狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:Mors Certa

夜の導き
影の陽だまり



第伍章

 嫌気と怠惰という感情をラウラは初めて得ていた。

 もちろん面倒だと思うことや朝起きた時に寝起きの怠さはあったことはある。生きていく中ではそれは当然ことだろうし、自分は軍人として精神を強固に律しているからこそ表に出さないだけで感じことは感じるのだ。シャルロットにはそういう面をよく見せただろうし、敬愛する織斑千冬だって日常的に見れば実は面倒くさがりな人であることは知っている。

 

 けれどなにもかも放棄したくなるような感情は初めてだった。

 

「――」

 

 生きているの怠い。ここにあるの怠い。立つことも怠い。今こうして嫌気に抗っていることすらも面倒でたまらない。どうして今自分がまだ生きているのかすらも疑問に思えるほどにあらゆる事象に嫌気が生じている。

 これが八大竜王の感情か。

 嫌気に全身を絡められた瞬間に全身の八割方の感覚は全て消え去った。嫌気を喰らった直前に全身に纏うように展開した腐炎がわずかに効果を成していて、嫌気で全身に亀裂が入っていく音が聞こえる。視覚と痛覚は死んでいる。味覚もないもの、口の中に粘ついた感覚があるからかなりの吐血もあるのだろう。

 魂が汚染されているのを感じる。

 クァルトゥムの覇道によってラウラの精神が八割方は侵されている。

 声は出ないし、力も入らない。残された二割の精神で抵抗しているも全身に入る亀裂は止めれらない。いや、これは本来ならな触れた瞬間に嫌気によって自壊しているものだ。ラウラだからこそ、寸前で持ちこたえられているのだ。常人ならば自己崩壊するか、即座に自殺している。そしてそれはそう遠くない。無価値の炎ですら僅かそれを遅らせることしかできないのだ。

 これが神格。

 これが太極。

 これが神威。

 簪を除けば自分たちの誰もが未だ至れていない存在の極地。

 その壁は絶対で天地がひっくり返っても、ひっくり返せない。勿論それはラウラも知っていた。夏に戦った暴風竜。クァルトゥムとは強度が違うとはいえアレもその領域だった。その時は手も足も出ず。

 今も同じように何もできない。

 パキッン(・・・・)という音が響いた。甲高い音のそれが自らの両足が砕けた音だと気づいたのは数瞬後。切断でももげるでもなく砕けるというのは中々ないなぁ、など鈍くなった思考の中で考える。

 ここで終わるわけにはいかない、と思っている自分はわずかだがいる。しかし魂を塗りつぶす嫌気の覇道が強すぎる。一挙一動の何もかもが弱まっていく。自分はここまで弱かったのか憤る一方でその怒りにも嫌気は発生する。性質が悪いとしか言いようがない。動作も感情も何もかも、ありとあらゆることに嫌気の覇道は左右する。こんなものがあっては碌に戦えないではないか。

 腕の亀裂も大きくなっていく。両足が砕けたせいで地に伏したラウラの思考は消えかけていた。

  

 あぁ、やはり自分は至らないなぁと思う。

 

 どうにも精神的に弱い。精神が未熟だからこそ軍人という猫を被っていないとまともに立てない。昔からそうだった。モンド・グロッソで剣鬼と遭遇し無様に逃げた記憶などそれの証左だ。それから己を恥じ、教官の教導を受けたのは彼女という存在に魅入られたというのもあるだろうが、一方ではそうやって教えられているのが楽だったというのかもしれない。少なくともあの人の背中を追って行けば、道を迷わずに済むのだから――

 

「……ちが、う」

 

「……?」

 

 いいや、それは違う。なんだ今私は何を考えた。自分が至らないのは確かだ。剣鬼から逃げたのも間違いない。

 

 それも織斑千冬の導きが逃避だなんてことは在りえない。

 

 彼女という輝きに魅入られたからこそ、彼女の背を追いかけたのだ。事前に剣鬼に遭遇しようともしていなくても、私は絶対にあの人と出会ってあの人の背中を追いかけてきた。好きだから、愛しているとかそんな甘酸っぱい感情とかではなくて、輝かしいあの光に見惚れたから。

