ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
まず初めに〝彼女〟の意識が知覚したのは、文字にすると〝ピー〟となり、無機的にかつリズムよく反復して鳴らされる電子音。
続いて、赤い色合いな〝闇〟………何かの灯りを受けた血の流れる瞼。
少しずつ意識は明瞭へと向かい、軽くなった瞼が開かれる。
注がれる光で一度閉ざされたが、瞳の明度と部屋の内部にいる人間の目の状態に合わせて灯りの強さを自動調節される機能を有した電灯の措置で、ようやくはっきりと、プレシア・テスタロッサの目は正方形状の人工の光と、白味の天井を映した。
まだ……生きているの?
まだ残る眠気で、プレシアはまだ〝生きている〟のだと実感が持てない。
少しして、胸の内の鼓動音と、大気を出し入れする呼吸音で、ここは現世だという確信が得られた。
部屋は例の次元航行船内の病室だろう。
横たわったまま、彼女から見て左側に位置する電子音の鳴る方へ顔を傾けると、彼女の体の現況がモニタリングされた3D式バイタルモニターを捉える。電子音はプレシアの心拍数のものだった。
左腕に何かが巻かれる感触に気がつき見ると、前腕の中心に円形の物体が密着して巻かれていた。
この物体はいわゆる点滴装置で、転移魔法の応用でチューブを使わず薬剤を送れる仕組みとなっている。
右側の方へ眼を向けて……ようやくこの病室には他にも人がいたとプレシアは気づく。
壁際に置かれた椅子に腰かける形で、長い黒髪を耳の高さで纏めた少年がそこにいた。
濃い目のジーパンにやや白寄りのグレーなフード付きスウェットシャツを着衣し、すらりとした両脚も両腕も組み、目を瞑って微動だにしない。
「気がついたか?」
いきなり少年の口が開いた矢先、彼は目を開かせて、眼差しをプレシアに向けた。
ウルトラマンゼロ――諸星勇夜。
若年ながら〝戦士〟だけあり、彼の目つきは洗練された刃のようで、その端正な容貌を凛々しいものにしている。
でもよく目を凝らすと、その顔は少年特有のあどけなさも垣間見れると観察していると………お腹から鈍い音がいきなり鳴りだす。
恥ずかしさで頬の熱が上がり、つい彼から視線を外して反対の方に向いた。
全くはしたない……男性の前で空腹の音を鳴らすなんて。
「やっぱそういうとこ、あの子とそっくりだな」
近寄り難さのある顔付きに反して、屈託ない笑みを浮かべた。
「あの子って……フェイトのことかしら?」
「ああ、あいつ一度何かやり出すと飯もそっちのけで打ちこむからな、腹の虫の音何度も聞かされたよ」
頬の赤味が増した気がする。
ああ……こんな自分の悪癖がちゃっかり遺伝してしまっているなんて……今は〝二人目の子〟への拒絶感こそないものの、娘の恥ずかしいエピソードを聞かされて、余計に恥ずかしくなってきた。
「まっ、腹ペコだと思って作っといたよ」
ここでようやく、勇夜の横に小さなテーブルがあり、そこに置かれた物に気づく。
確か〝茶碗〟だったか、蓋をされた陶製の食器と、それと同じ材質らしきスプーンがトレーの上に乗っていた。
勇夜はトレーを手にとり、移動させようとする。
同時に、ベッドの上に光の筋が長方形状に走ったかと思うと、それは半透明なテーブルとなった。このベッドに備えられた機能である。
彼はベッドテーブルの上にトレーを移すと、茶碗の蓋を開けると、中で溜まっていた湯気が一気に天井へ立ち登っていく。
見たところ……米を柔らかく煮た料理、ポリッジのようだ。地球の一部の国では『お粥』と呼ぶらしい。
白米に混じって、キノコにほうれん草に細かく刻んだ長ネギにとじ卵も入っていた。
まるで出来立てのように温まっているのはトレーによるもの、これも魔法によるものでトレーの周辺は真空状態にして食物の腐敗を防ぎ、さらに食されるまでの間、トレーはお皿との接着面のみ適度に熱してもいるので、かなり長いこと熱を維持させられるのだ。
「あなたが作ったの?」
「おう」
「意外……」
