IS -香港のダイヤモンド-   作:7seven

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第二話 代表決定戦へ向けて

三限目は、織斑先生が教壇に立っていて、山田先生はノート片手に教室の隅に立っていた。それだけ重要な授業ということだろうか。いわく、実践で使う各種装備の特性についての授業らしい。各種装備っていうと……銃だったり、ブレードだったりってことだろうか。しかし、その大切と思われる授業でもまたブルックスさんは頬杖をついている気しかしない。でも織斑先生が何も言わないってことは、問題はないのか……? いや、問題がないというよりは、ブルックスさんが優秀すぎるから、基礎知識は要らないってことだろうか。そのへんは俺の知ったことじゃないけど。

 

「ああ、その前にだな。ブルックス、とりあえず起きろ」

 

授業を始めようと、教科書や参考書のページを指定しようとぺらぺらと紙をめくっていた織斑先生が、思い出したように顔を上げて、ブルックスさんに注意をした。……ってやっぱり寝てたのかよ!? どんだけ怖いもの知らずなんだ……。

 

「再来週にクラス対抗戦という催しがある。それに出場するクラス代表を決めなければならないな。クラス代表とは……まあ、言葉通りの役職だな。学級委員長のようなものか。このたびのクラス対抗戦に出場するだけでなく、生徒会運営の会議への出席や、委員会の出席も仕事の範疇になる」

 

ほうほう。さすがIS学園といえども、一応は学校ってわけだな。学級委員長もといクラス代表がいるあたりに、ほっとした。もしかして俺は心の中のどこかで、浮世離れしたIS学園に、不安でも抱えてたんだろうか。

 

「ちなみにクラス対抗戦とは、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。基本的には今の時点で大差はないはずだが、競争することで向上心が生まれるからな。ああ、あと代表者は一度決めたら、一年間変更が効かないから留意しろ。自薦他薦は問わんが、推薦されたやつに拒否権はない」

 

織斑先生のその言葉でざわざわと教室内が色めき立つ。要は、普通の学級委員長の仕事に、プラスしてその対抗戦に出るのが仕事か。でもまあ仕事の大半が雑用だからな。なるやつは頑張ってくれ。

 

「はいっ! 織斑くんがいいと思います!!」

「私もそれがいいと思います」

 

……ちょっと待て。このクラスには俺のほかに織斑って名前の男子生徒がいたのか。それは奇遇だな。遠い親戚かもしれん。あとで話してみよう。

 

「では候補者は織斑一夏……他にはいないか?」

 

へー俺と同姓同名じゃないか。世の中不思議なこともあるもんだな。そういや今回は俺達は名前がそっくりなんだが、顔がそっくり、もといドッペルゲンガーに3回出会うと死ぬらしいぞ。うーん、なかなかに怖い話だ。一卵性双生児なんて自分と同じ顔を生まれた時から否が応でも見なきゃいけないってのにな。なんて、現実から目を逸らしたい。

 

「俺っ!?」

 

つい立ち上がってしまう。当たり前だ、こんな衝撃的な展開で黙って座ってられるか。しかし立てば立ったで、周囲からの視線が……。なぜだ、なぜなんだ。なぜそんな、きっと彼ならなんとかしてくれる! みたいな目で俺を見てるんだ。

 

「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないなら無投票当選だぞ」

「ちょっ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな」

「自薦他薦は問わんと言った。拒否権もないともな。選ばれた以上は覚悟しろ」

 

俺がいやでも、と必死になっていると、待ってくださいと甲高い声があがった。納得がいかないとも。そうだ、俺も納得がいかないぞ。

その甲高い声の主は、さっきのセシリア・オルコットだった。バンッと机を叩いて立ち上がる。こらこら、学校の備品は大事にしなさい。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!? 実力から順当にいけば、わたくしかアイリーンさんがクラス代表になるのは必至。対抗としてアイリーンさんを推薦致しますわ!!」

「やだ面倒くさい」

 

セシリアが対抗を擁立しようとしたら、擁立先がすっぱりと嫌がった。は、はやい。

 

「ブルックス、私の話は聞いていたか。拒否権はない。嫌ならばクラス全員が納得する者を推薦しろ」

「じゃあオルコットでいい。彼女は納得するし、クラス全員が認めるほどの実力はあるはずだから」

 

まあ普通なら、セシリアが代表になるのが、割とまるく収まる気がするけどなあ。ブルックスさんも俺もやりたくないし、セシリアは自分かブルックスさんが代表になれば文句がないんだろ。ブルックスさんの言葉は妙に信憑性があるから、セシリアは代表候補生とかってやつなこともあって、十分にISの操縦技術に関しては秀でてるんだろうし。文句のあるやつはいないだろ。

