一夏が一組のクラス代表に就任してから数日が経った。
グラウンド。
千冬の前に生徒が整列していた。
「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、エーカー、オルコット、スレーチャー。試しに飛んでみせろ」
「はい」
「了解した」
「分かりましたわ」
「分かりました」
千冬の指示に四人が列の前に出る。
セシリアとルフィナが同時にISを展開し、続けてグラハムもフラッグを展開する。
二人は0.5秒で私は0.55秒。
グラハムは体内時計の出した結果に息を吐く。
やはりMSを思い浮かべる方法では二人に勝てんな。
となりを見るとまだ一夏が展開できていないようだ。
「遅いぞ。熟練した操縦者なら展開に一秒とも掛からないぞ」
千冬の声に一夏は焦りながらも、右手に装着された白式の待機状態であるガントレットに左手を添える。
0.7秒後、一夏に白式が装着される。
「よし、飛べ!」
グラハムとルフィナがほぼ並んで空を上る。
性能上ではグラハムのフラッグが最も出力の高い機体である。
だが搭乗者の技量差でルフィナと並んでしまう。
――やはり感覚がまだ掴めていないようだな。
『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』という教本に従い、角錐の形を何度かかえながら想像するもなかなか速度が上がらない。
そのまま二人は同時に上空で止まる。
次いでセシリア。少し間をおいて一夏も到達する。
『織斑、エーカー、何をやっている。スペック上の出力はスレーチャーよりも高いはずだぞ』
通信で入る千冬の叱責に一夏は苦虫を噛み潰し、グラハムは苦笑する。
「一夏さん、グラハムさん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」
「そう言われてもなぁ」
「一筋縄ではいかないところはISもMSも変わらないということか」
「MSって何?」
「さぁ、何かな」
ルフィナの問いをはぶらかしながら彼女のISをグラハムは眺めた。
深いグレーを基調としたIS《ガスト》。
脚部に反重力翼をもつのが特徴的なアメリカの第二世代型。
コンセプトが空戦能力向上であったことから他のISと比較するとどことなく戦闘機のような印象を受ける。
そのせいだろうか、グラハムにはUNION系のMSに酷似しているように思えた。
「………………」
『お前たち、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ』
千冬からの通信にグラハムは意識を戻すとすでにセシリアとルフィナの二人は降下を終えていた。
二人とも完全停止まで難なくこなしたようだ。
「さて、次は私が行かせてもらおう」
『背中にロケットファイヤーを噴出しているイメージ』をグラハムは思い浮かべる。
突如、すさまじい勢いで地面へとグラハムは一気に降下していく。
「なんと!?」
彼の想像以上の速さにわずかに顔をゆがめる。
だが心の内では恐怖だけでなく高揚も感じ取れていた。
――懐かしいな。
自分でも予期できぬ速度での急降下。
フラッグのテストパイロット時代に味わった限界実験を思い出す。
フッ、と笑みがこぼれる
地面はもはや目前に迫っていた。
このままでは激突は必至である。
――この機体はISだがまぎれもなくフラッグだ。
ならば、
グラハムは咄嗟にクルーズポジションに変形させる。
地面ぎりぎりのところで機体を浮かし、体勢を立て直す。
そして刹那に変形、スタンドポジションに戻る。
グラハム・スペシャル&リバース!
セシリアたちのとなりで停止した。
間一髪というやつだったな。
グラハムは満足げだ。
「………………」
周囲は無言だ。
セシリアとルフィナも目を丸くしているが達成感を味わっているグラハムは気づかない。
「……本来なら怒鳴りたいが今の体勢の直し方に免じて見逃してやる」
千冬でさえもグラハムの変態変形に怒る気になれないようだ。
ため息をつくと一夏に指示を出す。
直後、すさまじい音とともに一夏は盛大に墜落、地面にクレーターを作り上げていた。
その様に一歩間違えていたらこうなっていたなとグラハムは肝を冷やす。
(私がこうならなくてよかった)
「織斑、エーカー、武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」
「は、はあ」
「了解した」
「返事は『はい』だ」
『はい』
一夏は右手、グラハムは左手に意識を集中させる。
――物体を斬る、刃のイメージ。鋭く、堅固な物体。強い、武器――
――右前腕の装甲展開、抜刀――
上から一夏、グラハムのイメージである。
一夏は白式の右手に『雪片弐型』を展開した。
それよりもわずかに早く――0.38秒だと言わせてもらおう――フラッグの左手にプラズマソードが握られていた。
「遅いぞ織斑。0.5秒で出せるようにしろ。エーカー。展開時間はなかなかだ。だが、左手を右腕まで持っていくな。両手を使えるようにしろ」
「了解」
(やはり右手も意識しないとこうなってしまうな。セシリアにも言われたがこればかりは数をこなさねばな)
(ぐあ。これだって一週間訓練してものにしたのに。またこの人は厳しいんだからなぁ)
「エーカーを見習って少しは反省しろ!」
出席簿が一夏に飛ぶ。
頭を抱える一夏を背に千冬はセシリアの方を向く。
「オルコット、武装を展開しろ」
「はい」
左手を肩まで上げ、真横に腕を突き出すセシリア。
すぐにその手には『スターライトmkⅢ』が握られている。
さすがだとグラハムは内心で呟く。
銃器にはすでにマガジンがセットされている。
私よりも早くセシリアは射撃準備を整えたか。
やはり、技量が勝敗を分かつか……。
だが――
「さすがだな、代表候補生。――ただし、そのポーズは止めろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。正面に展開できるようにしろ」
「で、ですがこれは――」
「直せ。いいな」
「――、……はい」
有無を言わせぬ千冬にうなずくしかないセシリア。
千冬の言はグラハムも気になっていたことを指していた。
実戦では横よりも正面に敵がいる場合がはるかに多いだろう。
そうなると横への展開では正面へ構え直す必要が出てくる。
構え直す動作一つでも戦場では大きな隙となる。
そういう意味では正面に構えた方が初撃を隙なく撃てるために矯正した方がよいのだ。
「次、スレーチャー」
千冬に名前を呼ばれたルフィナは右腕を正面に構え、アサルトライフルが出現する。
ライフルも銃身に取り付けられたグレネードランチャーも完全な射撃体勢をとれる状況だ。
「展開時間、方向ともに問題ない。さすがは代表候補生だな」
「ありがとうございます」
千冬の言葉にルフィナはうれしそうにうなずき、アサルトライフルを戻す。
「……時間だな。今日はここまでだ。織斑、グラウンドは片づけておけよ」
「う……」
助けを求めるように一夏はチラッと箒を見るも顔をそらされてしまう。
どうやら手伝ってくれる様子ではないようだ。
さらにグラハム、セシリア、ルフィナと視線を向けようとするも彼らはすでにいなかった。
「………………」
哀れ、一夏は一人で穴を埋めなくてはならなくなった。