ほんと長い間ご無沙汰だった穏やかな笑みが浮かぶ。
「何がだよ?」
「ごめんなさい、とても料理をするイメージがなくて」
このお粥を作っていた時の彼の姿を想像すると、妙に笑いがこみ上げてきたからだ。
「よ~~く言われますよ~だ……」
料理の作り主は少しムスっとなってそっぽを向く。
鬼神の如き戦闘能力を有しているといっても、やはり歳相応の男の子なのだと、その仕草から実感させられた。
「でも折角作ってもらったから、ありがたく頂くわ」
「どうぞ」
まだ拗ね気味な彼に召し上がることを伝え、手に取った陶製のスプーンで粥を掬い、吹いて熱を和らげから、口に入れた。
バランスよく調合された味と、米そのもの甘さといった素材そのものの味が絶妙にかみ合った美味が口の中で広がった。
料理には結構自信がある自分の舌でも、素直に〝美味しい〟と断言できる逸品だった。
久しぶりのちゃんとした食事でもあったのか、スプーンが弾む勢いで進みに進み。
「中々良い食いっぷりじゃねえか」
悪戯っ子風の二ヤケ顔を浮かべた勇夜の一言を聞いた頃には、茶碗には米粒一つも残さず完食してしまっていた。
彼の反応を見るに、かなりガツガツと食べていたのが容易に想像できる。
「ありがとう………とても美味しかったわ」
再びこみ上げた羞恥で縮こまったプレシアは、小声気味にお礼を述べた。
落ち着きを取り戻した頃には、腹ごしらえの効果で頭が大分冴えてくる。
虚数空間に身を投げた自分が助かったのは、この少年に助けられたからだろう。そのことで文句を零す気は無い、あの状況を顧みれば、彼が助けにくるとむしろ予想しておくべきだった。
そんな勇夜が、なぜここ自身が目覚めるのを待っていたのは―――
「勇夜君、用件は……事情聴取、かしら?」
「まあな」
さっきまでの気さくな素の彼が鳴りを潜めて、凛とした真剣な眼差しが顔に現れ、ジーパンのポケットから、スティック状の物体を取り出した。小型の会話録音機だ。
「あんたにとっちゃ………辛い思い出ばかりだからな、まだ無理だってんなら―――」
「良いわ」
こちらの心境の案じての応対を受け取った上で、プレシアは制した。
自分はこの一連の事件の〝最重要人物〟。
まだ生きているのならば、〝あの子〟の為にも、ああなってしまった経緯を、ちゃんと明かさなきゃならない。
「全てお話します、私と……〝娘たち〟のこれまでを」
「いや~大声大会とかあったら、絶対優勝できる絶叫だったね、なのはちゃん」
その頃のアースラの食堂では、なのはたちが食事をとっていた。
なのはの横に、ユーノと光が、向かいにクロノとエイミィが座っている格好
となっている。
「だっ~て、ゼロさんたちウルトラマンにそんな能力もあるなんて知らなかっ
たんですよ」
ウルトラ戦士が、地球などの外惑星に長期間滞在する場合には、二つの選択
肢がある。
一つは勇夜や、父ウルトラセブンの人間態、モロボシ・ダンのように、自らの肉体構造を変える変身態。
もう一つは、互いに了承の上、地元の人間に憑依して、一心同体となる憑依態だ。
何気に、不慮の死を遂げた人間に憑依して、最終的に心身ともに完全に一体
化して、後者から前者になってしまったパターンもある。
今、ブレスレットが本体と揶揄されていくつも名前がある四兄とか、くびれが無い胴長な体型で光線・切断の鬼である五兄が、冷やっとした表情を見せた気がするが、気にするな。
そしてゼロがなぜ、一時的にアリシアと一体化したのは…あの生命維持カプセルは駆動炉とロストロギアのエネルギーを動力にしていた。
だがゼロが救出した頃にはその供給が途切れていたのである。
その時ゼロは、故郷の場所が分かったことでせっかく見いだせた〝光明〟を
消したくは無かった。
よって不躾がましいのを承知で、彼女に憑依したのである。
なおなぜ一糸まとわぬ姿でいた筈なのに、ゼロと同化していた彼女が着ていたのは、リンクが彼女のサイズに合わせて生成したバリアジャケットだ………ってなんだ!? 今どこかで舌打ちしてがっかりした奴は! 表に出てこい!
