ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
はやてがまた出てきますしね。
何かとらハのあの子が出てくるフラグもありますが、気のせいです、今は忘れて下さい。
リンディからのお達しの通りに、なのはたちは一旦アースラを降りて、高町家に帰宅していた。その際、本局提督用の制服から私服に着替えたリンディも彼女たちに同行して。
理由はと言うと。
「―――とそんな感じの10日間だったんですよ」
有体に言えば、なのはたちがなぜ10日間も学校をさぼってまで、家を開けていたのかを高町家の方々に説明する為だった。
地球では目立ち過ぎるミントグリーンの髪も、今は魔法で金髪に見えるように細工している。
「(リンディさん…見事に話をごまかしてると言うか…真っ赤な嘘を吐くと言うか…)
「(す、すごいよね、提督の話術)」
「(虚言もここまで来ると……逆に清々しく思えてきます)」
無論、基本不可侵な方針の管理外世界と見なされている地球の方々に本当のことは言えないので、嘘が8、真が2の割合………もう嘘八百以外の何者でもない内容をでっちあげて高町家に話していた。
本人曰く……〝気遣い〟とのことらしいのだが、竹を割った開き直り様に驚きというか、呆然となるのを禁じ得ないなのはたちである。
対して桃子たちは実を言うと、なのはたちが今まで何をしていたか大体の筋は光から知ってはいるのだが、その彼との約束があるので、敢えて知らないふりをして、話を合わせているのであった。
「でもなのはさんも光さんもしっかりなさってますし、うちの子にも見習わせたいくらいで」
「またまたそんな」
「うちのクロノはどうも愛想が無くて、せめて光さんぐらいの社交性を身につけてくれれば――――」
かれこれリンディも桃子も、ほとんど間を置かず何十分喋りっぱなし、一体ご婦人方のボキャブラリーの豊かさと喉の構造はどうなっているのか?
こんな調子でもう暫く、母親たちのご近所トークはもうさらに数十分も続きそうだ。
さっき話題になっていたクロノが愛想が無い件は………まあ間違いない。
本人は今頃、仕事中に勢いよくくしゃみを吐かせられ、『誰かが噂してる』とかどうのこうのでエイミィが彼にちょっかいを掛ける一幕になっている筈だ。
「二人とも今日明日くらいは家にいられるんでしょ?」
「うん」
「ですが、その後はまた数日家を空けることになるかもしれません」
「そうなんだ」
「なのははアリサとすずかちゃんには連絡したか?二人とも凄く心配してたぞ」
「大丈夫、さっきメールを送ったから」
余談だが、バニングス家の執事によると、アリサはなのはから来たメールを見て、大層喜びながら返信したそうな。
その翌日。なのはと光が10日振りに登校し、学業に勤しんでいる午前の時間帯。
勇夜とアルフは、閑静な住宅街の歩道の中を歩いていた。
「(勇夜)」
「(何だ?)」
「(本当にこれで、目立た………ないんだよね?)」
「(ちょっと変わった見た目のワンコに見えるけど、そんなあからさまに通行人を怪しませるほどじゃないぜ、ほら見ろ)」
勇夜が視線を飛ばす方向に、アルフも目を合わすと。
「あ、わんちゃんだ♪」
「かわいい~~♪」
向かいの歩道では、全員頭に黄色い帽子を被り、青色のちょっとぶかっとしたジャケットを着て、エプロンを纏った妙齢の女性に先導される10人ほどの数の4、5歳くらいな子どもたちが歩いており、何人か一部の子がアルフに手を振っていた。
「(勇夜、あの子らって……)」
「(幼稚園の子どもたちだよ)」
「(幼稚園?)」
『(まだ学校に通える年齢ではない未就学児たちの教育機関のことです、子どもたちから無邪気に声を掛けられるということは、それだけ地球の日常に溶け込めている証拠です)』
「(よかった……やっと緊張が解けてきたよ)」
ちょっとそわそわしていた〝子犬〟なアルフの顔にリラックスの色が浮かぶ。
現在勇夜と街を歩くアルフは、人型でも、ましてや猛々しい狼でも無い。オレンジがかった色合いの体毛と、水色の瞳と額の宝石はそのままに、小型犬の姿になっていた。
アルフの肉体が、後に《こいぬフォーム》と名称が付く子犬の体格まで縮んでいるわけは、昨日の一幕にて。
『アルフ、一つ尋ねますが、どちらの形態でも体格の小型化はできますか?』
