狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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愛しき日常
穏やかな陽だまり
大切な刹那

いつかこの日を再び迎えるために――


第弐話

 

 

 

 十二月二十四日のIS学園はほぼ無人だった。元々この学園は日本にあって、生徒の大半が日本人だとして実際はどの国にも所属しない。いうなれば一種の独立国家だ。生徒の三割程度は日本の外から訪れた少女たちで少なくない代表候補生が在籍している。だからこそ年中行事というものは日本をメインしながらも一部では他国、特に欧米や欧州の文化を取り入れている者が多い。 そういう雑多ないい所取りを日本風と言われればそれまでだが。

 ともあれクリスマスに関しては日本ではなく欧米寄りだ。

 日本では恋人たちのイベントだが、其方方面では家族同士のイベントという意味合いが強い。クリスマスに恋人同士で出かける人々へ小汚い顔面を歪ませながら嫉妬に燃える非リア充が怒りの日を迎えるのは日本だけなのだ。

 だから、クリスマス付近にはほとんどの生徒はそれぞれの実家に帰郷している。

 もちろんそれは三か月前の機竜襲撃事件によって帰省が強制性を帯びたのは言うまでもない。毎年であれば帰省しなかった生徒たちによってクリスマスパーティーが行われていた。

 残ったのは教師生徒含めてもたった十人程度だ。

 帰省が完了したのは二日目前のことで、一連の事情(・・・・・)により早くとも二十六日までは例外を除いて閉鎖されていた。

 人が残っている真昼の食堂の厨房で茶の髪をツインテールにした少女が忙しなく動き回り鍋を振るっていた。鍋の中には赤い餡と豆腐。他の鍋には野菜の炒め物や炒飯などが平行して作られていた。

 彼女から少し離れた所で同じく素早く動くのは鼻歌交じりの朱髪の女だ。鈴が振るっている鍋や並べられた食材は中華系が多いが、束は和洋折衷で一度に大人数が食べられるような物を作っている。カレーライスやシチュー、焼きそばといった家庭料理が目立っている。

 食堂では広いスペースの真ん中にいくつか机が並べられて、既に出来上がった料理が所狭しと並んでいる。

 一番目を引くのはウェディングケーキと見間違えんばかりの三段重ね巨大なデコレーションケーキ。それを着ぐるみを着た少女と白衣の少女が思い思いで飾りを付けをしていた。他にも金髪や黒髪の少女が周辺の飾りつけをしたりツリーを立てている。他にも料理を運ぶ少年ややたら分身した少女がそれぞれの仕事を手伝っていた。

 食堂に新しい人間が入って来た。黒髪の女性と銀髪と赤髪の少女だ。彼女たちがそれぞれ手にしていたのは大量のお菓子類。スナック菓子などの袋詰めだった。

 皆、彼女たちを待っていたのだろう。それぞれの仕事を仕上げて中央のテーブルに集まる。集まったのは八人の少女と一人の少年、二人の女。

 それぞれジュースや酒が注がれたコップを鳴らしながら叫ぶ。

 

「メリークリスマス!」

 

 

 

 

 

 

「しっかし、この広い学園で私たちだけでクリスマスパーティーっていうのも寂しい話ねぇ」

 

 自分が作った酢豚を口に放り込みながら言ったのは鈴だ。得意料理の味に満足しながら言うことはこの場以外全ての人間がいなくなった学園に対してだ。

 

「教師生徒は言うに及ばす用務員とか事務員までもでしょう? いやぁ頭が下がるわ」

 

 その言葉に応えたのはシーフードがふんだんに載せられたピザを切り分ける束だった。

 

「む、ふ、ふ、ふ。束さんに不可能はないんだよ? 帰省しにくい人にはそれぞれ行きたい所への旅行ツアーを用意して、独身の人には最近テレビで流行りのお見合い番組『ここで会ったが百の運命』の出場券を用意してあげたら喜んで旅立ったよ。……というか、私が行きたかったよ」

 

「あの吊り橋効果狙いのために移動のバスやら船やらジャックしてリアルダイハードさせて百回クリアしたら結婚完全バックアップするあれですか」

 

「そうそう百回繰り返せば吊り橋効果も本物ってね。ちーちゃんと一緒に出て無双するつもりだったのに……」

 

 その言葉に誰より早く反応したのは箒だった。姉の作った和風ハンバーグを挟んだ箸を落としながら、

 

「や、やはり姉さんはそっちの人だったのか。そ、そうか……」

 

「ちょ、箒ちゃん!? なんで大真面目に引いているのかな!? というかやはりって! 束さんのことそういう風に見てたの!?」

 

 全員が目を逸らした。

 こほん、と千冬が咳払いをして、

 

「まぁ、なんだ。束? 私はお前がどういう趣味嗜好であろうと私とお前は親友だ。そう、親友だ。……親友だぞ?」

 

「ちょ、普段言わないようなことをあからさまに協調しないで!? なんかショック受けている私もいるし!」

 

