最強を目指す剣士の境界線   作:三代目盲打ちテイク

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 空が茜色へと変わり、そして、紫色へと移り変わる頃、ゆっくりと祭は始まろうとしていた。

 

「では、皆様、これより祭の準備を始めます。

 三河所属自動人形。――総員、それぞれの状況を開始しなさい」

 

 鹿角が告げる。人気のない町中を、気配が動き、散る。

 それと同時に、鹿角の眼前に鳥居型の表示枠(サインフレーム)が展開される。写っているのは、

 

「元信公。予定通り開始しました。そちらは」

「こちらも予定通り。バレるのは八時過ぎになるだろう。それまで頼むよ。

 でも、彼、これでよかったのかい?」

「Jud.。楽しんでおられましたから、別れの挨拶としては充分かと」

 

 言い、鹿角は頭を下げた。

 

「元信公のお考えは解りませんが、最後までお付き合い致します。

 どうか、主催として、これから始まる三河最後の、世界を相手にした祭をお楽しみ下さい」

 

 元信公は頷き、それを最後に表示枠は消えた。

 鹿角は予定通りに計画を始めようとしたとき、一体の自動人形から通神が入った。

 

「どうしました」

『悠理様により、動きを封じられました』

「…………わかりました。すぐ行きます。しばらく待機をお願い致します」

『Jud.』

 

 鹿角は駆け出した。

 

 

 鹿角が見たのは、自動人形の一体を捕まえて、抱き枕にして、その胸に幸せそうに顔をうずめて寝ている悠理だった。

 微かに香る酒気。

 

「なるほど、泥酔してここで寝ていたと。全く、悠理様にも困ったものですが、うら若い乙女を放置とは、酒井様、見損ないました」

 

 本人の知らないところで評価が落ちる酒井なのであった。

 ともかく悠理を起こし自動人形を解放しないことには始まらない。

 そっと悠理に近づき肩を揺すり、

 

「悠理様、起きて下さい」

「あと、三十五時間」

「そんな忠勝様のようなことを言ってないで、さっさと起きて下さい」

 

 強めに揺さぶる。

 

「ん、んん」

 

 それで目が覚めたのか悠理は自動人形の拘束を解く。自動人形は即座に起き上がると、すぐに持ち場へと駆けて行った。

 

「悠理様、早く帰られることをオススメいたしま」

 

 鹿角の言葉は最後まで紡がれなかった。鹿角の唇を悠理の唇がふさいでいるからだ。

 所謂、口付け、kissという奴だ。しかも、ディープな方。

 なめかしい音が響く。

 何時の間にか鹿角は悠理に馬乗りになられている。

 

「ふはあ……」

 

 長い口付けが終わる。悠理の瞳はトロンとしている。

 

「悠理様、寝ぼけるのもいい加減にして下さい」

 

 対して鹿角は相も変わらず無表情である。

 しかし、悠理は鹿角の言葉なんて聞かず、鹿角のボディに、一度バラバラにしたような傷だらけで節くれだつ指をはわせる。

 

「おい、鹿角、そんなところで……」

 

 そこにやって来る本多・忠勝。

 自分の一仕事は終えたので鹿角を探していたのだが、

 

「おいおい、こんなときに、やるかよ普通!? 邪魔したな、ってかえんぞおい」

「忠勝様、できれば見てるだけでなく、何とかしてもらえませんか。このままでは祭に支障がでます」

「ああ」

 

 忠勝が悠理に近づく。

 すると、悠理は忠勝に抱きついた。

 

「えへへ~、鎧~」

「おお! 鹿角、見ろ、どうだ? 我カッコイイ?」

「少女に抱きつかれてにやけるオヤジ……悪趣味かつ最悪だと判断できます」

「そこは世辞くらい言えよ!」

「Jud.、ですが、生憎とダメ人間に言う世辞など当方持ち合わせておりませんので。

 とにかく悠理様を酒井様の下へ連れて行きましょう」

「ハイハイJud.Jud.」

 

 忠勝は悠理を抱き上げる。

 

「んあっ!? とと」

 

 そこでタイミングで飛び起きて、忠勝から飛び起きる悠理。

 

