ハイスクールD×D 銀龍の仮面   作:xix

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2.俺と兄妹

「ぅ………」

 眩しい。

 障子の隙間から入る日光で少女―――ルフェイ・ペンドラゴンは目を覚ます。

「ここは………?」

 知らない天井を見上げているのに気づく。

 ルフェイは頭がボーっとしながらも、上半身だけ起こして周りを見渡す。

 ―――和室だった。畳の敷かれた部屋。彼女はこれまで何か国もの部屋を見てきたが日本独特の部屋、和室を見たことはなく、初めての光景に驚く。

「あら。起きたのね」

「!」

 障子が開き、一人の女がルフェイに声をかけた。

 長い黒髪に牡丹(ぼたん)柄の和服を着た女は、片手にお盆を持ったままルフェイの前まで寄る。

「おなか、空いてるかしら?」

「え?」

 盆を傍にあったちゃぶ台に置き、持ってきたものを見せる。

 そこにはふつふつと煮え立った卵粥とスポーツドリンクが置いてあった。

 昨夜から何も食べていなかったルフェイのおなかがクゥ~と鳴る。

 しかし目の前の女は信用できるのかどうか怪しい。もしかしたら毒でも持っているのではないかと、くらくらする頭の中で警戒する。

 だが………食べたい。

「ぅぅ……」

「毒なんて入ってないわよ。なんなら毒見でもしましょうか?」

「え……?」

 添えてあったレンゲを手に持ち、女はお椀の中を軽くかき混ぜて粥をすくった。

「ふぅ、ふぅ……あむ。ん~、おいしい」

 女が食べる様子を見せて、余計に腹の虫がなった。

 ごくりと唾を飲みこんでしまう。

「はい」

「あ……」

 レンゲとお椀を渡される。女が混ぜたせいか、湯気と共に立ち上る香りが彼女の食欲を誘った。

 がまんの限界を迎えたルフェイは決意し、レンゲを手に取ってお粥を口に運んだ。

「あつっ!」

「ふふ。少し冷ましてから食べるべきよ」

「は、早く言ってください!」

 つい文句を言ってしまうが、女は先に食べるときに息を吹いて冷ましていたのだ。今回はルフェイの自業自得だ。

 舌が火傷しそうなほど熱くなり、スポーツドリンクをゴクゴクと飲む。

「大丈夫?」

「と、とりあえずは」

 痛みが治まってきたことで、今度はちゃんと温度調整してから一口。

「はふ、ほふ……お、おいしい」

「そう。それは良かった」

 もう一口。また一口と、ルフェイは先ほどまで警戒していたことを忘れ、粥を食べていった。

 

 

 

 

 

 気づいたら食べるのに夢中になっており、お椀の中はすぐに空になった。

「ごちそうさまでした」

「御粗末さまでした」

 盆に食器を乗せる女に、ルフェイは向き直って問いかける。

「あの、あなたは……」

「名前」

 え?

 いきなり告げてきたことにルフェイは驚く。

「あなたの名前よ」

「……ルフェイ・ペンドラゴンです」

 訊かれたことに素直に答えるルフェイ。しかしその返答に女は小さく笑った。

 その笑みの意味が分からず、ルフェイは首を傾げる。

「魔女、モーガン・ル・フェイにならったものね」

「え……なんで」

 わかったのか。

 言おうとして、女の言葉が被った。

「あたしは龍子。長谷川龍子」

 フフッと女―――龍子は笑いながら答える。

 疑問を遮られたその態度に、少しムッときたルフェイは次の瞬間。

「っ……」

 頭がふらりと揺れて倒れそうになる。

 しかし龍子がすぐさま動き、彼女を受け止めて布団に寝かせた。

「毒が抜けても、体に疲労は残っているのだから」

 毒―――。

 昨夜はぐれ悪魔に襲われたときに受けたことを思い出す。

 それが抜けたとは―――どういうことだろうか?

