ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
諸星勇夜は今、ミットチルダの地方都市に建てられたとある酒屋にいた。
カウンター席の向こうに立てられた棚には、それなりの価値はありそうな酒たちが客に飲まれる瞬間を待ちわびて並んではいるが、過度に飾りすぎず、装飾を付け過ぎず、小奇麗過ぎず、広過ぎず狭過ぎず、知る人ぞ知る常連客達によって成り立っていそうな店である。
彼はミットチルダでの戸籍年齢は15なので、当然並べられた酒は一口も飲めない。この星の生家であるナカジマ家で家内のルールを守りさえすれば飲酒できるが、ここは家の外なのでご法度だ。
なので、携帯端末を閲覧して何かをお待ちしている勇夜が飲んでいる炭酸の液体は、ジンジャエールであったりする。
この端末は、ミッドチルダでのiPadとも言えるタブレット型コンピュータで、普段は円と割り箸型の長方形が組み合わさったスティック状だが、円形のボタンを押すことで15度展開、タッチ入力が可能なモニターが表示される機能となっているので、利便性と携帯性は現状の地球製タブレットPCより高い。
今勇夜がこの携帯PCで見ているのは、証明写真付きのある特定の職種に付いた人物たちのリストだ。
「待たせたな坊主」
店の奥から、野太い男の声が響き、その声の主であるこの酒屋『Belief』のマスター、ベイカー・オールディスがお見えになる。
「注文のベータカートッジはこいつの中だ、受け取りな」
「あんがとなベイカーのおっちゃん、代金はいつものこいつで」
「あいよ」
その声に違わず、2m近くある硬骨巨漢で、ハリウッド俳優のスティーブン・セガール似の顔つきをしたベイカーが勇夜に手渡したUSBメモリに似た記憶装置は、OCSメモリ――Object Compression Storing memory。
データではなく、物体を収納できるメモリである。
彼が注文をしていたベータカートリッジのパーツが入ったメモリ受け取ると同時に勇夜が差し出したのはキャッシュカード。
そのカードをベイカーは受け取り、レジに供えられた端子口に差し込むと、引き落としが完了したと知らせる電子音が鳴る。
ミッドチルダでは、今の手順でキャッシュによる直接代金の引き落しができるようになっている。
ちなみに、嘱託魔導師で、名実どちらもある勇夜の貯金は、実はそれなりに多かったりする。地球での15歳の少年少女たちの目が飛び出すまでの金額だが、あえて具体的な数字は公表せず、ご想像にお任せする。
「それでだな、お前さんのご依頼だった件だがな」
以前も書いた通り、ベイカーは情報屋を、酒屋、デバイスメンテと兼任している。勇夜以外の者も彼の情報網を頼りにしている管理世界の警察官、管理局の捜査官は多い。
「坊主の言う、遺伝子工学にも精通してるデバイスマイスターと言やあ、やっぱマンジョウメ博士しかおらんかった」
ベイカーは自身のタブレットPCを起動させて、ある人物の写真を見せた。
日本なら昭和初め世代から生きていることが明白な、齢の重ね振りと昭和風の柔和な顔立ちした中年日系の白衣を着た男。
「マンジョウメ…マサヨシ」
勇夜はその人物の名を、声に出して読んだ。
さっきまで彼が調べていたのは、守護騎士たちに何らかの思惑で手を貸し、怪獣たちを、各世界に送り込ませていると思われる第三勢力の所在。
覚えているだろうか?
