ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章   作:フォレス・ノースウッド

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EP14 - 憤怒

「お土産って…お菓子?」

 

 フェイトとアルフが一室を借りている遠見市内の高層マンションの屋上にて、勇夜とフェイトとアルフの三人は一同に会していた。

 先の一言は、フェイトが両腕で大事に抱えているケーキボックスを見たアルフの第一声で、今からフェイト、アルフ、そして勇夜が、フェイトの母がいると言う『時の庭園』へ行こうとしている時に発されたもの。

 フェイトが抱えるケーキボックスは、の成果報告がてら、母への土産として昨日昼食代わりに寄った喫茶店『翠屋』から購入してきた代物である。

 

「何か文句でもあんのか?」

「そういうわけじゃないよ、あの店のケーキはほんと美味しかったしさ……ただ……〝あの人〟が喜ぶかなって…」

 

 アルフは、その翠屋のケーキを土産にすること自体に異論は無かったが、やはりフェイトの母への不信感から、どうも乗り気では無いようだ。

 対してフェイトは、よほどあの店で食べた菓子類が気に行ったらしい。

 実はジュエルシードの〝競争相手〟の親が経営している店だってことは内緒。

 フェイトはともかく、アルフはがやがや言って色々とややこしくなるのは目に見えているので、今は知らぬが仏だ。 

 

「よく分からないけど…こう言うのは気持ちかなって」

 

 気持ち………フェイトの今の発言に、勇夜は瞳を曇らせた。

 フェイトはフェイトなりに、母の気持ちに答えたいと思っているのだろうけど………彼女の名でもある〝運命〟ってやつは、シニカルに彼女を笑っていた。

 彼は二人と出会ってからプレシア・テスタロッサの経歴を調べていたのだが、昨夜にあの親子の問題の核心と言える内容、フェイトにそっくりなアリシアと、科学者としてプレシアを照らし合わして、ある推論を打ち立てていた。

 もしプレシアが、あの〝技術〟に手を出していたとしたら、確かに辻褄は全て合う。

 あの親子が疎遠な――正確にはプレシアがフェイトにとっているであろう、娘に冷たい態度で接する――理由が。

 どういう用途で、彼女にジュエルシードを集めさせている理由は、まだ分からず仕舞いではあるけど。

 あれにアリシアを生き返らせてほしいと願う? と頭に過ぎったが直ぐに思考は否定した……あれの傍迷惑で大雑把な願いの叶え方を差し引いても、科学者であるプレシアなら、他力本願にアレに願いを叶えてもらうより、多量の魔力を貯蔵している声質を利用し、何らかの蘇生の用途に使う方が自然だと考えるものの、具体的な方法まではさすがに勇夜は思い浮かばずにいた。

 フェイトの母の目的に関する疑問の樹海に迷い込みそうになる彼をよそに、フェイトは地面に転移魔法を発動するための魔法陣を浮かばせた。

 

「次元転移…目標地点…時の庭園」

「(リンク、転移先の座標記録、頼むぞ)」

『(了解)』

「次元座標、876C…4419…3312…D699…3583…A1460…779 …F3125」

 

 胸に抱えた引っかかりを抱えつつ、勇夜たちは次元の狭間に停泊している時の庭園へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 まるで……城ん中だな。

 それが時の庭園の内部転移した際の、勇夜の感想だった。

 まさかいきなり、果てが見えないくらい長い廊下に出くわすなんてな。

 

『(建物の構造から見て、要塞クラスの大きさがあると思われます)』

 

 大理石でできた壁も天井も、少々白味で素っ気なく派手さが抑え目な作りだが、王室の城内の廊下と言ったら、簡単に信じてもらえそうだ。

 フェイトによれば、この庭園は漢数字の十字に突起を数十本周りに生やした形状、外壁は黒い岩石に覆われ、目のような光点があちこに埋め込まれていると言う。

 なんともマッドサイエンティスト風な施設だこと、と勇夜は皮肉った。

 この要塞クラスのコロニー、いわば人工居住区は、今頃外の空間(じげんのはざま)では、雷鳴が絶えず轟いているはずだから、完璧に月並みなマッドサイエンティストの研究施設である。

 できれば、プレシアがその絵に描いたマッドな奴だなんてことはジョークで済まして欲しい気分だ。

 だって、ジョークにしたってつまらないと断じることさえできない、笑えなくて食えない代物だから。

 

 

 

 

 フェイトたちにこの廊下で暫く待ってほしいと言われ、二人が奥の方へと歩いていく様を見送る。

 しかし、彼は黙って待ち続ける気は無かった。

 

『天井に通気口が見られます、そこを通りましょう』

「了解」

 

  リンクに応じつつ勇夜さっそうと飛び、魔力で足の裏を壁面に密着させ、地上での歩行と同じ感覚で壁歩きをしつつ、通気口の中に侵入した。

 今のこの時間は、俺たちにとって却って都合が良い、タイムリミット付きだが、仮説の立証を行うことができるからである。

 

 

 

 

 人が一人分、辛うじて通れる広さしかなく、かつ薄暗い通気口を匍匐で進む勇夜。

 もし、プレシアが愛娘の為にあの『研究』に手を出していたとしたら、そこから得た推論が事実なら、この庭園にはあの3人の他に〝生命反応〟がもう一つあるはず―――と踏み、勇夜は『反応』を身そので感じ取ろうと、己の感覚を研ぎ澄まし。