 まだ訊かなければならないことが多いというのに、彼女に大きな眠気が襲ってくる。

「眠りなさい。あたしの息子と、あなたのお兄さん(・・・・・・・・)が来るまで」

 そう告げると、龍子は障子を閉めて部屋から去っていった。

 しかしルフェイは龍子の残していった言葉を耳にして、驚愕していた。

 

 なぜ、自分に兄がいることを知っているのか、と。

 

 言い表せない不安を感じながら、彼女の意識は薄れていった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「ハァ……」

 学園までの道のりで俺こと、長谷川カケルはため息をついていた。

 別にこれからの授業が面倒だからといったわけではない。受けるのは面倒だと思っているから好きとも言えないが。

「まーたため息してる。もう今ので起きてから十回目だよ。終わったこと気にしてもしょーがないでしょ」

 慰めのつもりかピースが話しかけてくる。だが俺はそれに反して再びため息をついた。

「あーッもう。目的達成できなかったとは言えカケルのポリシーは守れたんだし、別にいいじゃん!」

「うるさい」

 荒々しく喋る相棒をバックごと蹴り上げて黙らせる。

 俺の気分は今、星座占いで最下位になった時ほどに最悪だった。

 

 

 昨日―――俺は一人の女の子を家に上がらせた。その子は見つけた当初顔が赤かったから熱でも出したのかと思った。

 だが、家で母さんに診てもらった結果、速効性の神経毒と免疫低下性の毒によるものだって言われた。

 はじめは焦ったさ。

 でも母さんがその子を自室に連れていきしばらくすると、毒は抜けた。と言ってくれた。

 俺も彼女の容体を確認して、家に着いた時より顔色は良くなっているのがわかった。

 

 

 結局朝になっても彼女は目を覚まさず、俺は朝食だけ用意してあとは母さんに任せてもらった。

 そして今、俺は学園に到着する。

 しかし、いつもより遅く来ているというのに校舎に入っていない奴が多い。俺が普段早く来ているわけでもないから、少し珍しく思う。

 何かあったのだろうか?

「おはようございます。アニキ」

「ん。おう、おはよう」

 声をかけられた方を向くと、俺の舎弟(仮)こと幸村がいた。

 ちょうどいい。

「幸村。なんでこんなに校舎に入っていない奴がいるか知ってるか?」

「ああ。おそらく――――」

 なんでも、今朝登校してきた奴に問題があったようだ。

 リアス・グレモリーと兵藤一誠。この二人が一緒に登校してきたんだと。

 なるほど。どうりで落ち込んだような奴が多いわけだ。

 片や学園のアイドル。片や学園の問題児。

 グレモリー先輩―――紅髪先輩は学園の男女関係なくファンが多い。その可憐な容姿からも、堂々とした(たたず)まいからも。

 一方、兵藤はその真逆。特に女子からはかなり嫌われている。容姿は悪い方ではないと思うが、日頃の行いでゼロを通り越してマイナスまで評価が下がっている。

 男子の方も嫌っているというより、『あんなふうにならないようにしよう』という意識を持たれている。逆にその根性に関心を持ってる奴もいるみたいだが。

 ちなみに俺も幸村も前者の方だ。

「で、お前がまだ校門前(ここ)にいるのも、他の奴らと同義か?」

「いえ。昨夜クラブが遅くなって寝坊ッス」

「そっか」

 俺と同じ帰宅部である幸村は何時も早く帰っている。

 理由は家が書道クラブをやっており、幸村はそこの師範代をしているからだ。師範代と言っても、そこまでデカいクラブではない。生徒が小学生五人と高齢の人が三人の小さなクラブ。

 前に聞いたが、幸村はそのクラブを大きくして将来そこの師範になることが夢なんだと。

 こいつは既に書道三段の強者だけど、まだ上を目指してるようだ。

「それにしても、紅髪先輩と兵藤か」

 かなり珍しい……というか、おかしな組み合わせだ。

 なにか()で繋がりでも持ってるのか?

 俺は指を弾いてバックに眼を向ける。

(ピース)

『なに?』

 頭の中でピースの声が響く。

 まわりに人が居る時はこうして合図をし、念話するのが俺たちの会話の仕方だ。

 こうするとまわりに怪しまれないし、盗聴対策にもなるから何かと便利だったりする。

(兵藤から悪魔(・・)の臭いするか?)

