ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章   作:フォレス・ノースウッド

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※勇夜ゼロの鬼指導は父譲りです。普段はぶっきらぼうだけどきさくな彼ですが、『教える』という行為をやり出すと……


EP10 - 見えない裏側

 分かっていたつもりだった。

 たった今、修行の一環で組み手をしている相手とは、決定的な力量差があることを。

 拳での殴り合いには自信があったけど、上には上がいたってことを。

 でも……何度も組みあって、相手は想像以上の上手だと思い知らされた。

 息が苦しい。短いサイクルで、荒い呼吸が繰り返される。

 仰向けに地に伏せられた体が疲労で重たく、起き上がりたいのに、起きあがらない。

 まるで、腹筋したいのに一回もまともに起き上がれない運動音痴みたいに言うことを体が聞いてくれない。

 全身から汗が流れ出て、ボディラインにフィットされた露出の多い服に染み付き、痛覚が汗と布が混じった感触が不快だと訴え続けていた。

 自分はこんな有様だってのに。

 

「おい……大丈夫か?」

 

 対して、さっきまで自分とやり合い、タバコを吸う姿がやけに様になりそうな体勢で見下ろす相手は、息の一つも乱していない。

 こっちは全速力で走っていたのに、彼は軽い散歩をしてきたようにけろっとしている。

 どんだけタフな体してんだよ!?

 失礼な言い方かもしれないし、使い魔のあたしがいうのもなんだけど、本当に人間なのかと疑いたくなった。

 あたしたちの世界では、並大抵の相手なら腕っ節だけで魔導師とやりあって勝ってしまうことから、〝魔導殺し〟なんて異名が付きくらいのやり手。

 魔導師としても秀でた実力者として結構有名なのに、実力があれば10代での管理局の高官に出世できてしまう私たちの世界で未だに嘱託魔導師の立場を貫く異端者で、11年前にミットチルダに迷い込んだ時空漂流者。

 諸星……勇夜。

 

「ほらよ、しばらく休憩だ」

 

 勇夜が差し出してきたのは、青に刻まれた白い文字のラインが特徴で、綺麗な水をイメージさせるこの日本って国で売られてる清涼飲料水。なんでも、体の中の水分とほぼ同じ成分になっているらしい。

 すぐにでも水が欲しかった。

 今マンションの屋上にいて、夜だってのに、真昼間の砂漠を長時間歩いてきた気分だ。

 キャップをとると、直ぐにボトルに入った半透明の液体を口の中に放り込む。

 体内の水と同じという謳い文句は本当らしい。

 まだ体は重いが、全身に潤いが戻ってくるのがまざまざと感じられる。

 飲料水を与えてくれた……今は先生な立ち位置の勇夜は、あたしからのわがままでこうして毎晩、組み手に付き合ってもらっていた。

 

 

 

 

 

 アルフの相棒で主人でも、姉妹同然な仲でもあるフェイトは、空中での高速機動による接近戦がメインの魔導師だ。

 アルフも一応空は飛べるのだが、元が狼であるせいか、フェイトほどうまくは飛べない。

 陸上での競争なら負けないのに、空での追いかけっこでは、いつもアルフが連敗記録を更新させていた。

 だから彼女は、戦闘の時には中~遠距離の後方支援がメインにしつつ、フェイトのスピードで翻弄された相手の隙を突いて殴りこむのが役目。

 前述の彼女の独白の通り、アルフは肉弾戦には自信があった。

 けれど勇夜に指南を求めた際、アルフはまず体から鍛えろと言われた。

 大まかなメニューは3つ。 

 

 まず常人より多目な準備運動とトレーニング、腹筋だけで1000回を超えるのは当たり前。

 二つ目に、雑念を捨てる為の黙想。

 そして実戦重視の組み手。

 

 これらのメニューを結界内で行っていた。

 この手の魔法の効能として、結界の内部では時間の経過が結界の外と異なる。

 外では数十秒の時間だが、内部では一時間前後。

 よって実質、短くて半日、長くて丸一日分ぶっ通しの特訓であった。

 

 くどいようだが、アルフ自身、素手での格闘なら自信はあった。

 だからこそ、あそこまで攻撃が通らないと思わなかった。

 何度殴っても、何度蹴っても、相手には全く当たらない。

 避けられるか、弾かれるか、払いのけられるかだ。

 そのくせ、勇夜からの攻撃はほぼまともに受けることになる。

 拳は弾丸のように速いし、手刀は刃のように鋭いし、蹴りはハンマーのように重いし、気がつくと自分の体が宙に浮いて投げられ、地面に叩きつけられたのを一泊遅れて自覚させられるのが何度もあった。