 

「次の角を左に進んで下さい」

 

 リンクは周囲の視覚状況から、目的地へと繋がるであろうルートを処理演算して勇夜をナビゲートする。

 つまり片や直感による勘と、片や緻密な計算による勘で、〝彼女〟がいるかもしれない部屋へ、狭い通気口を進んでいった。

 自分でも言うのもなんだが、背は高い方だ。

 もしこのままのサイズで通れなかったら、変身魔法で人間体の体格を調整しなければならなかった。

 でも予めエネルギーを溜めておいたアイテムによるウルトラマンへの肉体変化と違い、人間体のまま体を変化させるのは結構燃費が掛かる。

 だからそんな手間暇掛けずに何とか通れる広さで良かったと考えつつも、狭くて暗い道のりを進んでいると、体の感覚が捉えた。

 

『微弱ですが生命反応があります…』

「ああ」

 

 フェイトたちのものではない、4つ目の生命体の反応をリンクが感知した。

 その後も、リンクの指示を受けつつ、反応がある方角に向かって行く。

 

「ここだな…」

 

 天井越しに真下から、生命反応を感知した。

 勇夜の目が青白く光り、透視で真下の部屋を確かめる。

 何らかのガラスの容器が見えるが、ここからで内部は死角になってよく見えない。

 近くにカバーらしきものは無く、力づくで開けるしかなさそうだ。

 

「零牙、ダガ―モード」

 

 リンクから青緑の光の粒子が溢れ、一振りのナイフを形作った。

 勇夜の使うデバイス、『零牙』を短刀形態、ダガ―モードにしたものだ。

 ゼロスラッガーの通常形態のように、ナイフとして使え、念力で飛ばすこともできる形態である。

 

「ヒートスライサー」

 

 その刃を魔法で熱をこめさせ、赤く染まった刃で床を四角字に切りこみを入れつつ、底辺にあたる部分だけを残すと、両手で押し込み、缶詰を開ける要領で金属の板を開かせた。

 もっとも缶詰の場合は引いて、こっちの場合は押し込んだとも言える。

 ちなみに全部を切らなかったのは、魔法で元に戻しやすくするためだ。

 まず頭だけを出して、部屋中を見渡す。

 見る限り、特にトラップも無さそうだった。

 罠の有無を確認し終えると、勇夜はそのまま躊躇うことなく飛び降りた。

 常人にはきつい高さだったが、魔法の補助も借りずに、造作も無く綺麗に着地する勇夜。

 そして、例のガラス容器の中に目を向けると。

 

「…………………」

 

 絶句し、言葉が出なくなってしまった。

 一瞬、幻覚か錯覚の類だと思った。

 正直……嘘であってほしかった。

 これまで掴んだ情報も、自分の推測も、自分の目に写る光景も、何もかもだ。

 だが、何度瞬きしてみても、目に映る光景は不変、現実は変わってくれない。

 残酷な真実が、そこにはあった。

 視線の先には、生物の肉体の腐敗を止め、保存させる生体ポッド。

 大きなガラスの容器には、小さな女の子一人が液体の中で佇んでいる。

 煌びやかな金色の長髪、瞼の中の瞳は紅であろう幼い美少女の顔。

 一糸纏わぬ姿で漂っていたのは……フェイト……ではない、外見の幼さからして6歳ぐらい。

 となれば、この子が一体誰なのか……検討がついた。

 

「アリシア…テスタロッサ」

 

 20年前に起きた魔導炉の暴走事故、その時に炉心から外部に放たれた高濃度で大量の魔力素を体内に吸い込んだことでリンカーコア含めた臓器が圧迫され心停止、そのまま帰らぬ人となった…プレシア・テスタロッサの娘だった。

 確かにプレシアが失踪したのと同時期に、アリシアの遺体も消失したという情報はあったけれど、こうして何十年もポッドの中で生前の姿のままとっておいた………ってことは、やっぱり………フェイトは……この子の。

 

『マスター、そろそろフェイトが呼びに来る可能性が有ります、早く御戻り下さい』

「ああ…分かった」

 

 実際には揃って欲しくは無かったパズルのピースが、これで全てはまってしまった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バシ!――――バシ!―――バシ!

 

 響く、リズムよく小刻みに部屋を残響させる、柔らかな何かが、細くしなやかな何かに何度も当てられる音。

 

 バシ!―――バシ!――――バシ!

 

 音が鳴り響く度に、腫れあがる痛みによって、彼女は目を覚ました。

 頭がぼんやりして、視界も焦点が合わなくてピンボケし、一時的な機能不全に陥っている。

 

 バン!――――バン!―――バン!

 

 体のあちこちの痛覚が、悲鳴を上げて、はっきりと感じられるといるのに、自分も痛みで声を喘いでいるのに、ぼーとして思考が散漫し、どうしてさっきまで眠っていたのか、原因が掴めない。

 

 バン!―――バン!――――バン!

