ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
フェイトたちの身柄がマルチバース内で建設された時空管理局本局に移され、本格的に裁判が始まってから約一カ月が経過した。
最初こそ、罪状が罪状なだけに、きつく問いただされてはいたが、凛と落ちついた姿勢で被告席に臨むフェイトたちと……勇夜やクロノたちが、必死に集めた事件関連も資料の存在。
そして…全ての発端となったアレクトロ社の不正疑惑や安全管理の問題などが明るみになり、魔導炉の暴走事故によって死亡した被害者であるアリシアの存在が後押しし…無罪、とまではいかなくても、執行猶予がつけられる希望が段々と見えてきた。
無論裁判は長期戦、骨が折れるほど時間がかかるし、何が起きるか分からない上、状況が不利になる可能性もまだ消えていない。
それでも、家族と穏やかに過ごせる日々と親友と再会する未来を掴みとる為にフェイトはひた向きに走り、関わった人たちは全力でサポートを続けていった。
そんなフェイトの原動力は、無論家族や親友の存在もあるが、やはり、アクシデントで異世界から迷い込みながらも、今も尚この次元世界に降りかかる火の粉から人々を守り続け、自分を光ある場所に導いてくれた、一人のウルトラ戦士の存在が最も大きかった。
五月のある日のアースラでの一幕。
フェイトとアルフが、艦内を自由に移動できるまでになっていた頃のこと。
アルフに至っては、勇夜に手ほどきを受けた影響か、艦内をジョギングコース代わりにして、走るのが日課にしていた。
使い魔としてのタフネスの高さか、はたまた元が狼だからか、日によって何百週も艦内を走り回っていたりする。
「リンディ提督、失礼します」
その日のフェイトは、艦長室にいるリンディのもとに赴いていた。
「あら、ごめんなさいね、お茶を持って来てくれたの?」
「はい」
緑茶と砂糖ミルク一式をリンディに届ける為である。
因みにそのお茶の茶葉は、なのはから贈られた翠屋で使われているのと同じもので、当然、甘党のリンディに合わせて砂糖も甘味料も多めに着いている。
フェイトもさすがに当初は、リンディの甘党趣味には引き気味だったが、好みは人それぞれってことで自分に言い聞かせ、この頃にはもう耐性が着き慣れっこになっていた。
逆にそれだけ糖分接種して体を壊さない、提督の鋼の肉体に内心羨望と感心を抱いていたりする。
一度試飲してみたが、案の定嘔吐しそうになったのは苦い経験だ
「さてと、色々と忙しくてごめんなさいね、事件以来、余り話もできなくて」
「いえ……その忙しさも、事件の後処理でしょう」
「そうね…それから…勇夜君ともなのはさんとも、リアルタイムでお話できなくて…………………なんだか謝ってばかりね」
「きまりはきまりですから、ちゃんと守ります、なのはとビデオメールでのやり取りができるだけでも、十分ですから……」
できれば……一時的であるとしても、彼がこの次元世界から行ってしまう前、なのはの時と同じく、もう一度話をしたい、だが今の扱いだけでも十分贅沢な立場なので、強くは言えないのが実状。
「お母さんの容態はどう?」
「前より環境が良くなったおかげで、元気にしています、体のあちこちに移った腫瘍も、ほとんど取れたそうなので」
「そう、それは良かったわ」
事件の中心人物であるプレシアは、病で余命が現状数年ほどな状態なため、専ら裁判にメインで出頭するのはフェイトが行っていた。
「で、リンディ提督、お話と言うのは?」
「そうだったわね、勇夜君のことなんだけど…」
事件が終わってからも、彼は嘱託魔導師の立場で、『魔導殺し』の異名を存分に轟かせる活躍を続けていた。
