狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:陰陽歪曲
※より神威曼陀羅

知った。
知ってしまった。
そして始まった。


第参話

 十二月二十四日午後八時四十五分。

 八大竜王たちは閉鎖されたはずのIS学園にいた。数は八。今朝の段階から本土をつなぐモノレールは停止されており、船やヘリに関しての交通手段も学園周辺は完全にストップしている。警備員もおらず完全に周囲は無人でだが、束や簪によって電子的なロックや超硬度の物理的障壁もあった。

 それにも関わらず彼女たちはIS学園に上陸していた。

 数時間前に奥多摩の拠点を出発してから様子は全く変わっていない。足並みをそろえるわけでもなく、しかし彼女らは同じところを目指していた。

 

 

 午後八時四十六分。

 箒は校舎からほど近い雑木林の中で静かに瞑想していた。瞑想といっても数多くある木にもたれて目を閉じているだけだ。大太刀を抱えながら昼過ぎのパーティーからずっとそうしていた。いや、どころかこの数か月間そういう瞑想に最も時間を掛けていただろう。

 

 それでも苦笑交じりに、ふと彼女は言った。ISを用いたり、通信器具を使ったわけでもない単なる呟きだった。名指しした束にも届いていないだろう。それでも、言う。

 

「頼むから、怒らないでくれよ?」

 

 

 午後八時四十七分。

 セシリアは自室でぼんやりと自分の手を眺めていた。普段の淑女染みた楚々として雰囲気ではなく、一人きりであるが故の只の少女の様子で。自分の手を、自分に秘められていた力を見る。

 見て、そして、

 

「ほんと、最近はらしくないことばかりですわ」

 

 

 午後八時四十八分。

 シャルロットは分身を駆使して昼の間に使われていた食堂の掃除をしていた。全員で掃除をしなかったわけではないが、それでも広い食堂なので限界はある。そこを十五人に分身したシャルロットは掃除をしていたのだ。

 特に理由はない。強いていえばきっと明日も使うことになるだろうし、

 

「日頃の感謝を込めてってね。ついでに心の掃除もかねてたり」

 

 

 午後八時四十九分。

 ラウラは自室で日記を付けていた。日記といってもレポート用紙に出来事を記入していくというもの。日記というよりは記録でしかないものだった。数年前から続けている彼女の日課というか軍人らしくあるために自ら課していることだった。一通り今日のことを機械的に記して、最後にこう付け足した。

 

「悪くはなかった、うむ。またやりたい」

 

 

 午後八時五十分。

 簪は自分の研究室で濡れた髪を拭いていた。普段から研究三昧で碌に風呂にも入っていなかった彼女だが今日のパーティーの前には一度シャワーを浴びたし、なんとなくもう一度入っていた。別に風呂嫌いというわけでもなかった。ただ研究の時間が減るのが嫌だっただけ。女捨てて科学者やってるからわけで、

 

「だから女子力低くて仕方ない。仕方ないんだよ。誇り高きボッチには気にしなくてもいいんだよっ」

 

 

 午後八時五十一分。

 本音はぬいぐるみに囲まれた部屋で簪がまた頭悪いこと言った気がした。自分の主であるはずの彼女がどうしてああなってしまったのかは謎だ。まぁそれは人の事言えた義理ではない。変わったことがあって変わらないことがある。

 

「ぬいぐるみはいつでもどこでもかわいいよねー」

 

 

 午後八時五十二分。

 蘭はグラウンドを走っていた。思うことはとくにない。走るのが好きなのだ。体が風を切るのが好きなのだ。流れる汗や火照った体が心地いいと思う。ランナーズハイというやつだろうが、蘭にはよくあることだ。大体自分が力を使っているときはそういう感じであるが、

 

「こうやってただ走るのもいいなぁ」

 

 

 午後八時五十三分。

 鈴は教室で一夏と向かい合っていた。明かりは月しかない。パーティーの後に彼から呼び出されたのだ。自覚しているが、頬は熱い。この朴念仁が自分からこういうこと(・・・・・・)を誘うのは稀なことだ。斬ることがすなわち愛である彼は斬ること(あいすること)には積極的だが、普通の男女の付き合いに関しては鈍感過ぎる。ここ数か月ではそれなりに一般的な恋人の行為を行ってきたがそれも鈴が主導だった。一夏メインというのはまずない。

