ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章   作:フォレス・ノースウッド

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前に書いたヴァージョンは何か、ゼロちゃんたちが高圧的だったもので、後半はほぼまるまるに新作パートとなってしまいました。


EP17 - 不明瞭な想い

 まただ。

 またこの感じだ……これから何かが起きる予感。

 諸星勇夜ことウルトラマンゼロは、なのはとフェイトがデバイスを構え、互いを見据えた時に、再び胸騒ぎが走った。

 実際、ジュエルシードにちょっかいをかければ、その嫌なことは現実になるのだが、そうならないようにカバーすれば良い。

 今回はウルトラマンの姿になっていないので問題無く魔法は使えるし、あの二人もできるだけロストロギアと距離をとるよう配慮して戦おうとしている。先日の事態が起きる可能性は低い。

 だというのに、何なんだ? この妙な胸騒ぎ。

 はっきりと断定できないが、この前に感じた予感とも違う気が……何と言うべきか、深刻度…とでも表現するべきか? 怪獣が寄越されたあの夜よりそんなに感じられない。

 でも決して楽観視もできない引っかかり。

 まさか……二人の一騎打ちが始まったところへ、この場に管理局の局員がいきなり現れて戦闘が強制中止―――なんて可能性が過ぎり、流石にあるわけがないよな……と高を括った矢先。

 

「ストップだ!」

 

 得物たるデバイスがぶつかり合う寸前、その予感をたった今現実にした本人がフェイトたちの真っただ中に堂々と転移して現れた。

 高く見積もっても目測で150代くらいしかないと分かる小柄な体躯。

 ブラックカラーにグレーのラインが走り、膝より下まで丈が伸びた分厚そうなロングコート風のバリアジャケット。

 そのジャケットと色合いを競っているかのようにちょっと跳ねた黒い髪。

 実際は10代の半分近くの歳だが、思春期に入る以前の時期特有の幼さがまだ濃く残ったあどけなさに、いかにも生真面目そうな雰囲気を漂わせた童顔。

 両手には銀色の籠手を付け、右手には先端が丸みを帯びていながら、フェイトのバルディッシュとはまた違った兵器としての武骨さのある杖型デバイス―――を持ったその少年以外はみんな、ぽか~んとした表情を浮かべて戸惑いを隠せずにいる。 

 勇夜もやれやれと頭が疼きそうになった。

 さっきの前言を撤回しよう。いた……いました、この状況に横槍入れてくる野郎は確かに存在しました。

 

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ!」

 

 右手にホログラムで身分証のIDカードのCGを堂々と提示して、彼は名乗り上げた。

 

「(あの……勇夜、もしかしてこのお方が――)」

 

 光はテレパシーで、勇夜に介入者の詳細を聞いてくる。

 平静に努めようとはしているが、その顔は驚きと呆れが入り混じり、微かにげんなりとした顔色を浮かべていた。

 王家の騎士だけあり、光は勇夜以上に一対一の決闘は不可侵なものと認識している。

 だから理由がどうあれ横槍を入れて来たその少年の行為には、解せない心情も否めないようだ。

 

「(管理局の局員さん、あんなおチビさんななりでも、日本の警察なら室井さんみたいなキャリア組のエリート君さ)」

「(で、そのエリート君とあなたはどういうご関係で?)」

「(〝向こう〟の小学校からの付き合いな腐れ縁だよ)」

 

 クロノ・ハラオウン。

 今勇夜が明かした通り、この少年は彼にとって小学校からの付き合いなある種の幼馴染な間柄で、これでも15歳、10代の半分は行っているし、歳の若さより幼い外見に似合わず重要な役職に付いている身だ。

 その役職の名は執務官。噛み砕いてその職務内容の一端を説明すれば、捜査の現場指揮を執る管理職だ。

 筆記、実技のどちらも試験合格率が15%以下と超難関。

 そんな狭き門を潜っただけあり、彼は局員として優秀。魔導師としての実力にしても、なのはとフェイトが二人で掛かってきっとしてもあしらえるくらい強い。

 勇夜だってそんな彼を認め、リスペクトしている

 が、それにしたってこのタイミングに出しゃばるのは……間が悪いにも程がある。

 個人的には〝空気読めよてめえ〟と言いたくなる気分であった。

 でも彼の判断は、間が悪過ぎてはいるが間違ってはない。どの道言うと、管理局はロストロギアが起こす事件、災害の防止、阻止が仕事、クロノじゃなくても、この場に介入してきたのは明らかだ。