「んあああ、頭痛いって、あれ、ここどこ? って、忠勝様に鹿角様?」

「よう、起きたか」

「おはようございます悠理様。さっそくで悪いのですが、当方、色々忙しい身ですので、お早めにお帰り下さると助かります」

「…………んーあー、わかりました! じゃあ行きます」

 

 悠理は武蔵の方へ駆け出した。

 

 

「やっべ、やっべ。危うく寝過ごすとこだった」

 

 悠理は走る。向かうのは丸きり逆。三征西班牙の船が停泊している南側。

 もう既に地脈炉は暴走し、光の柱が立ち上っている。それを横目に、悠理は地を蹴って跳ぶ。

 たぶんこのあたりにいるはず。

 

「いた」

 

 高速で疾走する金髪の少年を悠理は捉えた。手に大罪武装の一つが握られている。

 三征西班牙(トレス・エスパニア)所属“神速(ヴェロシダード・デ・デイオス)”ガルシア・デ・ゼヴァリョスを襲名した、立花・宗茂。

 十徳刀を十字にし、宗茂に向かって投げた。宗茂はそれを防ぐ。それと同時に悠理は宗茂の前に躍り出た。

 

「何者です」

「お初にお目にかかります。

 武蔵アリアダスト教導院所属総長連合副長 宮本・悠理。

 戦種は近接武術師(ストライクフォーサー)です。

 ……サイン下さい!!」

「……ノリノリですねあなた」

 

 

「ありがとう御座います!」

 

 サインを懐にしまった悠理。時間がないなか、泣きマネという奥義を使って手に入れた。

 

「では、私は急いでいるので」

 

 再び駆け出そうとする宗茂を刀が阻む。

 

「うん、知ってる。地脈炉の暴走を止めるんでしょう。だけど、行かせるわけにはいかないなあ」

 

 刀を突きつけながら、悠理は言う。

 

「何故です! このままでは三河は消滅するのですよ!!」

「Jud.、でも、それ以上に助けたい人がいるんで」

「ならば仕方ありません。押し通ります」

 

 宗茂が加速する。その速度は神速の名を関するだけはある。だが、

 

「経験が違うんだよ!」

 

 背後から振り下ろされる剣砲“悲嘆の怠惰”を受け止める。

 生前の経験が、悠理に宗茂の動きを教える。

 

「武蔵最強は伊達ではないということですか!」

「Jud.! こっちも行きますよ」

 

 悠理が息を吸う。

 そして、

 

「――通りませ 通りませ」

 

 綺麗な歌声が響き渡る。

 

「これは!?」

 

 通し道歌。極東でメジャーな童謡。それが繰り返し歌われる。

 だが、何故、今、歌う。

 しかも、繰り返し。

 直後、刀に“輪廻”と書かれた表示枠が現れる。割れると同時に、悲嘆の怠惰が腕ごと弾かれた。

 

「これはっ!?」

 

 力では宗茂の方が上だ。拮抗していたとはいえ、押していたのは宗茂だ。

 なのに弾かれた。

 悠理の術式の効果だろう。力を強化するタイプの術式に思えるが違う。

 宗茂はほぼ同時に八回の衝撃を感じていた。

 

「考えている暇はないよ!」

 

 歌が響き、刀が振るわれる。

 それを悲嘆の怠惰で受ける。またもや八回の衝撃を感じ宗茂は後方へ下がる。

 悠理は一瞬で宗茂の懐へと入る。彼女の蹴った地面には八つの踏み跡が残っていた。

 宗茂は再び加速して距離をとる。

 

「なるほど、術式によって、動作を繰り返しているのですね。歌は奉納というやつですか」

 

 例え弱い力でも同じ場所に繰り返し力を加えれば、力は通る。

 術式によってほぼ同時に繰り返すのだ。八回ならば単純計算で威力は八倍だ。

 移動なら一歩を八回同時に繰り返すことにより八歩とする。そうすれば常人の八倍で動ける。人が一歩進んでる間に悠理は八歩分進むのだから。

 

「Jud.、流石八大竜王、立花・宗茂様。正解ですよ」

 

 ウズメ系術式“賛美返詩”をアレンジした創作術式“輪廻”。

 賛美返詩は舞や歌が賛美され繰り返される(アンコール)時に歌や音楽、舞台演出を最初に返し、繰り返すための術式。

 それをアレンジした輪廻は歌や舞――この場合は剣舞――を奉納することにより、直前までの動作や術式を繰り返す効果を持つ。

 繰り返す。

 ただ、それだけの術式。

 

