最強を目指す剣士の境界線   作:三代目盲打ちテイク

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 日差しが、昼から午後へ移る頃、武蔵は三河北部、“各務原”“松平家”と植樹で書かれた谷へと降下した。

 武蔵は三河へと停泊したのだった。

 

 

 その頃、悠理はアリアダスト教導院前の正面橋架、正門側に降りていく階段の上で現在進行形で行われている“葵君の告白を成功させるゾ会議”には行かず、学長室に来ていた。ちなみに髪型がポニーテールに変わっている。

 これは、悠理が本気になった時の証だ。これから三河に降りる。そこには、東国無双と呼ばれる本多・忠勝がいるのだ。悠理の目標とも言える人物に会うのだ。本気にもなる。

 で、学長室にいる理由であるが、三河へ降りるための準備のためだ。あとは証書をミトツダイラから受け取るだけだ。

 彼女は水戸松平の襲名者であ、六護式仏蘭西(エグザゴン・フランセーズ)出身の半人狼。武蔵における貴族ヒエラルキーで言えば、最上位。そのためこのような証書などを持ってくる。

 

「さあ、学長、行きましょう。すぐ行きましょう!」

「本当、君のそういうところみると、なんだかんだであいつらと同じ人種なんだと思うね」

「とりあえず、こちらを。これで関所は通れると思いますわ」

 

 そう言って証書を酒井と悠理に手渡すミトツダイラ。その顔は若干苦笑している。

 強い相手がいるとわかるといつもこうですわね。

 思い出すのは悠理との出会いだ。あの時と何ら変わらない様子に笑みが出る。

 

「はあ、ねえ、ミトツダイラ君。この子どうにかならないかな? 嫌な予感がするから連れてきたくないんだよね。

 殿先生が花火を楽しみにしていてくれって言ってただろう? 女の子なんだからみんなと見に行けばいいのさ」

「たぶん、無理じゃないでしょうか」

「うん! さあ、準備できたのなら行こっ!」

 

 悠理が浮かべたそれは見る者を虜にするようなほどイイ笑顔であった。

 

 

 三人で校舎を出ると、騒ぎが目に入る。

 校舎前の階段ではトーリを始めとする梅組の皆がわいわいと騒いでいた。

 

「――? こんなとこに座り込んでなにしてるんですの?」

 

 ミトツダイラが姉弟で騒いでいた喜美とトーリに声を掛けた。

 

「ミトツダイラ、悠理。酒井学長と三河に降りるの?」

 

 ミトツダイラはその問いに首を振り、悠理は心底嬉しそうにJud.と答えた。

 

「松平分家を預かる騎士の私がP.A.ODAへの献上物を作る三河に行くわけがないでしょうに。

 ただ、分家としての権利などの関係で、降りる酒井学長と悠理に証書などが必要でしたので」

「そゆこと。私の方は、彼の東国無双本田・忠勝がいる時点で行く理由だよ。まあ、実は私も呼ばれてるのが本当の理由なんだけどね」

「え、なに、君、呼ばれてたの? てか、連絡とれてたの?」

「Jud.」

 

 酒井よりも悠理は今の三河に詳しかったりする。

 

学長先生(グランヘッド)、三河の中央に行くのかよ? よく許可でたな?」

「……昔の仲間の呼び出しでね。まあ、聖連に睨まれる前に帰ってくるさ」

 

 酒井がそう言ったときシロジロが悠理に近づいてきた。

 

「宮本、悪いが三河に行ったら品物の流通を見てきてくれないか? 今年の三河はこちら側からの物資は買わずに売りに徹しているからな。何があったのか調べてきてくれ。なるべく金は掛けないように頼む」

「Jud.Jud.、今私気分良いからなんでもしてやるよ。見てくるだけなら金もかかんないだろうし、心配しなさんな」

「頼んだ」

 

 悠理が話を終えたので酒井をせかしてさっさと行こうとしたが、トーリと話していたので、おとなしく貧乏ゆすりを酒井に見える位置でしながら待つことにした。

 

「さっき聞いたんだが、お前さんが告白するとか何とか。そんな危険な行為に及ぶ相手は――」

「ホライゾンだよ」

 

 その名前に皆が静まり返る。忠次は空を見上げて、顎をさする。

 

