午後の七時半。
一年生は皆、大宴会場で夕食を取っている。
「うん、うまい」
「………………」
和食に舌鼓を打ち、機嫌のいい一夏の隣で神妙な顔つきをしている少女がいた。
(明日、か……)
箒はチラッと一夏を横目に見る。
彼は正面に座るラウラに魚を生で食すことを語っている。
わずかにため息が漏れる。
果たして彼は明日という日が分かっているのだろうか。
そんなことを思いながら箸を動かす箒。
そこから数席離れた席では、
「たまらんな、刺身!」
グラハムが刺身を口にしながら感嘆の声を上げる。
「ほんと、IS学園は羽振りがいいね」
「おいしい」
グラハムの前に座るシャルロットとルフィナも頷く。
シャルロットはグラハムから箸の指導を受けて今では使い方がかなり様になっている。
その手の動きを見て満足げに目だけを頷かせ、再びカワハギの刺身に箸を伸ばす。
そしてわさびと醤油をつけて口に運ぶ。
ツンと刺激が鼻を抜ける。
「さすが、本わさびと言わせてもらおう!」
しつこいようだがグラハムはホーマー邸にて和の文化に触れている。
いまさらだが和食も例外ではない。
「ほん……」
「わさび?」
二人が首を傾げる。
「日本原産種の山葵をおろしたものを本わさびというのさ」
「えっ? じゃ、じゃあ、あの学園の刺身定食のは?」
「あれは練りわさびと呼ばれるものだ。多少は本わさびも入っているものもあるが、主にセイヨウワサビを着色したものだと聞いた」
ルフィナの疑問をグラハムが答える。
「詳しいね、グラハム」
「昔、こういうことに詳しい知り合いがいてね」
無論、この解説もホーマー氏から教わったことである。
「へぇ……はむ」
「む?」
「……え?」
刺身皿に盛られた本わさびをそのまま口に入れるシャルロット。
「っ~~~~~~!!」
当然のように顔を真っ赤にして鼻を押さえるシャルロット。
「大丈夫か?」
「ら、らいひょうぶ……。ふ、風味があっておいひいよ……?」
にこりとグラハムに笑顔を見せようとするが、涙目になっていることもありいまいち決まっていなかった。
「茶だ。飲むといい」
「あ、ありがとう」
鼻声で礼を述べてお茶を飲むシャルロット。
その光景に顔を見合わせて苦笑を漏らす二人。
そのまま食事は続いていく。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「やはり本場で味わう和食は格別だな」
夕食後、グラハムは部屋に戻っていた。
一夏は千冬に呼び出されており、今部屋には彼しかいない。
男子に割り当てられた風呂の時間には少し早い。
グラハムはすっと表情を引き締め、携帯用端末を取り出す。
表示されたのはVT事件をはじめとするここ数年のうちに起きたIS関連の不祥事や事件のまとめだ。
臨海学校前に楯無に渡されたそれは表沙汰になっていないものも含まれており、その数は小事を含めるとかなりのものだった。
順を追って事件の詳細を見る。
そこには情報のみならず楯無の考察も書かれており、彼女の優秀さがわかる。
「………………」
今、画面に映っているのはアナハイム・エレクトロニクスの格納庫からISが強奪された事件。
米陸軍の最新鋭機。
それが引き渡される前日に何者かによって奪取された。
他にもイギリスをはじめとする三カ国で同様に機体が奪われている。
楯無はこれらの事件は『亡国企業』と呼ばれる組織によるものと推測していた。
『亡国企業』は古くは五十年以上前から活動している、第二次大戦中に生まれた組織。
その組織はほとんどが謎に含まれているが、近年ISを標的にしていることが分かっている。
いくつかの事件でも彼らが関わったと思われるものがある。
そして『ある事件』にも関与しているとされている。
アナハイム社の事件への楯無の見解にはグラハムも大筋は同じだがどうしても違和感がぬぐえなかった。
三カ国の機体は第三世代実証機であり、それぞれの軍事基地にあったものだ。
アメリカの件は違う。
確かに最新鋭機だが第二世代機であり、ルフィナのISとは違い、何かの実証機でもない。
一見、既存機の焼き直し程度の印象しかないIS。
だがグラハムには見逃せない点がその機体にはあった。
それは装甲。
《フラッグ》のようにほぼ全身に装甲を持ち、しかも装甲値はGNドライヴ搭載の過程で増強されたフラッグよりも高い。
明らかに既存の第二世代機とは違う。
そして奪取されたのは民間会社。
いやな予測が頭をよぎる。
似たような事が以前の世界でもあったのだ。
「まさか――」
突如、大きな音が部屋の外から響きグラハムは思考を断たれた。
「なんと!?」
彼は端末を仕舞い、ドアを開けた。