「だけど!」

 

 強い。

 

 

「クッ」

 

 宗茂が距離を取る。だが、悠理はすぐにその距離を詰める。

 歌声が響き、剣閃が大気を裂く。

 宗茂は悠理の剣が風を切る音を聞いた。

 直後。宗茂は、悠理の背後に回り込む。

 旧派式一般聖術(クラッシカルフィルマ)による高速動作。

 神速の名を冠する彼の得意とする動き。

 だが、悠理は動いている。地を蹴って、背後に跳ぶ。

 腰の箱から飛び出した剣が宗茂に飛び、悲嘆の怠惰を防ぐ。

 ……なかなかやる!

 だが、それだけだ。速度はこちらの方が上だ。

 だというのに、まるでこちらの動きを読んでいるかのように対応してくる。幾つもの剣を投げたりしながら、迫ってくる。

 

「ならば!」

 

 悲嘆の怠惰の三つの機能のうち一つを使う。刃に名を載せた者を削ぎ落とす通常駆動。

 刃が写す以上は回避不能。回避するには刃の写す範囲から逃れなければならない。

 悠理の繰り返しによる移動は繰り返すという性質上、直線的にしか移動できない。それなら追える。

 そんな絶望的とも言える状況にも関わらず悠理は笑みを浮かべていた。

 

「結べ! “悲嘆の怠惰”!!」

 

 叫んだ瞬間、身の丈ほどの三日月型の剣を悠理は取り出した。そして、それは展開した。

 

「――!!」

 

 硝子を引っ掻くような音と共に、“悲嘆の怠惰”の刃から光が散り、通常駆動が無効化された。

 何故、そんな疑問が宗茂を駆け巡る。

 

「鏡用意しといて正解だったな。元は蜻蛉切対策だったんだけどね」

 

 悠理の声が聞こえた。

 鏡。

 三日月型の剣の刃はまさに鏡。それに“悲嘆の怠惰”を写す。そうすることにより“悲嘆の怠惰”は目標を見失うと同時に、己自身に力をぶつけそうになり、通常駆動は効果を破棄する。

 しかも、写し易いように自身を覆い隠すほどの大きさに展開する。それだけ範囲があれば嫌でも写せる。

 つまり通常駆動は意味をなさないということ。

 ならばもう一つ超過駆動か、そのまま剣砲として速度で圧倒するしかない。

 だが、超過駆動は発動にタイムラグがある。速度で圧倒するにしても、さながら未来予知とも言えるようなこちらの動きを読んでいる体捌きだ、攻略には時間がかかる。

 ならば、どうするか。

 考えるが、悠長に考える時間をくれるほど、悠理は甘くない。

 無数の剣が宗茂を掠める。

 最初に防いだ十字の十徳刀が迫る。

 悠理は更に武器を取り出すために左手を背に回していた。

 それをかわし、加速して攻めようとした瞬間、宗茂の動きが止まった。

 

「――!?」

 

 宗茂は見た。自身の身体を拘束する糸を。

 

「ふう、拘束完了。

 ああ、動かない方がいいですよ。鋼鉄を編み込んだ糸を更に編み込み、それを更に編み込んで、それを更に編みこんで編みこんで編みこんだ特別製の鋼糸だから動けばバラバラです」

 

 悠理が糸の繋がった左手を上げる。

 

「グッ!!」

 

 地面に縫い付けられる。左手の糸を剣にくくり、突き刺す。それを繰り返して完全に埋めてしまう。

 

「さって、仕上げだ」

 

 ゆっくりと悠理は宗茂に近付いていく。

 拳を握りしめ、宗茂に振り下ろす。“輪廻”が発動し、振り下ろしがほぼ同時に八度繰り返される。

 如何に八大竜王と言えど常人の八倍の拳、それを更に五回もやられた。そんなもの耐えられるわけがなく。気絶させられる。

 

「あと六分くらいか。急ぐとしようかな」

 

 “輪廻”が発動し、悠理は駆ける。歌声を響かせて。

 

 

