狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:葦原中津国

*より黄泉戸喫


第捌話

 

 

 箒とセシリアは歩みを進める。

 周囲に転がる瓦礫や石ころを蹴飛ばすか避けたりしながら、周囲の探索も同時進行で進んでいた。直感力や単純な視力に優れる箒やセシリアだが、

 

「……やはりなにもありませんわね」

 

「ああ」

 

 ここまで何もないとなるといっそ不気味だ。人気が無いのは仕方が無いとしても、小動物の気配すらない。

 生命の息吹が欠片もなかった。うすら寒さすら感じるほどだ。なにより今二人が足を踏み入れているのは、家屋が数多く並んでいる区画で、つまり、

 

「住宅街、か」

 

 ISの世界大会の会場として有名になってからは、世界有数の観光地だったが、それ以前にもそれなりの大きな街だったから住宅街も大きい。今では見る影もないが、きっと昔は多くの人が住んでいたのだろう。色を失っているとはいえ、煉瓦造りの西洋風の家屋には風情はあった。

 

 壊れているからこそ、という美しさもあるのだ。

 

 無論そんなものは、本人たちからすれば業腹物だろう。壊れるために創られることなんてあってはならないのだ。

 

「どこか覗いてみます?」

 

「……珍しいな。そういうこと言うの」

 

「まぁ、これだけ何もないですから。らしくない行動も取りますわよ……最近はそういうらしくないことのほうが多いですけどね」

 

 セシリアが小さく苦笑する。箒も肩を竦めながら、周囲を見回し、とりあえず目に着いた家を指さし、

 

「じゃ、お邪魔するか」

 

 

 

 

 

 

 

「とまぁ、お邪魔しても休憩しかやることないですわね」

 

「うんまぁな」

 

 入って家屋に残っていた椅子にそれぞれ座る。家の外見はかなり劣化しているが、家具はいくつか残っていた。

 入り口に使った壁の穴に二人揃って向く。

 

「水道でも取っていればお茶でもいれるのですが……」

 

「ま、仕方ないさ。落ちつけるだけマシだろう」

 

 言って、椅子に体重を預ける。背もたれはかなり劣化してるから、気を付ける。息を吐きながら、周囲を見回せば、見えるのは普通の家だ。それも当然だろう。二年前にあんな事件が無ければ、この家にはどこかの誰かが普通に住んでいたのだろうから。

 

「なぁ……」

 

「はい?」

 

「セシリアは……二年前ここに来ていたか?」

 

「……ええ、いましたわ」

 

  視線は壁の向こうの街並みへと痛ましげに向けられながら、

 

「と言っても、特に何かあったわけではありませんわ。家族で来たら、事件に巻き込まれて、家族とシェルターに避難して。そこを暴走したISから身を守っていただけです。……箒さんは?」

 

「私は……姉さんを探していたんだ」

 

 ISが暴走を始めて、まず束を探した。当然周囲にはISが暴虐の限りを尽くしていて、当時の箒でもかなり危険だった。それでも姉の姿を探し、

 

「……探して、それで……」

 

 それだけ。

 それ以外のことはよく覚えていない。炎に包まれた街の中を、悲鳴や絶叫の全てを振りはらって束を探した。ISは斬り払い、建物もいくつか斬り飛ばした記憶がある。

 でも、最終的にどうなったかは覚えていなかった。

 

「……箒さん? 大丈夫ですの?」

 

「あ、ああ……ともあれ、私はよく覚えていないというのが正直なところだよ」

 

「そう、ですか」

 

 会話が途切れる。

 自分でも話したくないし、思いだそうにも思いだせなかったから助かった。こういう所の気づかいは自分にはまねできないなぁと思い、身体を揺らし、

 

 意識が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒は意識のみで、電車の中にいた。

 車窓の外には穏やかな田畑の風景が広がっている。

 

「な……!」

 

 息を吐き、驚くが肉体の概念が曖昧だ。何がおこっているかは理解は出来ず、ただ眼前の光景を見ていた。

 少年と少女が電車の席に向かい合うように座っていた。少年は黒い髪を後ろに撫でつけて、左右それぞれ一房だけが白く、少女は長い黒髪だ。

 少年はPDAを、少女はノートパソコンをそれぞれ操作していた。箒が知っているのよりかなり型が古い。

 

『この天にある』『この天にない』『それ』『なあに』

 

 それぞれの液晶のチャットルームには、そんな文字があった。

 箒には理解できず、また少年も理解できず、

 

「ええと……」

 

 少女が声を上げた。戸惑いを有しながら、少年をチラ見し、

 

『それでいいの?』

 

 少女がパソコンをタイプし、文字を打ち込む。

 

『?』『??』『???』『いい?』『いいの?』『意味?』

 

『うん』

 

『うん?』『運?』『しりとり?』『終了済み』『un?』

 

「あ、そうじゃなくて」

 

 少女が口に出して言う。それに少年が苦笑しつつ、

 

「いや、口で言っても駄目だよ**君」

 

 名前だろう場所にノイズが走ったが当人たちには聞こえなかったようで、

 