「やったことは無いけど、できると言えばできるね…」
リンクはいきなり、このようなことをアルフに聞いてきた。
「でも、いきなりなんだいリンク?」
『形態維持による消費を節制し、余った魔力を治癒に回せば、怪我の治りが早まる筈です』
「あ、なるほど……」
どうしてリンクに指摘されるまで思いつかなかったのか………プレシアにぶちのめされるまで、これと言って特に大きな怪我を負ったことが無かったとはいえ、悔やまれる。
彼女からのアドバイス通り、体を小型にしてみると、想像以上に形態維持用の魔力が節約され、その浮いた分も治癒に回した。使い魔としての再生能力の高さと、勇夜のメディカルパワーと呼ばれる、ウルトラマンの能力による治癒術によるサポートと相まって、怪我は全快とまではいかずとも一晩で大方治った。
そして今、負傷で鈍った体を慣らすリハビリの一環として、こうして市内を勇夜と一緒に歩いているのである。傍から見れば、ちょっと変わった容姿のワンコを勇夜が散歩させているという状態であった。
アースラへの出向は夕方を予定しているので、まだ時間があるのを利用して今に至っている。
そのアルフの身柄の処遇だが、幸い協力的な態度を示したことで、保護という扱いにしてもらった。
「(フェイトとの念話は、まだ遮断されたままか?)」
「(ああ、あの鬼婆が何か細工してるみたいでさ、こっちからの念話も全く通じないんだよ)」
アルフが庭園から逃亡したことで、フェイトと直接話をつけられる場を作れると思ったが、そう上手くはいかないようだ。
アースラのサーチャーでも時の庭園を発見できておらず、こちらからテスタロッサ親子にコンタクトをとるのは難題に等しいと言わざるを得ない。
「(あせるな、まだ9個しか無い現状じゃ、あいつが次元震を起こすことも、フェイトを用済みにすることもまだしないさ)」
「(そうだね……)」
精神リンクでフェイトの現在の感情を知ろうともしたが、片時も離れず一緒にいた頃と比べると……目がうるっと、鼻がむず痒くなって悲しい気分になるのは微かにあったぐらいで、はっきりと感じ取れなかった。
理由は分かっている。自分がフェイトの気持ちを感じて辛い思いをしないように、必死に耐えているのだ。
自分の寂しさとか悲しさの痛みに我慢しているだけでも、もう手一杯だってのに……あせるなとは言われたけど、つい勢い任せでどこかにいるフェイトを探したくなる。
そんな考えが表に出ては、必死に気持ちに流されるなと我慢しながら歩いていると…突然、勇夜はその場に立ち止まった。
通る道を変えるのかと思いきや、まだ道の真ん中から少し進んだ辺りで、交差点も曲がり角ももう少し先と中途半端。
顔を見上げると、何かに目が釘付けとなっている勇夜が映る。
「あの子…」
さっきの幼稚園の子どもたちの時と同様に、勇夜が視線を送る先に目を合わせてみると、、向かいの交差点辺りで、ある女の子が視界に入った。
歳はフェイトと……あのなのはって子と同じくらいで、髪は茶色のショートカットで、バッテン状の髪留めを付け、そこそこ距離があるこちらからでも、ほんわかとした感じが伝わる子だった。
足が悪いようで、手動式の車いすに乗り、細い手でハンドリムを力一杯回してタイヤを進ませていた。
確か……あれぐらいの歳の子って、今はまだ学校で勉強している筈、どうしてこんな時間に一人で出歩いているのか………いやそれ以前に。
「勇夜、あの女の子と…」
〝知り合いなのかい?〟と聞こうとした時だった。
今、横断歩道を渡っている女の子は、道路に転がっていた石か何かにタイヤが引っかかったのか、途中で転び、前かがみに無機質なアスファルトに倒れ込んでしまった。
そして、無情にもそこにトラック車が迫って。
いつものように私は、海鳴大学病院のかかり付けの先生の元へ、検査のために行く途中でした。
車いすのタイヤに何か引っかかったのか、横断歩道のど真ん中で転んでしまいました。
いつもは兄と一緒に行くのですが、平日の時は、授業の合間を縫って来てくれるので、少し意固地になった私は無理を言って、今日は一人で行こうとして。
さらに足が悪いせいで起き上がれないわたしに向かって、トラックが一台向かって来ます。運転手さんは慌ててブレーキを掛けましたが、間に合いません。
わたし………死んでまうの?