 

「そもそも、物珍しいからと言って、極東の猿と比べられること自体が心外ですわ! わたくしはこのような島国まで、ISの修練をしに来たのです。クラス対抗戦で自分より弱い方が戦っているのを見るだけで、何か学ぶものがあって!? アイリーンさんの実力なら見るだけでも十分に学べますが、あの方の戦闘を見たところで、何も学ぶものなどありませんわ!」

 

うーん、まあ俺も事実ISを起動させた時以外には、ISに乗ってないから、そりゃあそんなに強くはないかもしれんが。でも俺いろいろと言われすぎじゃないか? しかもイギリスも島国だろ。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で……!」

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

カチン。俺のどこかからそんな音が鳴った。俺はサイボーグか何かだったのかとか、冗談めかして言ってみる。

 

「なっ……!? あっ、あっ、あなたねえ! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

セシリアは決闘ですわ、と机をひとつ叩いて言った。……いかん、口が滑ってしまったようだ。しかし口に出してしまった言葉はもう消えん。

 

「おう、いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い……いえ、奴隷にしますわよ」

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど、腐っちゃいない」

「そう? 何にせよ、ちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示す、いい機会ですわね! 織斑先生、ISでの戦いで決着をつけたいです!!」

 

セシリアがそう織斑先生に言うと、織斑先生はこめかみを親指で押して、額を押さえた。

 

「はあ……まあいいだろう。アリーナを用意してやろう。第一試合、オルコット対織斑。第二試合、オルコット対ブルックス。第三試合、織斑対ブルックスでいいな。ブルックスは、アリーナを破壊したら自分で修繕しろよ」

「千冬さん、待って。私が戦う理由がないし、戦って得することなんてない」

「ブルックスはオルコットに推薦された時点で諦めろ。あと私のことは織斑先生と呼べ」

 

お、千冬姉の出席簿アタックが飛ばないぞ。どういうことだ。

 

「一週間後、月曜の放課後に第3アリーナで模擬戦を行う。参加する3名は準備をしておくように」

 

千冬姉はまたはあ、とため息をついた。千冬姉、幸せが逃げるぞ。そう心の中で呟いた瞬間、千冬姉がスパァンと俺の頭に出席簿を振り下ろした。……この出席簿、何でできてるんだ。

 

 

そのあとは何事もなく三限目の授業が終わり、残す午前中の授業はあとひとコマだけとなった。そろそろ俺の腹が泣き言を喚き出す時間だろうか。俺は割と昼飯時まで腹が鳴ったりはしないんだが、今日はいろいろありすぎて、少々疲れてしまった気しかしない。その時、隣の席の女子-すまん、名前を覚えるのにもうしばらく時間をくれ-が俺に話しかけてきた。教室が静まり返って俺らの会話に耳をそばだてているのはともかくとしてだな。その女子の言葉と表情に、俺はちょっとだけカチンときた。

 

「ねえ織斑くん、セシリアに頼んでハンデつけてもらったら?」

 

苦笑と失笑の混じったその顔。俺からわざわざ頼んでハンデをつけてもらう? 冗談じゃない。むしろ俺がハンデをつけるべきだ。

 

「男が女より強かったっていうのは、ISができる前の話だよ。セシリアは曲がりなりにも代表候補生だし、授業とかの様子を見てる限り、織斑くんには勝ち目なんてないよ」

 

……あ。そういえばそうだった。ISができてからは男女の力の差が逆転したから、女尊男卑の風潮ができたんだった。それでも、ISが使える分、どちらも条件は同じなんだ。ハンデなんてつけてもらわなくたって勝てるはずだ。一週間もあれば基礎も大体マスターできるだろうし。

 

「いや、要らない」

「そう……」

 

隣の席の女子は何か言いたげだったが、しかしそれ以上は追及してこなかった。

 

 

**********

 

 

俺はアイリーン・ブルックス。多々あって、スカートを履き、女子高同然のIS学園に入学した。

俺がここに入学した一番大きな理由である、稀代の天才その2、ミカエル・ブルックスはこの学園の上層部と面識があるらしいから、俺は解放感に満ち溢れた……というべきかはわからないが、1人部屋を絶賛満喫中である。ちなみにその1は言うまでもないことだろう。まあミカエルこと俺の義姉-もとい、義兄と連絡を取り合うには、誰かがいるのはあんまり好ましくない。そりゃそうだ、俺の母国である香港の軍事機密にも直結しかねないし。俺の機体のデータはいいんだけどね。これは俺とミカエルの力がなければ、再現することも動かすことも不可能だから。

