咲 -saki- 二人の少女のハイスクールメモリー   作:レイ・シャドウ

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時間軸がインターハイ予選から少し飛びます。
ふと思ったんですが、咲のキャラクターって4分の3くらい1・2年ですよね…
一年生編の線引き、どうしましょうかね。
そして関西弁はあれでいいのやら…


第八局

「ねぇ…廻?どうしてあんな不甲斐ない負け方をしたの?」

 

…違う!違うの!!!

 

「全国に行って、私との決着をつけるんじゃなかったの?口だけだったってこと?」

 

そんなこと無い!私は本当にあなたとの決着を望んで…

 

「私は…貴女はきっと来てくれると思ってた!!決勝の舞台でまた、共に麻雀を打てると思ってた!!短い期間だったけど、どれだけ実力を上げて来ているか楽しみにしていたのに!!」

 

ごめん…でも!

 

「…もういいや。」

 

…えっ?

 

「…貴方に期待した私が馬鹿だった。」

 

待って…待ってよ!?どこへ行くの!照!!

 

「さよなら。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って!!!!…………あれ?」

 

 

目の前にあったのは雀卓。そして、いつも見ている部屋の壁。

 

「夢………か………。」

 

心拍数が上がっているのを確認し、ベッドから立ち上がり、少し周りを見渡す。

 

「…凄い汗。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー東京ー

「ツモ…8000オール。」

 

「何ということでしょうか…。インターハイの歴史が、一人の少女の手によって塗り替えられて行きます。」

 

「うーわー、去年優勝校のエースに2万点差以上だって。あの子チートかなんかでしょ?」

 

「過去68回インターハイが行われて来ましたが団体戦での決勝トビ終局というものは中々ありませんが…それを彼女は、先鋒戦だけでやろうとしております。まさに前代未聞です!」

 

「リオデジャネイロ東風フリースタイルで2位をとった世界ランク2位の小鍛冶健夜ですらできなかった偉業を成し遂げようとしているからね〜。本当にわっかんねーわ。」

 

「三尋木プロ。一応聞いておきたいのですが、これは相手側のレベルが彼女に匹敵するレベルでは無いということでしょうか?」

 

「いや…単純に彼女のレベルが想定外なだけ。東2局からの連続和了に3校が手を出せないのもこの所以だろーね。だって、今は確か東3局で彼女の親番だけどこれって何本場よ?」

 

「えーと…5本場です。東2局から6連続和了で、相手の点棒を削っています。」

 

「うっひゃー、絶対あの中に入りたく無いね、私は。」

 

「ロン…32000」

 

「今度は三倍満が直撃!!」

 

「うわ〜、先鋒戦でとぶよ〜。これ。」

 

 

 

〜side 一二三〜

油断していたつもりはない…。

長野県の団体戦を楽に勝ち抜いたとはいえ、全国は魔境…。常に万全の体制で挑み、ようやく努力の結晶とも言える決勝の座をつかんだ。

だが…

 

「立直。」

 

宮永照…。彼女に勝てる要素がこの段階で一つも見当たらない。

 

「宮永照…貴方の連続和了をストップさせます。ポン!」

 

愛媛代表の大生院女子の先鋒である戒能が、一発消しをやってくれたとはいえ…

 

大生院女子・戒能 良子 (愛媛) 78000

風越女子・一二三 綺音 (長野) 56200

真嘉比・銘莉 (沖縄) 23500

白糸台・宮永 照 (西東京) 242300

 

先鋒戦でこの点差って…。しかも去年の優勝校の大生院がいるにもかかわらず…って。

真嘉比の銘莉がトンだら終局、しかも親からの倍満直撃でゲームセット。

安手でいい…。後ろには美穂子もいる。流して終わらせるしかない!

 

「ポン!」

 

{一二三六六④⑤888} {白白横白}

 

よし、張った!

しかも{③⑥}の両面待ち!チャンスはある!

