狂いのストラトス Everlasting Infinite Stratos 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
※~※間より 覇ヲ吐ク益荒男
ラウラ・ボーデヴィッヒの人生においてなにが最も己に影響を与えたか。
かつて越界の瞳を移植され、それが制御不能となってしまったことではない。
確かにそのどれもがラウラの生において大きな意味を与えているがしかし、それでも一番とは言い難い。
ではなにが。一体、なにがラウラ・ボーデヴィッヒの魂に楔を打ち込んだのか。
その全てを今は語ることはできない。故に彼女、ラウラが体験した場面のみを切り取ろう。
時は巻き戻り、二年前。場所はモンド・グロッソ。IS関連事件において、白騎士事件に匹敵し或いは凌駕するであろう歴史に名を残した災厄。
そう、災厄だ。
事件や事変などという言葉では終わらなかった。
街は半壊し、世界大会に参加したISは殆どが破壊された。
その渦中だ。
彼女は彼に出会った。
否、出会ったなんて話ではない。
より正確に言おう。
──────ラウラ・ボーデヴィッヒは織斑一夏から逃げ出した。
それが彼女のあり方を変えたのだ。
その日、大会の警備員の一人として配置されていたラウラはすでに火の海となった街を駆け抜けていた。右手にはハンドガン、左手にはサバイバルナイフ。別に目的があったわけではなく、ただ一刻も早くもその地獄から出ようとしていた。その途中にラウラはとある少年を見かけた。
それが織斑一夏。
誘拐されていたはずの
何度か声をかけたが、しかし周囲は火の海であり狂乱が支配していた地獄。その瞬間にも爆発音が響いており、声は届かなかった。加えて日も傾きかけていたから、僅かに薄暗くあるのは炎の暗い光のみ。
だから気づかなかった。
その手に血で濡れる刀を持っていた事に。
誘拐されたはずの彼がどうしてラウラの目の前にいるか。なんてことはない。ただ誘拐犯たちを斬り殺して来ただけだ。斬り殺しさまよっていただけだ。
まるで、まだ斬りたりないと餓えるように。
殺意と殺気と剣気を撒き散らしながら忘我の中でさらなる糧を探していたにすぎない。
それにラウラが気づいたのは何度かかけた声がようやく届いた時だった。自分の声に反応した織斑一夏が此方を向いて、目があった瞬間に。
踵を返して逃げだした。
なんだ、なんだ、なんなんだ、アレは。
人じゃない。人間じゃない。人にあんな殺意が出せるわけがない。
ただ斬る。己以外は全て斬り捨てるという唯我。
自分以外の悉くは斬る対象でしかない狂気。
剣の鬼──剣鬼。
ありえないありえないありえないありえない。
そんな存在を認めることはできない。
認めたくなんかない。
そうして。
ラウラ・ボーデヴィッヒは逃げ出した。
勝つわけでもなく、負けるわけでもなく。
戦うことすらせずに、逃げたのだった。
●
『お前は、逃げたのだ』
ああ、そうだ私は逃げた。
無様に、みっともなくただ背を向けて惨めに逃げた。
『なんて、情けない』
そうだな、情けない。
どうしようもない劣等だよ、私は。
『力が、欲しいか』
ああ、欲しいさ。
私は強くなりたい。
己を誇れるような強さが。
『ならば────くれてやろう』
──いらん。※
『────なに?』
だから、いらんと言っておろう。
『なぜた』
他人から与えられたら力が何になる。
他人に用意されたものがなんになる。
私は、他の誰かの脚本で踊るつもりない。
『な、にを』
大体なんだ、貴様は。人が折角楽しんでいるところを横からピーチクパーチク。ギャーギャー耳元で叫びおって。
何だ。何様だお前は。
確かに私は一度逃げた。
それは覆せない、私の恥だ。
戦士としてあるまじきことだろう。
『なら……ば』
だが、貴様にどうこう言われることではない。私の恥は私が乗り越える、そこに他人の力などいらん。それにすでに私は一度力を借りているのだよ。
『な、ん、だと』
私にとって織斑一夏から逃げ出したことが人生最大の恥部ならば。
あの人に導かれたことは最も誇るべきことなのだ。
『なん、だ、お前、は』
は、私か?