 特に投げ技は、一番きつかった。

 勇夜によると投げ技は、自分の体重がそのままダメージとして自分に伝わり、どんなに身をクッションや鎧で覆っても、ほとんど意味がないらしい。

 きついと言えばきつ過ぎる特訓だったが、気になることが。

 実質組み手で使う〝武器〟は己が肉体だけ、魔法だって一切使われない。

 アルフはなんでこんな訓練内容なのかって聞いてみると。

 

「運動を繰り返すとな、体内の魔力循環の巡りが良くなって効率良く、かつ素早く魔法も使えるようになんだよ」

 

 と、一応ちゃんとした理屈込みの返答が帰ってきた。

 

 おまけに、稽古中の勇夜はとにかく厳しい。

 鬼、鬼畜、鬼気、鬼面、鬼教官、鬼軍曹。

 言葉で表現すると必ず〝鬼〟がつくほどに厳しい。

 容赦は無し、甘えも慈悲も一切無く、地球の言葉で言う〝スパルタ〟。

 ほめて伸ばすタイプだったフェイトの〝家庭教師兼乳母さん〟だった〝あの人〟の魔法の授業とは、180度正反対。

 休憩は適度に入れてはくれるが、それまでは砂漠で長時間全力で走らされるような地獄を味わされる。

 その間、ちょっとでも泣き言が入ると。

 

「お前の耳と鼻と目と馬鹿力と俊敏性は飾りか!!?人より頑丈で恵まれた体を持っておいてそのザマはなんだ!?」

 

「体で覚えこまなければならないことを、口先で逃げるような野郎は足手まといだ!」

 

「一体お前が使い魔として、相棒としてどんな努力をしたんだ?使い魔アルフはフェイトに一体何をした?」

 

「その顔はなんだ!?その眼はなんだ!?その涙はなんだ!?お前がやらなくて誰がやる!?お前の涙で……フェイトを救えるのか!?」

 

 手までは上げなかったが、特訓中アルフは徹底的に彼からドスの利いた重低音の怒鳴り声で叱責罵倒された。

 根性精神と、合理的トレーニングが、見事に合わさった特訓であった。

 まだ始めてから数日しかたってないので、アルフには体に変化があるのかまだ分からない、それこそ一 朝一夕で鍛えられるなら苦労はしないけど。

 とりあえずメンタルは、鬼教官と化した勇夜の言葉攻めの数々で確実に鍛えられている、という実感だけは、はっきりとアルフにはあった。

 

 

 

 

 

 

 勇夜に嘆願して始まった修行初日から数日経ったある日の夜、アルフは先生である彼に、特訓とは関わりが薄い質問をした。

 

「あのさ…あんたのデバイス見せてくれない?」

 

 藪から棒であったが、当人はどうしても気になることがあったのだ。

 一応自身の先生なんだし、彼のその強さの一端を見たい欲求が実のとこある。

 

「いいけど振り回すなよ、おもちゃじゃねぇんだから」

「あたしはそこまで子どもじゃない!」

 

 彼の釘を刺す意味合いが入った忠言に、ついカッとなるアルフ。

 反論はしたけれど、実際実年齢ならフェイトより年下の3歳な使い魔である。

 死病に晒され、群れから捨てられたところをフェイトの仮の使い魔契約で転生したのは3年前、これが普通のワンコなら三十路間近ではあったりする。

 どちらにしろ「ガキじゃねえ!」、或いは「おばさんって言うな!」とこんな感じでアルフは声を荒げて反論するだろう。

 

「リンク」

『はいマスター』

 

 彼は中指に指輪形態リンクがにはめられている左手を、肩の位置まで上げて、直線に伸ばした。

 地面に青緑色の魔法陣が現れ、勇夜は起動用パスワードを唱える。

 

「〝古より受け継がれし光よ、我の剣と銃と鎧となりて、邪悪なる意志を薙ぎ払え、契約のもと、絆を守護せし希望を我に――〟」

 

 なぜに勇夜はわざわざ、デバイスを召喚するのに長い言葉の羅列を発しているのか? と言うと、自身の得物が他人に悪用されないように、当人以外は触れることのできない魔力フィールドを張っているからだ。

 解除には勇夜の声紋と魔力による認証も必要なので、詠唱を覚えただけではフィールドは解けない仕組み、尤も勇夜が彼女を信頼しているからこそ、こうして堂々とコードを唱えているのである。

 

「〝零牙―――SET――UP!〟」

 