 

これで、真嘉比が振り込まなければ…

 

〜side out〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第69回全国高等学校麻雀選手権大会 団体戦決勝。

実力が拮抗し、長丁場になるだろうと踏んで長期戦を考えていた人々全員が、衝撃を受けた瞬間だった。

白糸台高校 宮永照の連続和了。他三人の実力がどれだけ高かろうと、結託しようと、割り込むことが中々出来ない最凶の矛。

他の三人には、これを防ぎ切れるだけの盾は持っていなかった…。それ故、一瞬で矛は無防備な盾を一閃。

 

「…ロン。」

 

まだ、中学の時の廻の方が強かった気がする。これでは…物足りない。

 

 

「…48000」

 

 

何処と無く空虚な思いを胸に、真嘉比が切った牌を照がロン和了し、インターハイ団体戦決勝は、白糸台が先鋒でトバし呆気なく幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「照。ゴメンね…。」

 

 

寂しそうな顔を浮かべる照に、私はついつい謝った。

朝の夢のことで弱気になっているのか…それとも、この前の試合を引きづっているのか…それは私自身ですら知る由もない。優勝監督インタビューが始まったテレビから逃げるように視線を外した私は、他のことに集中して気分を入れ替える為にキッチンへ向かい、朝食の準備を始めた。

 

 

 

 

ー東京ー

〜照side

「照っち、流石!!!」

 

優勝を決めた瞬間、何処から来たのか一瞬で監督に抱きつかれた。それも多くの報道陣の前で。

確かに優勝したのは喜ばしいこと…なんだけど…

 

(菫…助けて!)

 

息苦しい上に恥ずかしいことこの上なし。取り敢えず近場にいた菫にアイコンタクトで助けを求めるが…

 

(すまない。無理だ。)

 

と言わんばかりに一瞬で目を逸らされた…。

 

(裏切り者!!!)

 

「まさか就任一年目から優勝できるとは思ってなかったよ!本当に照っちは神!救世主!女神様〜!!」

 

「い…五十嵐監督。…苦しい。」

 

「いやいや〜、本当に君は私のスカウティング人生の中で一二を争う最高の雀士だよ!さっすがインターミドルで…」

 

抱きつかれたまま身体を揺らされている照は、どんどん顔色が悪くなっていき…

 

「あ、あのー五十嵐監督?照が…ぐったりしてますけど…。」

 

「…え?」

 

一応アフターフォローはしてくれている菫にそう言われ、玲那がパッと絡み付けていた腕を離すと…

 

「……あっ」

(パタッ)

 

膝をついて照は地面に倒れた。気絶だ。

 

「これって………やっちゃった?」

 

報道陣を含め、その場にいる全員が首を縦に振った。ある意味、この場にいる全員が一致団結した瞬間だった。

 

〜side out〜

 

 

 

 

 

 

 

 

ー長野ー

清澄高校は一応夏休み…に入ったはずなのだが、廻は制服に身を包んでいる。

部活…て言うわけでも無い。久は、インターハイ予選から少しの間部活を休みにしてくれているから、しばらく部活は無い。

では、なぜ真夏の陽が照る中学校へと態々赴かなければならないのか

それは…

 

 

「まさか期末で数学赤点取るとは…」

 

そう、補習だ。

公立高校とはいえ、中々の進学実績を叩き出している清澄高校は文武両道をモットーに掲げている。勿論、テストに関しても抜かりは無い。

中間・期末で赤点が一つでもあれば、追試と共に補習が待っている。

基本赤点は30点以下。数学が大の苦手教科で文系の廻でも、流石に取らないだろうと高を括っていたのだが…

 

「二次関数なんて…大っ嫌い。」

 

結果は23点。大惨敗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

補習自体は午前中に終わる。部活も今日は休みなので、学校に残る意味も無くなり、廻は既に家路についていた。

廻の家は、学校から2km離れた住宅地のど真ん中にある。因みに家の前には坂があり、行きは下り坂に、帰りは上り坂に変貌する。

 

何でこの世に登り坂が存在するんだ〜!!全部下りがいい!!なんて矛盾したことを呟きつつ、廻は自転車を押しながら坂道を登って行った。東京に住んでいた頃は道は全て平地だったので、引っ越した当初は体力不足によりこの坂を登るだけで息切れを起こしていたが、住めば都、今はもう慣れてそんなことは起こらない。

 

 

「……さてと、お昼ご飯どうしよう。」

 

因みに、家の炊事洗濯等々は全て廻が行っている。(流石に洗濯物を干すくらいは将生もやっているが…)。父親が、プロチームの監督という役職である以上、親の出張が多いため自分でやるしかないと思い、やり始めたのが最初だ。