 それにクロノが来ているということは、捜査を一任されたのが、次元航行艦アースラのクルーだということ。

 勇夜にとって、信頼できる局員たちが派遣されたことは幸いだった。

 とは言え、今フェイトを御用にするわけにはいかなかった。

 臨海公園の戦場に来る前、彼は『時の庭園』が停泊している座標地点に行っていたのだが、一番の脅威たるプレシアは次元要塞ごと逃走済みだった。

 こういうのもなんだが、今フェイトを捕えても、プレシアにとって都合の良い駒が消えるだけ。

 ベリアルが夢で忠告してきた通り、彼女は今狂気に堕ちて、愛娘を生き返らせる悲願を遂げるための機械、またはプログラムになり下がってしまっている。

 勇夜自身、あの時は、その狂気とフェイト傷付けたことへの怒りから、心から湧き上がる殺意に飲み込まれそうになり、ゼロの姿で手をかけそうにまでなってしまった。

 そのプレシアを止めない限り、次元災害と世界消滅の危機は続く。

 もう不法収集をやらかしているが、ここでフェイトを捕えたとしても、首謀者のプレシアの居場所を絶対吐いたりしないだろう。

 一方でプレシアは使いっ走りがいなくなった程度で特に気に留めず、下手すると宇宙一つを引き換えにしてまでアルハザードの道をこじ開けようとするだろう。

 そんな暴走を許せば……フェイトにまで、その大罪の汚名を背負わせることになる。

 一番の手は、やっぱり親子ともども身柄確保だ。

 表現はアレだが、フェイトたちはトカゲの尻尾って奴であり、本体のプレシアごと捕まえなければ意味がないのだ。

 なら今は、ジュエルシードによる被害抑制の為に敢えて泳がせる時。

 決して褒められたやり方ではない、フェイトに報われぬ血反吐なマラソンを続けされるのだから………けどこの際贅沢は言ってはいられない。

 問題は、この状況からどうフェイトを――

 

『(マスター、あなたが策を弄せずとも〝彼女〟がフェイトを連れ去ってくれるでしょう)』

 

 何か良い手はないかと考えようとしたところへ、リンクがそう告げた。

 

「ここでの戦闘は危険すぎる、まず武器を下げて、詳しい事情を話してもらおうか」

 

 一方クロノは彼なりに穏便に事を進めようとするも、突如として彼の立つ地点周辺を中心に燈色の魔力光が降り注いだ。

 

「フェイト!撤退するよ!!」

 

 魔力弾の雨を降らせたのは、人型形態のアルフだ。

 リンクの言った〝彼女〟とは、アルフを指していたのだ。

 彼女は熱くなりやすいとこはあるけど、確かに余程の事態を除いて、フェイトに関することに限って言えば冷静な判断ができる。

 さらに10発近くの魔力弾――フォトンランサーを発射して牽制する。

 魔力弾の当たった地面は白煙を上げて、それが目くらましの役目をした。

 よし、この隙に逃げてくれればよかったのだが……今がチャンスだとばかり、フェイトはその場から飛翔、宙を漂うジュエルシードに手を伸ばそうとした。

 なのはも追いかけようとするが、出遅れた今となっては間に合いそうにない。

 多分フェイトは、自分のスピードならジュエルシードを手にしつつ逃げ切れると踏んでいたのだろう……でもクロノの力量を知っているこちらからしたら、その判断はミス以外に他ならなかった。

 フェイトの細く伸びる指でできた手が、空色で菱形の宝石に触れようとしたその時。

 

「きゃっ!」

 

 フェイト目がけ、いくつもの水色の閃光が襲う。

 クロノが右手に持つ無骨な杖型のデバイス、S2U(エスツーユー)から魔力弾を放ったのだ。

 その狙いは正確で、弾丸はフェイトの腕に命中、態勢を崩され、痛みで飛行維持ができなくなった彼女は落下していく。

 

「フェイトちゃん!」

 

 猛スピードで飛ぶフェイトを正確に狙い、一撃で追い込んだクロノの魔力弾は威力こそは高いと言えない―――が、元々防御系統の魔法が不得意で、攻撃は受けるより避けるのが主流なスピードタイプな彼女には、大きな決定打となってしまったようだ。

