5月に入って早々。日本でいう「ゴールデンウィーク」なるものを利用して、一度イタリアに飛ぶ。今ミカエルこと我が義兄もとい義姉は、イタリアの第三世代ISテンペスタⅡ型が欧州のトライアルに出るってんで、そっちの開発の手伝いをしている。
今その欧州のトライアル、こと欧州連合第3次イグニッション・プランで一番実用化が進んでるのはイギリスのティアーズ型。つまりオルコットの「ブルー・ティアーズ」のタイプだな。これはまあ、各国の技術力などなどよりも、ミカエルがいつ開発援助に入ったかってのが問題だと思う。おんなじ期間しかいないはずだけど、やっぱティアーズ型は早く型ができただけあって、他国よりも実稼働データが多いらしい。んで次に進んでるのがドイツのレーゲン型か。機体性能だけで言えばレーゲン型が一番いいな。エネルギー効率も考えてあるのがいい。第三世代型ISの問題はやっぱり、エネルギーの運用にあると思うし。
テンペスタⅡ型-イタリア製第二世代型量産IS「テンペスタ」の後継シリーズ。「テンペスタ」のコンセプトを引き継ぐから、割と武装の方向性も早い段階で決まってたらしいけど、実装に苦労してるとか。現在件のトライアルで2番目に遅れている国だ。ちなみに、一番遅れてるのはフランスなわけだが、残念なことにフランスは一度既にミカエルが協力しちゃってるんだよな。第二世代型量産IS「ラファール・リヴァイヴ」製作時に。
世界シェア第3位を誇る第二世代最終機で、飛翔する武器庫とまで呼ばれるようになったこいつが完成したのは、ミカエルの助力あってこそだろうな。「ラファール・リヴァイヴ」は機動性と
今日俺がイタリアに向かう理由は、簡単だ。ひとつは、ミカエルが持っているはずの、俺の専用機の新しい武装を受け取りに行くこと。もうひとつは、テンペスタⅡのテストパイロットだ。
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結局、日本に戻れたのは二週間も経ってからだった。移動が飛行機だったから、余計に長かった。これぐらいの距離、俺のISでぶっ飛ばせば一瞬で着くっていうのに。……流石に一瞬は言い過ぎた、でも2時間かかんないから、このクソ長い飛行機に比べたら一瞬だ。
んで、IS漬けの二週間のせいでわかんなかったけど、今日は5月23日。明日は5月24日。クラス対抗戦は5月24日。つまり、明日だ。なんて妙なタイミングで到着したんだろ。ちなみに席は
悲しきかな、翌日俺はオルコットと篠ノ之に連れられるがまま、1組のピットへと運ばれた。体格だけで言えばどちらも俺より身長とかもある上、オルコットは代表候補生として、篠ノ之は鍛錬の一環として肉体を鍛えてるだろうから、この未熟な体ひとつ引きずり運ぶぐらいは容易なんだろう。……言ってて空しい。
「で? 対戦相手は誰」
「お隣のクラスに、最近転校してきた凰鈴音さんですわ。なんでも、中国の代表候補生らしいですけど」
「あーあのチビで貧乳のやつね……」
篠ノ之が俺のほうをジロッと見た。あ、また口が滑った。このまま機密事項でも言い出しそうで自分が怖いわ。でもまあ、事実だから仕方ない。……自分のことを棚に上げてるとか言ったやつは来い、≪アザリア≫6000発モードで許してやる。
「そういえば、アイリーンさんはここ数日、どちらへ?」
「イタリア。テンペスタⅡの試験稼働のために呼ばれた。ミカエルが今、イタリアにいるし」
「ああ、そういえば。わたくしの「ブルー・ティアーズ」の試験稼働も、アイリーンさんがなさったのでしたわね」
オルコットの言うとおり、イギリスのティアーズ型、もとい≪ブルー・ティアーズ≫試験機第1号「ブルー・ティアーズ」の試験稼働をしたのは俺だ。そこでBT適性Sランクを叩き出したっていうのは、俺のトップシークレットのひとつである。まあビットを使うよりミカエル製のシステム≪TS≫と離接銃火器をリンクさせて使った方が、エネルギー効率も使いやすさも抜群にいいんだけどな。そりゃそうか、ビットはビット自体を自由に動かせるけど、≪TS≫ではロックオンの為に方向変えるぐらいしかできねーし。エネルギー効率がいいのは当たり前だった。
「ブルックスは香港の国家代表なんだろう? ならばなぜイタリアやイギリスのISに乗っているんだ」
篠ノ之が怪訝な表情でそう聞いてきた。そりゃそうだ、俺だって普通なら異常だとしか言えないし。今でも十分異常だけど。
「私の義兄が、アラスカ条約で世界各国のIS開発の援助をしないといけないことになってて。私が義兄の専属パイロットだから、国を超えて試験稼働してる。まあ簡単に言えば義兄のせい。あとイギリスに関しては、割とイギリスと香港は仲いいし」
「そ、そうか……いろいろと大変なのだな」
