狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

61 / 70
推奨BGM:唯我変生魔羅之理
※より神心清明


それは弱くて
けれどきっととてもまぶしいもの


第拾壱章

 それはまるは機械に油を指すような感覚に似ている。

 あるいは泉から水を掬い上げるかのように。命は油や泉であり、機械や掬い上げる手は自分自身。そうイメージするだけで篠ノ之箒の肉体は革新する。特別な工程は要らない。ただ念じるだけで、なんの代償もなく彼女の力を増していく。上書き能力と呼んでいたそれこそが箒の異能であり、それを少しずつ使うことで彼女はこれまで戦ってきた。

 確かにこの力は箒の肉体を変えていった。肉体の色が変わり、より鋭利な爪や頑丈な肉体になっていた。けれどそれを代償と呼んでいいのか。見た目が変わった程度この世(・・・)では大したものではない。実際、学園祭において異形となった肉体を晒したが、それで箒の周囲は変わらなかった。結果的に見れば力を増しただけ。

 悪いところなど一点もない。ただ己の力を無限に上書きし続ける特権。意思一つだけで強化可能という歪み。

 

 けれど――本当に何も代償は無かったのだろうか。

 

 機械に刺される輝く液体は、掬い上げられるオーロラの如きイメージは本当に永遠だったのか。

 無論――否だ。

 源となる力は無尽蔵ではない。上限はあり、限界がある。そして限界を迎えるということはつまり人間からの逸脱だ。神格となり太極に至るのではないお。正真正銘、訳のわからない化物に成り下がってしまうということ。

 

「あぁ――だからどうした」

 

 それでも変わらずに箒は上書き能力を使い続ける。限界は近い。命の泉は枯渇を迎え、人の枠組みは崩れかかっている。そんなものはどうでもいいと言わんばかりに。

 全身が一秒一秒化外と成っていくのも構わずに大太刀を振るう。

 

「篠ノ之流――魅華月」

 

 超強化された膂力で三日月の大斬撃。砂の世界を切り開きながら桃へと飛ぶ。純粋物理破壊力であれば益荒男たちの中で最高位。加えて『朱斗』の性質を得ているからこそ異能への弱体化効果もある。

 

「うわ、っと」

 

 桃もそれを避ける。彼女といえど無事では済まない。避けて、直撃を避け、

 

「いっただきまーす」

 

 余波を喰らう。

 『強欲《フィラルジア》』。神咒を『拒絶の強欲』である彼女の力はあらゆる痛みを自身の能力の燃料とすること。本来ならばあらゆる攻撃を強奪することができたはずだが、大太刀が束の力を受けているからできないが、それでも余波程度ならば十分に奪える。本来ならば発した歪みが全て桃に吸収されるはずだったことを考えればこれでもかなり彼女の力を損なわせている。

 

「よーいしょっ!」

 

 間の抜けた掛け声と共に掌が振るわれる。武器はない徒手空拳。しかし、神格の力で、箒の斬撃の余波を喰らった状態ならばそれでも十分に必殺になりうる。

 

「あはっ!」

 

「ちぃ!」

 

 爪撃は箒の斬撃を上回る莫大な威力を生む。それは今の箒ではまともに受けられない。しかし、わずかでも動きを止めれば強欲の砂漠に存在する力全てを奪われてしまう。だから止まることは無く、

 

「――っづう、あ、がぁ!」

 

 また一滴。己の肉体を変革する。元々大太刀という武器に関して彼女の技術は極まっている。同じ刀剣使いとしては一夏の『光速抜刀』にも負けず劣らずの武威を持っているのだ。極めて精緻な肉体操作。セシリアの超絶技巧には一歩劣るとはいえ、箒自身が持つ技術。全身を化外へと変生させながらも変わることの無いソレを以て、常に数値を変える身体能力を制御していく。

 

「篠ノ之流、斬月ッ!」

 

 大上段の唐竹割。文字通りに月さら割りかねない威力を宿した巨大な斬撃。桃の爪撃と激突し、一瞬拮抗し、箒の斬撃が上回る。

 

 この時点で箒は既に能力だけならば神格の領域にへと至っている。

 

