人間ではない。
魔法で作られたプログラム。
騎士なんて名乗っているが、所詮道具の域を出ない存在。人間の価値観(ものさし)で扱われることなんてむしろナンセンスだ。
ただ一人、ヴィータだけはやり場の無いフラストレーションをため込み、戦場の兵士たちを鉄槌で蹂躙することでやりきってはいたが、大方のメンバーはこれが自分たちの購えない運命だと、半ば諦観という形で悠久の時を過ごしてきた。
長い転生の中で、一人か二人は、好意的なマスターも現れなかったのかと考えたくもなるが、不幸にも、そのような人間が今まで主に選ばれることはなかった。
というより、大半が書の内包する圧倒的な力に呑まれ、心身ともに狂ってくのが通例。
何百人ものの魔導師や魔力持ちから吸い上げた大容量の魔力と魔法は、下手な薬物よりも人の精神をハイにさせて壊し、闇の底に突き落とす麻薬の効果を齎してしまう。
書が完成し主が■■度に、次のマスターとなる人を求めて、次元の狭間を彷徨う。
心を凍らせ、自身がまともでないと壊れていると思い込んでいないととてもやっていけない、直ぐにでも身を投げたくなる日々。
プログラムの体は、それすらも許してはくれなかった。
だから、いつもと違う召喚、いつもと違う主、いつもと違う始まりに、4人の心はどう対処したものかと途方に暮れた。
シグナムに至っては……一度。
「しかし、闇の書が完全に覚醒すれば強大な力が手に入るのですよ!?」
はやてに対し、語気を強めながら思わずこんなことを口走ってしまった。
「私は闇の書にな~んも望みはない。みんなに望みたいのはわたしの家族として、人間として一緒に暮らす、それだけや」
はやての『望み』を聞きながら、直ぐに自分の発した言葉を理解し、声にしてしまったことを後悔した。
主の命を聞き実行する存在でしかない、そんな自分が何故、主に何を強制させるような真似をしているのだ?
蒐集をしないという主はやての意志を尊重する。それでいい筈なのだ。
今まで無かっただけで、今回のようなことがあってもおかしくない。
それを許容する。それだけのこと、それだけの……筈なのに、なぜ?
「ちょっと面貸せ」
突然義理とはいえ、主の兄君である紅蓮に手を掴まれ、部屋のはなれに連れられた。
「兄上殿?」
「紅蓮でいい」
「しかし、お前は主の」
「いいっつーの、そんなかたっ苦しいの俺苦手だからさ、いっそ呼び捨ての方がすっきりすんだよ」
「ではグレン、何ようか?」
「お前、滅茶苦茶強い敵ほど燃えるタイプだろ?」
「…………………」
「そのだんまりなリアクションじゃ、当たりか」
紅蓮の表現は端的だが……申す通りだ。
自分には、騎士としての誇りと理性によって抑えられたケダモノの血がある。
自らの命を脅かしてしまえる技量、実力を備えた強敵に対しては、その強さに比例し、自らの魔力変換資質の如く戦意が沸き上がり、殺気が燃え上がる獣の血。
そんな猛者たちとの全身全霊を賭けた命のやり取りに悦びを見出しながら、それに相応しい獲物というなの相手を探し求め、剣を振るう。
時にその嗜好は仲間、特にヴィータ辺りからは〝戦闘中毒者――ジャンキー〟と揶揄される彼女の本性の一端であり、衝動(ほんのう)だ。
ならば、先程の失言の原因はやはり、衝動(ほんのう)を満たす為の手段が奪われてしまうことに対する〝恐れ〟だったのか……。