 

「フェイト!」

 

 地面に激突する寸前、アルフがすんでのところでキャッチし抱きかかえた。

 ダメージの影響でフェイトの呼吸は荒く、頬が熱をこじらせたように紅潮していた。

 そんな彼女たちに、ポーカーフェイスでS2Uを構え、狙いを付けるクロノ。

 人間は一定以上の魔力ダメージを受けると、一時的に意識を失う、非殺傷設定でも有効

であり、クロノはそれが狙いで二人を撃つ気だ。

 真っ向から局員に抵抗する意志を提示した以上、荒いやり方で拘束されても文句は言えなかった。

 とどめの一撃を、クロノが今まさに放とうとしたその時。

 

「やめて! 撃たないで!」

 

 なのはが、射線上に両手を広げ立ち塞がる。傍からは引導を渡されそうになる光景に居ても立ってもいられなくなったようで、身を以てフェイトたち庇おうとしていた。

 

「なっ!」

 

 さすがに発射を止めるクロノ。

 その僅かな間に、勇夜と光は飛び上がってなのはの横に着地し、フェイトに手を出さぬようクロノの前に立ちはだかった。

 なのはが咄嗟にやらずとも、フェイトがジュエルシード確保を優先した時点で勇夜らはこうする気でいたのだ。

 

「(早く行け! こいつは俺たちが何とかする)」

「(今の内に逃げて下さい)」

「(す……すまない!)」

 

 アルフはフェイトを腰に抱えつつその場を飛び去り、転移魔法で姿を消した。

 

「………どういうつもりだ勇夜、君ともあろう者がみすみす取り逃がすなんて……」

 

 まさかの立場では〝味方〟であり友でもある勇夜が〝重要参考人〟の一組を庇い立てて逃走補助した件で早速、クロノはその意図を尋ねて来た。

 

「まだあいつらを捕まえるのが早いと思ったからさ、ほらよ」

 

 勇夜はそう言いつつ、ジュエルシードに手を向けると、菱形の宝石は掃除機のごとく彼の手に吸い寄せられ、それをクロノに投げた。

 無論この能力はウルトラ念力、一応テレキネシスというレアスキルで、周りには通している。

 だが名称が違うだけでどちらも念力、嘘は言っていない。

 

「早いって……君は」

 

 彼の言うことも分かる。

 ロストロギアを不法に集める犯罪者を逃がすことになったのだから、公務執行妨害と見なされても仕方ない。

 ちゃんとそれらについて説明するつもりだが、その前に張りつめたこの空気を緩ませるとしよう。

 

「お堅いチビクロじゃ話にならん」

「なっ!?君はまたそんな呼び方で!」

 

 しれっとした顔で勇夜は大気を変質させる一打を放った。

 体格に関連する〝あだ名〟で呼ばれたクロノは、〝公人〟としての顔から、歳相応の少年の顔に様変わりしていた。

 かれこれ執務官の任を三年務めるクロノではあるけど、彼とてまだ10代の男の子ってやつである。

 

「じゃあチビクロ改めてまっクロノ執務官どの」

「その名前でも呼ぶなと言ってるだろ! エイミィといい君といい……」

「だったらちっとは受け流せよ、そんなカッちカちなおつむだから〝鉄頭〟なんだよ」

「君がフランク過ぎなんだ!」

 

 ちなみに勇夜の口から発された〝鉄頭〟とは、彼お手製の造語で、石頭よりお固い頭という意味合い。

 

「まあいいや、さっさとリンディ出せ」

「だからかあさ………提督を呼び捨てにするなとも――」

『はいはい、そこまで』

 

 勇夜の計画通り、真面目な性格を利用したクロノいびりで先程の張りつめた状態から一転して漫才のような空気になり、光ら当事者以外の面々が呆然としていたところを、タイミングよく通信による3Dモニターが現れ、画面に映る女性が場を制した。

 ミントグリーンの長髪を勇夜より高い位置でポニーテールにした見た目は20代で、知的さとほんわかとした雰囲気を併せ持った物腰の女性。

 クロノの母で、上官でもあり、アースラの艦長でもあるリンディ・ハラオウン。

 役職は提督。日本の警察で喩えるなら〝管理官〟に相当する管理職だ。

 

「すみません、もう一人の少女は逃がしてしまいました」

『ま~~大丈夫でしょう、彼も彼なりの意図あっての行動だろうし』

 

