狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第弐話

織斑一夏は考えていた。 この状況をどう切り抜けるのかを。別に命の危険があるわけではない。 ヒグマ10頭に囲まれてるとかホオジロザメに追いかけられているとか頭の上から岩石が大量に落 ちてくるわけではない。いや、そうであったほうが楽だったけど。

 

視線。前から、後から、右から、左から。やたら、変な視線が注がれている。前後左右占めてい るのは全員女子。というか、前のは副担任の女性だ。なんていうのか、こう、見ていいのかよくな いのかあんまりわからない、といった視線だった。確実見られているのは分かるが、視線を追うよ うに辿ってみたら直ぐに消える。

 

まあ、どうしてそんな視線が送られるのか分からなくもない。 なにせ、織斑一夏は世界初の男 性IS操縦者なのだから。 IS、正式名称インフィニット・ストラトス。 女性のみが扱える世界を変えた究極の兵器……なのだが、一夏は大して詳しくなかった。有り体に 言って興味が無かったから。興味ないのに何故か乗れてしまったのである。そこらへんは開発者で ある姉の友人に聞いても分からなかった。 けど、一夏にとってはそんなことはどうでもいい。今はとりあえずは、この女子だらけの空間を どうすればいいのだろか。先に言っておくが一夏とて、女子に興味が無いわけではない。一青少 年、紳士のたしなみとしてエロ本の一冊や二冊持っている。だか、それでも、自分以外の人間が全 員女子なのは精神的にキツい。 大体、ジロジロ見られるのではなく、見られたり見られなかったりするから逆にストレスが溜 まっていく。 なにかおかしいのだろうか。入学初日なのだから普段は付けない整髪料も付けてきたし、制服も 着崩したりしていない。おかしいところはなにもないはずだ。

 

本当に見当がつかないので、この教室で唯一知り合いの幼なじみに目を向ける。 だが、彼女は窓際の席で背筋を伸ばしながら、目を伏せている。絵になる光景だか、あれは落ち 着いてるわけではない。 一夏には分かる。 あれでかなりテンパっているのだ。あの幼なじみは対人スキルゼロなのだ。 使えない。 さあ、どうするか。 とりあえず自己紹介のセリフでも考えよう。そう、思いながら左腰のベルトに挿した白塗りの鞘 に納められた日本刀に手を当てた。

 

 

1年1組の女子生徒29人は困っていた。 否、正確に言うならば9割ほどの日本人生徒たちだ。 彼女たちは一様に思った。

 

(どうして、織斑くんは日本刀なんて持ってるんだろう……)

 

怒られないのだろうか。余りも自然体で持っているから気づかれない、なんてことはあるまい。 明らかにおかしい。 だが、しかしいくら男性初のIS操縦者とて日本刀を当たり前のように持っている男に関わりた くはない。彼女たちにできるとこは。チラチラと盗み見ることくらいだった。

 

ちなみに数人いる外国人生徒はあれがジャパニーズサムライかと感心していた。

 

・・・・・・・・・・・・

 

篠ノ之箒は困っていた。

 

(自己紹介、どうしよう……)

 

周囲の様子には、気づいていない。

 

・・・・・・・・・

 

山田真耶は困っていた。 IS学園1年1組副担任になったことはよかった。 担任が憧れの先輩なのはかなり嬉しかったし、過去に日本代表候補だった自分の持てる技術を後 輩たちに教えることができるのも嬉しかった。その上で、生徒の一人が世界初の男性IS操縦者と いうのは正直不安だったが素直に頑張ろうと思えた。

 

だが、しかしだ。 いくらなんでも──当たり前のように日本刀を携えている少年にどうやって対応の仕方なんて知 らない。

 

(ど、どどどどどうすれば)

 

確かに彼は彼女の先輩の弟なので、剣道とかやってるのかなーとか思ったがまさか日本刀をぶら 下げているとは。 クラスの皆もチラチラとしか彼を見ていない。 というか、怖くてガン見なんてできないのだろう。

 

(あ、今刀に手を添えました)

 

もう、泣きそうである。だか、泣いている場合ではない。 自己紹介。 クラス始めの恒例行事、自己紹介。今ほどそれの存在を恨んだことはない。 彼の番は次だ。ちゃんと聞かなければ─────斬られるかも。

 

そして、彼の前の子が終わった。何やら考え事をしている彼に声をかけなければならない。

 

「え、えーとじゃあ、お、織斑くん? 織斑くんの番なので、い、いいかな?」

 

ありったけの精神力を振り絞った。南無三、と信じてもいない神に祈りすら捧げた。あれ? 仏 だっけ? それが届いたかどうかは知らないが、

 

「あ、はい」

 

あっさり受け入れてくれた。

 

「えー、織斑一夏です。なんやかんやでISを動かしてしまいました。ISに関しては素人同然な のでよろしくお願いします」

 

(あ、あれ? い、意外とまともな人?)

 

皆の心の声が重なった。

 

「趣味は家事、鍛練。特技は切断、みじん切り」

 

(……り、料理が、好きなのかな……?)