半年前、プレシア・テスタロッサが、愛娘を蘇らせるべく、ジュエルシードで失われし都『アルハザード』へ行くべく、次元震を引き起こしたP.T.事件。
その事件で彼女が開発、使用していた特殊補助デバイス。
『サポーティングデバイス』
通常のデバイスの倍以上の格納領域で数百体ものの魔力で操る兵器、傀儡兵を収納、召喚、操作でき、制御パイプの役目も果たすことで大量の魔力外部供給を可能にし、プレシアを一時的にSSクラスへと押し上げたマシン。
本名も顔も明かさないメール越しのやりとりではあったが、彼女はそれらの技術を、自分が推し進めていたF計画のデータの代価として、科学者である何者かから齎された。時期的にはフェイトが生まれる数年前である。
ただ、プレシアの証言から、その科学者は機械・デバイス工学に精通し、遺伝子工学の知識も兼ね備えた技術者、であると推測できる。
それを立証できる証拠もあった。
先日、ミットチルダ廃棄都市区画で勇夜がレイビーク星人、ツルク星人と交戦し打ち勝った際、サラマンドラとクロスサバーガの一件と同様に、青く光る粒子となって、空の彼方に消滅しそうになり、咄嗟に勇夜は魔法による光の帯、セーピングビュートでレイビークの生首と、ツルクの半身を消される前に捕え、リンクに収納。
それをナオトに解析させてもらった。
なのはたちお子さんサイドには刺激が強過ぎるので、骸を持ってきたことは大人組にしか知らせず、解析も月面のジャンバード内で行った。
お陰で判明したことがある……星人と戦った時に感じた違和感の正体、命―――むしろ《心》と言った方がいい。
そいつらから発される〝熱〟ってやつが感じられなかった理由。
端的に言ってしまえば、レイビーグとツルクの脳は意図的に収縮され、ゾンビのように自律思考も自我も持ち合わせていないこと。
さらに…異星人の細胞形質は、フェイトと同じクローン細胞。つまりこちらの世界に現れた怪獣、異星人たちは、『Project F.A.T.E』で生み出された人造生命体と言うことだ。
正直またそいつらとの戦いが待っているのは、気が引ける。
人間では無いとは言え、フェイトや、ギンガとスバルら妹たちと同じ境遇の生命体だからだ。
でも止まる気も無い、それこそ……やつらを送り込んできた連中の思う壺、こっちのメンタルも攻める気で、あいつらは怪獣を使役してきてる。
連中の最終目的が闇の書の完成なら、騎士のやつらがやり遂げるまで、今みたいなことは続く。それで犠牲者が出て、人造生命体であることが世に知れてしまえば、世間のクローンへの悪感情は増すことだろう。前科持ちのフェイトに、これ以上重荷を背負わせたくない。どっち道、フェイトの行く道は常人より悪路が多い蛇の道だが、それを少なめにすることぐらいはできる。
またあの時みたいに、泣かせちまうかもしれないが、それも覚悟の上だ。
それはそれとして、現状騎士たちに腹に一物抱えて手を貸していると思われる人物に、一番可能性があるマンジョウメ博士。
管理局で、デバイスの製造管理を行える資格、デバイスマイスターを持つ技術者の中でも古参で名高き科学者。
技術力の高さも言わずもながな、より汎用性、量産性を追求したデバイスを開発したことで、年中局を悩ます人員不足の問題をある程度和らげた一役者。
今でも人員不足のたんこぶがあることに変わりないが、それでも博士らの世代と比べればましなものだ。あの頃は社会問題にまで発展するほど、任務で殉職するより、多忙による過労で現場組もデスク組も、天に召される局員が山ほどいたのだ。
この人の功績が無ければきっと、お子さんが人員として駆り出される数も、それこそ一部隊をわんさか作れるまでに膨れ上がっていたはずだ。
それと………だな。
「グレアム提督と同期なんだよな?この人」
「まあな、公私混同含めた親友同士、なそうだぞ、だがそいつがどうした?」
「いや…聞いてみただけさ」
今ベイカーが答えてくれたように、かの地球生まれで、クロノの師で、あいつの親父さんの上司でもあったグレアム提督と、同僚以上の間柄…だという。
途端、勇夜の胸中に奇妙なしこりが表出してきた。
まただ……この感じ……輪郭が沈んだまま浮かんで来ない違和感。
