飛ばしていただいても問題はありません
――が、後書きにお知らせを載せてますのでそちらの方だけでもご覧いただければと思います。
西暦2302年。
アメリカ、バージニア州のとある都市。
多くの車が行きかう中を一台の大型ジープが走っている。
運転席に座るのは波打った金髪の青年。
今年で二十二歳になる彼だがその童顔のせいで十代にしか見えない。
その表情はどこか緊張しているように見えた。
チラッとバックミラーを覗く。
ミラー越しに後部座席を見るその目は緊張感が漂っていた。
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機動戦士フラッグIS アナザーストーリー
『MISSION-2302』
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しばらく車を走らせ、郊外にある住宅街で止めた。
降りた青年は強い日差しにわずかに目を細める。
目の前に建つのは小さいながらも庭のある一戸建て。
一度腕時計に目をやってから呼び鈴を押した。
朝の7時半。
時間通りだと言わせてもらおう。
少しして家の扉が開く。
「相変わらず時間には正確だな、若造」
ニヤリ、と笑みを浮かべながら家主の男性が現れた。
今年で五十歳を過ぎているが、筋肉質な引き締まった身体は年齢を感じさせない。
「おはようございます少佐。グラハム・エーカー准尉、娘さんのお迎えに上がりました」
「おう。娘なら――」
「お、お待たせしました」
開かれたままのドアから女性が出てきた。
父親と同じ色の長い髪。
美人といって差支えのない彼女は、慌てて出てきたのか少し顔が赤い。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。大丈夫です」
「では、こちらへ」
そう言ってグラハムは助手席のドアを開いた。
「お、お願いします」
「こちらこそ」
顔はまだ赤かったが女性は優雅ともいえる動作で車に乗り込む。
「おい、若造」
ドアを閉め、運転席へと向かおうとしたグラハムに少佐が声をかけた。
その表情はどこか真剣だ。
「分かってるとは思うが……」
「心配には及びません。下調べしましたが、路面状態には問題はありませんでした」
「そうじゃなくて……まあいい。娘を頼むぞ」
少佐の言葉にグラハムは咄嗟に敬礼をする。
「ハッ! 了解しました」
グラハムは運転席に乗り込み、エンジンをかけた。
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「大丈夫だろうなあ、若造」
走り去っていくジープを眺めながら少佐はため息を吐いた。
……すげえ心配だ。
だが心配ばかりしてはいられなかった。
今日は休暇だが彼にはやらなくてはならないことがあった。
「ホーマーの司令殿も面倒くせえことをさせる」
自室の椅子に座り込みながらぼやく。
目の前のデスクには数十枚にも及ぶ資料が置かれている。
『次期主力MS選定 一次選考』と書かれた表紙を捲る。
今ユニオン軍では再来年をめどに導入される新型MSのコンペが行われている。
本来ならばこの手の仕事は軍の上層部が行うことである。
だが『生きる伝説』の異名を持つ世界最強のトップガンである彼はその実績により、一次選考委員の一人に抜擢された。
しかし彼は今、後進の育成に全力を注いでいるために休暇ぐらいしか選考に時間を割けないでいた。
デスクの上には資料とは別に長大な紙が広げられている。
和紙でできたそれは片端に漆を施された紫檀でできた芯が取り付けられている。
「二機に絞ってくれ、か……」
ホーマー司令から送られた書面の内容を呟く。
一機なら決まってんだよなあ。
資料の最後に掲載されたMSの想像図を眺める。
ぶっちゃけ現行機の《リアルド》と大差ない機体ばかりの中でこれだけは違った。
その機体が実現すれば間違いなくユニオンは世界をリードするだろう。
MSパイロットとしてもこれほど操縦のしがいのある機体はそうない。
だが。
「果たしてものになるか? 《フラッグ》とやら」
スレッグ・スレーチャーは期待半分おもしろ半分でその機体を一次選考最高の評価を与えた。
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スレーチャー邸から車で一時間半ほど。
グラハムたちは海へ来ていた。