『えー。あの変態くんか~………ちょっと待って。くんかくんか』

 ピースが鼻をくすぶるような音を出す。

『美味しそうな弁当の臭いしかしない』

(よし。お前だけ今日の夕飯抜きだ)

『ちょちょちょちょーーーーッッ!! 待って待って待ってぇ!!』

 なにをふざけているのか。とっとと用を済ませろ。

 慌てるように再び鼻を鳴らし臭いを探ってもらうと、今度はため息が聞こえた。

(どうした?)

『………サイアク』

 は?

 いつも能天気なピースとは思えない、暗い反応だった。

(なんなんだ?)

『……聞きたい?』

(いいから言ってくれ)

 もったいぶっている、というわけでもなさそうだが俺は答えるよう急かす。

 するとピースは一息ついて告白する。

『……二つ臭いがあったよ。一つが悪魔の臭い。で、もう一つは………ドラゴンの臭い』

(………マジ?)

『マジ』

 ………。

 サイアクな結果だった。

 

 

 

 

 

「ぁー……」

『ハァー……』

 俺は黒板に書かれた内容を書き写しながら、ピースと共にため息をついた。

 別に授業、勉強が嫌いだからと言うわけではない。受けるのは面倒だと思っているから好きとも言えないが。

 それよりも面倒なことがあったからだ。

 

 

 今朝から兵藤の臭いをピースが探り、とんでもないものをあいつが宿していることが分かった。

 ―――二天龍が一角、『赤龍帝』(ウェルシュ・ドラゴン)ドライグ。

 そもそもドラゴンには称号というものが存在している。

 ウェールズの伝承とされ最強クラスと謳われる二匹のドラゴン―――『二天龍』

 ドラゴンの中でも王と呼ぶにふさわしい威厳、実力を持つ―――『龍王』

 自身が傷つかろうが戦い、殺しを好む禍々しきドラゴン―――『邪龍』

 そして伝説に載れないほど知る者が少ないドラゴン―――『幻龍』

 主な称号を持つ龍はこれくらいだが、他にも世界最強の龍―――『真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)』、『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』というものが存在している。

 そしてドラゴンには力を惹きつける特性があるらしく、強ければ強いドラゴンほどその特性の能力値は高い。

 ちなみにピースは比較的弱い方だから能力値が低いみたいだ。

 

 

 しかし兵藤が宿しているというのは『二天龍』。能力値が高いのは間違いないと思う。今朝のリアス・グレモリーとの登校も、それが原因だとしたら説明が付くからだ。

 俺としてはそんな物騒なものが近くにいて欲しくない。

 今の平和な日常が俺は好きなのだ。というか、俺は今しか(・・・)平穏な日常を送れないというのに……。

(なぁピース。赤龍帝って、どんぐらい面倒なんだ?)

『………ドライグは毎回(まいっかい)、アルビーと会うたびに喧嘩してるからね。その被害はけっこー大きいよ。宿主にもよるけど、戦えばこの町が吹き飛ぶと思う』

 うわー……。

 町が吹き飛ぶってどんだけだよ。この町ってけっこう広いんだぞ? 被害デカすぎだろ。

(なんで今まで気づかなかったんだよ?)

『だってー。臭いも気配もぜんぜん感じなかったんだもーん。あれじゃない? 変態くんが弱すぎて悪魔化したから覚醒できたとか』

 あー。なるほど。

 ピースと初対面した時もなんか言ってたな。宿主が強かったおかげで早く覚醒できたとか。

 宿主の潜在能力によって神器の覚醒時期は変わる。

 俺も自分の潜在能力(それ)がどれだけかはわからないが、ピースは歴代の中では高い方だって言われている。身体能力的にも、精神的にも。

 兵藤はそれらが低かったのだろう。去年、ギリギリ留年を逃れたって聞いたし。女子勢がその話をするたびに舌打ちしていたこともあったと聞く。

 だが人間から悪魔への転生で起こるスペックの上昇。これが原因で覚醒条件が満たされた。

 それなら、いろいろとつじつまが合う。

(ハァ………何にしても、これから面倒事が降り注いでくるってことか?)