グレアム提督も、マンジョウメ博士も経歴を見る限り、真っ黒な噂は一切見えないし、耳にもしない、埃の一欠片すら湧かずに見えてこない。
それはそれで良いとは思う。
力、特に権力は中毒性が高く、人を今の位置を維持させるだけの機械に堕とさせてしまうが、組織の上に立つ人間がみんな埃まみれってのは、それはそれで味気ないからだ。
何だけど……どうも初めて面と向かって提督に会った時、詳細の掴めない違和感に見舞われた。
どうと言われても、どうしてもそれがはっきりと表れてこない。
自分から踏み込もうとしても、霧がかかり、却って何も見えなくなる。
分かることと言えば、この違和感を忘れずにとっておいた方が賢明…だってことぐらいだ。
それより…騎士の目的、グレンとの関係、書の主の正体とこの違和感よりもはっきりしていることがある。
プレシアの使っていたあのサポーティングデバイス、色や形状で違いが多いが見間違いようが無い。
あれは、何度も一緒に戦ったことがある自分と同じ「0」を意味する名前を持った怪獣使い―――レイオニクスの地球人が持ってた相棒の怪獣たちを召喚する〝アイテム〟に瓜二つであった。
それに怪獣や異星人を、簡単に捨て駒に使い捨てられるねじ曲がった根性。
極めつけに…〝あいつ〟を悪魔にしたてやがった元凶。
そりゃあいつも、昔の自分と同じ、取り返しのつかないことをした。
故郷から追放されても、文句は言えない身だった。
遅かれ早かれ、悪魔になっちまう運命だったのかもしれない。
それでも、崖っぷちの瀬戸際に立って必死にもがいてたあいつを、最後の一押しで真っ暗闇の谷底に落としちまったのは………レイ――――
「坊主!」
「え?」
「えらく強張った顔をしてたが、何を考えてたんだ?」
何をと言われても、その考えてたことが自分の正体―――ウルトラマンであるに関わることだったので、言いようが無い。
いけねえ……この程度で何やってんだろ俺、不機嫌モードの鉄頭じゃあるまいし。
「言えないならそれもいいさ、だがな、一つだけ忠告しとくぞ」
いつもは豪放、豪快を絵に描いたというか、服を着てあるいているというか、ともかく『陽』の一文字がよく似合うベイカーが、偉く神妙な面持ちで、勇夜を見据える。
「自分の中にある黒いもんとの付き合い方を間違えたら、一環の終わりだ、俺はそうなっちまって身を破滅させたやつらを何度も見てきた、いいか、お前さんも気をつけろよ、なんせ『人間は誰でも猛獣であり猛獣使い』ともいうくらいだからな」
思えば、人さまからの助言が、こんなにもありがだかったことを、今ここで実感できたなら、どれだけよかったことだろう。
後に自分はそれを、まだまだ青い己の性分とともに、この身で知ることになる。
数時間後。
捜査本部兼住まいなマンションでの夕食の後、ユーノ、クロノ、エイミィ、ナオトの4人は、多次元宇宙マルチバースに浮かぶ管理局本局の大型コロニー内の廊下を歩いていた。
ある人物たちに、闇の書の調査協力をお願いする為だ。
「確か、クロノの師であられる方々だそうだな」
「そう、グレアム提督の使い魔で双子さんなんだ」
かつては魔導師の体の良い使いっ走りでしかなかった使い魔も、彼らの人権を保障する法が作られ整備されたことで、その気になれば高い地位に着くことも不可能ではなかった。
「正直、二人の指導下にいた頃は余り思い出したくはないんだ…地球の言葉で、『黒歴史』にしたいくらいさ」
「ど……どんな人たちなの?その双子って」
「まあ会ってからのお楽しみね」
クロノをあるアニメ作品から派生した『忘れたい過去』の意味合いで使われる黒歴史を口にさせたまだ見ぬクロノの師に対し、緊張感が高まるユーノをいつもの調子でエイミィははぐらかした。
なお完全に余談だが、ゲンことウルトラマンレオによる修行が始まってから、フェイトとなのはの食事量は一気に増えた。
その日の夜も、主食のご飯だけでも三杯、これは勇夜とアルフと同じ食事の分量である。
ゲンのスパルタ指導で毎日へとへとになり、それに比例して食欲が増進されてしまうのが原因だった。
ただ、フェイトもなのはも年頃の女の子。
食事中は空腹で無我夢中なのだが、食べ終えると我に戻って。
