狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

58 / 70
推奨BGM;Gregorio L x T mix
※よりAHIH ASHR AHIH

それは炎よりいずるもの
聖なる愛の炎


第捌章

 憤怒の灼熱が本音の身体を砕いていく。太陽にすら匹敵するだけの膨大な熱量。荒ぶる御魂はそれ自体が必殺だ。問答無用に魂魄まで蹂躙する神威。概念空間内はそれらに当てられて、余すことなく灰燼に帰している。おまけに余波ではなく直撃。クィントゥムとその随神相の直視によって襲い掛かる神気は周囲と隔絶している。

 故に太極の完成を以て布仏本音の肉体は燃え尽きていく。消滅しきるまではあと一瞬しか残っていない。

 

「ぁ……っ」

 

 展開していた防御の式に意味はなかった。反天使(ダストエンジェル)を身に宿してもこの程度。それはつまり本音が使いこなせていないという証拠。いつの間にか己が身に着けていた異能をしかし彼女は完全に用いることができていなかったのだ。

 時間か、運、相性か。何かが足りず『魔鏡』は布仏本音に適正しきることなく消えていく。魂に同化しているからこそ、今の状況では術式そのものも崩壊していくしかない。

 

 それでもまだ本音は諦めなかった。

 

「かんちゃん――」

 

 だって、彼女の主たる少女が勝ってと言ってくれたから。

 布仏本音は更識簪の従者だ。なればこそ、彼女の命には身命をとして果たしたいと思う。彼女は随分ものぐさで、だらしがなくて、普段本音のほうが主導権を握っているようにも見えるが実際には簪の行動がベースだ。我ながら甘いと思いつつもやめられない。

 その彼女に勝利を願われた。

 だから彼女は諦めない。

 四肢が砕け、頭部は上半分が消え去り、残った肉体も灼熱によって人としての形を保っていない。燃焼し、融解していくただの塊。必然その魂も無事ではない。『魔鏡』の術式は完全に粉砕され、微かな残滓があるのみ。本音自身も九割の損害が生じている。

 

 ――その残った残滓を用いて本音は自己改変を開始した。

 

「な――!?」

 

 クィントゥムの驚愕の声には構わない。

 『魔鏡』の残滓、崩壊しかけた魂、篠ノ之束から与えられた歪み。それらを材料として自分という在り方を根底から変えていく。同時刻、別区域でラウラやセシリアが本能で行っていることを己の意思で行っているのだ。

 

『御使彼らに言う。懼るな、視よ、この民一般に及ぶべき、大なる歡喜の音信を我汝らに告ぐ』

 

 朗々と響きわたる唄は新生の産声だ。新たに構成されていく布仏本音という固有存在。紅蓮の神威の中、彼女は不死鳥のごとくに新たな生命として誕生していく。人間、魔人としての彼女は既に消え去り神格として。

 

『今日ダビデの町にて汝らの爲に救主生まれ給へり、これ主なり

 

 汝ら布にて包まれ、馬槽に臥しをる嬰兒を見ん、是その徴なり

 

 忽ちあまたの天の軍勢、御使に加はり、神を讃美して言ふ』

 

 崩れていた肉体が十全となる。五体満足、欠けた所はどこにもない。全身に力が満ちていく。頭の上から、指先、足の先まで。漲る神気が焼き尽くされた全てを癒していく。

『いと高き處には榮光、神にあれ。地には平和、主の悦び給ふ人にあれ

 

 御使等さりて天に往きしとき、牧者たがひに語る

 

 いざ、ベツレヘムに至り、主の示し給ひし起れる事を見ん』

 

 己の在り方、魂、存在理由。これこそ布仏本音であると今この世へと叫んでいく。

 

『――流出――

   Atziluth

 天に栄えし――熾天の御使い』

 

 神咒の完成と共に背に生じる三対六枚の翼。穢れを知らぬ純白の聖気。あらゆる原罪を浄化する天使の秘跡。憤怒の覇道の中に空白が生じ、大罪の世界が本音から生まれる浄化の神気によって領域を加速度的に減らしていた。

 憤怒の世界を振り払う神聖なる翼。

 熾天を織りなすいと高き者。

 

「天使……って言うのはさすがに恥ずかしいねぇ」

 

 広げた翼に宿る光は神気と浄化の白炎。ラウラが冥界を体現するように今の本音は天上の世をその身で司っていた。求道神として存在する一個の宇宙、クィントゥムのように己の世界を広げることはないが浄化という性質であるが故に、

 

「聖なるかな、聖なるかな――」

 

 最早クィントゥムの波動では本音に損傷を与えることには不可能だった。

 

「はっ、だからなによ。成り立ての分際で粋がるな」

 

 それでもクィントゥムは怯まない。

 憤怒の波動が効かないからなんだという。所詮は随神相から勝手に漏れ出す余波でしかない。ただの視線程度振り払っただけでなんだというのか。

 