『……そう覚悟しといた方が良いかもね~』

 ……もう、ため息しか出なかった。

 そんな考えをしている内に、授業終了のチャイムが鳴りだす。

「うし。今日はここまでだ」

 担当の先生が教室を去って放課後となった。

 先ほどまでの考え事から切り替え、素早く帰り支度を済ませる。

 教科書を入れるだけの単純作業を終え、バックを背負い教室の入り口へ。そのまま顔だけ廊下に出してその状況を確認した。

『……近くにはいないね』

「みたいだな」

「何がだ?」

 後ろからよく知った声をかけられる。友人の静香だ。

「俺がだいっっっ嫌いな奴がいないってこと」

「……なるほどな」

 察した静香を余所に、俺は昇降口を目指そうと教室を出る。

『イヤー!!』

 突如、隣のクラスから女子の悲鳴が聞こえた。

 つい俺はそれに反応し、隣のクラスを見る。すると教室の入り口前には女子が群がって教室の中を見ているではないか。

「そんな、木場くんとエロ兵藤が一緒に歩くなんて!」

 ………。

 発声地点から聞こえたその一言で十分だった。

 そして俺の中で一つの結論が出る。

 兵藤は木場と同僚だと。

「じゃあな静香。また来週」

「おう」

 今日が週末でよかった。

 さて。明日、または明後日(あさって)のうちに問題を片付けねぇと。

 

 

 

 

 

 十数分後。

「ただいまー」

 イケメンくんとかけっこせず、家に到着した俺は玄関のカギを開ける。

 するとガバッと家から出て来たものに押し倒されてしまった。

 我が家の愛猫、ライトだ。

「ライト、毎度のことだが退いてくれないか? 俺が動けない」

 撫でながらそう告げると、再度吠えて玄関に戻っていく。俺も家の中に入っていくが、そこには知らない靴があった。

 きれいな革靴だ。サイズは俺と同じくらいだ。

 だが俺はそんなものを出した覚えなんてなく、すぐに今朝(けさ)、母さんが言っていたことを思い出す。

 ―――今日は一人客が来る、と。

「来てるのか?」

 コクリと頷いてライトは先に家の中に入り、奥の方に走っていった。

 俺もそれに続いて中に入り、一つの部屋―――談話室の前にたどり着く。

 入口は障子のためノックの代わりに呼びかける。

「母さん」

「いいわよ」

 障子を開けて部屋の中を見渡した。

 奇抜な模様を施した赤いカーペットがしかれ、中央に長机が一つ。それを挟むように高価なソファーが二つ、対面できるような位置にある。

 そしてそれぞれのソファーに座る人物が一人ずつ。

 片方には俺のよく知る人物、母こと長谷川龍子が煙管を吹いていた。

 ここまではいい。

 だがもう片方のソファーには俺の知らない男性がいた。

 年は俺より少し上という所だろうか。スーツを着こなした男性がこちらを向く。

僭越(せんえつ)ながら、お邪魔してます」

「あ。はい、どうも」

 眼鏡を直しながら挨拶してくる男性。

「母さん。今朝言ってたのってこの人?」

「ええ。お客よ。それも、あなたとも関わりのある」

 ……俺と?

 男性の方に向き直ると、用意された紅茶を一啜りして俺を見つめる。

「私はアーサー・ペンドラゴンの末裔。アーサーと呼んでください。こたびは妹が大変お世話になりました」

 そう言って男性―――アーサーさんは、俺に頭を下げてきた。

 でも、妹?

 母さんがいまいち理解できていない俺に言う。

「ルフェイちゃんのお兄さんよ」

「………あ」

 なるほど。

 思わず手をポンと叩く。

 しかし俺はもう一度アーサーさんの顔を見て女の子―――ルフェイさんの顔を思い出すが……。

(に、似てねぇぇぇ)

 全然違った。ていうか、兄妹なのか怪しいレベルだぞ。髪の色も違うし。

 あ。でも顔が整ってるのは同じか。この人、イケメンって誰かが言っても違和感ないと思うし、ルフェイさんも自身も可愛いかったし。

「さてと。じゃあ、私はルフェイちゃんを呼んでくるわ。カケルはお茶請けの用意をお願い」

「あ、うん。洋菓子の方がいいよな」

 

 

 

 

 