机の上に放置してある、寮則をぺらりとめくり、置時計を確認する。現在18時27分。1年生寮の食堂が既に開いている時間だ。さっさと食事を摂って、休むに越したことはない。ミカエルや軍で慣れたとはいえ、1日中、自室以外が全て女の園というのは辛い。

 

自室を出た。途端に目の前に広がる女の園。むしろこれは園というよりは、地獄だ。その上、制服を脱いで、相当露出の増えたルームウェアの女子がほとんどだ。ミカエルで慣れたとはいえ、いい加減休ませてくれ。

食堂までのたった数十メートルの道を歩いているだけで、かなり疲れた。これなら高速戦闘の訓練を20時間でもやった方がマシな気さえする。その時、後ろから声がかかった。

 

「ちょっと……つかえてるから、早くして」

「悪い」

 

食券の券売機の前で悩んでいた俺に声をかけたのは、朝のロシア代表、もとい更識楯無によく似た女子生徒だった。眼鏡を外し、髪を外にはねさせ、前を向かせればよくよく似てると思う。

 

「……つかぬことを聞くけど。どのメニューがおすすめ?」

 

更識によく似た彼女は、日本人である可能性が高い。それなら、日本食の多いこの券売機の中から、ベストなチョイスをしてくれるだろうというただの直感だ。そして彼女は、かきあげうどんをおすすめしてくれた。うどんか。前々から興味はあったが手は出せなかった麺類だ。おすすめしてもらうことで、背中を押された気持ちにもなる。彼女も同じかきあげうどんの券を買って、食堂の調理師に渡した。

食堂が一番混む時間だったのか、空いている席が、窓際の二席しかない。俺と彼女は仕方なく、出てきたかきあげうどんを持って、その席に向かった。

 

隣同士に座って、手を合わせて、日本風の食事の前の挨拶をして、それから割り箸を割って、うどんに手を付ける。熱い汁と、もちもちした麺、そしてサクサクとしたかきあげが美味い。彼女のチョイスは完璧だった。

 

「美味しい。完璧なチョイス、感謝する」

「う、うん。どういたしまして」

「私はアイリーン・ブルックス」

「私は、更識簪……」

 

自然と互いに名乗り合って、ふと気付く。更識。つまり、やっぱり似てると思ったのは、気のせいではなかったらしい。

 

「更識は、あの生徒会長の」

「う、うん……」

 

目の前の更識が、しゅんと項垂れた。生徒会長の方の更識の妹ってくくりで見られたくない、んだろうか。

 

「更識。簪って呼んでもいいかな」

「うん……! ところで、ブルックスさんって、香港の……」

「呼びやすいように呼べばいいよ。お察しの通りだ、日本の代表候補生」

 

名字ではなく、下の名前で呼べば嬉しそうに顔を輝かせた。俺にはあんまりわからない気持ちだけど、それでも。

その後、簪と意気投合して、互いのクラスを教え合ったり、今度の休憩時間にでも遊びに行く約束をしたりした。「香港のダイヤモンド」だなんて呼ばれる俺だって、普通に喋るし、普通に友達だって作りたいからな。

 

その後、自室に設置してあるシャワーで身を清めて、約束してあった毎日定時の連絡をミカエルにした。簪のことを話すと、ミカエルは嬉しそうによかったね、と微笑んでいた。

 

 

**********

 

 

入学式の翌日。俺は机の上で死体になっていた。まず、授業の内容がわからん。単語のひとつひとつは割とよくわかる。

-昨日ブルックスさんがなぜか一度俺にくれた参考書をペンと共にゲットした理由は、昨日の夜、勉強をしようと思って参考書を開いた時点でわかった。ブルックスさん、超優しい。参考書の後半はある種の単語帳みたいな感じになっているんだが、そこに蛍光ペンで、ピンクとオレンジがついている。端っこの方に、ピンク、オレンジ、無色の順で優先しろと書いてあったから、ピンクの単語から見て覚えていく。すると、今日の授業の単語の意味は9割ぐらいわかった。すげえ。やっぱりブルックスさんってすごい人なんだろう。あれ、流石にブルックスさんに勝てる気はしなくなってきた。まあいいか、ブルックスさんが圧勝したらブルックスさんがクラス代表をしてくれることだろう。あの人は、なんだかんだ言って、黙ってしっかりと仕事をこなすタイプに見える。だからブルックスさんに任せておくのが一番いいと俺は思ったんだが。

 

「わ、すごい! 織斑くん、それ入学前の参考書でしょ? すごい……すごいわかりやすい!」

 

と、昨日の彼女とは逆隣の女子が、ブルックスさんが手を加えた参考書を見て感嘆の溜息を漏らした。うん、俺もそう思うぞ。

 

「昨日、ブルックスさんがやってくれたんだ」

「ああ、あの時の。……へー、流石香港代表! 一国家の代表ともなると、全然違うね」

 

香港代表……? なんだ、代表って。

 

「なあ、香港代表ってなんだ?」

「えっ!?」

 

参考書を見ながら、うんうんと唸っていた彼女に聞くと、驚かれた。え、なんで?