先の約束通り、勇夜の正体が管理局では『マウンテンガリバー』と呼称されている光の巨人、ウルトラマンゼロであることは内密にされている。
現状このことを知ってるのは、ナカジマ家の面々と、アースラクル―を含めた事件の関係者のみ。
表立った破壊行為をせず、大規模な次元災害やロストロギアなどで凶暴化した魔法生物の暴走などの事態に突然現れ、事態を収束させては去っていく不言実行を地で行くゼロに対し、局内での評価は、危険視する者、彼と平和的に接触を試みるべきだと言う者、中立立場の者で、平行線な状態は続いている。
それでも市民、特に子どもたちの間で、何の因果か偶然か、最近では憧憬と尊敬の意を込めて――
《ULTRAMAN》
――と呼ばれるようになるなど、決して悪い方向に行っているわけではない。
そんな、どちらの姿でも、〝人として、自分が精一杯できること〟を続けている彼にフェイトは胸躍らせている一方。
「明日…あなたのお姉さんを連れて、故郷に帰ることになったの」
「……………そう、ですか」
彼がふるさとの医療技術で、アリシアを蘇らせるために帰省する。
それは前から、決まっていたこと……せっかく故郷の場所が分かったのだから、今でも帰りを待っている彼の先輩や仲間、そしてお父さんのウルトラセブンのためにも、帰ってあげた方がいいとはフェイトだって思っている。
でもやっぱり、別れも言えない今の立場が、恨めしいとまではいかないが、残念でならなかった。
「フェイトさん?」
沈み気味になっていたフェイトにリンディは表情を曇らせながら尋ねた。
「分かってます……私が今、どんな立場なことくらい」
胸を握りしめ、鼓動を感じながら答えるフェイト。
今でも……彼のことを考えると、慕情が溢れて、今までの彼との思い出が鮮烈に浮かび、嬉しくなると同時に、目が潤むほどせつなくなる。
会いたい……もう一度ちゃんと会って、見送ってあげたい。
「で、明日は丁度、フェイトさんを案内役として、アルトセイムを現地調査する日だったでしょ」
「は…はい」
それと彼のことがどういう関係があるのか…次にリンディが発したことにフェイトは驚きを隠せなかった。
翌日。
「あ~~このそよ風と緑の草原、久しいね~」
「そうだね、アルフ」
「久しぶりの故郷なのは分かるが、遊びに来たわけじゃないんだぞ」
「分かりましよ…鉄頭さん」
「君までその名前で呼ぶのか…」
「まあまあ…クロノ」
一見すると、まるで家族のピクニックの風景にも見えなくはないが、クロノの言う通り、ここにいる一同は遊びに来たわけではない。
今フェイトたちが、調査の名目で来ているこの地はアルトセイム、時の庭園がかつて停泊していた地、フェイトたちにとって、生まれ育った故郷だ。
もうかれこれ一年ぶりの里帰り。
やっぱりいざ戻ってくると、脳裏に蘇ってくる。
すれ違ってばかりだった母と自分。
後にアルフとなる瀕死の狼の子との出会い。
リニスの魔法の課外授業。
アルフと一緒に飛んだ空。
とある雪の日の、リニスとの別れ。
辛い思い出もあるけれど。
自分、フェイト・テスタロッサと言う名の一人の人間が歩んでいた、確かな足跡がちゃんとここにもあったんだと思うと、感慨深くもあった。
「アルフ、あれ…」
「ん?」
フェイトが草原のとある方向を指さし、アルフはその先に視線を移すと。
「あっ…」
狼形態のアルフによく似た体毛と姿を持つ、狼たちの群れがフェイトたちを見つめている。
紛れも無く、アルフの素体元になった種類の狼たちであった。
「……元気だったかい…」
「アルフ、ひょっとして…」
アルフの反応から、フェイトは彼女の前世とも言えるあの『狼の子』がいた群れなのか? と聞こうとした。
「いや…なんとなくそう思っただけ………あっ…」
