「ふむふむ……うん、オッケー。話には聞いてたけど、いい感じみたいだね。流石、近接格闘のノウハウにおいて日本と争う国、イタリア。ほんとにイタリア様々ってやつかな」
俺自身は一足早く放課になったものの、専属整備士ことミカエルは教師なので、定時まで授業に出ていた。待ち時間のあまり、本国との連絡すら終わってしまったぐらいだ。流石に早く終わりすぎた感が否めなかった。
さて俺とミカエルは、ただいまIS「ヴァイオレット・キャンディ」の点検とデータ採取を行っている。俺だけでなく、オルコットとか、凰とか、まあ専用機持ちなら機体の製作元と定期的に連絡を取り、時には稼働することで得たデータを送らないといけないわけだが、まああと2週間もしないうちにデータを送る先であるミカエルが自分から来るんだから、と思って≪雷鳴≫のデータはまだ送っていなかった。
「イタリア?」
イタリア様々。なんで≪雷鳴≫のデータを採取してるのにイタリアの話が出てくるんだ。そりゃミカエルは最近までイタリアにいたわけだけど。
「ああ、言ってなかったっけ。≪雷鳴≫の細部には、イタリアの技術が組み込まれてるんだよ。イタリアの最新鋭機「テンペスタⅡ」にも、≪雷鳴≫の姉妹装備≪トゥオノ≫が搭載されるんだ」
「初耳だ」
そうか。ところどころミカエルの作った武装にしては違和感があったんだが……イタリアの技術も混じってるなら、そりゃ当然ってやつか。第2代ブリュンヒルデもイタリアの「テンペスタ」に乗ってたしな。ちなみに俺がこないだの、第3回モンド・グロッソで唯一逃した冠、格闘部門の優勝者もその第2代ブリュンヒルデだ。つっても、その第2代ブリュンヒルデ-もとい、サラ・アメリアは、千冬さんの棄権によって総合部門で優勝したわけだから、不戦勝の戦乙女という不名誉な呼ばれ方までするため、第2代ブリュンヒルデって呼ばれ方は気に食わないらしい。でも絶対的一強っていうかむしろ人外候補の千冬さんが現役を引退した第3回において格闘部門で優勝してんだから、十分に彼女は強いと思うよ。……いやその人を破って戦乙女の名をもらってしまった、むなしい男がここにいるけど。
「といっても、テンペスタシリーズは軍用機じゃないから、≪雷鳴≫の性能をそのまま使うわけじゃないよ? 作った本人が言うのもなんだけど、これはもう殺戮兵器にも等しいからね。≪トゥオノ≫は武装の材質を変えてあるんだ。それだけでも貫通力は十分に落ちたし。そうそう、≪雷鳴≫は完全に軍事装備だから、IS競技で使っちゃダメだよ?」
武装の材質。この≪雷鳴≫を形作るのは、「ヴァイオレット・キャンディ」の装甲と全く同じ材質。高密度メタルナノマシン配合鋼鉄、だったっけか。俺の親父が作り出した特殊素材だ。密度の高さだけでIS用サブマシンガンの弾を弾き返す、恐ろしい一品だ。ただまあ、密度が高いっつーのは、おんなじ体積のものより重いってわけで……うん。キャンディ、もとい「最碧参型」が欠陥機たる所以だな。今はシステムをイメージ・インターフェースで代行してるからいいんだけど、その技術がなけりゃ、キャンディはいつまでも飛べないまんまだったもんな。
「むしろその≪トゥオノ≫には何を使ったんだよ?」
「うん? ≪トゥオノ≫には一般の近接ブレードに使われる素材を使ったよ。あと、流石に≪雷鳴≫みたいな大きさでもないかな。一般のスラスターじゃ、あの大きさだと普通にしてても重いからね」
よし、終わり! そう言ってミカエルは俺が展開するキャンディの左脇腹にぶっ刺していた情報端末を引っこ抜いた。あ、≪雷鳴≫のデータの転送が完了したのか。
「それじゃ、今日はこれぐらいでいいかな。来週ぐらいに新しい装備ができる予定だから、できたらまた呼ぶね」
「わかった」