お父さんと……お母さんみたいに………車に引かれて………反射的に目を瞑りました。
「危ない!」
その声が聞こえた瞬間、わたしは誰かの腕に抱えられていました。
服越しでも分かる、筋肉が鍛え上げられて、固いけど、温かい体。
もしかしてと思って目を開けて見上げると、やっぱり〝あの人〟でした。
長い黒髪を後ろに結び…それがこの上なく似合う、男の子と女の子、どちらにも見える顔立ちをした吊り目で、兄より二枚目だけど、尖った雰囲気がとてもよう似とる男の人。
ようやく、自分はこの人に間一髪助けられたと解りました。
そして目の前には、トラックに轢かれて、バラバラのスクラップになってしまった車椅子の姿に、私はゾッとしました………この人に助けてくれなかったら、
そして残骸に変えた張本人のトラックは、その場を走り去ろうとしますが。
「待ちやがれ!!」
男の人は我先に逃げようとするトラックに掌を向けると、何故か急にその場に停車し、ドアが開くと慌てて運転席からドライバーが降りて、逃げようとしますが。
「うぅぅぅぅぅ、ワァァン!」
「な、なんだこの犬!?」
赤味がかった茶色の毛並みをした、ちょっと変わった容姿の小さな子犬ちゃんが大型犬顔負けの大声で吠えて威嚇し、ドライバーの逃亡を阻みます。
彼は私を抱えたまま、子犬ちゃんに吠えられて驚いている男に近づき、胸倉を掴んで、右手だけで持ち上げました。
モデル並にすらりとした見かけによらず、かなりの力持ちです。子犬さんも唸り声をあげて相手を睨んでいます。
「ま、まままま、待ってくれ!」
「何が待てだぁ? 不慮の事故だってのは分かるけどな、この子放って逃げようとしたのはいただけねえぞ」
年齢と見た目と声優さん並に綺麗な声に反して、ドスと覇気を利かせてひき逃げしようとした男に詰め寄り、相手は恐怖で引き攣っています。
「待ってな勇夜さん」
「は……はやて……」
「やめてあげて下さい、気持ちはよう分かりますけど、もう良いですから……勇夜さん」
彼がわたしの為に怒ってる……ということは分かっています。
でもだからこそ、あんまり無闇に相手を怒鳴り散らさせたくなかったんです。。
だって……せっかくまた会えたんですから、諸星勇夜さん。
八神はやて。さっき勇夜が助けた車いすの女の子の名前だ。
ひき逃げ未遂犯は、地元の警察官に御用となったけど……車いすが壊されてしまったので、勇夜は彼女を担いで、目的地の病院に送ることになった。
あたしは今、子犬の姿なので、二人が病院に入っている間は、表口の前でお留守番。
暫くうつ伏せに腰を下ろして待っていると、検査が終わったのか、新しい車いすに乗ったはやてを押しながら勇夜がロビーから出てきた。
またあんな事故が起こらないとも限らないので、帰りも送っていくことになり、そして、今現在に至っている。
ちなみになぜひき逃げ犯が、車を止めて、わざわざ足で逃げようとしたのは、勇夜がウルトラ念力で強引に停車させたためである。
魔法と違って目に見えないので、そこは上手く誤魔化せた。
警察にはやてや彼女の主治医には、自分は大学っていう学校の学生で、今日は講義をとっていない日だったと勇夜は説明したそうだ。
「そのワンちゃんって、なんて名前なんですか?」
「アルフって言うんだ、暫くうちで預かっててな」
「そうなんや、さっきはありがとなアルフ、でもほどほどにせにゃあかんよ」
彼女の言葉には、訛りがあった、勇夜の話では関西弁って言うらしい。
訛りもそうだが、それ以上にはやてのことで気になることが色々あった。
「(この子、どうして足が悪いんだい?)」
「(さっぱり原因が分かんないんだと……昔は普通に歩けたそうなんだが……今は足指一つも動かせないって聞いた)」