貴様は歪んでいる!
その汚れた魂、俺が叩き潰す!
ゲフンゲフン!
とまあ……それは置いておこう。
「クロノ君…フェイトちゃんたちは、これからどうなるの?」
「ロストロギアの不法所持に、次元干渉という重罪行為もあるからね、厳罰に処せられるのは確実だ」
「そんな…」
地球も太陽系も、それらがある宇宙―――次元世界そのものが、消えてしまう結果になりかねなかったことは、なのはでも理解できる。
だけど、気持ちまで納得はできそうにない。
「でも、今回は状況が特殊だし、フェイトも自らの意志で犯罪に加担していなかったこともはっきりしている、言い方は悪いが、彼女は道具として利用されていただけだ」
さらに、プレシア・テスタロッサがかつて技術主任を務めていたアレクトロ社には、あの魔導炉事故を中心に、様々な問題点が浮上していることが、クロノの口から説明された。
「これらのことを裁判で立証できれば、無罪とまでは行かなくても、執行猶予は着いてくる」
「執行猶予って?」
「定められた期間内で、再度犯罪を犯さずに生活できたなら、刑罰を受けずにすむという措置です」
「でも……こういう裁判は結構長引くんだよね、フェイトちゃんのだけでも最低で半年、長いと2,3年はかかるし…」
「でも、その辺は自信がある、勇夜も色々と捜査資料を集めて尽力してくれたからね」
「クロノ君…」
少なくとも、フェイト達が、これからもこの社会を生きていけるよう力を尽くす人たちがいる。
それがとても、喜ばしかった。
「何も知らされず、ただ母親の願いを叶える為に一生懸命なだけだった子を罪に問うほど、時空管理局は冷徹な集団じゃない………と言いたいが…それは欺瞞か…」
「クロノ……君?」
クロノは自嘲気味に呟く。
だって、管理局に入って思い知らされた。
全ての世界の平和を守る名目を持ちながら、どうしようも無く存在する組織の矛盾と闇。
それを感じ取っているが上に、〝彼〟は今の立場のまま孤高を貫きつつ、それでもこの世界の人々を守ろうと……戦い続けている。
だからせめて、彼にも見せてあげなきゃいけない。
自分たちの世界にも、光はあると、闇と戦っていける意志があるのだと。
「でも…なるべく早く、君とフェイトが一緒にいられるように頑張るから…安心して」
「ありがとう、クロノ君」
病室では、プレシアへの〝事情聴取〟が続いている。
嘱託魔導師な立場だけど、一応〝捜査官〟の資格試験をパスしているので、このような捜査活動を行うことができる。昔の自分からは、光の国で言うと宇宙保安庁所属のウルトラマンが取り組むこんな仕事を『かったるい』と思うだろうけど、〝腕っ節〟のスキルだけでは正式な管理局員は無論、フリーランサーだってまともに続けられない。正面からドンパちさせてくれる敵なんて、そうそういるものでもないのだ。
だから現在の自分は、こうして捜査スキルも身に付けている。
「上層部からは、度々安全度外視の命令を受けられたわ」
静かに今回の事件に至る流れを語るプレシア。
大体のその流れは、今までの捜査の積み重ねで把握していたし、ほとんど自分が集めた情報を元に組みあげた想像と……変わりない。
それでも、本人の口から、直に絶望と狂気の底なし沼に沈んでいく様を聞かされていると、その生々しさに胸の中が悲しみで張りつめていった。
全ての始まりは、プレシアが主任となって進められていたあのアレクトロ社の新型魔導炉〝ヒュードラ〟稼働実験。言い方は悪いが、その日までの下りは正直吐き気に苛まれた。
調べてみると、短期間の間に開発スタッフの編成が度々変わっているのが分かり、また着手してからそれほど間を置かずにあの稼働実験が行われていたことが判明した。
エネルギー技術関連の知識が詳しいと言えない自分でも、これだけは分かる。
アレクトロ社の上の連中は、かなりプレシアたちに無茶な要求を突きつけ、ひっ迫したスケジュールの中、彼女率いるスタッフは開発に追われてきたのだ。こんな人でなしな待遇では、嫌気が指して止めていくやつが大勢出てくるのも当然。
実験の件一つとっても、プレシアは余りに早過ぎると進言したが却下され、強行も同然に決行されることになった。
本当はプレシアだって、このブラック企業からさっさと手を切りたかっただろう………でもフェイトにも遺伝した愚直なまでの責任感と、アリシアを養わなければならない家庭事情と、何より娘への想いでどうにか切り抜けようとした。