「大体その年で天使とかメルヘンぶっこいてんじゃないわよぉ!」

 

 焦熱の神威が猛る。巨大な火山が噴火したかのように世界が灰燼と炎に包まれていく。眼下に存在していた建造物の悉くは消滅し何も残らず、融解した大地が広がっているだけ。大気も高温を有し、常人が吸い込めば一瞬で体内が炭化するほど。

 

「でもこれが私だしねー」

 

 それでも本音は常と変わらず、のんびりとした笑みを浮かべながら言葉を繋げる。

 

「いいよ、クィントゥムちゃん? どれだけ怒っても全部私が受け止めるからさぁー。駄々っ子の相手は慣れてる。君みたいな分からず屋のお世話をするのが私の役目だと思うから」

 

 だから、

 

「全部終わったら一緒にあそぼーね?」

 

「誰が遊ぶかぁ!」

 

 瞬間、大機竜が咢を開いた。口蓋に蓄積されるのは赤黒い炎。これまでのようにただまき散らすだけではなく凝縮し、指向性を与えた砲火。それまでの余波などとは比べ物にならない必殺の神威。加減など欠片も考えることのない必滅の竜砲。単純な広域破壊に関しては八大竜王においても最強を誇る一撃が本音へとぶちまけられ。

 本音は避けない。 掲げた右手から彼女の背後にかけて複雑な立体魔方陣が生まれ、

 

『神なる雷霆よ――来たれラミエル』

 

 告げた名と共に白雷が生まれる。光を遮って舞い散る灰すらも切り裂く圧倒的な雷撃。神の雷の名を余すことなく体現するそれは真っ向から激突する。

 

「っ――!」

 

 黒炎と白雷の拮抗。莫大な量のエネルギーが生じ、簪が生み出した概念障壁に亀裂すら生んでいく。どちらも必殺にして最大火力だ。随神相とはいえ基本的に機竜の系譜であることに変わりなくその竜砲は主砲だ。本音もまた神の雷という己の眷属の天使の中で攻撃力では最高位。天界を司る故に彼女もまた冥界の主であるラウラと同じように配下の天使の力を使用できる。覇道神のように眷属たちがそのまま彼女の力になるということはないが、それでもそれぞれの権能の使用は思いのままだ

 黒と白が激突し、拮抗し、そして弾け合い――

 

「塵になりなさい」

 

 大機竜が広げた翼から鋼の羽が降る。その数実に数百枚。言うまでもなくどれもが黒炎の塊だ。弾幕などという生易しいレベルではない。大量の羽は最早一つの壁となって本音へと降り注ぐ。

 

『力強き者よ――来たれガブリエル』

 羽の大軍に降り注いだのはさらなる天空から飛来した流星群。羽の数を優に上回る数千の大閃光。天を埋め尽くして落下するそれは黒炎の羽よりも早い。

 

「!!」

 

 まず最初に羽が押し潰され消滅する。黒炎の代わりに白炎が占め、そのままクィントゥムと大機竜にも落ちた。それは本来ならば『魔鏡』の式の一つ。かつては発動には詠唱を必要としていたものが、神格となった今はもう必要ない。一節の呼び出しのみで発動を可能としていた。

 当然威力も桁違い。

 

「っあああああああああああああああ!?」

 

 流星雨がクィントゥムを蹂躙する。随神相への損傷はそのまま彼女へと繋がっていく。巨体故に回避することはままならい。故に黙示の天使、四大の一角を冠する御使いの権能が直撃し、

 

『四大を此処に――ラファエル、ウリエル、ミカエルよ』

 

 本音は躊躇わない。迷うことなく残りの四大を発動する。広げた両腕が魔方陣を描く。十字を描き、それらを頂点として円を一つ。そこから生まれる天使の力。

 流星瀑布に加えた空間歪曲、擬似太陽、超熱奔流。

 空間歪曲や擬似太陽は先ほどまでも使用したがその威力は比べ物にならない。一つ一つが都市どころか小国程度なら崩壊させるであろう大威力。それらはクィントゥムへと放たれ――、

 

「舐めるなぁああーーーーッッ!」

 

 全てが停止し、割砕音と共に消滅した。

 まるで全てが凍結したかのように見えるそれの原因はクィントゥムの左目。黒に輝くそれはそれまでの憤怒の神威とは根底が同じながら発言の仕方が異なっていた彼女のもう一つの力。爆発する感情ではなく、沸点を超えたが故に凪ぐ感情を表した力。二面性を持つ感情であるが故に二つの性質を持ち、これまで隠し持っていたそれを四大天使へと使う。

 空間歪曲によって生じた断層も数千万度を誇る熱量も全てを飲み込むエネルギーの奔流も神の鉄槌の如き流星雨もなにもかも。その存在全てを停止させ、薄氷の如くに砕け散っていく。

