ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
時刻は日本時間で午後21時53分。
大人はまだまだ起きていられる余裕があるが、小学生以下の子どもたちは明日に備えて就寝に入っている時間帯である。
ただ、人という生き物は雑念にしろ何にしろ、考え事や引っかかりがあると、容易く眠りに着くことができなくなる生き物だ。
何を隠そう、外見年齢と戸籍上は11歳だが、実は数え年では『5歳』なフェイトも、たった今自室で消灯し、ベッドで横になっているのに、隣で身を丸くし、尻尾を枕代わりにしてすやすやと寝ている子犬フォームのアルフと違い、眠りに眠れなかった。
「はぁ~~~」
愛くるしいまでに整った容貌から、溜め息を零すフェイト、よく見ると―――どうやら彼女、少々落ち込んでいるようだ。
実はフェイトは今、今日〝絶対にやり遂げようとと心に決めたこと〟を、結局出来ずじまいに終わり、若干の自己嫌悪に陥っている。
その原因というのが、フェイトの手の中に大事におさまっている、あのアルトセイムの草原で勇夜から預かった髪留め――
「今日も返せなかった…………」
――を、未だに持ち主に返せていないということだ。
約半年前、一度勇夜が故郷であるM78星雲惑星アルトラ、通称光の国へ帰省する際、彼から自分たちの世界に帰ってくるまでの間、預かっててほしいと託された。
ミットチルダでの家族からのプレゼントで、光の国の文字で『ZERO』と彫られた髪留め。
オーダーメイドな特注品なので、世界に一つしかない貴重なものだ。
フェイトは今日こそはと、これを持ち主であるウルトラ戦士に返そうと意気込んでいた………結局今日も自分の手元に残ったまま。
今日は良いことずくめだったのが、拍車を掛ける。
母と姉に見送られて学校に行き。
なのはたちと一緒に勉強したり、談笑したり、放課後は一緒に遊んだり。
歌を歌うのはちょっと恥ずかしかったけど、クラスのみんなとも馴染めたし。
一日掛けて、フェイトの心情は、暖、正のベクトルへと傾いていた。
その調子を維持したまま、髪留めを返すことができたなら良かったのだが、クラナガンで守護騎士ヴォルケンリッターの一人が現れたと聞いた勇夜が翠屋のバイトを終えたその足で、ミットチルダに飛んで行ってしまった。
勇夜にも、守護騎士にも、文句も恨みも無いし、自分もそこまで駄々ッ子じゃない。半年前よりはましになった方だと自覚している。
今落ち込んでいるのは、足踏みばかりして肝心な時に走りだせず、その上間が悪くて走れずじまいな自分に対してだ。
返せる機会なんて、ここ数日まったく無かったわけじゃないのに。
「はぁ~~」
また溜め息が流れた。
預かりっ放しなことが、こんなにフェイトのテンションを下げるのは他にも理由(わけ)がある。
以前、まだ裁判中だった時期に面会の形で、彼の義母(はは)であるクイント・ナカジマと会った際、この髪留めができる経緯を聞いたことがある。
ミットチルダに飛ばされ、幼児退行した当初は男としては長めだが女性としては短めなショートカットの髪型だったという。
それが一年経つ頃には、ほぼ今と同じ長さになり、ポニーテールにするようになった。
床屋に行っても、長髪の毛先を整えるだけで、ばっさり切ることは断固拒否したらしい。
そうまでして、彼があの髪形に拘った理由は単純明快だ。
以前お伝えした通り、実父ウルトラセブンに一番近い髪型だからである。
現在の光の国では『フリーズプラネット』と呼ばれている、それより昔に起きた『ベリアルの乱』の首謀者で衛星軌道上の《宇宙牢獄》に封印されたダークサイドウルトラマン、ベリアルが復活し、プラズマスパークタワーの心臓部エネルギーコアが強奪された事件が起きるまでは、セブンが父であることを知らなかったゼロだが、幼少期の彼を母代りに面倒見てくれた孤児院の女性から父が勇敢な戦士であると漠然とながら聞かされていたので、父親への憧れが人一倍強かった。