主治医の話によると、はやてが4歳の頃に、何の因果か足の神経の機能が異常をきたし始めて、今は指すらまともに動かせなくなるほど悪化していると言う。その足の障害もあって、学校も休学扱いになっているらしい。
「(家族は?)」
「(兄が一人だけで………両親の方は………はやての足が悪くなり始めたちょっと前に交通事故で亡くなったらしい)」
「(………)」
自分はどこか、彼女からフェイトに似たもの感じとっていたが、まさか両親に先立たれているなんて……会えるのに分かり合えないフェイトと、今は会うことすらできないはやて、どっちにも……親の愛情に受けられていない共通点があった。
上手く顔に表情を作れない子犬みたいな狼の姿でよかったかもしれない。
これが人間体であったなら、悲痛な表情になってただろうから。
「どうしたん? 勇夜さん」
「いや……寂しくないか?親御さんいなくて」
勇夜――ウルトラマンゼロも小さい頃は、父も母は死んだと聞かされた。
その父が実は生きていて、ウルトラ兄弟三番目の戦士のウルトラセブンであり、最終的に彼が修行から帰ってきた時に親子として再会を果たすことができたけど……それでも、家族が近くにいない寂しさを彼は身を以て知っている。
だから、はやての身の上は彼の心にも憂いの気持ちを齎していた。
「そんな辛い顔しないで下さい、わたしは大丈夫です、兄も、石田先生もいますし」
と、本人はそう言って気丈に振る舞っているが、本当は両親と死別し、足のせいで学校にも行けないといった、自分の身の上に寂しさを感じているだろう。
そんな境遇でも笑顔と優しさを忘れずに持っているこの子は、本当に……強くて健気な女の子だった。
幸いだったのは、決して〝一人〟だったわけじゃないこと。
ずっと一緒に暮らしている兄と、はやての主治医をしている石田先生と、支えてくれる人がちゃんと近くにいるということだ。
「私はくうちゃんって呼んでるこぎつねちゃんの友達もおりますし」
「へ?」
珍妙な調子な一文字が勇夜の口から零れ出た。
何かの聞き間違いか……今はやての口から〝狐〟って言葉が出たような。
「きつね? ワン公(こう)じゃなくてか?」
「はい」
「ワン公で、ペットじゃなくて………子狐で友達ってことは………飼ってるわけじゃないんだ……よな」
「そうですよ」
戸惑いの影響により、若干スローかつたどたどしい滑舌で、実情を聞く勇夜。
兄やその石田先生はともかく、子ギツネと友達って。
はやて曰く、その〝くうちゃん〟って名前の狐ちゃんは、普段は八束神社の裏の森に住み、狐に生態に違わず少々人見知りだが、人懐っこくてちょくちょく家に遊びに来るらしい。
どんなキツネだよそれ! と内心一度は突っ込んだ勇夜だったが、少ししたら縦割り社会な犬と違い、狐は自分が作った〝チーム〟と同じく横割り社会らしいので、〝友達〟って表現は案外理にかなっているかもしれないとも思えてきた。
まあ、その〝くうちゃん〟のお陰で、曇り気味だった心が晴れやかになったのはありがたいだけに………余計に苛立ちが際立つ。
「(アルフ…お前も感じるか?)」
「(ああ…どこの誰か知らないけど…)」
原因は、自分たちの後を着ける誰かの気配。
病院からはやてをおぶって歩き始めてから何者かがこっちをじろじろと見ている、目的は………タイミングから見てはやてか?
しかも、上手くジャミングをし、誰のかは特定できそうにないがて、微かに魔力を感じる。
もし魔導師なら、狙いはこの子の魔力資質か?
初めて会った時から、勇夜はこの子の体内から膨大な魔力を感知していた。
量だけを見れば、あのなのはやフェイトよりも遥かに上で、ここまでの資質の高さは、管理世界でも宝石クラスの希少さ。
しかし…スカウトのつもりなら、他に手は無かったのか?
