狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:祭祀一切夜叉羅刹食血肉者

のらりくらいのほほえみ
どれだけの怒りを流せるのか


第碌章

 天を彩るのは閃光の流星群だ。

 概念空間ではほとんどの電子機器は動いておらず、明かりという明かりが全て消えている。取り込まれた人間にはそんな暗闇など意に介さない者たちばかりだから問題ないといえば問題ないのだが。地上の光が全て消え去っているから八分割された学園島の天上では地上の戦闘を見下ろす満天の星空が輝いていた。

 けれど、

 

「ちょいさー!」

 

「でぇぇぇい!」

 

 西区では二人の少女が放つ閃光が世界を照らしていた。

 本音とクィントゥムだ。眼下に学園の図書館を起きその上空でそれぞれが飛翔し、破壊の光を飛ばし合う。

 既に『魔鏡』の式、『シェムハザ』によって高速で飛翔し、背後に魔法魔法陣を展開させ、周囲に大量の光弾を置く。数十もある光の弾丸は全てが本音の指揮下に置かれ、夜空を縦横無尽に駆け巡る。一つ一つが既に神域に近い。一発毎が家の一つや二つを容易く粉砕できるだけの威力を持っていた。

 そしてもう片方。クィントゥムが放つのは光の矢だ。大罪武装『憤怒の閃撃(マスカ・オルジィ)』から本音の光弾に負けず劣らずの量との矢が放たれる。威力に関しては本音すらも大きく上回る。白と黒の大弓に弦はない。(シン)によって形成された架空のそれだ。クィントゥムの弓の力量は決して高くはない。それでも『憤怒の閃撃』は通常の弓矢の理から大きく外れている。滅茶苦茶に流体の弦をかき鳴らすその動きには技術など欠片もないが迸る激情がそれを補っている。

 それを前にして本音は目を細める。

 

「学園祭の時から思ってるけど……怒りっぽいねー」

 

「黙りなさい」

 

 本音が零した言葉にしかしクィントゥムは取り合わない。

 一蹴と共に五指が光の弦を同時に引き絞り、解放され百にも届かんばかりの流星が射出する。

 

「と、わっ」

 

 同時に本音が十指で周囲に展開する光弾を操作し、激怒の流星を対処する。光弾自体は本音にはクィントゥムには遠く及ばない。眷属とはいえ神格であるクィントゥムと手が届きかかっているとはい未だ至らない本音との差だ。それは今の本音には絶対に埋められない溝。

 だからこそ本音はクィントゥムにはない技術で少しでもその差を埋める。

 

「ほ、は、とっ」

 

 光の矢はその性質として直線ないし、曖昧な曲線しか描けない。不可能ではないのかもしれないが、今のクィントゥムにはできない。だからこそ本音は直進する光矢に対して直上直下真横、あらゆる方向から衝撃を加え軌道を逸らしていく。破格の威力故に完全に邪魔することはできないが光翼機動で回避するには十分だ。体を余波が掠めるが簪が作った白い戦闘用のワンピースは一見ただの服だが、耐久度は折紙付きだ。魔力を込めて耐久力を上げれば行動に支障がでるほどではない。

 

「怒るって疲れない? 私はあんま怒りたくないんだよねー、主義じゃないし? のらりくらりとして、笑ってるほうが楽しいもん」

 

 それは本音の本心だ。本音は普段怒らないし、笑っている。簪が女子として有るまじき行為をすると愛の鉄拳をぶち込ますことはあるがそれは愛があるので問題ない。だから怒るということは布仏本音という少女は根本から外れている。

 笑っているほうが楽しいし、楽しくしているほうが人生有意義のはずだ。

 もちろん人生や世の中そんな簡単なものではないというのは解っているが布仏本音とはそういう存在だから。これから先その自分の在り方を変えるつもりはないのだ。仲間内では比較的穏健派とも見えるかもしれないが、実際はそうではない。狂気の在り方の如何などどうでもいいというのが本音だ。善だろうと悪であろうとそれが自らにとって好ましいものであれば関係ない。