 第一印象に、『堅物』って言語が即浮かんでくるお堅いクロノ少年とは対照的に、母である彼女はかなり大らかな女性だった。

 

『で…あなた方にもわたしたちの船に来てほしいのだけれど、大丈夫かしら?』

「俺は問題無いぜ……光(リヒト)たちはどうする?」

「同行します、これまでの経緯を話さなければならないでしょうから」

 

 

 

 

 

 

 クロノ君という名前の魔導師(まほうつかい)の男の子が、フェイトちゃんを攻撃しようとした時、とっさに私は庇っていた。

 はたから見たら、おかしい行為だろう。

 これから戦おうとした相手を助けるなんて。

 そもそもあの子をできるなら、助けになればと考えているのに、戦いになっている時点で色々とおかしんだろうけど。

 でもあの時、どうしてもああしなきゃ……て思った。

 光兄と勇夜さんのおかげでフェイトちゃんは逃げられたけど。

 それでわたしたちは今クロノ君の魔法によって、どこかの建物の廊下にワープしていた。

 

「(ユーノ君…ここって)」

 

 廊下を進みながら、ここがどこかとユーノ君に聞いてみる。

 

「(えっと…、簡単に言うと、いくつもある次元世界を、自由に移動する為の船だよ)」

「(あんまり、簡単じゃないかも…)」

 

 ちんぷんかんぷんとは、正にこの場合のことを言うのでしょう。

 ユーノ君の説明は難しくて、全然頭に入りません。

 

『(なのは、宇宙がどんな形をしているか知っていますか?)』

 

 勇夜さんのデバイスであるリンクがいきなりそう質問してきました。

 そう言えば〝諸星勇夜〟としてこの人と会うのは、河川敷でのことを除いて、これが初めてです。

 兄から、やっぱり勇夜さんがウルトラマンゼロだってことは聞いていたけど、本当に見た目は日本人にしか見えません。

 勿論、この人が〝宇宙人〟だったくらいで、嫌がる気がありませんけど。

 

「(わ…わかんないです)」

 

 正直に、リンクさんからの質問に答えました。

 

『(星のように、球体でできているのです、そして宇宙の外には、たくさんの宇宙が泡のように幾つも存在する空間が存在しています、一般的に地球の天文学ではマルチバースと呼称される空間です、ここはそこを渡るための戦艦)』

 

 なんとなくだけど、例えも出してくれたお陰で彼女の説明の内容は分かりました。

 つまりここは、そのマルチバースって言う海を泳いでいる船なんだと。

 

『(分かりましたか?)』

「(なんとか…です)」

「いつまでもその格好というのも窮屈だろう。バリアジャケットとデバイスは解除しても平気だよ」

 

 そうクロノ君に言われて、ようやく自分がレイジングハートを起動したままであることに気がつきます。

 

「レイジングハート、モードリリース」

『All right』

 

 愛機を待機状態にし、格好もバリアジャケットから聖祥の制服姿に戻る。

 

「お前も元の姿に戻った方がいいんじゃないのか?」

「ああ、そういえばそうですね、ずっとこの姿でいたから忘れてました」

 

 勇夜さんに指摘されたユーノ君はその身を輝かせると、人間の男の子の姿に戻った。

 最初にユーノ君が『人間の男の子』だと知った時は本当驚きました。

 魔法がある世界なんだから、てっきりしゃべるフェレットなんだだと勘違いしてしまったからです。

 光兄に言われなければ、この時までずっと知らなかったかも。

 でも、忘れてたってユーノ君……地球人に変身している光兄と勇夜さんと違って普通の人間の男の子なのにと、苦笑いしてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、勇夜たちはリンディのいる艦長室の扉の前に着いた。

 

「艦長、来てもらいました」

 

 シンプルで無機的な扉が両端にスライドし、その先にあったのは―――

 

「「「………」」」

 

 ―――ドアの向こうにある部屋の内部の有様を見たある三方は、言葉が出なくなる。

 言葉の通り、目も点になり、呆然自失に開いた口が塞がらなくなった。

 

 日本人であるなのは。

 日本人として生活してきた二次元人。

 ある程度、日本文化に精通しているM78星雲人。

 