狼たちは視線を外し、地平線の向こうに消えていった。
まだ自分たちは、生まれて、そんなに経っていない。だからこんなことを言うと、年寄りから、まだ若いのにとか言われるかもしれないけど、どうしてもこう言いたかった。
生きてるってことは、思わぬ巡りあわせ………〝出会い〟があると。
生前狼だったアルフは死病を患ったことをきっかけに、フェイトと出会い。
そのフェイトも、地球で、運命的とも言える出会いを幾つも果たした。
「フェイトさん」
「はい?」
「勇夜君、この先にある岩場に待ってるそうよ」
「はい…じゃあ行ってきます」
思い出に浸ることも悪くは無い。
でも、自分はそのだけのだめにここに来たわけじゃないのだ。
表向きは現地調査だけど。
思い出と絆を力にしながら、自分の手で未来を掴むことを、教えてくれたあの人の元へ、フェイトはひた走っていった。
しばらく駆けると。心臓の鼓動は早く反復し、やや荒くなった息が口から流れていく。
考えてみれば、こんなに走ったのは久しぶりかもしれない。
走るより、飛ぶことの方がずっと多かったから。
飛ぶことは好きだけど、何だかこうして走るのも悪くない気がした。
「あっ…」
何かに目を留め、フェイトは駆け足を止めた。
草原の真ん中に、ぽつりと一人佇む、岩場。
その上に座る、風のさざ波で揺れた見覚えのある艶やかな黒髪のポニーテールが印象的な、後ろ姿が見えた。
彼、少年はこちらに振り向く。
鋭い吊り目ながら、中性的で凛とした顔立ちの少年、諸星勇夜。
「勇夜!」
そのまま全速力で、彼の許へ一気に駆け寄った。
「よっ、元気そうだな」
彼は相変わらず、表面はぶっきらぼうだけど、暖かい口調でフェイトを出迎えた。
「うん…」
どうしよう……いざ彼の顔を直視したら、また心臓がドキドキしてきた。
顔もまた、熱を帯びて紅くなる。思考もその熱でおかしくなりそうだ。
「どうした? 座れよ」
「あ……うん」
彼の言う通りに、フェイトは勇夜の隣に座る。
そう言えば、会うのも久しぶりだけど、二人きりなのは、もっと久しかった。
あ、今ここで気づかなきゃよかった。
はっきり意識したせいで、頬の熱がまた上がりそう。
思い出せ、実際この場には、他に人がいることを、勇夜のパートナーであるリンク―――ウルティメイトイージス、彼女の中で眠っている、アリシア姉さん。
落ち着いて、落ち着こうと、何度も言い返す内、何とか……高鳴る心は沈められた。
でもまだ心臓は、手を置かなくてもはっきり感じるほど鼓動が速い。
「綺麗なとこだよな」
「うん…」
「エスメラルダの草原も、こんな感じだったな」
「エメラナ…さんの星のことだよね」
「ああ」
ミラーナイトがかつて騎士を務めていた王制国家の星。
エメラナとは、その星の王国の王女さまである。
ゼロの記憶越しだが、彼女の姿をフェイト見たことがあった。
清楚でか弱そうだけど、芯の内は一本通ったしなやかさを持った人、それがフェイトの彼女への印象。
エメラナだけじゃない。
あの星がある世界で、ゼロと絆を繋いだのは、他にもいる。
惑星アヌーで、逞しく生きる二人の兄弟たち。
かつてゼロと一心同体となった兄のラン、その弟のナオ。
彼にとって、今を生きる力の源の一つでもある、大切な人たち。
「どうしてるかな、そのランさんも、ナオ君も、エメラナさんも」
「こっちと同じくらい時間が経ってんなら、もうみんな大人になってるよな………俺は一度……子どもに逆戻りをしたってのに」
「勇夜?」
彼に目を向けると、自分の手を憂いを秘めた目で見つめる勇夜がそこにいた。
その目はどこか、寂しそう。
自分と初めて会った時もなのはからは、自分はこう映っていたのだろうか?