篠ノ之があまり納得した様子ではなかったが、特等席こと1組側のピットについたので、話を切り上げて、中に入った。
ピット内にある、リアルタイムモニターの前にパイプ椅子を持ってきて座る。織斑はアリーナに既に出ている。中国の代表候補生、凰鈴音と睨み合ってるが、えーと。中国の第三世代ISの専用武装はなんだったかな。俺が試験稼働した覚えがないってことは、ほぼミカエルも手を出してないってことだ。まー多分、中国政府が「汚らわしい香港人が試験稼働するなんて許せるか」とか「イギリス人の力なんぞ借りなくても第三世代ISを完成させられる」みたいなこと言って、ミカエルの助力を断った感じじゃないかな。親父に話を聞く分には、香港がイギリスから返還された頃から、香港に対する中国からの風当たりが強いって言ってたし。だからこそ、今は香港と中国の対立もはっきりと目に見えるものになってるし。イギリスが勝手に作った香港軍が解散してないのは、つまりそーいうことなんだろ。
「なんだあれは……?」
開始のブザーが鳴り、お互いに斬りかかり、何度か攻防をしているうちに、凰の
「ああ、衝撃砲か」
「衝撃砲ですわね。アイリーンさんはご存じではなかったのですか?」
「私が搭乗した記憶はないな。大方、私が香港人だから中国政府が嫌がったんだろう」
衝撃砲。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰の衝撃を砲弾として撃ち出す、空間圧作用兵器。……うーん、中国でもこんな兵器作れんのか。見えない砲身や砲弾ってのは、確かにある程度のやつには効果的だ。でも、戦い慣れてる奴にとってはまったく関係ねーんだよな。だってレーザーより遅いし。しかも、レーザーやビームと一緒で、ある程度タメがないと強力な攻撃ができない。つまり、最高出力の連射が効かない。そういう難点を除いても、面制圧には使えそうだし、悪かない。それだけに、中国の技術でここまでの兵器が作れることに疑問を感じる。技術を置いといたとしても、発案の時点で謎がな……。
「あら、どうしたんですの? 顔色がよろしくなくてよ」
「……いや、中国が衝撃砲なんて開発できることに驚いて。なんでもないから気にするな」
その時、ズドォォォンというすごい音がして、アリーナ全体が揺れた。ハイパーセンサーだけ起動する。
-IS「ヴァイオレット・キャンディ」 待機モード から 索敵モード に移行します
-ハイパーセンサー 起動します
ステージ中央に上がる黒煙。検索、登録ISに該当武装なし。……つまり、部外者の乱入ってやつか。
-索敵検索終了
-検索結果 登録されていないISです
-該当ISの座標を確認します
-現在位置の状況を調べます
「オルコット、お前を代表候補生として見込んで頼む」
オルコットも篠ノ之も、狼狽えた様子だ。そりゃそうだ、アリーナにはISに張ってあるよりも強固なシールドバリアーがあるはずなのに、それを突き破るモノがあっただなんて考えたくもない話だろう。俺だって頭が痛い。
「うちのクラスに、布仏本音っていう生徒がいる。そいつも生徒会だから、そいつと協力して、アリーナにいる全生徒を第2更衣室、第3更衣室に押し込めろ」
「え、更衣室ですか?」
「いいから早く!!! 生徒は残らずすべてそこに入れておけ。入れたらお前も入って出てくるな」
「は、はい!!!」
オルコットが篠ノ之を連れてピットを出たのを確認する。それと入れ違いで千冬さんと山田先生がピットに入ってきた。
「千冬さん、生徒は第2、第3更衣室に誘導するように言っておいた。今アリーナの状態の検索も終わるからちょっと待って」
-検索終了
-現在位置 IS学園第2アリーナ Aピット
-第2アリーナ遮断シールド レベル4に設定されています
-フロアゲート、アリーナゲート 共に
「出た。遮断シールドレベル4、フロアゲートとアリーナゲートが閉まってる。侵入者は登録されていないコアによるISだと判明。現在織斑がロックされてる。山田先生、3年の優秀な人を集めて、システム解除の依頼を。千冬さん、俺が今からシールドを破って侵入するから、そこからふたりをアリーナ外に出し、保護してくれ」
「はっ、はい!!」
「……ブルックス、お前はひとりであの侵入者を処理できるんだな?」
山田先生は急いでピットを飛び出ていった。千冬さんは俺をじっと見つめている。疑っている目というよりは、信頼と確信に満ちた目で。
「当然。第3代ブリュンヒルデの称号を舐めてもらっちゃ困る」
千冬さんはにやっと笑って、了解と言った。……さて、俺も動くか。
「織斑、凰。今からDピット脇のシールドに穴を開ける。そこから入ってくる紫のISはIS学園生徒会が誇るIS操縦者だ。安心してその穴からアリーナ外へ出ろ。そこで千冬さんが待ってる」
「アリーナのシールドに穴!? そんなもん開くわけないでしょ、誰だか知らないけど邪魔しないでくれる!!!」
