機動戦士フラッグIS   作:農家の山南坊

12 / 79
クラス対抗戦
#10 確執


 夜の八時。セシリアとの訓練を終えたグラハムは夕食後、格納庫へと向かっていた。

 目的はフラッグの整備だ。

 一年生であるグラハムには彼の盟友のような技術顧問をつけてはもらえない。

 必然的に自分でISの点検も行わなくてはならない。

 自己修復機能があるとはいえ、整備作業は大事であることに変わりはない。

 ――私はそこまで万能ではないのだが。

 あえて言わせてもらうが、ISの知識は素人に毛が生えた程度しかない。

 MSの知識は熱く語る盟友によって今でもある程度覚えてはいるがね。

 

「おや?」

 

 大きなバッグを抱えた小柄な少女が歩いている。

 東洋人には間違いないがあの鋭角な目つきはおそらく中国人。

 あの歩き方からして何かを探しているようだ。

 見かけない顔だが、話しかけるべきだろうかグラハムは思考を始める。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 数分ほど前。

 

「ふぅん、ここがそうなんだ」

 

 艶やかな黒髪を左右それぞれ高い位置で結んだ少女が正面ゲート前に立っていた。

 

「とりあえず、受付はっと」

 

 上着ポケットから紙切れを取り出す。

 くしゃくしゃなそれはメモと呼ぶにはあまりにも雑な扱いで、少女がどのような性格かをよく表している。

 

「本校舎一階総合事務受付……って、だからそれどこにあんのよ」

 

 メモには名前しかなく地図の類は載っていない。

 ぐしゃ、という音とともにメモをポケットに押し込む。

 恐らくメモはもうその機能を全うできないだろう。

 だがそんなことを気にするような彼女ではない。

 

「自分で探せばいいんでしょ、探せばさぁ」

 

 ったく、と足を動かす。

 出迎えがないとは聞いてたけど、ちょっと不親切すぎるんじゃない?

 中国はIS開発の着手の遅れから他国、特に日本に対してその後塵を拝していた。

 政府も今回の件ではかなり下手にでたらしく、IS学園の都合に何もかも合わせなくてはならなくなった。

 

「それでも連中もなんか思うところないわけ?」

 

 思わず不満が口から出るが周囲に人が見当たらないこともあり少女は気にするそぶりもない。

 学園の敷地内を歩きながら、きょろきょろと人影を探す。

 時間帯的に多くの生徒は寮にいるのだろう、人がいない。

 

「あーもー、面倒くさいなー」

 

 空飛んで探せばいいや、と閃く。

 まさに名案だという気持ちが湧く。

 だがそれも一瞬で霧散する。

 転入の手続きなしでのIS起動は最悪外交問題である。

 下手にでてる中国政府側としてはそれだけは避けたい。

 そのためか、政府高官は何度も転入前の行動の自重を懇願していた。

 そんな彼らの情けない顔を思い出して、少女の気分が少し晴れた。

 

「ふっふーん。まあねー、私は重要人物だもんねー。自重しないとねー」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 おお、今度は笑うか。

 つくづく飽きない少女だとグラハムは思う。

 校舎の影だからだろう、向こうはこちらに気付く気配がない。

 声をかけるか考えていたが少女の多彩な表情の変化と独り言の観察にいつの間にか移行していた。

 だが私も用事がある身。

 そろそろ頃合いだろう。

 そう思い、グラハムは声をかけることにした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 少女は思い出していた。

 とある少年を。かつて日本に住んでいたころに出会った少年。

 そして、IS学園に転入までして会いたいと思った少年。

「元気かな、いち――」

「失礼。ここで何をしているのかね?」

「!?」

 少女の体がビクッと飛び跳ねた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あ、あ、あんたこそ何してんの! なんでこんなところに男子が!?」

 

 独り言の途中で声をかけたせいか、少女がかなり焦っている。

 

「なにと言われても、私はこの学園の生徒だとしかいいようがないな」

「ああ、あんたがISを起動させた二人目の男ね」

 

 少女は納得したようにポン、と手を叩く。

 

(やはり私の存在は明るみに出ているのか)

 

 本来存在しないはずのグラハムの存在がすでに世間で広まっている。

 学園に入る際に了解していたことだがいざ言われると緊張がはしる。

 なぜならグラハム・エーカーは嘘を由としないからだ。

 そんな不器用な男が出自を聞かれたら真実を答えてしまわないか。

 それをグラハム自身が警戒しているのだ。

 妙な話だが生真面目な彼にとっては真剣な事案なのである。

 