私はあの人に導かれた
歪み歪む黒ウサギ。
ラウラ──ラウラ・ボーデヴィッヒ。それが私を指し示すたった一つの真実だ。
●
「く、くくくくくく」
忘我に沈んだのは苦笑したほんの刹那。その刹那で再び浮かび上がったラウラは笑っていた。
「お、ご機嫌だなお前」
「ああ……当然だとも」
当然だ。 かつて逃げた相手を前に自分は笑っている。戦っている。
それだけで、かつての己は乗り越えた。
ならば、あとは──
「……そろそろ決めよう」
目の前の剣鬼を打倒するだけだ。手の平を重ね合わせる。重ねたそこに歪みを集中させる。
「是非もなし」
相対する剣鬼は一刀を腰溜めに構える。そうして、鞘に収束されるのは殺意と剣気。馬鹿の一つ覚え、などと馬鹿にすることはできない。込められたそれらはそれまでを大きく超越している。
「は、上等」
そして、黒ウサギに応えるのは剣鬼だけではない。高嶺に咲き誇り、陽炎を纏う龍もその拳に山吹色の光を宿す。込められた気によって周囲の雑草等が活性化し成長していくほどの生命力だ。乾坤一擲を体現した拳。全てを砕く不砕の拳。
「ふふ、楽しんでますわね」
その揺らめきに応えるように魔砲の射手は世界から外れていく。世界の外側へとズレていく。なにが変わったかなんて彼女自身にも分からない。
しかし、確実に何かか変わっていくのだ。
そうして、四者四様。
自分以外を打倒せんとする意志。
それらが高まり、昇華し。
「凶り、狂い、歪めぇぇぇぇええ!!」
手の平の歪みの塊は潰されることで周囲を歪曲し、
「首飛ばしの颶風──蝿声ェ……ッ!!」
純粋なる殺意の斬風は空間を断ち斬り、
「陀羅尼孔雀王ォ……ッ!」
山吹色の陽炎は大気を穿ち打撃し、
「レスト・イン・ピース!!」
理から外れた埒外の魔砲は世界を撃ち抜き、
「!!」
アリーナを蹂躙した。
※
「ん……」
全身が心地よいだるさに包まれながら、ラウラの意識は浮上していく。ぼんやりと目を開け、視界に入る黄昏の光に目を細めた。彼女は基本的に睡眠というのは疲労回復の為のものであり、意識的に睡眠時間を変えられる。寝られる時に寝る。軍人にとって基本スキルであり、セシリアも同じようなことができる。だからこそ、今こうして意識が明確に覚醒せず曖昧模糊というのはめったにないことだ。全身の筋肉が弛緩しており、体を包む布団の心地よさに身を委ね再び意識が埋没していき、
「ーー起きたのか?」
「ーーーーッ!?」
耳に届いた声に跳ね起きる。全身の弛緩なんて完全に忘れていた。
同時に記憶が戻ってきて、
「……! 教官、試合はどうなって……!」
「落ち着け」
目を見開き、声を荒げたラウラの頭にポンと、出席簿が落とされる。
「………ッ」
大した痛みではないが、千冬に止められた以上は止まらなければならない。
止まらなかったら、
(木っ葉微塵……!)
思わず冷や汗が流れた。不安を押し殺しながらも、
「試合なら中止だよ」
「中止、ですか……?」
「ああ、そうだ。お前たちが盛大に暴れたせいでアリーナが崩壊したからな、当分は使いものにならん。ついでに各国のお偉方もお前たちの試合にビビっ……満足したようでな、お帰りになったから中止、ということになった」
「……そうですか」
アリーナが崩壊、というのは全く不思議ではない。最後の瞬間は特大の歪曲、殺意の颶風、陽炎の一撃、理外の魔砲。それら四つが激突したのだ。いかにIS用アリーナだとしても只では済まない。と、そこまでは不思議ではないが不思議なことがないわけではない。
「……幾つか質問宜しいでしょうか、教官」
「構わん、なんでも聞いていいぞ」
無駄に男前である。
「傷が全て治っているんですが……なにか特別な治療を?」
「寝ている間に治療用のナノマシンを打っておいた。あと、アリーナから運んだ時に布仏がなにかしていたが……恐らく治癒魔術の類だろうな」
「魔術……ですか」
別にそれ自体は珍しくない。ISが時代を担っているが、そういうオカルトがないわけではない。実際ドイツ軍には魔術専門の部署があった。それにラウラ自身の魔眼も似たような物だ。珍しくはない、がしかしラウラが驚いたことは別のことだ。
彼女が最後に放った特大の歪曲。あれは歪曲の塊を両手で潰して圧縮した歪みを広範囲に展開させることで周囲を破壊するものだが、性質上どうしようもなく自傷技である。故にあの技を使えば最低でも両腕は当分使い物にならなくなるはずだ。
が、しかし彼女の両腕に傷はない。
手を握ったり開いたりしても自分の感覚に誤差はない。寧ろ良好だ。さらに言えば、全身にも痛みはなく、有り体に言えばベストコンディション。寝起きとは思えない。
「本音は、そこまでの魔術師なんですか?」
「魔術師、かどうかは知らんがな。本人曰わく魔法少女らしいが……なんでも、治療や補佐は専門分野らしい」
「……」
魔法少女て。自分の副官であるクラリッサがそういう類の日本文化が好きで、彼女も一緒になって見たりしたが、その称号は高校生につけるものではないんじゃないだろうか。それとも、自分の知識が足りないだけか。
閑話休題。
「まあ、怪我に関してはそんな所だ。痛みはないだろう?」
「ええ、ありません」