 大方の魔導師なら、彼の指にはめられた指輪――リンクが杖か武器へと変わると想像するだろう。

 だが彼の場合は少々違う。

 リンクから、青緑色をした雪のようなマリンスノーのような粒子が溢れだす、最初は無軌道に溢れていたそれは、勇夜の左手を中心に集まり、一瞬光輝くと、実体化したそれを勇夜は手に取った。

 それは鞘が着いた一振りの剣だ、ただアルフが文献などで見た剣と違って、弓みたいに刀身が曲がっている。

 

「こいつの基本モードの元になった剣は刀っていってな、この日本で独自に発展した刀剣さ」

 

 そう言うとそれを鞘から抜いた。

 鞘に隠されていた刃が、月の光に照らされて反射し、光沢を魅せる。

 

「綺麗…」

 

 一度目にしたことがあるにも拘らず、アルフは気が付くと見惚れつつそう呟いていた。

 刀は普通の両刃の剣と違って刃があるのは片方のみで、やはりやや湾曲している。

 刀身は雲のような模様が幾つも並べられ、日頃から手入れをしているのか新品同然に受けた光を反射し、この上ない美しさを醸し出していた。

 それでいて、見ただけでこちらを容易く切り裂いてしまうような武器としての鋭さを秘めた武骨さも兼ね備えている。

 芸術には疎いけど、優れた美術品や工芸品を目にした時、なんとなくこんな感情が浮かんでくるんだろうなとアルフは感じた。

 いくつか気になることはあるけど、まずは――

 

「てっきり、そのリンクが変形するのかと思ってた」

 

 ―――そう……デバイスを起動したにも関わらず、リンクは指輪のまま勇夜の左手に収まっている。

 戦闘の時は腕輪だったから、指輪が彼女の待機形態なんだろう。

 

『私は、バリアジャケットの生成、魔法発動と戦闘のサポートが主な役割です、武器の使用と、それを介して発動する一部の技は、この非人格型アームドデバイスの『零牙』が行います』

 

 デバイスには容量に大差あるが物体を格納できる機能があり、この零牙も普段はリンクによって厳重に保管され、必要に応じて取り出しているとのこと。

 

「アームドってことは、べルカ式も使うのかい?」

「いや、一応練習はしてたが、似たようなレアスキルがあるから、あんま使わねえな」

 

 そのレアスキルや、デバイスを二つ所有していることも気になるが――

 

「こっからは企業秘密だ」

 

 ――とはぐらかされてしまった。

 まあともかく、異相体との戦いから、フェイトと同じ接近戦がメインだけど、万能型のオールラウンダ―でもあることは分かった。

 意外とフェイトと共通点が多いと気づかされるアルフだった。

 

「ねえ、ちょっと魔力弾を撃ち込んでみてもいい?」

「いいぜ」

 

 さらに〝先生〟の強さを確かめたくなったアルフは、予め了承を得ると、魔力弾を数発、生成した。

 勇夜も刀を鞘に納め、フェイトと対峙した時のように居合腰に構える。

 アルフは勇夜に向けて魔力弾を撃った。

 すると信じられない光景が目に写った。

 彼は刀を抜いて振るうと、全ての魔力弾がろうそくの火のように消し飛んだ。

 使い魔であるアルフの目でもまともに見えないくらい素早い抜刀により発生した風圧で、〝魔力弾を掻き消した〟のである。

 

「嘘だろ……」

「ようは使い手の使い方次第ってやつだよ、体も魔法も、〝何もかも〟な」

 

 やはり『魔導殺し』の異名は伊達じゃない。

 噂で流れゆく武勇伝も、ほぼ誇張がなされない掛け値なしの本物であろう。

 彼の力量を毎日間近で見てたためか、魔法も世界に存在する『力』の一端でしかないという見解が、最近の彼女に芽生えていた。

 使い手次第ってのにも同感、鍛え方次第で、徒手空拳だけでもとんでもない強さを持てるのは決して不可能ではないことを教えられたのだから。

 

「持ってみるか?」

「いいのかい?」

「ああ、気をつけろよ」

 

 彼から零牙を受け取った。

 実際持ってみると……予想以上の重さだった。

 本とかで見た剣の構えを、見よう見まねでやってみた。

 柄の一番後ろをへその前に付けて、正眼と呼ばれているらしい基本の構えをとる。

 

「力入れ過ぎだ、こういうのは卵持つぐらいの握力でいいんだぜ」

「た、卵っ!?」

 

