機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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銀の鐘 白の翼
#31 全力疾走


「ありがとう。手伝ってくれて」

 

「気にすることはないさ」

 

 放課後の教室。

 夕日の差し込む時間にグラハムとシャルロットの二人がいた。

 机の上にはプリントが何十枚と重ねられている。

 

「でも、よかったの? 今日はセシリアたちと街に行く予定だったんでしょ?」

 

「気にするなと言った。それに君がいなければ行く意味もあるまい」

 

「それって――」

 

 だが、シャルロットは先の言葉を紡げなかった。

 彼女の身体をグラハムが抱きしめていた。

 

「私は君が好きだ」

 

「えっ?」

 

「君が欲しい」

 

 グラハムの腕の中でシャルロットは上目使いに彼を見た。

 その表情はわずかに赤くなっていた。

 それは夕日の中にあっても別のものであることを感じ取れた。

 先程の言葉も照れ隠しなのだと彼女にはわかった。

 

「グラハム……」

 

「シャルロット……」

 

 二人の顔が徐々に近づく。

 シャルロットはゆっくりと目を閉じた。

 

「――あ、れ?」

 

 再び目を開けるとグラハムの姿はなかった。

 周囲を見回す。

 今シャルロットは自室のベッドの中ですぐそばの時計は早朝六時を指している。

 

「夢……」

 

 シャルロットは深いため息を吐いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 早朝六時半。

 

「完成した」

 

 第二格納庫。

 グラハムは静かに歓喜の声を上げた。

 目の前にそびえるのは彼の専用機。

 だがその姿は以前とは異なっている。

 数週間にも及ぶ改修作業の末、ついに完成を見たその機体。

 SVIS-Y01X《GNフラッグ》と名をあらためたISにグラハムはゆっくりと背を預ける。

 身体がISを纏う。

 ためしに彼は格納庫内を軽く飛んだ。

 ――すばらしい。

 意のままに加速減速、さらには急停止をこなすその機体はまさに思い描いていた通りの操作性だ。

 次にグラハムは左手にビームサーベルを生成させた。

 現れるのと同時に頭部から延びる粒子供給用のケーブルが柄尻に接続される。

 深紅の刃が形成された。

 幾度かサーベルを振るう。

 左手から右手へ持ち替える際は一度ケーブルが消え、右手に握られた瞬間にまた接続された。

 完璧だ。

 マスクの中で表情が自然とほころぶ。

 グラハムが望んだとおりの機能を搭載している。

 夜を徹して作り上げた甲斐があったというもの!

 その後もしばらく、格納庫で彼は飛び回っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ふぅ」

 

 グラハムは床に足を着き、ISを格納した。

 満足げな顔をしながら待機形態である時計を見た。

 午前八時二十五分。

 

「!?」

 

 しまった、と思うやいなやグラハムは走り出した。

 SHRまでの時間を残り十五分。

 今から彼は一度寮へ戻り、着替えてからクラスへ向かわなければならない。

 全速力で自室にたどり着いた彼は四十秒で支度をし、飛び出した。

 予鈴が鳴り響く。

 

「ぐっ!」

 

 今日のSHR担当は千冬。

 間に合わなければ待つものはただ一つ。

 ――死。

 グラハムの背に冷たいものが走る。

 千冬相手にこれは冗談ではすまないことはすでに体感済みである。

 それは歴戦のパイロットをして恐怖足らしめるほどのものであった。

 さらに速度を上げる。

 正面には生徒玄関が見えた。

 

「む?」

 

 一年一組の下駄箱付近に人影が見える。

 あれは――

 

「シャルロット!?」

 

「グラハム!?」

 

 シャルロットもこちらに気付いて声を上げた。

 玄関に飛び込んだグラハムは瞬時に靴を履きかえる。

 すでに時間は三分を切っている。

 二人は並んで三階へ階段を駆け上がった。

 そして教室の室名簿を視界に捉える。

 残り二十四秒。

 このまま走れば間に合うだろう。 

 だが、と後ろを見やる。

 わずかにシャルロットが後れを取っている。

 このままでは彼女は間に合わない。

 グラハムは咄嗟にシャルロットの手を掴んだ。

 

「!!?」

 

 シャルロットは顔を赤くするが、すでに赤かったために気づかれない。

 ドアを正面に捉える。

 だがすでに一秒を切った。

 ――やむをえん!

 グラハムは左腕を大きくスイングしシャルロットを教室へと入れる。

 同時に手を離したグラハムはそのまま勢いで廊下をスライディングして滑る。

 キーンコーンカーンコーン。

 無情にもそのときSHRの開始を告げるチャイムが鳴った。

 

「――遅刻だな、エーカー」

 

 頭上から声が降ってきた。

 息を荒げながら視線を向けるとそこには千冬がいた。

 

「たとえ一分に足らずとも遅刻は遅刻だ。放課後掃除をしておけ」

 

「……了解。……シャルロットは?」

 

「……ぎりぎり間に合った。安心しろ」

 

 シャルロットが間に合ったのならば悔いはない。

 そうグラハムは達成感を秘めて教室に入る。

 

「今日は通常授業の日だったな。IS学園とはいえお前たちも扱いは高校生だ。赤点などとってくれるなよ」

 

