狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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推奨BGM:陰陽歪曲


第拾壱話

 

 数十分前、更識楯無がオータムに体を貫かれた瞬間に更識簪はそのことに気付いていた。簪が作成し、学園内に張り巡らせれている監視防衛プログラムには生命探知システムも存在している。学園内で生命力が著しく劣化し、死亡寸前の場合は即座に生徒会、教師陣に報告が入るようなプログラムだ。

 

 だが、それだけではなく。

 

 簪は楯無のISに細工をしてある。性能的な面では無く、一種の発信器を仕込んであるのだ。地球上に入れば何処にいようと存在を探知できるすぐれものであり、健康状態から毎月来る女の子の日のことも管理しているのだから発信器と言うよりは一種の医療機器だろう。

 

 それにより、一早く楯無の命に危機に気が付いた。

 

 その瞬間に、簪は寮の自室にいた。学園祭であったがそんなことは関係なく、林間学校からここ最近はほとんどがあるもの為に徹夜続きであり学校が始まってもそれは同じだった。碌に風呂にも入らずに引き込もっていた。

 それほどやりたいことがあったのだ。

 そして学園祭前日に遊びに来ていた束にも少し手伝って貰って制作途中だったものを完成寸前にまで辿りつき、仕上げを残して爆睡していた。

  

 そして、楯無の生命の危機を知り――――簪は動かなかった。 

 

 いや、動かなかったというのは、部屋から出なかったという意味であり、自室すなわち研究室(ラボ)にて行動を開始した。

 動揺は、なかった。

 楯無は更識楯無十七代目であり、裏の仕事により命の危険を伴う仕事は必然の義務だ。こういうことを見越しての彼女に発信器をこっそり仕込んでいたのだし。

 

 簪の胸中を占めたのは激怒だった。

 

 なるほど暗部の仕事。それは危険だろうが必要なことだ。『更識楯無』の名にはそれだけの義務と責任がある。更識に仕える分家も多くある。雇っている工作員も大量だ。

 だが、簪は思う。

 

 だから(・・・)どうしたと(・・・・・)

 

 責務義務責任債務? なんだそれは知らぬ存ぜぬ聞こえない。

 更識楯無はまず第一に更識簪の姉だ。

 更識簪はまず第一に更識楯無の妹だ。

 それはないがあろうと絶対であり、なにがあっても変わる事のない絆。

 

 故に、身を焦がす程の激情に、理性を以って蓋をする。

 楯無の怪我は致命傷であり通常の治療では追いつかない。故に治療する術を求める。

 彼女は誰よりも静かに、密かに己の存在の位階を上げていた。

 嚇怒を理性にて抑えきり――――ソレらを完成させ、彼女は戦場に降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先に言っておくよ、お前たちのターンなんてのは来ない。ここから先はずっと、私たちのターンだ」

 

 そう言いきり、現れた簪に誰もが戸惑った。

 現れたこと自体にではなく、簪自身にだ。

 彼女は見るからに戦闘する人間には見えなかったから。一夏や鈴の無意識や無殺意とかそういうレベルではなく、単純に病人とかにしか見えなかったのだ。

 頬は痩せこけ、瞳は濁り、目の下のクマは濃い。髪はパサパサで肌も見るからに潤いがない。高校一年生の少女にはあるまじき容姿だろう。

 

「かんちゃん……?」

 

 空中にて浮遊していた本音もまた戸惑っていた。誰よりも付き合いの長い故に彼女の状態に気付いていたから。

 

 

「…………」

 

 簪の直前に現れ、倒壊した瓦礫の上に立っているオータムたちもまた訝しんでいる。明らかに病人かなにかの簪だ、不審がるのは当然だ。

 なにより、

 

「なんだ、お前と、ソレは」

 

 そんな病人かなにかの簪であるにもかかわらず、伝わる存在感は大きい。

 それに加えて彼女の足元に転がる白のケース。それが四つだ。どれも二メートル近い大きさだ。それに対し強烈な違和感を感じていた。

 

「これ? さぁ、なんだろうね」

 