「ちょうどよかった。総合受付事務ってどこ?」

 

 そんなグラハムの内心を知る由もない少女はうろうろと探していた場所を尋ねる。

 なぜかそわそわしているがそんなにこの少女は急いでいるのだろうか。

 挙動にわずかな不信感を覚えつつも表情には決してだすことはない。

 

「それなら、そこの校舎が本校舎だ。それで――」

 

 グラハムはアリーナの後ろの建物を指さす。

 ちょうどアリーナから箒とそれを追いかける一夏が出てきた。

 よくわからんが、一夏はまた何かやらかしたな。

 そんな他愛のないことを考えていると、ふと殺気を感じた。

 それも目の前からだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 目の前にいる男子に場所を尋ねようとしたとき、聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。

 

「だから、そのイメージがわからないんだよ」

 

 かつて日本に住んでいた時いつも一緒にいた男の子の声と同一の声。

 祖国に帰ってからも想い続けた少年。

 ――間違いない!

 予期せぬ事態に少女の鼓動が急ピッチでペースを上げる。

 だが、それは急激に萎むことになった。

 

「一夏、いつになったらイメージが掴めるのだ。先週からずっと同じところで詰まっているぞ」

「あのなぁ、お前の説明が独特すぎるんだよ。なんだよ、『くいって感じ』って」

「……くいって感じだ」

「だからそれがわからないって言って――おい、待てって箒!」

 

 そして足早にアリーナから出てきた女子を男子が追いかけていくのが見えた。

 

「………………」

 

 誰? あの女の子。なんで親しそうなの?

 っていうかなんで名前で呼んでんの?

 先程とは打って変わって少女の胸中にはひどく冷たい感情と苛立ちが渦巻いていた。

 

「――それで一階に受け付けはある」

「……そう。ありがと」

 

 見るからに不機嫌であるという返事を少年にし、少女は走り出した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「行ってしまったな」

 

 何故か不機嫌そうではあったが……

 アリーナを見ながらグラハムは思う。

 一夏たちと関係でもあるのだろうか。

 まぁ、いい。

 仮にそうだとしても、一夏に聞けば済む話だ、と結論付ける。

 まずは我が愛機の整備が先だな。

 グラハムは格納庫へ足を向けた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 第二格納庫には、ISの調整を行う一人の少女がいた。

 水色のショートカットの髪をした彼女の表情は暗い。

 眼鏡型の投影ディスプレイに映るISの各所には、エラーを示す赤い光が駆動部を中心に点滅している。

 

「………………」

 

 彼女は作業の手を止め、ため息をつく。

 目の前のISは未完成だ。

 なんども調整を施すも赤い光が消えない。

 どうして、と少女は沈鬱な気持ちになる。

 あの人にはできるのに……。

 止めていた手を再び動かそうとしたとき、背後にある格納庫の扉が開いた。

 

「……!」

 

 その音を聞いた少女は咄嗟にISを収納し、壁際の大型機材へと走る。

 そして機材の裏へと隠れた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 格納庫へと着いたグラハムはフラッグを目の前に展開する。

 

「うむ、いいな」

 

 フラッグはISでありながら関節部分を除いた大部分に装甲を持っている。

 それでいて、徹底した軽量化を図ったその姿はまさにかつての彼の愛機、カスタムフラッグそのものである。

 千冬にもらったブック型端末機器を取り出し電源を入れる。

 そこにはカスタムフラッグの全身が映しだされている。

 ふむ、損傷個所等はないようだな。

 昨日の授業中の連続変形で機体に無理が生じてないか不安があったが杞憂に終わったようだ。

 だが、とコンソールをいじるグラハムは思う。

 まだ設計どおりのスペックを発揮しているとは言い難いな。

 やはり、パイロットである私がまだ完全に乗りこなせていないせいなのだろう。

 正直、こればかりは仕方がないと思った。

 先の試合もMSパイロットとしての勘があったからこそ得られた勝利だ。

 グラハム自身にISの高い操作技術があるわけではないことは自覚していた。

 だからこそ、セシリアに頭を下げたのだ。

 いずれはものにせねば。

 

「……次は武装だな」

 

 端末に武装のデータを表示させる。

 グラハムはまるで親友がとりついたかのように整備に没頭していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  

「さて」

 

 グラハムは端末を操作していた手を下す。

 一段落ついたことだし、そろそろいいだろう。

 

「盗み見はよくないな」

「!?」

「出てきたまえ」

 

 機材の後ろから眼鏡をかけた女子が出てきた。

 無言でこちらに近づいてくる彼女だがちらちらとフラッグに視線を向けている。

 

「フラッグに興味でもあるのかね」

 

 ビクッ、と肩が震えたがグラハムの質問にうなずきで答えた。

 そう警戒しなくてもいいだろう。

 だが、その目にはISへの並々ならぬ情熱があることがグラハムには感じ取れた。

 

「そうだ、自己紹介がまだだったな。私の名はグラハム・エーカー。ご覧の通り学生だ」

 

 先に出会った少女との会話で学んだことを生かして名乗る。

 

「……更識…簪」

 

 ――更識?