 グラハムが席に着いたのを確認して千冬がSHRを始めた。

 最初の話題に席に着いた途端グラハムは内心頭を抱えた。

 国立高校というIS学園の立場上、生徒は一般教科も履修しなくてはならない。

 数学や理科系科目においてグラハムには問題はなかった。

 だが国語の成績はひどいものだった。

 彼はつい数か月前までは英語が公用語の世界にいたこともあり日本語をまったく書けなかった。

 一応ホーマー司令の世話になっていた頃には武士道に関する書物を英訳するなどしていたがいわゆる古文でありホーマー古語辞典なるものを活用していたので、現代文になるともはや辞書なしではどうしようもないほどである。

 今のままでは試験に受かるかわからないと言われたほどであり、グラハムにとっては目下の学園生活最大の問題だった。

 

「それと、来週からはじまる校外特別実習だが、全員忘れ物などするなよ。三日間だけとはいえ学園を離れることになる。自由時間では羽目を外しすぎないように。以上」

 

 二つ目の話題、臨海学校について触れた後、SHRは終了した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 放課後。

 教室でグラハムとシャルロットは掃除をしていた。

 本来ならグラハム一人でやることだがお礼にとシャルロットも手伝っていた。

 

「それにしても珍しいものだな。シャルロットが遅れるとは」

 

「え? あ、えーと。うん。二度寝してたら寝坊しちゃって」

 

 グラハムの質問にシャルロットは答えるものの歯切れがひどく悪い。

 だが彼は気にしないことにした。

 

「まどろみか、いい夢でも見たのかね?」

 

「え!? そ、そうだね。いい夢だったなー」

 

 やはり焦りながら答える。

 声が上ずっているがそれを誤魔化すように壁際に寄せられた机を持ち上げようとする。

 

「ん、んん~!」

 

 だが手近な机を選んだのがまずかった。

 中身が教科書でぎっしりと詰まったそれは重くうまく持ち上げることができない。

 

「そこまでしなくても、机ぐらい私がやるさ」

 

「へ、平気――うわっ!?」

 

 机の総重量に負け、シャルロットは足を滑らせる。

 咄嗟の動きでグラハムが後ろから支えに入る。

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん……。ありがとう……」

 

 抱きしめる形で支えられたせいか、シャルロットの視線が妙にさまよう。

 

「失礼」

 

「あっ………」

 

 彼女の様子に気づいたグラハムは手を離し後ろに下がる。

 

「後は私が運ぶからシャルロットは用具を片付けてくれ」

 

「え? う、うん」

 

 そのまま二人は掃除の後片付けを進めていく。

 朝見た夢やさっきの事で完全にシャルロットはいつもの冷静さを失っている。

 教室に二人きりという夢と同じ状況も加味していた。

 

「一つ訊いていいか?」

 

「え!?」

 

「あのとき君は私に本名で呼ぶように言っていたがあの一件から君が転入し直すまでは半日もなく呼ぶ機会がなかった。そのことから私はあの夜に君が女子に戻ることを決意したと推測したんだが、何かあったのか?」

 

「あ、え、えっと、それは、その……」

 

 シャルロットはしどろもどろで何も言えなかった。

 正直なところ、このことを特にグラハムには訊かれたくはなかった。

 

「そ、その、ちゃんと――」

 

「別に答えずとも構わんよ。決意するにはそれ相応の覚悟があることを私は知っている」

 

「ええと、そうじゃなくてね……」

 

「君の決意には敬意を表するよ」

 

 勝手に結論付けて頷くグラハム。

 理由を言いたいような言いたくないようなもどかしい気持ちだったが彼の一言にシャルロットは内心唸ってしまう。

 

(ううう~っ! グラハム~)

 

 彼はこちらの心を揺さぶることを言っておきながら自分で勝手に結論付けてしまう。

 正直、ワザとなのでは疑ってしまう。

 だがグラハムの表情を見る限りそれはない。

 一夏とは違うようで彼もまた唐変木なのであった。

 

「ふむ。そうなると君がせっかく預けてくれた気持ちを無下にしてるような気がしてしまうな……」

 

 唐変木はすこし考え込む。

 

「よし。君の事は別の呼び名で呼ばせていただこう」

 

「ホ、ホント!?」

 

「君がよければな」

 

 突然の申し出にシャルロットは完全に舞い上がっていた。

 内心の盛り上がりを表情に出さないようにするも、わずかに色が漏れる。

 それはグラハムには喜んでいるように見えた。

 これは責任重大とばかりに真剣に考え込む。

 だがあまりに捻りすぎても呼びにくいと思い、シンプルにいくことにした。

 

「では、シャルと呼ばせてもらおう。変に捻るより呼びやすいし親しみやすいだろう」

 

「シャル。――うん、いいよ! すごくいい!!」

 

 シャルロットの笑顔にグラハムも満足げに頷く。

 ああ、そうだ。

 グラハムは何かを思いつくとシャルロットを真剣な目で見た。

 

「シャル。私の頼みを聞いてもらえるかね?」

 

「な、なにかな?」

 

 幸福感に浸っていたシャルロットだがグラハムの真剣なまなざしに少しドキッとした。

 

「付き合ってもらえるか?」

「――え?」

 

 完全に舞い上がっていたシャルロットは最初の五文字を聞いただけで時が止まった。




GNフラッグに関してはまた別で紹介させていただきます。

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