第四アリーナ。
「あら、なかなか似合っているじゃない」
「ど、どうも」
更衣室に入ってきた楯無の言葉に、一夏は微妙な表情をした。
今の一夏の格好を一言でいうなら『王子様』というやつである。
イメージに相応な豪華な衣装ではあるが、肝心の一夏の表情はやはりすぐれないでいた。
「はい。王冠」
「は、はぁ……」
そして楯無は一夏の頭に王冠を被せた。
「あの、俺脚本とか台本見てないんですが」
「心配ないわ。基本的にアナウンスで流すから、台詞はアドリブでよろしく」
某世界初のフルCGロボットバトルアニメーションみたいにね、と楯無に背を押され、一夏は舞台袖に移動する。
その表情は言い知れぬ不安を抱いていた。
「は、はい」
「さあ、幕開けよ!」
ブザーが鳴り響き、照明が落ちる。
アリーナ内にはかなり本格的なセットが組まれており、本物の城を思わせる作りになっていた。
その作り込まれた舞台に思わず感嘆をもらしつつ、一夏は舞踏会場の上に立った。
それと同じくしてゆったりとしたBGMとナレーションが流れ始めた。
『ある時代のあるところに、シンデレラという少女がいました』
思いのほか普通の出だしに、ステージ中央の一夏はホッと息を吐いた。
だが一夏は見落としていた楯無という人物を。
シンデレラの役を誰がやるのかと呑気に首を傾げたとき――
『否、それはもはや名前ではない。幾多の舞踏会を抜け、群がる敵兵をなぎ倒し、灰燼を纏うことさえいとわぬ地上最強の兵士達。彼女らを呼ぶのにふさわしい称号…それが『灰被り姫(シンデレラ)』!』
突如、世紀末もかくやというBGMにかわり、ナレーションのボルテージも一機に上昇する。
『今宵もまた、血に飢えたシンデレラたちの夜が始まる。王子の王冠に隠された隣国の軍事機密を狙い、舞踏会という名の死地に少女達が舞い踊る!』
「は、はぁっ!?」
「もらったぁぁぁ!」
一夏が驚愕の声を上げる間もなく、反射的に屈んだ。
間一髪で、頭の上すれすれを中国手裏剣こと飛刀が通過していった。
射手は白地に銀のあしらいが施されたシンデレラ・ドレスを纏った鈴音だった。
鈴音はさらに二、三本飛刀を投げると、一本を逆手に構え、突っ込んできた。
さらに――
「一夏、覚悟!」
「のわっ!?」
横に飛び込むようにして鈴音の斬撃を避けると同時にガキン、という金属音が響いた。
すぐに起き上がった一夏の視線の先で、
「ちょっと! 邪魔しないでよ!」
「それは私の台詞だ!」
ドレスを着た箒が刀を鈴音の得物とぶつけ合い、火花を散らしていた。
二人は距離を空けるもすぐに刃を交えた。
両者の鬼気迫る表情に軽い恐怖を覚えながら一夏はチャンスとばかりに走り出す。
「逃がさんぞ!」
「またかよ!」
バルコニーを模したセットから今度はラウラが両手にタクティカルナイフを持ち、飛びかかってきた。
それをなんとか身を翻して躱す一夏。
と同時に満員の観客席から盛大な拍手が送られる。
「あ。ど、どうも」
一夏の必死の回避行動の数々をハリウッドもかくやという演技と思い込んでいる観客からの声援に、彼は思わず律儀に応えてしまう。
「ええい、余所見をするな!」
「おわっ!?」
眼前に光るものを見た一夏はそれをなんとか避け、走り出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「始まったか」