 黄昏の抱擁にも近いのが布仏本音の魂なのだ。

 だからこそ本音は彼女へと語り掛ける。

 

「ほらほら、もっと笑ったら? せっかくかわいい顔をしているだから」

 

「だから――うるさい」

 

 言葉をクィントゥムは全て否定する。掛けられる本音の言葉の全てをクィントゥムは拒絶する。

 

「下らない下らない下らないわよ。私にはどうでもいい、アンタらなんかに私の、私たちの気持ちは解らないわ。アンタ達のように世界から愛されている奴らなんかに。絶対に、だ」

 

 歯ぎしりするような呻き声だ。学園祭の時のように叫ぶわけでもなく、半ば機械的に光矢を放っている。太極は開いているが開き切っているわけではない。

 

「ねぇ、どんな気持ちなの? 神に愛されてるって、世界に抱きしめてもらって、周りに愛する人も愛される人もいてどんな気持ちなの? 真水の中で海の魚が生きているっているのはどんな気持ち?」

 

 一度問いかけ、

 

「ああどうでもいいわそんなこと。全部全部蹂躙して、踏み潰してやる。どうせにアレに染め上げられて、終わるんだから。狂気だらけの世界を私たちの感情が全て塗りつぶしてやる」

 

 五指が揃われ動いた。それまで統制されることがなかった指の動きが揃い、大きく引き絞られる。大弓が軋み、番えられたのは極大の閃光。これまでの本音が対処してきた光矢との大きさは比べ物にならないそれは光の柱だ。長さは二十メートルほど、太さして一メートルはある。

 それはクィントゥムの感情の発露。怒りの度合いによって威力を増していく激情の矢だ。 

 感情が放たれた。

 光速を超過する極光は本音でも避けられるものではない。

 故に回避行動はとらずに手を掲げた。

 

『ATEH MALKUTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM AMEN   

 汝等見張る者ども、第五天(マティ)に捕らえられし虜囚達よ、ここに魂を解放せん

 汝は蛇にしてオリオンに吊られた男、ベネ・ハ=エロヒムにして砂漠の王なり。贖罪の日は今この時なればこそ、 生贄の山羊を持ちて疾く去ぬるが宿命と知れ。

 アクセス、マスター。モード”エノク”より、アザゼル実行――グリゴリの指導者たる汝に命ずる、開門せよ』

 

 掲げた手のひらから魔方陣が生まれた。白い光が生まれた。それが高密度の魔力を生じさせ、空間を歪曲させ迫る極光に亀裂が入り穴が開いた。喝采音と共に生じたのは人がギリギリ通れるかどうかの穴。そこへと躊躇ないなく本音は身を飛び込んだ。

 体を限界まで縮めるが、身体の端々を極光が焼き付いていく。枢要徳の属性が強い本音だからこそこれだけの強度の罪を防ぐことなく受ければ、

 

「づあっ――あ、ぐ――」

 

 式によって風穴を開け、次への溜めのために防御に回すだけの余裕がない。肌が肉が焼き付いていく。まるで直接焼き鏝を当てられたかのような激痛が一瞬だが確かに本音を蹂躙し、

 極光を通り抜けた。

 そして式を放つ。

 

「!」

 

『ATEH MALKUTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM AMEN

 BEFORE ME FLAMES THE PENTAGRAM BEHIND ME SHINES THE SIX-RAYED SATER 

 我が前に五芒星は燃え上がり、我が後ろに六芒星が輝きたり――

 ATEM MALKTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM

 されば神意をもって此処に主の聖印を顕現せしめん――

 アクセス、マスター モード”エノク”より、サハリエル実行――』

 

 瞬間、クィントゥムの全身を光の縛鎖が巻き付いた。黄金に輝く鎖でクィントゥムの動きが止まる。それは物理的な力でなければ破れない束縛だ。そしてクィントゥムの膂力はそれほど高くはない。八大竜王の中では平均だ。それでも未だある愕然とした二人の格差故に光速できるのは僅か二、三秒。

