月曜日。どの月曜日かというと、入学式のちょうど一週間後の月曜日だ。それが意味するのは-クラス代表決定戦。俺が最も待ってないイベントである。何が悲しくて得することもなく、自分の機体を晒さないといけないのか。とりあえずキャンティを使う予定ではあるけど。だってキャンディの性能まで晒すわけにはいかないし。……ミカエルの専属パイロットとして、何度かオルコットと戦ってるのは隅においておこう。それでも、1年1組の全員にいきなりキャンディを見せるわけにはいかねーだろ。軍用って言ったって、あれはおかしいって俺だってわかる。あと、盾の原理聞かれるのが面倒臭い。あれの説明をするのはすごい面倒臭い。ミカエルが来るまでは絶対に使わない。
「あら、アイリーンさん。うふふ、やっと愚か者にわたくし達の力を見せ付けることができますわね」
「オルコット、そういう言い方はイギリス人の品性が疑われる」
「こほん。これは失礼しました」
第3アリーナのCピットに、オルコットと俺はいた。俺達も第2試合で当たるが、まあいいだろう。今まで何度か模擬戦をしてきた仲だから、オルコットも何か新しいものを積んでない限り、俺に見られて困るものなんてないだろ。俺は俺で、見られるも何もないし。千冬さんも山田先生も織斑のいるAピットにいるから、俺がこっちに来ても何も言われないだろう。
「千冬さんから。オルコット用のエネルギーチャージ用の補給パックはDピットにあるらしい。もし織斑とやった時にシールドエネルギーが1でも削がれた場合は、それを使うように」
「わかりました。まあ、わたくしとティアーズからシールドエネルギーを奪うなんてこと、できるかは置いておきますわ」
「はあ……油断大敵なんて基本的なことを言わせるんじゃない」
その時、パシュッと空気の抜ける音がした。Cピットのゲートが開いた音だ。これはつまり、さっきまで山田先生がバタバタしていた理由でもある、織斑の専用機がやっと届いたことを意味する。一体何があったら木曜日納入予定が月曜日まで延びたんだ。
「それでは、行ってきますわね」
オルコットがそう呟いて、ピットゲートからイギリス製第三世代型IS「ブルー・ティアーズ」を纏って、アリーナ内へと飛び出した。……さて、俺も俺で用意するか。俺が出るのはえーと……Bピットか。
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「大馬鹿者」
セシリアとの対戦を終えて、Aピットに戻ってきた俺が言われたのは、このセリフだった。
-セシリアとの戦いは、勝てる、そう思ったのに負けてしまった。千冬姉いわく、武器の特性を理解してないからだそうだ。……ごもっともです。
「織斑くんは、これを使ってエネルギーをチャージしてくださいね」
ガソリンタンクよりもまだ大きいやつを、山田先生は指さした。なんだこれ……。
「これは、ISのエネルギーを補給するためのものだ。競技だけでなく、実戦でも配備されるものだが、実戦用はこいつの数十倍の値段がする」
あの千冬姉が、明確な値段を言わないってことは、実は相当高価なものなのか? これ。とりあえず、山田先生の指示に従って、白式にエネルギーを補給させる。ふと視線を上げると、そこには既に、ブルックスさんが出てきていた。アリーナと観客席の間にはISのシールドバリアの何倍もの強度のシールドがあって、それでアリーナには観客席の声は聞こえないらしいんだけど、見てたらわかる。あれは、ブルックスさんに対して黄色い声が飛んでるんだ。そりゃ国家代表だもんな。人気もあるはずだよ。……俺は最近まで知らなかったけど。
「織斑、篠ノ之。この戦い、よく見ておけ。どちらも射撃型の機体の戦いになるが、代表候補生と代表の戦いだ」
白式とはちょっと違う、温かみのある白の機体を身に纏ったブルックスさん。特徴は、やっぱり左腕部の装甲がまったくないことだろう。それと、頭の後ろにある、
「第三世代型軍用IS「リリー・キャンティ」。中距離から遠距離での射撃を得意とする機体だ」
目立った武装を手にするでもなく、アリーナのBピット前に浮いているブルックスさん。全体的に、上半身の装甲はとても少なく、下半身の装甲が分厚く見える。なんでだろうか。射撃でも、やっぱり胸とかを狙った方が、絶対防御が発動するよな? なのになんで上半身があんなにがら空きなんだ。俺がそうやって首をかしげてるうちに、エネルギー補給の終わったらしいセシリアがアリーナに降りてきた。レーザービット4機のうち、さっき俺が3機破壊してしまったが、2機はシャンプーの詰め替えパックみたいに替えの部品があったのか、ミサイルビット2機とレーザービット3機の合計5機になっていた。流石に武装が全復活とはいかないか。
「射撃型同士の戦いって、どうなるんだ……」
俺と箒は、固唾を飲んで見守った。俺のISもエネルギー補充が終わったし、ハイパーセンサー越しに観戦してみるか。どれどれ……。
IS「リリー・キャンティ」。登録者アイリーン・ブルックス。現在出ている武装はシステム「リリーズ・ララバイ」……。どれだよ。ブルックスさん、何も持ってないぞ……。でも、システムってことは、目には見えないのか。でもそれでどうやって戦うんだよ?