アリーナの天井裏に組まれた足場で、腕組みをしたグラハムは、眼下で繰り広げられている戦闘を眺めていた。
(とんだ茶番だ)
内心で吐息しつつ、グラハムは視線を左右に振る。
「狙い撃ちますわ!」
「当たれえっ!」
左手側でセシリア、右手側ではシャルロットが、それぞれ銃火器を構えて容赦なく一夏へ向けて射撃を敢行している。
しかも狙いは王冠ではなく、一夏自身に向けていた。
足元に落ちる薬莢の金属音からしてまず間違いなく本物の銃弾だろう。
当たればただではすまないだろうが、一夏はレーザーポインタの赤い光線に反応して避け続けている。
「いけっ!」
さらに正面でルフィナがアサルトライフルを構え、ラウラ達を狙って引き金を引いている。
ラウラ達とは別の役柄で出ているのだが、三人の表情は、下の三人に負けず劣らず真剣だった。
当然、理由がなければたかが劇に彼女たちがここまで必死になることはないだろう。
勿論、彼女たちを冷静に眺めるグラハムにはその見当がついていた。
一夏以外の劇参加者には、王冠を是が非でも手に入れたい理由があった。
(なんでも一つ願いをかなえる、か)
生徒会長権限が及ぶ限りという条件ではあったが、随分と思い切ったことを考えるものだと、眼下の劇を眺めつつグラハムは思った。
先行参加している箒、鈴音、ラウラの三人を見れば願いの内容などある程度予想できる。
正直、千冬という関門があるので楯無といえどもかなえられるのかは怪しいものではあったが。
それとは別に、上でライフルを構えている三人にもそれぞれの条件をクリアすれば、願いをかなえてもらえるという密約が存在した。
こちらに関しては、グラハムは何を願うのか思い当たることはなかったが。
(そういう私も、やらねばならないのだがね)
大概だな、と口端に自嘲めいた笑みを浮かべるもそれは誰の目にも映らなかった。
ダーンダダーン、ダーンダーンダンダーンダダーン
と、厳かなBGMが流れ始めた。
『こうして、各国家は己の威信と繁栄をかけて、大いなるゼロサムゲームを繰り広げていた』
何故か男性の声がスピーカーを通して響く。
『そう、人類はいまだに一つになることができないでいた』
グラハムはルフィナ達にアイコンタクトをとる。
『そんな世界に対して、楔を打ち込もうとする者たちが現れた』
ルフィナ達は頷くと、ライフルを一斉に一夏の周囲ギリギリの位置へと連射を始めた。
一夏へと殺到していたラウラ達がそれらを避けようと、大きく後ろに下がる。
『某私設武装組織が、争いの根絶を目的とした武力介入を始めたのである』
その言葉を合図に、グラハムはウインチロープを手に取り、舞台上へと降下した。
『味方の射撃がシンデレラたちを牽制する中、一人のエージェントが王子たちの前に降り立った』
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「グラハム……?」
一夏は目の前に現れた男がグラハムであると確信を持てなかった。
それは身に纏う雰囲気、恰好が彼の知る友人のそれとは似つかなかったからだ。
癖のある金髪は見覚えがあるものの、顔には目と口元だけを覗かせた黒い面具をかぶっていた。
身に纏うのは軍服を思わせる深緑色の格式高い服で、その上から赤い陣羽織を重ね着している。
ハッキリ言えば異様。だが、その立ち姿は不思議と威風堂々としていた。
(侍……?)