 成程、そういうことか。

 

「楯無の妹君という――」

「あの人のことは言わないで!」

 

 突然、簪が叫ぶ。

 まるで、何かを拒絶するように。

 

「失礼」

「………………」

 

 警戒心をあらわにする簪。

 どうやら怒らせてしまったようだ。

 同時にグラハムは理解した。

 何がこの少女を駆り立てるのかを。

 

「――簪」

「………………」

「お詫びといってはなんだが、一つ面白いものを見せしよう」

 

 端末を操作する。

 それに合わせてフラッグがクルーズポジションへと姿を変える。

 

「!」

 

 フラッグへの興味がこちらへの警戒心に勝ったのだろう。

 簪は物珍しそうに触る。

 どうやら、私やカタギリと似たところがあるようだ。

 物で機嫌を取るとは、私もだいぶ狡賢くなったものだ。

 わずかに自嘲めいた笑みを口端に浮かべるも、目を輝かす少女を見てすぐに消えた。

 入口の方に気配を感じながらもグラハムは簪としばし談笑して過ごした。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 自室に戻っていたグラハムはベッドに腰掛けていた。

 手に握られた携帯にはテレビのニュースが映っている。

 

『ここ、旧スリランカも紛争状態が激化し周辺諸国や欧米が警戒を強めています。以上、現地から池田がお送りしました』

 

 ニュースを消す。

 ここ数か月で紛争が中東をはじめ多くの国で起こっている。

 だがその一方で突如紛争の終結を宣言する国や地域も多い。

 しかも国連をはじめとする機関が介入を行う前にだ。

 間違いなく何かが起きている、そうグラハムは思った。

 

「………………」

「あら、帰っていたのね」

 

 楯無が部屋に入ってきた。

 その表情はどこか冴えないようにグラハムは見えた。

 

「茶を入れよう」

「ええ、お願いするわ」

 

 楯無は自分のベッドに腰掛ける。

 入れ替わりに立ち上がったグラハム。

 互いに無言で湯が急須にそそがれる音のみが響く。

 

「……ねぇ」

「何かね」

「気づいてたんでしょ? 私が格納庫の入り口にいたこと」

「ああ、そうだ」

「……何も聞かないの?」

「私は君から話そうとしない限り追求するつもりはない」

「………………」

 

 お茶を二人分淹れて戻ってきたグラハム。

 片方の湯呑を差し出す。

 謝意を述べて受け取る楯無の顔にはいつもの覇気がない。

 そんな彼女の目をジッと見る。

 

「だが、君が簪とわかりあえる道を模索するのであれば、私は君の想いを肯定しよう」

 

 あの少年ならどう言うだろうかとグラハムは考えてしまう。

 おそらく楯無と簪の間には確執がある。

 そしてそれが楯無に遠因があるのではないだろうかということ。

 それ故に楯無は恐れている。

 かけがえのない存在である簪との繋がりを失うことに。

 仲を修繕しようとしても拒絶されてしまうことを。

 そんな恐れからだろう。

 あのように隠れて見守っているのは。

 ――わかりあう道を常に探し続けている少年なら目の前の彼女になんと言うだろうか。

 私ではうまく言葉が見当たらないな。

 

「………………」

 

 フッ、と肩をすくめるように視線をずらす。

 

「独り言だ。気にしないでくれ」

 

 自分のベッドに腰掛ける。

 茶を一口、飲む。

 熱い茶が疲れた体全体へとしみわたっていく。

 そんな心地よさに身をゆだねていると、

 

「……ありがとう」

 

 そんな言葉が聞こえグラハムは楯無を見る。

 うつむいているせいか表情は見えない。

 だがその言葉にはいつものようないたずら好きな猫ではなく感謝の念が隠れていた。




本当は鈴のとこで終わらせる気満々でしたが、一緒の部屋なのに楯無さんが空気だと思ったらこんなことに……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。