二人の転校生を迎えてから五日後。
土曜日の午後、一夏達は解放されたアリーナで特訓を行っていた。
今までも一夏は箒と鈴音に操縦を学んでいたがシャルルも転入してからその中に加わっていた。
「一夏のISは近接格闘オンリーだから、相手の射撃武器の特性を深く理解しないと勝つのはやっぱり難しいよ。特に一夏の瞬時加速は直線的だから軌道が読みやすいしね」
「直線的か……」
一夏は視線をシャルルから空へと移す。
グラハムとルフィナが空中戦を繰り広げていた。
縦横無尽に飛ぶのは共通しているが、その動きには大きな違いがあるらしい。
ルフィナの動きは一見無茶苦茶に見えて、その実かなり論理的な動きをする。
一零停止、特殊無反動旋回などをまさに予測してないようなタイミングで行う。
セシリア曰く「教科書通りの動きしかできない人では勝てませんわね」
一夏が勝てたのは接近戦に彼女が持ち込んだのが要因だと千冬も言う。
一方のグラハム。
彼は一見無茶苦茶に見えて本当に無茶苦茶な動きをしている。
なぜならISの戦闘技を使うことはほぼなく、使ったとしても自分なりのアレンジを加えているからだ。
本人曰く「勘」で動いているらしく、その勘が外れたのを誰も見たことがない。
セシリア曰く「常識にとらわれてはいけませんわ」
そんな両者の空中戦はアリーナにいた他の生徒達からも視線を集めている。
白式のセンサーがエネルギー反応をフラッグのスラスターから検知する。
「グラハム・ブースト!」
急激な加速とともにルフィナへと突撃をかける。
その直線的な動きに上へ飛びことでルフィナは回避をとる。
直後、グラハムの軌道が大きく曲がる。
腰部スラスターによる急激な上昇をかけたのだ。
プラズマソードを構えたグラハムが飛びかかる。
勢いあるグラハムの斬撃を受け止めようとソニックブレイドをルフィナは出現させる。
だが斬撃は届かなかった。
グラハムはプラズマソードを振りおろす際にプラズマを消していた。
刀身であるソニックブレイドはサバイバルナイフ程度の長さの刃しか持たず、ルフィナの剣の手前で空を切った。
にも関わらずルフィナは横に吹き飛ばされていた。
振り下ろしの際に体をひねり、蹴りを浴びせていたのだ。
予想外の動きにルフィナは対処しきれなかった。
「そこまで!」
セシリアの声に追撃をかけようとしたグラハムの動きが止まる。
その後緩やかに降りるとルフィナ、セシリアの二人と会話を始めた。
そこで一夏は視線をシャルルへと戻す。
「……ああいうのすればいいのか?」
「瞬時加速中の無理な軌道変化は最悪骨が折れるからやめたほうがいいよ」
「……なるほど」
苦笑いをするシャルルに一夏は頷く。
(やっぱ、グラハムって人間超えてるな)
その後、一夏はシャルルの銃器を借りて実技を絡めて銃の特性のレクチャーを受けた。
一夏が一マガジン分使い果たした時だ。
「ねえ、ちょっとアレ……」
「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」
「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……」
急にアリーナがざわつき始める。
一夏達も注目の的の方へと目を向ける。
「………………」
そこにいたのはもう一人の転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。
「おい」
オープン・チャネルで声が飛んでくる。
一夏達にはその声が誰のものか分かっていた。
ラウラのものだ。
転校初日以来、誰とも話している姿を見たことはないが一夏は初日に危うく平手打ちされるところだったのだ。
その声音を忘れるはずもない。
「……なんだよ」
一夏が通信を返す。
「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば、話が早い。私と戦え」
「嫌だ。理由がねえよ」
「貴様にはなくても私にはある」
一夏が苦い表情をする。
勿論、ラウラの言うことに覚えがあるからだ。
第二回モンド・グロッゾ決勝戦において千冬は不戦敗をしている。
その原因となったのが一夏だ。
彼は正体不明の『謎の組織』に誘拐、監禁された。
その弟を助けるために千冬は決勝を棄権し監禁場所へ向かったのだ。
その際に一夏の居場所を特定したドイツ軍に『借り』を返すために一年程教官の仕事を受けた。
おそらくラウラとはそのときに出会ったのだろう。
「貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業をなしえただろうことは容易に想像できる。
だから、私は貴様を――貴様の存在を認めない」
その言動は千冬を師として尊敬しているというより強さそのものにほれ込んでいるように見える。
