「では、現状を説明する」
臨時のブリーフィングルームとなった旅館の大広間に専用機持ち全員と教師陣が集められていた
中心には巨大な投影型モニターが映し出されていた。
「二時間前テスト稼働中にあったアメリカとイスラエルが共同開発した第三世代型軍用IS《銀の福音》が制御下を離れ暴走し、監視空域を離脱したと連絡があった」
千冬の説明に合わせて情報がモニターに表示される。
それをほぼ全員が真剣な目で見つめる。
「その後監視衛星『ゼダン』による追跡の結果、銀の福音はここから二キロ先の空域を通過する事が判明。時間にして五十分後、学園上層部からの通達により我々がこの事態に対処する事になった。教員が訓練機を用いて海域、及び空域の封鎖を行う。よって本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」
千冬の話に一夏の表情が驚愕の色をありありと出している。
学生である自分たちにこれほどの重要な役割を担わされるとは思ってもみなかったのだろう。
(元)軍属であるグラハム、ラウラを除く専用機持ちの表情にも緊張が走っていた。
「では、作戦会議を始める。意見のある者は挙手するように」
ルフィナが間髪を入れずに手を上げた。
その表情はいつものおどおどした印象は見受けられなかった。
「米空軍からの通信で情報開示を行うよう指示がありました。私から説明しても構わないでしょうか」
「うむ。まかせた」
千冬の会釈を見てからルフィナは自分の情報端末からデータを投影した。
「ISⅢP-2《銀の福音》。操縦士は『ナターシャ・ファイルス』。この機体は広域殲滅をコンセプトにした特殊射撃型ISです。『ブルー・ティアーズ型』同様射撃に特化しています。最大の特徴は『銀の鐘』。大型マルチスラスターと両翼合わせて36門からなる広域射撃武器を融合させた新型のシステムにより高い機動性と全方位攻撃を両立させています」
「格闘性能はどうなんだ? 表示されたデータにはその部分の記述が抜けているようだが」
「福音は射撃タイプのIS。近接戦は不向きですが主砲は全方向に同時展開可能なうえに高い機動性を有してる……。持ち込むのは難しい、かな」
「そうなると厳しいよね。ちょうど本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが届いているけど、多数の砲撃を受け止めながら距離を詰めるのは難しいかな」
「でしたら――」
ラウラの質問にルフィナが厳しい顔つきで答え、そこにシャルロットが加わる。
セシリアと鈴音も互いに意見を述べつつ進言している。
「偵察は行えないのですか?」
「無理だな」
その提案を千冬が却下した。
「スペック上では時速2450キロまで出すことが可能で、現在も2100キロ以上の超高速で移動しているそうです」
「アプローチは一回が限界だろうな」
「――チャンスはたったの一度。という事は一撃で決める必要があるな」
グラハムが思案気に言うと、全員の視線が一人に向けられた。
「え……?」
視線の先にいる少年、一夏は間抜けな声を上げた。
事の大きさのあまりに未だに事態を呑み込めていなかったようだ。
「一夏、あんたの『零落白夜』で落とすのよ」
「お、俺!?」
事態を理解しきれないところに本作戦の最も重要な役割を指名され、混乱する一夏。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺が行くのか!?」
『当然』
女子の声が重なった。
「織斑、これは訓練ではない。もし覚悟が無いのなら、無理強いはしない」
「女史の言うとおりだ。これは作戦案の一つでしかない」
「………………」
一夏は目を閉じた。
ゆっくりと混乱が収まり、思考がまとまっていく。
今自分が何をなすべきか。
息を吐き、拳を握った。
覚悟を決め、目を開いた。
「やります……俺がやって見せます!」
「よし」
そう頷いた千冬の表情の微妙な変化をグラハムは見逃さなかった。
――やはり、一夏が心配か。
教官として、この場の責任者としては彼の判断を尊重すべきであることは理解しているのだろう。
だが彼は千冬にとっては弟でもある。
やはりどこかで一夏が任を降りることを願っていたのかもしれない。
そして姉として誇りに思うところもあるのだろう。
喜と哀の交わった微妙な色が端から見えた。
そんな表情をすぐに隠すと千冬は専用機持ち全員へと視線を向けた。
「では具体的に作戦内容を決めていく。白式は全エネルギーを『零落白夜』に割かねばならない。現在専用機持ちの中で最高速度を出せる機体は?」
セシリアとルフィナが挙手をした。
「本国から送られてきた《ブルー・ティアーズ》の強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』なら超高速戦闘にも対応できますわ」
「攻撃力を犠牲にしますが、高機動形態用テールブースター装備型の《ガスト》が最速だと思います」
「ふむ。そうなると戦闘能力とのバランスからオルコットが適任だが、超音速下での訓練時間は?」