 これを勇夜の言う通り卵を持つぐらいの握力で振ってみろと言われても、無理としか言えない。

 腕っ節も脅威的で、この刀を目に止まらないまでの速さで手足のように扱い、バルディッシュだけを切って寸止めできちゃうこの男は――

 

「何者なんだいあんた?」

 

 様々な意味合いを含んだその言葉を無意識の内に声に出していた。

 一拍置いて、意識するに至る。

 どうしよう、どう言い分すれば、いいのか。

 

「聞きたいか?」

「いや……やっぱいいかな」

「ん?………ならいいけど」

 

 とりあえずほっとした。何か今は聞かない方が良いと、本能が訴えてきたからだ。

 今は気にしてないけど、初めて会った時………というか打ちのめされた時、内心使い魔としてのプライドをずたずたに壊されて心中複雑だったし。

 勇夜は零牙を鞘に納刀し、それをまた粒子化させるとリンクへと戻っていった。

 

「ところでさ…こっちも少し聞いていいか?」

「なんだい?」

「アリシアって女の子に…聞き覚えがあるか?」

「…………」

 

 訳が分からなかった。

 そもそも自分には見知った人間は、フェイトに〝乳母さん〟に〝あいつ〟ぐらいで、男と知り合いになったのも勇夜が初めてだった。

 アリシアなんて子など、全く聞いたことが無い。

 

「フェイトの姉貴らしくてな、あの子が生まれる前に死んだらしいんだが」

 

 フェイトに……お姉さんが?

 そんなこと……初耳だ。

 あいつの使い魔でもあった〝あの人〟だって、知らなかったかもしれない。

 

「アルフ?」

「え?あっいや…」

「…………やっぱうまくいってねえんだな…フェイトとプレシア・テスタロッサは…」

「……っ!………知ってたのかい?」

「お前らの様子を見て、薄々」

「っ……………………昔からなんだよ、あいつはいつも研究室に籠って、まともにフェイトと顔を合わすこともしなかった……飯の時だって―――」

 

 気が付くと、ごく自然に本音がアルフの口から溢れ始めた。

 あいつは、あたしが使い魔としてフェイトと契約した頃には話どころか、顔さえ、フェイトにも合わせなかった。

 日頃の面倒も、その先生兼乳母さんの使い魔に押しつけっ放しで、一緒にいる貴重な時間でもあった食事の時も、気まずい空気を流しまくって、まともに飯の味を感じたためしが無い。

 だからアルフから見た〝あいつ〟は、〝母親失格の人でなし〟でしかない。

 自分から見れば、〝あの人〟の方がずっと母親らしかったくらいだ。

 

「なのに……フェイトに危ないお使いさせといて、お褒めの言葉を一つもかけてくれない……」

 

 あいつが実の娘を冷徹に振る舞う度に、フェイトは寂しい気持ちを無理に笑ってごまかしてきた。

 本当は思いっきり泣きたいのに、思いっきり抱き締めてもらいたいのに。

 その気持ちは昔から変わってない、今だって。

 

「でも…それと、そのアリシアって奴とどんな関係が…」

「前にな、20年以上前の魔導炉実験の事故の記事を見たことがあって、その開発主任がプレシアだったのさ、そのアリシアって娘さんもその事故に巻き込まれて亡くなってんだけど…」

 

 20年以上……その単語に胸がざわめく。

 

「そのことで、フェイトから何か聞いてないか?」

 

 確かフェイトから、自分はその頃に生まれて、勇夜の言うその事故で20年くらい昏睡状態になって、5年前に目が覚めたという話を思い出して照らし合わせる。

 どういうこと? これでは辻褄が合わない。

 双子で、一緒にその事故に巻き込まれたってことは考えられるけど、それならフェイトがアリシアのことを覚えてないのはおかしい。

 

「そのアリシアの写真を見つけたんだけどさ………見るか?」

 

 勇夜はポケットから、表を伏せた状態で写真を取り出した。

 なんでだろうか?