「……あれ、お前さんはやっぱ、そう思うのか?」

「学長先生だってそうだろ? 去年、見に行ってから、コメント避けてんじゃん。……学長先生、いつも大事なこと言わないもんな」

「まあ、そうだがな。他人の空似ってのもある。そっちの方が強いだろ?」

「わかってるさ、一年見てきたんだ。ストーカーのようにな。勘違いしてたらやばいしな」

「それ完全にストーカーだろ。で、一年間、尻を追い掛け回した感想は?」

 

 対するトーリは言った。笑みを浮かべたまま。

 

「尻から腰にかけてのラインが最高!」

「このド変態が!!」

 

 そうじゃないだろう、と悠理にハリセンでぶんなぐられるトーリ。まあ、慣れているトーリには効果はない。

 

「……じゃなくて、今の身体は十年前と違う、別人だ。だから、俺が昔を追っているなら、その差が気になったと思うんだろうけど、一年見てたら、昔とかどうのとか関係なくて、いろいろ頑張ってる部分に惹かれちゃってさ。

 ……そうなる前はこう思ってたんだよ」

 

 そこで一息つく。

 

「もし、彼女がホライゾンなら、俺は、“彼女に近づく資格もない”って。……でも段々と“いてくれるならそれだけでいい”と思って、それに彼女がホライゾンじゃなくても――」

「なくても?」

「何も出来ねえ俺だけど、一緒にいてくれねえかなあ、って」

 

 トーリの言葉を聞いて、忠次はそうかと声を漏らし、空に煙草の煙を吐くようにまた、そうかと漏らした。

 

「いつそう思った?」

「一週間前くらい前さ。十年前のこの頃に、ホライゾンがいなくなったんだな、って考えたら自然とそう思えたんだよ。明日で十年、ケジメとしてもうホライゾンを逃げ場にしねえ」

「ふうーん、なんか手紙書くような流れだったようだけどさ」

 

 悠理が点蔵から状況を聞いて言う。

 

「それを手紙にすればよかったんじゃね? ちょっとくどいけど。あと、あんた絶対堅めでも行けるから問題なし」

「おいおい、試してみないとわかんないぜ?」

 

 トーリが手をわきわきさせながら言う。

 その様子にはあ、と溜息を吐く。

 

「そんなものは本人にしてやれ。ネイトを巻き込むなよ。真面目だから、きっと、お前が言ったら任せろとかいうと思うけど、そんなことされるとは思ってないと思うぞ。

 そんなことより正純も来るけど、なんか言っておくことは?」

「おお、そうだったそうだった。夜に騒ぐから来られるか聞いといてくれ」

「Jud.」

 

 じゃあ、行きましょうと酒井と伴い、悠理は念願の三河へと向かうのであった。

 

 

 昼の光を浴びる山の中腹に、木造の建物がある。警備用の番屋だ。

 そこには三征西班牙(トレス・エスパニア)の紋章をつけた赤い制服姿の二人がいた。見張りつつも話し込んでいる様子だった。

 内容は関所の混雑のことから始まり、新名古屋城について、三河の人払いによって重臣数名以外を歴史再現のために必須の襲名者を全て自動人形によって肩代わりさせたりしたことについて、巻き起こる怪異によって、夜遊びに出た連中などが、三日後に別な場所でひどいことになって発見されたなどなどだ。

 

「下見て下さい。先輩、凄いのが来てますよ」

 

 後輩格が長銃を構えながら、先輩格の学生に促した。 

 

「武蔵学長の酒井・忠次に、現武蔵最強で副長の宮本・悠理、それと副会長の本田・正純です。歩きで身軽ってのも噂通りですよね。武蔵の学長は左遷されて三河から切り離されたあと拗ねて変わり者になったって」

 

 その言葉のとおり、関所へ続く道を降りて来る三つの影ある。

 

「……自動人形への襲名剥奪を免れた松平四天王の一人、酒井・忠次か。武蔵学長の地位は確かに左遷だろうな。

 それに、現武蔵最強宮本・悠理か。まさか、女だったとはな。強面な男を想像していたが、本物を見てみると可愛いな。そしてもう一人、正純ってのは、……男の格好だが、歩き方、女か?」

Tes.(テスタメント)、男の恰好してますけどね、実は女の、筈です」

「筈?」

 

