狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
多くの視線に晒されながら、セシリア・オルコットは檀上にて歩みを進めていた。
IS学園の全校生徒、その父兄にIS関係者多数。全て数えれば千人も超えるし、少なくないメディアも来ている。静寂は緊張によって張りつめられ、実際の視線だけではなく、ライブとしてこの場を見ている者は世界の至る所にいるのだろう。
それをセシリアは解っている。
自分の姿が世界に晒され、今この場では間違いなくIS学園の代表であることを。シャッター音や小さな会話の音が耳に届いてくる。
そしてその上で彼女は胸を張り、講壇に立つ。
広い体育館を見渡してから、
「――卒業生代表セシリア・オルコットですわ」
笑みと共に、ゆっくりと口を開いた。
●
「先ほどは素晴らしい送辞をありがとうございました――」
事前に用意しておいた答辞の文章を読み上げながら、これまでのことを思い出す。
あの戦いから、もう二年以上が経っていた。
セシリアはもう卒業を迎えているし、その間にも色々なことがあった。
あの夜の後世界は大きく変わった――というわけでもなかったけれど。
そもそもあの時の自分たちは、世界を変えない為に戦ってきたのだ。大きな変革はないのは当たり前で、けれど、少しづつだけ人々は歩んでいた。
織斑千冬と篠ノ之束の死。その二人だけではなく、古参のIS操縦者の行方不明。
言うまでもなくそれは世界に衝撃を与え、しかし混乱ということは意外にも少なかった。悲しんだ人も泣いた人も多かった。それでも、それ以上にそんな人たちこそが涙を拭って、前に進んでいこうとしたのだから。多分、誰もが解っていたのだろうと思う。あの日を境に、世代交代が完了してしまったということを。これまで世界を守って来てくれた母たちや彼女たちに導かれた戦乙女たちも役目を終えて去っていたのだ。ならばこそ、彼女たちに誇れるように。
そんな思いを抱えて誰もが前を向いていた。世界はこれまでにない発展を迎えている。束の死後少しして、ISのブラックボックスがほとんど解明され、新規のコア制作も可能になったし、女性限定という縛りもなくなっていた。実際、視界に映る生徒の三割弱は去年から入学した男子生徒だった。既に男性IS操縦者は増え続け、あと一年もあれば男女比も同じくらいになるはずだ。結局どうしてISが女性限定だったのかは解らないままだった。まぁ彼女のことだ。特に理由がないとしても驚かない。そういう面白い人だったのだ。
自分はどうだろうだったのだろうと考えると、変わったこともあるし変わらなかったこともある。
とりあえず英国代表候補性という立場は英国代表という肩書きに変わっていた。二年の時にIS学園の生徒会長になった時に本国から正式に任命され、同時に新型専用機『ブルー・エクストリーム』も送られた。ビット型兵器の『ブルー・ティアーズ』をさらに改良し、『ブルー・エクストリーム』二十七機に専用実弾ライフル『ブルー・バースト』にビームライフル『ブルー・クリスタル』の二丁対物狙撃機関銃。半年前に行われた第三回IS世界大会、復旧されたモンド・グロッソにおいて総合優勝を果たし、ヴァルキリーとブリュンヒルデの称号を手に入れた。称号そのもの興味は薄いが、織斑千冬と同じ名で呼ばれるのは素直に嬉しいし、誇らしい。勿論、あの戦いを共にした愛銃『ブルー・ティアーズ』は常に肌身離さず持ち続け、今も太もものホルスターに収まっている。立場は、まぁ変わった。じゃあ自分自身はどうなんだろうと考えると、そっちはあんまり変わっていないと思う。いや、変わったという人はいるかもしれないが、あくまで自分の意識として。
あの聖夜、オータムとの戦いで得てしまった――いや、棄ててしまった狂気が無くなって、理を歪める魔弾も、何もかも融かす酸も、ISすらも優に上回る身体能力も無くなってしまった。セシリア自身が持っていた銃火器スキルのみ。それすらももう物理法則は無視できない。射程距離は超えないし、弾丸にも限りがある。あの日々に比べればできないことばかり増えてしまった。
けれど、それが求めた己の在り方なのだ。