その時、開始のブザーが鳴った。セシリアが手にしていた特殊レーザーライフル「スターライトmkⅢ」は開始前から初弾のエネルギーはロードされており、セーフティも外れていた。ブザーが鳴った瞬間、セシリアはレーザーを放つ。ブルックスさんはそれを避けようともせずに、左手を前に掲げ、気付いた瞬間には長大なライフルを手に持っていた。検索、該当武装あり。68口径スナイパーライフル≪クロカシア≫。しかし、でかい。一体何メートルあるんだあのスナイパーライフル。
ブルックスさんは開始のブザーから、セシリアがレーザーライフルのトリガーを引くまでの間でこのスナイパーライフルを展開して、ロックオン、そして着弾はほぼ同時だ。速すぎる。弾速も、ブルックスさんも。千冬姉は基本的に近接格闘オンリーだったからよくわからないのが本音だが、あんなに速くコール・ロックオン・トリガーなんてできるもんなのか?
そしてブルックスさんのシールドエネルギーが減らず、セシリアにだけ完璧に被害が及んだ。……あれ? セシリアのレーザーも当たったよな?
「一言で言えば、オルコットはブルックスのISに対し、非常に相性が悪い。とにかく、ブルックスのコレは射撃型に滅法強い。後方支援型機でありながら、実質マルチロール機と相違ない」
「千冬姉、今セシリアのレーザー当たったはずだよな? なんでセシリアだけダメージ受けてるんだ?」
「織斑先生と呼べ馬鹿者」
バシーンと出席簿が降ってきた。あ、シールドエネルギーが4減った。やばい、千冬姉強すぎる。千冬姉の出席簿アタックやばいぞ。
「そうですね、私にもオルコットさんの射撃は当たったように見えましたが……」
山田先生も俺の言葉に頷いてくれた。というか、まあそもそもにして、なんでレーザーとスナイパーライフルの弾丸がおんなじ速度で飛ぶんだってところも聞きたいけど……。それよりも、なんでセシリアだけがダメージを受けたかだ。
「理由は第三世代型兵器≪リリーズ・ララバイ≫だ。ブルックスの「リリー・キャンティ」に搭載されているシステム兵器で、戦闘に直接関する面だけ見れば、従来のエネルギーシールドと、あまり性能差はない。強いて言えば、射撃武器やレーザー兵器、ビーム兵器が一切効かん」
おいおい、ちょっと待ってくれ。射撃武器が一切効かないって……セシリアには、どうしようもなくないか? セシリアはミサイルビットで攻撃するしかないってことだろ。でもブルックスさんはミサイルぐらい平気な顔をして迎撃しそうなイメージがある。しかもその時点で、まだ強いて言ってるってことは、それよりももっとえぐい機能が付いたエネルギーシールドってことじゃ……。やばい、「リリー・キャンティ」やばい。
「しかし第三世代型兵装は未だエネルギー効率の面が不安定なため、現在実戦に配備されているISは、ほとんどが安定している第二世代型だ」
「それはつまり……ブルックスのその、≪リリーズ・ララバイ≫によって、シールドエネルギーを浪費するのを待てば、オルコットも勝てるということですか?」
「そうも簡単にいかんのが、あの兵装だ。あれは、太陽の光によってエネルギーを補給することができる。つまり、言ってしまえば、この試合はほぼやるだけ無駄だ。オルコットも、そのあたりは自分でよくわかっているだろう」
太陽光でエネルギーチャージできる!? すげえ……香港ってそんなにISの技術が進んでたのか。俺や箒の間に衝撃が走る。それとは逆に、山田先生はなるほどと言って頷いていた。流石先生だ、いろんなことをご存じで。
「香港はISが登場した時から、ずっとISに関してはリードしてる国ですし、納得ですね」
「その上、ブルックスの機体はアイツと並ぶとまで言われている天才技術者が手を加えているからな」