おまけにここ地球は、不可侵と定められた管理外世界で、はやては足にハンデがある。
何にせよ、尾行されること自体、気持ちの良いものではない。
『(二人とも、もう少し我慢して下さい、彼女を家に送るまでの辛抱です)』
「(分かってるさ)」
「(分かってるよ)」
尾行される不快感に耐えしのびながら、勇夜たちははやての自宅に辿り着いた。
足の不自由な子を一人、家に置いて行くのもなんだったが、兄がもうすぐ帰ってくるそうなので、二人ははやて宅を後にすると。
『魔力反応、ロストしました』
分が悪いとでも思ったのか、尾行していた相手は上手いことこの場から逃げて行ってしまった。
引き際も心得ている辺り、慎重かつ相当したたかで頭の切れる野郎どもらしい。
彼らがその連中と再び対峙することになるのは、もう少し先の――未来。
勇夜とアルフの両人が、この全容の掴めない厄介事に係わっていった一方。
少し時計の針を遡り、聖祥大付属小のホームルームが始まる前の朝の教室。
「なのはちゃん、良かった元気で」
「ありがとう、すずかちゃん」
10日振りに登校したなのはを、親友たちが出迎えていた。
「アリサちゃんも…ごめんね、心配掛けて…」
「まあ良かったわ…元気で…」
大っぴらに話せない事だったとは言え、悩みを打ち明けてくれないなのはに苛立ちをぶつけたアリサも、ややつんけんどんな態度を残しながらも内心は無事を喜んでいた。
こういうのをツンデ……嫌な予感がするので何を言いたかったのかはご想像に任せる。
「そっか…また行かないといけないんだ…」
「うん」
「大変だね…」
「でもやっぱり…今なのはが何してるのか…話せないんだよね…」
「ごめんね…たぶんもうすぐ全部終わるから…そうしたら、ちゃんと話すから」
「ちゃんと何してたのか言ってくれるならいいわよ、私もちょっと言い過ぎたと思ってたしね……こっちも、ごめん」
「アリサちゃん…」
今はまだ駄目でもこの一件を片付いたら、なのは二人と家族に魔法のことを話すつもりだった。中途半端に終わらせたくないという気持ちゆえに、周囲に心配掛けた分の代価とも言える。
こういう地球からは〝非常識〟な諸々に何となく耐性がついてそうな家族はともかく、親友たちがその内容を呑みこむのは、時間がかかりそうだけれど。
「それよりなのは…」
「何?」
「何か…少し吹っ切れた?」
「え?えーと………どうだろう…」
吹っ切れたと言えば、まあそうだろう。
あのフェイトという名前の〝寂しい目〟をした女の子。
彼女とどう向き合いたいのか、どう助けてあげたい……その答えを見つけられたから。
異世界から来た、三人の男の子たちの助けもあって。
「心配してたのよ………あたしが怒ってたのはさ……考え事や悩み事を抱えてたってこともあるけど……なのはが不安そうだったり、迷ってたり、それで時々………………あたしたちの元に帰ってこないんじゃないかって、思っちゃうような目をしてたから……」
アリサの告白を前に、自分が悩む姿はそんな風に見られていたのかと驚かされた。
事情が事情だけに打ち明けられなかった………自分が異世界から来た〝危険〟に関わり続けたこと。
結果的にそれは壁となって、心配させまいといたつもりが、却って親友を心配させてしまった………そのことで申し訳ない気持ちが沸いたが、同時に嬉しくもあった。
「行かないよ、黙って…みんなから出て行かない、だって……友達だもん…」
だから……こうしてみんなと一喜一憂できたように………今はまだ叶わずとも、フェイトにも………こんな喜びの気持ちを分けてあげるんだと、改めてなのはは自身の心に誓うのであった。
日本の現地時間では夜中の頃。マルチバースに浮く、アースラの会議室では、勇夜に保護されたアルフの事情聴取と今後の対策を練る為の会議が行われている。
他に今室内にいるのは、艦長、執務官、執務官補佐、M78星雲人の嘱託魔導師、現地の協力者たる地球人と二次元人の二人と、発見者の結界魔導師だ。
「では、この日記はプレシア・テスタロッサの使い魔、リニスが書いたもので間違いないな?」
「うん、何度もこっそり中身を覗こうとして、怒られっけ…」
アルフは、自分の知る限りの情報は全て話した。
プレシアの日頃の虐待。
以前から、『お使い』と称してロストロギアを不法収集が行われたこと。