「――ま、こんなもんか。阻止臨界時間まで残り六分、随分と余裕がある状態で終わったな」

 

 新名古屋城の前で蜻蛉切を肩におきながら忠勝は言う。

 

「随分と遅かったですね。非常に迷惑をいたしました」

 

 鹿角が排熱の一息を吐きながら言う。

 彼女は今まで三征西班牙の武神と戦っていたのだ。忠勝が蜻蛉切で割断して終わったが、難儀な相手であったことに変わりはない。

 

「遅れて悪かったな。

 ――殿がようやく最後の準備とやらを終えて中央に入ったからな。

 我は殿の守りにつく。お前はどうする? 逃れるならこれが最後だぞ」

 

 その言葉に、鹿角は何を馬鹿な、と返す。

 三河に預けられた身、三河の主の意向に準じるだけだ、と。

 

「しかし、これから元信様の元に駆けつけるならば」

「生きてはおれんだろうなあ」

「……全く理解出来ない思考です。忠勝様、人間ですか貴方? 実は自動人形では?」

 

 うるせえよ、と忠勝が言って蜻蛉切を肩に担い直し、新名古屋城の方へと歩き出す。

 鹿角も続こうとして、不意に動きを止めた。

 

「?」

 

 衣服の乱れでも見つかったのかと思ったが、そういうわけでもなさそうな感じだ。

 

「鹿角?」

 

 どうした、と聞く前に、鹿角が動きを止めた理由が目についた。

 

 

 そこにいるのは極東武蔵の教導院、武蔵アリアダストの制服に身を包んだ少女だ。

 身の丈程の三日月型の大剣を手にした少女は口を開く。

 

「また、お会いしましたね」

 

 少女ははっきりと息を吸い、

 

「武蔵アリアダスト教導院所属“現武蔵最強”宮本・悠理。戦種は近接武術師です!」

 

 名乗りを上げた。

 それはつまり、戦う意思があるということ。

 

「おいおい、我らは帰れって言ったはずだよな」

「Jud.、確かに言われましたが、私、反抗期真っ最中なんで。それに、私、帰るとは一言も言ってません。行くといっただけです。やりたいこともありますし」

 

 確かに行く、とは言ったが帰るとは言っていない。

 

「やりたいことだあ?」

「Jud.」

 

 一体、それはなんだ、そう聞こうとした直後、悠理が十徳刀を投擲した。

 

「――盾を視線に」

 

 鹿角の言葉と顎を上げる動きに応じて地面が跳ね上がる。

 あまり強く投げてなかったのか砂利の盾でも十徳刀が貫通することはなかった。

 

「何のつもりですか悠理様」

「見ての通りですよ。鹿角様。私は生かしに来ました」

「何を」

「あなたを、本多・忠勝を」

 

 鹿角はその言葉に眉をひそめるが、

 

「何気に、我より鹿角優先したなお前!」

 

 忠勝がそんな的外れなことを言う。

 

「当たり前です。引退間際の駄目人間より、私を罵ってくれ――こほん、役に立つ自動人形の方が優先順位は高いです」

「お前、昼と言ってること違うぞ!」

「ハイハイJud.Jud.。――今の、忠勝様がよく鹿角様に行う返答ですが、どうですか?」

「この女は……」

 

 と、不意に真面目な顔になる二人。

 

「で、我を生かすってのは、本気で言ってるのか?」

「Jud.、その為なら地脈炉の暴走だって止めてやる所存です。まあ、あまりしたくないですけどね。これは必要なことだと思うから。

 でも、私は、せっかく助けられるのに見捨てる人間には、なりたくありませんから」

「そうか。鹿角手を出すなよ」

 

 仕方ない。

 その言葉が悠理に届くよりも遥かに早く、蜻蛉切の穂先が悠理の鼻先に突き出される。

 既に表示枠が多重展開されていた。その向こうで、忠勝の声が響いた。

 

「――結べ、蜻蛉切」

 

 