姉妹装備≪トゥオノ≫か……。フェラーラに「テンペスタⅡ」が届いたら、早速模擬戦でも申し込んでみるか。競技用と軍用の性能差をこの目で確かめるのもいいだろ。
**********
突然転校生がふたりもやってきた、その数日後の放課後。ミカエルがこっちに来たことで、日課であったミカエルへの連絡をする時間が不要になった上、今日は土曜日なので授業は午前だけ、つまりこれから寮の門限である18時まで時間があるため、ミカエルでも誘って抹茶というものを飲みに行こうかと思って席を立った瞬間、声をかけられてしまった。
「ブルックスさん、ちょっといいかな?」
俺とは真逆の道を行くIS操縦者、シャルル・デュノアだ。なまじ知り合いなだけあって断りづらい。これで知らないやつなら即刻やだって言えるんだが。まあ……デュノア社とはいろいろと関係あるしなあ。主にISの武装的な関係で。
「なに?」
「僕達、このあと昼食を摂ってから、ISの訓練をしようと思うんだ。ブルックスさんも一緒にどうかな?」
はっきり言って、面倒臭い。だってわざわざISを不必要に晒す必要ないだろ。それはデュノア達にも言えることで、企業や国家の最新鋭機に自分が搭乗してることをわかってるのか。デュノアの指す僕達ってのは織斑やオルコット、凰をも含む。おいお前ら、第三世代型機に乗ってる自覚あんのか。そもそもイメージ・インターフェースによる第三世代型兵器だけが第三世代ISのウリじゃない。
「ブルックスさん、俺結構上手くなったと思うぞ!」
「アイリーンさん、是非ご一緒しましょう!」
しかし嫌がる俺を引きずるぐらい、こいつらには余裕だったようだ。解せぬ。
引きずられるがまま昼食を摂り、引きずられるがままアリーナに連れてこられた。そしてデュノアと織斑の戦闘を見せられて感想を求められ、今に至る。
「……織斑さ、いっぺん「ラファール・リヴァイヴ」に乗ってみれば?」
「すまんブルックスさん、俺にはよくわからん」
「ううん、僕にはよくわかったよ。一夏は射撃武装の特性がまるでわかってないから、射撃武装を多く搭載する量産IS「ラファール・リヴァイヴ」に乗れば、ちょっとは射撃武装のことがわかるってことじゃないかな?」
デュノアの言葉に、その場にいた織斑、凰、オルコット、篠ノ之がなるほどという顔になった。そうだな、織斑は射撃武装のことを全然わかってない。話を聞く限り、オルコットや凰とISによる模擬戦を何度かやってるらしいが全然勝てないらしく、当然だなあと思う。
「織斑の機体は間合いを詰められなければただの的に過ぎない。<
「そうかも……。一夏、はいこれ」
俺の言葉に頷いたデュノアは手にしていたアサルトライフル≪ヴェント≫を織斑に差し出した。
「射撃武装を使う訓練をしてみようよ。それはデュノア社製55口径アサルトライフル≪ヴェント≫だよ」
「ん? でも他のやつの武装って使えないはずじゃ」
「普通は使えないよ。でも所有者が
デュノアと織斑は射撃武装の訓練を始めた。オルコット、凰、篠ノ之は暇そうだ。それもそうか、男(仮)ふたりで初めてしまうと、間に入りにくいんだろ。それなら丁度いい。
「オルコット、凰、篠ノ之。3対1でもするか」
さっきまで嫌がってた本人の言葉とは思えない発言に、オルコット達はぽかんとしている。ま、たまには1対多の練習も必要だろーし、あっちも集団戦術を体験できていいんじゃねえの。
「あの、アイリーンさん。まさか3対1の1とは、アイリーンさんですか……?」
「それ以外に何がある?」
「……そうでしたわ。やりましょう、鈴さん、箒さん。アイリーンさんがやる気を出すのは珍しいことですから、国家代表の胸を借りましょう」
篠ノ之はともかくとして、凰は何か言いたげだったが、こないだこいつが転校してきてからたまに見かけた様子を考えると、相当な負けず嫌いのはずだ。逃げたと言われるのが怖いんだろうな、なんて思いながらキャンティを展開する。