 

また重なった。

 

「あとは……えっと、好きなモノは────日本刀です」

 

にっこり笑っていた。

 

(ひいぃっ!)

 

声を出さなかったのは、奇跡だと思う。真耶の涙腺が決壊する、ホンの一秒前のことだった。

 

パパアン!

 

救世主が現れた。 何故か最初の音が連続したことには、気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

織斑千冬は頭痛がした。仕事を終わらせて、後輩の真耶に任せた教室に行ったら弟が教室を凍ら せていたからだ。 とりあえず、制裁として無駄だと分かりながらも頭に出席簿を振り下ろす。

 

パパアン!

 

「……はあ」

 

「……何すんだよ、千冬姉」

 

眉を顰めながら弟が文句を言ってきた。 案の定、痛そうにする気配はない。

 

「織斑先生、だ。なんども言っただろう。そしてその刀はせめて竹刀袋に入れろ」

 

「……わかりました、織斑先生」

 

「よし」

 

ほんの少しだけ頭痛が和らぐ。 が、窓際のほうから視線を感じて見れば自分の親友の妹が口の動きだけで、

 

(……残念でしたね)

 

頭痛がぶり返した。 今のを視認する人間がいること自体が頭痛の種だ。 まさか他にもいないのかと教室を見回して見れば、金髪ロールの女子が感心したように口元に手 を当てていた。

 

(……………………)

 

頭痛が、ひどくなった。 何故だ。

 

何故〈音速で振り下ろした出席簿を他人に認識できない光速の抜刀で弾き返したなんてこと〉が 視認できるのだ。

 

二度と響いた最初の音は千冬が振り下ろした出席簿が音速を超えた音。

 

二度目に響いた音は一夏が出席簿に反応して親指の動きで刀を弾いて抜刀し、刀の柄が出席簿を 打撃した音だ。

 

(また、頭痛薬が友達の日々か……)

 

教室に今のを視認する変態が3人。 大丈夫か、このクラス。 すでに真耶は涙目で生徒たちも引いている。 担任に着任して最初の仕事が教室の雰囲気の入れ替えなんて、また頭痛の種が増えるのだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

微妙な雰囲気に終わったホームルームと一時間目の授業後。 一夏は、幼なじみの篠ノ之箒と共に屋上にいた。 放課の短い時間で来るには適していない場所だが、教室で見せ物にされるよりは良かった。 開口一番彼女は、

 

「腕は落ちてないようだな、一夏」

 

「まあな、当然だろ。箒」

 

ニヤリと、二人で笑い合う。

 

「1年ぶりかくらいか。去年の剣道の県大会の予選以来だな」

 

「懐かしいなぁ、二人して失格になったよな」

 

「私はまだあの結果に納得してない」

 

「何言ってんだよ。自分で2メートルある竹刀作って失格とか当然だろ」

 

「構えを抜刀の構えにして、やる気なしと見なされて失格したヤツに言われたくないな」

 

……………。

 

「ふ」

 

「は」

 

一夏は左腰の刀に手を添えて。 箒は腕を組みながら。 笑った。

 

「相変わらずの抜刀バカのようだ」

 

「そっちこそいつものバカデカい大太刀はどうしたんだよ」

 

「あれは学校で持ち運ぶのには不便だからな」

 

そう言って、箒は左手首の金と銀の鈴がついた赤い紐を見せる。

 

「姉さんに頼んでISに量子変換(インストール)してもらった」

 

「いいな、それ。ていうか、お前の専用機ってやつなのか?」

 

「そうらしいが、まだ量子変換(インストール)機能しか使えない。開発中のをくすねてきたから な」

 

「束さん怒んなかったか?」

 

「いや、逆に喜んでた。ついに私がISに触れたのが嬉しかったらしい。あとは……なんか第4世代 がどうとか言ってた」

 

「? どういう意味だ?」

 

「知らん」

 

もし、ここに少しでもISに詳しい人間がいたら仰天していただろう。 ISを倉庫代わりにしていることと未だに詳細不明な第4世代の話が出てきたことに。

 

キーンコーンカーンコーン。

 

放課終了のチャイムだ。

 

「戻るか」

 

「応」

 

二人で屋上を出ながら、一夏は思う。 先ほどは箒に聞かれたことだか、

 

(箒も腕は落ちなさそうだな)

 

歩くという動作の一つ一つが洗練されている。バランス、体幹、姿勢、それらが全くブレない。 歩くという動作は余りも当然の事なのでどうしてもそれぞれの癖が出たり、無造作になりがちだ。 かくいう一夏も抜刀の際に右足を前に出すことが多いから、重心が僅かに片寄っている。 箒にはそういう余分な癖がない。自身の体を十割に、そして十全に扱えているということだろ う。大太刀という扱い難い武器を使っているからか、異常なまでの身体操作術だ。一夏でも、そこ まではできない。 一夏の、知る限りそんなことができるのは箒の他には──

 

パパアン!

 

後ろで出席簿を振り下ろした世界最強の姉くらいだ。

 

「織斑……次に防いだら本気(・・)で殴る」

 

「……了解です、織斑先生」

 

さすがにソレは、防げない。


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