狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:神心清明

エピローグぽいので短めです
もう大分終わりが見えてきました


第拾弐話

 

 一夏達がそれぞれ歌に誘われて辿りついたのは――モンドグロッソ国際ISアリーナ跡地だった。十万人以上の観客を収容できる巨大なアリーナ。かつてはISの技術を見せ合い、高め合ったISにおける聖地とも言える場所だったが今では見る影もない。

 天井部は開閉可能式だったが屋根そのものが吹き飛んでいるので全体的に野ざらしで、破片だったらしき瓦礫が観客席に突き刺さっている。いたるところにコケや雑草が蔓延り、戦闘痕らしきものも大量に残っていた。

 それらの中央に――篠ノ之束と織斑千冬はいた。

 二人とも目を伏せ、束は地面に斜めに突き刺さった瓦礫の地上から十メートルほどの所に腰けて足から力を抜き揺らし、千冬はその根元で腕を組んでいた。

 歌は束のものだった。

 

 Silent night Holy night /静かな夜よ 清しこの夜よ

 All’s asleep,one sole light, /全てが澄み 安らかなる中

 Just the faithful and holy pair, /誠実なる二人の聖者が

 Lovely boy-child with curly hair, /巻き髪を頂く美しき男の子を見守る

 Sleep in heavenly peace /眠り給う 夢安く

 Sleep in heavenly peace /眠り給う 夢安く——

 

 きよしこの夜。

 聖夜に教会で歌われる讃美歌。世界で最も翻訳された数が多いだろう。

 生まれてくる者の幸いを願った歌だ。

 それを束は歌う。繰り返し繰り返し。最後まで行けば最初に戻り、歌い続ける。慈しむように、まるでなにかの記憶を思い出し、噛みしめるように歌っていた。大きな声ではないけれど、どこまでも響くような歌声だった。

 それを根元で聞く千冬もまた口の端を緩ませながら耳を傾けていた。

 絵になる光景だった。幻想的とも言っていい。崩れた天井部や周囲に突き刺さる巨大な瓦礫から洩れる日光が二人を照らす姿はどうしようもなく目を奪われ、思わず息を呑むような光景だった。 

 事実アリーナに足を踏み入れた一夏達は言葉を発すことはできず呆然自失気味で二人に目を奪われていた。

 九人が集まり、歌が止む。

 静寂が降り、静謐が支配し、

 

「ん、来たね」

 

 目を開けた束が一夏たちを見降ろしながら言う。

 

「やっとというべきか、ついにというべき……」

 

 千冬は苦笑しながら肩を竦め、一夏たちを見据える。

 

「まぁともあれ」

 

「始めようか? ――ここに至るまでの答え合わせを」

 

 

 

 

 

 

「答え、合わせ」

 

「そう、ここに来るまでに色々(・・)見て来たでしょう? それについて、どう思ったのかな? 思う所が無かった、なんてことはまさかないよね?」

 

 もちろん、ない。

 なにがなんだか理解はできなくて、所どころ言語系統さえ違ったのではないかと思えたし、言動がおかいしいとさえ感じたけれど――思うことはある。

 あれがなんのなのか、ということは置いておいて、感じ行ったものがそれぞれ九人にはあったのだ。

 

「……教官、篠ノ之博士」

 

 最初に口を開いたのラウラだった。

 

「あれは……なんだったのですか?」

 

「お前はどう思う? ラウラ」

 

「……」

 

 問いかけに問いかけで答えられ、僅かに躊躇し、

 

「……過去」

 

 一度息を吸い、

 

「二年前の……モンドグロッソの真実、ですか?」

 

「違う」

 

 違った。

 空気が凍った。ラウラが硬直し、うわぁという雰囲気が他の八人に流れる。

 ラウラは、

 

「……」

 

 完全に硬直していた。いやよく見れば耳が赤い。ラウラ自身結構自信があったのだろう。

 外れたわけだけど。

 

「ま、まぁ半分はあってるよ。そうだね、過去。これは正解だよ」

 

「う、うむ」

 

 言い方悪かったかな、と千冬は後悔しながらも、

 

「二年前のことはまぁいいんだ。大事なのは、さっきお前たちが見た光景。それを見せるためにここに連れて来たんだよ」

 

 千冬と束の目的は、あの光景を、二人の言う通りなら過去を一夏たちに見せることだった。それはわかったけれど、

 

「なんのために、だよ千冬姉」

 

 それが問題だろう。ドイツまで来て見せたということはそれだけの意味と重さがあるのだろう。もっとも肝要な理由があるはずだろうと思うが、

 

「なんのためか、まぁ……感傷、かな?」

 

「感傷……?」

 

「あぁ」

 