「せい、やァッ!」

 

「篠ノ流、嵐車!」

 

 乱撃と刺突。強欲の砂を爆散させながら激突する攻撃。相殺されればすぐに箒と桃は次なる一撃を。僅か数十秒間に交わされる刃と爪は数百とまではいかなくてもその分威力に関しては破格の一言。一度の衝突で街一つ滅ぼすことすら容易い。しかもそれらはぶつかる度に威力を増していく。

 

「すごいですねえ」

 

 桃は笑う。

 

「まだ成りきっていないの私と互角なんて。そりゃあ私も結構物理特化で、色々面倒な特殊能力はないですけど、それだけに強いつもりだったんですけどねぇ」

 

 言葉と共に両腕を振る。技術もなにもない力任せの動き。しかし八大竜王の中でもトップの膂力で放たれている。けれどその力に対して箒は一歩も引かない。自己に届かないならば超えるだけに自らを上書きしていく。

 それを目にして、

 

「欲しいなぁ」

 

 笑みを歪めながら彼女は言う。

 強欲(フィラルジア)

 桃という少女はその大罪を担っている。一口に強欲と言っても色々あるが、極論すれば欲しがり屋だ。あれがほしい、これがほしい。常に彼女はそういう風に考えている。彼女からすればこの世のものは欲しいか否か、手に入るか否かだ。

 だからこそ、箒の力を目にして、

 

「欲しい、その歪み。その力。一体どうすればそんな力になるんですか? 兎の妹だから? 彼女が打った刀を振るっているから? どんな色を、祈りを以てその力を振るっているんですか? ――あぁ、どうでもいいや」

 

 欲しい、と彼女は言葉を紡ぐ。強烈な感情。

 第三の名を持つ彼女は八大竜王の中でも稼働年月は長い。四番目以降に比べれば趣味嗜好も明確にあるし、人の楽しみというのも満喫している。

 けれどもその本質は変わらない。感情の具現。強欲という罪以外に彼女は何も持っていない。

 

「――欲しい」

 

 その言葉が桃の全てを表している。

 篠ノ之箒の力を欲しいと、ただそれだけの感情を載せた言葉を告げ、

 

「……欲しい、だと? この力が……? ……はっ」

 

 箒が動きを止めた。自殺行為に等しいがしかし、

 

「は、はは……ははっはははははははは! くはははははははっはは!」

 

 爆笑した。

 

「……あの、私が言うのもなんですけど頭打ちました?」

 

「――馬鹿か貴様」

 

 桃に言葉には取り合わなかった。

 大太刀から片手を外し、だらりと力を抜く。一見すれば戦闘を放棄したことにも等しい、けれど言い知れぬ違和感がある。形容しがたい不安が桃に生まれ、

 

「下らん。こんな力、欲しがるものではない。……あぁ、そうか。貴様にはコレが摩訶不思議な神通力の類にでも見えるのか。とんだお笑い草だよ」

 

 くつくつ、と失笑気味の笑み。天を仰ぎ、

 

「いいさ、決心が付いた。悪いな、皆。これが……私の進む道なんだ」

 

 そして――命の泉は枯渇する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ケララー・ケマドー・ヴァタヴォー・ハマイム・ベキルボー・ヴェハシェメン・ベアツモタヴ

 されば6足6節6羽の眷属、海の砂より多く天の星すら暴食する悪なる虫ども。  

 汝が王たる我が呼びかけに応じ此処に集え

  SAMECH・VAU・RESCH・TAU

 そして全ての血と虐の許に、神の名までも我が思いのままとならん。喰らい、貪り、埋め尽くせ

 来たれ――ゴグマゴグ』

 

 まず初めに反天使(ダストエンジェル)魔群(べルゼバブ)』を完全に起動させた。赤く染まった銃身が巨大化しまるで大砲のようになり腕と一体化する。顔には血管が浮き出て瞳は真紅に染まり魔性が浮かぶ。同時右肩甲骨よりから漆黒の翼。周囲、オータムの随神相の世界の大気を汚染し銃口へと集いこれまでとは比べものにならないほの光を蓄える。それは毒気、妖気、瘴気、この世の大気に存在するあらゆる有害物質を収束し、呪詛を交えさらに圧縮させたもの。とりわけこの世界(オータム)は『■■■■■』の眷属、つまりは存在そのものが世界の癌細胞。故に集まる有害物質は通常空間の比ではない。