 後輩はその問いかけに一度天を仰いだ。それから、言葉を選ぶように、“人払い”のせいで、襲名できなくなり、襲名するために男性化手術をしたが、それがすべて無駄になってしまったと言った。

 

「俺が三河にいた頃は、避けられたり、イジメられたりしてましたよ。俺の一コ上で、襲名できずに親父から見放されたって聞きました。

 それと宮本・悠理の方も三河にいたらしいんですよ。十年以上も昔らしいですけど。今でこそ武蔵最強だなんて言われてますけど、昔は相当苦労したらしいですよ」

「そうなのか」

「それが、副会長に副長か。頑張ってるんだな。……ファンサイト作ろうかなあ」

 

 

 “各務原”関所に向かうまで、悠理たち三人は他愛のない話をしていた。

 

「行くわけないだろう。仮にも副会長だぞ」

 

 本田・正純が悠理の問いに答える。問いは、トーリの告白前夜祭に参加するかどうかについてだ。

 

「あ、やっぱり? 正純は真面目だな。話してて安らぐ」

「いや、何で安らぐんだよ」

「クラスの外道連中と違って、私が気を使わなくてもいいから?」

「いや、何で疑問形なんだ。

 それよりも、学長も言ってやって下さい。そんなことしてると聖連にしれたら――」

「大丈夫。連中と同類に見られるだけですよ」

 

 それじゃ駄目じゃないですか、と正純。

 先日の実験室での闇鍋大会、悠理が“ボンッ 光臨お鍋様事件”と呼ぶ事件を引き合いに出してくる。

 酒井は闇鍋を光鍋にしちゃ駄目だよね。と、正純が期待したようなことは言わない。そういう時間の過ごし方もあり、とか言っている。

 悠理は闇鍋大会を思い起こして遠い目をしていた。

 アレの処理、私がしたんだよな……。

 トーリたちが完全に逃げ出した後に……。

 しかも、鍋様捨てんなよとか、ふざけた内容で、食えという指令書付きで。

 食うもの吹き飛んでる中で、どうしろと……。

 それでも、遠巻きに見ている梅組の期待を裏切ることなどできるはずもなく、食うことになった。その味は、想像できないほどで、うっかり川が見えてしまったほどだ。

 せっかく三河に行けるということで上がっていた悠理のテンションが多少下がった。

 

「更に先日だって、多摩表層部のレストランで騒ぎ起こしてちょっとした事件になってましたよね」

「ああ、あれか、ネイトの取引相手を全裸でクリームがけにして尻に鰻突っ込んだ奴ね。なんてうらやま――じゃなくて、アレはナイスだったよ」

 

 何やら聞いてはいけないことを聞いた気がしたが、正純はとりあえず、いつもと違う賛成的な反応にはっ? となる。

 引いた様子の正純に酒井が答える。

 

「ああ、あの食通貴族ね、ミトツダイラ家が欲しくてネイトに言い寄ってたの、知ってる?」

 

 なにそれしらない、と言った表情の正純。

 

「六護仏蘭西側か極東側かは解らないけどさ、襲名狙ってミトツダイラ家と婚姻関係結ぼうとしたんだって。

 それで、取引相手としてつけ込んで来たんだよ」

「ネイトも、強気だけど、家とか立場とか考えちゃうタチだからね。色々考え過ぎなんだよね。私みたいにもっとなにも考えないようにできればいいのにね」

 

 悠理の言葉に、いや、お前はもう少し考えろよ、とビシッ! と突っ込む正純。

 

「まあ、悠理はおいとくとして、俺、相談されてたんだよ」

 

 じゃあ、あの騒ぎは酒井学長の手引きで? と正純は眉を歪めながら言った。

 酒井はそれを否定しながら悠理を横目で見る。

 悠理は肩をすくめて、顔を逸らした。

 

「狭い武蔵だから、あの連中の内、誰か気づいたんだろ。狭い武蔵だしな。……まあ、偶然かもしれないけど、でも」

 

 感情の面で、ネイトは皆に感謝してるだろうね。

 酒井はそう続けた。

 その一方で悠理は視界に入りだした遠くの関所を見て訝しんでいた。

 

「学長、正純、気がついてます?」

 

