狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:黄泉戸喫

*より一霊四魂万々無窮


第参部
第壱話


 

 ――あぁ、なんたる無様。

 

 織斑一夏は己が振った剣に対して、そう感じた。

 九月半ばといえど早朝ゆえに空気は冷たく、夜明けと同時に剣を振りだした身体にはちょうどいい。人気のない雑木林故に空気も澄んでいる。白の着流しが汗を吸い、重くなって色も変わるがそれでも一夏は刀を振う。

 

 あぁ――なんだこれは。

 

 学園祭においての機竜襲撃事件から一週間ほどたった。学園島が半壊しかけるほどの大戦闘。生徒内で化け物合戦などという身も蓋もない呼称をされるあの一件からすでに一週間だ。滅茶苦茶になってしまった建造物の類はすでに修復が完了されている。大災害もかくや、あるいはそれ以上の暴威がこの学園を襲ったが、すでに爪痕はない。篠ノ之束が僅か一晩で全て修復してくれたのは流石という他ないし、やはり頭が上がらない。

 

 こんな――ものか。

 

 勿論、何もなかった訳が無く、生徒の何人かは自主的にこの学園を去っている。無理もない。あの時、一夏たちが一人でも欠けていれば、あるいは土壇場において階梯を昇らねば、被害はこの程度では済まなかった。

 奇跡的に人死には無かった。それでも、事前に建設されていた地下のシェルターやシャルロットの分身による避難誘導がなければどうなっていたかわからない。

 だから責めるつもりもないし、糾弾もしない。

 むしろ、この学園を去ったものが正常だ。だれが好き好んで命が危険にさらされる場に身を置くというのか。

 

 そう――俺は狂っている。

 

 今更だ。織斑一夏が気違いなのも狂人なのも今更でしかない。自分と相対した者は例外無く口を揃えて言うだろう。自覚は当然のようにしているし、それを恥じるつもりも悔むつもりもない。

 織斑一夏とは一本の刀であるということが真実に他ならない。

 これだけは絶対不変、永劫の果てまで回帰しようと変わらない織斑一夏の魂だ。

 

 そう、断じて――木偶の剣などではない。

 

 八大竜王が一角『悲嘆の怠惰』、プリームムと名を持ったアイツは言った。

 

 ――神威が無ければ、■からの後押しが無ければこれだけか。なんだそれは、木偶じゃあないだろう。

 

「――違う」

 

 想いは気付けば口からこぼれいた。汗の味を感じるが、それでも構わずに刀を振う。

 それだけは違う。それだけは認めてはならない。

 あの言葉を拒絶するように、刀を振う。

 ■。

 それが何を意味するのか、今の一夏はおぼろげにだが感じている。遥か彼方の頂き、かつて一度至った領域まであと少しだという実感があった。あと十程度はあっても二十はない。総体にして億や兆、あるいは京にまで届くほどの階梯を一夏はそこまで来ていた。切っ掛けさえあれば、一足飛びに届くであろう距離。

 そしてそれは一夏だけではない。

 鈴もセシリアもラウラもシャルロットも簪も本音も蘭も。その高みまで辿りついてる。箒だけは幾らか違う至り方だが、極まっているのは同じだ。先日一件以来、日を重ねるごとに己の武威は高まっている。

 まるで彼ら(・・)に相対するためのように。何かに急かされるように昇って行っているのだ。

 それでも、

 

 ――無様。

 

 織斑一夏は今の己の剣をそう評す。

 無論、単純な斬撃としての威力は極めて高い。ISならば紙のように断ち切るし、彼の仲間に向けてもそれなりの切創を与えるだろう。加えて言えば、全霊を以って振えばこの林どころか、その先にある海さら断ち切り、大陸に亀裂を入れる事も不可能ではないだろう。それだけの次元の攻撃が今の一夏には可能なのだ。

 でも、そうではなく。

 問題なのは規模ではなく深さ。量より質だ。

 惑星を丸ごと焦土に変える爆弾に耐えきる石ころがあったとして、その石ころを断ち切れる剣があれば爆弾よりも剣の方が強いことになるだろう。要はそういう事だ。規模など求めていない。求めるのは深度。

 唯、斬る。その概念を何処まで収斂させ、突き詰めているかが重要なのだ。

 

 故に、無様。

 

 刀を抜く。柄を右手で引き抜き、左手で鞘を軽く下方へ引く。鞘走りを使って抜刀。何を斬るわけでもない。人も、物、化外も関係無く、唯斬るだけ。イメージは要らない。敢えて言うならば、刀に触れている空間を斬るのだ。柄を確と握り、しかしゆとりを持って。腕のしなり、手首の伸ばしを使って振り抜いた。振りきった瞬間に手首を返し、斬撃の軌道を辿り、納刀する。

 一連の動きは、一夏が行えば物理法則を無視した光速であり神速。こと斬撃速度に限っては他の追随を許さない織斑一夏の境地。彼だけの魂。

 だが、それが、

 

「…………」

 

 揺らいでいる。

 唯我の剣鬼だったはずだ。求道の極致だったはずだ。

 なのに――揺らいでいる。

 

そういう、ことなんだよなぁ(・・・・・・・・・・・・・)……ったく、笑えるぜ」

 