 よく分からないけど、見ない方が良いってこころが警告してくる。

 フェイトのお姉さんなその人の顔は見るな、その先には踏み込むなって、警鐘は絶えず響く。

 

「無理にはいわねぇよ……アルフにはかなりどぎつい代物だからさ」

 

 でも、警告を鳴らす本能よりも、好奇心が凌駕した。

 

「うん…みせて」

 

 一言で、アルフは了承した。

 それでも、聞かなきゃ……見なきゃいけない気がしたからだ。

 勇夜は懐から紙を一枚出してあたしから見て、裏返しに差し出した。

 アルフはそれを手にとって見る。

 

 

 

 

 

 写真の主を目にしてから、どれくらい経っていたか。

 実際の時間よりも、長く流れてた気がした。

 それだけ、手に持つ写真は衝撃的なものだった。

 

「言っておくが、写ってるのはフェイトじゃないぞ」

「そ、そんな……だっ………だっ……だ、だって」

 

 だって、写っているのは………どこからどう見てもフェイトそのものじゃないか。

 髪の色だって、目の色だって、顔つきだって。

 何から何まで……生き写しのドッペルゲンガーだった。

 

「なんなら、事故の時の記事を見るか……その写真はその記事から切り出したもんだ、ついでに……アリシアが亡くなった時の歳は……」

 

 聞いちゃいけない、聞いたら、ここで聞いてしまったら。

 なのに勇夜の口を制せられずに、聞いてしまった。

 

「6歳だ」

 

 フェイトが、昏睡した年齢と一致する。なのに双子みたいにこんなに似てるなんて…髪の色も、瞳の色も、顔つきまで一緒なんて…他人の空似なんて次元じゃない。

 なのにフェイトは、双子で学校に通う前だったから、本来ならいつも一緒にいたはずの彼女のことを、何も覚えていない。

 

「ちなみに父親は、アリシアが物心つく前に別れたらしい…」

 

 フェイトはちょうど同じようなことを言ったことがある『自分が物心つく前に』って…その後再婚したって話は聞かない。

 雄と雌が一緒じゃなきゃ、子は生まれないってことはアルフだって知ってる。

 

 じゃあ……フェイトはどうやって生まれてきたの?

 

 なんでその死んだ姉さんとあんなにそっくりなの?

 

 どうしてフェイトは、そのアリシアのことを知らないの?

 

 分からない、分からない、分からない。

 

 疑問だけが、脳内で膨れ上がってくる。

 

 なんで……なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで

 

 

 

 

 

「アルフ?」

「………っ!?」

 

 勇夜の一言で、疑問の渦に呑まれそうだったあたしは、なんとか現実に戻ってこれた。

 でも、一度心に生まれたしこりそのものは、まだ残ったままだ。

 

「悪いな…嫌なこと聞いちまって……今日の組み手はこれでお開きだ」

 

 そのまま、結界を解除し、その場を立ち去ろうとする勇夜。

 

「勇夜…」

 

 思わず引き留めるけど、何を聞こうと言うのだろう?

 アリシアのこと?

 フェイトのこと?

 それとも二人の親であるあいつのこと?

 多分何もかも、全部だ。

 知りたいくせに、全部知るのが怖いとさえ思う、そんな己を自虐した。

 何て贅沢者だろう……自分って。

 一度、経験してるからかもしれない。

 昔、使い魔は用が終われば主から縁を切られて消滅する運命であることを知って、精神――こころが叩きのめされて、自暴自棄になってしまったことがあるから。

 あの経験に相当する真実が、きっとあの親子たちにはあるんだ。

 だから知りたいけど、それを躊躇ってしまう、どっち着かずな今になってるんだ。

 

「俺も今教えたこと以上は知らない………それに今のお前に、稽古組む余裕あんのか?」

 

 思えば、あの時、勇夜が全てを話さなかったのは…英断だったと思う。

 だって…あの後に全てを聞いた時、自分の中にあった引っかかりが全て解けたと同時に………まるで、自分のことのように絶望してしまったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 インテリジェントデバイス。

 端的に言うと、AIを搭載した、人格を持つ魔法の杖である。

 使い方次第では、魔導士のポテンシャルを最大限に引き出せるが、術者が未熟だったり、デバイスとのコンビーネーションがなってなかったりするとまともに扱えない代物だ。

 それに大変高価な代物、車なら高級車レベルに相当し、またAIを搭載する使用上、構造がとても複雑で脆弱なので、あまり一般には浸透していない。

 一方で、ビギナーにも優しいチュートリアル機能がインテリジェントデバイスにはある。

 たとえば高町なのはとレイジングハートの場合。

 今、彼女は授業中なのだが――

 

『イメージトレーニングを開始します』

 

 ――なのはの視界は、授業を教える先生と黒板と、それを受ける生徒との授業風景から、青空と雲に変わり、海原を見渡せるほどの高さに浮いていた。

 

「ふぇぇ…」

 

 もう何度か空を飛んだ経験はあるが、その光景に言葉が出なかった。

 この眼に写る光景が、レイジングハートが作り上げた仮想空間であり、なのはの脳内映像だというのだから驚きである。

 仮想世界は、全てのインテリジェントデバイスに搭載されている機能だ。

 