 これだけで既に神格の領域へと足を踏み入れた。

 

 けれどそれではセシリア・オルコットは満足しない。

 

 接続したのは座でも狂兎でも導きでもない。己の魂、己の狂気。セシリア・オルコットという存在が行くべき道。

 更識簪が、ラウラ・ボーデヴィッヒが、シャルロット・デュノアが、布仏本音が、五反田蘭が。

 それぞれこの天に斯くと謳いあげた神咒神威。

 それこそが必要だと彼女は認識している。

 故にそれを定めるために『魔群(ベルゼバブ)』を踏み台としてさらに奥へ。かつて式を手に入れた時と同じように自らへと行う精神潜航。個我すら失う超深奥。

 そして今この刹那に。

 

「あぁ――」

 

 彼女が行く道に。

 

『――流出――』

   Atziluth

 

 生まれ出のは銀月と狩猟の女神、何よりも清らかに美しい月光の処女神に他ならない。 

 織斑千冬(ブリュンヒルデ)でも篠ノ之束(マーチヘア)でも『■■■■■』でもなく、他のあらゆる宇宙から切り離された新たな世界に。

 

 至る。

 

 届く。

 

 セシリア・オルコットという魂魄の真実を余すことなく総て抱き―― 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あぁ、駄目ですわこれ」

 

 そんな力の抜けた言葉と共に彼女は全ての神威を振り払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――は?」

 

 茫然と、呆けたような声をオータムを漏らした。彼女には、今なにが起きたのかが全く理解できていなかったから。

 

「……っ、はぁ……はぁ」

 

 息を荒く、全身を蝕んでいた異能の残り香の痛みに顔を歪ませている少女。今確かに、目の前の彼女は神格へと生まれ変わろうとしていた。新生の波動。募る求道の神気。それら全て掛け値なしに太極へと至る前触れだった。

 にも関わらず――今この瞬間、少女には何もない。

 

「ふ、ふふ、うふふ……困りました、わね」

 

 鮮血の色だった魔砲はただの拳銃に。

 背後の片翼も血管が浮き出ていた顔や腕には面影はなく。 

 超回復していた肉体も中途半端に。

 どこから見ても、どこから感じても。

 ただの少女としか見えない。

 

「これが……私ですか。まったく、しょうのない、くすくす……えぇ、でも悪くはありませんわ」

 

 苦痛に顔を歪めながら。この世界では立っているだけで辛いはずなのに。

 それでも彼女は、困ったように、けれどどこか晴れやかに笑っていた。

 

「神とか太極とか座とか狂気とか……私には縁遠い話でしたわ。えぇ私は特別な力を欲しいと思っていたわけではない。ノブレス・オブリージュ。私自身が持っているものに誇りを抱いていられればそれどよかったのですから」

 

 要らない、と彼女は言う。

 太極位階の全てを知りながら彼女はそんなものは要らないという。

 自分が求めた治平はそんなものではないと。

 全てを切り裂く刀剣になりたいわけではない。

 高嶺に咲き誇る華になりたいわけではない。

 敬愛する師の背中を追い求めたかったわけでも。

 自らが非日常となって日常支えたかったわけでも。

 全てを知りたいと思わず。

 何もかも受け入れたいと思ったわけでも。

 どこまで羽ばたきたいと思っていない。

 

「私にはそんな華々しい願いはなかった。ただ……家族とか友達とか、そういうちっぽけで。けれど大切な人と一緒に毎日を過ごしていられれば」

 

 だからずっと個性的な仲間たちの繋ぎ役みたいことをしていたのだ。この愛しい、当たり前の日常がたまらなくて。きっとここで進んでしまえばもうそんな陽だまりには戻れないから。きっと皆躊躇いなく先に進んでしまうような人たちだから。

