IS操縦者育成特殊国立高等学校。
通称IS学園。
ISと呼ばれる武装の搭乗者を育成することを目的とした教育機関。
いや、学校というよりは私が所属していた
学校を名乗っているが、施設やセキュリティを見る限り明らかに軍事施設といっても差支えのないものだ。
下手をすればランドルフ空軍基地のそれよりもレベルが高いかもしれないな。
そんなことを思いながらグラハムは周囲を見渡す。
IS学園の地下、おそらくは50mぐらいは下りただろう。
幾多のセキュリティを潜り抜けた先にある施設に彼はいる。
そこにはISが幾つか置かれていた。
その機体にグラハムは見惚れる。
わずかな動作しか見ていないが、間違いなくMSクラスの高等技術がつかわれている。
さすがはこの世界の主力兵器だ。
と、しばらく考え込んでいた先ほどグラハムが出会った女性、千冬が口を開いた。
一応グラハムはこの世界に現れるまでのことを一通り説明していた。
「……つまり、お前は200年以上先の未来からやってきたと?」
「200年? 今は西暦何年だ?」
「20XX年だ」
その時代はまさにイオリア・シュヘンベルグが生きていた時代だった。
だが、その時代にそのような兵器が存在したという話をグラハムは聞いたことがない。
おそらく記録にもあるまい、とグラハムは考える。
イオリア・シュヘンベルグが開発して秘匿していたなら頷ける話だが、そうなるとこの施設の存在自体が矛盾する。
それに、彼の計画が彼の死後200年も先になってから実行する必要はなかっただろう、とも。
「ISを私は見たことがなかったし、存在していたことすら聞いたことがない。おそらくだが、この世界とは違う世界から私は来たようだな」
「そうだろうな」
「驚かないのか」
「MSという18m級の兵器や宇宙空間での巨大な太陽光発電システムなどはこの世界とは発想が大きく違う。それに、イオリア・シュヘンベルグという人物の名は聞いたことがないからな」
織斑千冬という女性の洞察力にグラハムは内心感心した。
私の話から情報を整理し、この世界との矛盾点を即座に見つけるとはな。
それにしても、と彼は疑問をぶつける。
「私の話を信じるのか?」
「全てではないがな。だが、それならば納得できる」
「どういうことだろうか?」
「その前に、この世界の話をしよう」
「男女の力関係を逆転させた兵器、ISか」
話を聞き終えたグラハムの口からわずかなため息が漏れる。
社会すら大きく変革させてしまうほどの力を持った兵器。
まるでガンダムだとグラハムは思った。
圧倒的な性能を誇るISへの好意。
そしてこの世界の『歪み』の象徴という認識。
ISという存在に私の心が作り出した、相反する思い。
これもまた矛盾だな。
その矛盾がグラハムにこれが夢ではないと、現実であると強く認識させた。
彼は口端に笑みを浮かべる。
「まさに、興味以上の対象だな」
そばに鎮座するISへと手を伸ばす。
手が触れた瞬間、
「なんと!?」
淡い光とともにグラハムは奇妙な感覚に襲われる。
同時にISのコンソールが立ち上がった。
「おい、何をした?」
千冬の顔にわずかばかりに驚愕の色が浮かぶ。
その表情から、グラハムは自分が何をしてしまったのかを理解した。
「まさかな。よもや起動するとは」
本来、女性にしか起動できないISを乙女座であるとはいえ、起動させてしまうとは。
やはり私には、センチメンタリズムな運命が付きまとっているようだな。
今立ち上がったばかりのISをグラハムは見つめる。
鏡のように磨かれた装甲に映った自分の顔が目に入る。
「?」
グラハムはその顔に違和感を覚えた。
ここまで幼い顔立ちだっただろうか、と。
いや、と彼は即座にそれを否定する。
確かにグラハムは童顔で年齢よりも若く見られることが多いが、せいぜい20代前半ぐらいである。
だが目の前に映る顔はまるで10代半ば。
童顔であることを差し引いても20歳が上限だろう。
「……千冬女史」
グラハムは視線を千冬に向ける。
二人の目線はほとんど同じである。
「君の身長はいくつだろうか」
「? 166cmぐらいだ」
その言葉にグラハムは驚いた。
当初、千冬を大柄な女性だと考えていた。
だが実際は彼の身長が縮んでいたのだ。
今のグラハムの身長は170cm程。
そして、異常な童顔。
「…若返ったのか?」
彼の乙女座理論をもってしてもこの事態は理解しがたいものだった。
「乙女座の運命とは、ここまで数奇なものなのだろうか……」
彼の呟きは千冬の耳には入らなかった。
「何を考え込んでいる。戻ってこい」
失礼、とグラハムは思考から意識を戻す。
さて、と千冬は前置きをしてから話し始めた。
