「やあ。長谷川くん」
放課後。教室の前でイケメンに挨拶された。
「ああ、じゃあな」
俺はその横を通り過ぎて昇降口へ向かう。
「待って待って! キミに用があって呼びかけたのに!」
しかしそいつは俺の肩をガッチリと掴んで自身の方へ振り向かせてきた。
いったいなんなんだ、俺は早く帰りたいというのに。
「じゃあとっとと用件を言え。おもちゃ」
「前から言ってるけどその呼び方はやめてくれ!」
いちいちうるさい奴だな。
このイケメンこそ昼休みに話をした俺の嫌いな人物、木場祐斗。
俺が親しみを込めて『おもちゃ』と呼んでいるヤツだ。ちなみにこの呼び方は木場→もくば→おもちゃ、だ。
「で、何の用だ? すぐに済むことじゃないと逃げるぞ。帰って家族と散歩したい」
「すぐ済ませたい理由が散歩!? というよりなんでキミは僕をそんなに遠ざけるのさ!」
「お前が俺にしつこかったからだよ。何かに付け込んだり、俺が暇していれば勝負してほしいとか付きまといやがって。始めは気分が良かったり、無視すればいいとか思っていた。でもさすがに10回以上やると、やる気なくなるし、うざいと思うんだよ。勝負を挑まれる側の気持ちにもなってみろってんだ」
「うっ。で、でもそれは」
「でももなにもあるかボケ。これだからおもちゃは……」
「キミから変な呼び方しといてそれはないだろ!」
あー、こいつの相手は疲れる。突っ込みとかがいちいち面倒だし。
だから俺は嫌いなんだ。まあ、他にも理由があるけど。
「で、マジで勝負事か? そうだっていうなら帰らせてもらうぞ」
「い、いや今回はそうじゃないよ」
なに?
おもちゃの返答を聞いて俺は疑問に思う。
なんせこいつが今まで俺に話しかけてきたのは勝負事ばかりで、遊び等々に関しては全く話かけてこない。
もちろん、勉強に関しても俺より劣っている部分がないだろうし。
「リアス・グレモリー先輩を知ってるかい?」
リアス………グレモリー? 聞いたことがあるような、ないような………。
突然出てきた名前を俺は思い出そうとする。先輩ってことは三年生のはずだ。
………あ。
「
「……特徴だけでいえばそうだよ。彼女がキミを呼んでいてね」
学園のアイドルの一人、リアス・グレモリー先輩。俺が入学した頃からすでにこの学園にいる外国出身の優等生。その目立つ髪から俺は紅髪先輩と呼んでいる。
呼んでいると言っても俺とその人は面識がなく、あったとしても廊下ですれ違ったりする程度のはず。
頭の中が疑問だらけの俺は木場に質問する。
「それで?」
「彼女がキミと話があるようなんだ。僕についてきてほしい」
「断るといったら?」
「無理やり連れて行く、かな」
「………」
特殊装備『面倒事察知センサー』が反応! 面倒事! 面倒事!