 

「うぁ……んんっ…………んあぁ」

 

 はっきりしない意識、絶えず叫びを上げ続ける体、痛みに苦しむ様を突きつける自分の声。

 ようやく、今の自分の状態、こうなるまでの流れが頭の中に入ってきた。

 両腕が真横で顔より高い位置に伸ばされて動かない、天井に繰りつけられた黒光する鎖に手首を拘束されているから、足が床に付いていない、その鎖で体が浮かされている格好だから。

 自分の体を見回す、ボロボロだ。

 いつも戦う時に着装している黒のバリアジャケットは、あちこち布地が破れて、防護服――バリアジャケットとしての機能は失われている。

 魔力さえ有れば、ジャケットは並の防弾服よりも堅固な鎧となり、傷ついても即修復させられる。

 だが、その魔力がなければ、普通の衣服よりも脆く、服として使い物にならない欠陥品となる。お陰で防護服の破れた跡には、赤く被れて晴れた自分の肌が見えた。その痕はどこもかしくもあった。

 

 バン!――――バン!――――バン!

 

 紅の痕は今も尚、こうして増えて、体を刻み続けている。

 

 バン!――――バン――――バン!

 

 使い物にならないと言えば、自分もまたそうだ。むしろ魔力を与えれば簡単に縫い直せる防護服よりもっと役立たずだ。

 

 バン!―――――バン!―――――バン!

 

 意志に反して上手く動いてくれない顔を無理に見上げる。

 その先にあるのは、紫がかった髪と、その髪と同じ色をしたマントと装束、右手には、魔力で編み上げた鞭を宿したデバイスを持って、自分に〝躾〟を行っている………母だ。

 

 バン!――――バン!―――――バン!

 

 ダメだった……今回もまたダメだった。

 ジュエルシード……あれを4個手にすることができた時、まだ4個だけど、手に入れることはできたから、今度こそ母さんは笑ってくれると思ってた。

 昨日……勇夜が…私に笑いけかてくれたみたいに、母さんがあの頃の母さんに戻って、勇夜の時と同じ、一緒に笑い合えると信じてた。

 でも……やっぱり今日もダメだった。

 こうなってしまった要因は明白。

 全部……自分が至らないから……しっかりしてないから………母さんの期待に応えられず……母さんを悲しませてしまう…………役立たずでダメな自分だから。

 これは因果応報……自分が受けなければならない……当然の罰(むくい)なのだ。

 だって……いつまでも母が冷たく恐い人のままなのは、自分が元凶なのだから。

 

 バン!――――バン!――――バン!

 

 だから…どうということは無いのだ。

 

 だって……こんなのはいつものことだからだ。

 

 なら自分は、いつものように、痛みとか……辛さ……そんなものに何も感じないと……思いこめばいい。

 

 どうということは無い。

 

 これでも…我慢するということは、自分が誇れる特技だから。

 

 どうということは無い。

 

 今までだって……そうして自分を抑え込んできたのだから。

 

 どうということは無い。

 

 悪い子な自分には、むしろ母さんからの躾はむしろ温い方なのだから。

 

 何よりこれは、母からによる不甲斐無い自分への、愛情行為であるのだから。

 

 

 

 

 そう…悪い子なのは全部………わたし…なんだ。

 

 

 

 

 

 通気口から飛び降りて、転移してきた地点の廊下に戻ってきた勇夜。

 まださっきのショックから立ち直れず、心臓がバクバク鳴り、左手で胸を抑えながら、右手を壁に当ててどうにか身を支える。

 何度かの深呼吸と精神統一で、ようやく鼓動が正常になった。

 やっぱり、自分の予想した通りだった。

 だが実際目にすると、あらかじめ予想していても衝撃的であった。

 プレシア・テスタロッサは以前、とある研究を行っていた。

 使い魔を超える人造生命の育成の名の下に、人間の細胞から、元になったものとそっくりの人を生みだす技術。

 いわゆる……クローンの生成ってやつだ。

 

 その研究の名前は………プロジェクト――

 

「勇夜!」

 

 突然、アルフが大声を発しながらこちらに走ってきた。

 かなり切羽詰まって、泣きそうな表情(かお)をしている。

 

「何があった?」

「いいから来てくれよ!早く!」

 

 勇夜はアルフの後に続いて走り出した。

 長い長い、どこまでも続きそうな大理石の廊下を走り抜け、案内された先には一つの大きな金色の扉があった。

 表面に見事なレリーフが彫られているが、そんなレリーフの芸術的価値を測るなんていう悠長なことに気を止めてはいられない。

 彼女の方を見ると、いつもの勝気な少女はそこには無く、憤りと悲しさとやり切れなさと悔しさが入り混じった表情をした使い魔がそこにいた。

 耳も彼女の心情を代弁するかのように垂れ下がっている。

 

「アルフ?」

「勇夜…お願いだ…フェイトを――――」

 

 アルフが悲痛な面持ちで『フェイトを――』から言葉を繋げようとしたその時、扉の向こうから、声が聞こえた。

 正確には、それは悲鳴。

少女が激痛を訴える悲鳴と、鞭のようなものが人間の体を絶え間なく打ちのめす音。

 それだけで……たったそれだけの情報で中で何が起こっているのか理解できてしまった。

 認めようにも認めたく無くて、フェイトたちの母が、そんな外道じゃないと…何度もそう願った。

 だが真実は、どこまでも冷酷にそれを嘲笑して目の前にいた。

 どうしてだ?