「うむ。 いい海日和ではないか!」
準備を終えたグラハムは女子更衣室の前で娘さんを待っていた。
因みに彼が選んだ水着はトランクスタイプでユニオンリアルドをイメージした青系の色をしている。
羽織っているパーカーも同系色のものだ。
ただ、車においてきてしまったものを思うと少し不安があるようでその表情は思案気だ。
「お待たせしました」
ミス・スレーチャーが女子更衣室から出てきた。
彼女は白い水着を着ていた。
ビキニタイプで豊かな胸元が強調されている。
清楚な顔つきにアンバランスな色っぽさは並みの男なら生唾を飲まずにはいられないだろう。
だがグラハムは冷静そのものの態度だった。
「どうです、少し涼みませんか?」
「ええ。そうですね」
はにかむ彼女にグラハムも微笑みを返す。
午前中とはいえ夏の日差しは強い。
それに熱せられた砂浜も足にかなりの熱を伝えている。
これではゆっくり話せまい。
そう思ったグラハムは近くの店に入ることにした。
この街はビーチリゾートとして発展してきたこともあり、浜辺にもお洒落なカフェが多く存在する。
その中の一つに入った二人は海の良く見えるテラス席へと通された。
そこで二人はゆったりと話をした。
グラハムとスレーチャー家はグラハムが第三航空戦術飛行隊に配属されたときからの付き合いだ。
すでに数か月になるがこうして二人きりは初めてのことだ。
「ほう、少佐がそんなことを」
「おかしいですよね。それなのにお父さん――」
共通の話題であるスレーチャー少佐のことから始まり、
「あの高名なプロフェッサー・エイフマンですか」
「宝探しとか、結構お茶目な方なんですよ」
ミス・スレーチャーはカレッジ時代の話を、
「え!? グラハムさんが――?」
「ふっ。よく言われます」
グラハムは自分の過去を話した。
「――そうしたら空が見えて、その際限のない自由な光景に心奪われてしまいましたよ」
「ふふっ。でもそういうところがグラハムさんらしいですね」
「そうですか?」
「ええ。とっても」
空に魅せられたときの話をするとミス・スレーチャーは楽しそうに笑っていた。
つられてグラハムも笑った。
その表情はとても柔らかかった。
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昼食をそのままカフェでとった二人は再び砂浜に出た。
午後になり、日差しはさらに強まっているように感じられる。
「朝より人が増えているみたいですね」
「確かに、そう見えますね」
「せっかくですし、海に入りませんか?」
「そうですね…」
誘いの言葉に応じるグラハムの声にはどこか焦りがあった。
だが、それに気付かなかったのかすでにミス・スレーチャーは波打ち際へと向かっている。
グラハムは瞼を閉じた。
一呼吸おいて開かれた眼には鋭いものが光っていた。
「入水!」
気合いの一言を内心で唱えながらグラハムは海に入った。
今は足がついているが油断はできない。
「グラハムさん、こっちですよー」
グラハムのいるところより先の方からミス・スレーチャーが手を振っている。
どうやら彼女は泳ぎがうまいらしくすでに遊泳限界点のブイのすぐそばにいた。
二人の間には距離があるので深さもそれなりにあるだろう。
果たして私に泳げるだろうか?
いや、と挑戦的な笑みを浮かべる。
「そうする必要があると見た!」
グラハムは足元の砂を蹴り、泳ぎ始めた。
顔を水に着ける。
海水が澄んでいることもあり、海底が見える。
空とは違ったものがあるな。
そう思いながらも必死にグラハムは泳いだ。
無茶苦茶なフォームだがそれでも少しずつ前に進んでいる。
そして、あと少しというところまで来た。
だが――。
「!?」
突然、痛みと共にグラハムはバランスを崩した。
「グラハムさん!?」
ミス・スレーチャーが叫ぶもグラハムの耳には届いていない。
いきなりのことにグラハムは焦り、海水を飲んでしまった。
ぐっ!? くそッ!
なんとか体勢を立て直そうともがくもすでに自分がどちらを向いているかすら分からなくなっていた。
完全に溺れている。
そうグラハムが判断した時にはすでに意識が遠のき始めていた。
薄れる視界の中で淡い光が見えた。
おそらくは太陽、空の光だろう。
ふっ、と彼は嘲笑を浮かべた。
皮肉なものだな。
空を得ようとした者の最期が空から最も遠い場所とは。
それとも、最期を空に看取られたと感謝すべきか?
