「いらっしゃい」
「えーと……かぼちゃにていしょく? ってやつが食べたい」
がらららと音を立てて、五反田食堂の扉が開いた。相変わらず風情のある音だ。しかし、それよりも、俺には気になることがあった。入ってきて早々、たどたどしくもカボチャ煮定食を注文した声に、聞き覚えがあるのだ。
「その声……もしかして、ブルックスさんか?」
「……織斑」
ちょうど俺達がいるこのテーブルは4人掛けのものだったから、ちょうど空いていた蘭の隣、弾の前にブルックスさんを座らせた。……ひとつ年下である蘭と並べてもまだ小柄であることは、鈴の胸のことと同様、言わない方がいいんだろう。
「一夏さんのご学友の方ですか?」
「ああ、アイリーン・ブルックスさんって言って、すげー強いぞ」
「ああ、やっぱり外国の方なんですね」
自称五反田食堂の看板娘である、弾と蘭のお母さん、五反田蓮さんがブルックスさんに、カボチャ煮定食を運んできた。俺達も今食ってるんだが、カボチャの煮付けがすげー甘いんだよな。でもその分カレイは唐辛子を加えて煮込んであるから、バランスは取れていると思う。うまい。
「えーと、アイリーンちゃん? 俺、五反田弾。一夏とは同級生だ、よろしくな」
「私は五反田蘭、このバカ兄の妹で、一夏さんよりもひとつ下の学年です」
「……よく似てるな」
カボチャの煮付けをいつもからは考えられないような、ほんわかした可愛らしい笑顔で食べながら、弾と蘭を見比べて、ブルックスさんはそう評した。おう、俺も弾と蘭はよく似てると思うぞ。
「私はアイリーン・ブルックス。織斑のクラスメイト」
カボチャを食べるブルックスさんを見て、弾も蘭もふにゃっとした、嬉しそうな顔をしている。そうだな、まるで生まれたての赤ん坊を見ながらかわいいなあって言ってるドラマのお母さんみたいな顔だ。流石に俺は生まれたての赤ん坊とは関わりがないからな。でもわかるぞ。ブルックスさんは、決して愛嬌がある方ではないけど、どこか加護欲をそそる風貌をしている。小柄な体もそうなんだろうけどなぁ……なんでだろうか。
「それにしても、アイリーンさんはなんでここに?」
「親戚がIS学園に通ってたことあって、その時に日本人の友達とここに来たことあったんだって。昨日住所とおすすめメニューを聞いたから、来てみようと思って」
その親戚の方は、きっと甘党か辛党かのどっちかだろうな。カボチャの煮付けは甘いし、カレイの煮付けは辛い。その時、ブルックスさんの瞳が潤んだ。大きな紫の瞳に水膜が厚く張り巡らされる。そしてぽろっとこぼれた、涙とブルックスさんの言葉。
「からい……」
どうやら、ブルックスさんは劇的な甘党だったらしい。カレイの煮付けを一口食べただけで、涙をこぼすほどだ。そんなに辛いだろうか。
「弾、水だ水」
「あ、お、おう」
どたどたと慌ただしく席を立って水を取りに行く弾と、ブルックスさんにハンカチを差し出す蘭。俺はまだ箸をつけていないカボチャの煮付けを差し出した。すぐに出された水をぐいっと飲み干すブルックスさんを見て、こんな面があるところが、普段どことなく漂ってるのかもしれないなあと思った。以上、ブルックスさんが加護欲をそそる風貌についての考察。
「こんな可愛らしい先輩がいたら、楽しいんだろうなぁ……。決めました、私来年、IS学園を受験します!!」
本日、弾に走った衝撃ナンバーワンはこれだったんじゃないかってほど、すごい表情をしていた弾の姿があった。
**********
この間、五反田食堂っていう食堂を教えてくれた親戚、もとい義兄というか義姉と言うべきか、非常に困る人物が、もうすぐこのIS学園にやってくる。ゴールデンウィークに俺が稼働して集めたデータの処理までが、義兄ことミカエルの担当領域だ。……五反田食堂でのあの一件はなかったことにするように、ガトリングガンで織斑を脅しておいたから大丈夫だろ。……はぁ、この年にもなって、男が唐辛子ひとつで泣くのも情けない話だが。俺は神経が過敏な方だから、辛い物はご法度なんだよな。あれ辛いとか以前に、痛いし。
教室に入ると、女子生徒が何かのカタログ片手にわいわいと談笑にふけっていた。……ここには女子生徒しかいないってことは言ったらだめだ。俺とか織斑もいるんだから。そして、何かのカタログってのは、どう考えてもISスーツのカタログだろう。今日からISスーツの申し込みが始まるらしいし。まあ、既に専用機持ってる俺達や、専用機を持ってないにしても、企業所属か代表候補生なら試験稼働の際に使うから、そういう面子には無関係なことだろう。