「ところで皆さん? 先ほど行ったプレゼント交換はどうなりましたか? 私にはかわいらしい着ぐるみが入っていましたが」

 

 セシリアが絶妙に話を逸らした。プレゼント交換。パーティーの初めに一人一人が用意したものをくじ引きで与え合った。その際には誰が誰に送ったのかは知らされていないままだった。

 セシリアが手にしたものは蒼い狸のぬいぐるみ。

 手を上げたのは本音だ。数種類の野菜が挟み込まれたサンドイッチを手にしながら、

 

「あ、それ私だよー。最近大人気にゆるキャラ『ピカえもん』。いろいろ引っかかってそうで危ないのがいいんだよねー。私の方はなんか万年筆だったけど、これは誰かなぁー?」

 

「あぁ、私だ」

 

 反応したのは千冬だ。ビール片手に端でイカのの塩辛をつまみながら苦笑する。

 

「誰に当たっても些か早いかと思ったが使ってくれ。そこそこ有名なブランドものだ。お前たちに白髪が生えるような年齢になっても使えることは保障しよう」

 

「わーありがとうございまぁーす」

  

 間延びした本音の声と同時に手が上がった。一リットルの牛乳瓶を傾けていたラウラだ。それを一息で飲み切った彼女は懐から小さな紙の束を取り出した。そこに書かれていたのは、

 

「お手伝い券。誰だこれは」

 

「あ、私だ」

 

 今時小学生でもやらないようなプレゼントを臆面もなく、寧ろ自慢げに胸を張っていた。

 

「十回分、私にできることならばなんでも力を貸そう。好きに言ってくれ。あ、それを使って回数増やすというのは無しな」

 

「するわけないだろう」

 

 本気か? と目線で問いかけるがそれでも箒は本気だった。寧ろなぜ受け入れられないか不思議そうで、

 

「ふむ。私は毎年姉さんにそれを送っていたのだが……要らなかっただろうか」

 

「あ、いや……う、うむ。ありがとう箒。是非使わせてもらおう」

 

 しゅんとした箒にラウラが冷や汗を流し言いよどみながら答えた。実にめずらしい光景である。少なくともここ数か月は目にしなかった様子だ。それと、篠ノ之家の教育はいつものことながらどうなっているのだろうか。

 いつも通りだなぁと簪は思った。

 

 

 

 

 

 

 十二月二十四日だ。

 三か月ほど前に訪れたモンド・グロッソで明確にされた決戦の日。それが今日だ。かねてより戦ってきた大罪の担い手たちと決着をつける日だ。三か月間、各々それに向けて修行を重ねてきたし、戦闘能力のない簪でも色々と仕込みを続けてきた。三か月前と今では随分と違っている自信がある。それも今日の為だ。今日を乗り越えるために。そう思っていたはずだ。

 なのに、

 

「というかシャルさん? これシャルさんですよね。この忍者系アニメにドラマセットは。なんですかこれ? フランスの?」

 

「そうそう。モンド・グロッソで見つけたゲルマン流忍術の使い手が主人公の『ゲルマンコンクエスト』だよ」

 

「うわ地雷臭すごいわね」

 

「あれはそんな内容だったのか……」

 

「なぁこの俺のスポーツ用品店の商品券誰だ?」

 

「あ、それ私です。その、当たった人と一緒に行こうかと思ったんですけど……あの、やっぱりお一人でどうぞ」

 

「え、そんな。ひどくね」

 

「察しなさい馬鹿」

 

 いくら何でもいつも通り過ぎないかなと思う。これが戦闘キチガイとの差か。自分のようなインテリ派には理解し難い。もっとこう、最終決戦前は厳かにお互いの夢を話し合ったり。最終奥義の秘伝書とか究極奥義専用の武装を用意したりするんじゃないだろうか。あとヒロインと明日は最後だから云々と理由つけてエロいことしたり。いや自分は相手がいないけれど。

 そこらへん一夏と鈴はどうなのだろう。ここにいるリア充は彼らだけだし。

 

「ねぇねぇ。一夏、鈴」

 

「なんだ?」

 

「なに?」

 

「やっぱ昨日は最終決戦だからってことでやることやったの?」

 

「教・育・的・指・導!」

 

「うぼぉぁ……!」

 

「あ、かんちゃんがいつも通りにいつも通り女の子として在りえない声を出してるー」

 

 解せぬ。自分もいつも通りだったとは。いや、私はこのような脳筋とは一緒にされたくない。私の灰色の脳細胞は余分な筋肉はないのだ。しかし今の千冬の一撃でどれだけ脳細胞が死んだのだろうか。勿体ない。

 

「そ、それで……どうなったの?」

 

「懲りないねー」

 

 シャルに笑われたが気にしない。

 

「え? 聞いちゃうー? どうしよっかなぁ。えっとねー。うふふ、そうねー?」

 

「あ、やっぱいいです」

 

「えー」

 

「というか教師の前でそういう話はやめろ」

 