 刀を振う手を止め、苦笑する。別に純度や狂気が薄れているわけでもない。ただやはり、無様という他ないのだ。

 

 自分の真実を知った上で、己の在り方を決めなければならない。

 

 それを一夏は怠っていた。

 どういう存在であるかは理解しているけれど、どういう風に為って来たのかを知らなかった。だから足りない。切っ掛けを得れない。後少しを突き詰めることが出来ない。おぼろげではだめだ。明確に、知らねばならない。そうすれば。きっと届く。あの高みへ。あの境地へ。

 木偶の剣。ああいいだろう。思い知らせてやる。織斑一夏の切れ味、天下無双の一刀の魂魄を見せつけてやろう。泣き叫ぶことしか出来ない悲嘆の竜に教えてやらねばならない。

 そうでなければ嘘だし、そうしなければこれまで積み上げてきたものへの侮辱に他ならない。

  

 そして、なにより。

 

「そうじゃなきゃ……斬れない」

 

 何故ならば織斑一夏の求道とは――

 

 想いと共に刀を振り、

 

「なにトリップしてんのよ、アンタ」

 

 頭を叩かれた。

 

 

 

 

 

 

「ぬ……」

 

 はたかれた頭を押さえながら、振り向く。

 

「鈴、か」

 

「そ、アンタのお嫁さん、綺麗なスレンダー拳士の凰鈴音ちゃんよー」

 

 ジャージ姿の鈴だ。一夏と同じように身体を動かしていたのか、汗は多く、頬も上気している。上のシャツが微妙に肌に張り付いてて艶めかしい。あと素でお嫁さんどうこう言われるとさすがに恥ずかしい。

 

「……それで? 随分気合い入ってたわね」

 

 言いながら、タオルとスポーツ飲料のペットボトルを投げつけてきた。温めで一夏の好みの温度だ。見た瞬間に、喉の渇きを思い出す。もうかなりの時間動き、汗をかいていたのだ。一気に口の中に流し込む。柑橘系の味が広がり、水分が胃に広がる感覚を感じながら、

 

「別に。お前だって張り切ってたみたいじゃねぇか」

 

「ま、そりゃあね。すぐそばでアンタが覇気撒き散らしながら刀振ってるもの。気合いも入るわよ」

 

「……そんなに近くにいたのか?」

 

「この林出た先の砂浜ね。気付いてなかった?」

 

「……ああ」

 

 大分思考に埋もれていたらしい。少し情けない。自分のことにかまけてて、彼女の存在に気づかなったとは流石にみっともない。これは殴られる。

 

「ふうん」

 

 だが、鈴はさらりと流して、

 

「そろそろ時間ね。今日は弁当ないから学食よ。行きましょう」

 

「……そんだけ?」

 

「なによ、べろちゅーでもしてほしいの?」

 

「いや、それはいいけど。え……なんかあったのか?」

 

 何時もならいるのに気が付かなかったら蹴り飛ばされるかぶん殴られるかなのに。ぶっ飛ばされて校舎に人型の穴を開けたのは一度や二度では無い。その後に千冬にまで殴られることになるのもお約束だ。

 だが殴ってこない。フェイントを疑うがしかしそんな気配もなかった。これはおかしい。こっちはすでに歯を食いしばっていたのに。

 肩を掴んで、熱が無いか確認するために額を重ねる。

 

「え、ちょ、アンタ」

 

「大丈夫だ、落ちつけ」

 

「いやアンタが落ちつけ」

 

 

 熱は、ない。いくらか熱いが運動によるモノだろう。頬も上気しているがそれもそういうことだろう。触れている肌が火照っているのも同じことだろう。

 どうやら病気とかではないようだ。ならばいい。よく考えれば病に侵される鈴というのも想像できなかった。

 ならば何か。

 

「ぬぅ……」

 

「ちょ、アンタ……っ」

 

 まさか怪我か。義腕の調子が悪いのか。束の謹製とはいえ、万が一、億が一ということもあるだろう。

 というわけで触った。

 

「……」

 

「ん、ちょ、アンタ目がマジ……」

 

 柔らかい。作り物とは思えない。肌は汗で濡れているが、今更それで嫌悪感を覚えることはない。戦闘中はかなりの硬度を有するが、鈴が気を通していないとこんなにも柔らかいのか。いや、もう何度も触れているから知っているけど。

 ともあれ以上がないか確認する。肩から手を滑らして触診。二の腕や肘、手首まで下ろして触るが。

 異常が無い。 

 何故だ。

 解せぬ。 

 

「おかしいな……」

 

「アンタの頭がでしょうが!」

 

「ぼでぃ!」

 

 顔を赤くした鈴に遂にぶん殴られた。

 手が鈴から、足が地面から離れてぶっ飛び、背骨から木に激突する。折れるかと思った。だが、それでもすぐに起き上がり、咳き込みながらも、

 

「これこそ鈴だぜ!」

 

「あんた人のことどう思ってのよ!」

 

「あごっ!」

 

 顎に蹴りが入り、宙を舞った。

 

 




魔改造、キャノンなんかと編はオールギャグとラストへの伏線ですよい。

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