 どうしてあの子が……あんな悲鳴を訴えなければならないんだ?

 やり方は、お世辞にも褒められたものじゃない。

 はっきり言って親孝行としては、邪道だ。

 それでも……家族の想いに応えてやろうと健気に走ってる女の子が、なんでこんな目に遭わなきゃならないんだ?

 なんで〝家族〟から……仕打ちを受けなければならないんだ?

 体が身震いする、特に強く握る両手は大きく震えあがった。

 その身の内には、黒い業火が燃え上がる。

 許せない……許せない許せない許せない…………絶対に許せない。

 家族なのに……自分たちが〝家族〟だってことぐらい、ちゃんと分かってるはずなのに………手が届いて、触れ合えるくらい近くにいると言うのに!

 

『マスター!落ちついて下さい!』

 

 相棒の忠告も空しく響き。

 どす黒い感情が、彼の心を埋め尽くしていった。

 

 

 

 

 

「下がってろ…」

 

 それが、あたしが玉座の間の扉の前に連れてきた時の、勇夜の第一声だった。

 同時に寒気で、体が心底震えあがり、髪が逆立った。

 建物の中が寒いわけじゃない、今目の前にいる少年から発せられる、どす黒く冷たい殺気。

 それを前に、本能的に彼の言う通り身を後ろに下がらせていた。

 だけど背中越しだというのに、自分に向けてはいないのに、刃を喉元に突きつけられたような感覚が襲いかかる。

 こんなこと、今まで無かった。

 初めて会った時も。特訓の組み手をしてもらった時も、ウルトラマンに変身した時でさえ、ここまで温かさが廃絶された眼差しも〝気〟も体から出すことはなかった。

 急に、この人が見知らぬ遠い人になっていく感覚になる。

 近づけない、狼としての本能が、勇夜は危険だと警告を絶えず発する。

 彼は扉の目の前に立ち、右腕を思いっきり振り上げると、力任せに扉に拳を叩きつけた。

 たったその一撃で、玉座の間に繋がりし分厚い扉が開いた。

 そしてその先にあったのは、ボロボロなバリアジャケットを羽織って倒れているフェイトと、魔力の鞭を形成したデバイスを持ったプレシアだった。

 お土産にと持ってきたケーキも、プレシアの逆麟に触れたのか無残に床に散乱、綺麗に焼き上げたパウンドも、バランス良く装飾された生クリームもイチゴも、不格好に撒き散らされていた。

 

「フェイト!!」

 

 アルフは気を失った主へと駆け寄り、抱き抱えた。

 華奢な彼女の体は鞭で撃たれた痕がいくつも新たに刻まれていた。

 アルフは納得できなかった。

 何でだよ、フェイトはちゃんと言われた通りのものを持ってきたじゃないか、21個全部じゃないけど、ちょっとでも母を喜ばせてあげようと、異相体とも戦って、同い年の女の子とも戦って、勇夜が毎日ご馳走してくれなきゃ、食べる暇も寝る暇も惜しんで、必死こいて集めていた筈だ。

 そんだけ全身全霊で臨んで、ちゃんと結果だって出したんだ。

 手づかずで成果が全くでなかったわけじゃないんだから、少しぐらい褒めてやっても良いじゃないか……なのになんでこんな仕打ちを?

 ここまでする必要はあるのか?

 こんな、躾に程遠い八つ当たりをする道理がどこにあるってんだよ!

 

「アルフ…」

 

 フェイトへの不条理に嘆くアルフの耳に、無感情にさえ感じられる、怜悧で低い声が横から響いた。

 

「悪いが、フェイトを連れて出てってくれ…この人と話がある……」

 

 勇夜の豹変に、惑いと不安がよぎるアルフだったが、彼の言った通りに、フェイトを連れて、玉座の間を後にした。

 

 

 

 

 

 

「いったい何の用かしら?人の家に土足で入り込んで、あまつさえ躾の邪魔をするなんて…」

 

 はあ? 躾? 今こいつは躾だと言ったのか?

 さっきまでやってたのが躾?

 聞き間違いかと思った。

 あれで躾だなんて、何と笑えない冗談かと笑いたくなった。

 どう見てもただの八つ当たりにしか見えなかっただろうが、年寄り風に言えば、最近の親は躾と暴力の境界さえ理解できないのか?

 そう無粋なことを考えたくなるほどに……フェイトに強いられた痛みは、余りに冷血な所業だった。

 

「あ、あなたね…フェイトに纏わりつくネズミ……かの噂の〝魔導殺し〟」

 

 この女―――プレシアを直に目にするのは、これが初めてだ。

 情報収集で集めた写真越しで、何度か見たことはある。

 けど、この黒装束の魔女があの子の母親だとは、とても信じられない。

 似ても似つかない。

 紫がかった黒い長髪も、氷のような鋭利な美貌も、何から何まで……同じ遺伝子を宿しているのかすら疑わしい。

 さっき目にした光景(ぎゃくたい)が、それを拍車にかける。

 

「質問が幾つかあるんだけどな…プレシア・テスタロッサ」

「答える義務は無いわ」

 