飽いていればいい、飢えていればいい。
かつて暴食を担う彼女に伝えた言葉はセシリア自身にも掲げられたことだ。現実に生きていけば、いいこともあるし、悪いこともある、満たされない夢を抱え、飢えていく。時には抱いた願いを捨てられず、叶わぬが故に渇きは消えないかもしれない。
無謬の刃のように。高嶺に咲き誇る華のように。気高き戦乙女のように。陽だまりを支える陰のように。どこまでも羽ばたく翼のように。許し讃える御使いのように。全てを知る叡智のように。
でもそれは神の領域だ。現実ではない幻想だ。
自分たちは人間だから。憧れ求めても幻想にはなれない。
生に真摯を。生きる場所の何を飲み、何を喰らっても足りない。それでもその今を肯定するのが人のあるべき姿なのだから。
これから先セシリアはそういう風に生きていく。変わることはあっても、この誓いだけは変えられない。それこそが、セシリアと仲間たちの絆に他ならないのだ。
「――以上で卒業生答辞とさせていただきます」
周囲から割れんばかりの拍手が起きる。極々在り来たりな、自分で言うのもなんだがつまらない言葉だったのに。思わず苦笑してしまう。もしかしたら、自分が何かしらやらかすことを期待していた人はいたかもしれなかったが、まぁ、こういう時に弾けるのは自分のやり方じゃないのだ。
そんな皆は――もういないのだから。
●
織斑一夏。
凰鈴音。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。
シャルロット・デュノア。
布仏本音。
更識簪。
五反田蘭。
そして――■■■■。
共にあの夜戦った戦友たちの中で帰ってきたのはセシリアだけだった。千冬や束のように死んだというわけではなく、遠い所へと行ってしまった。人の身を外れ、神へと至った彼らは帰ってこない。
多分、いや間違いなく二度と会うことはないのだろう。
それでも、
『ありがとう、セシリアちゃん』
簪に姉、更識楯無はそう笑っていた。彼女だけではない。ラウラの副官であったクラリッサ・ハルフォーフも、本音の姉の布仏虚も、蘭の兄である五反田弾も、彼らの家族も。
『きっと、簪ちゃんも、あの子たちも笑って、自分らしくした結果なんでしょう? あの子たちが自分勝手するなんて、今更のことよ。慣れたものよ。確かに会えないのは悲しいけれど、やりたいことをやって、頑張って、大事なお友達と一緒だっていうのなら――心配することなんてないわ。だから、伝えてくれてありがとう』
涙を浮かべながらも、そう言ってくれた。
そんな人たちがいたからこそ、彼らも胸を張って旅立ったのだろう。
「今頃、何をしているのでしょうかね……」
校舎の屋上から、学園を見渡しながら呟く。周囲には誰もいない、セシリア一人きり。後輩や先生たちとの別れは済ましたし、夕方には英国行きの飛行機に乗らなければならない。セシリアがこの日本でやることはひとまず全て終わった。
当分は英国代表としての職務や企業のテストパイロットをしながら英国の大学に通うことになる。この学園の景色も見納めだ。
「……いつも通り、でしょうね」
彼らが変わるはずがない。
一夏と鈴がイチャイチャして、それを見て蘭が気落ちして、ラウラは構わず厳しくて、簪は引きこもりで、本音は世話を焼いて、シャルロットはそんなみんなのフォローをする。それにあの二人もいるはずなのだからもっと賑やかだろう。
例え神様になったとしても、そのあたりは一緒のはずだ。
「第十三天『狂然洗礼』、でしたわね」
それが今この世界の理。
己のあるがままにあればいいという法則。絶対的な神の渇望を強いるわけではなく、生きとし生ける人々の為の願い。有体に言えばストッパーがない。狂気は狂気のまま、周囲に押し潰されることなく伸びていく。そして同時に本来ならば異常として排斥されるものが、そういうものとして世界に受け入れられるのだ。その恩恵はかつての自分たちがも受けていたのでよく解る。かつて明らかにキチガイだった自分たちが学校生活を楽しんでいたのも、この理のおかげだった。