同時に俺の記憶の片隅にある今日の
「よし、帰る」
「え?」
言うや否や、俺は
後ろから「ああ! 待って!」とか呼び止めてくる野郎がいるが止まる気はない。
階段を十五段飛ばし―――踊り場や階層までのジャンプ―――で降りていき、1階に到着。クツに履き替えて学校を後にする。
「待ってくれぇぇぇぇええええええええ!」
校門を出ても
チッ、やっぱりアイツ速いな。
毎回かけっこで勝負しているからアイツの速さはよくわかっている。
しかも今回に限って、俺との距離も少しずつ縮まっている。
前に勝負した時より速くなってるようだが―――ピース。
(はいよぉ♪)
「よし、追いつ―――」
「ギア上げるぞ」
奴が腕を伸ばした瞬間、俺はそう心の内―――ピースに呟き、おもちゃが「え?」と拍子の抜けた声を漏らす。
そして俺の足が更に加速し、野郎の手をかわした。
一瞬だけ呆然としたおもちゃがすぐに我に返るがもう遅い。
今の間だけで五十メートルは距離が開いた。
そのまま加速に加速をかさね、おもちゃが見えなくなるまで突き放したところで近くのスーパーに入った。
少し本気で走った上に
俺はゆっくり息をして呼吸を整えると、バックの中にいるピースに呼びかける。
「ピース」
「………臭わないよ。今回も
頭だけ出てきたピースの言葉を聞いて俺はホッとした。
前に勝負したときはギアを上げる必要がないほどだったが……
「んじゃ、このまま買い物して帰るか」
「あい――――ん?」
答えようとしたピースが、突如くんくんと鼻を動かす。
「どうした。おもちゃか?」
撒けたと思ったヤツのことを訊くが、ピースは首を横に振る。
おもちゃでないとなると……こいつが反応するのは
「………
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
同じ日の夜。
一人の少女が夜の闇を切り裂くように走っていた。
―――――怪物に追われながら。
「ウェハハハハァァァッ!!」
「しつこいですぅッ!」
下半身が潰れながらも怪物―――はぐれ悪魔グラトンは、両腕を使って地面を這いながら少女を追いかけていた。
少女の名はルフェイ・ペンドラゴン。
先のとがった可愛らしい帽子を被り、背にマントを身に着ける彼女の手には、複雑な魔方陣が浮かび上がっていた。
ルフェイは追ってくるグラトンに振り返ってその手を向ける。
次の瞬間、魔方陣の輝きが増すとグラトンへ向かって光が放たれた。
まともな方向転換ができないグラトンであったが、彼は大きく口を開けた。
ぎゅるるるるるるるッッ!
光は命中する寸前、グラトンの口へと飲み込まれていった。
悪魔は通常、暗闇に強く、光に弱い。天使などがあつかう光に対して相いれない性質を持っており、太陽の光などでも倦怠感や力の減少が起こってしまうほどだ。光によってできた武器や攻撃ならば消滅することもある。
しかし彼―――グラトンは違った。生まれながら異常な食欲を持ち、あらゆるものを食してきたグラトンには一つの能力があった。
―――『
グラトンの体内は口から食道、臓器、血管内など、体のすみずみまで何重にも
「うんめぇぇぇッ!!」
彼を歓喜させる。
「これもですかぁ!? もういい加減にしてくださいよ!」
いま放ったので現状で使える『魔法』はすべてだった。
ルフェイは自身に攻撃する手段がなくなったことがわかり焦りだす。
彼女が習得している魔法の形式は黒型、白型、精霊型、北欧型などと多種多様。しかしいま走っているのは見知らぬ街道。夜であるため人通りは少ないが、この辺りで火力のある魔法を使えばまわりの民家に被害が出る可能性が高い。
そのため始めは範囲の広くない攻撃をしていたが、いまは広い空間を探しすのに必死だった。
さらに数分走り続けるルフェイ。
(どこか、どこかないんですか……………あ!)
―――遠目に廃屋らしき建物を見つけた。
走りながらグラトンの相手をしていて気づかなかったが、いつの間にか町外れまで来ていたようだった。
(あそこなら……!)
追ってくるグラトンとは少しだけ距離がある。ただ放つだけでなく、廃屋内で隠れて奇襲したほうがいいと考え、ルフェイは足を速める。
あと十メートル、五メートル、一メートル―――。
ルフェイはそこまで来ると屋内に転がり込み、入り口脇の影で備えた。
「あとは―――」
魔方陣を用意するだけ。そうつぶやこうとした時だった。
「美味そうな臭いがするぞ? まずそうな臭いもするぞ? 甘いのかな? 苦いのかな?」
ぞくっ。と背に冷たいものが走った。
不気味な低い声音。
ふり返ると、そこには女性がいた。ただし上半身だけが人間のものだが、その下半身は巨大な獣の姿をしていた。
「ケタケタケタケタケタ―――――」
不気味な笑い声を発するバケモノ―――はぐれ悪魔バイザーはその巨大な足を上げ、るフェイにのしかかろうとする。
しかしその動作は遅く、ルフェイはすぐにその場から離れた。
ズゥゥゥンッ……。
衝撃から煙が舞う。ルフェイは煙が収まる前に柱の影に隠れ、魔法の用意をする。
追われていたときと違い集中でき、高火力用の魔方陣は数秒で完成した。あとは標的に向けて放つのみ。
ザシュッ。
「っ!?」
そのとき、背中に衝撃が走り、ルフェイは地面に転倒した。
「やっふ~~」
後ろには襲ってきた悪魔―――グラトンが腕を振り下ろしていた。その爪先には赤い液体が付着している。
切り裂かれたと分かり、ルフェイは再びその場から離れようとする。
(あ……れ………?)