 簪は答えない。メガネに手を当ててるだけだ。とても臨戦態勢には見えない。

 凪いでいるというか静まっているとでも言えばいいのか。

 何時もやたらハイテンションな時が多い簪にしては不気味だ。

 

「でも、ふぅん」

 

 一度区切り、オータムたちを一瞥して、

 

「分らないんだ、へー」

 

 明らかに煽っていた。  

 それに対し、

 

「うっざ」

 

 クァルトゥムは明らかに嫌がり、

 

「ははは、いいなぁお前。喰い甲斐がありそうだ」

 

 オータムは口元を歪め、

 

 

「――なによアンタわぁーーーー!!」

 

 

 最後の一人、“憤怒(オルジィ)”、クィントゥムは声を張り上げ激怒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ!? アンタ馬鹿にしてんの? なにそれ、もしかしてもったいぶる私カッコイイとか思っての?うわダッサ! 痛った! あちゃー無いわ。アレでしょアンタみたいな痛い系女子、中二病とか言うんでしょ? うわちゃー、チョー腹立つ!」

 

 一息で叫んだ。

 クィントゥム。第5。五番目の大罪保有者は怒りと共に素顔を露わにした。

 

「……!」

 

 その顔に誰もが、特に箒は驚愕する。いや、クァルトゥムがそうであったのだからある程度の推測は立てていたがしかし現実として、己の目で見れば驚きを隠せない。

 

 クィントゥムの容姿が篠ノ之束に酷似していた。

 

 クァルトゥムと同じで年齢や髪や瞳の色は違えど、顔立ちはそっくりだ。

 髪と瞳の色は真紅。燃える炎の如き赤だ。髪形は腰まで延びている三つ編みだ。

 

「大体貴女、気付いていなら教えて上げましょうか。貴女の姉、更識楯無だっけ? 今頃死んでるわよ、探しに行ったほうがいいんじゃない!? 死んじゃうわよ!?」

 

 叫ぶ。楯無の致命を伝えることで簪の動揺でも狙ったのか、それともただ単に激情に任せただけだったのだろうか。

 少なくとも、どっちにしろ、

 

「はぁ?」

 

 簪にはなんの精神的ダメージもなかった。

 

「なに言ってのさ、誰の話をしているのかな?」

 

「だから、貴方の!」

 

「あり得ないね」

 

 言いきった。

 

「私の世界一強くて綺麗でカッコ良くて凄い私のお姉ちゃんが貴方たちなんかにやられるはずがない……」

 

 言って、空中にホロウィンドウを展開し、

 

「そうでしょ、お姉ちゃん?」

 

『世界一云々は流石に頷けないけどねぇ……』

 

 そこから楯無が苦笑した顔を見せた。

 

「なっ!」

 

「へぇ」

 

 クィントゥムは声を荒げて驚き、オータムは感心したように目を見開く。

 ホロウィンドウの中、楯無の制服は血にまみれ、脂汗も多く、顔も青ざめているがしかし、確かに意識を保ちながら、

 

『どうも、お久しぶり。さっきはよくもって言った方がいいのかしら?』

 

 “復活”と描かれた扇子を広げながらホロウィンドウ越しに言う。

 

「驚いたなおい。あのレベル致命傷からこうまで早く回復するとはな。なんだよ治癒系の歪みでも持ってたのか?」

 

『悪いけど、私はそんな貴女たちみたいな飛トンデモ超能力は持ってないのよ。私がこうしてのは』

 

「愛故に、だよ」

 

「はぁ!? ふざけ」

 

「ふざけてない」

 

 言い捨てながら、足元のケースの一つを足で蹴る。その軽い衝撃で蓋が開く。

 そして取り出されたのは、シールドであり、

 

聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)――――“意欲の慈愛(アニムス・カタリス)旧代(ウェストゥス)”」

 

 告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更識簪は科学者だ。

 それもマッドサイエンティストと呼ばれる科学者であり、友人の本音の協力により魔術領域も科学的に分析し、一種の科学領域として扱っている。

 現行の科学領域の数十年分は先に行っているという自負はあったし、技術革新をしろ言われれば不可能ではなかった。

 だが、しかし。そんな彼女が唯一解析できなかった物がある。

 

