ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章   作:フォレス・ノースウッド

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海鳴の子狐

 その子は、ずっと〝一人〟で日本中を転々としていた。

 

 彼女の母は数百年前、まだ侍が政治を行っていた時代に彼女と死別。

 以来彼女は心を閉ざし……特に人に対して重度の不信感を抱くようになってしまった。

 でも……不信は持っていても、憎むことはできなかった。

 彼女の母は、ある人間の男と恋に落ち、愛し合っていたからだ。

 人を憎むことは、それを愛した母すらも憎むことになる。

 けれど、その二重の相反する重圧を前に、心をすり減らして言った彼女は、その姿すら、人はおろか同類と呼べる動物まで、晒すことを拒否するようになってしまった。

 何度死ねたら……と考えただろう。

 だが母から受け継がれた力は、簡単に彼女を黄泉の国へと連れて行ってくれなかった。

 

 

 

 

 その日彼女は〝人間たち〟には海鳴と呼ばれている地に来ていた。

 当然街にひょこと現れるわけが無く、なのはとフェイトが初対面と初戦闘を行った八束神社の裏の森に隠れ住んでいた。

 時期的には、なのはたちが小3の冬に差し掛かった頃である。

 その海鳴に来た初日、彼女は人に見られるという自身にとっては失態中の大失態を犯してしまった。

 妙な力の波動を感じた彼女は、思わずその方角へ森の中を進んでいくと、その先には人間の作った《神の社》があった。

 

〝guuuuaaaaaaaaaaa………〟

 

 沸きあがってくる…視界にそれが入った瞬間……ある感情とともに獣としての闘争本能が彼女の理性を狂わせようとする。

 人の作りし神のやぐらと〝神〟への信仰心………それが母と父になってくれるかもしれなかった人間を、あの世にぶち込んだ元凶。

 

「なんだ?」

 

 その声に、危うく理性がふっ切れそうになった彼女は、慌てて憎悪と一緒に体外に放出していたエネルギーを抑えつける。

 そのまま逃げようとしたが、遅かった。

 見られた………見られてしまった。彼女の眼前には、見た目は10代の後半くらい、オレンジがかった金髪、朱色の瞳、日本人離れした容姿と不良っぽく粗暴そうだがどこか憎めない三枚目風な雰囲気を醸し出す少年がいた。 

 が、相手の特徴なんていちいち観察する余裕は彼女にはない。

 まだ来たばかりで土地勘がまだ無かったと言えるが、この時の彼女にとって深刻な事態。

 こう人間と鉢合わせするのはおろか、彼女の視界に入ることがこのとこと無かったために慢心が芽生えていたのかもしれない。

 

「こんなとこにも〝狐〟はいるんだな」

 

 珍しそうに彼女を見る少年。それもそうだろう、狐は元々警戒心が強く、遠目から見かけることさえ滅多にない。

 彼女はそこらの狐とは違うが、こんな近くで見られるなんて、一生に一度かそこら。

 

「おい、どうした?」

 

 少年は、とりあえず敵意は無いことをアピールするために屈みこんだ。

 

「お袋さんとはぐれたのか?」

 

 お袋さん……母……母さん!

 

「お…おい!」

 

 その単語を聞いた瞬間、彼女は走り去ってしまった。

 彼に悪気なんて無い。傍から見れば、彼女は子狐な姿なので親とはぐれたと思ってしまうのは無理ないことだからだ。

 だが、彼女にとって『母』は最大の精神的外傷――トラウマだった。

 

 

 

 

 

 その日は、過去の重い思い出に苛まれ、逃げた彼女だったが、あの人間のようで、人間と違う感じを覚えた彼女は、毎日社の近くに来るようになった。

 直ぐこの地から離れることもできたが、ある人間が作った《岩の塊》を見て、ここはかつてのあの村の果てだと知り、前述の少年への妙な好奇心もあって、結局なし崩しに止まることになった。

 時間にして午後4時から6時まで、その期に社に来ると、決まってその少年はいた。

 好奇心はあるとは言っても彼女の種としての本能から、当初は一定の距離をもたせたまま、警戒は怠らなかった。

 ただ数日もすれば、少年には打算も悪気も持たずに毎日ここに通っていることに気づいた。

 その頃には、彼が時々差し入れて来る食物を、遠慮なく拝借するようになっていた。

 四角く黄土色で、水気と独特の食感がある『油揚げ』も中々だったが、見た目は白いのに中身は真っ黒で甘い味の『大福』も中々の美味。

 結果として餌付けとなってしまったが、空気の中に混じる〝魔の力〟を食すか、当ても無く放浪する以外にやることがなかった身としては、彼と毎日会うことが悪くない習慣であった。

 しかし、なぜ少年は今の形になるまで接触を続けられたのだろう?

 同種ですら、顔を合わせない、徹底して自分以外の誰かと関わらない生態な生き物である自分なのに。

 気にはなった。そして…心当たりもあった。

 

「お前を見てると、何か妹とダブるんだよ、ほんとは泣き虫のくせに、我慢強さだけは一ちょ前なとことか…」

 

 物言いは粗暴だが、きさくでとっつきやすい印象な彼ですら、そんな寂しそうな顔をしてしまう何かを、その子は抱えているということか?

 すると、関心を通り越してその子に会ってみたいと思い立ち、その日社から帰った彼の後を着けた。

 気配―――自らの存在を隠すことなど、彼女には造作も無きこと。

 流石にあの頃と様変わりしてしまった人間のテリトリーと、そこを歩く者たちの数の多さには驚かされたが、注意を払いながら、彼の後を追いかける。

 歩いていくうちに、角角した人の住みからしき物体がいくつも並ぶ場に入り、辿り付いた。

 彼が内部に入って言った物体、これこそ彼とその〝妹〟が住んでいる〝家〟で間違いない。 

 

 この一連の出会いをきっかけとして、この〝人外たる彼女〟は後にある悪しき運命の呪縛を切り離す役を全うすることになる。

 


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