「こんなに食べたんじゃ体重が増えてお嫁に行けない……」
とまあ、こんな感じで落ち込むイベントが連日繰り返されていた。
フェイトたちには悪いが、どの道彼女らは体重が増える運命が待っている。
筋肉は脂肪より重いことをご存じの方もおられるだろう。
そしてあどけない少女たちの体は、ゲンの修行で否応にも鍛えられているときている。
自身の戦闘能力を上げれば、乙女の悩みが深刻になる、少女で戦士である者の性であった。
恐らく何年後の未来のおふた方は、この頃の自分の一面を黒歴史にしたがるだろう。
例の二人が待っているという待合室の前に着き、自動ドアがスライドして開いた。
「リーゼ、久しぶりだ、クロノ―――」
「クロスケぇぇ!」
えーと……状況をまず…整理しよう。
その待合室でクロノたちを待っていたと思われるグレーの髪と、髪色と同じ色合いの猫耳と猫の尻尾を生やし、片やショート、片やロングと髪型以外は全く同じ容姿をした使い魔の女性たちのショートカットの方が、いきなりクロノに抱きついてきた、といった模様だ。
あいさつ代わりのハグ、と言いたいが、クロノの生来の堅物さと、思いっきり彼の顔を自分の胸に押しつけグリグリしている女性のはっちゃけ具合が、挨拶としての抱擁と言ったレベルを逸脱してしまっている。
「お久しぶりだね~~~クロスケ」
「ロッテ、その名前で呼ぶのはもう……」
「つれないじゃないか、マックロノ♪」
「だ、だから…」
「もう~~クロスケってば久しぶりに会った師匠に冷たいじゃんかよ♪」
「「………………」」
現に、『いつものこと』とばかりケロっとしているエイミィと、ロングヘアの方の猫耳女性はともかくとして、ユーノとナオトは、周りの目を気にしない過剰なスキンシップというクロノの受難を前にして、目を点にして立ちつくしていた。
「アリア!これを何とかしてくれ!」
「ロッテの言う通り久々なんだし、好きにさせとけばいいじゃない、まあ何だ、実はクロノもまんざらでもないだろう?」
「そ、そんな訳が―――」
「ニャは♪」
ロングヘア―――アリアと呼ばれた方に助けをこうクロノだったが、あっさり跳ねのけられ、とうとう素の猫声をあげたショートカット―――ロッテにそのまま床へと押し倒されてしまった。
猫の使い魔である当人にとってはじゃれているだけのつもりなのだが、もはや逆セクハラの領域、これが夜でベッドなら、確実に夜這いと見なされる。
訴えられて裁判沙汰になっても文句は言えまい。
セクハラというのは、受けた本人が生理的嫌悪を感じてしまえば、男性でもオカマでも適応されてしまうからだ。
「エイミィ、まさかとは思うが…この方々が」
「そう、クロノ君のお師匠さんでグレアム提督の双子の使い魔、リーゼアリアとリーゼロッテよ」
勇夜――ウルトラマンゼロからは石頭より堅い意味合いで『鉄頭』と付けられるほど堅物な (それを言うならナオト――ジャンもそうではある)クロノの師と聞いていたので、多少身構えていた為に、実際とのギャップにまだ呆然気味な心境から抜け出せない結界魔導師と鋼鉄の武人のお二人である。
「アリア、おひさし」
「こちらもお久しエイミィ」
「ロッテの方も相変わらずだね」
「まあ我が双子ながら、計り知れないところはあるね」
クロノの悲鳴とロッテの猫声と、唇が何か柔らかいところに当たる音が何度も響いている環境下で、しれっと挨拶を雑談を交わすエイミィとアリアのお二人さん。どうやら一連のハプニングは、彼らにとっては恒例行事ものらしい。
「うふ♪ごちそうさまにゃ♪」
何がごちそうさま…なのかは……床で顔に無数の〝聖痕〟と呼び、〝キス痕〟と読むものを付けて倒れているクロノを見れば、大体把握できるだろう。
「リーゼロッテ、お久し」
「ああ♪お久しだなエイミィ」
この双子は髪型以外にも違いがあり、冷静で品行方正、落ち着きがあるのはアリア、元気はつらつでよく言えばやんちゃな小悪魔な方がロッテである。
これでも管理局では、トップクラスの実力者な猛者たちである。
へ?でもある師弟からは苦杯を舐めさせられてるじゃないかって?
あ、あれは相手と状況が悪かっただけで―――ってゴホン!
はて?何のことでしょう?