 あの光を追い求め、あの人の認めてもらいたいから。

 歪み捻じれる黒ウサギは魂を燃焼して走り抜けたのだから、だから。その尊き宣誓を以て今――、

 

「……この程度なら他の連中も、導きのも狂兎も大したことないのか。だるいなぁ」

 

「――何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛いなぁと、シャルロットは思った。

 何せ腹に馬鹿でかい風穴が空いているのだ。痛くないわけがない。痛覚を無視できるといっても限界というのは憑き物だし、脳内物質がどうこう言いながらも平生でいられるわけがない。普通に生きていけば上半身と下半身が泣き別れするような状況があるわけがないのだ。そんな日常は嫌すぎる。

 嫌すぎるけど。

 なら、自分でよかったなぁと思った。

 自らが裁断した寮の残骸の上で力なく倒れこむシャルロットは自分を貫く虚栄の杭を見て考える。まるでこれは昆虫標本みたいだなとかそんな場違いなことを考えて、それっぽく簡単に抜けないかなと考えるがそれらの考えは無意味だった。震える手で杭を抜こうと思うがしかし全く動かない。目視しきれなかったが、それにしたって杭そのもの長さは長くても二メートルは無いだろう。精々一メートルを超える程度のはずだ。腹の上から六、七十センチは突き出ているのだから貫通した分のほうが短いはず。引き抜こうと思えば無理ではないはずなのに。

 それでも抜けない。

 それはつまりあの虚栄の神威がシャルロットを犯しているということだ。

 セクストゥムの肉体や武装にしか効果を持たなかったから自分たちのような求道のものかと思ったが違う。れっきとした覇道だ。杭から虚栄がまき散らされている、というわけではなく周囲から虚栄を搾取しているのだ。

 人間だれだって見栄を張っている。他人に良く思われたいというのは極々普通だし、自分たちのような異常者だって弱みを見せたくない。特にラウラとかはそうだし、男の子である一夏だって似たようなものだ。

 それが虚栄であり、それが全てセクストゥムの力となる。痛みを堪えて動こうとしているのに、頑張ろうという意思が剥奪されて力を失っていく。そしてそれはそのままセクストゥムの虚栄の糧となるのだろう。滴り落ちる花を集める蜂のように。

 これが神格。

 これが太極。

 これが神威。

 簪を除けば自分たちの誰もが未だ至れていない存在の極地。

 その壁は絶対で天地がひっくり返っても、ひっくり返せない。勿論それはシャルロットも知っていた。夏に戦った暴風竜。セクストゥムとは強度が違うとはいえアレもその領域だった。その時は手も足も出ず。

 今も同じように何もできない。

 コポッ(・・・)と口から血が湧き出た。せき込み、吐きだす血の量は意外にも少ない。腹からほとんど流れ出ているということだろうか。虚栄の搾取とは別として、単純な血の流し過ぎで意識が朦朧としてきた。大部分人間を止めているとはいえ、血を流し過ぎたら碌に動けないというのは不文律。

 血という命の不足と虚栄の搾取による意思の欠落の二重苦。常人ならば即座に存在ごと溶かされてセクストゥムの糧となっていただろう。

 

 だからシャルロットはこんな目にあっているのが自分でよかったと思う。

 

 大分控え目に見てもこれは酷いだろう。こちらの攻撃は一方的に通じなくて、向こうの攻撃はほとんど一撃必殺で、喰らったら喰らったで抗えない。ムリゲーと言ってもいいレベルで。だからこそ、セクストゥムと相対したのが自分というのは僥倖だった、いや、他の八大竜王もそれぞれ凶悪な力を持つだろうけど相性の悪さは自分たちがトップクラスだろう。相手が悪かった。

 だからこそその相性とか相手の悪さを自分が引き当ててよかったと、何度も思う。

 こういう時に苦労するのが、苦労したいと思うのが自分の性分だ。 

 忍者なんていう極東の存在にあこがれたのもそれが理由。日の当たらない影の存在だけれど、

誰かの役に立てるならそれが素晴らしい物だと思えたから。いや、誰かというよりは自分の大切な人たちか。家族とか友達とか仲間とか。そういう人が陽だまりの中で笑っていられるというならば、自分は陰の中で辛くてもそれでいいと思えたから。 