そして……安全性を無視した〝あの日〟の実験で魔導炉は暴走、その時母の帰りを待ちわびる余り、当時住んでいたマンションのベランダにいたアリシアに、魔導炉から漏れていた魔力エネルギーの波が襲ってきた。
プレシアは万が一暴走した場合を考慮して、予め部屋に結界を張っていたけど、魔力波は周辺の大気にまで作用して酸素呼吸不可な現象を起こし、アリシアは窒息して帰らぬ人となった。
愛娘を失ったプレシアは、当然会社を訴えたけど……大企業相手に裁判で勝てるわけも無く………表向きの記録では『魔導炉事故はプレシア個人の無茶な強行』であることにされ、濡れ衣を押し付けられた彼女は……行方をくらました。
蒸発していた間のプレシアは、寝る間も惜しんでアリシアを蘇生させる研究に没頭し………クローンにオリジナルの記憶を植え付ける生命操作技術『プロジェクトFATE』を発見し、独力でその理論を発展させて………結果、〝フェイト〟という一人の女の子が生まれた。
「そのF計画のことを教えてくれた人がいたの」
「誰なんだそいつは?」
「ごめんなさいね、その人物とはメールで連絡しあうだけだったから、誰かまでは………知ろうとも思わなかったし」
当時の彼女の心境を考えれば、〝上手い話〟を提示してきた野郎個人に関心が向かなかったのは無理ない。
「そうか……」
俺は一度録音機のスイッチを切った。ここからはウルトラマンである俺個人にも関わりがあることだからだ。
「けど、何か対価を要求してきた筈だろ? F計画の基礎理論と一緒に、ダークロプスに俺の戦闘データ諸々の情報をあんたにくれた野郎は」
「ええ、私が完成させた技術データが欲しいと言ってきたわ」
「それだけか?」
「それだけよ、私が設計した次元要塞の製造も請け負ってくれたりと………今思えばキナ臭いくらい親切だったわね」
やっぱりか、施設の拡張作業はあのロボット兵たちがやってたんだろうけど、駆動炉といった骨組みに相当する部分は他の〝誰か〟が製造していた。
時の庭園くらいの規模の次元要塞となると、身を隠してたプレシア個人だけで実際に作れるわけがないからな。
「でも、あなたの世界にも関わりのあるその誰かは、よからぬことを企んでいるのは、確かね」
「受けて立つまでさ、そんでぜってえそいつら企みはぶっ潰す、あんたたちの為にもな」
間違いなく、その何者かの〝親切〟の下には、碌でもない企みが秘められている。子どもへの強い想いで狂っていたとはいえ、プレシアは心ならずもそんな悪魔に手を貸してしまったのだ。
これ以上プレシア……いやテスタロッサ親子にに罪の重しを背負わせない為にも、この世界の人々に不条理な運命を味あわせない為にも、奴らの邪悪な野望は叩き潰さねばならない。
「で、こっからは俺個人の質問なんだけど………もう一度会いたいか? アリシアに」
この質問を受けたプレシアは俺に目を一度向け、直ぐに逸らして俯く。
双眸の影が強くなった気がするのは、気のせいでもなさそうだ。
直ぐに返ってくるとは期待していない。こいつは言葉にするのも難しい話だ……今は気長に待つのみ。
「会いたいわ……やっぱり」
もっと沈黙が続くと思っていただけに、自分の見立てより早くプレシアは答えた。
響きは乾いているようで、でも切実さがたっぷり沁み込んでいた声が、彼女の偽りない気持ちであると証明させる。
「フェイトも私の子だって認められるまでこんなに時間が掛かって………長いこと娘たちを苦しめてきたというのに………なんて身勝手でしょうね」
俺への返答と言うよりは、独白と見た方がしっくりとくる自嘲に満ちた笑み……確かに、アリシアを失ってから今日まで、この人は身勝手をたくさん重ねてしまった。
でも……〝家族〟への想いまで、否定することはできない。
「アルハザードに行かなくても、アリシアにもう一度現世(ここ)で会えると言ったら……どうする?」
俺は切り出した。
自分が〝故郷〟に帰れる目処がついたこと。
自分が一時的にでもアリシアと同化したこと。
そして―――プレシアが血反吐を吐き、自らの体に鞭を撃ち続けてまでも、アリシアの体を保たせようとしてきたことで、明確な形になった………一つの光明ってやつを。
プレシアの病室の前で、娘のフェイトとアルフはお目付けの局員を横に待っていた。
今この部屋で、彼女にとって大切な人たちが対面している。
どんな話をしているんだろう?