 自分で振っておいてなんだが実にムカついた。これだからリア充は。私のような誇りある引きこもりを見習ってほしい。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつく間にもプレゼントの披露は続いていた。

 セシリアの香水セットは千冬に。微妙に引きつった顔をしていたのは、やはり婚期とか女らしさとか気にしているのだろうか。一夏の小太刀は鈴へ。しかし刃物は使わないので包丁になった。シャルがもらったのはラウラのドイツ式パンツァーファウストだった。あのドイツ厨は今更ながら頭おかしい。箒は鈴から髪飾りを貰っていた。黒のフリル付のリボンでつけてみたら随分似合っていた。普段飾り気のない箒だから猶更だろう。

 ちなみに簪が手にしたのはウサ耳のカチューシャ。束からのものだ。コスプレに使おう。

 それらの光景を見て、いつも通りだなぁと改めて思う。

 明日なのに。

 頭おかしいなぁ思う。

 まぁ自分もいつも通りで、こういうのが私たちらしいなと思うだけ自分も大概なのだろうけど。まぁ、変に強張るよりいいんじゃないかなと思う。こういうものだ。自分たちの中でまともな精神しているのは居ないし、まともだと思っているようなのもいないだろう。入学したときからはや八か月。それが解り合えるだけの絆は生まれている。

 絆。

 変な話だ。 

 自分たちのような変人狂人がこうやって笑い合っているなんて。それぞれが世界の版図をひっくり返してもおかしくないくらいには狂っているし、実際千冬と束は世界を変えている。そんな連中がこうやってのんきにクリスマスパーティーとは奇妙な話だ。

 奇妙で。

 悪くない話だ。

 

「……ねぇこの薄い本十冊って」

 

「あ、私ですよ」

 

「教・育・的・指・導・その2……!」

 

 

 

 

 

 

「それにしても。やっぱこの広い学園に俺たちだけっていうのは寂しいなぁ」

 

 BL本をプレゼントにして千冬に拳骨を喰らって悶える簪を見ながら一夏は言う。それほど大きな呟きではなかったが全員の耳に届いたらしく視線が自分に集まった。だから肩を竦めながら一夏は言葉を続けて、

 

「やっぱもっと人欲しいよな。全校生徒帰ってきてくれとは言わないけどさ。さすがに十人じゃあ広すぎる」

 

「そうですねぇ。お兄も来たがってましたし」

 

「そうそう、弾とかも呼んでさ。クラスメイトとかあとは簪のねーちゃんとかも」

 

 痛みに呻いていた簪が脳天を抑えながら頭を上げる。

 

「お姉ちゃんもクリスマスパーティーやるって言ってたら来たがってたなぁ」

 

「うちのおねーちゃんもおなじだねぇー」

 

 本音もそれに続いて、

 

「チェルシーも呼びたいですわ。それに私の妹も」

 

「ふむ。クラリッサに我が部隊(ハーゼ)の連中もできるのなら連れてきたいな」

 

「清香たちもできれば一緒が良かったなぁ」

 

「僕はそうだなぁ。パパとママと義理ママでも呼ぼうかな?」

 

「あーそうねぇ、私はティナでも呼ぼうかしら」

 

 セシリアもラウラも箒もシャルも鈴もそれぞれ思い思いの名を上げていく。自分の友達や仲間や家族の名前だ。それぞれがそれぞれに大事にしている人たち。

 

「うんうん。みんな仲良しで良き哉良き哉」

 

「ま、私も真耶くらいは呼びたかったがな」

 

 そうできなかった理由がある。それがあるから自分たちはこの広い学園でこれだけの人員でパーティーだったのだ。こういうのが悪いとは言わないけれど、それでも騒ぐのは大人数でやった方が楽しい。

 

「んじゃあそうだな。来年も、もう一回やろうぜ。俺たちだけじゃなくて、みんな一緒にさ」

 

「なによ偶にはいいこというじゃない」

 

「いいだろ別に。反対か?」

 

「そんなわけないでしょ」

 

「まぁ悪くない」

 

「構いませんわ」

 

「いいねいいね」

 

「構わん」

 

「まぁ……もう一回くらいならね」

 

「全然おーけーだよ」

 

「もちろん大丈夫です!」

 

「年に一度くらいなら無礼講も赦そう」

 

「あはは、ちゃんと束さんも呼んでよね? 呼ばれなくても来るけど!」

 

 誰もかれも。

 鈴は口端を歪めながら。

 箒は目を伏せながらしかし頷いて。

 セシリアは穏やかに微笑み。

 シャルはニコニコと笑みを浮かべて。

 ラウラは無表情だが否定はせず。

 簪は渋々、しかし内心は来年に心を馳せながら。

 本音は間延びした答えで。

 千冬は苦笑気味に。

 束は天真爛漫に笑って。

 手には飲み物を手にして。

 

「それじゃあもう一度皆でパーティーすること願って――乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 

 




というわけで短くも日常編終わり。

次回からはついに最終決戦です

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