 プレシアの手からその髪と同じ紫色の稲妻が発生し、勇夜に向けて雷撃が放たれた。

 雷撃は彼を飲み込んで爆発を起こし、爆煙で勇夜の周囲が見えなくなる。

 大魔導師と呼称されるだけあり、プレシア・テスタロッサの一撃は凄まじかった。

 詠唱を使わずに、これだけの威力の魔力雷撃を実行したのである。

 そこらの魔導師なら、この一撃でリタイアになっているだろう。

 非殺傷なら気絶。殺傷なら確実に死亡レベルの威力だ。

 雷撃で生体組織をずたずたにされ、高熱で体内の水分が瞬く間に干やがり、最終的に死体は生前の形を留めずに焼け焦げた炭になり果てるでだろう。

 だが―――

 

「撃ってる暇があんなら…さっさと答えろ……」

 

 ―――爆煙の中からは、右手を真っ直ぐに翳して何事も無かったように立っている勇夜がいた。

 大理石の床は無残にも抉られているのに、彼は着ている服が少々焦げて煙を上げる以外は傷一つ付いてない。

 瞳もより鋭利で冷たく目つきを秘めており、巨人の姿の時は金色に輝く瞳も、人間態の今は光の欠片も無かった。

 あるのは―――凍えすら感じる無慈悲な闘気だけ。

 

「あの子はあんたからの『危ないお使い』を…必死でやったんだぞ、そんでこの始末とはどう言うことた?」

「必死ですって? 笑わせないでくれるかしら…」

 

 プレシアの美貌が、歪んだ笑みを形作り、彼の言葉を嘲笑して返す。

 

「これだけの時間をかけて、回収したジュエルシードはたったの4つ…大魔導師の娘としてはあまりにも期待外れだわ…」

 

 大魔導師…自分から高々を発したこの女の単語そのものには異論が無い。

 白状すると、〝魔導師〟としてなら、自分でもこの野郎には勝てなかった。

 今の一撃で即死していたかもしれない。

 だがその大魔導師さまからが口にした言葉には、白々しくて吐き気がした、

〝期待〟だとか、そんな言葉でフェイトを酷使してきたと言うのか?

 そうやって純粋な女の子の願いを、この女はずっと―――目じりの皺が、怒りでさらに増加される。

 

「期待外れ? そんなもんはなからあの子に持ってたのか?」

「どういう意味かしら」

「あんたの目を見れば嫌でも分かる、《アリシア》と生き写しなあの子への憎悪ってやつがな……」

 

 一瞬相手は、やや面喰った表情をした。

 その顔にこっちも面喰った。

 娘を蘇生させる結果をあげる為に、人らしさとか一切全て捨ててしまったのだと思っていたけど、まだそんな表情(かお)ができるとはな……それを表情(おもて)には出さなかったが、驚き自体は隠せなかった。

 だが彼女の容貌は、すぐに冷酷な笑みに戻った。

 

「………調べたのね、この短期間でそこまで、流石だわ」

「あんたの愛娘を死なせたあの魔導炉事故、20年以上も前のことなのにその子にそっくりなフェイト…そしてあんたのやってた研究、これだけあれば…フェイトがあんたの実験が生んだ、デザイナーベイビーだってことは検討がつくさ」

 

 彼女がフェイトの母親、どれだけ自分の心が納得できなくても、その事実に間違いは無い。

 しかし……実はフェイトは、こいつの体内の〝子宮〟の中で生まれてはいないのだ。

 ガラスの生体ポッド、それが彼女の母胎。

 ポッド内に蓄えられた液体、それが母体の羊水の代わりに彼女を自分で呼吸ができるまで育てた。

 正確に表現するならば、生前のアリシアそのものの姿になるまで、人工の母胎で、本来その身で経験する時間を、アリシアの記憶を代わりに植え付けられて生まれた。

 実際に目にしたわけでは無いが、彼女がそうしてこの世に受肉したことは間違いない。

 どうしても……もう一度、もう一度娘に会いたいと願ったこの野郎の願いによって、フェイトは……《アリシア》として…この世に生を受けた。

 

「そこまで知ってて、なぜあなたはあの〝人形〟に拘るのかしら?赤の他人でしかないあなたが」

「…………今………何て言った?」

 

 人形……だと? 勇夜の心がさらにささくれ立つ

 何を言っているのか、分からなかった……分かりたくもなかった。

 訂正すれば、分かっていたけど、認めたくなかった。

 我が子に〝憎しみ〟を抱くどころか、その子を〝人〟とさえ……みなしていない事実。

 そこへも容易に辿り付けた。

 簡単なことだ。仮にもアリシアとして生まれたフェイトが、なぜ〝フェイト〟という名前を持って生きているのか?

 プレシアにとって、あの子は〝失敗作〟だったのだ。

 この魔女にとって、アリシアには余計で致命的に異なり、許し難く、心を狂わせる最後の一押しとなる異物を、フェイトは持っていたのだ。

 

「何度も言わせないで…あれはわたしにとってはただの〝人形〟よ」

 

 なぜだ?

 生まれ方が違うだけで、アリシアと全く同じ遺伝子と、生き写しな容姿を持ってはいるけど、〝異なる存在〟であるあの子を、ちゃんと血の通ったあの子を…玩具だとでも言いたいのか? 人間だって認めてないのが?

 あの子を自分の手で生んだ子だって、思ってないのか?