「昔見た映画のセリフにな、『一人殺せりゃ人殺しだが、百万殺せりゃ英雄だ』ってのがあってさ、前の主の時は英雄になれた時代かもしれねえがな、こっちじゃ人殺しになっちまうぜ、まさかはやてに殺しをさせてくれとでも言わせたかったのか?」
どうやら、自分の血の黒さを、まだ正しく認識していなかったと言う訳か。
「ああ、お前の言う通りだ…私は確かに血に飢えたケダモノだ、無意識の内に蒐集行為を本性を誤魔化すための言い分にしていた」
いくら兵士にとって戦場が日常であったとしても、闘争を求める血を抑えられないようでは、騎士の風上にも置けない。
主に押しつけるところだったのが尚更だ。
あんな獣の牙と血の黒さは、あの幼く清らかな少女に見せるべきでは無かったと言うのに。
「まあ、恨むんなら、今まで散々戦いばっかな世界に放りこんどいて、今さら一応平和なとこに来させちまった運を恨むんだな」
さっきの『陰』の表情から、いつもの陽に変わった紅蓮の手がシグナムの肩に置かれた。
「それに、折角血だらけな毎日から解放されたんだ、どうせなら楽しめるだけ楽しんじまおうゼ、『平穏』ってやつをさ」
そうか……やっと私たちは、暗闇で行く先も分からなかった洞窟から、日差しが照らされた地表に出てこられたのか。
なら、これはむしろ喜ぶべきところだ。
当分は己との戦いを強いられそうだが、どこからか、それを乗り越えられそうな自信が出てきた。
主と、義理とはいえ兄である紅蓮のお陰……かもしれないな。
「シグナム?どうしたの?いきなり笑って」
「いや…蒐集と戦いとは無縁な生活も、悪くないと思ってな、折角の好機だ、『八神の一員』として、この生活に慣れて行こうではないか」
彼の言う通り、楽しめるだけ楽しむとしよう。
この『平穏』と言う名の日々を。
全国に展開している某ショッピングモールの女性用衣服売り場で、シグナム達の春服と夏服を、そのまま食品売り場で今日の夕食を含めた買い出しを行ったはやてと久遠は、八神家宅へと歩を進めていた。
「ありがとなくうちゃん、荷物全部持ってもらって」
「平気♪ 久遠……力持ち」
「それは頼もしいわ」
荷物は、はやてが車椅子な立場も有り、全て久遠が持っていた。
大の大人でも長時間持ちながらの歩行に難があると思えるほどの大量の服やら食物やらが入った袋の群れを抱えているが、特に苦も無く歩き、そのままはやてと会話できる余裕すら有る。
絶世の金髪美少女な外見もあって、通行人が思わず歩を止めて視線を止めてしまうくらいに、かなり目立ってはいたが完全に耳と尻尾は隠しているので当人はそんなに気にしてない。
でも、早く帰って堂々と出したいというメーターもとい気持ちは、着々上昇していた。
普段出しっぱなので、隠しているとどうしても窮屈に感じてしまう。
でもうっかり出して騒ぎを起こして、はやてに迷惑をかけるなんてまっぴら御免だったので、どうにか我慢できていた。
「くうちゃん…」
「何?…はやて…」
久遠はいきなりかしこまった表情で自分のあだ名を呼ぶはやてに、久遠は首を傾げる。
歩を速めて、はやての後ろから横に並んで彼女の横顔を眺める。
今は外見より心が幼い久遠でも、陰りを感じさせる表情。
何があったんだろう?