髪を伸ばして結ぶのは、憧憬の存在であった父との絆の象徴であり、そのことに気が付いたナカジマ夫妻は、勇夜――ゼロがミッドチルダに迷い込んでから最初になる誕生日の日に、事前にばれないよう本人から『ZERO』を意味するウルトラ文字を聞き出し、来るべき日にプレゼントをした。
貰い受けた当の本人は照れくさかったのか。
「しゃあねえ、もらってやるか//////」
とツンデレ全開なリアクションを見せて誤魔化していたが、その時にみせたにやけた表情と、その翌日から毎日、アルトセイムの草原でフェイトに手渡すまでずっとその髪留めで髪を結んでいた事実から見ても、心底嬉しかったのは明白だった。
彼があの髪留めで長髪を纏めているということは、セブンら光の国がある向うの世界と、こちらの世界での家族であるナカジマ家の人たちとも、ゼロにとって大切な人たちであることは窺える。
名前に関してもこんな経緯がある。
人間の時の彼は諸星勇夜と名乗っているが、戸籍上では『ユウヤ・モロボシ・ナカジマ』と二重性。
父の代から使っている諸星は、彼の本名の名字である『ヴェアリィスター』を日本語に訳したものだ。
ウルトラマンである時に名乗るゼロはセブンから、人間体の時に名乗るミドルネームの勇夜(ゆうや)は、実母である諸星アンヌ (旧姓は友里)から付けられたが、セブンはゼロという名に自分の原点(ゼロ)を忘れぬように、アンヌは勇夜(ゆうや)に勇ましさと優しさを両方とも持てる子であってほしいと願いを込めて名付けたのだ。
ZEROと彫られたあの髪留めで髪を結び、諸星勇夜と名乗るのは、実はシャイな性格であるがゆえに余り口には出さない勇夜(ゼロ)の彼なりの表現というやつなのだ。
この一連の話を、クイントを通じて聞いていたので、フェイトは髪留めが未だに自分の手にあることに、秒刻みで罪悪感を募らせ。
「はあ~~~」
これで通算三度目となる、溜め息へと連なっていた。
溜め息ばかり吐いてもいられない、ともかく今日はもう寝よう。
明日の朝からはなのはと一緒に、勇夜(ゼロ)のお師匠さんであるゲンさんことウルトラマンレオからご指南を受けるんだから。
勇夜からゲンさんの指導は、鬼がつくほど厳しいと聞いてるから、朝スッキリ起きれるようちゃんと寝ておかないといけない。あくび一つしただけでも『弛んでいるぞ!』と叱責されるに違いないからだ。
でもせめて眠りに着く前に、勇夜に髪留めを返す期限を決めておこう。
え~と、期日はクリスマスイブの日まで、うん、その日までに絶対返そう。
はあ~~~やっぱり私って……〝ダメな子〟だ。
自分で宣言しておいて、宣言した自分に対する自己嫌悪でさらに落ち込む自称―――〝ダメな子〟。
その夜は、顔にダウナーな心境の際に現れる縦線を走らせながら、夢の中へと入りこんでいくフェイトなのであった。
諸星勇夜……もとい…………今の彼はウルトラマンの姿をとっているので、ここはゼロと呼ぶべきだ。
ゼロは、自分がどうしてこんなところにいるのか図りかねなかった。
ツルク星人を倒した後も、騎士の捜索を続けたものの、結局見つけられず断念することになり、その足で久方ぶりにミットチルダの家に帰って、夕飯食って、ギンガとスバルの寝顔を見た後に寝たはずだ。
つまり、今自分は夢の中………なんだって〝自覚〟があるってことは、これがルシッドドリーム――明晰夢ってやつか。
この明晰夢がまた、とても奇妙な光景だった。
彼が立っているフィールドはどこかの森、どことなく、赤道付近の南海の陸地で見かけそうな緑の山々であるが、無国籍感ならぬ無世界感を表すべきだろうか、地球なのか管理世界から無人世界と呼ばれる未開の星なのか、ゼロの目からは判別がつかない。
太陽は沈みかかり、空の色はメラメラとした赤、オレンジ、黄色と暖色に染められているが、ところどころ黒ずんだ雲雲たちが光を遮り、どこか怪しげかつ妖しげで重々しい情景を演出し、空を舞う鳥たちのさえずりも、その空気感を煽らせる手伝いをしていた。
「あれは…」
彼の金色に発光する瞳が、ある一点を捉えた。
その一点とは遺跡、三叉槍にも見えないことは無い、天空に向けてそびえ立ち、全身に縄文が彫られた塔が建てられた遺跡であった。