彼女の父である伊奘諾 将生は、彼の指揮する佐久フェレッターズが一昨日から大阪で3連戦、そこから横浜で3連戦のため出張。そのため、廻一人分のご飯だけで十分だ。人間、出来るだけ楽はしたいので今の状況は彼女にとって非常にありがたい。

 

 

自宅の車庫に自転車を入れ、扉の鍵を開けようと玄関へ向かう。夏休み中ではあるが、閑静な住宅街故に音は殆ど聞こえて来ない。精々蝉の鳴き声オンリーだ。よって鍵が開く音がよく響く。

そしてドアに手を掛け、開けようとする直前…

 

 

 

 

 

 

 

「本当にこの辺であってんの、お姉ちゃん?」

 

「大丈夫やって。目印もあっとるし、心配せんでええよ。」

 

彼女に聞き覚えのある声、それも二つ分…。

 

「…え?」

 

廻は玄関ドアの取っ手から手を離し、その声の主を探すべく表へ出た。

すると…

 

 

「あの人、確かに坂道ある言うとったけど…ここまできついとは思わんかったわ…絹、大丈夫か?」

 

「ウチは元サッカー部やし、体力はあるから、心配せんでええよ。お姉ちゃんこそ、大丈夫なん?汗だくやけど…。」

 

「あかんわ…。大阪よりましやけど、やっぱ夏やから暑いし…タクシー使うべきやったか?」

 

「駅に一台もなかったから返って二度手間やったと思うで。」

 

「うーん、せやろか…。」

 

見覚えのある赤と青の髪。聞き覚えのある声。そしてノリと関西弁。廻は無意識的に…

 

「嘘でしょ……洋……?絹ちゃん……?」

 

旧友を呼びかけてた。

 

「…廻!!!」

 

「廻姉!!」

 

 

駆け寄って廻に抱きつく二人。されるがままになっている廻の構図が出来上がった。何が起こっているのか訳がわからない廻とは対象的に、来客の二人はまるでドッキリが大成功したかのように笑みを浮かべていた。

 

「よかった〜!元気そうで。長野県大会の決勝で負けたって聞いた時はびっくり仰天やったわ。」

 

「ウチとお姉ちゃんでめっちゃ心配しよったんですよ。ホンマよかった。」

 

二人の口からマシンガンのように放たれるトラッシュトークに、若干呆然としている廻ではついて行けず

 

「……二人とも……どうしてここに?」

 

と聞くのが限界だった。

 

「佐久フェレッターズが大阪遠征しよるやん。そん時にあんたの親父さんが久々にウチに来てな。『費用は全部俺が出すから、廻に会ってやってくれ!!』って土下座されたんや。」

 

「幸い、ウチはもう引退してましたしお姉ちゃんも全国明けで部活も連休やったんで、特に予定のなかったこっちとしても渡りに船だったんですよ。」

 

涙で目が潤み始めていた廻には、その言葉一つ一つが感情を揺さぶった。

廻は父親の影響もあり、昔から転校ばかりを繰り返す言わば転勤族だった。生まれは広島その次は大阪、東京、そして長野と。

この二人は廻が大阪在住時に知り合った愛宕洋榎と愛宕絹恵。家が近かったことや、親同士の職場が類似していたことから家族ぐるみの付き合いも多く、この三人は友達と言うより姉妹と呼ばれる程仲が良かった。普段、他人と会話するときは敬語の彼女が、その敬語を外すまでに。

 

 

 

「ウチな…。あんたが負けたって親父さんから聞いた時に、あんたのことめっちゃ心配したわ。もしかしたら、このショックで牌すらさわれへんようになるんやないかって…。」

 

「……洋。」

 

「お姉ちゃんもやけど、私も心配したんですよ。廻姉は、私の中ではいつもヒーローでしたから…。」

 

「……絹ちゃん。」

 

一粒…二粒…涙が地面に落ちる。

 

 

「…廻。あんたのことや。どうせ、負けても何もアクション起こさなかったんやろうけど…感情は、隠すもんやない、さらけ出すもんや。悔しかったんやろう?」

 

「…洋、胸借りていい?」

 

「ウチの無い胸でええんならな。」

 

「……うん。」

 

 

 