一度は殺し合いに発展したとアルフから聞いている。
もうそんなことは起きないと信じているが、それでもどこか心に不安が芽生えて拭えない。
それに私も、あの時は、はっきりと自分の気持ちを言えたのに、今会えると言われても、どう言葉をかけたらいいのは思いつかない。
どうしよう、せっかく勇夜が取り計らってくれているのに。
それだけじゃない、なのはやアルフ、それにアースラの人たちもそうだけど、わたし、あんなに自分を助けようと尽くしてきたあの人に何も返せてない。
自動ドアの開閉音がした。
勇夜が病室から出てくる。
「御苦労さまです」
私のお目付けの局員が敬礼をし、勇夜もそれで返す。
「プレシアの聴取が入った音声データだ」
そして懐からサウンドレコーダーを取り出して局員に渡した。
「ご厚意ありがとうございます、モロボシ嘱託魔導師どの」
「礼には及ばねえよ、俺はこの子を助けになれるなら、それで良い」
「…………」
微笑みながら答える勇夜の言葉にスイッチが入ったのか、顔がどんどん火照っていく。風邪でも引いたくらいに熱い……前から何度も体験はしたけど、今まで感じたことのない熱さ。
それに、胸の鼓動が前のより、ずっと速くて…苦しい…どうしよう…止まってほしいのにどんどん速くなる。
さっきも虚数空間に落ちる勇夜(ゼロ)を見た時、わけが分からなくなって…我慢できなくなって………自分を抑えられなくなって…止められなくなって……
何なんだろう? この感じ…この気持ち…心当たりの無い体調の異変と、湧きあがる未知の感情に、思考が平常から程遠くなり、とろけていく。
余り人と接することが無くて、その数少ない人たちにさえ遠慮して生きてきた自分では、それを理解するのは難しい話だった。
そして、そんな未知の感情によって、落ち着かない彼女を。
「フェイト?」
「ひゃあ!」
大元である勇夜本人が呼び掛けてきた。
その瞬間、フェイトは以前街中で不良から助けてくれた彼に無意識にしがみついた時の再来とばかり、また変てこで素っ頓狂なな声を上げてしまった。
「どうしたんだい?」
アルフも主の慌てぶりに?顔だ。
「あ、あああああああああああああ、あの!!!そ、その、えーと――――」
しかも、勇夜の顔を見ると、さらに顔が真っ赤になり、パニックになる。
心を落ち着かせようとしても、空回りしてドツボに嵌るイタチごっこな状態になる始末。
絶対……変な子だって思われる。
恥ずかしさでさらに頬が紅潮し、涙目になっていた。
「大丈夫か?まだ心の準備ができてないなら後にでも――」
「大丈夫…大丈夫だから…」
何度か深呼吸を繰り返して、ようやく鼓動が正常に戻る。
「よし、じゃあ行って来い」
「ガンバ、フェイト」
「うん」
私は何度でも、向き合うって決めたんだ。
本当の親子になるために。
勇夜――ウルトラマンゼロと父のウルトラセブンがそうなれたように。
私は、母さんのいる病室へと入った。
入室して最初に目に入ったのは、ベッドで仰向けに横たわっている母さん。
私を見ると、ゆっくりと起き上がって、私の方を見る。
もう会う度に感じていた威圧感は感じられず、恐怖も湧きあがってこない。
アリシアの記憶にいた、あの優しい母そのものだった。
ずっと欲しかったものなのに……望んでいた現実の筈なのに。
「あ、あの…」
やっぱり、中々言葉にできない。
「まずは座りなさい、フェイト」
「は…はい!」
声が裏返った自分に恥ずかしくなりながら、ベッドの横に備えられた椅子に座る。
「あんな酷いこと言っておいて、なんでしょうけど、もう……大丈夫なの?」
「はい……あの人たちのお陰で、立ち直れました」
「そう…」
最初は、笑顔を見せていた母さん。
でもその表情に陰りが現れる。
「フェイト…あなたに……伝えなきゃいけないことがあるの…」
「母さん?」
「良い報せと…悪い報せなんだけど、どっちから聞きたい?」
「じゃあ……悪い報せから」
フェイトは後者を選ぶ。