 Jud.、と酒井は答え、正純は? と首を傾げた。

 悠理は解りやすいように関所の待機場に並ぶ受け取り待ちかの貨車の群を指し示す。

 

「シロジロから聞いた通り、ほとんどからの貨車ばかり、正純、何か意味分かる?」

 

 実際、悠理はどういうことかは解っているし、何故こんなことになっているのか、その理由も知っている。

 だが、あえて正純に問う。

 それは、そんな情報、実際の悠理が知っているわけがないからだ。

 思惑通り、正純は、はっとして、声をあげてくれた。

 

「武蔵への荷はあっても、武蔵からの荷が無い、ってことだよな。つまり、三河からの買い付け発注が少ないって、ことだよな」

「そうそう」

「俺も毎年見てるけど、確かこに、いつもならもっと、こっちからの荷もあったんだけどなあ」

 

 今回は妙にないな、と眉をひそめる酒井。

 それに正純が、“人払い”のせいか、または怪異による人口減少で、物資があまり要らなくなったのでは、と推論を述べる。

 

「まあ、でも、それでいて自分からは物資を送って来るのは、三河が死ぬ前の形見分けしてるみたいだな」

 

 正純の推論を聞いて悠理は言った。あながちそれは間違いではないが、今はどうしようもない。

 酒井がおっかないこと言うなよと悠理をたしなめる。

 ただ、よく解らんと酒井は頷いた。

 その時、上から影が来た。頭上を大きな影が渡る。

 

「あれは――、船か」

 

 三人が見上げた船影は一つではなく、ほぼ直上に数艦来ていた。そして、西側、山並の上には、重低音を響かせて行く一際巨大な白い艦。

 それを見た悠理は嬉々とした様子で口を開く。

 

「あれは、K.P.A.Italia 所属、教皇総長インノケンティウス所有ヨルムンガンド級“栄光丸(レーニヨ・ユニート)”! 護衛は三征西班牙の警護隊かあ」

「君、相変わらずそういうのには詳しいよね」

「Jud.」

 

 この先、戦うかもしれないから、という言葉は飲み込んだ。

 

「確か武装開発の交渉に来たんでしたよね」

「そうそう、P.A.ODAが浅井攻めしてる間に、神格武装の一種である新型大罪武装(ロイズモイ・オブロ)の開発要求に来たはず」

 

 大罪武装。世界のパワーバランスの一端を担う、この世に八つしかない都市破壊級の個人武装だ。七大罪の原盤とされる人間の八想念をモチーフにしており、使用者は“八大竜王”と呼ばれている。

 

「八想念、……言える?」

 

 悠理は酒井からの視線を正純へと受け流す。

 悠理の意図を理解したのかJud.、と正純が言い、

 

暴食(ガストリマルジア)淫蕩(ポルネイア)強欲(フイラルジア)悲嘆(リピ)憤怒(オルジイ)嫌気(アーケデイア)虚栄(ケノドクシア)驕り(ハイペリフアニア)です」

 

 これで、八想念。これらが六世紀にグレゴリウス一世により七つに纏まる。虚栄は驕りに含まれ、悲嘆と嫌気は怠惰に纏まり、更に嫉妬(フトーノス)が追加され七つの大罪となる。

 そして十年前、元信公はP.A.ODA以外の聖譜所有国に八つの大罪武装を送った。

 

 ・暴食:M.H.R.R(神聖ローマ帝国)

 ・淫蕩:K.P.A.Italia

 ・強欲:英国(イギリス)

 ・悲嘆:三征西班牙

 ・憤怒:上越露西亜(スヴイエート・ルーシ)

 ・嫌気:三征西班牙

 ・虚栄:六護仏蘭西

 ・驕り:六護仏蘭西

 

 三征西班牙と六護仏蘭西が二つ持っているのは八大罪が七大罪になるとき、まとめられたためだ。そのため出力は低めに設定されているが、それでも数キロ単位で大規模破壊をぶち込める。

 威力が高い上に自由に使えるのが大罪武装。それは、大罪武装が、相手の罪を思い知らせるための説教武装でもあるためだ。我らが極東はそのような大規模破壊武装は持つことができない。

 

「で、今回、教皇総長は嫉妬の大罪武装を作らせるための交渉に来たらしい」

「必死だな教皇総長」

 

