男は戦場にいた。
目の前には敵が六人。
全員がパワードスーツを装着している。
ISが誕生する以前、宇宙開発用に使用されていたものだ。
近年、宇宙開発が行われなくなってからはISを持たない国家やPMCで兵器として転用されている。
ISと比較すると兵器とするにはあまりにも非力なそれにミサイルポッドや機関銃を装備している。
対する男も同様のパワードスーツを装着していた。
だが敵六人に彼は一人で対峙していた。
状況的には圧倒的不利。しかし表情に怯えの色が出ているのはむしろ敵の方だった。
彼らは男の周囲に散らばる破片群から目を離せないでいた。
先程まで共に戦っていた仲間六人の機体の破片と体の一部らしきものがそこかしこに転がり、死屍累々の戦場にただ一機、深紅の敵のみが存在していた。
「おいおい、まさかこの程度じゃねぇだろうな?」
男がつまらなそうに言う。
しかしその言葉に反して表情は狂気の笑みを浮かべている。
そして、パワードスーツ三個小隊がたった一人によって全滅させられた。
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「隊長。本社から通信入ってます」
「おう」
中東某国。
数日前に紛争の始まった国のとある小さな街。
ここ数年で行われた開発に取り残され、砂漠の中に打ち捨てられた廃墟の街だ。
戦闘を終え、急ごしらえの基地に戻ってきた男は部下に言われ、通信端末の置かれた小さなテントの中に入る。
『ご苦労だったな野原君。クライアントからすでに残り半分の報酬は入った』
正面のモニターに映るのは所属するPMCの重役である。
野原、と呼ばれた男は相手に委縮する様子を微塵も見せずに軽口をたたいた。
「こうも簡単に戦争を味わえるんだ、文句はねェ」
が、足りねェな、と彼は心の中で言葉をつなげる。
数日前、彼らはクライアントの依頼でこの国に紛争を起こした。
クライアントの正体や目的は知らないがすでに金は戴いているので問題にはしていない。
そもそもこの男にはそんなことには興味なかった。
ただ戦争が味わえればそれでいいのだ。
そんな戦争屋と自ら称する彼にとって戦争を起こすのは至極簡単である。
この国は彼がかつて戦争を起こそうとしたアザディスタンのように完全に二つの勢力に分かれている。
猜疑心の強い両者に適当な刺激を与えれば勝手に戦争が始まる。
ソレスタルなんたらがいなけりゃ楽なもんだぜ。
もともとこの国にはドイツ軍を主体とした欧州連合軍が抑止力として駐留していたが、ドイツで軍事施設が潰されてからというもの本国に戦力の大半を回し、十分な抑止力とはなり得なくなった。
それが拍車をかけ、たった数日で中東数か国を戦火に巻き込んでいる。
数年で一番大きな紛争になったが彼の渇きが潤うことはなかった。
さっきも同様のパワードスーツ、戦闘用に改造した作業用重機で一対十二という状況下でそれなりにスリルはあった。
だが、結局は一方的な殺戮に終わった。
そうじゃねぇ。
戦争は殺す、死なせるだけじゃねぇ。
殺される、死ぬ。
それらもそろって初めて戦争だ。
ハードじゃねぇ戦場はつまらねぇ。
もっとだ。
もっとでかい、とんでもねェ戦争だ。
せっかく大将が約定してくれた戦争が始まろうとしてんだ。
こんなみみっちいのは早く終わらせてェぜ。
そんな彼の心情がそうさせたのだろうか、モニターの向こう側にいる重役が思いもよらぬ指示を出してきた。
『君の部隊の仕事はほぼ完遂した。後は他の部隊に任せて帰投しろ』
「あ? 帰って来いだと?」
『そうだ。君のお得意様からの依頼があるそうだ』
へぇ、と野原は野心的な笑顔を浮かべる。
「なら、すぐに帰るとするか」
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世界でも最大規模の総合企業フタバ・エンタープライズは元々双葉商事という商社だった。
1世紀以上前からある企業で様々な物資を輸出入していたが、その中でも最大の益を生んだのは軍需である。かつて日本が武器の輸出を禁止していたころ裏ルートで各国に兵器を流し莫大な利益を得ていた。解禁されてからは国内外のあらゆる兵器関連企業や傭兵業を吸収し、一大PMCを抱える大企業へと成長した。
それはISが生まれてからも変わらず、今では国内外のIS関連企業を数社傘下に置いている。
結果として宇宙開発からIS開発へと早期にシフトしたアナハイム社と双璧をなす大企業となった。
ただ今でも双葉商事時代のロゴを使っているためにいまでもそう呼ばれている。
中東から呼び戻された巨大PMC所属の野原は、日本にあるフタバ・エンタープライズ本社の一室に通されていた。
いわゆるVIPルームとよばれる応接室の高級なソファにドカッと腰を下ろした。
「で? 俺に用があるんだろ?」
重役に対してと同じように敬意を払う様子もなく目の前に座る男に尋ねる。
「そうだ。君も知っての通り、『福音計画』は連中の思う通りにはいかなかった。それで、次の段階へと早めに計画を移すことになった」
「悪ィが計画がどんなのかは覚えてねェからよ、俺に何をさせてェのかを言ってくれ」
どうでもよさそうに促す野原。
まるで計画には興味がないようだ。
「ふふっ、すまなかった。なら率直に言おう。土産を持って『亡国企業』の連中のところへ行ってくれ」
「ああ? 俺にガキのお使いをしろってのか?」
「そうだ。まあ、いわゆる戦争への準備だ」
機嫌悪そうに言葉を吐く野原を両手で制しながら冷静にクライアントは言葉を紡ぐ。
「それにただむこうにいろとは言わない。連中の肩慣らしを含めて幾つかの紛争地帯や軍事基地に出向いてもらう。勿論、君の新装備の試にもなる。これなら少しは暇が潰せるだろう?」
それを聞いた野原はほくそ笑んだ。
口端からは抑えきれない狂笑が漏れる。
(楽しくなってきたじゃねェか……)
ようやくだ。
ようやくデケェ、そりゃもうとんでもねェ戦争が始まる。
「旦那」
人によっては寒気が走るほどの狂気に満ちた顔を上げる。
「イレギュラーは諦めてくれや」
「意外だな。てっきり織斑千冬を相手取りたいと言うと思っていたのだが」
「そいつもオレの獲物だが、やっぱ戦争は殺しあいだ」
「……そうか。まぁ、織斑一夏が殺されることがなさそうで何よりだ」
じゃあ、と男は立ち上がる。
「接触は近いうちだ。頼むよ、サーシェス」
「おう」
そう答えて、野原ことアリー・アル・サーシェスはクライアントにわざとらしく礼をとり、見送った。
VIPルームに一人残ったサーシェス。
「ククク……ハハハハハハッ!」
すでに漏れていた狂笑を口から外へと吐き出した。
待ち遠しい。
ああ、待ち遠しいぜ。
IS同士によるとんでもねェ戦争だ!
待ってろよブリュンヒルデ。
そして――
「グラハムさんよォ!」
ハハハハハッと高らかに狂笑を上げるサーシェス。
この世界に現れたイレギュラー達の道が再び交わるのはそう遠くはない。
前回の後書きに書いたことでいろいろとご意見をくださりありがとうございます。
まだしばらく募集していますのでなにかしらご意見がありましたらよろしく願します。
次回
『休暇』
それは予兆か