お、俺もその人は知ってるぞ。ミカエル・ブルックス。ISの武装開発の第一人者であり、優れたIS技術者。金髪の、綺麗な顔立ちの男の人だったな。歳はたしか……山田先生よりちょっと若いぐらいだったか。新聞には年齢も書いてあったはずだが、残念ながらそこまでは覚えてなかった。よくよく思い出せば、ブルックスさんと顔も似てるし、おんなじファミリーネームか。兄妹とかだろうか。
その時、ブーとブザーがなった。セシリアのISがシールドエネルギー、0。つまり、ブルックスさんが勝った。……ははは、見て戦術を立てようと思ってたのに、全然見てなかったな。
「織斑。ブルックスはチャージがいらんようだから、アリーナで待ってるそうだ」
「わかった」
「敬語を使え、馬鹿者」
また出席簿を喰らったら、今度はシールドエネルギーが6削られて、俺が逆に待たせる羽目になった。
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俺とオルコットが戦ってる間にエネルギーを補給してたはずの織斑が、降りてくるのに時間がかかっていた。どうせ千冬さんにまた出席簿アタック喰らったんだろうなんて、容易に予想はつく。あれはシールドエネルギーを削るぐらい、普通にできると俺は思っている。
ちなみにさっきのオルコットとの試合は、一番絶対防御が働きそうなところを狙って、確実にスナイパーライフルで仕留めただけだ。逃げ回られようが、一応狙撃手として育てられてたからな。俺のロックオンから逃げるのは、相当高速戦闘に長けた機体と操縦者でなきゃ無理だ。ただまあ、これはオルコットが射撃に特化した機体だったからこれでよかったものの……。織斑は近接格闘を使うタイプだし、千冬さんの≪零落白夜≫を使う。あれは流石の俺でも恐ろしい。……だから、弾幕でも張るか。
ビーッ
-IS「リリー・キャンティ」 戦闘待機モード から 戦闘モード に移行します
-システム兵器≪リリーズ・ララバイ≫作動
-20mm口径6砲身ガトリングガン≪アザリア≫展開 4000発をロードします
-システム≪ALS≫作動 ≪アザリア≫とリンクします
開始のブザーが鳴る。それと同時に、20mm口径6砲身ガトリングガン≪アザリア≫を右手に展開し、地に足を着けて構えた。ちなみに俺のISには
俺が≪アザリア≫へ4000発ロードしたのを確認したのと同時に織斑が≪雪片弐型≫を両手に、俺に迫ってくる。それと同時に、トリガーを引く。バラバラと撒かれていく弾幕。それに気付いたらしい織斑が急いで回避行動をとろうとするが、俺はまったく外さず、ほぼ全弾を織斑に当てる。大体命中率は9割3分ってところか。シールドエネルギーは69削れて、残り498。俺の方はまだ満タンだ。太陽が出てる間は、この機体は近接格闘に出ない限り、最強だからな。
「織斑、逃げてばかりじゃ私には勝てないが」
「うおおおおおお!!!」
かかったな、織斑。
≪アザリア≫の装弾数である4000発を撃ち切ったのを知って、織斑は一気に斬りかかってきた。そうだよなあ、チャンスだもんなあ。普通ならな。キィン、と金属のぶつかる音がして、俺の「リリー・キャンティ」に積んである近接ブレード≪ニードル≫を瞬時に
俺は右手の≪アザリア≫の砲口を織斑の腹に向けた。織斑は意味がわからないって顔で俺の奇行を見ながら、≪雪片弐型≫でぐいぐいと押してくる。そうだよな、普通弾切れのガトリングガンなんて、邪魔でしかないのは事実だ。普通なら、だけど。
「悪いな織斑、まだ弾切れはしてない」
トリガーを引く。それと同時に織斑の腹に零距離から弾丸が織斑の腹に打ち込まれていく。4000発を装弾するモードにしてたんだが、2000発手前で決着がついたので、相当数の弾を持て余したのは秘密だ。もしかしたら2000発をロードするモードも作った方がいいかもな。その方がも速く済むから、戦況によっては必要あるかもしれねーし。
『勝者、アイリーン・ブルックス』