ここ最近はやてがこんな表情になる出来事なんて……少なくとも久遠には心当たりが無い。
「ごめんなくうちゃん」
「くう?」
ましてや、こんな風に彼女から謝られる心当たりなどは全くだ。
思わず完璧に人間に化けているのに、狐としての素が出てしまった。
直ぐ近くに通行人がいなかったのは幸い。
「私……前から…もっと家族が欲しいって、思っとったんよ」
「…………………」
「兄ちゃんやくうちゃん、先生にお金のやりくりしてくれるおじさんもいるのに………」
久遠は、以前紅蓮から聞いたことを思い出す。
はやては人一倍優しいが、その分自分の分はおろか、他人の悲しさとか辛さ重さとか背負ってしまう。
我儘なんて言えない。
他人が傷つくくらいなら、人に重圧かけてしまうくらいならいっそ自分が、自分がと背負いこもうとする。
そんな子なんだって、彼から聞いたことがある。
紅蓮の言う通りだと思う。
足が不自由なことだって、動かない足に傷つくことよりも、足が動かない身の上で誰かに迷惑かける方にもっと傷ついてしまう。
朝のヴォルケンリッターに対しての『お願い』は、彼女の望みが完全ではないにせよ叶われる願ってもない瞬間が来たゆえでの心からの気持ちだっただろう。
父と母がいた頃のように、大勢の家族と一緒に暮らす夢。
でも一方で、自分の今朝露わにした願望が、自分と紅蓮にはショックだったのでは、自分たちでは物足りない、と思わせてしまったのではと感じてしまったようだ。
「久遠、迷惑じゃない」
「くうちゃん?」
「はやての…家族、増えて、凄く嬉しい」
だから伝えておこう、たとえ擬似的なものでも、はやてに新しい家族ができたことに、自分も喜んでいることを。
自分にとって、八神兄妹は誰かと一緒にいる喜びを思い出させてくれた人たちだから。
「久遠も、一緒に暮らしていい?」
「ええよ、うちには聞かん坊が多いさかい、お目付け役お願いできるか?」
「くぉん♪」
やっと笑ってくれた。
久遠ははやての笑顔が大好きだ。
本当は似てないはずなのに、遠い昔に一緒にいた母の面影を思い出す。
今まで独りだった頃は、辛い思い出しか思い出せなかった。
でも、それだけじゃないってこと、紅蓮たちに出会って思いだせた。
そんな救いとなってくれた人たちが悲しむのは辛い。
けど、その『悲しい』を誰にも見せられないのはもっと辛い。
今のはやてがそう、さっきの吐露だけでも、きっと悩みに悩んで打ち明けた。
独りにはさせない、独りから解放してくれた人に、独りぼっちにはさせない。
今までちょくちょく八神家に訪問するのに、夜遅くには神社裏の森に帰ってしまうのは、自分が人じゃないって遠慮もあった。
だけどそれは騎士たちもそうだ。
多分、心無い主の為に、いっぱい人を殺してきた。
人の皮を被った怪物だと、言い聞かせながら。
あの人たちからは、ほんの微かだけれど、血の鼻に付く独特の臭いを感じたから。
それでも、はやてたちの家族になって上げられるのだ。
もう遠慮する必要が無い。
このまま遠慮して、勝手に焼きもち焼くくらいなら、友達としてずっと一緒にいてあげよう。
「どうしたん?急に笑って」
「何でもない♪」
声が弾んでいた。
今日は色んな意味で記念日だ。
絶対この日を忘れないようにしよう。
少女の姿の久遠は、どこまでも純真な女の子であった。
「紅蓮…今日はやけにやつれてるけどどうした」
八神紅蓮と一緒に帰宅しているクラスメイトの一人が、紅蓮のやつれっぷりを指摘した。
紅蓮はクラスでも、そのムードメーカーさを発揮し、クラスを明るくすることに長けていた。
まあ明るさが過ぎて。
「これで黒いジャージ着て関西弁で『ワイ』なら、完璧に三馬鹿トリオの一人」
と言われたことがある。
見方を変えれば、それだけ彼が周りと、気取らず飾らずに付き合える性格である証しだ。
「ああ~色々あってさ…」
「色々って?」
「色々と言りゃ色々なんだよ…」
原因はやはり騎士たちの事。
彼らを信用してないって訳じゃない。
異世界から来たと言う意味では、ある種の同胞でもある。
だが、〝あいつら〟が『これも主はやてのため』などと称して何かトラブルを起こしてたらどうしようと気が気で無かった。
自分も、八神家に保護されず、『あいつ』から人間に変身できる能力をもらわなかったら、色々騒動を起こしていたと容易に想像できるだけに……そのせいで精神的に余裕が無くピリピリし、放課後の時間帯には、疲労の蓄積でどよ~~んとした空気すら発する状態になっていた。
「じゃあまた明日な…」