「ねえねえ、アイリーンちゃんのISスーツって、どこのモデルなの?」
無関係だと思っていたが、違ったらしい。そうか、既に持ってるやつからスーツの具合を聞くってのは、ある種上手い。服の着心地の良し悪しなんて万人大体一緒だし、デザインは既に見ているんだから無問題なんだろうな。
「ミカエル・ブルックス製。私の専用として作ったらしいから、世界にこれ1着しかない」
「あー、そうなんだ! なるほどね、ありがとう!」
ちなみにこれ1着というのは真っ赤なウソではあるけど、まああいつは普段ISスーツを露出する必要ないから、いっか。
しばらくして、始業時間になり、千冬さんと山田先生が教室に入ってくる。千冬さんに恐れをなして、生徒は時間までにきちんと着席する。いいことだ。
「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れた者は代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもない者は、まあ下着で構わんだろう」
いや構うでしょ、千冬さん。俺はこの恰好だからわからないにしろ、織斑はどこからどう見ても男子だ。その目がある中で水着姿はダメだ。教育機関としてよろしくないだろ、と思ったが、はたと思いだす。そういえば、ここはIS学園。どこの法にも秩序にも捕らわれない学校だった。忘れてた。何かがあった時は織斑が淫行疑惑をもたれるぐらいで済むだろう。そうだった、そうだった。
「では山田先生、ホームルームを」
「はいっ! ええとですね、今日はなんと転校生さん達を紹介します! 入ってきてください!」
その時、教室のドアを開けて入ってきた、3人の姿。しかも、どれもが既視感を覚える人物だった。むしろ、最後に入ってきた、多分このクラスの誰よりも長身を誇る長い黄金色の髪に、白衣の人物については、見覚えどころの話じゃない。むしろ、顔だけで言えば、毎日鏡で見ているレベルだ。俺とおんなじ顔のその人物は優しくにこ、と微笑んだ。聖母だ。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」
最初に自己紹介をした、この人物。ミカエルが一番最初に開発援助に行った国、フランスで、よく似た人物を見たことがあるし、本人のことも一応知っている。デュノア社の専属パイロットだ。
「お、男……?」
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいらっしゃると聞いて本国より転入を」
同じ境遇、ねえ。真逆の境遇ってんなら、いるんだけど。女子がデュノアを見て黄色い声を上げる。女子高プラスアルファのこの学校の生徒はどうも男に飢えているらしく、男に見えればなんでもいいらしい。
言わせてもらえば、デュノアのどこが男に見えるのかがわからん。俺みたいに未熟児だっつーんなら、肩幅とか胸板とかあんなにうすっぺらくても説明つくけど。それにしては身長が高いんだよ。たとえモヤシだとしても、男は男性ホルモンで肩幅や胸板が女子よりもしっかりするようにプログラムされてんだ。
「あー、騒ぐな。静かにしろ」
「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから!」
千冬さんは出席簿をちらつかせ、山田先生は必死に生徒を宥めようとした。そうそう、まだふたり、自己紹介終わってなかったな。
「挨拶をしろ、ボーデヴィッヒ」
「はい、教官」
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました。……ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
ボーデヴィッヒ。こいつもミカエルがドイツに行ったときに会ったことがある。ドイツが欧州連合第3次トライアルに出品する「レーゲン型」のパイロットだし。俺がミカエルに呼ばれてその国に行くのは、試験稼働もあるんだけど、その国の、その機体に搭乗する予定のパイロットの模擬戦の相手もしなきゃいけねーんだよな。使い慣れてないやつに大きい力、もとい第三世代型兵器を持たせると何かやらかしたときに、模擬戦の相手が危険だろ? その点俺のISは防御についてはばっちりだから、そういう心配がないんだよな。