-IS「リリー・キャンティ」 待機モード から 戦闘モード に移行します
-システム兵器≪リリーズ・ララバイ≫作動
-主力兵装 58口径離接アサルトライフル6機≪枝垂れ柳≫展開 Willow01からWillow06 1マガジンをロードします
-システム≪TS≫作動 ≪枝垂れ柳≫とリンクします
-システム≪ALS≫作動 ≪枝垂れ柳≫とリンクします
「好きにかかってくればいい」
俺がそういうと、まずは特攻とばかりに凰が大振りの近接ブレード2枚を両手で持って突っ込んできた。武装を検索、完了。検索結果、中国製第三世代IS「甲龍」に搭載される≪双天牙月≫と一致。
-近接ブレード≪ニードル≫展開
≪ニードル≫は特に特筆すべきところがないのが特徴と言えるかもしれない近接ブレードなわけだが、格闘に持ち込ませない自信があるから、全く問題はない。≪ニードル≫で凰の斬撃をいなしながら、後方で援護射撃をするオルコットは≪枝垂れ柳≫のWillow01、Willow02で牽制しておく。篠ノ之ももたついていた様子だが、纏っていた「打鉄」に搭載されている近接ブレード≪葵≫を展開し、俺に向かって襲いかかる。それを残ったWillow03からWillow06までで狙い撃ちにする。
「くっ、やるじゃない!!」
≪双天牙月≫は2太刀であるのに対し、≪ニードル≫は1太刀。しかも≪ニードル≫は見た目からしても通常の近接ブレードより細身かつ頼りなげだから、たった1本の腕でこれを振るう俺にいいようにあしらわれているのが、凰のプライドに触ったんだろう。至近距離だっていうのに、ばかっと大きな音を立てて衝撃砲を撃とうとする。えーと、衝撃砲は防げるんだっけ、≪リリーズ・ララバイ≫で。……うーん、わからん。データ収集のためにも、一回撃たれてみるか。
見えない砲弾がキャンティを襲う。シールドエネルギーは42減少。……うん、まあこの至近距離でこれか。大振りの近接ブレードによる攻撃がモロ当たった時ぐらい。あくまでも競技用ってことだな。
「鈴さん!! 緊急退避を!!!」
「何言ってんの、またとないチャンスじゃない!!」
オルコットは何度か俺と手合せしてるから知ってるよな。俺が大好きなこの戦法。
-20mm口径6砲身ガトリングガン≪アザリア≫展開 4000発をロードします
-システム≪ALS≫作動 ≪アザリア≫とリンクします
「飛んで火にいる夏の虫」
右手のガトリングガンの砲口を凰の腹に突き付ける。それに気付いた凰が退避しようとするけど、もう遅い。機動に優れる「最碧弐型」ですら、火薬銃のスピードには敵わない。俺がトリガーを引いた瞬間、弾丸がばらまかれる。人だらけのアリーナの中で誤射する可能性があるから、ガトリングなんて使ってこないだろうって? 甘いな、誤射するほど俺のロックオンは適当じゃない。確かに一般のガトリングガンは反動がでかいから命中率は低い。でも俺のはミカエル製。ISの基本アビリティのひとつ、PICとガトリングガンの内部構造の改造で、文字通り地に足を着けている間はほぼ無反動を手に入れているという、とんでもない代物だ。ちなみに興味が湧かないので、俺はこいつの設計に詳しくない。
ジグザグと後退していく凰の腹部に綺麗に命中していき、凰のISが待機状態に戻る。ロードした4000発も使い切ったし、次は篠ノ之とオルコット、どっちから落とそうか。
**********
俺がシャルルから受け取ったアサルトライフル≪ヴェント≫で射撃武装の訓練をしていると、割と近くでガトリングガンの音がした。なんでガトリングだとわかるかって? そりゃ勿論、発射と発射の音の間隔、円形に並んだ銃身の動く音。4月の中旬に、ブルックスさんと代表決定戦で当たった時に聞いた音とまるでそっくりだからだ。まるでそっくり……ん?