クラスメイトと別れ、暫く歩くと、いつの間にか八神家宅に着いていた。
とりあえず、やつれて擦り切れていた自分をスッキリさせるべく、頬をバチっと叩き、気分を入れ替え。
「ただいま」
家のドアを開けた。
「おかえり兄ちゃん♪」
「のわぁ!」
瞬間、玄関で奇声を上げてたじろぐ紅蓮。
何に驚いたのかと言うと。
「と、飛んでやがる!?」
闇の書が、はやての周りをふわりふわりと飛んでいたことにだ。
「あ、実はな、闇の書の中にシグナム達のお仲間さんがもう一人おってな、その子が書を動かしてるんやて」
「そ、そうなのか…」
聞くところによると、書には主とは別に書のシステムを管理、制御しているプログラム生命体がいるという。
何百人分の魔力を扱えるチートスペックなアイテムなのだ。
主一人で全部賄い、扱うには無理がある。
そいつと会えないのか? と騎士たちに聞いてみたところ、書が完成しないと書から出てこられない面倒な仕組みになっているらしく、蒐集しない以上、直に顔を合わせることは叶わない相談だった。
本越しに触れ合えるだけでも良しとするしかない。
自分だったら、そんだけじゃ満足できず、ルールなんてクソくらえな感じで、無理やりでてくるかもと、この時紅蓮は思うのであった。
んで、それはそうと……目覚めて一日目である守護騎士たち。
「〝はやて〟、おかわりいいか?」
「ええよ、どんどん食べてな」
「シグナム、そこのドレッシング取って」
「ああ、これか?」
「ありがと」
今のは夕食時の風景での会話の一つ。
はっきり言おう、この騎士たち、たった一日分ちょっとで馴染み過ぎである。
場面は少し進んで、本日の八神家の夕食の風景。
人数が増えただけあり、テーブルにはいつもより豪勢で多種多様なはやての手料理が並んでいる。
家族が増えたこともあり、相当入れこんだようだ。
その食卓に、朝の飾り気の無いノースリーブの黒服から各キャラに合わせた現代の私服を着こなしたヴォルケンリッターが、髪色のこともあって違和感はまったく無い訳ではないが、すっかりこの現代の空気に溶け込んでいた。
適応能力の無駄遣いにもほどがある。
かの征服王を筆頭とした英霊たちと、タメ張れるのでは無いか?
適応力をパラメーターで置き換えれば、最低でもA++、最高でEXを叩きだすかもしれない。
しかも、何気にヴィータははやてを呼び捨てにしていた。
はやてが各々の名で呼んで欲しいと言ったので、じゃあおかまいなくと『はやて』になったとのこと。
ちなみにシャマルは『はやてちゃん』、シグナムとザフィーラは元の性格も相まって、さすがに恐れ多かったのか『主』或いは『主はやて』のまま貫き通した。
「どうしたよ紅蓮? 全然箸進んでねえじゃねえか」
そのヴィータの言う通り、紅蓮の料理を口に運ぶペースがいつもより遅い。
いつもなら、ご飯三杯は余裕で行くところがまだ一杯目で半分も減っていない。
騎士たちの環境適応能力の高さに、しばらく呆然としていたせいだ。
「言われなくともおかわりするぜ、オレンジロリ」
「んぐ……言ったな人さまが気にしてること…」
やたら女性率が高い守護騎士たちだが、シグナムもシャマルも、日本の芸能人どころかハリウッドスター顔負けの美貌とスタイル持ちである。
ヴィータ柄の悪さを除けば美少女と呼べるだけのルックスなのだが、如何せん外見ならはやてや久遠より年下な幼児体型。
で、プログラム生命体なので、生まれた時からこの姿。
つまりヴィータは書がこの世で最初に起動された時から、スタイルの良い仲間と、己のメリハリの無い体にコンプレックスを抱きながら生きてきたというわけ。
「まあいい、一応あたしは大人だからな、その程度で怒ったりしねえよ」
どの口が言うか、である。
その証拠に。
「そうだよな、ヴィータもう××歳だもんな」
「てーめんえぇぇぇぇーーーーー!!!」
言った傍からこれだ。
煽ったのは紅蓮だが、彼の発言にブチ切れたヴィータは、憤怒混じりのギャグ顔で彼に迫り。
「ヴィータちゃん落ち着いて!」
「今食事時なんだぞ!」
「離せ! 離せよ! こいつだぁけぇは今ブッ飛ばさなきゃーーーー腹の虫がぁぁぁぁぁーーーー! 収まんねぇぇぇんだぁぁぁぁーーーーー!!!」
シグナムとシャマルに羽交い絞めにされて取り押さえられた。
仲間の拘束を振りほどかんど、もがき足掻くヴィータ。
ここではやては、この一連の流れに既知感――デジャヴを感じた。
何やろ? この流れどっかで見たことがあるんよな、このシチュエーション。
どこで見たんやっけな?