その塔も、かなりの年月ものである以外は、誰がいつ、何のために建てたのか、まるっきり分からない。
分からないはずなのに、ゼロは何故か、深い森に立つ古き時代からの塔と言うこのビジョンに見覚えがあった。
見覚えと言うより、正確には聞き覚えというやつだ。
相棒から聞いたのだが、確か〝あいつ〟が自分と一心同体となる適格者―デュナミストを選抜するために、不特定多数の人間に対し、夢として送り込むイメージ……だったか。
「そうだったよな? リンクっ……」
知識元である左腕に着けられている相棒に向けて語りかけようとした時に、ようやくゼロは気づいた。
いつも肌身離さず、諸星勇夜の時も、ウルトラマンゼロである時も常に一緒にいた相棒、ウルティメイトイージス―――リンクがいないことを。
「どうなっちまってんだよ…」
悪態をつくゼロ。夢の中とは言え、リンクがいないことも気がかりだが、未だに自分がこんな不可思議な空間にいる現状に、妙な懸念が渦巻き続けている。
ともかく、ここでずっと突っ立っているよりはましだ。
あの遺跡の内部に行ってみるとするか―――と、ゼロはその巨大な体躯を、50mから2m近くまで縮小させると、遺跡の出入口らしき空洞に入りこんでいった。
ゼロは茶色にくすんだ洞窟の中を進み続ける。
道の端と端には、一定の間隔でたいまつが置かれ、道の先から背後まで、洞窟の隅々を火のゆらめきで照らしていた。
イメージ空間に入りこんだ人間への配慮というやつだろう。
リンクから聞いた〝あいつ〟の活躍壇から見て、余り物は言わなかったが、気配りを欠かせない一面があるタイプだとゼロは『彼』印象付けていた。
若干、何かを教えている時の自分と父とタメを張れる厳しさ、というか…鬼畜さも感じられたが………これ以上はよそう。
「ここが、ゴールか?」
奥へ奥へと進んでいくうちに、最果ての場所らしき一室に行きついた。
石棺か? それとも石碑か? ゼロから見て、球体の両端と下部、計三つの三角形上の物体が取り付けられた、石柩にも見えなくはない砂色の遺物が祀られていた。
石棺らしき物体の下へと歩み寄ると、ゼロの行為に見計らったのか、石棺がいきなり光を全身から飛ばし始めた。
ウルトラマンですら視界はホワイトアウトしそうな強過ぎる光量に、ゼロは両腕で眼を覆う。
やがて彼のその身も光となって、石棺の方へと消えていった。
次にゼロの眼前に広がった空間(せかい)も、何とも不思議極まるものだった。
前方後方上方下方、すべて基本色は黒。
そこにアクセントとして、水が光を受けたことで発する幻想的なゆらめきが漂っている。
さっきのおどろおどろしい、森と遺跡の風景とは正反対な、ヒーリング効果さえ感じさせられる心地良い空間であった。
まったく、粋な演出してくれるゼ……ゼロにはもう、この明晰夢が誰の差し金であるか見当がついていた
果てが見えない、距離感が感じにくい空間の奥から光球がやってくる。
それはゼロ二体分の距離で止まり、球は段々と人の姿を形どった。
「やっぱあんただったか」
宝石より光を反射させる銀色の体色と黒く細いライン、背中から伸びる二つの塔、胸に一際目立つ真紅の発光体――エナジーコア。
M78生まれの俺たちより、遥か遠い昔から、無数に連なる世界たちを見守り続けた戦士。
神秘の巨人―――ウルトラマンノア。
俺にウルティメイトイージス―――リンクを出会わせてくれた張本人。
あいつが意志を持つなんて、当のノアでも予想外だったろうけどな。
「で、相棒は何ともないんだよな?」
ここがノアの作り出した〝夢〟な以上、心配する必要なんかもうないのだが、一応相棒――リンクがどうなっているか聞いてみた。彼から託されてから、ずっと片時も離さず腕と指に嵌めていたせいか、左腕がまっさらであることが少々落ち着かない。
『今は眠っているだけだ、私がこうして君とコンタクトをとっている間はな』
独特の渋みと、気品、色気が絶妙な具合な混在して醸し出されている美声でノアは答えた。
今、ゼロとノアは、リンクすなわちウルティメイトイージスという電話回線を通じて、こうして面と向かい合って会話している。
