機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

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#20 教員の実力

 グラハムが第二グラウンドに到着してから約五分後。

 一夏とシャルルがやってきた。

 

「遅い!」

「すいません」

 

 二人は千冬に頭を下げ、列の端に並ぶ。

 

「ずいぶん遅かったじゃない」

 

 一夏の後ろに並んでいた鈴音が声をかけた。

 

「道が混んでいたんだよ」

「ウソおっしゃい。グラハムさんは間に合っていらっしゃるのに」

 

 今度は横にいるセシリアだ。

 

「大方なにかなさったのでしょう? 今朝のように」

「なに? アンタまたなんかやったの?」

「こちらの一夏さん、今日来た転校生の女子の方に危うくはたかれるところでしたの」

 

 その会話をセシリアの隣で聞いていたグラハムは何かを感じたのか人知れず息を吐いた。

 そんな彼の様子に気づくこともなく会話は進んでいく。

 

「一夏、アンタなんでそうバカなの!?」

「――安心しろ。バカは私の目の前にも二名いる」

 

 視線を後ろに向けたセシリアと鈴音の目に出席簿が飛び込んできた。

 ――気配を消して忍び寄るとは。

 えげつないものだなと思うグラハムの耳に間近で出席簿のさく裂する音が届いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実践訓練を開始する」

『はい!』

 

 いつもよりも大きな返事が響く。

 今回は一組と二組の合同であるために人数はざっといつもの倍である。

 先程出席簿で叩かれた二人も頭を抱えながらも返事をする。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりの十代女子もいることだしな。――凰! オルコット!」

 

 専用機持ちは準備に手間取らないからだろうが、指名された二人は不承不承といった表情だ。

 

「どうしてわたくしが……」

「一夏のせいなのになんでアタシが……」

 

 見るからにやる気がない。

 そんな二人に千冬が歩み寄る。

 出席簿かと皆がビクつくが違うようだ。

 何かを小声で二人に告げている。

 

「やはりここはイギリス代表候補生。わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」

「実力の違いを見せるいい機会だよねー。専用機持ちの!」

 

 その何かのせいだろう。

 二人の表情がやる気に満ち溢れていた。

 

「それでお相手は? 鈴さんとの勝負でも構いませんが?」

「ふふん。それはこっちの台詞」

 

 いったい何がそこまで駆り立てているのだ?

 グラハムは首を傾げていた。

 そんなときだ。

 どこからか風切り音がわずかにするのをグラハムは感じた。

 

「慌てるなバカども。対戦相手は――」

 

 どんどん風切り音が大きくなってきている。

 グラハムが空を見上げると

 

「ああああ―――ッ!! どいてくださあ~~いっ!!」

 

 涙目の山田がまっすぐに落ちてくる。

 

「なんと!?」

 

 咄嗟にグラハムは前へと飛び込んだ。

 直後、すさまじい音が響く。

 受け身をとったグラハムは大したダメージもなくすぐに立ち上がる。

 先程まで立っていた場所へ目を向けると小さなクレーターができていた。

 少し横に目線をずらすとISを纏った一夏が同じく纏っている山田の上に馬乗りになっていた。

 どうみても一夏が山田を押し倒したようにしか見えない。

 突如、いつぞやのような殺気を察知したグラハムは反対側へと視線を移す。

 

「………………」

 

 青筋を立てた笑顔の鈴音が両刃形態『双天牙月』を振りかぶっていた。

 

「うおおおっ!?」

 

 のけ反って一夏は投擲された青龍刀をなんとかかわす。

 だが、ブーメランのような形状をもつそれは旋回をし、再び一夏の首を狙って飛んでいく。

 銃声が二発なる。

 同時に『双天牙月』は軌道を変え、一夏に当たることはなかった。

 

「………………」

 

 一夏や鈴音はもちろん、その場にいたほぼ全員が唖然としている。

 驚くのも無理はない、そうグラハムは思った。

 その射撃を行ったのが山田だったからだ。

 いつもの雰囲気やついさっきクレーターを作り上げたことからはまるで想像がつかない。

 

「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。今くらいの射撃など造作もない」

「む、昔のことですよ。それに結局は代表候補生止まりでしたし」

 

 ぱっと雰囲気がいつもの山田に戻る。 

 眼鏡を両手で戻すしぐさや少し照れくさそうにしている表情は生徒たちの知るものだった。

 

「さて小娘共、いつまで惚けている。さっさと始めるぞ」

「え? あ、あの二対一で?」

「いや、さすがにそれは……」

「安心しろ。今のお前たちならすぐ負ける」

 

 千冬の言葉が癪に障ったのだろう、セシリアと鈴音の瞳に強い闘志が宿る。

 

「では、はじめ!」

 

 千冬の号令と同時にセシリアと鈴音が空へと昇る。

 それを目で確認した後に山田も飛翔する。

 