 

「代表候補生の中から選ばれる、国家代表のことだよ。モンド・グロッソに出てた織斑先生も、当時の日本代表。それの香港バージョン」

「ああ……割と香港は、中国に返還されてからも、どっちかって言うと、イギリスと仲がいいもんなあ」

 

中国と言えば、セカンド幼馴染が中国人だった。あいつは今頃、元気でやってるんだろうか。

 

「あれ? でもブルックスさんの名前は、どう考えても中国系じゃないよな?」

「織斑くん、結構何も知らないんだね……。アイリーンさんはイギリスと香港のハーフなんだって。あと香港では、植民地化政策でイギリス風の名前を名乗るように強制されたらしいよ。その名残で、今でもイギリス風の名前を名乗ってる人が多いんだって」

 

ああ、そんな政策があったのか。それは初めて知ったぞ。その上ハーフか……だからセシリアと面識がありそうだったのか。それなら納得だ。そんで、あのセシリアが認める理由もわかった。要は、国家代表は代表候補生より強いんだよな? そんだけ強いなら、基礎知識の授業が面倒になるのもわかる。高校生の俺が小学生の勉強をするぐらい面倒だろう。流石に今更1たす1からやり直すのは勘弁してほしい。

……あれ? てことは俺、こんなにも参考書をわかりやすくしてくれたブルックスさんに対して、結構失礼なことしてたんだよな。ハーフなら、少なからずイギリスにも思い入れはあるだろう。すまん、ブルックスさん。今はなぜかいないから、あとで謝っておくことを心に決めた。

 

そしてチャイムが鳴り、今度はISの基本制動の授業らしい。いつの間にかブルックスさんも着席しているが、鬼の目があるところで後ろなんて向けるはずがない。流石に俺も、自分の頭が可愛い。

 

「そうだ、織斑。お前のISだが、準備まで時間がかかる。予備機がないから、少し待て。学園で専用機を用意するようだ」

 

千冬姉のその言葉に、教室がどよめいた。いいなあ、羨ましいなあといった声が聞こえる。よくわからん。専用機ってのは、搭乗者が決まってるISのことだろ。確かに専用の方が自分に合った武装のものを使えるとか、愛着とか、慣れとかで有利かもしれんが。俺が困っていると、教科書6ページを読めとの指示だ。おう。

 

『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS467機、そのすべてのコアは篠ノ之博士が作成したもので、これらは完全なるブラックボックスと化しており、未だ博士以外はコアを作れない状況にあります。しかし博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・組織・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第7項に抵触し、すべての状況下で禁止されています』

 

……えーと。

 

「つまりそういうことだ。本来なら、専用機は国家あるいは企業に所属する人間でも一部にしか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意されることになった。理解できたか?」

「要は、俺は男子だから、なんで男子がISを動かせるのか研究するために、ってことですか?」

「そうだ」

 

うわあお……言い切っちゃったよ、千冬姉……。事実実験体なんだろうし。そりゃあ男子がISを動かせるなんて、大問題もいいところだ。むしろまじで解剖されて検査しますなんて言われないだけマシか。

 

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……?」

 

……そりゃ、あんだけ珍しい名字ならばれるのも時間の問題だよなあ。篠ノ之束博士。件の、ISコアを唯一作れる人で、ISの生みの親。千冬姉の同級生であり、そして箒のお姉さんでもある。何と言ったらいいのかわからないが……うん、天才っていうか天災っていうか。とりあえず、変わった人だったな。

 

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 

千冬姉……生徒の個人情報ばらしちゃっていいのか。それを聞いた瞬間、クラスの女子の半分ぐらいが、わらわらと箒の周りに集まる。箒は昔っからあまり大人数の中にいるタイプじゃなかったから、この光景はすごく新鮮だ。

 

「あの人は関係ない!」

 

突然の大声に、俺も、箒を囲んでる女子も、目を見開いてぽかーんとしてしまっている。何が起こったのやら、さっぱりだ。

 

「……大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」

 