小生にはさぁ~~っぱり解り~ません。
「ところで、そっちの眼鏡君と美味しそうなネズミッ子は………どなた?」
「(ひい…)」
にこやかに語りかけるロッテに対し、ユーノの背筋に寒気が走った。
目が明らかに、地球では世界一有名な猫とネズミのコンビである、ジェリーを狙うトムと同じ目つきだったからだ。
どうも彼女は、小動物属性を有した性別がはっきりとしてないあどけないお子さんが大好物なようである。
下手をすると、ユーノが次の犠牲者になりかねなかった。
「(ユーノ、もし危険を感じた時は、僕を盾にしても構わないぞ)」
「(はい…ありがとうございますナオトさん)」
ナオトのフォローが、天使が現れたかのように眩く感じてしまう某ネズミっ子なのであった。
そしてようやく事後の全身麻痺から平常状態に回復をしてはいるが、まだ顔がキスだらけな、師からのセクハラ行為第一被害者のクロノは。
「何で…あんなのが僕の〝師匠〟なんだ…」
もう何回目ともしれない愚痴を、師匠らしくない師匠な当人たちに聞こえないよう細心の注意を払いながら、小言ながらに呟き吐くのであった。
特に自分の友の師匠と会い、師弟のやり取りと勇姿を目にしてからは、それが顕著になりつつある。
齢と経験と修羅場と戦火をくぐり抜けてきたことが、一目で分かる眼光と、鋭く厳つい容貌、戦いや修練の場ではひたすら厳しく、甘えを許さないが、普段はきさくに接することができる強さと優しさを兼ね備えた包容力。
これほど師匠と呼ぶに相応しい、貫禄と父性を宿した頼もしい人物はいないだろう。
彼女たちに文句は無いが、少しは弟子を持つ身であることを自覚してほしかった。
いや……と言うより、自分はあの師弟であるウルトラマンたちの関係に、憧憬を抱いているのかも……しれない。
自分にとっての憧れの象徴だった父と、もっとあんな風に触れ合いたかった。
指針であった父の背中を、もっとずっと追いかけていきたかった。
何より、父さんと……母さんと……そして自分とで、家族として一緒に暮らせる日々をもっと過ごしかった………もっと欲しかった………もっとそんな風に生きていたかった。
あの本が、父と関わってしまったばっかりに、そもそもあの呪われた書が存在したばかりに、あんなもの……………あんなものが…………あんなものが僕たちの世界に在ったがために…………全部……何もかも―――――
いけない……何取り乱しているのだ自分は?
どうも勇夜の報告書にあった。
『闇の書の騎士たちと、グレンファイヤー、狐の魔源種の少女は、書の主と〝擬似家族な関係〟にあると思われる』
の一文を読んでから、調子にどこか狂いが生じている。
こんなことではいけない、心の大半を私情で埋め尽くしてことに当たっては、何事も上手くいくはずが無いのだ。
自分が組織人であることを忘れてはならない。
と・も・か・くだ………ここに来た用件―――無限書庫での闇の書の資料収集の件を、話せる場になるよう軌道修正しなければならない。
まずクロノは、自分の頬を叩いて、己の気持ちから場の空気を切り替えべく尽力するのであった。
月面に周囲の風景と擬態させて停泊しているスターコルベット、ジャンバード、その船内に設けられたメンテナンスルーム。
守護騎士たちとの戦闘での敗北が、使い手をサポートできなかった自身だと恥じ、自ら己の強化を願い出た、なのはとフェイトの相棒たるインテリジェントデバイスたち。
不屈の心――レイジングハート。
閃光の戦斧――バルディッシュ。
自分たちは使い手を心身ともに支え、共に空を翔け馳せるのが役目。
なのに、支えるどころか、むしろ騎士たちの豪なる一撃に呆気なく身を砕かれ、主を危機に陥れてしまった。
彼らにとって、これだけはどうしても譲れない失態で、戒めとするべき苦味。
そんな二人の願いに応えようと、技術者である母と、その血を受け継ぐ長女、フェイトにとっての掛け替えのない家族であるプレシアとアリシアは、勇夜が持って来た新型カートリッジシステムと強化形態をデバイスのお二方に組み込むべくホログラムでできた計器をせわしなく操作しながら切磋琢磨していた。
「ママ…」
「何?アリシア」
「まだ…大丈夫なんだよね? ママのお身体…」
「心配しないで、アリシアが眠ってて、フェイトに酷いことをしてた時期よりは、歯止めが効いているから」
「うん…」
そんなアリシア、だけではない。
フェイトとアリシア、同じ遺伝子を宿す写し鏡の姉妹には、自分たちが携わっている闇の書の捜索以外に気がかりなことがる。
母の体を蝕んでいる病魔だ。
重度の肺癌。
母として接する時間をとることができなかったばかりか、自分の命さえ奪ってしまい、蘇らそうと躍起になる余りに、身を削ってきた代償。
年々、医療技術が飛躍的に進歩してくれたお陰で他の臓器に転移した腫瘍は除去され、今母の体には、癌細胞の進行を抑えるマイクロメカが埋め込まれている。