最初に目に飛び込んできたのは隣の部屋の前で頭を抱える三人の女子。
そこからわずかに視線を上げると開いたドアの向こうから覗く千冬の顔があった。
「盗み聞きとは感心しないな」
脱兎のごとく逃げようとした箒、鈴音、ラウラの三人を捕まえる千冬。
「ちょうどいい。オルコット、スレーチャー、デュノアを呼んで来い」
『は、はいっ!』
掴まれていた首根っこを解放され、三人は駆け足で呼びに行った。
それを見送っているとグラハムにも千冬は声をかけた。
「エーカー。そろそろ男子の時間だ。お前も汗を流してこい」
「了解した」
「ん。そうする」
千冬の部屋から出てきた一夏とともにグラハムは浴場へと向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その部屋には沈黙が流れていた。
『………………』
千冬に呼び出された六人の女子達は座ったまま固まっている。
「どうした? いつもの馬鹿騒ぎはどうした」
「い、いえ、さすがに……」
「織斑先生とこうして話すのはちょっと……」
「まぁいい」
千冬は備え付けの冷蔵庫から清涼飲料水を取り出すと、全員に渡していく。
『あ、ありがとございます』
六人が不揃いにぎこちなく礼を述べた。
「さあ、飲むといい」
その言葉に六人は頷き、飲み物を口にした。
それを見てニヤリと千冬は笑った。
「飲んだな?」
『え?』
呆然としている女子達を前に千冬は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
プルタブを開け、ビールを口にする。
『………………』
缶から口を離し、上機嫌そうにしている千冬を唖然としてみつめている。
「私だって人間だ。酒くらい飲むさ。それとも、オイルを飲む機械か何かかと思ったか?」
「い、いえ、そういうわけではなくて……」
「あ、あの今は……」
「教務中……ですよね?」
「何のためにそれをやったと思う?」
その言葉にようやく手元にある缶の意味を一同は理解した。
「では、本題に入るか。お前ら、あいつらのどこがいい?」
『え?』
二度目の全員そろっての「え?」である。
だがそれに構うことなく千冬は言葉を続ける。
「ちょうどいい、篠ノ之から交互に織斑、エーカーのことを言ってみろ」
「わ、私は別に……以前より腕が落ちているのが腹立たしいだけですので」
最初に箒が一夏について答える。
「わ、わたくしは互いに腕を競う仲というだけで……」
セシリアはグラハムについて。
「あたしは、ただの腐れ縁だし……」
鈴音も上の二人のようにもごもごと答える。
「なら、そう伝えておこう」
『言わなくていいです!』
三人は慌てて詰め寄った。
「冗談だ」
そう千冬は笑って彼女たちを一蹴した。
少し間を空けてシャルロットが口を開いた。
「優しいところです。僕――いえ私の正体を知っても『友』だとそう言ってくれました」
「あいつはああ見えて仲間想いだからな。まあ、分け隔てなく他者には接しているがな」
「……そうですよね。それが悔しいですけど、でも嬉しかった気持ちは本物です」
照れ笑いをするシャルロット。
頬を赤く染めている。
「ラウラはどうだ?」
「強いところ、でしょうか……」
「弱いだろ? まだエーカーの方が強いな」
「い、いえ! 私よりも強いです。それにHerrも一夏の方が強いとおっしゃっていました」
珍しく反論するラウラを面白そうに千冬は見た。
「奴は強いを広義の意味でとらえているからな……。最後に、スレーチャーはどうだ?」
「え、ええっと……。ぜ、全部というかその、理想の人です。……強くて凛々しい。あ、あと真っ直ぐなところが……」
何度かどもりながらもなんとか言いたいことを言いきったルフィナ。
ニヤリ、と千冬は笑みを見せた。
「なんだかんだでお前が一番言ったな」
「え……? あう……」
からかわれて顔を真っ赤にして撃沈するルフィナ。
千冬は上機嫌なまま二本目を開けた。
「まあエーカーに関して言うならば今の時代には貴重な男だろうな。ただ、アイツの興味はISに向いてる。いろいろと苦労はするだろうな」
三人は顔を赤くして俯いてしまう。
その姿を楽しそうに見ながら早くも二本目を空にした。
「織斑は強いかは知らんがなかなか家事ができる奴だ。付き合える女は得だな。……欲しいか?」
「く、くれるんですか?」
「やるかバカ」
三本目を開けて一気に飲み干す。
「あの二人は難しい男だ。精々、自分を磨くことだな、小娘ども」
前書きでも言いましたが女子達とと千冬の場面は原作とは少し趣向が違います。
一応理由はありますが、今のところは誰がどちらを好きなのかを分かっていただければ特に問題はありません。