「いや…なんでもないさ」
が、彼の沈痛な面持ちは直ぐに笑顔へと変わった。
さっきまでの勇夜の横顔が気になりつつも、フェイトは目の前に広がる緑と青空を見上げた。
「この前ね、リニスが私宛に書いた手紙、読んだんだ」
「なんて書いてあったんだ?」
「色々…私がどう生まれて、母さんが何をしようとしていたことを知って―――」
やがて話題は、フェイトの家庭教師のこととなる。
使い魔として生まれた当初から、フェイトを愛情込めて、しっかり育てつつも、疎遠な二人の仲をなんとか仲介役として取り持とうとしたリニス。
しかしある時知ってしまう。
『フェイトの出生』も『プレシアの心の闇』も…プレシアの病魔にも…それを知ったリニスがその真実と自分たち親子の狭間で苦悩と葛藤を繰り返したことも…
「ありがとうね」
「いきなり何だ?」
「リニスの願い……勇夜とみんなのお陰で、叶えられたから…」
そして…フェイトが…どんな絶望にも。
悲しみにも。
苦しみにも。
立ち向かえる強さを…持てるよう。
フェイトとプレシアが本当の親子になれること。
同じ速度で一緒に歩み。
真っ直ぐ向き合ってくれる友達ができること。
そして笑顔を忘れずに生きていけることが、できるように。
そんな祈りと願いが、文面に綴られていた。
「だから……一度ここに来たのかもな」
「え?」
「なぜかさ、あても無いのに、何かあると思って前にも来てみたんだよ、そしたら、あの日記と手紙だぜ…………ひょっとしたらさ、リニスが俺に見つけてほしいって…願ったからかもしれねえな」
「うん………そうだね」
非科学的な話かもしれない。
でも無性にそうだと信じられた。
この次元世界意外にも世界が無数あって。
ゼロみたいな巨人だって存在してるんだから…巨人……ウルトラマン。
異……世界……ふといきなり…前に母が自分に話したことが頭をよぎった。
プレシアは…前に…二人の科学者から、ある技術を提供されたという。
一つは、プロジェクトFATEの基礎理論。
もう一つは……ウルトラマンゼロの戦闘データと…ベリアルがゼロを模して作り上げたロボット。
ダークロプスの設計データ、さらに単独次元移動が可能なコロニー、《時の庭園》。
そして、ウルトラマンと同等、或いは上回る巨体を持つ怪獣を操るためのアイテム…バトルナイザーに関するデータだった。
どちらもメールでのやり取りで、実際に顔を合わすことは無かったとのこと。
前者はその理論を独自に発展させフェイトが生み出され。
後者は、まずゼロのデータを組み込んだダークロプスを作成。
そのデータを元に、通常の傀儡兵より機敏に動くロボット兵を開発 、もっともAIなどの自立稼働で課題が残り、結局なのはたちには一部を除きやられっぱなしに終わった。
さらに、バトルナイザーのシステムを解析し、多数のロボット兵を格納、召喚、操作し、同時に庭園の駆動炉のエネルギーをプレシアに供給させ、一時的にSSクラスの魔力運用を可能にする特殊補助デバイス『サポーティングデバイス』を開発。
それらの成果の一部のデータと、F計画のデータをその科学者に渡したそうなのだ。
最初からそういう取引だったらしい。
次元跳躍攻撃も、そのサポーティングデバイスの賜物だった。
もっとも、これだけの未知の技術をここまで扱えたのは、プレシア自身の技術者と魔導師としての高い技量と力量の賜物でもある。
さらに、母によれば、あの夜現れた怪獣たちも、あの科学者の差し金ではないかと推測していた。
どうやら、あの時は自分がどこまで怪獣を操れるか、勇夜たちを使って確かめるために寄越したらしい。
でも現状では、あくまでこれはプレシアの推測、その域を超えていない。
だが…ただ一つ言えることは……ゼロ以外にも彼がいた世界から、何者かがこちらに来て、潜んでいること。
そしてその何者かが、良からぬことを考えているということ。
もし、その良からぬことが現実になっても、勇夜――ウルトラマンゼロは毅然と立ち向かう、と断言できることだった。