 終わった。

 そう鹿角は判断する。否、それ以外に判断できない。

 忠勝の強さ、悠理の強さ、蜻蛉切の性能。

 その三つを鹿角は熟知している。

 割断が発動すれば、刃に写したものは割断される。

 穂先に止まった蜻蛉が割断されたことから名付けられた本多・忠勝が槍。

 神格武装“蜻蛉切”。

 刃に写れば最後、回避は不可能だ。

 無論、刃に写らなければ意味はないし、写実範囲から出れば割断は及ばない。

 だが、それには速度がいる。刹那に迫る加速が。

 悠理にそれができるか、と聞かれれば、答えは否でもあり可でもある。

 術式の有無によってそれは変わる。そして、術式を悠理は使用した。

 

「通りませ!」

 

 繰り返しの術式“輪廻”が悠理の動作を繰り返す。にげるのではなく前へ。忠勝の懐へ。至近距離へ。瞬間的に加速し消えるように移動した。

 結果。蜻蛉切は悠理を結ぶことはなかった。

 蜻蛉切は刃に写したものを割断する。ならば、写らなければよい。

 では、写らない場所はどこだ。

 答えは単純。写実範囲外。

 そして、本多・忠勝の懐。槍の間合いの中だ。

 槍の穂先に写したものを割断するのならば、穂先よりも中にいれば良いのだ。

 

「面白い移動法だな。高速で十回以上地面を蹴って移動すんのが見えた」

「どんだけ化け物なんですかあなたは。でも、Jud.、よければ教えますよ。かなり脚力使いますけど。忠勝様なら術式使わなくても使えそうですね。

 だから、忠勝様、私が勝ったら、鹿角様と忠勝様を貰い受けます」

「おうおう、来い!」

 

 蜻蛉切と悠理の持っている三日月剣が交差する。術式を利用し、悠理は高速で移動する。マネるのは、西無双立花・宗茂の動きだ。完璧にトレースはできなくても、高速戦闘がどのようなものか参考にはなる。

 

「そりゃ!!」

 

 だが、アレは負ける。マネでは負ける。模倣では負ける。

 だから、悠理は三日月剣を投げる。

 当然、忠勝には当たらない。かすりもしない。

 だが、それでいい。この程度で傷をつけれるなど思ってもいない。なぜなら、戦国の世を無傷で生き抜いたというのが本多・忠勝。そんな人物が、この程度で傷を負うわけがない。

 取り出すのは、短剣。もはや、ナイフとそう変わらない。それを両の手逆手にもち、忠勝へと振るう。

 輪廻による繰り返しで蜻蛉切を弾き、そして、懐へと入る。

 槍は、リーチという面においては他の近接武装の追随を許さない。だが、長大な分取り回しが難しく、懐に入れば、その力を十全には発揮することができない。

 

「やるな!」

「当然です!!」

「だが、そんな定石通りの手が、今の時代に通用するか!!」

 

 刹那、円回転された槍の柄が襲う。悠理の足を払うかのように低い位置を薙ぐ回転を悠理は槍を飛び越えることで回避する。その瞬間を見逃さず忠勝は背後へと一歩を踏み出し、

 

「結べ、蜻蛉切!」

 

 空中ではかわせない。

 

「なろ!!」

 

 だが、悠理はかわして見せた。

 強靭な脚力と術式で大気を蹴ることでかわして見せた。

 

「そこなら、範囲だ。結べ 蜻蛉切!!」

 

 しかし、忠勝の方が上手であった。一度目の割断をかわしたことにより、悠理と忠勝との距離は開いた。これなら、範囲である。表示枠が展開され割断の力が走る、はずであった。

 

「――!?」

「くっ」

 

 あろうことか悠理は、瞬時に蜻蛉切を掴み取ると、腹に斜めに、深々と自らに突き刺した。

 蜻蛉切は、標的を刃に写さなければ意味を成さない。ならば話は簡単だ。刃に何も写らないようにすればよいのだ。

 その方法の一つを悠理は実行したのだ。

 だが、一歩間違えれば即死だ。

 穂先全てを身に叩き込むために、斜めに入れた。腹に向けて。

 時間がなかったとは言えど、間違えれば太い血管や内臓を突きかねない危険な賭けだ。

 しかし、悠理は賭けに勝った。

 悠理は左わき腹ダラダラと血を流しながら、左腕で蜻蛉切を掴む。

 

「これで、自慢の蜻蛉切は、もう、使えませんね」

「無茶すんなおい。滅茶苦茶いてえだろ」

 

 Jud.、と脂汗を全身から流しながら言う。

 