「そうか、お前の怪我が一番酷かったからな。だったらいいのだが」
自分が一番酷かった。
その言葉にラウラは僅かに眉をひそめ、
「織斑一夏やセシリアたちは……」
「あいつ等ならピンピンしてるよ。まあ、怪我もそれなりにあったがな。それも布仏が治したしな」
それはつまり、自分だけがこうして伏していたというわけか。それは少し、或いはかなりの屈辱だ。
というか、普通にムカつく。
苦虫を噛んだような顔をしていたらしく、千冬は苦笑して、
「どうした? 珍しいじゃないか、お前が熟睡など……なにかあったか?」
「……」
あった。あったのだ。それの為にこのIS学園に来たのだし。二年前のモンド・グロッソ事変。あの時、自分は織斑一夏から逃げ出してなにもできなかった。あの地獄の最中でなにもできなかった。なにもできずに逃げ出した。それはラウラの魂に刻まれた傷であり、それを払拭するためにこの学園に来て、そして、
「私は……戦えてましたか?」
かつて、逃げ出した相手に。かつて、自分は恐怖に怯えて震えていて。なにもできない兎のようだった自分を
小さく、か弱く問う。
なるほど、確かにその姿は凛々しい戦士ではなく、ただの少女でしかない。
それに、千冬はふむ、と少し頷き、
「率直に言えばーーーーーーーまだまだだな」
「……そう、ですか」
「ああ、まだまだお前たちは甘すぎるよ」
そう、彼女は言う。わかっていた。今更悔しさなんて出てこない。この人は自分たちとは立っている存在の位階が違うのだ。だからそれは当たり前のことで、自分はまだ弱いことを思い知らされる。織斑一夏には立ち向かうことはできたけど、勝つことはできなくて。結局大して前に進んでいないのか。思い、ヤケッパチの苦笑を浮かべかけて、
「あ……」
固く布団を握りしめる自分の手に気がついた。
そして、
「だがな」
千冬の言葉がまだ続いていることも。
「ーー強くなったよ、お前は」
「え?」
「なにを驚いている。ああ、確かにまだまだ甘いがな。だがそれでもお前は強くなった。一年前にと比べても見違えたぞ? そして、お前たちは若いんだ。いいか? これからもっと強くなれるさ」
呆気にとられるラウラに対し、千冬はとめどなく言葉を紡ぎ、
「この世界にはな、無限の可能性が満ちている」
千冬は僅かに目を伏せそう呟く。
「だから、安心しろ。ラウラ・ボーデヴィッヒ。安心して強くなれ。未来は決まっていない、面倒なことにこの世界には運命やら宿命だって存在しない。だから、お前が、お前たちが切り開く未来は無限なんだ」
私やアイツとは違ってな。アイツ、というのはおそらく篠ノ之束のことだろうか。それとも。別の誰かなのか。
それはラウラにはわからなかった。
「……教官だって、まだお若いでしょう」
だから、出てきたのはそんな大した意味もない言葉で。
「ふ……、まあな。お前らが一人前になるまでは現役だから、安心しろ」
そう、微笑みながら頭を撫でる千冬の手の心地よさにラウラは目を細めた。
●
ラウラの見舞いを終え、校舎の外へと向かうために下駄箱に足を運んでいた千冬の携帯に着信音がなった。
彼女が携帯を出す前に、
『やほー、ちーちゃん!』
「ああ、束か」
千冬の前にサウンドオンリーのホロウィンドウが出現する。
『そっちに『被害治すくん』送っといたからね! 明日にはアリーナ元通りのはずだよっ』
「いつもすまんなぁ」
『被害治すくん』というのは、束が作った無人の建造物修繕機械である。中学時代に、一夏と鈴の殺し愛による周囲の被害が出た場合、千冬が二人を制圧し、束が修繕をしていたのだ。ちなみに、かなり高性能で各国政府や民間企業に試作品を無償で配布しており、大活躍していたりする。
ネーミングセンスとはどうかと思うが。
『それでそれで、今度の林間学校のことなんだけど………って、どうしたの、ちーちゃん?』
「ん、どうかしたか?」
『いや、ちーちゃんこそ。なんか珍しく嬉しそうな顔してるけど……』
言われて、口元に手を当ててみた確かに頬がつり上がっていて、唇が曲がっていた。自分は笑みを浮かべている。
そのことにまた苦笑し、
「なに、まだまだ子供だと思っていたら存外に成長していてな。導きが本懐の私としてはこれ以上の喜びはない」
『……そっか。それはよかったね!』
見えないけれど、間違いなく束は笑みも浮かべている。箒が、自分が大好きな天真爛漫な笑みを。
「ああ、まったくだ」
そう、苦笑ではなく微笑み、
「はははははーーー!」
「あははははーーー!」
「……………」
いつの間にかついていた下駄箱の外から雄叫びと爆音が轟いた。
声の元は、
「あの
『あ、あははー、相変わらずだなー』
試合の後にも関わらず殺し愛するか。
ラウラと話して納まっていたはずの頭痛がぶり返してきた。
この後にはまだ試合に関しての報告書ーーという名の始末書を書かなけらばならないのだ。
実は事務仕事は好きじゃない。
千冬はなにも聞こえていないかとように、外に出て沈みゆく夕焼けを眺めて、
「なあ、束」
『な、なにかな?』
「………帰って布団被ってスナック菓子でも食べてていいか?」
『ち、ちーちゃん! しっかりしてー!』
結局、今度飲みに行く約束をして精神を安定させた千冬だった。