「勇夜、一つ……聞いていいかな?」
「どうした?」
「この次元世界のこと………どう思ってる?」
「………………」
勇夜はアルトセイムの風景へ目を向けたまま答えない。
「やっぱり……嫌い?」
「なんでそんなこと、聞くんだよ?」
「ごめん、そ…その……」
《魔法》に必要以上に固執する実態も含めて…彼が今の管理世界のシステムに、疑念と不信を抱いていることは知ってる。
私も今回のことで思い知らされた。
魔法も万能じゃないって…こと。
たとえば、勇夜や光は、魔法を使わずに自分を打ち負かしたし…
魔道師の私では、虚数空間に落ちていく母と姉を、ただ泣きながら、見ることしかできなかったし…アースラの装備では、暴走するジュエルシードを止められず、地球がある次元世界が、地図から消えていたかもしれない。
そしてなまじ外の世界に触れた自分は知ってしまった…世界には、眩しい光もあるけれど……暗く淀んだ闇も一緒にあることを。
「まあ……言いたくないけど、色々爆弾を抱えてる世界だとは…思ってるさ」
時空管理局が、設立されてから百年ほど…日に日に、文明を持った世界の存在が次々確認され…場合によっては、管理世界の仲間入りを果たすか、管理外として放任されたりしている。
同時に世界が繋がるほどに、次元犯罪も日に日に悪化し、増加の一途を辿っている。
一部を除き、魔法以外の力の保有は禁止、特に管理世界では質量兵器と称される火薬などを使った兵器群は、異常ともとれる嫌悪で排除されていった。
相手方の世界から見れば、極端な話し他人の家に土足で踏み込む態度で他の次元世界を自らの管理下に置き、自分色に染めていく局の行為は、反発を招き、あちこちの世界で火種は起きていく。
そのくせ、実質使える戦力を限定させているのが仇となり、後手後手に回ってしまう状況を頻発。
世界はどんどん広がっているのに…管理局は自ら撒いた火種の始末に右往左往するという悪循環を繰り返して、行き詰まった状態に追い込まれている。
フェイトはリンディやクロノなどの局員の存在のおかげで、勇夜ほど不信は抱いてはいないが……今のままじゃ不味いとは漠然と感じていた。
「今のこの次元世界のシステムじゃ、ガタがとうに来てんだよ…」
だからフェイト自身、彼のこの言葉には、賛同している。
社会の仕組みを、ちょっとずつでも変えていかなければならない必要性を……でなければ…以前の母みたいに、壊れて。
「どこかで見えない時限爆弾が、少しずつだけど…確実にカウントダウンを刻んでんのさ…」
「じゃあ……このまま放っておいたらどうなっちゃうの?」
「…………今の世界の枠組みをぶっ壊そうとする連中が、管理局に喧嘩を吹っ掛けるだろうな……」
勇夜の言う爆弾が爆発する時……それは………つまり。
「革命と……戦争?」
「そう……おまけにその相手は馬鹿にデカイ組織だからな……そいつらに対抗する組織もどでかくなって……下手するとロストロギアを躊躇わずに使われて、泥沼に落ちねえとも限らないし……」
「そんな……」
下手をすれば、地球で起きた二度に渡る世界大戦と、古代べルカの戦乱以上の惨劇が起きる可能性があるということだった。
「でも…本当に恐いのはその後だよ…」
「どういうこと?」
「それまでの社会のシステムを壊して、新しく作られた社会ってのは………自分たちの正しさを証明させる為にさ、過去(むかし)を徹底的に否定する……いわゆるこっちじゃ質量兵器と呼ばれてる武器が使用を禁じられてんのは、昔の戦乱で大量に使われて、大勢の人が惨い死に方をしたってこともあるんだが……」
「正しさを示し続ける為の………生贄にされてるってこと……」
「………当たり」
それまでの仕組みを、悪と断じ、足蹴にして嘲笑いながら、今の社会を正しいと主張し続け、間違いを一切認めない。
「己ってのを顧みれないまま……そんな状態が……何十年…何百年も続けばどうなると思う?」
「歴史が……繰り返されちゃう」
何と…言うことだろう。