「あ、あの、以上……ですか?」
「以上だ」
狼狽えた山田先生の言葉をボーデヴィッヒはばっさりと切り捨てた。おう、いい切れ味だ。
「! ……貴様が」
ボーデヴィッヒの声色が変わったなーなんて呑気に考えてると、目の前でばしんっと強い音がした。そっちに目を向けると、あれだ。織斑がビンタされてた。ボーデヴィッヒのビンタは多分、結構痛いぞ。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」
「いきなり何しやがる!」
織斑が抗議せんと立ち上がると、ボーデヴィッヒは鼻を鳴らして空席に着いた。……相変わらずだなあ。ドイツ軍はどんな教育してんだ。まあドイツ軍が、って言うよりは、あいつ自身にドイツの冷氷なんて呼び名が着くぐらいだから、本人の問題かもしれねーけど。
「まだ自己紹介は終わってないぞ。さあミカエル先生」
「あはは……織斑先生に先生だなんて言われると、照れちゃうな……。ミカエル・ブルックスです。そこに座ってる、アイリーン・ブルックスは僕の妹です。担当授業はISの整備、武装開発、ISの基礎理論。部活動は、射撃部と、生徒会の顧問を受け持ちます。よろしくね」
この、千冬さんにミカエル先生と呼ばれた、長い金髪と白衣をなびかせ、織斑よりも高いであろう身長と童顔がいささか不釣り合いなこの人物こそが、俺の義兄もとい義姉であり、専属整備士と専属パイロットの仲であるミカエル・ブルックスその人である。イタリアの仕事が終わるのは6月中旬って聞いてたから、今ここにいることに割と驚きが隠せないんだが。
「あー、まあミカエル先生は、世界的に有名なあのミカエル・ブルックスだ。アラスカ条約の規定により、IS学園勤務が決定した。新人だから私のクラスに置くことになってはいるが、射撃武装については学園内一詳しいだろう。射撃武装に興味がある者は質問をするといい」
そうだな。ミカエルは大天才であるのも事実だし、特に近接格闘についてならともかく、他のことにおいては千冬さんより高いレベルにあるだろう。何せ、射撃武器を使う戦闘を、現役時代にほとんどしなかった千冬さんと、近接格闘も射撃武器を使う戦闘も行ってきたミカエルだ。開発の仕事もするミカエルは機体の整備とかデータ処理とかにも相当なレベルで詳しいし。ミカエルは、なんでモンド・グロッソに出ないのかってほどの操縦者だからなあ、実は。是非現役時代の千冬さんとモンド・グロッソの総合部門で戦ってほしい組み合わせではあるが、残念なことに、千冬さんが現役を退いている。非常に残念だ。
「では、ホームルームを終わる。各人はすぐに着替えて第2グラウンドに集合。今日は2組と合同でISの装着練習と歩行訓練、それから武装の展開を行う。解散!」
**********
織斑とデュノアは遅刻してやってきた。1組の列の端に加わると、すぐに千冬さんが今日の午前の授業の説明を始めた。まず、簡単な模擬戦闘を見せること。それからここにいる生徒全員が、訓練機ではあるがISを装着し、歩行してみて、更にそのISに搭載されている武装を展開してみること。この2点が主だった。誰が模擬戦を見せるのか……。ま、俺じゃなけりゃ誰でもいいけど。面倒くさいし。
「凰、オルコット。前に出ろ」
あ、俺じゃないぽい。よかったよかった。まあ、ミカエルが来たからキャンディもためらいなく使えるけどね。面倒くさい説明をミカエルに押し付けれるから。
そうそう、面倒臭いと言えば、2組の生徒に新聞部がいたらしく、キャンディを駆る俺の正体を探ろうと必死らしい。キャンディは原型機である「最碧」シリーズの高速機動特化型IS「最碧弐型」のバイザー型ハイパーセンサーを流用してるから、顔までばれてなかったみたいで、その新聞部から逃れられてるけど。
ちなみにこれは音速化での戦闘の際、風や大気中の塵から目を守るためにシールドエネルギーを浪費しないために、あえて旧式のバイザー型を採用しているそうだ。
ドゴォォォンン
……えーと。今すごい音したけど大丈夫か。ラファール・リヴァイヴを纏った山田先生が、織斑と重なり合って倒れている。ごろんごろんとすごい音がしてたから、ふたりして転がったんだろう。そりゃISが2機も転がればすごい音もするはずだ。