 己の振るっていた武威に誇りはあっても未練はない。例え消え去っても自分の魂はしっかりとあるのだから。

 

「私は、私は淑女、ですからね。。それこそが私――セシリア・オルコットの真実ですわ」

 

 それこそ彼女が神ではなく人間として生きていくことの宣言だった。

 白銀の導きも、朱桜の狂気も、蒼穹の抱擁からの解脱。あらゆる全ての加護を振り払い、この世に己自身の両足で立っていくという彼女の宣誓。

 もう彼女にはそれまでのような力はどこにもない。理を歪める魔弾も、条理を逸脱した拳銃も、全てを溶かす暴食もなにもかも。

 解脱とは即ち自分しか抱けないということ。狂気を貫いていた時のような強さはどこにもなく、孤独から護れれることもない脆弱な存在。世のしがらみや上に喘いで、誰かと身を寄せ合うだけの弱者の性を得ることだ。

 けれどそれは――、

 

「私にしかできないことだと、思いますから。……それに淑女ですもの、暴食だなんて恥ずかしくていけませんわ」

 

 式を手に入れてからずっとらしくないと言いながら戦い続けていた。友のために、戦友のために。けれどもう、そういうのはやめにしようと思う。もう、皆はそれぞれ自分だけの道を歩いていけるから。

 

「私も、私の道を。きっとこれが……私たちの変わらぬ意思でしょう。だから、これでいいんですの」

 

 愚かしいともいえる自分の選択を皆はどう反応するのだろうか。嘆くのか、怒るのか、貶されるのか。いいや、きっと微笑んでくれる。頑張れって言ってくれる。自分だってそうだから。

 

「――なんだよ、それ」

 

 オータムは解らない。理解できない。端正な顔を震わせながら、化物を見るかのように震えている。

 

「なん、で。どうして、そんなウソだありえない――」

 

 それは彼女だから言えた言葉。太極という至高を前にしてそれを捨てて、弱いただの人であることをよしとするセシリアのことが何一つ受け入れられない。

 

「だってそれじゃああの日の私たちが取るに足らない者になってしまう――」

 

 悲鳴交じりに言葉と共に掌に握ったのは大罪武装たる弩。それに込められた能力は言うまでもなく、単純な物理威力でも簡単にセシリアを殺すことは可能だ。畢竟、少し撫でた程度でも死ぬだろう。しかしオータムは恐れている。だから近づくことなどせずに弩をセシリアへと向ける。

 セシリアに向けられた死は絶対不可避だ。

 全ての異能は無く、ご都合主義はどこにもない。あの弩の矢が放たれればそれは即ち死ぬしかない。セシリア自身の肉体も普通に少女のものでしかない。

 自らの意思に反して足が震えていた。足だけではない全身も。彼女もまたオータムという神格を前にして恐怖を抱くのは当然だ。自分がどうしようもなく弱くなったことを実感しながら。

 

「それでも……引けませんわ」

 

 死ぬのは怖い。また帰りたいと思う。

 それに戦いの前に約束した。

 また皆で一緒にパーティーをしようって。

 今度はそれぞれの親しい人を集めようって。

 皆帰ってこないかもしれないのだから、ただの人間である私がやらずして誰がやるのだと、セシリアは思う。

 だから、ここで死にたくない。

 大義も正義もなく、ただそれだけのちっぽけの願いだけで彼女は拳銃を持ち上げる。

 『蒼き雫(ブルー・ティアーズ)』、それはもう青くカラーリングされただけのただの拳銃だ。特別な仕組みはどこにもなく、色を除けばそこら辺にあるものと何一つ変わらない。けれど、それはこれまで共に在り続けてきたセシリアの半身だ。全ての能力を消失したから、この愛機はなんの力も持たないただの大量生産武装と成り下がっても自分と共にいてくれる。

 

「ありがとう、ブルー・ティアーズ」

 

 キラリと、銃身が一瞬だけ輝いたような気がした。

 それに苦笑して――

 

「死ねぇええええ!」

 

 二つの引き金が引かれる。




解説淑女は解脱淑女への複線だったのだ(ナ、ナンダッテー!?



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