 この三者から見て、それはとてもとてもシュールな光景だったのだ。

 床は座敷と畳で土足厳禁、壁のまわりには盆栽がいくつも置かれ、室内にもかかわらず桜の木が一本立っており、わざわざ空調で桜吹雪まで演出している。

 そして部屋の中央には―――

 

「お疲れ様、四人ともどうぞ、楽にして」

 

 ――どう見ても日本人どころか地球人からもかけ離れた容姿をしたリンディ・ハラオウンが茶道具を揃えつつ正座して待っていた。

 もう、どこから突っ込んでいいのやら、困り果てる……ハリウッド映画よりはまだ純然たる和室なのだが、室内に桜と壁や天井やガラスが反して未来的で無機質、さらに獅子おどしまで置かれている始末なので、その手の映画でよく見る、『なんちゃって日本像』からは抜け出していない。

 本人の言い分では、一応現地の人間さんに尊重したつもりらしいのだが、茶道の経験者でもないと、こんな場を体験している現代人はそう滅多にいないので、却って逆効果な気もしないでもない。

 とりあえず彼女に言われた通り、勇夜、光、なのは、ユーノは座敷に正座で座り込んだ。

 

「久しぶりね、勇夜君」

「ああ」

 

 と、挨拶を交わす勇夜とリンディ。

 このやり取りからでも、結構な年月の付き合いをしていると窺える。

 

「初めましてね。私はリンディ・ハラオウン。この次元航行船アースラの艦長をしています」

「高町光と言います」

「高町なのはです」

「ユーノ・スクライアです」

 

 そうして自己紹介の後、リンディから出された文化錯誤な部屋に反して、見た目も味も本物な和菓子と茶を頂戴しつつも、今日までの流れを彼女たちに話した。

 

「なるほど。あのロストロギア、ジュエルシードを発掘したのはあなただったのですね」

「はい…それで…僕が回収しようと」

 

 ユーノは思い詰めた表情で呟く。

 最初にこの世界に来た時よりは、『自分で全部なんとかしなきゃ病』は治まっているが、やはりジュエルシードの起こす災害を目にしてきた以上、それを発見してしまった責任感はそう簡単に拭えない様子だ。

 

「立派だわ」

 

 リンディは彼のその心意気を称え。

 

「だが同時に無謀でもある」

 

 息子のクロノは彼の行為を咎めた。

 ハラオウン親子の発言は、どちらも正論だ。

 責任を果たすというは立派だし、それを果たそうとしない大人がうようよしている世の中では、彼の爪の垢を煎じて飲ませたいとさえ思える。

 だが、クロノの無謀という発言には、勇夜も光もなのはも同感だった。

 なんせその先が文字通り無謀過ぎたのだ。

 まず単身で碌に、目的地に関する知識も無いまま、管理外世界に入り込んだこと。

 勇夜は前々から、知識で地球、日本のことは知っており、フェイトも日本に来る前は、現地の下調べをし、二人とも一時的な住みかを確保していたが、ユーノは事態の収拾に焦るあまり、それらを怠ってしまった。

 次に彼の持っていた、今はなのはの愛機であるレイジングハート。

 このデバイス、実はスクライア一族が発見した出自不明の謎に包まれた代物で、なのはと契約するまでは正式に契約者として登録させてくれなかった。

 そのため封印などの一部の機能を除いてほとんど万全に使用できなかった。

 最後には地球での魔法行使。

 魔導師は大気中にある魔力素を取り込みエネルギー源にして魔法を使用する。

 だが慣れない異世界で魔力素を取り込み過ぎると、適合不良と呼ばれる現象によって、体調不良をおこしてしまう。

 なのはが夢で見た異相体との戦闘で、彼が封印に失敗したのも、その適合不良が最大の要因。

 かのウルトラマンゼロも、かつて似たような現象に陥ったことがある。

 ウルトラ戦士の主な力の源は、太陽光線などの光エネルギーなのだが、ゼロが初めて異世界に来た際、その世界の太陽エネルギーを吸収できず、巨人の姿を長時間維持できなくなってしまい、もしもの為にと父のセブンから託されたウルトラブレスレットに貯蔵された非常用エネルギーを短期間で連続使用をせざるを得ないことになってしまった。

 未知の土地に行くには、それだけのリスクがあるのである。

 そんな様々な悪条件が重なり、ユーノは極度に消耗したことで魔法適性のある地元の住民の協力を頼まないといけなくなり、なのはと光=ミラーナイトが協力者としてこうしてここまでに至っているのである。