どうせ悪い報せがあるなら、先に聞いてしまおうと思った。
「よく聞いてね…実は母さん…………………………病気なの…」
「えっ?」
以前から咳籠る母を何度も見たことはあった。
けどその時の私は、研究に没頭しすぎたせいだと片づけてしまっていた。
さすがに、庭園で顔を合わせた際に血を吐いて苦しそうな顔を見た時、もしかして……とは思ってたけど。
「あなたのお姉さんを生き返らせたいと思って、母さん、体に鞭打って無茶をしてきたから……もう、そんなに長くないの」
もう長くない、死ぬまで残された時間が……その事実に一時、頭の内が猛吹雪で視界がホワイトアウトしたみたいに真っ白に染まる。
「あとどれくらいなの?」
「長くて…2、3年…………短くて一年ちょっと…」
「そんな………直すことは?」
「延命治療である程度、フェイトと一緒にいられる時間は伸ばせられるけど、長くないことに変わり無いわ」
私も母さんも、思い出の呪縛から解放されて、やっと…やっと…親子として向き合えたのに……もう残された時間が少ないなんて。
悔しい……膝の上の手を握る力が強くなる。
いかに自分が、今の母をちゃんと見てこなかったか思い知らされたから。
母の願いを叶えるのだとか言いながら、ずっと近くにいながら、母の体を苦しめているものさえ、打ち明けられるまで知らなかった。
私は〝プレシア・テスタロッサ〟の娘だから、あの人の為に頑張るのは当然………なんて思ってた少し前までの自分が情けなくて、腹正しかった。
勇夜の言う通り、ロストロギアを集めるよりも、もっと大事なことがあったのに。
「それとね……良い報せの方なんだけど」
「何?」
「フェイトのお姉さん…アリシアに……………会えるかもしれないの」
「アリシア………姉さんに?」
驚いた。誰だってこんなこと聞かされたらびっくりする、
ずっと昔に死んだ人に、会えるってことだから、それが自分の元になった……生き写しの姉妹な人となれば、尚のこと。
実感が持てない中、母からどういった方法でアリシアを生き返らせるのかを、聞かされる。
一応、リニスのお陰で学力は高いから、大体の理屈は納得できた。
「で、勇夜君、一度故郷に里帰りしようと考えてるらしくて、アリシアも一緒に連れていけないか、と聞いてきたの」
あんなに母さんと幸せな時間を過ごしていたのに、突然それを奪われてしまった。
確かに、もう一度、母さんと生きられるチャンスがあるなら、私もそれに賭けたい……母さんと姉さんと三人で一緒に生きたい。
だって…それがアリシアの〝夢〟だったのだから。
今まで封じられていた、自分の中にあるアリシアの記憶、その中には……こんなことがあった。
ある時、母さんがアリシアに欲しいものはと尋ねると。
〝じゃあね私、妹が欲しい〟
アリシアは妹が欲しいと言ってきた。
当然、母さんはとても困った。無理だと言いたくもなかったけど、かと言って易々と請け負えることでもなかったから。
漠然とした知識しかないけど、父と母、両方いないと子は生まれないことは自分でも知ってるし、その父親はアリシアが物心つく前に、母と別れてそれっきりだった。
単なる子どもの一時の戯言と断じることもできた。それでもプレシアは、簡単に果たせるものではないと分かってた上で、約束をしたのである。
アリシアだって、クローンである自分の存在を、きっと受け入れてはくれる。
だって、私はアリシアのコピーだけど、同時にアリシアが抱いてた〝夢〟……そのものでもあるのだから……でも。
「でも…母さんの体はもうボロボロで、彼の国でも治せないって、言ってたわ」
やはり、現実は残酷。
神様にも思えてしまう超人的な力を持った人たちでも、母さんの病気は治らない、治せない。
いいのかな……もうそう遠くない未来に、別れが待ってるのに…そんな辛い思いを、姉さんにまで味あわせて良いのかな、なんて想いも過ぎる。
でも、それでも、もう一度一緒に生きられるなら、生きたい筈だった。