テレビのバラエティ番組で見たことがあるってとこまでは思いだせるんやけど。
なぜか『仁義○き戦いのテーマ』の曲が頭ん中で流れてきてるんやけど。
「言っただろ!あたしはてめえより年上だって!こんでもな―――」
「今でもちっちぇーじゃんか」
「こぉぉんのぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!どきあがれってんだよお前ら!!!」
紅蓮の油を注ぐ、てんどんネタ的な発言に白眼を向かしながら、シグナム達の制止を振り切ろうと、さらにもがく力を増量して暴れるヴィータ。
これで彼女が大人で年上だとは誰も思うまい。
実を言うと、紅蓮が彼女らに明言していないだけで、実年齢ならヴォルケンリッター以上だったりする。
巨人族だけあり、寿命はウルトラ戦士とほぼ同じくらいの長命で、紅蓮本人ですら、具体的な齢の数字を覚えていないほどだ。
年齢ネタと体格ネタで巻き起こるハプニングに、はやては今まで引っかかっていたデジャブの正体に行きついた。
あ、あれや、うた○んでア○シがゲストで来た時に、大○君がSM○Pの中○君に喧嘩吹っ掛けるあの下克上コントや、こうして見るとまんま同じ構図。
どうりであの仁義なきBGMが脳内再生されるわけや。
おもろかったなあ、あのコント。
気だるそうにぼそっと湯夫役大○君の暴言にブチギれる中○君と、それを抑える他のメンバーの絵柄が最高やったわ。
兄ちゃんもあの下克上コントから狙ってやったんやろな。
はやての予想は的中していた。
紅蓮はヴィータに中○さん的なリアクションさせるつもりで、狙って煽ったのだから。
あかん、今でも笑いだすと腹が笑いで痛くなるwwwwwww
中○君の友達の子がいつも楽しみにしてたって本人が言ってたけど、その子とはいい酒が飲めそうや。
「くぅん?(はやて?)」
今何歳だあんた……口と腹を抑える二ヤケ顔なはやてに?顔を浮かばせ、首をかわいらしくかしげる久遠である。
なんで彼女が昨夜のように止めないかと言うと、雷撃で強制的に『頭を冷やそうか』とこの時の久遠は考えていたが、シグナムたちとせっかくはやてが作った料理を巻き添えにしかねないので、この場での実力行使は半ば諦めていた。
「主……笑っておられないでヴィータたちをお止めて下さい」
「そやな、落ち着いてなヴィータ、兄ちゃんもやり過ぎやで、めっ!や」
呆れ気味に進言するザフィーラを切っ掛けに我に返ったはやての仲介でその場は丸く収まる。
あれだけの騒ぎにも拘わらず、料理が盛り込まれたお皿が一枚もひっくり返ってないのは幸いであった。
「はやてそう言うなら……しょうがねえな」
「悪い、あんまり面白かったんでな、お前だって笑ってただろ?」
「それとこれとは話は別や、さあ、冷める前にはよう食べてな」
まあ、今度は石○さんみたいに兄ちゃんにネタを仕込んでみようかな。
魔法には思念通話つうテレパシーが使えるそうやし、と思考しつつ食するはやて……………この狸少女、などと突っ込まれそうだ。
まあ何はともあれ、八神家の食卓は穏やかな様相を取り戻していくのであった。
そんな団らんを外から眺める影が一つ。
その影の正体は、ある目的で八神家を日夜監視し、数か月後ウルトラ戦士の師弟たちと戦闘で、苦杯を舐めさせられることになる。
あの〝仮面の男〟そのものだった。
事態が急転直下に陥り、日常に暗い影が落とされるのは、それからもう少し先の出来事である。
つづく