「どうぞ」

「どうも」

「あ、ありがとうございます」

 新しく用意した紅茶を渡すと二人―――アーサーさんとルフェイさんは口にカップを運び少し香りを楽しむ。

 そしてすっと一飲み。静かに飲むその動作はすごく様になっていた。

「おいしいです」

「ええ。なかなか」

「それはどうも」

 テーブルを挟んでソファーに座る母さんとアーサーさん。そしてアーサーさんの隣にいるルフェイさん。

「カケル、あなたもこっちに」

「ああ」

 俺も母さんの横に腰を下ろす。

「さて、それじゃ」

 母さんがお茶請けのマドレーヌを一つつまみ……って、まさか。

「あとはよろしく!」

「おい!」

 一瞬のうちに、母さんは部屋から出て行った。

 っていうか、俺を置いくって、あとはよろしくって、どういうことだよ! 全部俺に丸投げかよ!

「「………」」

 ああ、アーサーさんたちが呆然としてるじゃねぇか! この空気どうしてくれるんだぁぁぁあああっ!

 俺は額に手を着け頭を振った。どうする? 母さんは恐らく自室に向かっただろう。でも俺じゃあ母さんの部屋にたどり着けない(・・・・・・・)。じゃあ俺から話すってことか? でもどう切り出せばいいんだよぉぉぉっ!?

 内心焦る俺を前に、アーサーさんが口を開く。

「まあ、あの方のことはいいでしょう」

 紅茶をまた一口飲んで、俺に視線を向けてくる。

「改めまして。ルフェイがお世話になりました。感謝します」

「あ、ありがとうございました!」

 さっきと同じように無表情で俺に頭を下ろすアーサーさんと、それに続くルフェイさん。

 いや、俺がやったことってルフェイさん連れてきて母さんに()てもらってお粥用意したぐらいなんだけど。

「いえ。俺よりも母さんの方が――」

「それについては先ほどうかがいました。確かにルフェイを看病してくれたのはあの方ですが、そもそもここに連れてきたのも食事を用意してくださったのもカケルさんだと聞いています」

「はい。私も龍子さんからそう聞きました。だから、ありがとうございました」

 ルフェイさんが再度礼を言ってきた。……何度も言われると、さすがに恥ずかしく思えてしまう。

 俺が頬をポリポリとかくと、アーサーさんが紅茶を一飲みして言う。

「それでは私はこれで失礼します。ルフェイ、長谷川さんたちに失礼のないようにしてください」

 ………え?

 俺はその言葉、正確には後半から告げられたことに困惑した。そんな俺をよそにルフェイさんは「はい」と兄に答える。

「兄様も気をつけてください。数日には復帰できるようにします」

 ………ドウイウコトデスカ?

「あのー。ルフェイさんはアーサーさんと帰るんじゃ……?」

 おそるおそる手をあげて質問する。しかしそこから返ってきた答えは俺の思いと裏腹のものだった。

 アーサーさんが答える。

「あなたのお母様、龍子さんとお話しした結果、ルフェイをしばらく預かってもらうことになったんです。」

「は、はい?」

 それを聞いた俺は面食らってポカンとしてしまった。

 いや、どういうことだ。あんたこの子を迎えに来たんだよな?

 頭の中が疑問でいっぱいになってくるが、アーサーはくいっとメガネを上げて続ける。

「ルフェイの調子がまだ良くないのですが私は少々忙しい身で。かと言って家庭事情、職場事情で私の周りにはまともに看病できる者がいません。そこであなたのお母様から提案があり、しばらくここで預けてもらうことになったんです」

 家庭も職場もダメって……そういうことか。

 アカの他人であるはずの俺たちだが、二人の様子からして信用は得ているのだろう。ルフェイさんの容態が回復していることがその判断材料の一つになっているんだと思う。……たぶん他にも、母さんが何かしたんだろうけど。特にアーサーさんとかに。

 信用できるなら、任せられる。そして母さんのことだ。占いとかでこの二人の事情(こと)を知っていたんだろう。なら、母さんは一度訊く。預けるか、預けないかと。その結果、しばらくいることになると。

「そういうことなら、わかりました」

 元々ここ家主は母さんだ。だったら俺は、母さんがいいと決めたことなら従う。

 それに、こんなに可愛い子なんだ。俺としても不調で帰らせるのは気が進まないし。

 俺の返答にアーサーさんは「ありがとうございます」とまた一礼し、ルフェイさんの方は

「………か、可愛いって………」

 何やら顔全体を赤くして呟いていた。

 え? なんで?