そういって箒は窓の外の方へと顔を向けた。……箒は、もしかして束さんのことが嫌いなんだろうか。よくよく思い出せば、束さんの話題を出すと、いっつもそこで会話が終了してた気もするし、何よりふたりが一緒にいるのを、見たことがなかった。もしかして……もしかするんだろうか。

 

 

**********

 

 

放課後。更識に指定された通り、生徒会室へ向かっている。場所については、入学するにあたって、参考書などなどと共に送られてきた冊子にあったから、それで見て知っている。最悪の場合、迷ったらISを使えばいい。千冬さんに怒られる気もするが。

 

「あー、あーちゃんだー」

 

生徒会室へ向かう途中で、間延びした声がふと耳に入ってきた。このあたりには、俺と声の主と思わしき、制服がだぼついている女子しかいない。ていうか、あの袖でノートって取れるのか。

 

「あーちゃん、私は布仏本音だよー。クラスメイトだよー」

 

布仏と名乗った彼女は、俺に近付いてきて、俺の隣に並んだ。女子の中では、割と小柄目だな、布仏は。なお、判断基準は俺だ。俺と比べて小さければ女子でも小柄な方だ。……言ってて悲しくなるが、仕方ない。

 

「あーちゃん生徒会入るんでしょー? 会長から呼んできてって言われたから、一緒に生徒会室いこー」

「……あーちゃんというのは、私のことか」

「うん。アイリーンちゃんだから、あーちゃん。あははー、ピッタリだねえ」

 

ピッタリかどうかは、彼女のネーミングセンスの問題だから、何も言うまい。布仏……そういえば、こんな生徒も1組にはいたな。のんびりとした動きが、最近日本で流行っているというゆるキャラというものと友達になれそうに見える。そのうち生徒会室と札がかかった部屋について、入った。すると、パンパンパンと軽やかな爆発音。つい条件反射で俺の専用機に搭載されている万能物理シールドを部分展開してしまったのは、俺は悪くない。

 

「もー……ISの物理シールドなんて展開する? フツウ」

「一応いつ戦闘が始まってもおかしくない生活してるから」

「まあいいや! とりあえず、生徒会入会、おめでとー! 歓迎するよ」

 

更識と、布仏にちょっと似た生徒、それから布仏。この三人がさっきの爆発音、もといクラッカーを鳴らした犯人だ。更識は昨日のとは違い、大歓迎の三文字のある扇子を手にしていた。

 

「メンバーはもうひとりいるんだけど、それは追々紹介するわね。まずは、生徒会長は私、更識楯無!」

「会計の布仏虚。そこにいる、布仏本音の姉です」

「書記の布仏本音だよーよろしくあーちゃん」

 

なるほど似てると思ったら姉妹か。なんで俺の身の回りには姉妹がこうもいるんだ。布仏姉妹だったり、更識と簪だったり、それから篠ノ之博士と篠ノ之もだな。なんでだ。お前ら兄とか弟を持てよ。

 

「これより、アイリーン・ブルックスを生徒会実働部隊隊長に任じます!」

 

更識がそう告げると、布仏姉妹がパチパチと拍手をした。……なんだ実働部隊って。なんかやらかすのか。その先陣を切れとでも言うのか。

 

「要は、学園での有事の際、学園の戦力についての第一指揮権があるのね。今までは織斑先生と私で持ってたんだけど、軍育ちのアイリーンちゃんの方が、集団戦術とかには長けるでしょ? 学園を守るための大事な役職よ。それ以外の活動は、基本的には年に何度かある、学園内の催しの際に、世界各国からのVIPの接待とか、企画運営とか、そういうことをやってもらうわ」

「1年にそんな権力を持たせてもいいのか……」

「何言ってんの。そもそもアイリーンちゃんがこのIS学園に来た理由のひとつに、IS学園の生徒が保持する国家機密を守れって依頼があったでしょ。その為に来てる人が私達より向いてるなら、そっちにお任せしたいの」

 

まあ、更識の言うとおり、そんな旨の依頼があった。てゆーか、これは本来は香港代表である俺が受ける必要はまったくないんだけど。ミカエルがアラスカ条約で不可侵の人物になってる以上、条約で守られてるミカエルは、条約締結に伴って、G20とかには顔が上がらないんだよなあ。だから、ミカエルの専属テストパイロットでもある俺がこうしてきている。まあ、ミカエルも今のイタリアの仕事が終わったら、それが最後だからIS学園に教員として来るって言ってたけど。

 

「仕方ないな。でもひとつだけ言っておく。接待だけはやだ」

「まあまあ、そこは割り切って。それじゃあ新生徒会、始動よ!!!」


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