 まあ高町兄妹の協力を得られたのは、不幸中の幸いであった。

 なのはたちが見つけてくれなければ、人間の姿にしろ警察に補導、フェレットの姿にしろ外来動物として捕獲され、探索どころではなくなっていたかもしれないからだ。

 話を戻そう。

 

「あの…そもそもその『ロストロギア』ってなんですか?」

 

 なのはにとっては聞き慣れない単語が出てきたので、質問をしてみた。

 

「ん~~遺失世界の遺産……って言われても、ピンと来ないわよね」

「はい…」

 

 この世界には様々な次元が複数に、同時に存在している。

 その世界の中には、極端に科学技術が進歩しすぎる文明が出てくることもあり、時として度を超えて発達しすぎた技術は、やがて文明そのものを滅ぼしてしまうことになってしまう。

 そして文明崩壊後に残された厄介な置き土産、危険極まりない遺物。

 

「それらを総称して、《ロストロギア》と呼ばれているの、私たち管理局や保護組織が正しく管理していなければならない品物」

 

 そのロストロギアも一つであるジュエルシードは、次元干渉型のエネルギー結晶体、特定の方法で起動させれば、空間内に次元震を引き起こし、最悪次元断層さえ巻き起こしかねない危険物。

 一昨日のように一個だけでもあれだけの被害を出すのだ。複数が同時に発動して、暴走を起こせば、地球で起きる災害以上の地獄が顕現しかねない。

 

「次元断層が起れば、世界の一つや二つ。簡単に消滅してしまうわ。そんな事態は防がないと…」

 

 リンディはそうロストロギアの危険性を説明しながら、緑茶に大量の角砂糖とミルクを入れていた。

 

「「(うげ…)」」

 

 もう一度言おう。

 『緑茶』に、大量の角砂糖とミルクを放り込んだ。

 話している内容の深刻さとは裏腹に、これまたシュールな光景。緑茶という飲み物がどんなものか知っているだけに、なのはも、礼節をわきまえる騎士であった光でさえ、げんなりとした表情で引いている。

 茶とは苦みを味わう飲み物であるのに、こうなっては最早苦味なんて欠片も無い、跡形もなく消えているだろう。

 見ているだけで、胃がもたれる感覚が襲ってきて、精神面で気分が悪化。確かに、緑茶に砂糖を入れる習慣がある地域が地球にもあるにはある………が明らかにこの艦長の飲み方は、限度が許容範囲を越していた。

 

「まだそこまでしねえと、まともに飲めないのか?」

 

 どっぷり入った砂糖やらシロップやらで、もはや液体と言うよりジェルになった〝緑茶だったもの〟を嬉々とした表情で飲むリンディに、勇夜が呆れた顔つきで苦言を呈する。

 

「失礼ね、私にはこの味が一番気に入っているんです」

「勇夜、それはどういう?」

 

 まさかこの人のこの常軌を逸した行動に、勇夜が係わっているのか?

 

「実は前に〝なんだかんだあって〟、この人に御中元で緑茶を送ったんだが…」

 

 流石に苦すぎると、クレームとまでは言わないが、苦言を呈され、彼は以前読んだ本で、地球のある地域によっては砂糖を入れる習慣があることを思い出して彼女に薦めたら、こうなってしまったわけらしい……この人は想像以上の甘党だったのだ。

 

「(その〝なんだかんだ〟との詳細は………長くなるから今度にしてほしいようですね)」

「(察しがいいな)」

 

 どうやら、勇夜とクロノたちが今の関係になるまで、ちょっとした紆余曲折というものがあったようだ。

 

「話しが逸れましたが、これよりジュエルシードの回収は私たちが担当します」

 

 一度は大甘な緑茶でブレイクされたシリアスな空気が、部屋を支配する。

 

「「え…」」

 

 なのはとユーノは、リンディの発言を完全に飲み込めずにいた。

 

「君たちは今回のことは忘れて、それぞれの世界に戻るといい」

「でも!」

「ランクSS+の危険なロストロギア、しかも次元干渉に関わる事件だ、民間人に介入してもらうレベルの話しじゃない」

 

 クロノはそう言ったが、二人とも納得できない様子だ。確かに本来なら、こういう事件は管理局のような警察組織がやるべきであって、民間人がどうこうできる問題ではない。

 彼女たちがこういうことをしていること自体、異常な状態なのだ。

 