 そしてそれだけあれば十分。

 

『ATEH MALKUTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM AMEN

 BEFORE ME FLAMES THE PENTAGRAM BEHIND ME SHINES THE SIX-RAYED SATER 

 我が前に五芒星は燃え上がり、我が後ろに六芒星が輝きたり―――

 ATEM MALKTH VE-GEBURAH VE-GEDULAH LE-OLAM

 されば神意をもって此処に主の聖印を顕現せしめん―――

 虚空より、陸空海の透明なる天使たちをここへ呼ばわん

 Huc per inane advoco angelos sanctos terrarum aepisque,

 この円陣にて我を保護し、暖め、防御したる火を灯せ 

 marisque et liquidi simul ignis qui me custoriant foveant protegant et defendant in hoc circulo

 幸いなれ、義の天使。 大地の全ての生き物は、汝の支配をいと喜びたるものなり

 Slave Uriel, nam tellus et omnia viva regno tuo pergaudent

 さればありとあらゆる災い、我に近付かざるべし

 Non accedet ad me malum cuiuscemodin

 我何処に居れど、聖なる天使に守護される者ゆえに 

 quoniam angeli sancti custodiunt me ubicumeque sum

 

 斑の衣を纏う者よ、AGLA――来たれ太陽の統率者。

 

 モード”パラダイスロスト”より、ウリエル実行――』

 

 朗々と響いた詠唱はかつて大機竜を粉砕した太陽の炎球。地上へと降り注いだ互いの光弾や光矢によって破壊された建造物の瓦礫を全て凝縮し融解されて生じた劣化太陽。以前のものは五メートル前後だったが十メートル近い大きさになり、それに伴い熱量も跳ね上がっている。

 叩き付ける。

 

「しゃらくさい……!」

 

 同時にクィントゥムが縛鎖を粉砕した。巻き込まれた光鎖すらも炎球に巻き込まれてその糧となる。炎熱がクィントゥムを襲う。数千度はあるであろう炎に襲われながらも欠片も動じなかった。装甲服や体を焼いているはずなのだ。しかし顔を顰めるだけで、痛みに堪える様子でもなかった。

 

「アンタが焼けろ……!」

 

 灼熱の中でしかし彼女は前進する。身に纏うこととなった炎熱は本音にとっても凶器となる。

 

「うわっ」

 

「ちぃっ」

 

 本音は自らに放たれた炎の拳に手を掲げ、障壁を張って防ぐ。

 

「あちちっ」

 

 間の抜けた声を上げながら背後へバック。去り際に光弾をばらまくことも忘れない。前後左右、あらゆる方向からクィントゥムへと飛ばす。抜群の操作性。ここまでの精密操作をできるのか彼女とセシリアくらいしかいない。

 

「だから、邪魔だと……」

 

 クィントゥムの周囲の空間が歪んでいく。それは発せられる神威の切れ端でしかない。それによって光弾の全てが消し飛ばされる。

 

「言っている!」

 

「お節介とはよく言われるんだよねぇ」

 

「な……!?

 

 瞬間、本音はクィントゥムの背後にいた。光弾群を用いた目くらまし。そしてシェムハザによる光速飛翔。時間にすれば秒も存在しないし攻め。『魔鏡』に記された式を四つ用い

 

『幸いなれ、癒しの天使 

 Slave Raphael, 』

 

 五つ目を迷うことなく放つ。

 

『その御霊は山より立ち昇る微風にして、黄金色の衣は輝ける太陽の如し 

 spiritus est aura montibus orta vestis aurata sicut solis lumina

 黄衣を纏いし者よ、YOD HE VAU HE―――来たれエデンの守護天使。

 アクセス、マスター。 モード”パラダイスロスト”より、ラファエル実行――』

 