大方の情報は勇夜が掴んだものと同じものではあったが、関係者の証言ということもあり、彼女の発言は、重要な証拠材料となった。
けれども、本題はここからだ。
アースラは正式に現状任務をフェイトの保護とプレシアの逮捕に変更になった。
だが、その相手も簡単に尻尾を掴んではくれない。アルフから齎された、時の庭園の座標地点もすでに逃げられた後、しかも強いジャミング効果のある結界を貼りながら、逃亡を続けている。
相変わらず、フェイトとの念話、その他の連絡も取れないままだった。
「ジュエルシードは全部回収されちゃったから、今まで以上に探査は難しいだろうし」
「でもあいつは21個全部持ってこいって言ってたからね、最悪フェイトをこの艦に殴り込みをさせるかも…」
「やりかねえよな……今のあいつなら」
あり得ない話では無い。数日前の海での一件でプレシアは、庭園から直接艦に攻撃を掛けるというとんでもない離れ業で、艦内の機能を一時ストップさせたのだ。
あの時と同じことを敢行し、フェイトを艦内に転移させて、機能が回復する合間を縫って残りを強奪。
無謀極まる行為だが、娘を蘇生させる為に娘を酷使し、ロストロギアを集め、存在さえあやふやな場所へ行こうと画策するほど、彼女は狂気に堕ちている。
しない可能性より、実行に移す可能性の方が大きかった。
「やはりこちらから、先手を取った方が良いかもしれません」
「光さん、その手とはやはり…」
「はい、互いのジュエルシードを賭けて、彼女に決闘を申し込むということです」
光の出した提案は、勝てば相手のジュエルシードを全て手にすることができると言う条件で、一騎討ちを行うことであった。
「でも…フェイトちゃんはともかく、プレシアがその手に乗ってくれるかな?罠と感ずかれるんじゃ…」
「それは無いよエイミィ」
「クロノ君?」
「俺もクロノと同意見だ、仮にも天下の管理局様に目を付けられちまったんだぜ、普通ならその時点で、リスクが大きいと判断してさっさと手を引くさ」
そう、冷静に状況を把握できるなら、管理局がこの件に介入しても直、ジュエルシードをフェイトに集めさせたりはしない。
真っ当な思考を持てていれば……の場合だが。
「でも……あいつにはもう余裕も時間も無いんだ、メンタルもそうだが、リニスの日記に書かれてたのが本当なら……」
「重度の肺ガンに侵されてるんですよね、今のあの人の体は…」
ユーノが、プレシアを蝕む病魔の名を口にした。
「愛娘を取り戻したくて何年も部屋に籠って不健康な生活を送ってたからね…ガタが来ないわけ、ないんだろうけど…」
アリシアを死なせてからは、プレシアは自らの時間を全て、娘を蘇らせる為だけに費やしてきた。
何十年係ろうと。
記憶を写したクローンを生み出そうと。
それが別人であると突きつけられても。
何度も何度も、希望とも言えない、微かな可能性に賭けてはどん底に落とされても…そしてそれが、己の心身を疲弊させていくだけだとしても、その代償がその病であった。
日記によれば、リニスが病魔のことを知った頃には、腫瘍は他の臓器にも転移し、管理世界の医学力でも完全な治癒はできなくなるまでに悪化していた。
プレシアが、現世に留まれる時間は、もうそんなに残されていない。2、3年か、下手をすると1年にも満たないかもしれない。
医療技術は日々飛躍的に進歩はしているが、それでも長いことプレシアを現世に留められない筈だ。
その病魔が、彼女をさらなる狂気に誘わせている。
穏便な方法では、消すことも止めることも困難な狂気。
「大博打ではありますが……時の庭園の居所を突き止めるチャンスは、その時しか無いかと…」
そしてアースラの探査能力を持ってしても、尻尾すら掴めない現在では有効打な一手、ただその分、リスクも大きい。
もし、決闘に負け、こちらのジュエルシードが全て奪われ、以前のような広範囲の次元干渉攻撃を受け、逃亡を許せば、プレシアは確実にアルハザードに向かうために21個全てを発動させるだろう。
そうなれば、地球、太陽系どころか第78管理外世界という一つの宇宙が次元振によって跡形もなく消えてしまう。
「問題は、フェイトさんとの決闘の相手を、誰にやらせるかだわよね…」
だからこそ、フェイトの相手を担う者に課せられる責務は大きい。
正直言ってしまうと、フェイトを圧倒できる魔導……もとい魔道師を含めた戦士はこのアースラにおいては三人いる。
ランクAAA+の黒衣の執務官。