『後半からちょっと口に出てたよ~』

 頭の中に聞きなれた相棒―――ピースの声が聞こえる。

 でも……後半?

『「こんな可愛い」ってとこから「気が進まないし」ってとこまで』

 ―――――。

 マジデスカイ。

『うん』

 ………は、はっずぅぅぅぅぅぅぅぅッッ!!

 やばい、顔が熱い。自分でも判るほど顔が赤い。なんてこと言ってんだ俺。いくらなんでもそれを口にしちゃダメだろ。

 穴があったら……入りたい。

 そんな俺を横目にアーサーさんは席を立ち、部屋の入り口へと歩き出す。

 俺とルフェイさんも我に返ってそれに続き、玄関へと移動した。

「では、しばらく妹のことをお願いします」

「はい。わかりました」

「失礼します」と言ってアーサーさんは家を出ていった。

 見送った俺はルフェイさんの方に振り向くと、ちょうど眼が合ってしまった。

「………」

「………」

 さっと互いに眼を逸らした。沈黙が訪れ、同時にさっきまでの羞恥心がよみがえる。

 ………………。

 間が持たなくなり、俺はルフェイさんに話題を切り出す。

「ルフェイさん。し、しばらくは、よろしく」

「は、はい。お、お世話になります」

 お互い落ち着かない喋り方をして、俺たちはルフェイさんの使う客間へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 ルフェイさんの兄、アーサーさんの訪問から数時間後。

 夜もすっかり()けたころに、音を立てないよう気をつけながら障子を開ける。

 部屋には母さんが買ってきたパジャマを着て眠るルフェイさんがいた。

 これから数日、うちで中学三年生の女の子、ルフェイさんの看病を務めることになる。といっても、俺の役目は食事を用意し、異常がないか見ておくことだけ。着替えや体を()くといったことは母さんがする。

 幸い、今日は金曜日だから俺は明後日まで家にいることができる。母さんも基本的に家にいる―――もとい、引きこもっているから特に問題もない。

 寝床は客間を使ってもらえばいいし、食事は一人分多く用意すれば問題ない。うちはこれといって金にも困ってないし。

 わからないことがあったりすれば、枕元に置いておいたベルを鳴らしてもらうだけ。うちはこの辺の家と比べてけっこう広いけど、あのベルは軽く振っただけで家のどこにでも音が聞こえてくる。でも鳴らした周囲は大して大きな音を感じないというおかしな代物だ。