「二十時間です」
「それなら――」
『ちょぉぉっと待った!! その作戦は待った~♪』
突然、ルームの空気には場違いな明るい声が天井裏から聞こえてきた。
全員が視線を上げると、天井の板が外され、そこから束が降り立った。
「ちーちゃん。私の頭の中にもっと良い作戦がナウ・プリーティング!!」
「出て行け束」
「ここは断然《紅椿》の出番なんだよ!」
「なに?」
「まずはこれを見よッ!」
束の声に合わせて千冬の周囲に複数の投影モニターが出現する。
そこに現れたのは《紅椿》のデータ。
「紅椿のスペックデータを見てみて! パッケージなんか無くても超高速機動が出来るんだよ!」
コンソールを高速で操作し、投影された紅椿の機体スペックが変化する。
「これは……!?」
「紅椿の展開装甲をこうして、そうしてホイホイホイ♪ ほら、これでスピードはバッチリ☆」
「展開装甲?」
束の言葉の意味が分からず一夏は首を捻った。
それを聞き逃さなかった束は楽しそうに解説を始めた。
おそらく一夏の為だろう。中央の投影型モニターも紅椿のスペックデータに切り替えられている。
「説明しましょ~、そうしましょ~♪ 展開装甲と言うのはだね、この天才篠ノ之束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよ~」
「第四、世代……?」
一夏のみならずその場にいたほとんどがその言葉に驚愕した。
現在ISは第二世代型が主流。
《ガンダム》の出現を契機に活発となった第三世代型の開発がようやく試験機として形となってきたのだ。
だが目の前の人物はその段階を飛び越えていきなり第四世代型を作り上げたのだ。
「まず第一世代型っていうのはISの完成を目指した機体だね。次が『後付武装による戦術目的の多様化』――これが第二世代型だね。そして第三世代型が『操縦士のイメージインターフェイスを利用した特殊兵器の実装』――空間圧作用兵器やBT兵器、AICがこれだね。そして、第四世代型が『パッケージ換装を必要としない万能機』っていう絶賛机上の空論中のもの。これが紅椿と限定的にだけど《白式》もこれになるね」
「白式も?」
「『雪片弐型』には試験的に展開装甲を突っ込んだんだよ。んで、うまくいったから《紅椿》の全身を展開装甲にしたんだよね。フル稼働にしたら最強だね♪」
『………………』
今にも踊りだしそうなくらいの笑顔な束に反してその場の空気は重い。
各国が多額な資金と膨大な時間、優秀な人材をつぎ込んで競い合っている第三世代の開発。
それを無意味だと彼女は言ったのだ。
これほど馬鹿げた話は無い……。
「……話を戻すぞ。束、紅椿のセットアップにどれくらいの時間がかかる?」
「そうだね~。七分あれば余裕だね☆」
そう言うと束は箒の元へ向かおうとする。
「女史、私はその人選には反対だ」
グラハムが挙手をした。
「理由を聞こう」
「確かに性能では
「……それは、私が適任ではないということか?」
「その通りだ」
と、グラハムは険の色を隠さず問う箒に対して頷いた。
「今回の作戦は失敗の許されないものだ。その状況で機体の性能ばかりに目の眩んでいるパイロットの選出には断固反対させてもらおう」
「どういう意味だ!」
「先ほどに君を見ればわかる。紅椿の性能に浮かれ力というものをないがしろにしている。……君は一夏を危険にさらす気か?」
「貴様……!」
「エーカー。確かにお前の懸念はもっともだ。だが、二人はまだ
「そ、そうですが……」
「は、はい……」
「そういうことだ。分かっているとは思うが時間がない。ならこの二人に任せるのが最良だろう」
「……了解した」
千冬の言葉にグラハムはどこか納得のいかないのを、しかし表情に表すことはなく頷いた。
チラリと箒の表情を伺う。
彼女は今束の手によって紅椿の調整を施されていた。
束に対しては相変わらず無味の声で応答しているがその表情はグラハムの不安を大きくさせた。
先程グラハムに向けられた険はすでに消え失せ、喜色を滲ませている。
完全にグラハムの言った言葉は頭から消えているようだ。
――明らかに浮かれている。
かつて似たような表情を見せた男がいた。
ジョシュア・エドワーズ。
オーバーフラッグス隊時代の部下で私の事を軽んじていた。
当時の部隊専用機《オーバーフラッグ》を受領してからの彼は私の機体とほぼ同じ性能を持つ高性能機に完全に浮かれていたふしがあった。
大方、私やガンダムなど目ではないと思ったのだろう。
確かに技量は高かった。
だが彼は功を焦り、油断してガンダムに返り討ちにされた。
そんなジョシュアが状況は違えど箒にかぶって見える。
「それでは本作戦は織斑・篠ノ之両名における目標の追跡・撃墜を目的とする。作戦開始は三十分後。各人速やかに準備にかかれ!」
千冬が手を叩く。
機材の運搬を手伝うためにグラハムはブリーフィングルームを出た。
その表情は厳しい。
――杞憂で終わればいいが。
そう思いつつも彼の乙女座センサーは何か嫌なものを検知していた。