 どうして〝アリシアでない〟だけで、こんな人でなしなことを言えるんだ!?

 

「教えてあげるわ…わたしにとっての娘は、アリシア只一人だけよ…」

 

 冷酷な美貌に、悲哀と言う名の揺れが加わりつつも――――

 

「私の時間も…愛情も…何もかも全部アリシアに上げるはずだった…それを叶えるためなら、世間にどう思われようとも構わなかった!」

 

 ――――恐らく…誰にも、一人たりとも、ついぞ知ることが無かった………この〝プレシア・テスタロッサ〟だった人間の闇―モノローグ。

 

「なのに…どうして…どうしてあんな人形に注がなくちゃいけないの!?あんなアリシアの出来損ないに、ただ似ているだけの失敗作に、愛情なんて、注げるわけ無いでしょ………」

 

 そうか……これですっきりした。

 

「だから、『全て』を取り戻すために、私は人形を生かしているだけ、用なんて済めば―――」

「だったら!!!」

 

 今―――やっと解ったのだ。

 この外道が、失敗作の烙印を押したフェイトを酷使してまで、ジュエルシードが欲しい理由、それを使って何をしようとしているのか、はっきりした。

 それを理解しただけに……それを達成した先に待つフェイトの運命を察してしまっただけに、黒く熱い憤怒溢れだしてくる。

 

「だったらな…今すぐ言えよ…」

 

 真意を汲み取ったからこそ、許せない。

 

「なんですって?」

 

 最初は、死なせてしまった愛娘への贖罪だった。

 ただもう一度会いたいと言う、願いからであった。

 科学者としての自分を捨てきれない自分に罪悪感を覚え、苦しみながらも、母と呼んで帰りを待っている子を、少しでも母として接してあげようとする前に、アリシアは帰らぬ人となった。

 魔女は、その現実と、自分自身さえ呪いながら今日までひたすらあの世から、彼女を連れ戻すことに生涯を捧げてきた。

 

「今言ったことを………その本音を、フェイトに今言って見せろよ!!」

 

 フェイトは、その過程で『アリシア』として生まれながら、別の存在として生まれてしまった。

 地球でも、ミットチルダでも、倫理的には問題があると言われるクローン技術。

 人によっては、フェイトのことを、この外道の罪の象徴だとでも言うだろう。

 生まれたこと自体が、彼女の存在そのものが罪だと言うやつもいるだろう。

 

「〝お前は自分の娘じゃない!〟〝アリシアの妹でも無い〟〝娘と似て非なる出来損ないの人形〟、自分があの子の母だって認められないなら!それを洗いざらいあの子に言え!!!言ってみろよ!!!!」

 

 でも俺にとっては……そう言い切れる理由がたとえ、あの子の出生を後から知ったからだとしても……フェイト・テスタロッサという一人の人間。

 一人の…一人でしかいない…たった一人の女の子なんだ。

 フェイトって名前が何よりの証拠だ。

 あの名前を彼女が付けられた理由は、特に意味は無い。きっとプレシアは自分には〝出来損ない〟なあの子に意味なんて与えたくなかったら、あのクローン技術の名称と同じものを付けたのだろう。

 でもその時点で、フェイトはアリシアの代わりでは無く、ちゃんとした自分(じが)を持つ人になれた……この世に一人しかいない存在になれたんだ。

 紛い者として生まれてしまったのが逃れようのない事実だけど、存在そのものは―――断じて〝紛い者〟じゃない。

 

「そして……あの子を解放しろ!」

 

 それを…人形だってほざきながら、散々痛めつけておきながら。

 

「あの子に縛り付けてる足枷を……解きやがれよ! 娘じゃねえんだろ!? なら今すぐできるよな!」

 

『目的』を果たすまでの道具としてしか見てないのに、自分の『娘』としてあの子を縛り付けて、己のエゴを満たすために、あの子に罪を重ねつけて道連れにして弄んでいる……このケダモノが許せない。

 

「真実を知れば、フェイトは何年も闇ん中を閉じこもるかもしれねえ、だがせめて、あの子を妹としてかわいがってやるさ…自分の娘とも、〝アリシアの妹〟としても見ようとしないあんたの代わりになぁぁ!!!」

 

 弄んでんのは、フェイトだけじゃない、アリシアもだ。

 物言わないこと良いことに、あの子の体をずっとポッドに閉じ込めて、生きることも死ぬことも許されない地獄を味あわせている。

 仮に現世に戻ったとしても、変わり果てた母の姿と、捨て石にされた〝妹〟の存在が、あの子の心を一生暗闇に落とし込むことだって、あり得ない話じゃない。

 娘――アリシアの為と言いながら、その娘たちに痛みと嘆きを強いている。

 見もしない、聞きもしないで、己が受けた悲劇を周りに押しつける。

 それが、この魔女の本性だ。

 

「黙りなさい…」

「黙れだぁ? 笑わせるなよ、フェイトを道具にしてんのは誰だ………一言もあの子の言葉を聞いてあげなかったのは誰だ……見てあげなかったのは誰だ……〝あの子たち〟に地獄を見せてんのは誰だ!!!それを見ない振りをしてんのは誰だ!!!あんただろ! てめえの下らないエゴの為に、娘(あのこ)たちを弄んでんじゃね!!!」

 

 