 だからそう。

 

「あぁ……そうだ。やっぱり僕は――」

 

 

 

――推奨BGM:『Ω Ewigkeit』

 

「貴様は今、言ってはならぬことを言った」

 

「な……!?」

 

 ゆらりとラウラが起き上がるのをクァルトゥムは見た。在りえない、両足は砕いたはずだ。魂をほぼすべて自らの神威で犯したはずだ。幾らか黒炎で抵抗していた、太極位階の神威を、そこに至らぬものが抗えるはずもなく数秒で両足が砕け腕にも亀裂が入り消えていくだけだったはず。消滅するだろうと思い、これから先に思いを馳せたその時。

 眼前の彼女は欠損を復活させ再起した。

 

「一つ。まず私の戦友を侮辱したことだ。確かにあいつらは色々性格に難ありの狂人どもがそれは私も同じだし、貴様らに言われる筋合いはない。そして二つ。篠ノ之博士を馬鹿にしたこと。あれは箒の姉だ。ならば私の家族も同然だ、人の家族を侮辱してただで済むと思うなよ」

 

 ラウラの全身から黒炎が吹き上がる。それはそれまで無価値の炎に見えるが違う。クァルトゥムはその差異を一瞬で感じ取っていた。

 

「そしてもう一つ。のぼせ上がるなよ――貴様如きが教官を語るな」

 

 天地焦がさんばかりの激情が、それまでラウラの中で詰みあがっていた宣誓がまとめてその燃料になり、黒炎が嫌気の覇道を焦がしていく。戸惑い、驚愕するクァルトゥムはその瞬間に理解した、先の言葉が目の前の少女の逆鱗に触れたことに。そしてそれが決定的だったことを。

 

「許さん、あの人が大したことないだと? ふざけるなガキが。あぁもう知ったことか。私は私の理由で貴様を叩きのめす」

 

 そしてそれと時を同じくして。

 

「そう、僕は陰でありたい。大切な人日常の中で笑っていられる犠牲であればいい」

 

 シャルロットの肉体が崩れ始めた。

 

「なによそれ」

 

 茫然と問うのはセクストゥム。止めの一撃をぶち込もうとした瞬間にいきなり何かを呟いたと思ったらシャルロットの体が崩れて、揺らいでいく。だがそれは彼女の死というわけではない、シャルロットの存在の密度は逆に高まっていくのを感じていたから。だからパイルバンカーにかかっていた引き金を引いた。先ほどと同じように放たれた虚栄の杭は先ほどと同じように、変わってしまったシャルロットに命中し――突き抜けてそれだけだった。

 

「いやまぁ、自分でも薄々わかってたけどね。苦労性ここに極まれりだねぇ」

 

 もはや赤黒いナニカになってしまった存在から声が聞こえた。肉体も服も武器も全てまとめてよくわからないものに。

 

「……影?」

 

 セクストゥムの印象はまさにそれだった。三次元化し、質量を以ている影。

 

「御名答」

 

 影が瞬発した。中空でまとまり、地に落ちた瞬間にはシャルロットが再構成されていた。服も体も完全で、口端には僅かな笑みが。いや、元通りなどでは断じてないそれはまさしく自分たちと同じ物――!

 

 クァルトゥムもセクストゥムもその刹那、打ち倒すべきが至ったことを認識し。

 ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルロット・デュノアはたどり着いた。

 

 

『我は三位を司る者。我が威は彼方まで及び行く。

 

天よ、地よ、冥界よ。今こそ喝采せよ。我こそが彼の地へと至る道導である。

 

歩みを迷うならば我に問いかけるがよい。我こそは力ありし言葉を統べる者である。

 

天にあれば籠を持ち、豊穣の証となり、地にあれば弓を携え、矢を番えよう。冥府にあれば全てに破壊をもたらそう。

 

旅ゆく汝らこそを私は見守る。

 

我は狭境の守護者。吠えろ地獄の猛犬よ。狂え復讐の女。我に従いし眷属たち。

 