『そのなぞなぞでいいの?』

 

『これ』『これです』『これ』『***』『与えられた』『約束』『解くまで』

 

『じゃあ、そのなぞなぞに答えれば、君は一緒に来てくれるんだね』

 

 撃ち込まれた文字に少年が、僅かに驚いたように視線を上げた。

 

「**君? まさか君は答えを知っているのかね?」

 

「ん? あ、御免、知らないよ? でも……答えは、解っているから」

 

 少女は恥ずかしげに顔を赤くし、小さく笑い、

 

「外したら赤っ恥だけどね。でも、合っていると思うの。お母さんが問うたこともあるけれど……**君? 一つ覚えていないかな、****に関する、ボクと君の昔のこと」

 

「****に関する**君と私の昔というと……」

 

 少年がくねくね悶えながら考え始めた。

 

「そう、蝶のように……」

 

「……何が?」

 

 少年が立ち上がり、断言した。

 

「つまり**君は真面目な時でもいやらしいのだよ! 一言で言うと真やらしい!」

 

「真・やらしいにしか聞こえないよソレっ! というかどーいう婉曲で****の過去記憶がそうなったんだよっ」

 

 言いながら、少年へと座れというジェスチャーをしながら、

 

「***の言った事を覚えてる?」

 

 少年は座り、少し考えてから、

 

「***は今の■■が第十二天に支配されているのかを確認し、十九年間を眠っていたと言っていたね。そして、***は続けて言った。我から始まり、その少女にて終わる全ての歴史の展開を見ることになる、と。それは全ての終わりの歴史。――終わりの年代記だと」

 

「うん、ボクの記憶の中の言葉と合ってる。……有り難う。確認できてよかった」

 

「礼には及ばない。今は君が交渉役なのだから。だが……それが?」

 

 少年の問いかけに、うんと頷きながら、

 

「こういう考えはどうかな? ――十九年前、お母さんは、各概念核の研究をしながら、彼らの言葉を聞けるなら聞き、第十二天のことを知っていたの。それで****はお母さんの手伝いをしていて、さらには概念戦争に他の天の手伝いに行った事もあって、いろんな知識を持っていて、だからお母さんは疑問の相談相手になっていた」

 

「ふむ、ありえそうな話だね。――それで、どうなるのかね?」

 

「うん、お母さんは言ってたよね? 第十二天は第十一天に無い三つのものがあると」

 

 少年が無表情に頷き、先をと促しながら、

 

「その内の一つが、第十二天にあって、他の天には無い唯一のもの……、だったよね」

 

 少女は、ゆっくりと、言葉を選びながら、

 

「それって、今のなぞなぞに似てない? それでさ。……お母さんは、そのなぞなぞの答えを自分で見つけていたと思う?」

 

「それはまだ解らないよ」

 

「答えて」

 

 俯き、まるで突き放すように言う少女。それでも少年は小さく頷きながら、

 

「解っていたと思う。君の母親は、その答え、第十二天の価値を見つけていたと」

 

「そう、かな」

 

 少女は少年の言葉に、俯きの下で小さく笑い、さらに深く俯き、

 

「そう、信じたいね」

 

 キーボードを叩く。

 

『答えは』

 

 澱みも、迷いもなく、

 

『答えはボクです』

 

 誇らしげに自分の名前を露わす少女の文字を見た瞬間に――箒に意識は世界から弾き飛ばされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――!?」

 

 突然見えたビジョンに箒が思わず、その場から立ち上がる。

 そして、それは箒だけではなく、

 

「ほうき、さんもです、の……?」

 

「お前も、か……?」

 

 額から汗を流しているセシリアも、驚愕の色を顔に残したまま立ち上がっていた。いや、それは彼女だけでなく、自分も同じだった。

 今見たビジョンが何だったのか。見たものを再確認するために、口にすれば、

 

「なんか頭のおかしい男と女の子が真面目そうな会話を……」

 

「……頭がおかしい云々は置いておいて、確かに重要そうな会話でしたわね」

 

 二人が揃って見たビジョン。電車の中の男女。 繰り返される第十二天や第十一天という単語。

 箒とセシリアは知らない単語。名前らしき所に挟まるノイズ。

 なんだったのか、まったく理解できない。

 攻撃や害を為す意志は無かったように思える。それくらいの区別は付けるつもりだし、そこまで鈍感ではない。

 だから、今の幻影は攻撃の類ではなかった。 

 ならば、なんだと言われれば理解できないのけれど。

 

「知り合いですの?」

 

「いや、知らん」

 

 そのはずだ。まず間違いなく知らない。

 

「……意味がわからない」

 

 思い――そして聞いた。

 

「……っ!」

 

 歌だ。どこからともなく聞こえ、響く旋律。箒には――聞き覚えのある声。

 思わず、駆けだす。

 

「箒さん!」

 

 背後でセシリアの声が聞こえるのも構わずに速度を上げた。

 行かなければらない。

 

 この声の下に真実があり――求める人がいるから。

 

 

 




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