自分のいるこの世界が、危ういバランスで、その平穏を辛うじて保っているが、遅かれ早かれ……いつそれが崩壊して爆発してもおかしくない状態なのだ。
そして仮に多大な犠牲を果てに、勝者たちが新たな枠組みを作っても、一歩間違えば、敗者と同じ末路を迎える。
そんな惨劇の歴史が……いつまでも続くことになる。
きっと〝侵略者〟から見たら、この世界ほど侵略し甲斐のある世界はないだろう。
社会の地盤(システム)にあちこち罅が入って、今にも崩れようとしているのだ……そんな状態にさせてる人間なんかより、自分らが支配する方が相応しいと、攻めてこない保障はない。現に〝何者〟かが目を付けている。
「ごめん…………偉く物騒な課外授業になっちまったな、柄でもねえのに何言ってんだか」
「謝らなくていいよ……怖いことだけど、無関係にすむ話じゃないことは、私にも分かるよ、むしろ今知ってよかったと思ってる」
「……………じゃあ……さっきの質問の答えだけどさ…」
「……うん」
ほんの少しの溜めを置き、勇夜は口を開く。
「……………嫌いに……なれるわけねえよ…」
「勇夜…」
「こっちにだって…家族も仲間も……友達と呼べるやつだっている……そして何より………フェイトだっている」
フェイトを見つめて答える勇夜の微笑みは、普段の印象を打ち消すまでに穏やかで朗らかだった。
「え?」
フェイトは一度頭が真っ白になる。
「だから嫌いじゃないよ……むしろ大がつくほど、この世界のことは好きさ……だからさ……みんなに気づいてほしいんだよ……手遅れになっちまう前に……」
温かだけど、どこかせつなさと寂しさが感じられる笑みで、彼は答えた。
どうやら、彼がこの世界に希望を持つ一端となる一人が、自分…らしい。
何だか照れくさくなって、体を丸めた。
一方で、喜ばしかった。
自分たちの住むこの世界を…同胞と殺し合いながら…壊してしまう前に…過ちを犯してしまう前に…それを何度も繰り返す、無間地獄に嵌る前に…自分たち人の闇と向き合いながら、少しずつ、良い方向に変えていけるように。
彼は今でも、希望を諦めずに走ってる。
たとえ……一人孤独な漂流者でも―――突然、胸に引っかかりを感じ、ささくれだった。
孤独……?
一人……?
次に、心中で起きたのは、寒気。
今季節は春で、周りの空気はこんなに暖かいのに、感じる悪寒。
自分が、恨めしくなった。
どうして……どうして今気づいてしまったの……?
なんで今、気づかなきゃならなかったの?
これから……せっかくこれから……笑って勇夜を、見送りたかったのに…
どうして? どうして?
ある一つの現実。
それに気づいてしまったことで芽生えた不安が、暗雲のように心を埋め尽くし、冷たい風が吹き荒れているさえ錯覚させられてしまう。
「フェイト?」
勇夜からは、現状のフェイトの顔は前髪に隠れて見えていない。
駄目…駄目…駄目…駄目……駄目………駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目。
今勇夜の顔を見たら、自分を抑えられない。
見ちゃ駄目……見てしまったら……そうしたら……私。
顔も体も、震えながら、必死に俯かせながら、何度もそう言い聞かせるのに……体が言うことを聞いてくれず、顔を見上げてしまった。
自分を心配する目で見つめている勇夜を、瞳に写してしまった。
何かが、自分の中で弾けた。
「……っ!…………フェイト!?」
驚きの声を出す勇夜。
彼が驚愕し、戸惑うのも、無理は無い。
なぜなら、怯えたように震えだしたフェイトがいきなり、彼の胸に飛び込み、抱きついてきたからである。
「お……おい……どうした?」
小さな体で、力の限り彼を抱き締める彼女。
「ど………しぃ……て」
腕の力がより強ませながら、嗚咽と滴る水滴の中から発せられる。
「え?」
「どうしてなの?」
悲痛な想い。
「フェイト?」
「どうして、一人なの?……どうしてゼロが戦い続けなきゃいけないの?………どうしてそこまでして……みんなを守り続けなくちゃならないの?」
