虚から要請を受けたグラハムは《GNフラッグ》を展開し、海上を飛翔していた。
右へと視線を向けると、並ぶようにして《打鉄弐式》を纏った簪が飛んでいる。
虚との会話を電話越しに聞いた簪は、グラハムたちに自分も連れて行ってほしいと頼み込んでいた。
相手は千冬と互角に渡り合った実力者だと、虚は言ったが簪はそれでもと食い下がった。
その意思のある声にグラハムはその旨を由とし、同行することを快く受け入れた。
今、彼女は無言でただ前を見ている。
いつもなら完成に至った《打鉄弐式》を眺めるところだったが、グラハムもまた簪の表情をバイザー越しに見つめる。
簪の想うことを知ることのできないグラハムだが、何かを想う目であることだけは理解できた。
そしてそれだけで十分だと彼は視線を前方へと戻す。
すでに目的地を視認できる距離まできていた。
海岸線に見える工場地帯。
そのほとんどが使われなくなった廃工場である。
そこがサーシェスの隠れ家と思われる場所だった。
センサーもサーシェスと楯無、二人のISの反応を示している。
だが、それとは別のISの反応も表示される。
まだ遠いがそのISもまた廃工場へと向かっている。
ISに重なるGN粒子の反応、しかも《サイレント・ゼフィルス》や《ワトル》とは違い通常の[T]の反応だ。
「簪」
グラハムはプライベート通信を開き、先に行くよう指示を出した。
簪は頷くと共に高度を下げていく。
打鉄弐式は背部に《フラッグ》タイプのフライトユニットを装備しており、その機動性の高さは降下だけを見ても優秀であることを物語っている。
それを横目に見送ると、グラハムはフラッグのリミッターを解除、背部から放たれる光彩の赤みが増し、一気に加速をかけた。
一分と掛からず、彼の目に敵が映る。
思わず口端に挑戦的な笑みが浮かぶ。
ガンダム!
グレーと白の全身装甲のIS。
額のV字型の装飾の下にもつ双つの目は緑に輝いている。
背からは彩色の粒子を広げ、その姿は威風堂々とし、神々しささえ感じられる。
わずかにある相違点といえば、背後に浮く非固定ユニットを持つことだが、何度も目にした《0ガンダム》という機体であることに間違いはなかった。
ゆっくりとした動作で0ガンダムはライフルの銃口をグラハムへと向けた。
咄嗟にグラハムは軌道を変え、ビームを回避する。
それを皮切りに戦闘が始まる。
0ガンダムはいくつもの光線を放ち、そのいくつかを掠めながらもフラッグは接近していく。
左手にビームサーベルを出現させ、柄尻に粒子供給ケーブルが接続される。
己を鼓舞するかのようにビームサーベルを振るい、その刀身を深紅の光で形作る。
グラハムは、決して速度を緩めることなく光剣を叩きつけた。
0ガンダムもまた、肩から抜くようにビームサーベルを振り下ろす。
衝撃と共に紅の粒子光が弾けた。
スピードと勢いで勝るフラッグのビームサーベルが押し込まれる。
決して殺しきれるものではない速度を持った斬撃に、0ガンダムは剣をいなし、飛ぶようにして後退する。
逃すまいとフラッグのビームサーベルが弧を描く。
刃にかかる手ごたえを失った直後に放たれた軌跡。
0ガンダムは背面宙返りをして逃れるとビームライフルを連射する。
「ッ!」
至近距離からの射撃に回避が間に合わず、右腕のGNディフェンスロッドで数条の粒子ビームの軌道を逸らす。
だがその間に0ガンダムはこちらとの距離を空け、さらにビームを放ってくる。
グラハムはフラッグ持ち前の機動力によりその射線から逃れつつ突進する。
リミッターを解除したフラッグの速度と機動性は凄まじく、瞬く間にその距離が縮まっていく。
相手もこれ以上は無駄と判断したか、ライフルから再びビームサーベルへと切り替え、宙を蹴る。
一瞬にして二つの紅刃は重ねられ、エネルギーの波紋が発せられた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
二機のISによって繰り広げられる近接戦闘。
幾度となく粒子と火花を散らして刃を交わり、その間隙を紅の光槍が空を切り裂いていく。
常軌を逸してさえいるそれは、歴戦の傭兵でも中々お目にかかれるものではなかった。
「ククク、すげえなァ」
廃工場から脱出したサーシェスは、海上で繰り広げられる戦いを見て嗤っていた。
すでに十合は超えているであろう剣戟に
身体が疼く。
先程までの闘いも面白かったがやはり違うと彼は思った。
ISの特殊兵装は目を見張るものがあり、初見ではいかに歴戦の猛者であろうと少しは手間取るものだ。
だが結局はそこまでだ。
ISの搭乗者は戦争のせの字も知らないようなガキばかり。
そして戦い方も機体性能云々というような連中が多い。
それだけでは物足りない。
戦争で最後にモノを言うのはてめえの腕っぷしだけ。
そして他者を蹂躙せしめるのもやはり武装云々ではなく実力だ。