『戦闘には速度やパワーも必要ですが、それよりもさらに必要なものがあります、それが何か分かりますか?』

「えぇーと、負けない気持ちとか…」

 

 とっさに思い浮かべた言葉で答えてみた。

 漫画では、結構それで活路を見出したりするけど。

 

『好ましい回答ですが、少し違います』

「えっと…」

『知恵と戦術…すなわち自分の力をどう使いつつ、勝利に持っていくかです』

 

 前にレイジングハートは自身を『高性能な乗り物』と呼び、〝乗り物は乗り手がいないと性能を発揮できない〟と言った。

 その乗り手が使いこなすために必要なのが、〝知恵と戦術〟ってことなのだと、ぼんやりとだが、どうにかレイジングハートの言うことは理解できた。

 そうしてトレーニングが開始される。

 この仮想シュミレータ―のおかげで、なのはは授業中でも魔法の練習が行えた。

 

 

 だが熱心にレイジングハートの教導を受けている一方で彼女の頭は……同じジュエルシードの収集が目的でありながら、自分と戦闘を行い、叩きのめした金髪の女の子のことで一杯だった。

 初めて会った時、なぜか昔の自分も思い出した。

 ずっと一人だと思い込んで、塞ぎこんでいたあの頃の自分。

 いや…あの子の抱えてるものはひょっとしたらあの頃の私以上かもしれない。

 

〝ごめんね…〟

 

 と詫びておきながら、自分を落とした少女。

 どうしてあんな寂しい目をしてまで、ジュエルシードを集めてるんだろ?

 どうしても、自分と戦ってまでも、あの宝石を何が何でも集めてまでも、叶えたいものがあるから?

 なら、それは何?

 気がつけば一日中、彼女のことが頭から離れなかった。

 それは言葉に出さなくても……顔に出てしまっていた。

 

「いい加減にしなさいよ!」

 

 その証拠に……放課後の夕陽が指す頃、なのははいつものようにアリサとすずかと三人で帰っていたのだが、物思いにふけているなのはの態度にアリサの堪忍袋の緒が切れた。

 

「あんたね、最近何話してもぼーと上の空であんた何考えてんの!?」

 

 なまじ親友であるがゆえ言葉に出さなくても、顔で『何か悩みがある』ことが筒抜けだったのである。

 

「ごめん…」

 

 そして内容が内容なだけにまともに話せず、そしてうまく誤魔化すための言葉を持たないなのはには『ごめん』以外に返せる言葉が無く。

 

「ごめんじゃない! あたしたちと話してるのがそんなに退屈ならいくらでもぼーっとしてなさいよ! 謝るくらいなら………事情くらい教えてもらっても……いいじゃない!」

「アリサちゃん!」

 

 それを素直に受け止められるほど、気持ちに余裕が無いアリサはその場を走り去って行った。

 

「なのはちゃん…」

「いいよ、今のはわたしが悪いから……アリサちゃんの所に行ってあげて」

「ごめんね…」

 

 なのはを置いていくことが申し訳なさを感じつつも、アリサが去っていった方向に走って行った。

 

 

 

 

 

 そう言えば、一昨日のことだ。

 光兄が見周りから帰ってきた時、丁度今の自分みたいな表情をしていたような気がする。

 やっぱり…わたしのわがままから…光兄もユーノ君も、ほんとはあたしにこんなことさせたくなかったんだ。

 たとえ、自分にレイジングハートという乗り物を乗りこなせる力があるといっても、

 特に光兄は昔、王国を守護する騎士さんだったこともあって、やっぱりあたしみたいな女の子を戦わせることに抵抗感があるんだと思う。

 昨日は許してくれたけど、怪我もしちゃったし、その気持ちはありがたい。

 でも、あの人が……あの、口調は荒いけど、自分を叱咤してくれた光の巨人。

 

『ウルトラマンゼロ』

 

 あの人が言ってくれたように、中途半端に終わりたくない、終わらせたくない。

 たとえわがままでも、自分がやりたいと言いだしたのだ。

 ここで中途半端に止めたら、私は絶対後悔する。

 だからちゃんと言おう。

 わたしは、〝辞めない〟って。

 

 

 

 

 

 親友への苛立ちで、アリサは前を向く余裕も無いまま走っていたため。

 

「きゃ!………ごめんなさい!」

 

 通行人とぶつかってしまった。

 相手の顔を見ないまま、頭を下げ、顔を上げると。

 

「あ…あんた……」

「アリサちゃん!」

 