彼にとって、不慮の事態で迷い込んだ以外は、まったく縁もゆかりも無かったこの次元世界。
それどころか、ウルトラマンの有り余る力と巨体の前に、人々が恐怖でおののき、その存在を抹殺するかもしれないのに…
それに脅えて、自分の正体を隠しながら、生きていかなきゃいけなかったのに……自分を孤独から救ってくれたこの人は、『諸星勇夜』としては一人じゃないけど『ウルトラマンゼロ――――ゼロ=ユウヤ・ヴェアリィスター』としては、この世界では、誰よりも孤独なのに……一人なのに…… なのに…なのに……なのにそれでもゼロは………この世界を…
わたしたちがいるこの世界を…大好きだって言ってくれて、少しでもこの世界の滅びの運命を食い止めて、良い方向にもっていこうと、必死にもがいて、足掻き続けている。
本当は自分たちが抱える重しを、一人一人が自覚して…みんなで立ち向かわなきゃいけないのに…わたしたちは、それを全部ゼロたちヒーローに押しつけて…のうのうと知らないふりをしてる。
そうやって一部の存在を踏み台にして、犠牲にしながら、それを憂おうともせず、歴史を繰り返して行く。
人間不信になってしまいそうな、残酷な人々が溢れる世界。
それでも彼は諦めない………彼がどんなに傷ついても、人の心の中にある、光を信じて―――立ち向かっていくだろう。
「そんなの………そんなの酷いよ………酷過ぎるよ」
だからこそ嫌だ…だからこそある拒絶の感情が溢れる。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……嫌なのだ。
許せない……許したくないのだ。
押し付けるだけで、攻めてばかりで、何もしない、しようとも考えずに生きるのは。
自分の手は罪で汚れているけど、そんな無自覚な悪意を抱えた罪深い人たちの一人にはなりたくない。
そうやって、彼の願いを無にしたくない。
ウルトラマンである彼が、みんなの手を差し伸べるなら、誰が彼の手を差し伸べるの?
誰が彼の心を支えてあげるの?
誰が彼のことを護ってあげるの?
誰が彼の光になってあげるの?
「私も……なりたい…」
「フェ………フェイト…」
「私もなりたい………ゼロの光になりたい………」
涙と哀咽で、舌足らずになった喉から声を精一杯絞りながら…細く華奢な腕に力を込めながら…彼の力になりたい己の心境を、彼に伝える。
「お願い……」
できるなら、ゼロが自分にしてくれたことを、私もしてあげたい。
世界に、ヒーローは必要なのかもしれない。
ウルトラマンみたいなヒーローたちに比べたら、私たちは無力なのかもしれない。
でも、彼らに頼ってばかりで、何もせず、都合が悪くなれば責任転嫁して支えてすらあげないのは、一番冷酷で無慈悲で罪深いことだと思うから、せめて………少しでもいいから、支えたい。
「フェイト………分かったから……フェイトの顔を見せてくれ」
「……………うん……」
言われた通りに、フェイトはゆっくり、顔を彼の体から離す。
色んな想いが巡ってめちゃめちゃになり、混沌の渦を巻いていた思考が落ち着きを取り戻し、急に取り乱した自分が恥ずかしくなった。
今どんな顔をしているのか、嫌でも分かる。
雨に打たれた様に見えてしまうくらい、涙で濡れて、真っ赤に腫れて、ぐちゃぐちゃになった自分の顔。
「ごめん…わたし……いきなり取り乱して…」
なんて……ひどい顔……そう思わず自嘲してしまう。
「はぁ……」
そんなフェイトを、勇夜は自分の手を彼女の頭に置き、淑やかになでた。
「いいさ………ありがとう……でも、今はそう思ってくれるだけで……充分だぜ……今のフェイトには、越えなきゃいけないハードルが、たくさんあるだろ?」
真摯に語りかける彼に、フェイトは無言で頷き応じた。
今の自分は、本当に無力だ。目を背けて、逃げてばかりだった自分に、家族と一緒にやり直せるチャンスをくれたこの人に、何もしてあげられない。何も返してあげられない。助けてあげることさえできない。