そういう意味ではサーシェスにとって、ブリュンヒルデやフラッグファイターは最高の獲物だった。
その片割れであるグラハム・エーカーが魅せる戦いは見ているだけでも、傭兵の頬を狂気に釣りあげさせる。
本当ならすぐにでも飛びつきたかったが、それを彼の傭兵としての部分が押しとどめる。
《ヴァラヌス》は昨日今日の闘いでダメージの蓄積量が危険域に届こうとしていた。
おまけにシールド以外の武装を失い、機体が正常にすら動かない今、あの戦いに参加することなど狂気の沙汰以外のなにものでもなかった。
(それに、大将からの命令は一応聞いとかねえとな)
サーシェスは激闘から目を離し海面へと向けた。
0ガンダムとGNフラッグの戦いから離れたところで、わずかだが海面に影が映っている。
それはゆっくりと彼の方へと近づいてくる。
「お迎えか」
つまらなそうにサーシェスは呟いた。
彼はもう一度、空で繰り広げられる粒子の軌跡を見上げる。
幾重にも重なる激突音に狂笑を漏らす。
もうすぐだ。
もうすぐ、あの感触を狩りつくすまで味わえる。
楽しみだ。
楽しみじゃねえか。
次なる猟場を夢想し、目の前の戦闘を肴にサーシェスは猛った。
その狂笑さえも旋律に加え、二機のISの戦いは佳境へ入っていく。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はぁぁぁッ!」
右手のリニアライフルで相手の動きを牽制しつつ急迫したグラハムは、左手に握られたビームサーベルを振るう。
上から叩きつけられるような斬撃を0ガンダムはビームサーベルで受け止め、粒子が迸る。
拮抗するパワーバランス。
鍔迫り合いになろうかという流れを、しかしグラハムは自分からわずかに出力を抑えることで断ち切る。
当然、相手のビームサーベルに力負けするが、刃の届く前に彼は蹴りを勢いよく喰らわせた。
吹っ飛ばされた0ガンダムは海面をすべるように、背面で飛びながら粒子ビームを連射してくる。
鋭角的な動きでグラハムは熱戦をかわしていくも、数発の光が掠め、機体に損傷を受ける。
それでも怯むことなどないグラハムは0ガンダムを追って、海面すれすれを飛び、 両手の武装を消して長大なビームライフルを展開する。
大型故に取り回しの悪いXLR-04と形式番号の振られたライフルは、改良が加えられ実戦になんとか耐えうるものとなっていた。
引き金を引き、紅の粒子ビームが発射される。
高速で一直線に走る光線を0ガンダムは飛びすさるようにしてかわす。
だが、そこに隙が生じる。
そしてそれを見逃す程グラハムは拙劣ではない。
薬莢代わりのコンデンサーを排出するライフルを量子化し、ビームサーベルを握る。
グラハムはフラッグを飛翔させ、光剣を横薙ぎに払った。
ガンダムがそれを防ぎ、反転して斬撃を返す。
そこからさらに十数合と刃を交え、両者は同時に距離をとった。
息もつかせぬ攻防を幾重にも繰り返したからか、まるで時が止まったかのように動作が止む。
「はぁっ……、はぁっ……」
乱れる呼吸を整えながらグラハムは0ガンダムを睨む。
その表情にはわずかながらの苛立ちが見えた。
すでに数十合――正確には七十六合だが――も刃を重ねた。
だがその中で一度たりとも敵は本気で戦ってはいない。
これはあくまで感覚的なものだが、グラハム程の実力者ともなれば剣を交えればある程度技量を見切れる。
そしてグラハムの想像と実際では大きな隔たりがあった。
どういうつもりかと問いただしたかったが、どういうわけか相手に通信をつなぐことができない。
おそらく0ガンダムの目的はサーシェスの離脱の支援だろう。
グラハムたちも楯無の救出を第一としていたため理解はできる。
だがそれを差し引いても0ガンダムの戦い方に奇妙なものを感じていた。
まるで、実力を試しているかのようにグラハムは感じていた。
そして0ガンダムから漂う不気味な気配も感じ取っていた。
サーシェスのような悪意とは違う、乙女座としての感性でも言い表せぬ何かを。
「……ならば」
グラハムはビームサーベルを構え直す。
すでに互いに目的を達したと言える。
それでも目の前の敵はこちらを試し続けるつもりのようだ。
背中のGNドライヴがガキリと左肩へと移動する。
ならば、切り開いて見せよう。
機体を前へ傾け、サブスラスターを吹かして飛ぶ。
振り上げたビームサーベルの粒子の輝きが増し、刀身が伸びる。
右手を添え、振り下ろそうとしたとき、
「ッ!?」
グラハムは0ガンダムから感じ取った。
笑っている――?
そう彼は感じた。
そして、飛び込んだグラハムの眼前で非固定部ユニットからあるものが展開される。
それは0ガンダムを包むかのような紅の層。
「GNフィールド!?」
しまったと思うが遅かった。
渾身の一撃が粒子の防壁によって阻まれた。
こんにちは、農家です。
今回は
GNフラッグ VS 0ガンダム
をお送りしました。
次回
『Break Down』
それを撃つ覚悟はあるか