一人の選手に負けたことで『伊奘諾 廻 弱体化』と風刺され、心無いメディアに書かれた誹謗中傷の数々、挙げ句の果てに勝手なその後の推測まで立てられる酷い始末。それと照への申し訳なさと自分の結果不甲斐なさ。それらが全て合間ったか弱い廻の心は、いつ壊れてもおかしくない程にボロボロだった。全てのプレッシャーを一人で受けるには…まだ16歳の少女には早すぎた。

 

「う、ぅぇえぇ、あぁ、あぁぁああっ!」

 

休みなしに麻雀を打っていれば、牌に触ることすら恐怖心を感じるようになったかもしれない。そこは久のファインプレーだ。

 

「廻姉……」

 

「そんなことやと思ったわ…。あんた、大阪におる時も辛いことがあってもおくびに出さずに笑顔で居続けたからな。」

 

幸い真夏の真昼間なので人は中々外にいない。暫くの間、廻は人目も気にせず自分の感情を吐き出し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ありがとう、洋。」

 

「ええんやって。ウチと廻の仲やろ?

長野と大阪…遠いけど何かあったらいつでも電話してき。愚痴くらいなら聞けるやろ?」

 

「あー、お姉ちゃんだけズルいで!

廻姉、私にも電話ください!!愚痴でもなんでもOKですんで!!」

 

「…ありがとう二人とも。本当に助かる。

さて、とりあえず家の中入ろっか。流石にそろそろ暑さがシャレにならなくなって来たしね。」

 

先ほど鍵を開けておいた扉に手を掛け、三人は家の中に入って行った。

 

 

 

 

 

 

「………食材がない。」

 

冷蔵庫の中の在庫を確認している廻。しかし、どうやら現在の冷蔵庫の中身で三人分作るのはどうも無理っぽい。

 

〜冷蔵庫にあったもの〜

卵 1個

ご飯 茶碗一杯分

野菜 1/2カットの人参や玉ねぎ等々

 

以上!

 

(昼ごはんはありあわせで作って、午後から買い物行くつもりだったんだけど…)

 

「…廻姉?やっぱり…アポなしはまずかったですか?」

 

絹恵が気まずそうに、冷蔵庫とにらめっこしている廻を見ながら言った。

 

「いやいや、絹ちゃんは気にしないで。私が買い出ししてないのが悪いだけで、貴方たちに罪はないから。」

 

「でも…やっぱり食材が…。」

 

「…うーん、一人で居ることを想定してたからこれで足りると思ってね。まぁ、今日買い物行く予定だったから全然大丈夫だよ。夕方から行くのを切り上げて今から行ってくればいいだけだし、外食してもいいしね。」

 

そう言うと絹恵は首を横に振って

 

「流石に、急に来た私たちのためにそこまでしていただくのは…(ナデナデ)……廻姉?」

 

申し訳なさそうな表情をする絹恵をついつい撫でてしまった廻。

 

「絹ちゃん、ありがとね。」

 

「いえ……そんな//」

 

「折角休日返上して来てくれたんだから、後は私に任せて。さっきかっこ悪いところ見せちゃったから、今度はカッコつけさせて。」

 

笑みを浮かべながら、そう言うと

 

「…はい。ありがとうございます。」

 

絹恵も、笑顔で返した。

 

キッチンでそんなことが行われているとは露知らず、姉の洋榎は何をしているのかと言うと…

 

『そこで私は言ってやった訳ですよ!あんたそれタコちゃう!!タコスやって!!』

 

『そいつアホやろ!!!』

 

「アッハッハッハッハ!!ホンマアホや。このネタめっちゃおもろい!!」

 

…居間でお笑い番組見ながら大爆笑していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「洋〜。食材ないから外に食べに行くよ?」

 

「おぉ!ええなぁ外食!!」

 

「にしても、廻姉、大丈夫ですか?私たちまでタダでご馳走になって…。」

 

「大丈夫!全部アイツ(将生)の金だから、少々の贅沢くらいなら全く問題ないよ。」

 

一応、廻の財布の中にはいざという時のため、諭吉が3枚程顔を覗かせている。さらに普段廻が管理している将生の通帳には膨大な0が並んだ数字が印刷されている。(将生は浪費家。小遣い渡すと1週間でなくす。)そのために、多少の贅沢どころか、高級料理店に行こうが全く動じない程の金は手元にあるのだ。

 