「………いやです…」

 

 目を伏せて、震えながら言葉を絞り出すなのはのその様に、その場にいた一同は全員彼女に目を止めた。

 

「「なのは?」」

「そんな……何も無かったみたいにやめるのは……絶対嫌です!!!」

 

 なのはは、普段の彼女の言動から考えられない剣幕で反論する。

 この時のなのはの脳裏には自分のミスで勇夜=ゼロが尻拭いをしてくれなければ大勢の死者を出していたジュエルシードが起こしたあの街の惨状を含めた、ジュエルシードが引き起こしてきた災害が掠めていた。

 

「しかし君は…」

「嫌なんです!このまま中途半端に終わっていつもの生活に戻るのも、そうやって中途半端に後悔するのも!!」

 

 惨状だけではない。

 フェイト……まだあの子の目的も聞いていない。

 まだあの子の瞳に映る寂しさの訳も知っていない。

 まだ……あの子の目的を聞いた後、あの子をどうしたいのか、整理がついてない。

 なのにここまま引き下がって、後悔するなんて……どうしてもなのはは嫌だった。ここまで深く状況の一部としてかかわってきた以上、今更下がれと言われて、素直に従えるわけがなかった。

 

「落ちつけ」

「勇夜さん…」

 

 珍しく激情をあらわにするなのはを、勇夜が宥めた。

 

「艦長さんらはこう言ってるけどな、本音は猫の手も借りたいのさ、だろ?」

「察しがいいわね」

 

 笑みを帯びた勇夜の物言いに、苦笑で返すリンディ。

 少なくとも、一方的に現状から引き離されることはなさそうだったが、かと言って易々と本来は普通に学校に通って学業に勤しみ、友達と娯楽を堪能している筈の少女に頼るほど彼女は恥も外聞もない人ではなく、一日今後どうするかを思案する時間を設けることとなった。

 

「それからすまないが、そちらのお二方は先に席を外してくれないか」

 

 なのはとユーノは、クロノからいきなり、『勇夜と光は残した上で退室しろ』という意味合いの言葉を受けた。

 

「君のお兄さんと友人にちょっと、お話したいことがあるの」

 

 リンディはそう言ってくれたが、なのははどうしても不安が消えてくれない。

 だってこの二人は、自分にとっては人間と変わりない。

 でも、同時にこの人たちの正体は50Mもある巨人であり、全ての人が自分みたいに恐れを抱くことなく受けいれてくれるとは限らないくらい、小さい身ながら理解できている。

 なのはは前にテレビで見た、とある映画を思い出す。

 守っている人たちから、差別と偏見を受ける超能力を持ったヒーローたちのお話だった。

 自分はともかく、あの映画のように兄たちのことを好ましく思わない人だって……おまけに二人は、その超能力者たちより、強大な力を持っている。

 

「なのは、ユーノ、二人は外で待っていて下さい」

 

 光からの言葉もあり、二人はこの部屋から退室した。

 

 

 

 

 

 

「で、俺たちに何の話があるってんだ?」

 

 なのはとユーノが海外映画風のなんちゃって和室から退室したのを見計らい、勇夜はこちらから

 

「正直なところ、二人に聞きたいことは山ほどあるんだが………特に勇夜、君には――」

「はっきり言っても構わないんだぜ、俺が〝光の巨人〟だって」

 

 ハラオウン親子の表情が驚きに染まった。

 二人の態度から見て、推測は確かにしていたようだけど、こんなにあっさり白状されるとは予想だにしなかったと見える。

 対してこっちは、なのはたちを退室させた時点で、薄々正体に関する話がお題の一つだと見当ついていた。

 

「お見せしましょう、論より証拠とも言いますし」

 

 余り自分たちの正体は大っぴらにはできないのだが、こうでもしないと得られない信頼だってある。

 それに、それなりの年月を重ねた付き合いで確信していた。

 クロノたちになら………〝正体を明かせられる〟と。

 二人はその場を立つ。

 勇夜はリンクからウルトラゼロアイを取り出して構え。

 

「ミラー」

 

 光はミラージュアイズの前で両腕を横に重ね。

 

「デュア!」

 

 片や額に装着し。

 

「スパーク!」

 