 篠ノ之束製のインフィニット・ストラトスだ。

 

 アレを解析した時に簪は愕然とした。何もかもが理解できなかったから。

 パワードスーツとしてでも、宇宙開拓用としてでも、兵器としてでもない。 

 その本質だ。

 あれは断じて、ただのパワードスーツでも兵器でもない。もっと別のナニカだ。

 主の進化によって姿を変えた百式たちを見れば明らか。

 

 インフィニット・ストラトスの本質はどこかに至る為の補助輪機構だと簪は予測する。

 

 そのどこかというのについては未だ簪には理解できなかった。

 だが、それでも理解できずに終わったわけがない。

 だからこそ『具現幻想(リアルファンタズム)』だった。兵器としてならばISを凌駕しているという自信があった。

 それでも、大罪の担い手。悲嘆の暴風竜には届かなかった。

 

 故に新たなる力を創りあげた。

 

 相手が枢要罪の、感情の担い手ならば、こちらはを枢要徳を、理性を以って相対すればいいい。

 

 その理を以って彼女が創造したのが――――

 

「『聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)』。束さんから教えてもらった私の歪みを以って概念の力と枢要徳を以って生み出したよ。そして、この“意欲の慈愛(アニムス・カタリス)旧代(ウェストゥス)”の能力は、味方の負傷を一日一回限定で前回復させる、というもの。それでお姉ちゃんの傷を癒したんだ」

 

 言う。

 

「まぁ、まだ作成途中だから出力弱めで安定も為していなけどね。あの程度の怪我なら十分だよ」

 

「へぇ、言ってくれるねぇ」

 

 オータムが手にした石弩を引き金の部分でクルクル回しながら舌なめずりをする。あからさまな煽りを行う簪がよほどお気に召したのか顔は喜色満面だった。

 

「……はぁ」

 

 クァルトゥムにも怒りは無い。あるのはうんざりとした嫌気のみで、鬱鬱とした雰囲気で白と黒の長剣を握りしめる。

 

「いいかげんに……!」

 

 クィントゥムのみが変わらずに激怒していた。肩を震わせ、拳を強く握りしめ、告うより取りだしたのは白と黒の弓だ。  

 

 異様な三人だろう。

 

 オータムとクァルトゥムはいくらなんでも、反応が薄い。怒る気配が欠片ない。簪の煽りに対して全く反応しないのはさすがに不気味だ。

 対し、クァルトゥムもまた怒り方が異常だ。さすがに過剰反応だろう。

 

 だが、しかし彼女たちはこういう存在だから。

 

 魂を占めるのは己が該当する大罪のみであり、その他の感情は持ち合わせていないのだ。

 それが彼女たちなのだから。八大竜王。■■■■■の一端なのだ。

 

「“飽食の一撃(フィオゴス・ガストリマズジア)”」

 

「“嫌気の怠惰(アーケディア・カタスリプシ)”」

 

「“憤怒の閃撃(マスカ・オルジィ)”」

 

 それぞれの武装を構えながら、神気を放ち、

 

「“超過く――」

 

聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)――――“意欲の慈愛(アニムス・カタリス)新代(ノエム)

 

 それよりも先に新たな聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)の能力を簪が解放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 三人が超過駆動を発動する直前に発動したソレに、オータムたちは完全に行動を停止させられた。

 

「“意欲の慈愛(アニムス・カタリス)新代(ノエム)。その能力は敵対行動を一瞬停止させること」

 

 掲げたのは翼の如きタワーシールドで、

 

「たかが一瞬されど一瞬」

 

 ニッコリとした笑みを浮かべながら、

 

「言ったでしょう? 私たち(・・・)のターンはまだ終わっていないって」

 

 瞬間。

 三人の背後に一夏、シャルロット、鈴が現れた。シャルロットの歪みにより気配を消失させて完全に停止した瞬間の隙を突いた奇襲だ。

 シャルロットは苦無をクィントゥムの頭部へ振り下ろし、鈴はクァルトゥムの心臓に拳撃を叩きこみ、

 

「――――首、置いていけ」

 

 必殺たる断頭の一閃を容赦なく叩き込んだ。 

 

 

 

 

 




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