こんなに、悔しいと思う気持ちは初めてだった。
でも…いつまでもこうしてはいられない。
流しに流した雫を拭う。
今は、見ていることしかできない。想ってあげることしかできない。
そして……見送ってあげることしかできない。
だって今日は、その為に、ここにいるんだから。
「もう大丈夫……………姉さんを、よろしくお願いします」
私たち親子との約束を果たす為に、旅立つ彼を、フェイトは見送りの言葉を送る。
直後、彼は何か思い立った顔をすると。
自分の髪を縛っていた髪留めを外した。
解かれて、下ろされた艶のある長髪が、そよ風になびく。
「…………………」
口を開かせたまま、目が離せなくなるフェイト。
一度見たことがあるのに、髪を下ろしている時の勇夜は、この上なく美しかった。
男だとか女だとか言った、性なんて概念を超越した美しさがそこにあった。
いつもの無愛想で吊りあがった目じりは平行に流れ、神秘性を感じさせる趣とオーラであふれ、への字な唇はアルカイックスマイルと呼ぶに相応しい、綺麗で柔和な笑みをたたえ、天使の輪が見えるほど整われた黒く長い髪も見事に調和をとってアクセントの役目を果たし、群青色の瞳は海よりも見る人を吸い込ませる透明感を発しながら、宝石よりも眩く光を反射させている。
平常時は粗暴で棘のある佇まいと態度で隠れ、今はその様相を惜しげも無く晒されているその美しい容貌に、フェイトは思わず見惚れていた。
「手を……」
「あっ……うん…」
勇夜の言葉に我に返ったフェイトは、言われた通り掌を差し出すと、彼が今外したその髪留めを勇夜は彼女の手に置いた。
「これって…」
金色の縁で文字が彫られた黒い髪留め。フェイトがこれを目にするのは二度目。最初は、勇夜初めてフェイトの前でゼロに変身し、自分をかばって倒れたあの夜。
「何て書いてあるの?」
彫られた文字の意味を聞いてみた。
見たこと無い文字だから、ゼロの故郷の言葉であることはすぐ分かった。
「光の国の言葉で、『ZERO』だ、こっちの世界の父さんと母さんが、誕生日プレゼントにって、オーダーメイドで作ってもらったもんさ」
「いいの? そんな大事な物……私が預かって」
「大事なもんだ……大事だからさ……〝ここ〟に帰ってきて、また会えるまで、フェイトには、持っててほしいんだ」
「……………………」
今自分にできるのは、彼が帰ってくるのを待ってあげること。
今はそれしか…それしかできないのなら、待ってあげよう…
「うん……分かった」
そして彼は、優しくフェイトに微笑みながら。
「じゃあ………行ってくる」
ゆっくりその場を立ち上がり、フェイトと距離をとると、リンクからウルトラゼロアイを取り出した。
「デェア!」
それを手に取って目に翳し、光が彼の体を包み込む。
その輝きはどんどん大きくなり、光のウネリの中から、ウルトラマンゼロが姿を現した。
フェイトが立っている地面を見下ろすゼロ。
フェイトもゼロの顔を真っ直ぐ見つめている。
時間にして、数秒ほどの短さだったが、当人たちは、それよりもっと長く感じていた。
そして最後に一言。
また……会えることを祈りにこめて…微笑みながら。
「行ってらっしゃい」
と、ゼロに伝える。
その彼女の想いを受け取り、静かに頷いたゼロは、空に目を向け。
「シュア」
腕を広げて、ゆっくりと飛び上がった。。
フェイトは、ゼロが飛翔したことで、吹き荒れる風を身に受けながら…初めての親友が、別れ際にそうしたように、草原を駆け抜け、大きく手を振りながら、地平線の向こうへと、段々小さくなっていく彼の雄姿を、笑顔で見送る。
やがて、ゼロの雄姿は空彼方へと吸い込まれ、消えていき、見えなくなった。
フェイトは、彼が飛び立っていった後も、しばしの間………ずっと、ゼロが飛び去っていった青空を見上げていた。
「ゼロ………」
彼の髪留めを、大切に握りしめながら……そっと一言。
「……………ありがとう…」
再会の未来を……願い、想い人への感謝を、送った。
第一部、完