 勇夜の怒りは、一種の同族嫌悪、近親憎悪も混じっていた。

 彼も以前は、誰も言葉にも耳を貸さず、誰とも、自分とさえ向き合うことができず、フラストレーションを撒き散らして、心を閉ざしていた時期があったからだ。

 

「口で言っても解らない様ね、ネズミ如きに私と、私のたった一人の家族の問題に、減らず口で不躾に入りこまないでくれるかしら、どうもあなた、死にに急ぎたいようだし、これ以上耳障りなその声を飛ばし続けるなら―――」

 

 少なからず、彼の言葉が彼女の心に波紋を読んだのだろう。

 少女を生き返らせること以外、何も考えず、目的を遂げる機能以外全てすてた筈の魔女。

 それが勇夜の怒りによって、殺戮に特化させたようだ。

 今まで聞き手に徹していたプレシアは、懐からもう一つデバイスを取り出し。

 

「―――殺してあげる」

 

 殺意以外の情を、全て切り捨てた声音とともに掲げた。

 

 

 

 

 

『(あれはまさか!?)』

 

 いつもは冷静な勇夜の相棒も驚きを隠せない。

 なぜならそのデバイスは、余りに酷似していたからだ。

 勇夜―ゼロの世界で、〝怪獣使い〟と呼ばれる存在が使うアイテム。

 色が紫なことなど、細部に違いがあるが見間違いのようがない。

 

『サモン・ローディング』

 

 そのデバイスから、5つの光が放たれ、勇夜の周りを何周かすると、光から5体の西洋鎧の騎士に似た風貌をしたロボットたちが出現。

 体格も3mから10m近くとバラバラで武器も槍だったり両刃の大剣だったり斧と様々で、中には徒手空拳な巨体もいたが、明らかにリンクのマスターたる勇夜を狙っていた。

〝どう足掻いても……勝ち目は無い〟

 内の一体が馬上槍で勇夜に襲いかかる。

 鋭利な先端は、呆気なく彼に避けられ、空気のみが切り裂かれた。

 馬上槍の一体の攻撃が合図となり、一斉に兵士たちは得物を振るいだした。

 右に左に後方に身を逸らして凶刃たちを回避しつつ。

 

「零牙!」

 

 ブレイドモードの零牙を召喚し、鞘から抜いた剣先で兵士の猛攻を振り払う。

 一見顔つきは、凛と引き締まっているが、瞳は明確に、冷血な負の色で濁りきっていた。

 その黒き表情がまた、ウルトラ戦士も感情を持つ生命体にして、人であると言う証しであるとすれば、何たる皮肉か、憎悪を力の源とする闇の戦士と化してしまった彼は、苦も無くロボット兵を捌き切っていく。

 しかれど、勇夜を襲う牙は機械の兵士だけではなく、稲妻の閃光が迫る。

 プレシアからの雷撃だ。

 跳躍して宙返りをし、雷撃は勇夜でなく背後の壁に衝突し、平らな壁面は醜く抉り取られて変貌する。

 姿勢を整え、地に着地しようとする勇夜、がその前に眼前に剛胆な物体が迫り、鳩尾に巨体タイプの 兵士の正拳が捉えられ、壁面に激突し、四方に罅を刻ませた。

 そのまま地面に落ちる、その瞬間を相手方は逃す筈もなく、馬上槍の一体が、今度こそ勇夜を串刺しにしようと打突。

 横たわったまま横転し、槍先をいなす勇夜。

 瞳の黒さと闘志は、壁面に身が衝突された程度では減滅の効果を為さない。

 額を貫こうとした尖端を、左腕で槍を掴み止め、次の瞬間、馬上槍のロボットは右手の零牙の剣閃で四肢を切断された。

 そう…この機械の兵士たちに、〝勝機〟―――など、端から無かったのだ。

 マシンである為、一体がやられた程度では兵士たちは怖気もせず、他の四体が彼を取り囲み、一斉に攻撃を仕掛けるが、勇夜は刀身に、エネルギーを込めると横薙ぎに一閃。

 その斬波に三体は両断され、最後に残った一番巨体で二回りも大きな一体は、勇夜に拳を振るうが、難なく左手の掌で受け止めると、腕力で一気に相手の腕をねじ切り、右手の一撃で腹部を言葉の通りに貫いた。

 そして、プレシアに冷酷な瞳を向ける。

 向けられた彼女の手には先ほどの一撃以上の凄まじい雷の魔力が溜められていた。

 さっきのロボットは、最初から時間稼ぎのために召喚した噛ませ役だったのである。

 

「消えなさい!!!」

 

 明確な殺意を込めて、雷撃が放たれる。

 対して勇夜も掌を広げた右腕を突きだした。

 稲妻が、勇夜とプレシアとの間の中心地点で阻まれた。

 何も阻むものは―――在る。

 ただ見えないだけだ。

 ウルトラマンゼロが勇夜の姿でも使えるウルトラの力。

 

『ウルトラテレキネシス』

 

 彼の右手から放たれる念力波動だ。

 雷と念動のせめぎ合い。

 互角で拮抗だ。

 だが、次第に雷鳴の龍が、不可視の鉄球を押し始める。

 

「終わりよ……魔導殺し」

 