 現在K.P.A.Italiaは絶賛衰退中のため強力な武装が欲しいようだ。その原因は酒井なのだが、まあ、そんなことはどうでもよい。

 

「じゃあ、二人は大罪武装にまつわる噂、知ってる?」

 

 酒井の問いに悠理はJud.、と頷く。

 

「大罪武装の材料は人って噂ですね」

 

 人の大罪を武装にするのなら人を材料にするのが適格。ならば、三河の人払いは大罪武装の材料にされたのではないか。

 そんな噂。

 それを正純は否定する。少し前まで三河に住んでいたのだから当然だ。三河住人はきちんと転居届けを提出していた。そもそも、噂が本当ならば大問題だ。

 そんな正純の言葉に意味深な笑みを酒井は浮かべる。

 

「うーん、俺とか悠理とかはさ、正純君がこっち側に来ると面白いと思ってるんだけどな」

「こっち側、というと……」

 

 正純はわからない。といった表情を浮かべる。

 酒井はそんな反応の正純に、

 

「俺とかの過去とかを平気で語れる側だよ。

 俺の左遷理由、――殿の嫡子の襲名者を聖譜記述通りに自害させてしまったことを、笑って語れるようなね」

 

 酒井の左遷理由。表向きは三河の殿、松平・元信の嫡子を襲名した松平・元信の弟の自害を防げなかったことだ。

 聖譜記述の拡大解釈で乗り切ろうとした松平家だったが、織田家の圧力で結局は松平・元信の弟は自害。

 後見人であった酒井は責任をとって左遷させられた、というのが正純や武蔵住人の知る酒井の左遷理由だ。

 

「じゃあ、それに続きがあるって言ったら?」

 

 続き。

 松平・元信には内縁の妻とその間の子供がいた。

 正純は言葉を失う。

 助けや説明でも求めようと悠理を見ると、先ほどまでの高いテンションはどこへやら、表情に陰りが差していた。

 ――何か、あったのか?

 武蔵に来て日が浅い正純には悠理の過去はわからない。十年以上前に三河にいたらしいことは聞いたが、それ以上は何も聞いていない。

 

「知りたいなら、こっち側に来ればいい」

 

 悠理は言う。

 

「知りたいなら踏み込んでこっち側に来ればいい。大きなこと考えるのは得意でも、踏み込むのは苦手だな正純。

 私のこともそうだが、知りたいことがあるなら踏み込むことだ」

 

 そういうこと、と酒井が続ける。

 

「俺、いじもられるのは好きなんだよね。――だから俺の分は踏み込んでくんないかね?」

 

 そう酒井が告げると、不意に歩みを早くした。

 

「まあ、この話はこれくらいにしとこうか。んで、……行こうか」

「ほら、行くよ」

 

 悠理に急かされるようにしてようやく足を動かす正純。

 

「さて、正純君、とりあえず俺たちを送った書証受け取ったら、戻って遊んでていいから」

「あ、はい。あと悠理、もし、忠勝公の息女に会ったら、よろしく言っておいてくれ」

「Jud.、昔、同級生だった話は聞いてるから、会ったら言っておく」

 

 礼を、言いつつ正純は思う。悠理に言われた“踏み込む”ということ。それに近いことを今日、他の人にも言われたことを思い出す。

 

「こっちは今日調べようと思ってることがあるから、それに専念するよ」

「何を?」

「“後悔通り”です」

 

 その正純の言葉に酒井と悠理は笑った。

 ……え?

 いきなりの笑い声に正純が言葉を失っていると酒井が笑みの会釈を送る。

 

「いいねえ。――トーリは明日の告白イベントを控え、皆も祝いやら何やらの準備して、夜にはお祭り騒ぎ。東君は身分や力を捨てて、武蔵での生活を再開し、三河は殿先生の指示で今夜、花火や祭だと言う」

「どれもバラバラなようで、どろも新しい動きに、祝いの動きだな」

「“後悔通り”を知ることが、正純君の新しい動きなるといいね」

 

 一息。

 

「俺にもまだまだ解らないことは多いけど、それでもまあ、……正純君が俺や、トーリ達の側に来ることを祈ってるよ」

 

 そう言って、酒井と悠理は関所を越えて三河へと入っていった。

 




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