二次元の世界から来た鏡の騎士。
そしてM78星雲光の国のウルトラ戦士。
無論、この三人が一度は彼女を圧倒、或いは勝利を果たしたからと言って、二度目はそうとも限らない。
フェイトも今度は死に物狂いで、その場に臨み、戦うだろう。
時に執念とも言える想いは、実力差を超えた、思わぬ力を発揮することがある。
その彼女を真っ向から向かい打てるのは………誰か。
「あの…」
その大役を、真っ先に自分から名乗り出て志願したのは――
「そのフェイトちゃんとの決闘、わたしがやります」
「なのは…」
―――なのはであった。
「なのは……でもなのはも強くなってるけど、やっぱりあの子の実力はそれ以上だよ」
ユーノが渋るのも無理ない。
あの時はまだ習いたての素人ではあったが、なのはは初戦で彼女に完敗している。
今は日頃の仮想シュミレーションと実戦による叩き上げで、様にはなってきたが、タイマンでフェイトと勝負をして、勝てるかはほぼ五分五分であった。
「でもプレシアを捕まえるなら、光君と勇夜君とクロノは戦力として温存させた方が得策よね……アルフさんの話では、庭園には護衛の機械人形もたくさんいるとのことだし…」
「あたしも全部は見たことないけど……数だけでもこの船にいる魔導師より多いよ、確か……デカさだけならウルトラマンぐらいの大型の奴だって、いたしな…」
つまり数の利においては、相手方が上。
厄介ではあるが、それが分かった分、対策は充分立てられる。
「それになのはさんも、彼女と戦うことに譲る気はないんでしょ?」
「はい、まだ……あの子から返事も聞いていませんし、それにわたし相手なら全力でぶつかっていくと思うんです、それなら勝っても負けても…」
「疲労困憊になった彼女を止められると言うことですか…考えましたねなのは」
「にゃはは…あんまり気持ちの良いやり方じゃないかもしれないけどね、でも………これ以上、フェイトちゃんには自分を傷つけながら戦ってほしくない………自分が一人なんだって、寂しい思いをしてほしくないんです、だから―――」
自分に背負わされている重みにフェイト耐えられず、負けてしまう前に、助け出す。
なのはは、まだ幼い顔立ちに凛とした佇まいで、周りの人たちに見据えると。
「―――フェイトちゃんは、わたしが止めます、そして、全部終わったら、〝友達〟として迎えてあげます」
己の決意を、強く、はっきりと述べた。
「そうとなれば、決闘をする場所ですか」
「海鳴臨海公園はどうかな、そこに結界を二重に貼って、外部と遮断すれば、周りを気にせずに戦えるよ」
そして、決行日は今から二日後と決まった。なぜ二日後なのは、各自のコンディションを整えて、全力で臨む為に一日空けたのである。
「あとは、フェイトにこの決闘の旨を伝える方法だが…」
「そいつなら、俺がやっておくさ」
フェイトへの伝令役は、勇夜が名乗り出る。
「大丈夫なの勇夜君? フェイトさんが今どこにいるかもまだ…」
「問題無い、海鳴市周辺にいるのがは違いないからな」
「どう言う根拠だ? 勇夜」
「アルフには悪いが、あいつはフェイトの出生上、その顔を見る気すらしないし、庭園に匿ってもいないだろう、となりゃ、今頃フェイトは海鳴市の近くで隠れ潜んでるさ、そこを重点的に送れば良い」
「私もその役目は勇夜に任せた方が良いと思います、彼女も彼の言葉なら、伝聞の内容を信じるでしょうし、『ウルトラ一族』の伝達手段はミットチルダ人にも有効なんでしょう」
「まあな」
「なら……お願いしますね、勇夜君」
「了解、今からその伝達に出るから、目つぶっててくれ」
一瞬彼が今何をしようとするのか、この中で一番付き合いが長い光を除いて会議室にいる一同は理解できなかった。
「リンク」
『了解』
ウルトラゼロアイを取り出し、右手で掴む勇夜。
「まて! ここでウルトラマンになるつもりか?」
「心配すんな、艦内の壁をぶち抜いたりはしねえよ」
「だが僕たちは、その伝達方法とやらをまだ」
「企業秘密だ、デュワ!」
構わずに勇夜はゼロアイを装着、光が部屋を埋め尽くし、それが止む頃には、勇夜はその場から消えていた。
建物内で変身して、内部を傷つけずに外に出るのは、ゼロに限らず全ウルトラマンが出来る芸当である。
「まったく…行動に移すのが早いというか、せっかちと言うか」
一人愚痴るクロノと、苦笑する一同であった。