 片や両手をクロスさせた。

 二人は眩い光に包まれ。

 それが収まると二人は本来の姿を現した。

 片や青と赤に彩られ、柔軟さと逞しさが両立したボディに銀色の鉄仮面と金色の瞳。

 片や銀と緑で彩られたスレンダーな体と、目や口などの代わりに漢数字の10にも翼を広げた白鳥にも見える黄色い光沢がついた顔。

 そしてどちらも無機的だが、何らかのスーツの類ではなく、純粋にその生物のものと言える体表。

 人間と同じ体格をしながら、人とかけ離れた容姿をした『人』がそこにいた。

 

「何豆鉄砲をくらった顔してんだよ?」

「ごめんなさい、こうもあっさりあなたが明かすとは思わなかったものだから」

 

 思わずリンディは苦笑いで返した。

 

「仕方ありませんよ、この世界では、私たちのような姿をした人種と本格的なコンタクトは、まだ果たせていないのですから」

「それもそうだよな………改めて自己紹介する、この姿の俺の名は〝ウルトラマンゼロ〟、そしてこいつは俺の仲間で――」

「ミラーナイト……本名はリヒト・シュピーゲルと申します」

 

 巨人としての名を明かして、二人は人間態へと戻ると、自分たちの関係と、こちらの世界に迷い込むまでの経緯を大まかに打ち明けた。

 

「そうか、だから君は管理局への本格的な入局を拒んでいたのか……」

「ああ……〝変身〟できなくなったお陰で、嫌ってほど思い知らされたからな………俺がどんだけ〝物騒〟な野郎だったってこと」

 

 勇夜が嘱託魔導師という立場を貫いていたのは、彼の束縛を嫌い体質と、管理局そのものシステムへの疑念とった理由もあるのだが、一番の〝理由〟とは………自分が〝ウルトラマン〟であるということだった。

 強過ぎるのだ、強大過ぎるのだ……ウルトラマンのその巨体と、その圧倒的な力は。

 特に、特定の組織の下で、その共同体の思惑のまま力を振るうなんてことは、絶対にあってはならない……それは大きな災いを生む種となる。

 この世界での10年間で、勇夜――ゼロはそう学ばされたのだ。

 

「あなたと光君についてはよく分かりました、でも勇夜君、ここからが本題なのだけれど、どうしてあの女の子たちを逃がすような真似をしたの?」

 

 尤もな問いだ。

 フェイトたちに罪を重ねてほしくないのなら、本来はあの時クロノと一緒にお縄を頂戴するべきだった。

 冷徹ではあるけど、その方が正しい判断であったのは勇夜とて理解できる。

 

「あのなのはって子もそうだが、さっき僕から少女を庇った時の君は、彼女に対して何か個人的な思い入れがあるようだった」

「…………」

「図星だね」

 

 頷いて、図星であると勇夜は肯定する。

 

「図星さ…………けど、分からねえんだ」

 

 彼の顔は、自嘲染みた笑みを形作っていた。

 

「分からない……って?」

「自分でもよく分からねんだよ………なんであの子………フェイトに―――」

 

 拘っているのか………気に掛けているのか………想っているのか。

 正体の分からない想い。

 昨日、突き離したも同然な言葉をフェイトにぶつけておいて、自分は今でもあの子を縛り上げる鎖を壊して、解放してあげたいと思っている。

 わけは、家族の温もりに恵まれない境遇に、自分と重ね合わしている………のもあるけど、今となっては、それ以外にもナニかあるような………気がする。

 そこまで行き着いているのに……何度考えても、どうしてそこまでフェイトって女の子に拘りを見せているのか、いくら必死に考えても全然はっきりせず、答えが見つからず仕舞いだった。

 きっと、光の義妹(いもうと)、なのはも同じ気持ちを抱いてることだろう。

 それもあって、さっきもあそまで我を通そうとしたんだ。

 

「でもこれだけは分かるんだ………フェイト・テスタロッサの心を救わない限り、この事件は解決にはならないんだって」

 

 けれど、そんなこと瑣末なことだったんだ。

 分からないから何だって言うんだ?

 余計な御託なんていらない。

 フェイトを救いたい、助けてあげたい。

 命だけでなく、あの子の心も……守りたい。

 そして、あの時見せてくれたフェイトの温かな笑顔、それを何としても守り抜きたい。

 この心には、そんな赤く熱い鼓動が確かに存在する――それだけははっきりしていた。

 なら今は―――それだけで充分だ。

 


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