「んじゃ、行こっか。洋、準備できた〜?」

 

「OKや!んじゃ、腹も減って来たし、早めに行こうか!」

 

「お姉ちゃんったら…。廻姉…すみませんがよろしくお願いします。」

 

「気にしないで!さぁ行こう。」

 

そう言って3人はドアを開けて、炎天下の中を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても…。」

 

「ん?」

 

「長野って大阪に比べて店少のうない?見た感じ周囲に全く見当たらへんし…大阪やったらすぐに見つかるのに、長野やと暫く歩いていないと見つからへんような気が…」

 

「人口が桁違いだししょうがない。でも、大都市で無いからこそ地元民しか知らない愛されている店とかがある。そういうところは大概美味しいって相場が決まっているの。」

 

「確かに…テレビとかで田舎の老舗の名店とかよく特集組まれますもんね…。とするとやはり長野にも?」

 

「あるみたいだよ。まぁ、近所の人から聞いただけで行ったことはないけどね。」

 

「…何やろ。私と同い年の廻が近所のオバハンと井戸端会議しよるって何処と無く違和感感じるわ。」

 

「長野に来た時から家事は全部私の役割だからね。アイツは家事なんてやってる暇ないし、手伝う余力もないからね。」

 

大阪と長野の比較といった、他愛も無い話で盛り上がる三人。

そんな会話を進めていくうちに、とある店が視界に入ってきた。

 

「あ、ここ。近くには店はなさそうだし、知り合いが勧めてくれたからここでいい?」

 

「せやな。」

 

「ウチは何でもいいんで大丈夫ですよ。」

 

こうして、たまたま目に入った喫茶店Roof-top、元は雀荘だったこの店に三人は入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

アンティークな色彩と音楽。そして、申し訳程度の店員の態度…。高級感と普通感が同時にやってくる不思議な店だ。

 

「三名様でよろしかったでしょうか?」

 

「あ!後から一人追加って問題ないですか?」

 

「廻、一人追加って?」

 

三人で食べるのかな?と思っていた洋榎は、意外そうな声を出してそういった。

 

「折角だから、私の部活仲間も洋と絹ちゃんに紹介しようかなって思って。それに……あれ見て。」

 

とある方向を廻が指差した。

 

「あれって………ほうほう成る程な。」

 

「あはは……私、生きて帰れるんやろうか?」

 

そこには雀卓。一般の人も打っていいらしく、既に幾つかの卓では近所の方々が対局を行っている。

 

「麻雀、打たれますか?」

 

雀卓に視線を向けていたことに気づいた店員が気遣ってそう聞いてくるが…

 

「ええやん、廻!三麻でも打とうや!」

 

「あと一人が揃うまで待って、洋。それに打つにしても昼ごはん食べてからね。あ、普通席でお願いします。」

 

「もう、お姉ちゃんはせっかちやな…。」

 

今にも飛び上がりそうな洋榎とそれを諌める二人と言う構図が出来上がるだけだった。

 

因みに廻の言う部活仲間とは、もちろん久のことだ。それ以外の誰でもない。

 

 

インターハイ予選以降、久は気を使ったのか何処と無く廻に麻雀について考えさせない様な行動をとっていた。具体的に言うならば、会話はするけど返答がよそよそしい、麻雀の話になりかけたら露骨に話を逸らすなど…。

それに関して怒っているわけではない。むしろ感謝しているのだが、やはり麻雀に所属している以上は、麻雀と向き合わなければ…。風越の一二三だけでなく、照を倒すには、こんなところでつまづいてはいられないという意思表示を彼女に示すためにも、私は久をここに呼び出した。

 

 

「喫茶店って、あまりお腹の足しにならない少食メニューが多いのかと思ってたんやけど…ここはガッツリ系もあるみたいやね。お姉ちゃん、決めた?」

 

「待ってーな。今二択で迷うとるところなんや。カツ丼かカツサンドか…」

 

とまぁそんなことを私が考えているとは梅雨知らず、この二人はメニューとにらめっこしているわけですが…

 

「炭水化物が和か洋かの違いやん。すぐ決まるやろ?」

 

「……うーん……。」

 

「あ!ほな私がカツサンド頼むわ。そんでお姉ちゃんがカツ丼頼んで食べ比べすればええやん。」

 

「え…でもええんか、絹?」

 