「上手くいけば半年で、元気なアリシアを連れてこっちに戻れると言ってた、条件も付けられちゃったけどね」
「何を言われたの?」
「アリシアが帰って来た時はでに、一緒に笑顔で迎えてあげなさいって」
〝血を繋がってるだけじゃ、親子って言わねぇんだよ〟
勇夜は前にわたしにそう言った。
ジュエルシードを集めるよりもしなければいけないことがあると、あの時の私は、その意味が分からなくて受け入れられず、自分を攻めながら拒絶するしかなかった。
今なら分かる。その言葉の意味。ようやく私たちは、親子としてスタートを切る為に、そのラインに立っている。
「本当のことを言うとね……あの時あなたに言ったことは、少し前までは、母さんの本音だった」
〝私は…あなたを生み出したときからずっと―――――大嫌いだったのよ〟
一度は、母に何もしてあげられないで……その癖依存していた私を、どん底に突き落とした宣告。
「でも、勇夜君に刃を突きつけられた時、思い出したの…アリシアとの約束、そして気づいたの……わたしが欲しかった幸せは、あなたも一緒にいないと…意味が無いって……でも、色々と酷いことをしてきたから、母さん……もうあなたに母親を名乗る資格は無いと思って…………無理やりにでも、私に依存しているあなたを、母さんは引き離すしかなかった」
二度に渡って、死の淵に追いやられて気づいた真実を明かす母。
言葉を重ねる度、嗚咽で声は霞み、その瞳は潤いを帯びていく。
「本当に私は、大事な娘たちを不幸にしかできなかった、最低の母親…それはもう絶対に消えない、母さんの罪」
「母さん…」
「でも……でも………それでも…………こんな私でも……あなたのお母さんだと、言って……くれる? 母さんと、生きて…くれる?」
感情の熱が、こみ上げてくる。私の瞳も、その熱で潤んでいた。
ずっと………ずっとその言葉を、聞きたかった。
だけど……過去(おもいで)に縋っていたままでは、絶対に聞けなかった。
勇気を振り絞って、向き合おうとしなかったら、永遠に届かなかった……その願いが形になってそこにあるのだから。
さっきも勇夜の胸の中で、あんなに涙を流したのに……瞼が熱くなり、頬に雫が流れ出した。
「もちろんだよ…わたしだって……母さんと、姉さんと、もう一度…………一緒に生きたい……生きたいに、決まってるよ」
その言葉がきっけとなって、雫が止めどなく流れていく。
罪が消えなくたっていい。
たとえずっと重しを抱えて生きていくことになっても、それでも、私は最後まで、姉とともに、母と生きようと思っていたのだから。
もう、我慢できなかった。
溜めこむ必要も無かった。
その心のまま、母の胸に飛びこむ。
プレシアも彼女を受け止めながら、涙を流す。
幼子のように泣きじゃくりながら………母の温もりを絶対に忘れぬようかみ締めた。
本当に夢のような、眩しく小さな奇跡が現実としてそこにはあった。
『泣いているのですか?マスター』
「そうだよ……悪いか?」
やけに潤ってる鼻をこすりながら、俺は相棒に強がった。
『いいえ、涙を流せることは、素晴らしいことなのですから』
フェイトの泣きじゃくる声は、壁越しの自分にも聞こえてしまっていた。
おまけに、初めて父と親子として抱きあったあの瞬間を思い出して、気がつけば眼が真っ赤になっていた。
同様にアルフも、感涙の余り、号泣の号泣。
お目付けの局員さんも、最初は泣いている二人に首を傾げていたが、病室から聞こえるフェイトの泣き声に、「今度休みをとって、ふるさとの母に会いに行こう」と言いながら涙腺を結壊させていた。
俺もも……たまには眼が真っ赤になるほど泣くのは、悪く無いと思った。
だって、あの二人が仮初のものではない、ちゃんとした家族になれたことが、こんなにも嬉しいと、感じるのだから。
良かったな……フェイト。
親子として、ようやくスタートを切ったフェイトたちに。
〝さすが、俺の子だな〟
〝お……親父〟
家族として再会した……あの時の俺と〝父〟を思い出しながら、心から……あの子たちを、祝福した。