しかし反面、狂気を全肯定する故に、神に牙を剥く存在の発生率高くなる。かつては千冬と束がそれらのイレギュラーから世界を守ってきたのだろうし、あの戦いもそれによって生じたものだった。今では一夏たちがその役目を担っている。
いや、一夏や鈴はそんな柄じゃあないか。ラウラやシャルロット、本音が率先して行って、簪は面倒くさがりながら、蘭は苦笑しながら皆を手伝っていそう。
「まず感じたのは祝福――」
呟くように、歌うように、心から溢れた言葉を紡ぐ。
「孤独の闇に囚われる魂よ。例え狂ってしまっても、誰かと繋がることを忘れないで。貴方達は一人じゃない。自分に嘘をつかないで、ありのままに生を謳歌して。私が皆を繋ぐから。辛い時は泣いて、楽しいときは笑って。手を繋いで、心を繋ぎましょう――くすくす」
思わず笑みが零れる。
全く、どうしたらこんな願いが生まれるのだろう。滅茶苦茶にも程がある。イレギュラーが生じるには当然だ。人によっては邪魔だと斬り捨てる人もいるかもしれない。
でも、見守りたいと彼らは思った。
自分もまた、神に頼る気はないがそんな世界の中で生きていきたいと思う。
「えぇ、そう。生きていきますわ。今を生きる――それが人のあるべき姿なのですから」
そう、自らに言い聞かせ、屋上を後にしようとして――、
「さすが、人間できてるなぁセシリアは」
「ったく、真面目すぎるのよ。さっきの答辞も、アンタらしいっていえば、アンタらしいけどね」
「――」
そんな、懐かしい声が背後から聞こえた。
屋上を出る扉へ身体を向けようとした体が、止まってしまう。
声は二つ、だけではない。
「貴様ら、久々に会った戦友への言葉がそれか? 祝いの場なのだから、祝福の号砲でも鳴らすのが礼儀だろうに」
「あはは、それは僕ら知ってる礼儀じゃないし、せっかく平和に終わる卒業式が台無しだからやめといたほうがいいよ?」
「ひっさしぶりー、セッシー! 元気そうでよかったよー。二年ぶりだけどまた綺麗になったんじゃないかなー?」
「日光つらい……セシリアのお祝いじゃなかったら、出てこなかった……というか下界に出たのこの二年で初めてだよ」
「卒業おめでとうございます、セシリアさん! あと、お兄たちに私たちのこと伝えてくれてありがとうございました!」
かつて共に戦った戦友たちの声。
そしてそれだけではなく、
「初めまして、というべきなのでしょうね。セシリア・オルコットさん」
「……その節は迷惑をかけたな」
「――!」
振り返る。
そこに皆はいた。
見覚えのあるIS学園の白い制服で。
笑みを浮かべたままに。一夏と鈴は寄り添い合い、ラウラは腕を組みながら堂々と立ち、シャルロットはラウラの頭に顎を置きながら、本音は袖の余った腕を振り、今にも倒れそうな簪を支え、蘭は手を後ろ組んでいた。。
そして彼らの中央に、直接見るのは初めてな二人。
自分たちよりも幾らか年下。
真っ白な髪と血の様な赤い瞳。真っ黒な髪と同じ黒い瞳。顔立ちは束と千冬にそっくりだ。
「どう、して……」
「決まってるだろ、お前の祝福だよ」
「!」
いつの間にか隣にもう一人。同じく制服姿、濡れ羽色の髪をポニーテールで背筋のいい少女。神になってしまった皆以上に、会えないはずの戦友。
「ちょっとルール違反かもしれないがな、これくらいの役得はあってもいいだろう? ほら、あの夜、あの抜刀馬鹿がもう一度皆で集まろうとか言ってたが、流石に知り合い全員は無理だからな。結局、いつも通りの面子というわけだ」
「……気を効かせ過ぎですわ」
「友達思いなんだよ」
「……っ」
気づいたら両目から涙が溢れていた。透明の滴が頬を伝い、鼻にツンとした痛み。そしてそれ以上に胸に堪らなくなる。
いくら何でも不意打ちだ。
さっきもう二度と会えないって思ったばかりなのに。
こんなに簡単に会ってしまった。
嬉しくないわけがない。
話したいことなんて、沢山あるのだから。
「行こう、セシリア」
そういって――篠ノ之箒を手を差し出してくる。
「……えぇ」
涙をぬぐい、これ以上ない笑みを浮かべてからその手を握って、
「今、参りますわ」
これにて本作は完結です。
後書きと最終的な等級は後日。
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