回線としての機能を十全に発揮できるように、今は一時的に彼女の意志が眠らされている状態だというわけだ。
「そろそろ聞いていいか? 相棒を〝電話〟代わりにして連絡よこしてきたわけをさ」
『君に情報を持ってきた、君たちが追っている、今は〝闇の書〟と名付けられてしまった魔導の書物のことだ』
「何……だって?」
この鉄面皮な顔をしたウルトラマンでは無く、諸星勇夜という人間としてだったなら、今頃彼は綺麗に吊りあがった両目を、驚きで開かせるだけ開いただろう。
彼の持ってきた情報と言うのは、決して多くは無いし、むしろ漠然としたものだったが、今自分たちの目の前にそびえ立っている謎という外壁をぶち壊すには、充分な破壊力を秘めていた。
言葉の通り、意識が夢から解き放たれて、気がついた。
人工的な灯りが消えた部屋の天井。
かといって、周りは黒一色と言うわけでも無く、窓越しに指してくる二つの月の光の筋が、何とも綺麗だった。
地球では一つしかない惑星の周りを公転している衛星も、ここ惑星ミッドチルダでは、星を隣接して横たわる月が二つある。
違う位置に佇んでいるので、片方が満月の時は三日月だったりと、二つの星はおそろいの容姿をすることは無く、そのバラつきが却って地球と言うか日本で言う〝月見〟が、一度で二度楽しめる仕様となっていた。
部屋の壁に立てかけられた円形の時計の針たちは、午後11時半であると指すしている位置にいた。
家に帰って、クイント母さんが出してくれた飯食べて、地球にいるリンディたちに今日はここで泊まると連絡して、ベッドに入って寝たのが9時半。
何とも中途半端な時間帯。
さっさと二度寝に入りたいとこなんだが……今の勇夜には眠りに直行できない要因があった。
今日やりあった異星人たち、怪獣たちを含めてこっちの世界に送り込んでる黒幕、ノアからの情報………に対して、気になっているのも一因………だが一番の近因は―――まず両腕が動かない、寝た直後はいなかった〝存在〟たちによって、二つの二の腕はがっちりホールドされている。
掴まれた腕から感じるのは、適度な柔らかさと体温……心地良いあたたかさを秘めた………儚さを感じさせる華奢な人の体、二つ
顔の左右横からは、やけに生温かいそよ風、はっきり言ってしまうと、人の口から出る風――――呼吸の吐息だ。
「あ、ゆうにい起きた♪」
「ごめんね兄ちゃん、せっかく寝てたのに…」
いつの間にかベッドの中に転がり込んで来た可愛い侵入者たちも、目を覚ました。
青みがかった髪とボーイッシュなショートカットな特徴的で、初対面の相手には人見知りなくせに自分ら家族にはとことん甘えてくる甘えん坊な下の妹―――スバル。
そのスバルの姉であり、彼女と違ってロングヘアで、歳に似合わずしっかり者そうで、見かけどおり本当にしっかり者な、謝りながらもその上目遣いな表情からは喜のオーラが溢れ出て来ている上の妹―――ギンガ。
血縁は無いが、勇夜――ゼロにとって〝家族〟そのものな義妹(いもうと)たちである。
男っぽい名前ではあるし、特に下の妹のスバルは短髪なせいで男の子にも見えてしまうが、二人とも正真正銘の〝女の子〟である。たとえその体が機械で構成されていようと、それは揺るがない。
つまりは今の状況を改めて詳細に説明すると、勇夜はその愛する妹たちに挟まれて、漢字の〝川〟の字ならぬ〝小〟の字で寝そべっている状態なのだ。
彼の父と想い人がこの光景を見たら……やきもちで身を焦がしそうに違いないのは、確かなのであった。
数年前までは、おやっさんとクイント母さんが仕事で遅くなる日はこうして一緒に寝ていたので、今さら戸惑うことでも驚くことでもない。
でも一応、こっそり入り込んで来たわけを聞いている。
「いつからいたんだ? おふたりさん」
「「ついさっき♪」」
二人からの話しによれば、外から聞こえてきたバイク音で目が覚め、もしかしたらと思ってクイント母さんに聞いてみたら、自分が帰ってきたことを知って大喜び、母からの煽り……もとい薦めで自分の部屋のベットに直行した、であるとのことだ。
まったく義母(かあ)さんめ……な気分だ。