目の前に立つ異形を一夏はそう思った。
眼光は鋭く、寄らば斬るような気迫を漲らせるその姿は、まるで古武士のような印象を周囲に与えていた。
放たれる風格は本物で、先程まで殺気めいていた箒たちも息をのんでいた。
誰一人として動けない中でまたしてもBGMが切り替わり、先程まで流れていたもののアレンジだろうか、少しテンポが上がった曲が流れ始めた。
『エージェントは争いの原因を断ち切るべく、王子の持つ軍事機密を抹消しなくてはなりません』
「え……?」
楯無に戻ったナレーションに一夏は間抜けな声を上げた。
そんな一夏を眼前に捉え、仮面の男は刀を抜いた。
「許せ、一夏」
構えた刀の切っ先を一夏の喉元へと向け、仮面の男は低い声で短く陳謝した。
面具で隠れて見えないが、劇が始まる前からグラハムの表情はどこか憮然とした色を湛えていた。
今グラハムが着ているのは、某ロボット特撮ヒーローもののライバルキャラを元にした衣装だ。
劇の話の筋は楯無と簪が考えたものらしく、こういうヒーロー路線は簪の案だという。
だが単純なヒーローものではつまらないという楯無の意見で、本来なら敵サイドのキャラをモデルにすることになった。
どうやらかなり似ていたらしく、簪は目を輝かせてグラハムに握手を求めたくらいだ。
観衆にも知っている人はいるらしく、黄色い声が少数ながらもアリーナに響いていた。
もしグラハムの表情が見えたら、大半の人は難しい表情の原因をその衣装に見るだろう。
それは間違ってはいない。
不本意なコスプレほど好ましくないものはないだろう。
特に生真面目なグラハムという人物をある程度知っていれば、そう思っても不思議ではない。
だが事情を知るものからすれば、衣装はあくまで間接的な原因だと気が付くだろう。
特にチョンマゲのようなポニーテールが特徴の親友が、今のグラハムの格好を見れば、苦笑と共に同情の念を抱いたはずだ。
それだけグラハムの胸中は複雑なものだった。
別にあの時の格好を忌むべきものと、彼は思っていない。
愚行の象徴とあの面具を呼んでこそいるが、意匠は素晴らしいものだとすら思っている。
彼があの時代で忌んでいるのはそこではないのだ。
しかし今の格好がそれを彷彿とさせるのは事実で、やはり面具の下の表情が和らぐことはない。
これもまた事情を最もよく知る、というよりも遠因を作った親友ならよくわかるはずである。
それでも、グラハムはやらなくてはならない事情があった。
グラハムもこの劇でしかるべき役目をこなすことで、景品をもらうことができる。
これも彼の場合は少し特殊だった。
学園内での事柄にはあまり興味のないグラハム。
あるのはせいぜい食堂の和食か風呂ぐらいなものである。
そんな彼が無骨な表情でありながらも劇に参加しているは景品の存在が大きい。
何しろ――
そう、何しろ!
京都の料亭が待っているのだからな!
一夏へ向け、横一文字に刀を振るう。
必死の形相で避けるもハラリと、一夏の前髪が数本宙に舞った。
さら追撃を加えようと正面に構える。
「待て!」
「!」
横合いから感じた声と微風に、グラハムは刀で薙ぐことで応じた。
鋭い金属音と共に二本の刀が火花を散らす。
「箒か……!」
「貴様も私の邪魔をするか!」
箒は一度間合いを空けるとグラハムへと斬りかかってきた。
グラハムもまた右下からの斬り上げで応える。
そこから幾重にも二人は切り結んでいく。
度重なる妨害に箒の顔は怒りに燃えている。
だがグラハムもまたわずかながらに苛立ちを覚えていた。
憧れの京都の料亭。
日本に憧憬を持つ者たちが一度でも行ってみたいと願う場所。
それが京都であり、料亭だ。
物で釣られることに恥じを覚えるグラハムだが、この条件に対して即答したことへは、一切の恥じらいも後悔もなかった。
それだけの覚悟を持って挑んだにもかかわらず、目前で闖入者によって横槍を入れられたのだ。
両者にとって互いが狼藉者にしか見えなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ハッハハハハハ!」
「――くだらないな」
「そう言うなって」
笑い声を上げながらサーシェスは隣に座るエムに一度視線を向け、また舞台に戻した。
彼の視線の先にいるのはグラハム・エーカー。
いや、今の彼の姿はそういう名ではなかった。
(まさかな、アロウズのワンマンアーミーをこんなところで見られるとはよ)