一時退院ができて、海鳴でフェイトたちと一緒に生活できるのも、その埋め込み手術が成功したからだ。
でも、進行そのものを止められたわけではない。
今はまだ元気でも、何年かしたら、寝たきりの生活になるだろう。
ひょっとしたら、もっと短い先に待ってることだって。
自分がそれに連なる発端の一つと自覚があるだけに、時々罪悪感を感じてしまう。
だけど……それを言うならば――
「母さん、フェイトには痛みばかりしか強いてこなかったし……今のあの子があるのは……リニスとアルフになのはちゃん、勇夜君たちがいてくれたからだわ、母さん一人でじゃ、本当にあの子を『人形』にして、消耗品として捨ててしまった結末に、確実に行きついたでしょうしね」
―母もそうなのだ。
狂気の彼方から、正気の領域へと戻ってこれた分、あたしたちへの贖罪意識は、多分自分が感じてる罪悪感と、フェイトが感じてる、もっと早く母の闇を知って、向き合って、〝自分〟を見せながら、母に救いの手を差し伸べられなかった罪悪感よりも、強い。
また思い詰める余り、狂ってしまわないか心配な時もあるが。
「だから、無理して寿命を縮める気は無いわ、一緒にいられるように、母さん頑張っているんですもん」
半年前までは絶対見せなかった笑顔を見る度に、安心もさせられてしまう。
大丈夫。
今の母なら、優しさによって自分で自分を壊すようなことにはならない。
私たちが、そうならないよう一人にさせてあげずに、支えてあげればいいのだ。
たとえ、生きられる時間が長くなくても、長いロスをした分以上に懸命に悔いの無いように生きていけば良い。
なら今は、自分たちができることをやるまでだ。
騎士さんたちの事情がどうあれ、フェイトと、親友のなのはちゃんが、自分の魔法の才によって、また戦うことになるかもしれない。
勇夜さんや光さんは、そうならない様励んでいるけど、もしものこともあるし、二人ともじーとしてる性分じゃないしね。
せめて、防犯対策は整わせておかないといけない。
その為に、この子たちの要望に応えてあげているのだ。
改めて意気込みながら、レイハとバルのカスタマイズを続けるアリシア。
「それにしても、勇夜さんが考案したというこのベータカートリッジ……」
「確かに名案だわね、システムが持っていた短所をほぼ全て解消させているなんて」
カートリッジシステムは、弾丸に込められた多量の魔力でドーピングさせることで、出力を上げる特性上、デリケートな扱いを要求される。
加えて、弾丸を装填、撃ちこんで魔力上昇、使われた弾の薬莢を排出させる機構で、デバイスの組成が複雑になり、使い方を誤れば、デバイスも使い手も自滅させかねない危険性がある。
ベータカートリッジは、それらのデメリットを抑制させながら、ミッド式デバイスでも使用可能にすることをコンセプトに、ウルトラマンとその相棒、彼のお得意先の職人によって開発された。
弾丸の代わりに、USBメモリ状のバッテリーにすることで、装填排出をシンプルにさせ、機構の複雑化を最小限に留めだ。
さらにそれまでのカートリッジよりも、多目の魔力を溜めこみ、何度も再利用でき、自身の魔力を消費することなく魔法行使を可能にするメリットも着いた。
ただ、引き換えとして、弾丸でるがゆえに残弾を即座に把握できた以前のモデルと違い、バッテリー製なので、残量管理と魔力調整がよりシビアとなり、却って使い手が限られる結果となってしまった。
よって現状、ベータカートリッジを組み込んだデバイスの使い手は、勇夜と光の両名だけであった。
だからこそ、強化された愛機を扱えるよう、『技』だけでなく、『心』も『体』も磨き上げるべく、おおとりゲンが先生として、なのはとフェイト、二人を修練で鍛え上げる指導を請け負ったのである。
それこそ当初はゲンさんに睨まれただけで、手も足も出なかったと聞く。
毎日へとへとになって帰ってくるけど、スペックの上がった愛機を心おきなく使えるまでの階段は確実に一気飛びして進めている。
いつあの人たちと戦うことになって、パワーアップした二人のデバイスを使うことになるか、今はまだ未定だけど、備えあれば憂いなしだ。
来るならどんと来いだ。
簡単に魔力をくれてやるほど、妹たちの魔力は安くもないのだから。
そう考えながら、指を進めてデバイスの組み立てとプログラミング作業を母と一緒に進めるテスタロッサ家のお姉さんなのであった。
「ねえ母さん、パワーアップしたこの子たちの名前どうする?」
プレシアの美貌な容貌が?顔となる。
「漫画とかで、武器にしろロボットにしろ、強化されたら名称もちょっと変わることがあるんだよ」
「そういうものなの? お母さんそういうのに疎くて」
「そっか……どうするかな、あ、勇夜さんたちに考えてもらうのもありかも」
「どうしてかしら?」
「こういうって〝男の子〟の方が得意なの」
確かに、この手のことは男子――ロマンチストの方が詳しい。
つづく。