髪と瞳の色以外は、父が見せてくれたウルトラ警備隊在籍当時の写真で見た〝実母〟と瓜二つな上に、その人の名でもある〝アンヌ〟ってミドルネームを持ったクイント・ナカジマ
パラレル、平行世界の、《同一だけど違う存在》であると見ていい。
その実母の写し鏡なクイント母さんは、押しが強いというかしたたかというか、ある意味健全(?)な方向で腹黒いというか、少し小悪魔かつ策士な一面がある。
たとえば、妹たちにこういうシチュエーションをさせるよう、けしかけたりとかだ。
悪意を以てやることは絶対にしないので、どうも語気を強めて物申すことはできない。だから余計に対応に困っちまう。
「お兄ちゃん明日の朝にはまた地球に行っちゃうんでしょ?だから今日のうちにと思って」
「ぎんねえと、ゆうにいと、いっしょいっしょ♪」
それに、ここ半年……ちびっこにとっては気が遠くなる期間の間、自分は生まれ故郷に帰省中だった。
その間、二人もまたずっと待ち焦がれていたのは、その笑みを見るだけで読みとれた。
「しゃあねえ、今日は特別サービスにしてやるから、二人とも早いとこ寝ろよ」
「「は~い」」
それに、こんなに嬉しそうに答える二人と寝ること自体に文句は無い。
勿論、家族的な〝愛情〟から来るものだ。
今は専業主婦だけど、義母さんも昔は陸の武装局員だったからな、家に遅く帰ることもざらで、今みたいに一緒に寝たり、飯作って食べたり、風呂にも入ったからな、疾しい気持ちなんか浮かびようが無い。そもそもこんな小さい子たちに、やんちゃさに手を焼くのはともかく、可愛い以外の感情をどうやって出てくるんだ?
それにこの子たちは、俺と義母(かあ)さんが助けて、この家の子として引き取られるまでは、受けるべき〝愛情〟を受けることさえできなかった………癪だけど生みの親とも言える連中からは……人とすらみなされない実験動物―モルモットだったからな。
厳しくする時は、鬼になるべきだけど、失われたというか……本来体験させてもらえなかった日常の時間の分だけ、二人にはもっと〝温もり〟を見せてやらなきゃならない。
「「おやすみなさい」」
「ああ、おやすみ」
数時間前まで、冷たい殺意の渦中にいたせいか、二人の温かみが心休まる。
色々と山積みなことはあるけど、今はゆっくり休もう。
でも、フェイトには……ちょっとすまないことしたかな。
急用だったとはいえ、そそくさと地球から飛びだしてしまった。
多分今頃、また何もしてやれない自分を無力だとなじっているはずだ。
きっと宝物の髪留めを返すことができなかったことで、落ちこんでいるかもしれない、大事にとってくれると信じて預けたし、事実そうなのだから、自分から無理強いして返すよう催促するつもりはないけど。
明日の師匠の稽古にも付き添えそうに無いな…翠屋のバイトに聞き込みに、ベータカートリッジのパーツも取りにいかなきゃならねえ、あれがないとプレシアたちによるフェイトたちの愛機の改修が進まないからさ。
まあ、その分の埋め合わせはちゃんとするつもりだし、それに……あの子たちを無闇に戦いの場に引きずりさせはしないさ。
あの子たちには、できれば普通の女の子でいてほしいからだ。
自分の背中を預けよう何ざ、2万年……ほどじゃねえが、まだまだ早えよ。
今は生きてくれているだけで、それだけで心強いのだから。
フェイトも……この子たちだけじゃない。
言わずもがな〝仲間――友〟もそうだ。
今はその一人な炎の用心棒とは、壁が存在しているけど、それでも生きていてくれたことが、嬉しくないわけなかった。
絶対にその壁は、いずれ乗り越えてやる。
「(リンク)」
『(何ようでしょうか?マスター)』
そして、心強い存在はもう一人に、おやすみの挨拶をしておく
何だか彼女の体温がいつもより温かい気もするが、嫌でも無いので良しとしとこう。
「(おやすみ)」
『(は……はい、おやすみなさい……マスター)』
確かな暖気をその身に受けながら、諸星勇夜は再び眠りについていく。
月明かりに照らされ、髪が下ろされた寝顔は、とてもあどけなく、眩いもの。
眠りの時は、彼が歳相応の〝少年〟の顔を見せる〝瞬間〟の一つでもあった。
つづく