夜と魔術と月が浄めと贖いを約束しよう。力を足りぬのならば休むがよい。

 

旅人たちよ、死こそが約束された安息である。黄泉の国にて我は汝らを待ち続ける。

 

我こそは魔術と闇月の女神 我こそは霊の先導者 我こそは暗い夜の女王――あぁ我は我にして我ら也り』

 

 

『野を駆け、草原を抜け、森を行く。逆巻く海原を渡り、深き谷を超える。

 

七つの城門と九つの柵、それらを守護せし幾千幾万の魔獣。

 

その先にこそ座して待とう。そこは英雄たちが集う誉の地。

 

此処こそが暗き世界。傷を育み、死を生み出し、苦しみを担う場所。

 

愛しき人々の太陽と月が天に輝くならば、日の当たらぬ場は我が領域。

 

あらゆる苦しみを引き受けよう。輝きがあれば陰りがあるのだから。

 

私が陰りであるのならば、貴方たちは輝きを灯せると信じているから。

 

我は陽王と月后の意志の下、愛する人の為にある者であることをここに誓う』

 

 

『――流出――』

――Atziluth――

 

『仄暗き――夜を照らす道標』

 

 

『御霊統べし――最果ての世の影』

 

 

「泣くのが好きなのだろう? 好きにすればいいさ。貴様の地獄行きは確定事項だ」

 

「御免ね。僕は君の嘆きには答えられない」

 

 太極に至ることでラウラもシャルロットも全てを理解した。先の簪と同じように。太極座の意味を。それが単なる力量の位階ではないことを。そして今眼前にいる大罪の担い手がなんであるかを。それでももう二人は止まらない。今の二人は内向きに永遠流れ出し続け、もう二度とその在り方を変えることがない。だから止まれないし。

 或はだからこそ、ここで終わらせなければと思う。

 その変生を前にしてクァルトゥムもセクストゥムも黙ってられない。なるほど太極に至った。だからどうした。こちらは負けられない。

 負けてしまっては何も残らないから。 

 だから八大竜王の二角はさらにその覇道を猛らせて――

 

「――行くぞォォッッ!!」

 

 

 

 

 

 

「来たれ、我が眷属」

 

 ラウラが告げた言葉と共に周囲の黒炎が形を得た。それは三つ首や二つ首の犬や九つの首を持つ大蛇。翼を広げた竜は猛獣だち。冥界に巣食う魔獣や猛獣たちだ。

 ラウラ・ボーデヴィッヒとは即ち冥界の王である。この天に於いて『■■■■■』の曼荼羅に属するが故に彼女は冥府を、死を、ありとあらゆる魔を司る。故に今、ありとあらゆる魔界の存在を彼女は眷属として召喚していた。

 

「だから、どうした!」

 

 クァルトゥムの叫びと共に随神相が動く。全身の砲門を開き、火を宿しノータイムで発射される。それら全てがラウラ一人に向けられた集中砲火。地形を変えるほどの炎熱に対して指を鳴らし、

 

 同規模の黒炎が相殺しきる。

 

「これまでの腐炎は訳が違うぞ。腐らせるのではなく、現世から完全に消滅させる。単純な性質として防御不可能なのは変わらないとしても私の炎だ。同じだと思うなよ」

 

 無価値の炎。それは反天使(ダストエンジェル)の術式からラウラが得た式だ。彼女は今までそれを借りていたに過ぎない。しかし、今太極に至ったから、『魔刃(べリアル)』の式を踏み台にし、そこから新たなる式を彼女自身が生み出したからこそ。

 その強度は段違いだ。

 

「冥府の炎、というのでは些かひねりがないか」

 

 それらがクァルトゥムの嫌気を燃やし尽くしていく。

 

「くそ……!」

 

 随神相を動かそうとするがラウラに召喚された魔獣や悪魔たちが襲い掛かり動きが止められている。いや、そんなレベルではなく、

 

「あぁ、当然奴らも冥府の存在だ。……ならば言わなくてもわかるな?」

 

「っ!」

 