グラハムも顔を引き締める。
「お前のこれからの処遇についてだが」
「どうするのかね、私を」
「ISを起動できたのならば、IS学園に入学してもらう」
「なんと!?」
「どういうわけかお前は実年齢よりも若いようだし生徒としてここにいてもらう。そうすればお前の出自他は私の方でどうにでもなるし、お前のしばらくの生活は安定するだろう」
私の年齢の話は一切していなかったはずだが……
グラハムは千冬の言葉に疑問を得ながらも頷いた。
この世界でグラハムは自身の身の振り方をどうするかを決めていなかっただけにこの話は願ってもないことだった。
世界からの干渉を拒んできた学園で一生徒として生活するなら正体の露見する可能性はほぼなくなるだろう。
「それに」
千冬は言葉を続ける。
「お前の協力を得るのにはこれが最善だからな」
「何……?」
グラハムの表情がわずかにこわばる。
「先ほど、納得できる、と言ったな」
リモコンをモニターに向ける。
映像が映し出される。
グラハムの表情が明らかに変わった。
その映像に映し出された全身を白い装甲で覆われた存在。
黄色いV字を頭部に戴き、緑のツインアイを光らせる顔。
背からまるで夕焼けのような彩色の粒子を放つそれはまさに、
「ガンダムだと!?」
サイズはISだが、グレーと白のガンダムが大観衆の中でISを攻撃していた。
右手に握られたビームサーベルが相手の右の翼を切り裂く。
同時に腹部に蹴りを入れ、吹き飛ばされるIS。
体勢を立て直せないところにガンダムのビームライフルの連射が浴びせられる。
高い出力を持つビームを受け、力尽きたのかISが強制的に解除される。
ガンダムはISを纏っていた女性には目もくれず、高度を上げる。
同時に背部のコーン型スラスターから大量の粒子がまるで翼のように展開される。
その翼をまるで羽ばたかせるかのようにガンダムは飛び去って行った。
「これは第二回モンド・グロッソ大会の最終戦に突如現れたIS、通称『天使』だ」
千冬はモニターを切り替え、今度は文面が映される。
「私はこの場にいなかったが、これが現れた際、レーダーや通信機器、電子装置が使用できなくなったらしい。そして、飛び去る『天使』をどの国のレーダーも探知できなかった」
成程、とグラハム。
「そこで、先ほど話したガンダムの話が合致したというわけか」
「そうだ。現在でも実現されていないほどの高火力、ステルスを持ち、光る粒子を放出するIS。MSの技術が転用されているというならば納得がいく」
それに、と千冬はリモコンを操作する。
「お前がこの世界に現れた際、周囲の通信装置が遮断された。飛ばされた話を聞く限り例の粒子がこの世界にも流れ込んでいたんだろう」
「しかし何故2年前の映像を見せる。その後現れたガンダムの情報は?」
「この後、ガンダムは現れていない」
何故だとグラハムは考え込む。
映像の状況はグラハムが初めてガンダムに出会った時と酷似している。
あの時と同じならば、ISを要とする各国の軍備増強への警告と考えられる。
だがその後ガンダムは現れていない。
各国がISの開発を続けているのにもかかわらず、だ。
ということは他に目的があったことになる。
少年が言っていた『人類を革新へ導く』というイオリア・シュヘンベルグの目的の遂行だとしてもただ一回だけの介入では意味がない。
その前段階だった世界の統合も現在の情勢から考えにくいことだ。
それに、とグラハムは思う。
ガンダムそのものにも疑問がある。
あの映像にあった機体は0ガンダム。
カタギリによれば、最初期のガンダムだという。
何故、そのような機体を使ったのか。
粒子の色が[T]の物であるのか。
(わからないことが多すぎるな)
ふぅ、とグラハムはため息をつく。
「すまないが、現在のままではあまりにも情報が少なすぎる。だが、今後ガンダムが現れたならば協力すると誓おう」
「期待させてもらおう。私も奴が現れないなどと考えていない」
「ご期待にはお応えしよう」
グラハムは自信あり気に笑う。
「ならまずは実力を見せてもらおう」
「実力?」
「学園に入ってはもらうが、一応実技試験だけは受けてもらう。転入後のランク付けにも必要だからな」
(ガンダムがISの姿を得ているならば、私もISを使える必要がある)
いきなりの要請にグラハムは驚く様子もなく不敵な笑みを浮かべる。
「望むところだと言わせてもらおう」
グラハムさんはランドルフ空軍基地で訓練を受けていたそうです。
なので、ランドルフ空軍基地に実在する米空軍の航空教育・訓練軍団(通称AETC)に所属していたことにしました。
AETCは空軍の隊員の募集をしたり、新入隊員の教育、訓練を行う組織です。