 だから恋する乙女として彼の言葉を聞く。

 鈴、と呼ばれ、聞いたのは、

 

「この戦いが終わったら、結婚しようぜ」

 

 

 午後八時五十四分。

 一夏は鈴に殴り飛ばれて教室に人間大の穴を開けた。一夏なりに男として鈴のことを想って、決戦前の緊張を和らげようと思ったのだが。いや、要らない心配だというのは重々承知していたけれど。だからあくまで冗談のつもりだった。これくらい言い合う仲ではあると思っていたのだが。

 殴り飛ばされ、転がっていた一夏は聞いた。

 

「私とアンタが結婚するなんて確定事項でしょうが! 今更言うんじゃないわよ!」

 

 

 午後八時五十五分。

 千冬は校舎内で行われていた弟と妹分の痴話喧嘩に嘆息した。頭の悪い二人は変わったといえば変わったのかもしれないけれど、根っこの部分では変わらないままだ。まだまだ子供だ。もうちょっと大人になってくれないものかなと思う。そうして大人らしくなった彼らを想像して、

 

「しょうじきないな」

 

 

 午後八時五十六分。

 束は困っていた。雑木林で自分へと言葉を向けられた箒の言葉にだ。怒らないでくれ。その言葉は先に言われたら実に困る。箒自身悪いと思っているだろうが、それでも箒はそれを選択した。それを束は怒りたいと思うし、後押ししたいとも思う。姉という立場はどうにも面倒で、同時にままならない。だから彼女に、そして彼女たちに言うべきことは、

 

「頑張れ、頑張れ」

 

 

 午後八時五十七分。

 彼女は嗤っていた。

 

「――」

 

 

 午後八時五十八分。

 彼女たちは武器を取った。

 彼女たちも武器を取った。

 誰かが言った。

 

「さぁ――行こうか」

 

 

 午後八時五十九分。

 彼女らは答えた。

 

「――Tes(テスタメント).」

 

「――Jud(ジャッジメント).」

 

 

 午後九時ジャスト。

 最後の戦いが始まった。

 それぞれの歪みが、神威が解放される。

 

         『――思は万葉三に歌思辞思為師と云る思にて、思慮なり』

 

 

 

 

 

 

『金は兼にて、数人の思慮る悟りを一の心に兼持てる意なり

 

 八意の深き悟りの謀りを 万の神と共にはからん

 

 そも舞出す我を如何なる神と悟るらん。八意深き思兼命とはそも我ことなり

 

 万民嘆き悲しむに、この所において、我思兼命は重い思慮の神にましませば、我が意に任せ日の神の御出現を祈れと、かくのり給うか

 

 晴・曇・雨・風・雷・霜・雪・霧

  

 紀州こそ妻を身際に琴の音の床に我君を待つぞ恋しき

 

 鈿女命は御神楽を奏しまつりしほどに、御両神は岩戸近くまで進み、天津祝詞の太祝詞を奏し給え』

 

 最も早くその神威を解き放ったのは――更識簪だった。

 その刹那、詠唱と共に彼女は学園の屋上、学園島のほぼ中心に移動していた。そして朗々と祝詞は謳われる。

 それは新生の産声だった。

 それまでただの魔人であった彼女がその響きと同時にその在り方を変えていく。人間でも超人でも魔人でもなく――神格の高みへと更識簪は駆け昇っていく。

 願ったのは知識だった。知りたいと願った。学びたいと思った。森羅万象悉くの英知を自らのものとしたかった。単なる知識欲。最終地点などなく、先など見えない永遠の旅路。自らを狂気の科学者だと名乗る彼女はその狂気をためらうことなく完全の物としていく。

 

『――太・極―― 

             

 神咒神威 阿智八意思兼命』

 

 そうして生まれたのは智神だった。

 知識。叡智。知恵。賢慮。才気。

 今この瞬間より、彼女を上回る智の神は同種格上の『愛の狂兎』以外を除けば最早存在しない。求道神というくくりに於いては上はいないのだ。戦闘力は武神ではないが故に持ちえないが、それでもその強度は極めて高い。求道の神。内向きにその渇望を永遠に流れだし続ける単細胞構造的生物。平均的な質に置いては覇道神を上回る個の極地。完結し、完了し、もうこれ以上変わることの無い絶対的存在。