その時レーザーが織斑の頭があったところをかすめたり、何かが投擲されたりした。明らかに怒ってる表情のオルコットと、凰が主犯らしい。……一体何をしてるんだか。
その投擲された何か、もとい凰のIS「甲龍」に搭載されている近接ブレード≪双天牙月≫はブーメランと同じ原理で飛んでるわけだから、必然的に織斑の方へ戻ってくる。それの両端をきっちりと弾き、軌道を逸らしたのが、あのふわふわとしてて、たまに俺より年下なんじゃないかって思わせるあの山田先生だとは思うまい。人は見た目じゃねえなあ。
山田先生が両手でマウントしてるのはクラウス社製51口径アサルトライフル≪レッドバレット≫。アメリカが大国ってのもあるんだろうが、割とISにおいても安定性があることで定評のあるアメリカのクラウス社製品だ。実用性にも優れてる。前に銃器オタクもとい義兄がそれを収集してたから試し撃ちしたことあるけど、なかなかいいものだった。
そして、何より山田先生の実力だな。仰向けに倒れた状態から、上体を軽く起こしただけの状態で射撃を行って、あの命中精度。モンド・グロッソで通用するかって言われたら困るけど、でも実戦レベルなら確実に戦力にはなると思う。が、さっきのすごい音は多分山田先生が突っ込んできたせいだろうから、機体の操縦って面ではやや問題があるな。千冬さん曰く、山田先生は日本の代表候補生だったらしいけど、候補生どまりだったってことは、つまりそーいうことだろ。
オルコット、凰組と山田先生の2対1の戦いはあっけなく終わる。
オルコットは回避先を読まれ、凰はウェイトのある衝撃砲を簡単に出し。正直、山田先生は空中で浮きつつ、そこまで動いていない。やはり、射撃の腕はいいけど、機体操縦に難があったんだろ。射撃の腕だけなら、千冬さんみたいな圧倒的な存在さえいなけりゃ日本代表になったっておかしくねーし。
「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以降は敬意を持って接するように。専用機持ちは織斑、オルコット、デュノア、ブルックス、ボーデヴィッヒ、凰だな。では8人グループになって実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやること。いいな? では分かれろ」
その合図と共に、2クラス分の女子生徒がデュノアと織斑の方へと流れる。……どれだけ男に飢えているんだか。残念ながら俺には男に飢える気持ちがわかるはずもないし、こんなところにいれば女に飢えるどころか飽きるぐらいだ。全くわからん。
「この馬鹿者共が……。出席番号順にひとりずつ各グループに入れ! 順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド100周させるからな!」
頭を抱えた千冬さんが低い声でそう言った瞬間に、女子がびしーっと各リーダーの前に一列に並んだ。なんだ、やればできるじゃん。さて、用意されていた訓練機は「打鉄」「ラファール・リヴァイヴ」ともに3機ずつか。それで早い者勝ち、と。
「この中で、IS稼働時間が50時間超える人いれば、手挙げて」
俺の班には、俺が顔と名前を一致させられる人物は本音しかいなかった。まあクラスメイトも半分覚えてるか怪しいぐらいだから、そんなもんだろ。ちなみに、本音とは生徒会書記の布仏本音のことだ。虚さんから「紛らわしいので名字で呼ぶのはやめてください」と言われた。それもそうだ。俺の班のメンバーをぐるりと見回す。挙手してる者はいない。……うん、迷いなく「打鉄」だな。
「早い者勝ちらしいから、早く取りに行こう」
「だねーあーちゃん、リーダーカッコイイー」
「本音、歩きにくいから」
ちなみにたまに開かれる生徒会の度、寮や食堂で会う度。本音が腕に絡まってくるので、それを引き剥がすのも容易にできるようになった。慣れってこえーな。
「あ、あの。どっちを使うんですか?」
「打鉄。早くしないと、なくなるかも」
とは言いつつ、先に売れるのはリヴァイヴだって確信してたりする。
打鉄って日本の鎧武者っぽい見た目のせいで、割と外国人だけでなく大体の女子から遠ざけられてる印象がある。あの性能の高さ、安定性、汎用性の高さからしたら、世界シェア首位に立ってもおかしくないのに、未だ2位っていうのはそういうことだ。