 

「もう終わりに――!」

 

 視線が動く。

 停止の魔眼は視線こそが必殺の武器。大量の光源によって本音自身を目視することは叶わなかったが存在自体は認識している。故に今度こそ目視して、その存在を完全停止と粉砕ないし、停止直後の憤怒を叩き込もうとし、

 

『アルファ、オメガ、エロイ、エロエ、エロイム、ザバホット、エリオン、サディ』

 

 停止の波動の悉くが塩と化した(・・・・・)

 本音が掲げた両手の球体状、そしてそれに絡みつく様な環状魔方陣。それが始まった瞬間、概念空間内に満ちていたクィントゥムの覇道すらも白の塩へと変換されていく。

 

『汝が御名によって、我は稲妻となり天から堕落するサタンを見る。

 汝こそが我らに、そして汝の足下、ありとあらゆる敵を叩き潰す力を与え給えらんかし。いかなる ものも、我を傷つけること能わず。

 Gloria Patris et Fillii et Spiritus Sanctuary.

 永遠の門を開けよ。

 ”Y” ”H” ”V” ”H” ―――テトラグラマトン。  

 ”S(シン)”―――ペンタグラマトン』

 

 それこそが『魔鏡』に記されていた最強最悪の式。発動したその瞬間からありとあらゆるものを浄化し、穢れなき白塩と変える無情の光。それは罪を持った者に対しては効果を最大限に発揮するからこそ。

 

『永遠の王とは誰か。全能の神。神は栄光の王である――ネツィヴ・メラー』

 

「――あぁ」

 

 あまりにもあっけなく、無機質なまでに随神相を塩とし――クィントゥムを滅ぼした。

 

 

 

 

 

 

「呆気ないものね」

 

 浄化された世界の中で、自身も塩と化しながら大地に倒れ彼女は言う。皮膚は八割方変換されている。四肢は塩となって脆く砕け、残すは胸から上程度だけ。 その中で彼女は怒らず、憤らず、ただ自分を消滅させた少女に視線を向けていた。

 六枚の翼を閉じて自分の横に膝をつく少女を。

 不思議と、怒りはなかった。

 

「ううん、違う。貴女のおかげってわけか」

 

「クィントゥム、ちゃん……?」

 

「ずるいわよ、大罪を浄化する光……私たちじゃあどうしようもないじゃない。罪でできる私たちが、それを消されたら何も残っていない」

 

 稼働年月が短い私たちは特に。

 何やら色々秘めるところがあるらしいルキや元々が違うオータムやスコールはともかく、他のメンツでは相性ゆえに絶対に勝てないだろう。酷い話だと思う。つい少し前ならば怒り狂っていただろうけど、

 

「そっかぁ……怒らないんて始めてだなぁ」

 

 大罪が浄化されたからこそ、今初めて怒り以外の何かが生まれていた。感情とも理性とも言えないような未だ弱弱しいもの。微かな、今にも消えていくだけの小さな灯は確かにクィントゥムの中に宿っていた。

 

「……ねぇ、本音だっけ」

 

「そうだよー。クィントゥムちゃん、んと。クィンちゃんでいいかなぁー?」

 

「やめてよ、犬みたい。というかただの番号だし。まぁそんなのしかなかったけど」

 

 どっちにしろあと数分もなく消え去るのだ。体はもうほぼ全てが塩となっている。少しでも衝撃を受ければすぐに崩壊するしかない。今こうして喋るだけでも皮膚が零れ落ちていく。

 それでもどうせ消え去る運命ならば何をしたって同じだ。

 

「本音」

 

「うん」

 

「多分……貴女がアレと相対するには貴女が必要よ。忘れないで、私たちが罪でできている。それしかない、それが消えれば消え去るしかないってことを」

 

 布仏本音という罪に対する切り札。少なくとも感情というアレの無尽蔵のレギオンはまともに戦っていては話にならない。求道神という在り方ではまともにぶつかっても単純な物量差で押し切られかねないが今の本音の性質ならばその差をひっくり返せるはず。

 

「それだけでどうにかなるわけでもないけど……もっと明確な鍵が必要だけど……それでも……お願い」

 

 クィントゥムの口から零れた最後の願い。

 それは多分、全ての罪が取り払われた無防備な状態だったからこそ口に出すことのできる言葉だった。こういう風になら無ければ思うことすらできなかった。

 そしてクィントゥムの懇願に、

 

「任せて。私なら、私たちなら大丈夫だよ。だからいつか――一緒に遊ぼう?」

 

 そうやって自分や自分たちの仲間のことを誇らしげに言う本音へ目を細め苦笑し、

 

「……いつか、ね」

 

 罪も何もなくまっさらなままで、たった一つの約束だけを抱いてクィントゥムは消滅した。

 

 

 

 




感想評価お願いします

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。