 つまりは魔獣たちもまた冥府の炎で生み出されているということ。言われてみれば先ほど確かに黒炎から彼らは生じていた。だからあれらが全身に冥府の黒炎を宿しているのは当然だ。

 

「なんだよ、くそっ」

 

 随神神は動けない。動いて魔獣たちを消そうともすぐにまた新たな魔獣や悪魔たちが襲い掛かってくる。嫌気の靄は完全に押し負けているわけではないがそれでも良くて拮抗だ。

 ならば――、

 

「――貴様は動かないのか」

 

「うるさい!」

 

 嫌気の靄を増やしてラウラへと放つが同時に冥府の黒炎が相殺する。

 

「うるさいと、貴様は先ほどからそればかりだ。いや、最初からか。同情に値しよう。貴様らはそういうふうにできているのだから仕方がない」

 

「だから黙れと――」

 

「だが教官を侮辱したことは許さない」

 

 刹那、クァルトゥムの体を黒炎が覆った。

 

「……!」

 

 声にならぬ絶叫。防御概念のある装甲服を一瞬で燃やし肉を焦がし骨まで至る。嫌気の靄を展開する間もなく先ほどのラウラのように黒炎にて全身を犯されていた。それは事実上のチェックメイト。それを完全に上回る力をクァルトゥムは持っていない。だからその時点でクァルトゥムの敗北は決定していた。

 もう彼女の勝ちはなく、あとは敗北と消滅だけでありながら、

 

「うああああああああああああああああ!!」

 

 彼女は吠え、大罪武装の長刀を手に生み出してまでラウラへと駆けた。

 

「……ふっ」

 

 浮かんだ苦笑は嘲りでも怒りでもなく微かな賞賛が。

 疾走するクァルトゥムを誰も阻まなかった。そして長刀を振りかぶり、振り下ろし、

 

「フンッ!」

 

「がっ!?」

 

 ラウラのハイキックが顔面に炸裂して地面を転がった。

 

「鍛錬が足りんな。まずは柔軟と走り込みからだ、出直してくるがいい」

 

「……だから、そういうのは面倒なんだって」

 

 大地を転がったクァルトゥムは力なく言った。全身を黒炎に侵され、随神相もラウラの眷属に止められた。最後の一撃も鍛錬不足の一言で終わってしまった。半身が消滅した彼女はもう戦う力が残っていない。

 

「ならば、なぜ最後に自分で挑んだ」

 

「……別に。大した意味はないさ。どうせ消えるのならってやつ」

 

「そうか」

 

 多くは語らないし聞かない。もとより敵同士で、戦いの後に友情を作りましたなんて展開を二人とも望んでいない。 

 ただそれでも。嫌気の少女が最後に自ら動いたその姿にはきっと意味があるのだろう。

 

「んじゃ、さよなら。あの世ではお手柔らかに」

 

「アウフ・ヴィーターゼーエン。徹底的にしごいてやるから覚悟しておけ」

 

 そして八大竜王の一角。嫌気の怠惰クァルトゥムは消滅した。

 

 

 

 

 

 

「このぉーー!」

 

 セクストゥムが装飾過多のパイルバンカーの引き金を引く。それは罪で形成されているからこそ弾切れという現象は起きない。放たれた虚栄の杭はシャルロットに叩き込まれ呆気なく彼女の肉体を抉る。腕が吹き飛び、足が潰れ、頭が穿たれる。

 けれど、

 

「せこいっ!」

 

「君に言われたくないねぇ」

 

 片っ端から再生していく。いや、正確に言えば今のシャルロットは陰という概念そのものだ。

 日常に対する非日常にして非常。陽だまりに対する陰り。表と裏。それは暗い影で、確たる形を持たずに闇に潜むもの。

 だから今のシャルロットは損なわない。その渇望がある限り彼女は陰であり続ける。

 

「っと」

 

 シャルロットが瓦礫の中に手を突っ込んだ。セクストゥムが訝しむ間もなく引き上げたのは、

 

「ちょ、なによそれ」

 

 全長五メートルほどの高車砲。第二次世界大戦で使用された『8.8 cm FlaK 18/36/37』。通常は自走砲に搭載したり、特定地に設置する物だがシャルロットの右腕の影が全体に巻き付いて発射可能状態へ。戦闘前に寮の中に仕込んでいた武装だ。