 その言葉は弟の一夏からすれば姉の千冬には似合わない言葉だった。そう一夏は思い、それを察したのか、千冬は苦笑し、

 

「アレがお前たちの為になると思ったから……という建前で見せたがな、実際は感傷だよ。あの光景をお前たちに見せたかっただけなんだよ。ああいうことがあったというのを知ってほしかったんだ」

 

「皆に見せたのはもうずっと昔の事でさ、私とちーちゃんしか覚えてないんだよ。だから……ね」

 

「姉、さん……?」

 

 儚げな微笑みは妹の箒でさえ見たことがないものだった。泣きそうな、辛そうな、それでも満足そうで誇らしげな笑みだった。

 

「じゃあ、あれって千冬さんたちが体験したこと……あ」

 

 気付く。

 鈴が見た過去い出てきた二人の少女、一人は影でよく見えなかったけれどあれは千冬だった。

 

「あぁ、鈴には私が出来てきたな。あの時の私たちはそれこそお前たちと変わらない……いや、蘭と同じぐらいの年頃だったなぁ」

 

「青春時代ってことになるのかな一応」

 

 今の一夏たちと同じように。

 幼くて、若くて、何も知らなくて、なにもかも足りなくて。それでいて、知ろうとする時代が二人にも合ったのだ。

 

「では、織斑先生。先ほどおっしゃっていた私たちの為になるとは? 興味深いのは確かでしたが」

 

「それは自分で考えろよ、セシリア。他人から与えられた答えに意味はないし、精々切っ掛けくらいに使え。世界の真実、とまではいかないがその一端だ。……意味は解るだろう?」

 

「……なるほど」

 

 解る。

 自分たちの今いる領域から次へと進むのには未だ足りない。実力云々ではなくてもっと精神的な意味で。分水嶺を超える切っ掛けが必要であり、それがないから今の自分たちは極まりきっていない。

 中途半端なのだ。

 

「ま、皆さ。若いから、私たちが見せたものや、私たちが与えた歪みや皆自身が抱いている魂とか。そういうの全部ひっくるめて、自分がどうありたいのかを。ちゃんと考えて答えを出してね」

 

 時間はもう少しだけあるからさ、と束は言う。

 それの根拠は、

 

「……きよしこの夜」

 

「そうだね本音ちゃん。本音ちゃんとラウラちゃんとセシリアちゃんはいたし、皆も聞いてるだろうと思うけど、この前の一件でオータムちゃんの伝言が――この歌だったんだよ」

 

 それが示すことはすなわち、

 

「来る十二月二十四日、クリスマスイブ――それが決戦の日だ」

 

 決戦。

 その言葉に皆は戸惑う。確かに夏の臨海学校から先日に至るまでに八大竜王を名乗る大罪の担い手と戦ってきた。だが、それは常にこちらが受け身で襲われてから迎撃するという展開だった。

 

「決戦って……」

 

 戦いを決める。終止符を打つという事だ。

 

「あぁ、そうだよデュノア。いい加減蹴りを付けなければらない。潮時、なんだよ」

 

「……?」

 

 その言葉の言い方に少しだけ違和感を感じたが、

 

「まぁ、そういうわけだから。クリスマスイブまで修行頑張って? 今の皆じゃああっちの子たちが本気だしたらさっくり殺されちゃうからさ」

 

 あまりにもあっけからんとした、歯に物着せぬ言い方にたじろぎながらも、

 

「はっきり言いますね……」

 

「だが事実だぞ? それに蘭、お前は敵は傲慢(ハイペリフィリア)だろう。あれはあの面子の中でも稼働時間が長い。かなり強いぞ」

 

「解ってますし……敵じゃなくて、友達ですよ」

 

「……そうか、それは悪かった。言い直すがお前の友達は強いぞ」

 

 友達と言いきる蘭を少しだけまぶしそうに見る千冬だが、それでも言う。まぁ、それはいいのだ。蘭たちにだって解っているから。

 

「それに私なんか戦闘力ゼロだしねー」

 

「ははは何言ってんの? ――科学者の戦場は研究所だよ? むしろ簪ちゃんが一番エグいよ?」

 

 え、あれエグいって何? とか冷や汗を流す簪は普通に無視された。

 

「まぁ、そういうことだから、忘れるなよ――宿題もな」

 

「……」

 

「おいこらお前ら目を逸らすな」

 

 冷や汗をかきだした九人に苦笑しつつ、

 

「決戦はあるが、お前たちの本分は学生だからな。ちゃんと勉強しろ」

 

 なにせ、

 

「戦いが終わっても――お前たちに日常は終わらないんだから」

 

 

 




以上間幕結。

以下――終幕。

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