 執念。言葉にするならその一言が、雷の龍の活力となり、念波動を撃ち破って勇夜に馳突して行った。

 その雷は今度こそ、勇夜の肉体を完膚なきまで破壊する―――はずであった。

 

 

 

 

 

 雷撃を放った直後。

 プレシアの右手に持っていたデバイスは切断され、彼女の喉元に刃が突きつけられていた。

 しかしその刃は、零牙ではなかった。

 銀色、三日月状で身の丈近くある長さと、両端にそれぞれ長さの違う片刃の大刀。

〝彼〟が使う二振りの宇宙ブーメラン、ゼロスラッガーが変形してできあがった武器……ゼロツインソード。

 そして、その大剣を突きつけるのは、青、赤、銀の色を帯びた三色――トリコロールの戦士、ウルトラマンゼロ。

 プレシアは信じられないと言う顔をする。

 距離にして、10mあったはずなのに……間違いなく仕留められる一撃だったはずなのに、ましてや彼がこうして変身して、自分を追い詰めることなんて、よくまわりを見渡してみると、彼女から見て左側にあたる壁が大きく抉れていた。

 そう…魔導師としてなら勇夜に勝ち目は無かった。

 だが、《戦士》としてならば―――話は別となってくる。

 勇夜――ウルトラマンゼロはこの平行世界に来てからも、心身を鍛えることを怠らなかった。

 海鳴に来てからも、情報収集や調理の合間を縫って、リンクの仮想シュミレータを使って鍛錬を欠かさずにいた。

 その日頃の研讃の結果、人間態でもある程度ウルトラマンの力を行使できるようになった。

 彼が『ディファレーターパワー』と命名したエネルギー。

 本来は〝ウルトラマン〟にならなければ扱えぬ能力で、かつスペシウム光線のような、大火力の遠距離攻撃はできず、当然魔法のように非殺傷にもできないので人間相手に使える代物でないなどデメリットも小さくは無いが、肉体と得物に付加させることで攻撃力が強化され、魔法よりも早く発動できるメリットを持つ。

 特に、今はスクラップと化したメカ相手には有効的であった。

 フェイトのフォトンランサー、プレシアの雷撃を受け止めたのも、そのエネルギーで張ったバリア。

《ゼロディフェンサー》

 今の一撃もこのバリアでまず受け止め、向きを斜めにずらして受け流したのである。

 そして間髪いれずゼロに変身し、彼女が視認できないスピードで、相手へ踏み込み距離を詰め、ゼロツインソードを居合の要領による斬撃でデバイスを切り裂き、こうして喉に突きつけたのである。

 戦士としてなら、戦いを経験したきた者なら、彼の方が上手だった。

 重ねて言えば、彼をウルトラマンに変身させるまでに追い込んだプレシアも、人外と見なされてしまいそうな稀代の魔女とも言える。

 けれど……その魔女たるプレシアは身動きがとれなかった。

 この距離で下手に撃てば自分も巻き込むのもあるのだが、文字通り身動きができなかった。

 自分の体が、いうことを聞いてくれない。

 体が…心が…この男は危険だと叫んでいるのに、応えてくれない。

 ウルトラ念力による……金縛り。

 全てのウルトラ一族が持つ能力だが、特に父ウルトラセブンとゼロはトップクラスの使い手。

 人間体でも、怪獣やウルトラマンクラスの巨人の動きを封じる有効な技である。

 並の人間相手なら、そのまま為す術も無く金縛りにできる。

 プレシアにとって今目の前にいる相手は、感情が表情として表せない鉄面皮と金色の瞳を見せながら、明確な殺意を発するこの少年は、まさに死神だった。

 殺される…人知を超えた超人によって……生物しての本能がそう感じた。

 だがゼロは、怒りに震える声で。

 

「臆病者が…」

 

 そう吐き捨て、背を向けると、プレシアにかけていた金縛りの念力を解除した。

 体が硬直していた影響と、〝彼女そのものを蝕むもの〟の影響で、プレシアの息は激しく乱れ、しばらく立てそうも無かった。

 しかし、一方で彼女は、まだ念力の金縛りがかけられたように呆然としていた。

 ゼロに殺される瀬戸際まで追い込まれたショックと、彼が先ほど言ったある言葉を切っ掛けに、ずっと忘れていた『あること』を、この瞬間思い出したことで硬直を強いられていた。

 それを知る由も無いゼロは、一度も彼女に目を向けることも無く人間体―――諸星勇夜の姿へと戻り、玉座の間を退室した。

 

 

 

 

 

 玉座の間を出て、真っ先に目に入ったのは、まだ眠ったままのフェイトと、沈んだ表情で彼女を抱えるアルフだった。

 

「ゆ…勇夜………あのさ…」

 

 眠りの床に着いているフェイトと違い、彼女は扉越しに会話と真実の一部始終を聞いてしまっていた。

 

「後にしてくれ……帰るぞ」

 

 勇夜は自分とフェイト達の足元に、青緑色の転移魔法用の魔法陣がしくと。

 

「次元転移…目標地点…遠見市、■■■マンション屋上」

 

 三人の姿は、魔法陣から発せられる光に包まれて消えた。

 




このお話を一言で表すなら、『ウルトラマンだって、人の子だもの』
でもこのバランスで描けるのもゼロならではあります。

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