 そして、アリサを追いかけてきたすずかも。

 

「あ……」

 

 その人に釘付けになったからである。

 

「なんだ?」

 

 その通行人が何を隠そう、先日のサッカーの試合で選手を差し置いて名プレーを披露した少年、諸星勇夜だったからである。

 

 

 

 

 

「で、その親友が、理由は分かんねえけど悩んでて、あんたらに話してくれないことに怒って走ってきたら、俺とぶつかったってわけか…」

 

 アリサとすずかは、近くの公園でブランコに座りながら、向かいの金具に座り、今ぶっきらぼうな口調でいきさつを聞いて要約した勇夜と話していた

 

「そうなんです…」

 

 俯いたまま、何も言わないアリサの代わりにすずかが答える。

 あの後直ぐに立ち去ろうとしたが…「そんなに急いでどこ行くつもりだ?それとも友達と喧嘩したのか?」とあながち的外れでもないことを聞いてきた。

 それから、そんなこんなで今に至っている。

 

「なのはは隠してるつもりなんだけど、悩んでいること、見え見えで……困ってることも見え見えで……なのに…何度聞いても教えてくれない……悩んでも…迷ってもいないなんて…嘘じゃない」

 

 独白のように、アリサはやるせなさを口にした。

 すずかも、同じ気持ちなのか沈んだ表情をしている。

 

「それで…その悩みを聞いてあんたはどうしたいんだ?」

「……………それは……」

 

 勇夜からの問いに、アリサは答えられなかった。

 自分たちに打ち明けてくれない事実に惑わされて、そこから先を見落としていたからだ。

 

「確かにな、その悩みを聞いてあげるだけでも良いことさ、それだけで心に乗っかってた重りが軽くなる、でも、打ち明けようと思うまで……結構時間がかかるもんなんだぜ」

「今は……無理に聞かない方が良いってことですか?」

「そんなとこ……あんま押しすぎると……却って言い辛くなるもんなんだよ」

 

 勇夜―――ゼロは二人にそう言いながら、彼の父のことを思い出していた。

 ずっと、父だと明かせぬまま、陰から見ていることしかできず、危うく闇に落ちそうになった自分に苦悩を刻むことしかできなかったウルトラセブン。

 

「まあ、ただ待つのも癪だ…ってんなら、『話せる時が来たら話せ』と予防線を張っとくって手もあるけどな」

 

 要は、タイミングってことなのだ。

 それを見定めないと、ずっとすれ違ったままになってしまう。

 

「ありがとうございます…何か、口にしたら楽になりました」

 

 アリサはそう言いつつ彼にお辞儀をすると、その場を去っていった。

 

「私からも……ありがとうございます」

「いいさ、てか行かなくていいのか?」

「え?」

「行ってんだろ? 習い事」

「あ、いけない遅れちゃう!」

 

 公園に設置された時計を見て、この後の予定を今になって思いだしたすずかは勇夜にちゃんと一礼すると、行き先が同じなアリサの後を追うのであった。

 

 

 

 

 

「で…話しってなんですか?なのは」

 

 突然なのはから話があると持ちだされたのは、帰って間もなく。

 今二人は近所の公園にいる。

 念の為、特定の人物以外を寄せ付けない、人払いの結界を張っているので、魔法に関する話しも堂々とできる。

 ちなみにユーノは先に散策に行ってこの場にはいない。

 

「あのね…ジュエルシード集めの…ことなんだけど…」

 

 やっぱりその話ですか…昨日なのはがフェイトと戦闘して負傷したこと。

 見周りと評して、ゼロと接触し、彼から聞いた話の重さに、意気消沈して、なのはに素っ気なく振る舞ったことで、なのはに心配させたようですね。

 

「やっぱり…その…」

「もういいですよ、その話は」

「え?」

「ゼロだって言っていたのでしょう?『半端に関わって半端に後悔するな』って」

「うん…」

「なのはも覚悟を決めたのなら、僕も覚悟を決めます」

 

 でも、その前に。

 

「ですがなのは、僕からも話があります」

「何?」

 

 こちらからも、なのはにどうしても聞いておきたいことがある。

 

「ジュエルシードを集める以上、あの子とは確実に戦うことになります、はっきり言ってなのはより場数も積んでいて…強い、もし鉢合わせになった時はどうしますか?」

「できれば…お話したい…なんで…ジュエルシードを集めているのとか…」

「それでその後は…」

「え?」

 

 光の目が冷静でありながらも、厳しいものになる。

 