あとパッケージや、
「なんで打鉄? ラファール・リヴァイヴの方がいいんじゃない?」
「説明は後。早く運ぶよ、終わるの遅くなって居残りとかゴメンだから」
訓練機の乗ったカートの前でリヴァイヴを装着して待機している山田先生に、打鉄を求めると、うんうんと頷いて打鉄のカートを渡してくれた。6機中、これで3機目だが、今までに借りられている訓練機はどちらもリヴァイヴだ。えーと、オルコットの班と凰の班か。しばらく見てたが、デュノアは自社製品であるリヴァイヴではなく、打鉄を選んだ。なるほどな、優秀だ。
俺達に割り当てられた場所までカートを運んだ後、装着をする前に、打鉄を選んだ理由を求められた。まあ後でって言ったもんな、面倒臭い。
「一言で言えば、打鉄の方が初心者に優しい機体だから。リヴァイヴは
8人のうち、一番最初はうちのクラスの生徒。そりゃそうだ、1組と2組が4人ずつの構成だし。でも名前はわかんね。
「設定でパーソナライズ、フィッティングは切ってあるらしいから。とりあえず、装着まではいい?」
「うん。装着完了だよ」
「じゃあ歩くか。そこ、どいて」
最初の装着者の前に立っていた生徒を避けさせて、歩くように指示する。初心者である割には、非常に歩行がスムーズだ。俺が初めてISに乗った時みたいによたついてもいない。やっぱ女子が乗るためのものだから、女子にはISも優しいんだろうな。
「あと5メートル歩いたら、折り返してここまで戻ってきて」
「よし、じゃあ装着解除。絶対にしゃがんだ状態でやって」
俺がそういうと、ちゃんとしゃがんで解除した。うん、問題のない生徒ばかりで何よりだ。みんなこうなら千冬さんも楽なんだろうな。このペースで行けば、午前の授業どころか、2コマ目終盤ぐらいで全員の装着、歩行が完了しそうだ。……そういえば、余った時間は何をするのか。
「あれ? ブルックスさんの班、早いですねー! あと何人ですか?」
「今歩いてるのが最後です」
やってきたのは山田先生だ。もうリヴァイヴは身に纏ってないけど、ISスーツ姿だ。つまり何が言いたいかというと、あれだ。生徒と比べてはならないものがあって、以下略。一応俺もこんななりしてても男だし。……見えないって言ったやつ、前に出ろ。もっかい≪雷鳴≫の貫通力を試したい気分だ。
「それじゃあ……時間が余っちゃいますので、前倒しして、武装を展開してみてください。あ、射撃武装はまだ撃っちゃダメですよ!」
俺が頷くと、山田先生は他の遅れてる班の手伝いをしないといけないのか、どこかへと歩いて行った。ちなみにその遅れてる班とはボーデヴィッヒ、織斑の班だ。理由はなんとなく想像が着くけど。
『ブルックスさん、歩行もできたよ』
『じゃあ装着解除して』
『了解!』
みんな
「山田先生が今言った通り、もう武装の展開に入るから。このコンソール見て」
打鉄の外部コンソールを開く。そこに羅列されているのは、この打鉄に搭載されている武装の一覧だ。……一覧つっても、そんなにないけど。
「近接ブレードとサブマシンガン。まず近接ブレードを展開。そのあと収納。それからサブマシンガンを展開、収納で」
多分この打鉄は訓練機だから、これだけしか武装が載ってないんだろうな。教員用は打鉄とリヴァイヴではリヴァイヴの方が多いし、打鉄を使うのは千冬さんタイプの人だけだろうな。そんだけ、実戦では複数の武装を使い分けなきゃいけないってことなんだけど。
『ねーねーあーちゃん、近接ブレード出てこないよ~?』
おっと、本音からSOSかよ。
「初めのうちは、まだ展開に慣れてないから。武装の名前を呼べば展開しやすいはず」
全員に言っておくべきだろうと思って、声を大にしていった。みんながなるほど、と頷いてくれる。さっきから、割と俺が何か言う度にこの反応が返ってくる。
『あーちゃん、近接ブレードの名前、なんて読むの?』
『≪
『あおい、ね。わかったー』
本音が右手を前に突き出して、あおい! ってむちゃくちゃひらがな発音で武装を呼び出したのは気のせいにしておこう。なんで日本人の本音よりも俺の方が日本語に強いんだ。≪葵≫を展開できたのが余程嬉しかったのか、本音がえへへーとゆるんだ笑顔を見せていた。女の園、もとい女だらけの地獄のなかで、本音の笑顔には心が洗われる気分だ。……笑顔の下は見てないからな。