故に彼女の経歴に傷をつけた存在として一夏が憎いのだろう。
実際、一夏自身あのときの無力な自分が許せない程だ。
信奉者ならば存在を否定したくなるのを彼は理解できた。
「また今度な」
「ふん。なら、戦わざるを得なくしてやる」
言うが早いか、ラウラはその漆黒のISを戦闘状態へとシフトさせる。
刹那、左肩に装備された大型の実弾砲が火を噴いた。
一夏のISは戦闘状態にはなっていない。
高速で飛来するそれはまさにぶつかろうとしたとき。
「……こんな密集地帯でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はずいぶん沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」
「貴様……」
間一髪という位置に割り込んだのはシャルル。
彼はシールドで弾き、同時に右腕にアサルトカノンが展開、銃口をラウラへと向ける。
「フランスの
「未だに量産化の目処が立たないドイツの
互いに涼しい顔をした睨み合いが続く。
だが静かな均衡状態は一瞬で崩れる。
互いにほぼ同時に得物のトリガーを引いたのだ。
ラウラは先の大型の実弾砲、シャルルはアサルトカノンからそれぞれ弾丸が放たれる。
だがそれらは別方向から飛来した青の光弾によって撃ち落された。
「止めておけ」
グラハムだ。
リニアライフルを構えたまま宙から二人を見下ろす。
「教員がこちらに来ているようだ」
突然スピーカーのハウリングが鳴る。
『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』
続いて声がアリーナに響いた。
恐らくはグラハムの言っていた担当の教師だろう。
「……ふん。今日は引こう」
横槍を何度も入れられて興が削がれたのだろう。
ラウラはあっさりと戦闘状態を解除してアリーナゲートへと去っていく。
その姿がゲートの向こうへと消えるとグラハムが一夏達の元へ降りてきた。
「大丈夫か?」
「うん。一夏は?」
「あ、ああ。助かったよ」
シャルルはいつもの人懐っこい顔で一夏の顔を覗き込む。
グラハムもマスクを解除している。
だがその目はどこか鋭いものが光っていた。
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訓練を終えた一夏とグラハムは更衣室へと歩いていた。
シャルルは何故か先に更衣室へ行ってしまっていた。
「グラハム。センサー変えたのか? マスクのデザインがいつもより鋭かったしさ」
「センサーの調子が悪くてね。千冬女史に頼んで装甲ごと変えてもらった」
「そういえば頭部のアンテナみたいのも変わってたな」
そんなことを話しながら二人は更衣室のドアをくぐる。
すでに着替えを済ましたシャルルがそこにいた。
「お疲れ様、二人とも」
「ああ。シャルルも」
「悪いなシャルル。待たせて」
そう言いながら二人は着替え始めた。
転入初日以来、授業やそれ以外でも三人で着替えるということをしていない。
たとえあったとしてもシャルルは制服の下にISスーツを着込んでいる。
それ以外は今回のように先に着替えて待っているということしかない。
そのことに二人は疑念を抱いていた。
ただその中身は違ってはいたが。
「あのー、織斑君とエーカー君、デュノア君はいますかー?」
ちょうど二人が着替え終わった頃、ドアの外から山田の声が聞こえてきた。
『はい』
三人が答える。
「入っても大丈夫ですかー?」
「着替えは済んでます」
「そうですかー。それじゃあ失礼しますねー」
そう言いながら山田が入ってきた。
「何か用だろうか? 山田女史」
「ええとですね、今月下旬から週二日で大浴場が使えるようになりました」
「本当ですか!」
山田の話に一夏が感激している。
彼女の手を取り、
「嬉しいです。助かりますありがとうございます、山田先生!」
と熱心に礼を述べている。
恥ずかしいのか山田が照れている。
「……これで一夏は無意識なんだもんね」
「ああ。いつか刺されかねんな」
呆れる二人。
そんな視線を感じたのか、一夏は手を離す。
山田も背を向けてしまう。
「――風呂に入れるというのは僥倖だな」
「――そうだね」
「もっと喜べよ、二人とも」
無表情に感想を述べる二人に一夏が言う。
ああ、と山田が再び一夏の方へ向いた。
「織斑君にちょっと書いてほしい書類があるので来てもらえますか? 白式に関するものなので少し枚数が多いんですが」
「わかりました。じゃあ二人とも、悪いけど先に戻っててくれ」
「うん。わかった」
「了解した」
「じゃ山田先生、行きましょうか」
一夏が山田とともに更衣室から出て行った。
その際に山田の顔がわずかに赤いのを二人は見逃さなかった。
「間違いなく刺されるよね、一夏」
「同感だな」