「開くから織斑、そいつを引きずってでも帰投しろ。いいな。今は開けた穴がすぐに塞がってしまうから早く」
俺は
-IS「ヴァイオレット・キャンディ」 索敵モード から 戦闘モード に移行します
-離接アサルトライフル≪レイン・ドロップ≫展開
-物理シールド≪ディープ・ミラー≫展開
-近接ブレード≪雷鳴≫展開
-システム≪RTS≫作動 ≪レイン・ドロップ≫とリンクします
-システム≪ALS≫作動 ≪レイン・ドロップ≫とリンクします
「Dピットの近くにいたら死ぬから避けろよ」
-IS「ヴァイオレット・キャンディ」 リミッターを限定解除します
左手に握った超振動大型ランス、≪雷鳴≫。こいつは元々「シールドバリアーを貫く」ことを目的に開発された兵装だ。普段は軍用機として、競技に使う際に出力を20%まで落とすためリミッターをかけてはいるけど、そのリミッターが完全作動していてもシールドバリアーを貫通する。それがこいつだ。まあ、これは大きさから見ても明らかに殺人兵器だから、競技に使うのにはあんまり向かないんだが。
俺はふわりと浮きあがり、左手のランスを掲げる。そしてそのままアリーナへ向かって突っ込む。俺がぐぐ、と軽く力を込めれば、アリーナのシールドに穴が開いた。そのままスラスターを吹かして加速し、敵機に突っ込む。首と肩がまっすぐつながったような、異形の
-調査終了
-敵機から人間の脈拍が感じられません 無人機です
やっぱりか。人間にはできねー動き……人間には関節とかの関係で、できねー動きってあんだよ。たとえば昆虫にバッタっているだろ? あいつみたいな動きが人間にできるわけねーだろ。そういう意味で、人間にはできねー動きをやすやすとやってんだよ、あのIS。でも、動力が機械なら納得だわ。これで、容赦せずに≪雷鳴≫を振るえる。つい数日前に、ミカエルから受け取ったばかりの新兵装、それがこの≪雷鳴≫だ。試し突きには、いい相手じゃねーの。
俺はにやりと笑った。
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一夏に半ば引きずられる形でアリーナから飛び出した。そこには、さっきの
「千冬姉、これは……?」
「生徒会実働部隊隊長が、アリーナの観客をここと、隣の第3更衣室に避難させるようにと指示を出したのでな。あのモニターはリアルタイムだ、あれを見てしっかり学べ」
装甲の色と同じ色をした大きな盾と、更に巨大なランスを持った、紫色のIS。その搭乗者の顔はバイザー型ハイパーセンサーに阻まれて見えなかった。そのISの左手にある、気が違っているとしか思えない巨大さを誇るランス、あれがさっき、アリーナのシールドを貫いて。あたし達と入れ違いに、アリーナの中に入っていった。
「あれ、学園の先生なのか?」
「馬鹿者、生徒会実働部隊だと言っただろうが。あれは生徒だ。この学園が有事の際、学園中の教員を指揮するのも、生徒会実働部隊の隊長、つまりあいつだ」
「でも、すげー強いんだろ?」
「私が、弱い生徒をそのような職に就かせるわけがないだろう」
侵入者のビームを、右手に掲げた盾で防ぐ。……いや、防ぐどころか、反射してる!? 貫通属性のビームをいとも容易く弾き返すなんて、どうなってんの、あの盾? 弾かれたビームが侵入者に当たり、被害は侵入者の方に出てる。何あれ、ビームが全然効かないんだ? その時、紫のISがバカでかいランスを高く掲げ、背中にある4対の
「
世界最高峰の貫通力。あたしは国家代表のこととか、興味ないからわかんないけど。そのへんの国家代表なんて蹴散らしちゃうんじゃないかってぐらい、圧倒的な。紫のISがランスを片手に、超加速をして侵入者に激突する。ランスは侵入者の腹部をいとも容易く貫通して、装甲に一気にヒビが走る。そしてそのまんま、ばらばらと砕け散った。灰色の侵入者だったものの前で何事か口を動かすと、満足げに頷いて、Cピットに向かって飛んだ。
『千冬さん、遮断シールドがレベル2、正常に戻ったらしいよ』
織斑先生のインカムに届いた声。さっきの、あたし達に退くように言った声だ。織斑先生はそれを聞いて頷いて、生徒達は教室へ戻すと告げた。
そのあと、織斑先生の誘導で、2組の教室に戻り、ホームルームを終えて、今日のところは放課となった。クラス対抗戦も無効試合。一応、3組と4組の現在の様子を見るために、一応そこの試合だけは、今度別に時間を取ってやるらしいけど。……あの時の紫のIS。すごかった。たしかにスラスターの性能もすごいよさそうだったけど、使い方をわかってるってカンジ。……あたしも、あんなふうに、圧倒的な強さになれたらなあ。もっと強くなれたら、お母さんの言うことばっかり聞かずに、お父さんにも会いに行けるのに、なぁ……。