舞台に立つ面具を被ったその姿にもうサーシェスは嗤いをこらえきれていなかった。
ガキの御遊戯にワンマンアーミー。
そう思うだけでまた笑いが込み上げてきた。
「とうちゃん」
「だから黙ってろって」
表情と同じ冷めた声音のエムに何度も冷や水を浴びせられ、わずかにサーシェスの声が威圧感を含んだ。
「これも俺たちのお仕事だ。それに」
彼は無精ひげ一つない顎でしゃくるようにある一点を指した。
そこには初老の男と実業家を思わせるスーツ姿の青年の姿があった。
女子が大半を占める中で浮いていることから、エムもすぐに二人の男性を見つけた。
「轡木十蔵、松本幸雄……」
「さすがにアレの前で暴れるのは止めとくんだな」
こうして素顔を晒してんだからよ、と両手を枕のようにして座席によりかかるサーシェス。
IS学園と日本IS委員会。そのトップたちの前で暴れることの無意味さを理解したのか、エムも大人しく舞台へと視線を戻した。
劇はすでに佳境へと入ったのか、アリーナへの入り口から百人近い女子達が流れ込んできた。
仮面の男を含めた全員から逃げ回る王子役の少年。
その姿は滑稽なものでしかなくエムにとって特に面白いものではなかった。
ふと視線を舞台の下へと向けると、スーツ姿の女性が観覧席の脇を通り舞台下へと移動しているのが見えた。
最後列に座るエムだったが、暗がりの中でその女性の顔をはっきりと見ることができた。
女性が少年の腕を掴み、舞台から引きずり落とす。
「嬢ちゃん」
「了解」
女性がアリーナの外へと出ていくのを見届けると、二人も席を立った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「逃したか……」
グラハムは大袈裟にため息を吐きながら刀を鞘に納めた。
アリーナの外へと消えた一夏を追って来たグラハムだが、第四アリーナの周囲は建物が多く、まるで碁盤のようにいくつもの細い道が交差している為に撒かれてしまったようだ。
あきらめの悪いグラハムが捜索を止めることなどしないのだが、楯無から入った通信により、追撃を諦めざるを得なかった。
「さて」
グラハムが振り返ると、そこには薄い金色の髪を後ろに流した女性がいた。
「これで君たちの作戦通り、ということだろうか」
「やっぱり、一筋縄ではいかないようね」
女性は薄く笑みを浮かべている。
グラハムもまたふっと鼻で笑った。
「あえて尋ねよう、何者だ」
「私の名前はスコール、でいいかしら?」
「つまり、組織については語る気はないと私は捉えるが」
「ええ。答える気はないわ」
余裕の笑みを崩すことなく、スコールと名乗った女性はスーツの懐からあるものを取り出した。
「! ……成程」
スコールが右手に持つモノにグラハムは見覚えがあった。
四本の脚をもつ小型の機械。
欧州連合の軍事演習の際に、グラハムを襲撃した男が持っていたものだ。
いまだに脚部がプラズマリーダになっていること以外は何一つ分かっていない代物だが、それを持っているというだけで、スコールについて一つの情報をグラハムは得ることができた。
(まず間違いなく、サーシェスの関わっている組織の一員だろう)
少なくとも、あの時のようなぽっと出の捨て駒ではないはずだ。
すぐにグラハムはそう判断した。
何故ならスコールが纏った、緑に金のラインの入ったISが背部からオレンジ色の粒子を放出したからだ。
しかもオーストラリアのトリトン基地より奪取された《ワトル》と呼ばれる第三世代型。
敵側の重要な戦力であることは疑いようもなかった。
グラハムも瞬時に《GNフラッグ》を展開、ビームサーベルを構えた。
「――ふっ」
「何がおかしいのかしら?」
「君が気にするほどのことではないさ」
ビームサーベルを見つめ、グラハムは自嘲した。
今、手に持つそれはマスラオのビームサーベルのように反りをもっていた。
本来ならば直剣になるはずの光刃がなぜそうなったのか、それ自体は、グラハムにとっては些細なことでしかない。
だが湧き上がる闘志には苦笑せざるを得なかった。
武人というよりもバトルマニアという方がしっくりくるこの高揚感。
戦いのたびにその気分を味わってきたが、あの頃を意識するとだいぶ違うものに思えてきた。
「いや、戦場で物思い耽るのは、私の主義ではないな」
なら、とグラハムはスラスターを爆発させ、前に飛び出した。
一応ですがスコールのISは農家の想像です。
原作での描写がほとんどないので当然ですが。
次回
『激突』
最強 対 最狂