「………カケルさん?」

「あ。ごめん、起こしちゃったかな」

「いえ、目が醒めたの、ちょっと前ですから……ん?」

 持ってきたトレイを傍にあるテーブルに置き、布団の脇に座る。

 ルフェイさんは持ってきたそれに気づいたのか、目を閉じてクンクンと鼻を鳴らした。

「いい匂い、しますね」

「ご名答。夕飯を作ってきたよ。お腹()いてない?」

「………この匂いのせいで……空いてきちゃいました」

「そりゃよかった。俺もここで食べるからさ」

「え、龍子さんは?」

「寝た」

 まだ夕方だが、昨夜ほぼ徹夜した母さんは二時間前に夕飯を食べに来てすぐに寝た。メニューは仕込みができてすぐ作れる鯛茶漬けとヒレ酒だったが。

 ルフェイさんの背中に手を添え、まずは身体を起こしてもらう。

 それから、俺の分をテーブルに置いてトレイとその上に載せた皿を彼女の膝上に置いた。

 しかしそれを見た途端、彼女が急に固まる。

「カ、カケルさん」

「ん? ………ああ。そういうことか」

「さすがに、これは……」

 ルフェイさんが言いづらそうに出された料理を指さし、俺も理解する。

 今日の夕飯の本当のメインである―――カレーライスを見て。

「でも、お腹空いたんでしょ?」

「う……」

「まあ、ひと口だけでいいから食べてみな。ダメだったらお粥でもなんでも作るし」

 それだけ言うと、彼女はうーっとうなりながらも用意されたスプーンですくい……パクン。

「!」

 もぐもぐと何回か咀嚼すると閉じていた目をパッチリと開けてきた。

 一瞬マズかったのか心配になるが、ルフェイさんはカレーをまたひと口、またひと口と。

「うまい?」

「はい! すごく、すごく……!」

 うれしそうな顔をしながらどんどん食べていく。

 うん。やっぱり作った側としてはこうして食べてくれるとうれしい。作った甲斐があったよ。

 俺が今回作ったのは市販のルーではなく、カレー粉から作ってクミンシード、ガラムマサラなんかのスパイスを加えていったカレー。クミンシードには消化促進、免疫力改善、殺菌作用などがあり、他にも加えていったスパイスには精神安定、胃もたれ、かぜによるのどの痛みをやわらげる効果などがある。何より、カレーの香りは食欲をそそる。まさに体調の悪い人にはもってこいの料理だ。

「ふぅ、ごちそうさまでした」

「御粗末さまでした」

 あっという間にサラダもきれいに完食。

 満足そうな顔で、ルフェイさんは俺にトレイを渡した。

 アーサーさんが帰ってすぐに買い物に行ってよかった、と心の底から思えた。

「カケルさん、お料理上手なんですね」

「……作れるのが俺しかいないからさ。ま、慣れだよ。慣れ」

 母さんもピース作るより食べる側。ピースはたまに仕込みを手伝ってくれるが、あの大きさだからフライパンも振るえないし。母さんはやる気そのものがまったくない。俺が料理を覚えるまではいつも親父に任せていたって聞いたし。

「………」

「………」

 話が続かず、沈黙が訪れる。なんかさっきも同じことがあったような。

 俺は何か話題になること頭の中の図書館で検索する。しかし俺が話すより先にルフェイさんが口を開く。

「カケルさんのお父様は、どうしてるんですか?」

 親父(オヤジ)の話だった。

 ああ、そう来ましたか……。

 少しぐらい話してもいいか。

「海外だよ。基本は仕事でアメリカにいるんだけど、それ以外の国……世界各国を転々とね」

「世界を……いったいどんなお仕事を?」

 また質問がとんできた。

 あまり答えたくないんだが……まあ、いいか。

「ワルクって会社知ってる?」

 質問で返すのは失言だったかと言ってから思うが、ルフェイさんは首を横に振る。

世界動物愛好会社(ワールド・アニマル・ラブ・カンパニー)、通称WALC(ワ ル ク)。世界中の動物との触れ合いをしながらそれらの調査をして、医学、生態学とかの研究を行う会社だよ。最近は絶滅したジャワサイやスマトラサイのクローンの生成に成功したってニュースとかが有名かな」

 他にも絶滅危惧種のコウモリのクローン生成、青い縞模様をした新種のホワイトタイガーの発見、トラとライオンの混合種であるライガーの保護などなど。

 医学関連もいろいろとやってるみたいだが、俺はそういうのに関してよく分かっていない。

「で、俺の親父(オヤジ)はそこの社員(・・)で世界中の動物の生態調査してるんだよ」

 俺の説明にルフェイさんは「ふぇ~」と感心したような声を漏らす。

 ちなみに親父はアメリカ人で銀髪なのだが、俺は母さんと同じ黒髪で顔立ちも普通。俺がハーフであることを証明できるのは眼が青いということだけだ。

「ルフェイさんの方はどうなの? アーサーさんとルフェイさんってあんま似てないし」

 アーサーさんは黒髪に眼鏡で厳格そうな雰囲気だったのに、ルフェイさんは金髪で可愛らしくて優しそうな感じだ。

 うん、全然似てるように思えないな。

 言っちゃ悪いが、初見じゃあ兄妹ってわからなかったし。

 あ。でも眼の色が二人とも同じか。

「えーっと、私はお母さま似みたいなんですが、兄はちょっと、お爺さま似みたいなんです。お父さまが好戦的なところがそっくりだって」

 ほぅ。これはまた意外だ。

 あんな人が好戦的だなんて今日見た振る舞いなんかからは想像がつかない。

 人は見かけによらないってやつか。あれ、判断するな、だっけ?

 それから、俺たちの会話は弾んでいき、日が変わりそうになるまで起きているのだった。

 


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