「一夏、どうかした?」
「いや……あっちが」
「あ、ブルックスさん対オルコットさん、凰さん、篠ノ之さんだね。……えげつないね」
音の方を振り向くと、もしかしても何もなく、ブルックスさんが例のガトリングガンをぶっ放していた。おう、俺の記憶力、やっぱりなかなかのものじゃないか。なんて現実から逃げられるわけがない。
「……やっぱりシャルルもそう思うか?」
「うん」
俺の時と同じように、ブルックスさんは鈴の腹目掛けて至近距離から容赦なく撃つ。鈴はジグザグに動きながら後退してるけど、ありえないほどの正確さで腹部に全弾命中している。ありえん。自分で今アサルトライフルを撃ってみて思うんだが、ISが自動でほとんどの衝撃であったり、反動であったり、音であったりをカットしてくれてるんだけど、やっぱりゼロにはならないから、衝撃で狙いが反れることもあるし、ましてやガトリングガンは銃身がこれの6倍あるんだ。反動や衝撃なんて計り知れないのに、それを片手で構えて正確に当てるとか、多分あれ、使い方合ってないと思う。俺ミリタリーマニアとかじゃないからわかんないけど。
「なあシャルル、ガトリングガンってああやって狙い撃つもんなのか?」
「まさか。あの圧倒的な連射を武器に、弾幕を張るのが一般的な使い方だよ」
だよなあ。あ、今鈴のISが強制解除された。それを見てブルックスさんはぺろりと唇を舐めた。……いや、全体的に控えめな体格のブルックスさんだが、なんでこう、時たまぞくっとするほど色っぽい表情をするんだろうか。そういや女性は男のそういう表情に落ちるそうだ。野生での捕食される様子と、人間として子孫を残す本能が絡み合ってるから……とか、どっかの本で読んだ気がする。……っていやいや、おかしいぞ。俺は男だし、そもそもブルックスさんは女子だ。落ち着け俺。確かにブルックスさんの楽しそうな表情は、狩りをする獰猛な肉食獣にも見えなくはないけど。
「なんていうか、あれだね。ブルックスさんはやっぱり、強いの一言に尽きるね」
「本当だな」
そのあとすぐ、ブルックスさんのISの通常兵装である≪枝垂れ柳≫が火を吹き、箒とセシリアもすぐに落とされた。圧倒的すぎてどう言っていいかわからん。その様子にざわめくアリーナだったが、すぐにまた違うざわめきが起こる。やれやれ、今日は忙しい日だ。ざわめきの元その2は、我がクラスの孤高の女子、ラウラ・ボーデヴィッヒによるものだ。漆黒のISを纏い、宙に浮いている。ひそひそと噂し合う女子の声がたまたま聞こえたが、彼女の駆るISはドイツでまだトライアル中という噂の、ドイツ製第三世代型ISだそうだ。ほほう。やっぱりこの学年には第三世代型ISの操縦者が多いんだろうな。昨年の夏にイメージ・インターフェースなるものが開発されたから、第三世代ISの登場は本当にごく最近のことらしい。らしい、というのも、俺自身がそれを知ったのは、IS学園に入学して、教科書で読んでからなんだから仕方なかろう。
「おい」
その時、忘れもしない声に話しかけられた。件の少女、ラウラ・ボーデヴィッヒからのオープンチャネルによるものだ。そいつの方を向くと、ブルックスさんと比べても冷たく、硬い、とてもじゃないけど同じ人間だとは思えないような無感情な顔の、それなのに酷く蔑むような瞳と出会った。
「貴様も専用機持ちなら、私と戦え」
その表情と変わりなく、冷たく硬く、抑揚のない声だ。これ真夏の夜とかに、ホラー番組とか見た後で聞いたら、さぞかし怖いだろうな。なんて冗談を考えてる場合でもなさそうだ。
-警告 敵機にロックされています