 

「あれ? どうしたの鳩がアハトアハト喰らったような顔をして。あ、そっかーこれから喰らうんだね?」

 

 引き金を引いた。

 発射されたのは鉛玉ではない。シャルロットから分離した彼女の影だ。求道神という一個の宇宙であるシャルロットの一部は例え血の一滴すらも天体と同じだけの規模を有している。それが8.8 cmの塊となって射出する。光速超過で放たれた弾丸をセクストゥムは避けなかった。避けれず、

 

「っあああああああ!?」

 

 肩をぶち抜いた。

 

「な、なんで……」

 

 虚栄による防御は消えていなかったはずだ。虚栄という大罪にて構成され、それしか持ちえない彼女がそれを失うということはすなわち消滅に等しい。

 故に大罪を抱いていたにも関わらずそれが抜かれるのは在りえないのに。

 

「だって――もう見栄とかそんな次元じゃないから。僕たちは」

 

「――!」

 

 神格に至るために必要なのは渇望だ。こうありたい。こうしたい。そんな誰しもが持っているような願いを狂気の域まで抱き続けることによって太極へと至るのだ。そこにはもう善悪という基準はなくあるのは強弱のみ。そしてそこに表も裏も見栄も本心も存在しないのだ。

 神格とは真実その祈りのみで完結しているのだから。一度至れば人間には戻れないし、もう二度とその在りかたを変えることはでないし、できない。

 だからつまりこれは。

 ただ単純にシャルロットの渇望がセクストゥムの見栄っ張りを上回ったという解り安過ぎるほどに明確な真実だ。

 

「……あぁ、なによそれ。それじゃあただ……滑稽なだけじゃないの……!」

 

 片腕が吹き飛び、残った逆の腕でパイルバンカーの引き金を引く。それはシャルロットに命中はする。しかし当たっても、当たった部分を吹き飛ばすだけで終わってしまう。不定形の赤黒い影となって再生するだけだ。

 

「なによ……なによなによなによなによなによなによなによなによなによなんなのよぉーー!!」

 

 引き金を引き続ける。それをゆっくりと歩み寄るシャルロットは避けなかった。

 あるでそれは駄々をこねて泣き叫ぶ子供を親が諌めるように。セクストゥムも無駄だと解っていながら抵抗を止めなかった。途中でアハトアハトは棄て、もう武器は無い。いや、全身が影であるからこそ今の彼女の体内には尋常ではない量の武器が内包されているが最早彼女はそれらを使わなかった。

 そしてセクストゥムの元までたどり着いたシャルロットは、彼女を優しく抱きしめ、

 

「ごめんね」

 

「――あ」

 

 貫手がセクストゥムの胸を貫いた。

 貫手、というか。爪だ。爪に付けられていた極小の暗器。一つ一つが真剣と同じ要領で打たれ、神威を宿した今は必殺の殺戮神器。

 

「……こういう時って普通抱きしめて終わりじゃないのかしら」

 

「僕忍者だからねぇ、暗殺がメインだし。クノイチだったらこういうのが普通だし」

 

「そう」

 

 片腕を砕かれ、胸を貫かれたセクストゥムの身体が光に包まれていく。

 

「あーあ、なんか私全然だめだなぁ。ぽっと出、すぐに負けていいとこなしよ」

 

「ははは、僕なんてまともに戦ったこと自体初めてな気がする。ま、悪くないけど」

 

「そう……そう」

 

 シャルロットの胸に包まれながら呟きセクストゥムは目を閉じた。

 

「さようなら。また会おうね。今度は君自身の名前を聞きたいな、数字じゃなくてさ」

 

「……あるわよ。言わなかっただけで」

 

 見栄を張って、数字でいいと言い続けてきたけど。それでも随分前から自分で決めていた名前はあった。その名前を小さく、自らを抱きしめる少女にだけ聞こえるように呟いた。

 そして八大竜王の一角。虚栄の降臨セクストゥムは消滅した。

 

 




二人の神咒については後ほどまとめます。
Twitterでも簡易解説してたり。


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