「うん!ウチかてガッツリしたもの食べたかったし…それに…お姉ちゃんと…一緒がええから。」

 

「絹……」

 

「お姉ちゃん。大好き!!」

 

 

 

公衆の面前で堂々といちゃついている二名はとりあえず視界の外に置いておき…(自分のことは棚に上げてる)

 

「すみませーん。カツサンドとカツ丼と日替わりサンドイッチプレート下さーい。」

 

「ありがとうございまーす。」

 

とっとと注文しておいた。早く来ないかな〜。

 

 

 

 

(……あの二人、絶対どっかで見たことがある気がするんじゃけど…。青い髪の子は知らんけど、後の二人の方は、雑誌か何かで見かけた気がするんじゃが…藤田プロがなんか言っていたような。)

 

いつじゃったっけとその店員は自分の記憶を掘り返すが結局その時は思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「ごちそうさまでした。めっちゃ美味かったわ、この店!」

 

「ごちそうさまでした。お姉ちゃんの言う通りやな!」

 

 三人とも昼食の味には満足し、食事の最後の挨拶を終える。

 

 

「お、もうすぐ着くってさ。」

 

「随分と早いんやな?」

 

「自転車飛ばしてるってメールに打ち込まれてた。漕ぎながら打ったのかはたまた止まった時に速攻で打ったのか…」

 

廻が久に連絡を取り、二人が予想していたよりも早くこちらに来れるという事がわかった。

 

「ま、実力の高い奴と打つんは久々やし、今からでも燃えてくるわ!」

 

「あれ…洋、貴方って今年のインハイ応援だったの?」

 

「ちゃうで。流石に全国から集まっとるから2年3年の層が厚い。レギュラーは無理やったけど、ベンチ入りやな。善野監督っていうウチの監督が抜擢してくれてな〜。姫松みたいな強豪校で一年生でベンチ入りって中々無いみたいやから感謝やな。」

 

「確か…今年のインハイはシードだったんだっけ?」

 

「なんやったんやけどな〜。準決で大聖院と風越に当たって負けたわ。先鋒戦で先輩が点棒ごっそり持って行かれたわ。」

 

インターミドルでいい成績を取ったとはいえ、やはり強豪校。自分の麻雀に絶対的な自信を持って私や照に立ち向かってきた洋でも、ベンチ入りが限界なんだと言うことを実感させられた。

 

「ま、一年生でベンチ入り自体、中々無いことらしいからウチは文句は無いんやけど。」

 

あはは…と手を後ろに回しながらそういう洋には、表情に浮かんでいる苦笑とともに何処と無く闘争心と悔しさを感じさせられた。よっぽどレギュラーに入れなかったのが悔しかったのか…それとも負けたのが悔しかったのかを推し量ることはできない。

 

その話が終わらぬうちに…

 

 

バタン!と音を立ててドアが開き

 

「ハァ……ハァ………」

 

汗だくの久がドアにもたれかかるように入ってきた。

…客からも店員からも注目を浴び、隣の愛宕姉妹は珍しく目を丸くしている。若干、関係者と思われたくないと言う気持ちが先行してしまったけど…私は悪くないと思う。

 

「廻!」

 

まぁ、そんな私の心情はお構いなしに彼女は、私に向かって来たわけなのですが…

 

「久…大丈夫。もう平気ですから。」

 

「心配……したんだから…!」

 

久が私に抱きつく。なんとか彼女を諌めようと、それに手を回すと、微かに久の体が揺れているのを感じる。

心配してくれていたと言うのがはっきりと伝わってきたと同時に、久に迷惑掛けてしまったこともすぐに理解した。

 

 

 

 

「…ごめんね。そして…ありがとう。」

 

私の目は、またしても一滴の雫を溢した。

その時、久の携帯がポケットから落ち、液晶パネルが光った。

そこに書かれてあったのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『久。一緒に麻雀しましょう! 』




取り敢えず洋榎の経緯はこんなところですね。
はい、有り体に言えば幼馴染です。照ではなくって、洋榎がそうです。
うーん、こんな口調でよかったっけ?愛宕姉妹って…と首を傾げながら書いておりました。
さて、今回も駄文でしたがこれからもどうか宜しくお願いします!!

(修正)廻の口調が基本敬語であることを完全に忘れていたので一部口調を修正しました。

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