「でも、自分、ドMなんで痛みが快感に変わりますから、上等です。むしろどんとこいです!」

「おうおう、絶好調だなあ、おい!」

 

 だが、と忠勝。

 

「止めるには、どうする? 止める手段なんてないだろう。

 それに三河の持ち主は止める気はないみてえだぜ? ――見ろよ」

 

 悠理は忠勝の肩ごしに新名古屋城を見る。

 地脈統括炉の前にその男はいた。学帽をかぶり、白衣を纏い、小指を立てた右手でマイクを握っている。

 松平家当主、松平・元信。

 

『やあ、宮本・悠理君、十年ぶりだねえ』

「お久しぶりです。御健在なようで、何よりです」

 

 うん、と応じて、

 

『ようし、じゃあ、全国の皆! こんばんはあー!』

 

 撮影機材を持った自動人形が現れる。共通通神帯(ネット)で全国放送しているらしい。

 

『今日、先生は、地脈炉がいい感じに暴走しつつある三河に来ていまあーす!!』

 

 

 元信のとても嬉しそうな顔は表示枠にてありとあらゆる場所に放送されていた。

 それは武蔵艦上であっても例外はない。

 

『今日は、なんと特別ゲストも来てくれているよ! 現武蔵最強、宮本・悠理君でぇーす!』

『どうもー! 今日は地脈炉暴走による三河消滅なんで見学に来ましたー!』

 

 手を振る悠理。

 

『どうだい? 課外授業としては最高だろう?』

 

 元信はしれっとそんなことをのたまうた。

 

『どうだい地脈炉暴走、さあ、三河消滅を見てみたい人は元気よく手を挙げなさい』

 

 挙げたのは自分。一回軽くジャンプし、左手を挙げてこう叫んだ。

 

『はーい!! ぼぉく見たいでーす!』

 

 

 現場では、元信の動きに、悠理は、はあ、と溜め息をつく。そして、苦笑する。相変わらずだ、と。

 元信は危機を面白いとのたまう人間だ。彼には末世すらエンターテインメントだ。彼はそういう人間だ。

 

『――さあ、さあさあ!』

 

 元信の背後で楽器を持つ侍女たちが調律を行い。そして、奏で唄う。

 

『――通りませ――』

 

 歌が流れる。

 通し道歌。これから先、世界の命運を握る鍵となる歌が。

 

『この歌、これから末世を掛けた全てのテストにでます(配点:世界の命運)。じゃあ、皆さん。先生に何か質問がありますかー?』

「ないでーす」

 

 それに手を挙げて応じる悠理。

 武蔵艦上で正純が、いや、そこは一番聞くべきことがあるだろう! とツッコミをいれるが、当然、悠理には聞こえない。

 だが、

 

「でも、正純が聞けっていってる気がするんで、聞きまーす」

 

 なんか受信した。

 

『はい、悠理君!』

「何の為に地脈暴走させて、三河消滅させようとさせてんですか~」

『ふむ、良い質問だ。じゃあ、逆に聞くけど、危機って、面白いよね』

 

 元信は、言う。

 考えることは面白い。ならば、考えないと死ぬ、滅びたりする危機は面白い。

 だが、もっと面白いものがある。

 

『さあ、なんでしょう?』

「ハーイ、我はわかりませえーん」

『ハイ、じゃあ、罰として街道に立ってろ』

「先生、我もう立ってまーす」

『さあ、本多君は無視して悠理君はどうだい?』

「末世です! 危機よりも恐ろしく考えなければいけないことは末世です」

 

 正解だ。

 元信が言った。

 

『そう、そうそう。悠理君の言った通りさ。

 面白い、面白いよな。何しろ世界が末世という卒業を迎えるのだから。迎えたくないなら、考えてその先に進まなければ駄目だ。

 さて、君はどちらかな? 末世に抗う人間か、それとも何もできない人間かな?

 答えを得られたなら、ご褒美をあげよう』

 

 それは末世を覆させるもの。

 大罪武装だ。

 

『それだけではないけど、それが最も解りやすい。だからこう言おう。大罪武装を全て手に入れたなら』

 

 一息。

 

『――その者は、末世をを左右出来る力を手に入れる』

 

 そう、元信は言い放った。




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