だがそれよりもグラハムの心のウェイトを占めていたのが……
――少佐に怒られてしまうな。
そのままグラハムは意識を手放した。
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「くっ……、む?」
後頭部の柔らかな感触にグラハムはゆっくりと目を開いた。
どうやら生きているようだ。
「大丈夫ですか、グラハムさん!?」
少佐の娘さんが心配そうにこちらの顔を覗いている。
体勢からして膝枕をされているようだ。
ビーチパラソルによって日差しは遮られ、吹いてくる風が心地よかった。
「すいません。足を攣ってしまったようです」
謝りながら身を起こそうと思ったが止めた。
別にどこかが悪いわけでは断じてない。
だがこのまま上半身を起こそうとすれば確実にぶつかる。
「どなたが私をここに?」
女性の胸を注視するのは失礼と思ったグラハムは視線をそらしながら尋ねた。
「それは……私です」
「申し訳ありません」
そう言ってグラハムは頭を下げるかわりに会釈をした。
「いえ、私の方こそ謝らなくてはいけませんね」
「私には覚えがありませんが……?」
「グラハムさんが、あまり泳ぎが得意じゃないのに無理に泳がせてしまって……」
「なぜ、そのことを?」
その言葉にグラハムはわずかに眉をひそめた。
彼女が言っている通り、グラハムは泳ぎが苦手だ。
しかし、溺れた要因は足を攣ったこと。
どちらかといえば海に入る前に準備運動をしなかったことを原因に挙げるだろう。
それにまるで知っていたかのような口ぶりにグラハムは疑問を抱いていた。
だがその答えは意外と簡単なことだった。
「実は、見てしまったんです。車の後ろにあったのは……浮き輪、ですよね?」
「あ――」
そう実に簡単なことだった。
ジープの後部座席に置かれた大人用の浮き輪。
海に行くことになり、水着と共に事前にグラハムが購入していたものだった。
それを見られていたのだ。
小恥ずかしくなり、グラハムは苦笑いを浮かべる。
「見られていましたか」
「ええ。ちょっとかわいいなって思っちゃいました」
クスッと笑いを見せるミス・スレーチャー。
「恥ずかしながら、泳ぎが少し苦手でして」
「カナヅチ、ですよね」
笑顔で言われた残酷な真実にグラハムは顔を逸らしてしまう。
その動作が子供ぽかったのか彼女はおかしそうに笑い出した。
グラハムもおかしく思ったのか表情を崩していた。
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翌日。
ユニオン軍ラングレー基地MS格納庫
「おい、若造」
「ハッ! なんでしょうか少佐」
任務から帰投したばかりのグラハムは少佐に呼び止められた。
少佐は表情からして機嫌がすこぶる悪そうに見える。
「空に上がれ」
「今すぐにですか?」
「予測不可能な事態に対応しろ。それがお前のMSパイロットとしての矜持だろ」
すでにグラハムは『予測不可能な事態』に対処できなかっただのと昨日の失敗を怒鳴られていたが、どうやらそれでは足りなかったようだ。
いつもなら「反省できるならそれを次に生かして見せろ」と言ってくれる少佐だが娘に関しては別なのだろう。
肩を怒らせながら自機に乗り込む少佐。
その姿を目で追いながらグラハムはふと思った。
グラハム・スレーチャー。
そんな未来も悪くない。
だがそれ以上に、やはり私は求めたい。
幼き日より魅せられた空を。
グラハムの視線がリアルドに向けられる。
航空機形態の機体の肩にそれはあった。
空への憧れを込めた青空に翼と剣の描かれたパーソナルマーク。
そのマークの入った自機に彼は乗り込んだ。
ゆっくりと隣のMSが動き出す。
その肩には銀と漆黒の一角獣を模したマーク。
グラハムの憧れるパーソナルマークを持った機体だ。
スレーチャー少佐に続いて格納庫を出る。
空へと昇る少佐のリアルドが夏の日差しに輝いて見えた。
ペダルを踏み込み、機体が大空へと飛び上がる。
いつか私はこの空を手にしたい。
そのためにも。
「今日こそ勝たせてもらいます、少佐」
グラハム・エーカー、二十三回目の挑戦が始まった。
毎度稚拙な文章を読んでいただきありがとうございます。
今回は#33にあったグラハムさんの過去話でした。
捏造です。すいません。
さて、お知らせです。
恥ずかしながら原作主人公である一夏の相手をどうするか考えていないことにこのほど気づいてしまいました。
彼のルート決定はしばらく先ですが少しずつ固めていきます。
ですので、感想でも一言でも構いませんのでご意見を伺えればと思っています。