 

「―――」

 

 誰よりも早く仲間内ではその境地へと至っていた。

 

 ――それが必要だったからだ。

 

 今至った簪は言うまでもなく、八大竜王たちも神格であり、一夏たちもまたそれに近い領域にいる。それだけの強度の存在が戦えば学園島など言うまでもなく日本列島も大陸でさえも容易く吹き飛ぶ。神格である以上はそれが最低だ。 

 神格とは即ち一つの宇宙なのだから。

 そんな存在同士が戦い合えばこの島は消える。それは誰もが認められなかった。

 この学園は簪たちにとってはかけがえのない日常だ。暖かな陽だまりであり、大切な刹那。間違いなく彼女たちの居場所なのだ。大切な友達がいる、教師がいる、仲間がいる、家族がいる、愛しい人がいる。彼らがいるからこそ簪たちは戦えるのだ。

 だから護るのだ。

 

「概念壁基盤――展開」

 

 言葉の瞬間に学園島が簪を中心として八等分される。東西南北北東南東北西南西に八分割。薄緑色の七本のラインがはしり、

 

「枢要徳:信仰、希望、慈愛、賢明、正義、勇気、節制の七徳を概念核とし――概念壁起動!」

 

 同色の光の壁が学園を八つに分ける。それは言葉通りに七つの枢要徳にて形成された概念障壁だ。簪は蘭から聞いていた。八大竜王たちには自ら内包する罪の分だけ自己を強化されるという概念を持つと。弱体化した相手に勝って嬉しいということではないが、それでも無駄に強化させる理由はない。だからこそ、相反する概念条文『・――罪は力を失う』というものでその強化を無に帰している。

 その上で、

 

「さぁ皆。戦いの場を与えよう。勝って、帰ってきて。私の戦友たち」

 

 簪は戦友たちと八大竜王をそれぞれ八分割した領域に強制転移させる。そこは既に現実空間から切り離され、例え焦土にしても現実世界に影響はない。そこでならだれもが己の全力を、躊躇いなく振るうことができるだろう。戦闘力を持たず、戦うことができない彼女ができるのはここまでだ。自分が場を用意して一夏たちが戦う。ここから先は彼らの領域だから。

 もう自分にできることは祈るくらいしかない。

 

「あぁ――」

 

 そしてそれ以上に。

 神格に至り、簪は智神であるが故に太極座の在り方を理解した。理解してしまった。

 今この世界の在り方を、この世界がどれだけ危ういかということを。いや、危ういというよりも悲しいのだ。

 織斑千冬が、篠ノ之束が。なぜ自分たちをここまで(・・・・)導いてきたのか解る。知ってしまった。あぁなるほど。そういうことか、と。簪は想い、涙する。

 

「皆勝って――そして終わらせて」

 

 言う。簪にはそれしかできない。いつだったか、束が科学者が一番エグイと言っていたことを今さながらに認識した。なるほどこれはエグイ。自分の在り方には誇りを持っているし、後悔はない。今かくある自分に疑問を持つ次元にもう彼女はいないのだから。それでも感情は別だった。歯がゆい。信じているし、彼らならばと心の底から思える。

 それでも尚、見ているだけというのは心が痛む。

 終わらせてほしい。お願いだから。

 この悲しい戦いに、終止符を打ってほしい。

 そう願い――戦いは続いていく。

 

 

 

 

 

 

 北区では織斑一夏とプリームムが。 

 北東区では篠ノ之箒と桃が。

 東区ではセシリア・オルコットとオータムが。

 南東区では凰鈴音とスコールが。

 南区ではシャルロット・デュノアとセクストゥムが。

 南西区ではラウラ・ボーデヴィッヒとクァルトゥムが。

 西区では布仏本音とクィントゥムが。

 北西区では五反田蘭とルキが。

 己が打倒すべき相対者を得る。

 八人と八柱は相対しあう。

 

 そして――その時彼女は泣いていた。

 

 

 




太極はそのうち奥伝でまとめます。
Twitterとかで簡易説明してたり


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