 かつて暴風竜へと放ち蘭へと繋いだ空間断絶の竜巻。それはその時とは比べ物にならない威力となって再び大罪の竜へと放たれる。歪曲した空間は刃となってクィントゥムへと牙を剥く。サハリエルの式によって動きを止められたクィントゥムに背後から直撃する。

 竜巻にクィントゥムが巻き込まれて、風で見えなくなる。

 

「これならっ」

 

 確かに直撃した。式を五つ重ねた波状攻撃。焦っているかのようであり、実際本音は焦っていた。

 これまで交わした光弾は確かにクィントゥムに当たっていた。自分のように掠めたわけでもなく、直撃だったはずなのだ。にもかかわらず全くと言っていいほどダメージが与えられなかった。だからこその全力の魔力を用いた全力の式。殺傷力に関しては今の本音に放てる最大の一撃だ。それを零距離。常人ならば一軍など容易く粉砕し、あらゆるものを裁断する斬風。それを喰らえば例え八大竜王の一角として切創を刻むはずだ。そう信じた一撃は、

 

「――邪魔だ」

 

 内側から生じた巨大な竜が全ての斬風を喰らいつくした。

 巨大な竜だ。山一つは下らない巨大な影。禍々しい赤黒い機械の甲皮。高層ビルと見間違えんばかりの太い四肢。蜷局を巻く竜尾に数キロは広がっているだろう両翼。発せらる神威が言うまでもなく膨大極まりない。馬鹿げた神気に本音の身体が吹き飛び空間の端まで吹き飛んだ。光翼をはためかせ、なんとか態勢を建て直す。

 

「……昔見た絵本を思い出すなぁ」

 

 それは幼少の頃に見た童話の悪竜そのものだった。絶対的な差異はそれが実物であるということだ。中空に浮かぶクィントゥムの背後に、概念空間が窮屈に感じるほどの巨大な体躯が鎮座している。

 

「っ……!」

 

 ただ視界に入れているだけで魂が潰されそうだ。砕かられなかったのが奇跡。記憶に刻みつけられたかつての暴風竜が可愛く見えるほど。同時に世界がクィントゥムの渇望と覇道に染め上げられていく。

 それは臨界を超えた嚇怒。八大竜王の一角である彼女にはそれしかない。

 怒り、憤怒、嚇怒。

 太極によって構成された壁だからこそ破ることはできないが、代わりに限定された空間を神威が埋め尽くしていく。眼下の図書館や近くにある建造物が砕かれる。憤激の覇道は即ち世界を焦がす波動。それを本音も感じていた。

 自身にも降りかかる激痛。まるで灼熱の砂漠に何の装備もなしに放り出されたようもの。全身の細胞が激情に当てられて悲鳴を上げている。この激痛ですら常時でも発狂している。

 

「っ……!」

 

 自分ですら強化魔術と防御魔術と治癒魔術を掛け合わせていなければ耐え切れなかったかもしれない。そしてなんとか堪えるだけの術式を構成しきり、

 

『――太・極――

 随神相――八大竜王・憤怒の閃撃』

 

「があっ……!」

 

 神咒の宣誓と共に完成された太極が本音の防御の全てを粉砕する。

 

「終わりよ。反天使だかなんだか知らないけどそんな前時代の遺物なんか話にならないわ。私を焦がす罪がアンタなんか消せない」

 

 その声は驚く間でに静かだった。極限を迎えて感情はその純度を増していき、猛る感情は反転して静謐なものになっていく。一点を超えた感情であるからこそ、最早それ以外には何も残っていない。

 いや、元々彼女らにそれ以外あるわけがないのだ。

 

「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――」

 

 零れる呪詛はそれ自体が致死の咒。秒ごとに強度を増していく神威と相まって本音の存在全てが焦がされていく。激怒に応じて覇道内に取り込んだ存在全てへと崩壊させるというものだ。

 

 それを布仏本音は――理解できない。

 

 

 




中々のスランプ。うまく書けないです。
これまでのちょい物足りなかったので一人ずつにまとめてみました。


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