機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#22 シャルル

 グラハムは一度部屋に戻ると購買へと向かった。

 どうしてかふとコーヒーを飲みたくなった。

 

(この世界に来てからコーヒーを口にしてないな……)

 

 そう思いながら角を曲がる。

 反対側から一夏が来た。

 彼は購買部の袋を持っている。

 

「もう終わったのか?」

 

「いや。山田先生が書類を間違えて捨てちゃったらしくて今新しいのを用意してもらってる。だからその間にボディソープをシャルルに届けようと思ってな」

 

 一夏は袋を掲げてみせる。

 中からボディソープの絵柄がうすく見える。

 

「なら、私が持っていこう」

 

「いいのか?」

 

「構わんよ。早くいって終わらせてくると良い」

 

「サンキュ」

 

 一夏はグラハムにビニール袋を渡すとそのまま来た道を引き返していった。

 こうしてはいられんな、とグラハムも一夏達の部屋へと向かった。

 部屋の前まで来たグラハムはまずドアを叩いた。

 

「シャルル。いるかね?」

 

 だが返事がない。

 ドアノブに手をかけると何の抵抗もなしにドアが開く。

 どうやらシャルルは鍵をかけ忘れたらしい。

 部屋に入ったグラハムだがそこにはシャルルの姿はない。

 だが水の流れる音は聞こえている。

 

「ふむ。すでに入っていたのか」

 

 ならば脱衣所に置くのがいいだろう。

 そう思ったグラハムは洗面所のドアを開けた。

 同時に二重にドアの開く音が耳に入る。

 ――なんということだ。

 すでに彼は出てきてしまったのか。

 だが開けてしまったものは仕方あるまい。

 

「失礼すr」

 

「ぐ、グラ……ハム……?」

 

「なんと!?」

 

 グラハムの目の前にいたのはシャルルのようでシャルルではない人物。

 顔立ちは間違いなくシャルルだろう。

 髪型も身長もシャルルと言って差し支えないだろう。

 では何が違うのか。

 その答えは華奢な体にあった。

 その胸部には男性ではありない膨らみがあったのだ。

 この人物は間違いなく女性だ、とグラハムは判断。

 それと同時に、

 

「失礼した!」

 

 彼はドアを閉めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 グラハムは部屋の中心で正座をしていた。

 なんということだ、と己の迂闊さを恨む。

 彼が彼女である可能性に至っておきながらこのような事態を招くとは……!

 その上女性の裸を堂々と見るなどとはこれは失態で済むことではあるまい。

 しかも相手に涙まで……!

 ――かくなる上は……。

 護身用のソニックナイフを取り出す。

 志半ばで無念ではあるが、こうでなくては責任をとれまい。

 

「武士道とは……」

 

 ナイフの鞘に手をかける。

 

「死ぬことと見つけたり」

 

 ナイフを逆手に持ち直す。

 そのとき、洗面所のドアが開いた。

 シャルルが出てきたのだ。

 

「……!? な、なにやってるの!?」

 

 グラハムの様子に気づいたのかシャルルが慌てふためく。

 

「これが、漢の生き様だ!」

 

「意味わからないよ! とりあえずナイフを仕舞って!」

 

 少しの口論の後、渋々グラハムはシャルルに従った。

 ナイフを仕舞い立ち上がったグラハムはシャルルを見た。

 シャープなラインの入ったスポーツジャージを着ており体の線がはっきりと見える。

 胸部にはやはり膨らみがある。

 見られたせいなのだろう、さらしの類をしていない。

 

「……さらしはしなくていいのかね?」

 

「いいよ、別に……」

 

 そう言ってシャルルは自分のベッドに腰掛けた。

 

「どうせ、気づいていたんでしょ?」

 

「ああ」

 

「……やっぱりね」

 

 グラハムは眉をひそめた。

 彼は確かにシャルルについて疑問を抱き、実家だというデュノア社について調べてはいた。

 だがそのことは誰にも言っていない。

 ――いつ、感づかれた?

 そんな心情を読んだのか、シャルルが小さく首をふった。

 

「別にこれといった理由はないよ。なんとなく感づかれている気がしたんだ」

 

「……そうか」

 

 うなずくグラハム。

 シャルルは隣に座るようベッドをたたいた。

 グラハムはゆっくりとした動作でベッドに腰掛けた。

 

「………………」

「………………」

 

 沈黙が流れる。

 しばらくして、シャルルが口を開いた。

 

「……父にね、言われたの。男装をしろと」

 

「デュノア社の社長か」

 

「うん。直接の命令」

 

 シャルルの表情がはっきりと曇る。

 

「僕はね、愛人の子供なんだ」

 

「………………」

 

 その言葉はグラハムの想像をある種超えていた。

 そしてシャルルがどのような境遇にあったのか分からぬ程彼も馬鹿ではない。

 