「手加減しませんわ!」

「覚悟してね先生!」

「い、行きます!」

 

 少しどもってはいるが山田の表情は冷静そのもの。

 確かにこれでは負けるな、とグラハムは結果をすぐに読んだ。

 二人は完全に山田女史の実力を見誤っている。

 特にセシリアは試験で勝利を得た相手。

 そのときと同程度にしか見ていないのだろう。

 セシリアがレーザーを放つがいとも簡単に山田は回避している。

 その動き一つとっても彼女の実力がいかほどのものかグラハムには理解できた。

 さて、と話を始めた千冬の方へ耳だけを傾ける。

 

「今の間に……そうだな。デュノア、山田先生が使っているISの解説をして見せろ」

「あっ、はい。山田先生のISはデュノア社製『ラファール・リヴァイブ』です。第二世代開発最後期の機体ですが、そのスペックは初期第三世代型にも劣らないもので――」

 

 大半の生徒がシャルルの説明に聞き入っていたがグラハムには聞こえていなかった。

 彼は今、空での戦いに魅せられていた。

 山田の戦い方はただ技量が高いだけではない。

 先を完全に見据えた高度な戦いをしているのだ。

 例えば今、山田の射撃をセシリアが難なく避けているように見える。

 だがその実、衝撃砲を展開した鈴音にぶつかるように誘導していたのだ。

 それにセシリアが気づいたのは二人が衝突した後。

 そこにはすでにグレネードが投擲されていた。

 山田はセシリアを誘導することで鈴音の衝撃砲を潰し、さらには一纏めに倒せるように自分が二人に対して上をとる形に行動していたのだ。

 これほどとは、とグラハムは感動すら覚えていた。

 爆発が起き、黒煙の中から二人は墜落し、クレーターをグラウンドに作り上げた。

 その中心でセシリアと鈴音が言い争いをしている。

 

「さて、これで諸君にも教員の実力が理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」

 

 グラハムは瞳を輝かせながら千冬へと歩み寄った。

 

「千冬女史! 私にも戦う機会を与えていただきたい!」

 

 ヴンッ! 

 

「授業が先だ馬鹿者」

 

 出席簿が振るわれる。

 無念、という表情をしながらもグラハムは難なく回避して見せた。

 そんな彼を無視して千冬は手を叩き、生徒たちの意識を切り替えさせる。

 

「専用機持ちは七人か。では出席番号順に七つのグループに分かれて実習を行う。各グループのリーダーは専用機持ちがやれ」

 

 その後、三つのグループで黄色い声が上がったのはまた別の話である。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 夕方。

 グラハムはセシリアたちとの特訓を終えて職員室にいる。

 最近ではGNドライヴの使用許可を得るために千冬のもとに向かうのは日課に近い。

 

「では、鍵はお借りする」

「ああ、なくすなよ」

 

 現在、グラハムに割り当てられたGNドライヴは格納庫内の十号ロッカーに厳重に保管されている。

 そのため、使用するには千冬のみが持つ専用のカギを借りなくてはならない。

 ここ数日は新規パーツが届き始め、GNドライヴを用いた調整をグラハムは繰り返し行っている。

 

「完成までどのくらいかかる」

「まだすべてのパーツが届いていないから何とも言えないが、遅くても来月中には完成するはずだ」

「そうか」

 

 ただ、この完成というのはあくまでスタンドポジションのみに限定した話であって、全体の完成はかなり先になりそうである。

 

「……千冬女史」

 

 グラハムは声のボリュームを落とした。

 

「なんだ?」

「シャルルのことなのだが」

 

 千冬が顔をしかめる。

 どうやら彼女もグラハムと同じ疑問に突き当たっていたようだ。

 

「お前の言いたいことは分かっている。……何故、今の今まで存在の秘匿されていた男性操縦者がいるのか、だろう?」

「ああ。先ほど彼の実力を見たが明らかにおかしい。あれほどの技量があるのに男性という理由で秘匿する意味があるまい」

 

 グラハムは特訓の際にシャルルと一夏の模擬戦を見ていた。

 機動性やキレもさることながら特筆すべきは武装の高速切り替えだ。

 戦闘と同時進行で武器を切り替えるのは非常に高度な戦闘技術だ。

 まさに代表候補生というに相応しい実力を持っている。

 だからこそ秘匿する必要性がグラハムには理解できなかった。

 

「もっともだ。それに秘匿されていたという前提がおかしい。デュノアの実家はIS関連企業。秘匿する意味がない。公表した方が注目は集まり、企業にもプラスにしか働かないだろう」

「千冬女史、彼はもしや――」

「言わんでいい。だが確かにそう考えるのが妥当だろう」

「………………」

 

 グラハムは千冬とほぼ意見が一致したことを確かめると、一礼をして職員室から出て行った。

 やはり、裏に何かある。

 そう彼は確信した。




この話ではシャルルは初日から特訓に加わっています。

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