漆黒のISが左肩に携える大型の武装が俺の方を向く。そもそも、俺には戦う理由がないのだ。理由もなく戦うのは、一方的でなくても、チンピラ同士のただの喧嘩と変わらない。……小学生の頃、いじめっ子に対して拳を振るった。一方的だった。俺が箒の実家である篠ノ之道場で武道を嗜む身だったのもある。俺対いじめっ子複数だったが、問題になった。俺の記憶のその時点でも、両親はいない。全く覚えのない親の代わりに、頭を下げたのは千冬姉だった。当時の俺は、なんで千冬姉が頭を下げるんだと、全く理解できなかったし、納得もできなかった。でも、俺なりに、ひとつの結論に辿り着いた。拳を振るうのはいけない。拳を振るえば、また千冬姉が、見ている俺が惨めになるほど、頭を下げなきゃいけなくなる。幼いながらに、ちっぽけな正義感を持って振るった拳にさえ罪悪感を感じたというのに、理由のない暴力なんて……、使いたくもない。
「嫌だ。俺には戦う理由がない」
「そうか。では戦う理由を作ってやろう」
ISのハイパーセンサーから、うるさいほどの警告音が鳴る。来る。
身構えた瞬間、俺とあいつのど真ん中で派手な爆発が起きた。俺を庇うように物理シールドを前面に出したシャルルが俺とあいつの間に立っているのにも驚いたが、爆発には度肝を抜かれた。知識として、ISの武装には投擲弾などもあることを知っているが、実際に見るのは初めてだ。しかし、あんなところで爆発して何の意味があるんだろうか。
「ボーデヴィッヒ。……お前も含め、織斑達IS学園の生徒の安全は私の管轄下だ。互いの同意のない戦闘は遠慮してもらう」
箒、鈴、セシリアと対峙していたはずのブルックスさんの声が、開放回線で飛んでくる。ブルックスさんの方を見ると、≪枝垂れ柳≫の……えーと、Willow05だけがこちらに銃口を向けていた。……まさか、あの漆黒のISの左肩に搭載されている大型の実弾砲の弾丸を撃ったから爆発が起きた……とか、言わない、よな?
「……ブルックス、邪魔をするのなら、ミカエルの妹と言えど、手加減はしない」
「ボーデヴィッヒ、忘れたのか。お前の「
「これは私の機体だ、誰よりも上手く扱えるのはこの私だ。そもそも、第一世代の横行する国で国家代表になったからと言っていい気になるな。お前など織斑教官がいればブリュンヒルデになどなれん」
……は? ブリュンヒルデ? ブリュンヒルデって、あれだよな? 千冬姉が8年前に冠した称号。世界最強のIS操縦者の証。IS世界大会モンド・グロッソの総合優勝者にのみ与えられる呼び名。今現在、モンド・グロッソは3回しか開かれていないため、世界にもブリュンヒルデと呼ばれる人間は3名しかいないはずだ。そのうちのひとりが、ブルックスさんだなんて。
「一夏、本当だよ。ブルックスさん-アイリーン・ブルックスは、第3回モンド・グロッソにおいて、格闘部門以外の4部門で優勝した、世界中が認めるトップクラスのIS操縦者のひとりだよ」
「ふん。ブルックスがモンド・グロッソで優勝できたのは、ひとえにミカエルの手がけた機体によるものだ」
えーと、確かモンド・グロッソには4部門と、総合部門の計5部門があるんだったよな。そのうち、格闘部門を除いた全てで優勝する……って、すごすぎないか。初代ブリュンヒルデである千冬姉ですら、第1回の格闘部門、総合部門と第2回の格闘部門でしか優勝はしていない。
「ブルックスさんは、香港が生んだ最強のIS操縦者なんだよ。だからこそ、ミカエル先生が第三世代型兵器の開発援助で世界各国を飛び回る時に、試験稼働のためのパイロットとして搭乗することを拒否されないんだ。理論値の最高データを出せるからね」
「……実はそんなにすごい人だったのか、ブルックスさんは」
初耳だ。確かに国家代表なら、モンド・グロッソには出場できるんだろうけど。第3回モンド・グロッソは2年前の話だ。俺達がまだ中学2年生の頃だぞ。びっくりしないわけがない。