「ようやく理解した」

 

「え?」

 

「何故、デュノア氏が自分の子供にこのようなことをさせるのか。それだけは分からなかった」

 

 グラハムはそう言うと、自分が立てていた仮説を述べた。

 

「フランスのとあるIS関連企業、仮にD社としておこうか。世界で量産機第三位のシェアを誇りながらもその会社は苦境に立たされていた。それは何故か? 第二世代機最後発であるその機体は運用実績の割には十分なデータを得られず、欧州の中でも孤立気味のフランスが急務とする第三世代機に反映できなかった。その結果、思うように開発が進められていないのが大きな要因だろう」

 

「………………」

 

「ISの開発が国からの支援が不可欠である現状、次期主力機選定に落ちれば更なる苦境に陥るだろう。そんな中、ある計画が持ち上がる。日本に現れた特異体二人。彼らとその機体のデータを開発に反映し他に類を見ないISを開発するというものだ。だがその計画は女性では接触のしにくさから難しいだろう。だが、そもそも男性パイロットがその二人しかいない。だからこそ、女性を男性に仕立て上げた」

 

 言いながら実に巧妙だとグラハムは思った。

 男性パイロットの存在はそれだけで会社のPRに繋がる。

 それにグラハムや一夏のデータから男性が扱えるISの開発に着手できるかもしれない。

 そうでなくとも《フラッグ》にはアメリカでさえ完成させていない自立可変機構が搭載されており、《白式》も第一形態なのにもかかわらずワンオフ・アビリティーを持つ謎の多いISだ。そのデータを入手できれば劣性を跳ね返すだけの第三世代機を開発できるだろう。

 だがそれだけの為にこの少女は駒のようにしか見られていない。

 その事実はおそらくシャルル自身が理解しているのだろう。

 やるせないものをグラハムは感じた。

 少しの沈黙の後、シャルルがため息をついた。

 

「そこまでわかっていたんだね」

 

「これでも世界の情勢には目をやっているのでね」

 

「でも、まあここまでかな。グラハムにはバレちゃってたみたいだし、きっと本国に呼び戻されるだろうね。父の会社も今のままにはいかないだろうけど、僕には関係ないかな」

 

「………………」

 

「あぁ……。なんか話したら楽になったよ。最後まで聞いてくれてありがとう。それと、今まで嘘を付いてごめんね」

 

 グラハムに深く頭を下げるシャルル。

 

「私にはわからない」

 

「え?」

 

 突然の言葉にシャルルは思わず顔を上げる。

 

「私には家族というものがいない。家族がどのようなものかも知らない」

 

「グラハム……」

 

 恐らくデータから知っていたのだろう。シャルルは追及しなかった。

 

「だが家族というだけで、親というだけで、人の自由を奪い、未来を、道を決めてしまってよいものなのか?」

 

「良いも悪いもないよ。僕には選ぶ権利なんて――」

 

「人はたとえ矛盾をはらんでも自分で未来を切り開いていく存在だ。それを下らんことで束縛するなど、私は認めない」

 

「………………」

 

「それに、私はこの件に関しては他言するつもりはない」

 

「え……?」

 

「私はこの件について他言しなければ君がどうのという問題はしばらく起こるまい」

 

 それに、と付け加える。

 

「IS学園の特記事項第二一、『本学園における生徒はその在学中において、ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意が無い場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』 その意味は分かるだろう」

 

 顔を上げたグラハムはシャルルに笑みを見せた。

 

「三年間、君は時間を与えられた。どうするべきか、じっくり考えるがいい」

 

「……うん」

 

「それと、君は私のかけがえのない友だ。いざというときは友を頼れ」

 

「うん!」

 

 ようやくシャルルは笑みを浮かべた。

 それを満足げに見たグラハムは立ち上がった。

 

「一夏に言うかどうかも君次第だ。仮にまだ話さないのであればすぐに着替えることを推奨しよう」

 

 そう言い残し、グラハムは部屋を出て行った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 シャルルは一人ベッドに座っていた。

 

「………………」

 

『君は私のかけがえのない友だ』

 

 グラハムに言われた言葉がシャルルの頭の中で反芻している。

 引き取られてから二年間、彼女は居場所もなくただただ無為に過ごしていた。

 日本に行くことを命じられた時も感情は別段動かなかった。

 でもそこで母親が死んでから初めて、人生に光が見えた。

 ずっと憎まれ、唯一の血縁である父親に利用され続けてきた彼女にできた初めての味方。

 正体を知っても『友』と彼は言ってくれた。

 それがシャルルはとても嬉しかった。

 

「グラハム……」

 

 その名を口にし、鼓動が高鳴るのを感じた。

 

 ……そのせいだろうか。

 部屋に一夏が入ってくるのに気付かなかった……。


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