「譲れない理由があるからこそ、彼女はなのはと戦ったんでしょう、それはなのはも同じです、目的を知ったところで、衝突は避けられません」

 

 戦いというものはいつもそうだ。

 命を掛けた決闘でも、言葉を武器にした論戦でも、どうしてもこれだけは譲れない〟理由があるから、戦いは起きる。

 王国の騎士、兵士であったことから、彼はそれを痛いほどに理解している。

 たとえあの子から理由を聞いたとしても、十中八九彼女はなのはに刃を向けるのは確実。

 母の意志なら、たとえ褒められたものではないことでも実行する。

 友であるゼロから聞いた……彼が譲歩しなければならないまでに、己を堅く凝り固まってしまった少女、フェイトの現状。

 

「はい……」

 

 今まで、こんなに厳しくなのはにものを言うことが無かったためか、よそよそしい態度になった。

 本当ならゼロに会ったことと、彼から彼女に関する情報を聞いたことを言っておきたいところだが、その彼から、集めている情報が確信を帯びるまで待ってほしいと言われている。

 なのはにそれらを話さないのは気が引けるのだが、信憑性が不確かな情報は、却って混乱を招く結果を起こすことには同感でもある。

 

「それでも…お話をしたいのですね?」

 

 しばらく間を置いてなのはは、まっすぐ僕の目を見て、力強く頷いた。

 やっぱりそう言うところは物凄く……頑固な子だ。

 下手すれば、エスメラルダ星の第二王女エメラナ姫や、同僚であるスターコルベット以上かもしれない。

 

「(なのは、光さん!)」

「ユーノ君?」

「見つかったんですか?」

「(一応は、でも反応が微弱でどのあたりにあるのかまでは)」

「わかりました、行こうなのは」

「うん!」

 

 二人は反応があったという市街地方面へと走り出す。

 

〝別の宇宙から来たゼロが命がけで戦っているのです〟

 

 ふと光は、エメラナ姫様がジャンバードに言ったという言葉を思い出した。

 姫様は、ゼロのように戦えなくても、せめて自分にできることを率先してやろうとした。

 なら、自分たちも、やれることをやろう。

 

 

 

 

 

 とある海鳴市街のビルの屋上、そこに諸星勇夜は言葉の通り、瞳を青白く光らせながら、市街を一望している。

 この瞳が発光する現象の名は、透視――クレヤボヤンス

 人間態の時でも使える不透明な物体を見透かす超能力の一つ。

 その能力で彼は、街中に隠れ潜むジュエルシードを探していた。

 

「リンク、どうだ?」

『ダメです…やはりジュエルシードの反応が微弱で、具体的な位置まで特定できません』

 

 相棒の広域サーチでも、簡単に捉えられてくれない。

 

「となりゃ…方法は」

 

 透視も使いつつ、根気よく足で探し回るか。

 あると思われる場所に魔力を打ち込んで、無理やり叩き起こすか。

 一番手っ取り早いのは後者の方だ。

 だがあのロストロギアは大変デリケートな代物、ちょっと衝撃をぶつけただけで何が起きるか分からない。

 それにこんな街の人だかりの中じゃ、とてもやる気にはなれない。

 フェイトたちなら多少のリスクを承知でやるかもしれねぇが、と思った時だ。

 なんだ? いきなり体に過ってきた……良い気のしない胸騒ぎ。

 

『どうしましたか?マスター』

「いや…なんか、嫌な予感が……」

 

 何と言われても、具体的には分からない。

 でもどうにも、胸に引っかかりを感じる。

 嫌な〝何か〟が、漠然とながらも、これから起きつつあると心が騒いでくる。

 どうにも、妙な電波を体が受信したらしい。

 こういうのを『第6感』とか『虫の知らせ』って言うのか?

〝ウルトラマン〟の力が、必要になるような事態が起きるかもしれない気さえした。

 

『マスター、左方400メートル先を見て下さい』

 

 勇夜はリンクの指定した方角に目を向けた。

 空から金色の雷が降り注いでいる。

 今、雷を起こせるような積乱雲は空には無く、雲からは魔力。

よって自然現象から来るものでは無い、人為的なもの。

 だとすりゃ………あの雷鳴を轟かせる張本人は、唯一人しかいない。

 

「フェイトか…」

 

 あの女の子たちによる第2ラウンドのゴングが、もうすぐ鳴りそうだ。

 けど、胸騒ぎはまだ収まる気配を見せなかった。

 この身が感じた嫌な出来事は、どうやらその第2ラウンド中に起こるものであると、勇夜は確信するのであった。

 


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