『そこの生徒!!! 何をやっている、クラスと名前を言え!!』
アリーナのスピーカーから、大きな声が聞こえた。ああ、アリーナを管轄している先生のものだろうな。騒ぎを聞きつけてやってきたんだろう。流石に2度目の邪魔に興を削がれたらしく、あっさりと臨戦態勢を解いて、アリーナのピットゲートに戻っていった。……ああ、なんだか疲れる1日だった。知ることが多すぎたし、何より漆黒のISと白のISが睨みを効かせあっている間が一番疲れた。すごい圧力だ。代表候補生と代表って、こんなに怖いもんだったのか。アリーナの閉館時間も近いことだし、俺達はラウラの入っていったピットとは逆のピットからアリーナを後にした。
**********
はあ、面倒なことが起きる予感しかしない。
はあー、と俺が溜息を吐くと、まだアリーナに残っていたデュノアがどうしたのと声をかけた。お前のことも俺の疲れの一部だバカヤロウ。
「私、生徒会実働部隊ってやつの隊長。学園の生徒の安全を守るのが仕事。だから、世界でたったふたり……いや、ひとりの男性操縦者の安全は勿論、国家機密である第三世代ISを持つ生徒や一般の生徒の安全を守らないといけない。それなのに学園内で暴れられたら、元も子もない。仕事が増える。面倒くさい」
俺がじとーっとデュノアを半目で見ると、申し訳なさそうな表情を見せた。彼、いや彼女とはフランスで出会っている。割とファースト・パイロットが完成前から決まっている国が多く、デュノアもそのひとりだった。だから、俺がその姿が男装だと知っているのも理解しているはずだ。
「ごめんね」
「謝るぐらいなら面倒なことはやめてもらえると助かるけど」
デュノアが言葉に詰まった。最初に顔を合わせた時にも思ったけど、こいつは根が優しすぎる。ISなんて、本来は兵器なわけだから、いつかはナマの殺し合いをしなくちゃいけない時も来るだろう。いつまでも国の飾り物として代表候補生でいるわけにはいかない。でも、その時が来たら……こいつは、どうなってしまうんだろうか。なんて、こんなところまで、俺とは真逆だ。
「冗談だ。このIS学園にいる以上、デュノアの安全も守る」
ISを纏っているせいで、俺の方がわずかに小柄であるのも隠れた状態で、肩をポンと叩いて、俺はピットゲートへと向かった。さて、今日はこれから生徒会だ。
「……ブルックスさん」
僕は、何も言えなかった。香港のダイヤモンドとして名高い彼女の硬い表情が、あんなにも儚く崩れて、悲しみを湛えたような顔をして僕の肩を叩くんだから。あんなにもかわいらしくて、あんなにも強くて、あんなにも賢い彼女が憂えた理由ってなんだろう。心配になった。僕は何かをしてしまったのかな。
~武装紹介~
●「テンペスタⅡ」
・≪トゥオノ≫:超振動ランス型近接ブレード。キャンディに搭載されている≪雷鳴≫の姉妹武装であり、大きさ、素材、色以外は全て同じ。色は機体に合わせて赤い。貫通力は≪雷鳴≫には劣るものの、現行の競技用ISの中ではトップクラス。イタリアとミカエルの共同開発による武装。
~オリジナルキャラ紹介~
サラ・アメリア
イタリア代表の27歳。
近接格闘に長けており、第1回モンド・グロッソから毎回格闘部門の決勝戦に残るほどの実力者。
だがしかし第1回は千冬に敗れ、打倒千冬を願った次の大会でも格闘部門で敗れ、しかし総合部門では千冬の棄権により優勝したので、「不戦勝の戦乙女」と呼ばれることも。また、第3回には千冬が現役を引退してしまっており、打倒千冬を果たせずやる気をなくしてしまっている。
第2回総合部門優勝、第3回格闘部門優勝。搭乗IS「テンペスタ」。