しかし、体がうまく動かず、立ち上がることすらできなかった。
「俺の毒爪ってけっこう効くだろ~~? ギャッハハハハァ!」
動けないルフェイに対して種明かしするグラトン。
毒。先ほどの攻撃で受けたものがそれだったのだろう。毒の種類までは分からないが、体も動かず魔方陣も集中力が途切れて霧散してしまった。
「そんじゃあ、いただきま~す」
よだれをたらしながらこちらに近づいてくるグラトンは、しかし次の瞬間、何者かによって蹴り飛ばされた。
「ぐぺぁぁあああ!?」
「なんだぁ?」
悲鳴を上げて蹴られた箇所を押さえるグラトン。
それにようやく気づいたバイザーが見ると、そこに男が立っていた。
「………」
黒い体を銀の鎧で包みこみ、腰には彼に取りつくかのように、龍を模したベルトが巻き付けられている。
顔は龍の頭部のようなマスクで覆われ、その青い眼は足元にいるルフェイへと向けられていた。
「だ……れ……?」
喋るのも困難になってきたルフェイは、男に問いかける。
しかし男は答えず、ルフェイからバイザーたちへ向き直る。
「なんだテメェ! 俺様のメシの邪魔しやがってよぉ!」
「………」
叫ぶグラトンへ男は飛び出した。
数十メートルはあった距離が一瞬にして縮まり、グラトンの顎へ男の上蹴りが炸裂する。
グラトンは何が起きたか分からず呆けてしまうが、男は追撃とばかりに空中で連続蹴りを浴びせた。
悲鳴を上げる隙もなく、連続蹴りは続く。
その光景を見ていたルフェイは呆然としていた。
自分がまったく歯が立たなかった相手を、圧倒している。彼女は少しの安堵を覚えたが、自身の周りに影ができるのに気づく。
「お前、先に食べようかな? 美味いかな? まずいかな?」
影の正体はバイザーだった。
いまだに体が動けず、再び窮地に立たされるルフェイ。
しかしグラトンを蹴り続けながらも、その場を目にしていた仮面の男が行動を変える。
もはや意識があるかもわからないグラトンを踏み台に高く飛び、空中でクルリと一回転すると、そのままバイザーの頭に踵落しを決めた。
「がぐぅ!? ……ぅ~っ」
上半身はやはり人間だからか、バイザーは脳天に受けた一撃で体勢を崩す。
ズゥゥゥン……。
巨体が倒れ、地面が大きく揺れた。
男は軽快な身のこなしで着地すると、バイザーたちの様子を確認する。二体はそれぞれ白目を剥いてピクピクと震えており、気絶しただけと男は判断した。
踵を返そうとして、思い出したかのように今度はルフェイを見る。こちらは二体と違って目を閉じていたが、息が荒く、顔色も優れているように見えなかった。
「………」
男は懐から偶然持っていた
マスクの顎部分に手を添え、ルフェイを見ながら男は考える。
「……これも何かの縁か」
そう呟くと、倒れているルフェイを背負い、男は外へと歩いてく。
廃屋から出ると、近くに月光に照らされた銀色のバイクが停まっていた。
男がエンジンをかけると、野太いエンジン音が辺りに響き渡る。
「………さてと」
ルフェイを背負いながらバイクに跨ると、男の背から翼が
コウモリと似たように翼膜の張られたそれは、鎧と同様銀色に輝いており、動くたびにその美しさを際立たせている。
翼が背にいたルフェイを優しく包みこんでいき動かないようにすると、男はハンドルを握って調子を確かめる。
ブオン、ブオォォン!
エンジン音を二度ほど響かせて、男とルフェイを乗せたバイクは、夜の闇へと消えていった―――。